ソラの手記
暗い森の奥、獣道の終点。 地図通りではあったが、標識もなく、延々と似た景色の中を歩いていたので、 気持ちは迷子のそれだった。見つけた時は、ほっと一息。 …しかし、目の前にあるソレが与えてくれたものは、安堵だけではなかった。 その…小屋と呼ぶには大きく、家と呼ぶには小さな…木造りの建物は、 ところどころ苔生しており、キノコや蜂の巣なんかも見える。 人はもとより、エルフも好んでここに住もうとは思わないんじゃないか。 ここ、今日から私の住まいとなる建物は、いわゆる『廃墟』。 安堵の一息は、建物の外観を軽く見回した後、一転、落胆の溜め息になった。 少しだけ、ほんの少しだけ『まともな住まい』を期待していたから。 その期待は、この建物が教団のものだから、というところから生まれたもの。 仕事の内容から、最初は魔術師のアトリエ的なものを想像した。 でも、私に対する教団の人の見方から、最悪…家畜小屋のようなものも想像した。 とはいえ、教団の建物である以上、お屋敷の可能性も…なんて想像もした。 …つまるところ、この建物は私が想像した中では、中の下くらいだった。 下がり気味の気持ちのまま、ドアに手を掛けた。 そのまま押して中に………。 …開かない、ドアが開かない。 廃墟だから、建て付けが悪いのかもしれないと思い、少し力を込めて押す。 ………開かない。肩を押し当て、思いっきりドアを押す。 ……………開かない。僅かにも。軋みすらしない。どうしよう。ますます気持ちが落ち込む。 窓から入ろうか…と思い、目をそちらに向けたとき、ひらめき、向き直る。 無意識に力が入っていたのか、ドアは勢いよく、手前側に開いた。 中は暗く、湿っぽさを感じたが、外観と反して一般的な家のそれだった。 隅には蜘蛛の巣が見えるとはいえ、それは掃除無精な家より少し多い程度。 気持ちが上向き始め、それは暖炉や地下室を見つける度に、ますます高まった。 まだ全部は見ていないが、内観は上の下か中くらい。外観なんておまけ、内観良ければ全て良し。 玄関口のある部屋に戻り、テーブルのほこりを払って、担いでいたリュックサックをそこに寝かせた。 中身は、羽根ペンと、インク、魔物図鑑、親書、手帳、着替え、3日分くらいの食べ物、それとお金をそこそこ。 私がこれから生活していくのに必要なものが、これら。 羽根ペンとインクは、言わずもがな、色々書くために必要。 魔物図鑑も、相手の魔物がどんなものかを知るために必要。 親書は…いらないかもだけど、一応証拠として必要…だと思う。 手帳は日記の役目のほか、雑多な覚え書きに必要。 着替えは、毎日同じ服だと臭うだろうから、必要。でもここ、乾きにくそう。 食べ物はないと飢えて死んじゃうから、絶対に必要。 お金は食べ物を最優先に、足りないものを買うのに必要。 …というわけで、必要最低限が今ここに並べているものなのだ。 最寄りの町はここから1時間掛かるから、今から行けば、帰る頃にはちょうど夕食時。 魔界が目と鼻の先にあるとはいえ、日が沈みきる前なら逃げ切れないほどは出ない…と思う。 ささっと行って、不自由ない生活を送るための道具を買ってきてしまおう。 思い立ったら即行動。並べた中からお金だけを取り、戸締りも確認せず家を出る。 こんなところに盗みに入る人もいないと楽観しながら、少し足早に、私は暗い森の獣道を引き返した…。 ========================================================== ―ソラ、確かにお前の身体は魔物のそれではない。 ―だが…近しいものである以上、教団としてもお前を捨て置くことはできない。 ―魔術師によると、その身体は男でも女でもあり、しかし魔力によるものではない。 ―村の者達が述べたような悪魔憑きでも、もちろんない。だが人間とも言い難い。 ―…両親が亡くなった以上、あの村でもう暮らしてはいけまい。 ―そこでだ、我々教団がお前に仕事と住まいを用意しよう。 ―仕事の出来次第では、一般的な職よりも多くの額を支払うことも約束する。 ―住まいがある場所は人の寄り付かぬ場所だが…その方がお前もよかろう。 ―…うん? あぁ、仕事の内容か…。 ―魔物の研究だ。 ========================================================== |
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