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第三十記 -リリム-
「…それで、結果は?」

膝をつき、頭を垂れる兵を前に…威圧を放つ女性。
その身には、蒼き衣…幾つもの十字を施した、神聖顕わな外套。
歳は、40か、50か……顔を覆うヴェールが、その謎を明かさない。

「…逃げられました…」

なんとも気まずそうに答える男。

…それを一瞥した後…目の前の、他の兵が取り囲んだ…
小屋とも家とも言えぬ、木造りの建物を眺めた…。

「小娘一人を? …ソラまでもか?」

……答えられぬことで、察するだろうと…兵は考えた。

「…愚図共め…」

吐き捨てる様な、一言。

「ですが、魔物の抵抗もありまして…」

「ほう…」

ここで初めて…兵の発言に興味を抱く女性。
その声は、落ち着いた…しかし嗄れた声ではない。

「どのように?」

兵は立ち上がり…白い手袋を着けた右手で、建物の玄関戸を指す。

「犯人は、我々がここへ着いたときに丁度検体と接…」

「研究者だ」

遮る、強い戒めの声。

「…そうだろう?」

「…失礼致しました。犯人は、丁度研究者と接触しておりました」

「そこを取り押さえようと近付いたところ…」

指先が、玄関脇の柵囲いに移る。

「あれらの魔物の姿が見えたので、躊躇したところ、逃げられました」

そこには…周りを囲む兵達を睨みつける…6匹の魔物の姿。

…女性はそれらを、一匹一匹確認し…尋ねる。

「あんなに建物の中にいたのか?」

「いえ、その時にいたのは、あそこにいるホルスタウロスとマンドラゴラ…」

「それと…逃げられてしまいましたが、ユニコーンです」

最後の魔物の名を聞き、あぁ…と納得したように呟く。

…暗い、暗い夜の森。月明かりでは足りぬ森。
幾つもの松明が闇を照らすが、それは八方にあるであろう脅威を
いち早く見つけるためには、あまりにも心許ない灯火であることに変わりはない。

「騎士様が、いち早く後を追い、我々もそれに続いたのですが…」

騎士。
偶然王宮より視察に来ていた騎士が、賊を捕らえると聞くや、
誇りがなんだ、名誉がなんだと言って無理矢理加わった御節介者。

…その御節介者は、取り囲まれた魔物達を…ただ、茫然と眺めている…。
目はまるで、死んだ魚のそれだ。苛立つほど真っ直ぐだった目はどこへ行ったのか。

「…順に説明してみろ」

「はっ。ユニコーンにまたがり、犯人と研究者は逃亡…」

「騎士様がそれを追い、我々も続こうとしたところ…」

「ホルスタウロスとマンドラゴラに、行く手を阻まれました」

「貴様らは、鈍い牛や碌に歩けぬ植物より劣る愚図かッ!」

感情顕わに、女性が怒鳴る。

「……あまりに大声で叫ばれたので…」

「マンドラゴラだから、とでも言うつもりか?」

黙る兵に背を向け…しかし、怒りを抑え、話を促す。

「…続きはどうした」

「はっ…。数名で取り押さえ、後を追おうとしたところ…」

「我々が来た道から、アヌビス、オーガ、メドゥーサが現れ…」

「部隊を半分に分け、これに応戦しました」

…女性は、考えた。

何故、住む環境が違う3匹が…しかも、メドゥーサに至っては希少種。
それが一同介して、このような辺境に現れる偶然があるだろうか?
まさか、こんなところまで餌探しに来たわけでもあるまいに。

「後を追った部隊ですが…、すぐに騎士様には追い付いたのですが…」

「騎士様は、サイクロプスと戦闘になったらしく…剣を折られていました」

「…ミスリルの剣をか…」

再び、御節介者に目をやる。

…鞘で隠れていて刀身は分からないが…なるほど、
それならば、あのような目になる理由も分かる…と納得する女性。
騎士様ご自慢の剣が折られたとあっては、誇りも名誉もそこにはないだろう、と。
剣を携える者が指輪など身に付けているからだ、良い勉強になったろう、とも。

「それで?」

「騎士様をお守りし、サイクロプスを捕らえ…残りは後を追いました。ですが…」

兵の指が、森へ。

「足跡は…森の奥…触手の森へ、続いていました」

「それで、おめおめと引き返してきたと?」

「いえ!」

女性の侮蔑を含んだ言葉に、強く反発する兵。
意外な回答に、ちら…と目を向ける女性。

「…おびただしい数のローパーでした…」

顔を伏せ…言葉が続く。

「私を含め、6人の兵が…森へ踏み入りました」

「しかし、少し奥へ進んだところで…」

「魔女が現れたのです」

魔女。サバトの使徒。

「…魔女は、手にしていた袋を宙に投げ…」

「その中からは、森全体に響き渡らんばかりの叫び声が放たれました…」

「声は…私達の心を狂わせ…魔物共を引き寄せました…」

…道理で、先程から股間を膨らませているのか、この愚図は。

呆れ…積もる、女性の苛立ち。

「魔女は去り…部隊は、1人が足を掬われ、1人が首を絡み捕られ…」

「…そこからは…散り散りになり……戻ったのは、私だけです」

女性は、そんなことはどうでもいいと言わんばかりの目で兵を見やる。

しかし…地に目をやる兵は、それに気が付かない。

「…ユニコーンの足跡は、そのまま森を抜け…」

「抜け出たところの切り立った崖で、途切れていました」

またもや意外な展開に、驚く女性。

「崖とは、海か?」

「はい。犯人と研究者もろとも、飛び込んだようです」

女性は額に手をやり…しばし悩んだ後…顔を上げた。

「わかった。もう下がれ」

「魔物達はどうしますか?」

…振り返り…魔物の群れに目をやる。

「…ごしゅじんさま…」

「ドラちゃ〜ん…ぜったい大丈夫だよ〜」

「………」

「…同じ人間といえど…こうも違うものか…」

「なんですの、貴方達は先程から! 近付かないでっ! ソラは何処!?」

「ちっ…どいつもひょろっちそうだな…」

…騒がしいものだ。

それにしても…あの御節介者は、本当に何をしに来たのか。
呆けていたかと思えば、何、今度は魔物の一匹に熱心に話し掛けているのか。

騎士の奇行に、心底見下げ果てた女性は…向き直り、獣道を歩き始めた…。

「…放っておけ。メドゥーサやオーガを怒らせては、後が怖い」

「わかりました」

……灯火は遠くなり……女性の身体は、闇に包まれていく…。

「………」

…女性は、何を思っているのだろう。
怒りか。焦りか。憎しみか。あるいはすべてか。
いずれにせよ、その類の感情が胸を焦がす筈である。

彼女がここに来てから、思い、感じた…
小娘一人捕まえられぬ浅ましい兵に感じた苛立ちや…、
肩書きだけで何の役にも立たぬ騎士に感じた呆れや…、
捕らわれの身ながら喧しい魔物達に感じた蔑みが…。

本当のもので、あるならば。

「海、ね…。何処に行っちゃったのかしら…」

…そう、5分後に現れる、彼女本人ならば…そんな思いを抱いただろう。

「…ふふっ♪」

暗い森の奥。獣道の終点。

胸元の黄玉が、月明かりに照る。

「でも…ちゃあんと見つけてあげるわ。ソラ♥」

……………

………

12/03/30 00:04更新 / コジコジ
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