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第十八記 -白蛇-
「まあ。そんなことが…」

頬に手をあて、驚く白蛇…ハクさん。

…下半身が蛇であることを除けば、美人さと白さはユニさんに負けず劣らず。
そんなハクさんは『水神』と呼ばれていて、この近辺では神様扱い。
特に夏の時期に日照りが続く時は、ハクさんの雨乞いが重宝されているらしい。
他にも、溺れている人を助けたり、洪水を防いだり、嵐を静めたり…。
まさに神様と呼ぶにふさわしい行いの数々。かっこいい。

「今は身体に異常はないですか? ソラ」

私と自身の額に手をあてるハクさん。
少しだけひんやりした手が、きもちいい。

「まだ少しだけ、狐火の影響が残っているようなのです…」

「安心してください、ユニ。もう魔力は感じません」

手を離し、今度は赤い瞳が私をまっすぐ見つめる。

…どきどき、する。すごい美人。今まで会ったどのタイプとも違う。
水の…ずっとずっと深いところ…、そんな雰囲気を纏って。
そんな相手が、私の…ずっと奥………心まで…覗いているようで…。
……緊張なのか……後ろめたさなのか……恥ずかしさなのか……。
わからないけれど……どきどき、する…。

「…後遺症、が近い表現でしょうか。疼きの燻りが見えます」

視線をユニさんに向け、話す。
…やっぱり、まだ狐火の件の症状は残っているようだった。

私はよく覚えていないんだけれど、あの後、ますます症状がひどくなって、
慌てたユニさんが稲荷神社の巫女さんのところへ連れていってくれたんだけれど、
実はその巫女さんこそ、狐火を憑依させた魔物…狐憑きだったというから、おどろき。
治療と偽って襲われそうになったところを、ユニさんがそれに気付き、
事が始まる前にその場所から逃げだした…というのが、聞いたあらましの全て。

狐火自体は、巫女さんと会った時点で、私の身体から抜け出て
元の身体へと戻ったらしいけれど…詳しいことは、よくわからない。
『口寄せ』という憑依術の一種じゃないかとユニさんは言っていた。
…狐火を自在に操る狐憑きもびっくりだけれど、そもそもの疑問として、
なんでその巫女さんは私を狙ったんだろう…? 謎が残って、もやもやする。

「治すことはできないのでしょうか…?」

不安そうに尋ねるユニさん。
…心配掛けてしまっていることに、気が落ち込む。

「疼きを全て解放することで、楽になるでしょう。…ソラ」

また、交差する視線。吸い込まれそうな瞳。

「今宵…ユニに、自分が望むこと…その全てを伝えてください」

「そうすれば、その苦しみはソラから離れていきます」

…自分が望むこと…。
つまり……思うがままに…エッチを…ってコト……なのかな…。

……………正直に……正直に言えば…、してほしいコトなんて、
いっぱい、いっぱいありすぎて……とても伝えきれない……。
それと……言えば…きっと…、相手が、優しいユニさんだとしても……きっと、
………私のことを……………きらいに……なる…。

信じてる。心の底から、ユニさんのことを信じてる。
ユニさんだけじゃない。ももちゃんや、ドラちゃんのことも。
甘えてほしい相手であって、甘えさせてほしい相手でもあって…。
それを、何の気兼ねもなく行い合える仲だって思うくらい…信じてる。

……でも……今の私に…そこまでの我侭は言えない。言える立場じゃない。
相手の気持ちも考えずに、好きにさせてほしい…なんて……絶対に。

狐火の件でのユニさんの言葉で、それを改めて感じた。
ももちゃんもドラちゃんも、口には出さないだけで、きっと同じ気持ちだと思う。

だって…それが、魔物。一途に愛し、愛されることが生きがいの存在。
その生きがいを…私の我侭で狂わせてしまっていること…。
お互いを求め合うことで、それがもっとひどく狂っていくこと…。
分かってる…。分かってる。こんなにつらくなるほど、分かってる。
好きになった相手が、色んな相手と好き合っていることは、つらい。分かってる。
魔物だけじゃない。そんなの、人間だって………私だって…一緒…。分かってる。
誰かに決めれば、そのコには最高の幸せが訪れる。分かってる。全部分かってる。

……………でも………決められない……。
みんな、みんな幸せになってほしい。それ以外分からない。全部分からない。
それも…他の人とじゃ、いやだ…。一緒に幸せを分かち合いたい。
一番の我侭。一番不可能なこと。だけど…一番の、私の望み…。

……それが、みんなを苦しめる…。
そんな気持ちを知られたら………きっと……きらわれる………。
………村の…みんなみたいに……。

「…ソラ?」

呼ばれ、覚める。
不思議そうな顔のハクさんと、心配そうに覗き込むユニさん。

「ソラ様…、もしかして、また体調が悪く…」

慌てて、なんでもない、と言葉を返す。
…が、その言い慣れた台詞に、ユニさんが反応した。

「…ソラ様が『なんでもない』って言う時は、何かを隠している時です…」

…まっすぐ見据えられ………目を…逸らした…。

ユニさんに見つめられて……こんな…、こんなつらいきもちになるなんて…。
思いもしなかったこと…。恥ずかしさと嬉しさしかないと思っていたこと…。

「ソラ様の悩みも…私が癒すと、約束しました。…教えてください…」

……おなかが…痛い……。吐き気も少し…。目頭や、頬、耳も熱い…。

「………ユニ」

一声が、重苦しい空間に変化をもたらす。
…ほんの少しだけ、救われた気分になった…。

「親愛しているからこそ、苦しみ伝えられないこともあるのでしょう」

…胸を押さえる私の手をとる、優しいハクさんの声。

「…ソラ。私と貴女が出会ったのは、今日が初めてですが…」

「もし良いのならば、その悩みを聞かせて頂けませんか?」

「二人のためにも、私の友人達のためにも…その悩みを取り払いたいのです」

………確認するように…一瞬だけ、ユニさんの方へ視線を向ける。

……複雑そうな……特に、落ち込みが強く感じられる表情だった。
笑顔がまぶしいユニさんに、あんな寂しい顔をさせているのは……私…。
『悩みも話してもらえない』。…そんな気持ちで、いっぱいなんだと思う…。

「……ハク様…」

「ユニ。その間に、貴女には作って頂きたいものがあります」

「えっ?」

と、急な申し出に、面喰うユニさん。

「先程頂いた、貴女の御母様からの調理メモ…」

「そこに書かれている料理を、作って頂けませんか?」

ぴらり、と…先程ユニさんが渡した…おつかいのひとつである、
ニコさんのレシピを懐から取り出し、手椀を支えながら手渡す。

「貴女はあのニコの子です。素晴らしい料理ができるに違いありません」

「で…でも…、ハク様ッ、私……ソラ様と…」

「それを食べれば、きっとソラも元気になるでしょう」

「っ…」

「…台所は、そこの廊下を右に曲がり、左手の2番目の部屋です」

………レシピを握り締め……ちら、と私を見た後、
振り返り……廊下の曲がり角に消える、ユニさん。

自然に、手が伸びて……肘が伸びきる前に止まり………ゆっくり…下ろした……。
……止めても……掛けられる言葉がない…。

「……ソラ」

私を呼ぶ、ハクさん。

「…疼きのせいです…。ユニも、それは分かってくれています…」

……気付く。
いつものスカートと違って、長旅用に買ったスパッツは…
私の小さな男の子でさえ……くっきり……その状態を示していた…。
…恥ずかしくて……情けなくて……腫れ物を隠すように、手で覆った。

「さぁ、こちらの部屋へ…」

………こんなもの……どうして…ついているんだろう……。

……………

………



「…ソラの考えは分かりました」

座布団に巻いたとぐろを少しずらしながら、ハクさんが答える。

…包み隠さず……全部、話した。
叱られるかも…と思った。罵られるかも…とも思った。
でも、それは当然だとも思った。そんな考えを、今私は持っている。
そんな中でも、この考えを壊してくれるような助言が欲しいと…甘えた。
今日、初めて会ったばかりのハクさんに…一方的に、甘えた。また、ひとつ。

「良く言えば…みんなを幸せにしたいと思う、博愛主義の人…」

「悪く言えば…みんなの想いを裏切っている、自己中心な人…」

………相槌も打たず…ただ、顔を伏せて聞く…。

「みんなの幸せを願うこと…。それは聖人の様に素晴らしいことです」

「しかし、恋愛における幸せ…、特に、魔物という生き物にとっては…」

「ソラの考える通り、互いが唯一であることが最高の幸せなのです」

…きゅっ…と……膝に置いた拳に力が入る…。
………未だ静まらないそれが、不意に視野に入り……苛立ちさえ、覚えた。

「…どちらが正解かは…貴女以外が、結論を出すべきではないでしょう」

「ですが…ひとつ、私には、ソラが直すべき点は何なのかが分かります」

顔を上げる。

「自己否定をしないことです」

……自己否定……。

「ユニが好む相手…、ならば恐らく、ソラは根はとても明るいのでしょう」

「そして…正直であり、臆病であり、信頼しやすく、与しやすく…」

「故に、女性でありながら魔物を惹かせるのでしょう。勿論、人間も」

……………。

「…もしユニが、『私は嘘吐きです』と言い、否定の言葉に耳を貸さなかったら…」

「ソラは、悲しい気持ちになりませんか?」

……頷く…。

「一緒なのです」

「ユニも、ソラの『私は嫌われる人だ』という想いを、感じ取っているからこそ…」

「悲しい気持ちになり、どうにかしたいと思っているのです」

……………。

「ソラ。悩むなとも、誇るべきだとも言いません」

「貴女は今、誰かから好かれている…その想い人です」

「自己否定をやめたとき…その誰かの悩みは、ひとつ減るのです」

「その時、はじめてソラも…誰かの悩みを聞き、助言して…」

「誰かと、自分の悩みが消えるのです」

「そうやって…お互い、ひとつずつ悩みを消し合っていくことが…」

「恐らく、ソラの望むものに最も近いのではないでしょうか」

……………。

「…ソラ……」

……村を出る少し前…。あの時以来のこと…。
お父さんとお母さんがいなくなって……ひとりぼっちの私を、
お姉さんが…ずっと、ずっと傍にいてくれて……庇ってくれて…。
…お姉さんまで…みんなに色々言われて………でも…ずっと……。

…嬉しいのか…悲しいのか…分からない………曖昧にも言えない……。
そんな…涙と、嗚咽が……六畳一間の部屋に響いた…。

……………

………



「…九乃。そこにいますか?」

「………ソラは、あのような子だったのですね…」

「子供らしいと言えば、子供らしい…。でも、愛にとても純粋…」

「仲間としての愛、家族としての愛、恋人としての愛…」

「整わない知識の中で、それはどういうものなのか、必死に探しています」

「…それは、私達魔物の探し物のひとつとも思えます」

「九乃があんな行動を取った理由も…今なら、分かります」

「…私も、あの子のために…何か出来るでしょうか……」

「………」

「…九乃…、私の言い訳を聞いてください…」

「私は…水神として、愛する人間達と支え合って生きています」

「いつか想い人が現れるまで…皆々平等に愛してゆく想いです」

「…だから…明日、行おうと考えているこのことも…」

「ソラという…個人ではなく、平等に愛する人間の内の一人として…」

「私の愛を分け与えたいという想いを…叶えたいと思います」

「………」

「…私は……神などではありません…」

「貴女と同じ…一人の人間と愛し合いたいと願う…」

「一匹の……魔物なのです」

……………

………



「あ…、これも割れて…」

…台所に入ると、ふわりと…甘い香りが漂う。
甘いだけじゃなく…香ばしさも感じる匂い。

「…星型のも、カエルの手みたいに…」

…クッキー。そう、クッキーの匂い。

……後ろから…こっそり、覗き込む。
…やっぱり、クッキーだった。でも、半分くらいがバラバラ事件。

「これなんて、半分から綺麗に…」

割れた片方を摘まみ、これ見よがしにがっくりと肩を落とすユニちゃん。かわいい。

「…えっ?」

ひょいと、もう片方を摘まみとる。

「そ、ソラ様っ…!?」

ちゅっ。

「ぁっ…」

調理台を支えに、身体を浮かせて…一瞬だけの、キス。

「………」

…顔が真っ赤になっていくユニちゃん。…たぶん、私も。

「………」

目が潤んで…ほほが緩んで…身体を抱きあって…。きっと、私も。

「……ソラ様…ッ♥」

かけらが、ひとつの形になった。

……………

………

12/03/18 00:12更新 / コジコジ
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