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第三十九記 -ドッペルゲンガー-
…私、何してるんだろう…。

しなきゃいけないことは、分かってる。
町に出て、旅人が集まりそうな所に行くこと。
そして、私の村の方へ行く人を探して、同行させてもらうこと。
町に出なくたっていい。ここは宿屋。旅人は大勢いるはず。
部屋から出て、廊下ですれ違った人に頼めば、即OKになるかもしれない。

…たったそれだけのことが…今の私には、できない。

……………。

宿の女将さん…下半身が蛇みたいな人が、一昨日から毎日、
私の様子を心配して、部屋まで見に来てくれている。
その度に、謝罪とお礼の言葉、それと宿泊日延長のお支払い。
病院に行った方が…と言う女将さんの言葉も聞かず、一日中ベッドで横に。

………本当、何してるんだろう…。
他人に迷惑を掛けてまで…なんで動こうとしないんだろう…。
早く村に帰りたいはずなのに…。みんなに会いたいはずなのに…。
ネスさんが、私のために置いていってくれたお金も…もう残り少ない…。

……どうして……?
ネスさんと、あんなに早くお別れになったから?
それなら、もっと一緒にいたメイさん達とのお別れの方が、辛いはず。
そうじゃない。それだって辛いことだけれど、それとは違う。
違うはずなのに、ネスさんとのお別れの瞬間が、頭から離れない。

…憂鬱な、昼下がり……。

……………。

……………。

コン、コンッ。

…ノックの音。
誰だろう…。女将さん? 今朝来たのに…。
もしかして、心配になって、また来てくれたのかな…。
……出にくい…。心配を募らせちゃうだけだから…。

………重い身体を動かして………ゆっくり、ドアノブに手を掛け……開く。

……………。

………え?

「ソラちゃんっ!」

…おねえ…さん……? どうして…。

「よかった…! 無事だったんだねっ!」

ぎゅうっ…と……私を包む、懐かしい感触…。
…お姉さんだ…。本当に、お姉さんだっ…。おねえちゃんだっ!

―おねえちゃんっ!

ちからいっぱい、抱き返す。
どうしておねえちゃんがこんなところに?
なんで私がいる場所が分かったの?
どうやってここまで来たの?

…いい。そんなの、どうでもいいっ。
おねえちゃんがいる。おねえちゃんがいてくれている。
それだけでいい。それ以外…それ以外、何もいらないっ…!

「ソラちゃん…。本当に、よかった…」

おねえちゃん…。ごめんなさい…。
心配掛けて、ごめんなさい…。勝手にいなくなって、ごめんなさい…。

「…あははっ。ソラちゃん見たら、なんだかどっと疲れちゃった」

その言葉にハッとして、慌てて離れ、お姉さんにベッドで休むよう促す。

「うん。ごめん、ちょっと横にならせてもらうね」

部屋に入り…ころんと、ベッドで横になるお姉さん。
…夢じゃない。お姉さんは間違いなく、私の目の前にいる。

「…ソラちゃん、こっちに来て。お話しよう?」

お姉さんの目が、私を誘う。
招かれるままに…お姉さんが寝転ぶ隣…頭側の方で、腰を下ろす。

「どれくらい、待たせちゃった?」

…否定と謝罪を含めながら、答える。

「そっか…」

お姉さんの口癖。
なんだか、とても久しぶりに聞いたような気がする。
私がいなくなって、まだ1ヶ月も経っていないはずなのに。

「ソラちゃん」

私を呼ぶ声…と、両手招き。
犬とか猫を呼ぶ時のようなしぐさ。
私にとっては、お姉さんが頭を撫でてくれるときのしぐさ。
もししっぽが生えていたら、ぶんぶん振っていると思う。
喜び隠さず、腕の中へ。

「よーしよしよし…」

シャンプーするときのように、くしゃくしゃと頭を撫でられる。

…気持ちが良すぎて…身体中の力が抜けていく……。
疲れているお姉さんに、だらけていた私が癒されている駄目っぷり。
癒してあげなきゃという気持ちはあっても、甘えたい気持ちに勝れない。

……しあわせ……。

「…髪、伸びちゃったね。でも、ちょっと大人っぽく見える」

ほんと? なら、髪、伸ばそうかな…。
あ、でも、お姉さんはどっちの方が好き?
お姉さんが好きな方の髪にしたい。髪型も、決めてほしい。

「お姉ちゃんね、歳かな〜…、この前、白髪が一本だけ生えてたの」

お姉さん、まだ21歳でしょ? たまたまだよ、きっと。
それとも…私が心配掛けちゃったせいかな? だとしたら、ごめんなさい。

「…よーし、ソラちゃんの若さ、吸い取っちゃうぞっ。がぶーっ」

あ、噛まれた。頭噛まれた。吸い取られるぅ〜っ。

「なんちゃって。あははっ」

あははっ。

「………ねぇ、ソラちゃん」

なに? お姉さん。

「本当に…私、ソラちゃんのことを…待たせてない…?」

うん、大丈夫っ。全部吹っ飛んじゃった。

「…その表情、勘違いしてるよ、ソラちゃん」

…? 勘違い?

「私が訊いている、待たせてないかっていうのは…」

「……こっちのこと…」

………っ!?

「ずっと…待っていたんでしょ…?」

お姉さんが、洋服越しに触れている……そこ。
夢の中でしか、触れられたことがない場所。
ずっとそうしてほしいって、夢見ていたところ。

そこに今…お姉さんの手が……添えられている…。

「ごめんね、長い間待たせて…」

脳裏まで響く、お姉さんの声。

…何故か、恐る恐るな気持ちで……その表情を見る。

「今…楽にしてあげる♥」

……今まで、見たことがない………エッチな顔……。

「…ソラちゃん。まずは、どうしてほしいのかな…?」

……………ぁっ。

「……ん…?」

やっ…。うそ……まって…!

「ソラちゃん…?」

見ないで…おねえちゃ……っ!

「あ」

……………ぁ……。

「……嘘…。おもらし…?♥」

……………。

「もう…。ソラちゃん、いくら嬉しいからって…」

……………。

「…でも、嬉しいな♥ そんなに私とエッチするの、楽しみだったんだ♥」

ぁっ…。

「いいよ…、もっとおもらししても♥」

「お姉ちゃんが、オムツ穿かせてあげようか?」

「それとも、手で受け止めてあげる?」

おねえ…ちゃ……。

「…それとも……飲んでほしい?♥」

っ……おねえちゃんっ!!

「きゃっ!?♥」

おねえちゃん…! おねえちゃんと…エッチ…! おねえちゃんとっ…!

「…落ち着いて、ソラちゃん」

「お姉ちゃん、ソラちゃんにしてあげる方のが…好きだな」

……おねえちゃん……。

「……良い子だね…。良い子には、御褒美、あげる♥」

…あっ…♥ 手……動かしちゃ…っ♥

「ソラちゃん…こうやって撫でられるの、好きだよね」

「ここは頭じゃないけれど。あははっ」

「…頭を撫でる度に、シュークリームを食べた時みたいな顔をして…」

「お姉ちゃん、その顔が好きで、暇があればソラちゃんを撫でてるの、気付いてた?」

「泣いちゃった時も、私が撫でると、すぐ泣き止んでくれてたよね」

「それが可愛くて、仕方なかった。本当に私を信頼してくれてる、って思えて…」

「……ん…♥ 大きくなってきたね…♥」

やぁ…♥ 言わないで……おねえちゃん…♥

「…いつだったかな、アレ…。ソラちゃんが、10歳の時?」

「朝からずっと、私に何か言いたげな顔をしてて…」

「どうしたの?って聞いても、なんでもない、って言うし…」

「でも、何回も尋ねたら…顔を真っ赤にして…」

「白いオシッコが出た…って、耳打ちで教えてくれたよね」

「お姉ちゃん、あれに答えるの、すごく困ったなぁ…。自業自得だけれど」

「でも…あれも、私を信頼してくれていたから、教えてくれたんだよね」

それ…っ……だめっ…♥ さきっぽ…ぐりぐりしないでぇ…♥

「…どうして、私だったのかな?」

「私以上に、ソラちゃんに優しくしていた子、結構いたよね?」

「なんでその子たちじゃなくて…私を一番信頼してくれたの?」

やぁぁぁ…♥ きもちいいよぉ…っ…♥

「それに、ソラちゃん。私達、同じなんだよ?」

「同じ…女の子」

「ソラちゃんは、本当にそれでいいの?」

「きっと、男の子を好きになった方が…幸せになれるよ?」

「辛いことも少ないよ?」

いわないで…♥ いわないでぇ…♥

「ねぇ、どうして? ソラちゃん」

………ゃ……♥

「…ソーラちゃんっ。お姉ちゃん……教えてほしいな…♥」

……………♥

「………♥」

―……おねえちゃん…みたいに……ひぅっ♥ …おねえちゃんみたいに…♥

「うん…」

―やさしくて……つよくて…ぁっ…♥ はっ…♥ きれいで……かっこよくて…♥

「あははっ。ソラちゃん、買い被り過ぎ」

―…そんな人に…なりたくて……♥ ふぁぁ…っ♥

「憧れ…とは、違うのかな?」

―………おねえちゃんみたいな…ひとの…♥

「うん?」

―おねえちゃんみたいなひとの………およめさん………に……なりたくてっ……♥

「………」

………言っちゃった……。
おねえちゃんのこと…どう思ってるか…言っちゃった…。

およめさんになりたい、って……言っちゃった…。

「…そっか。そっかぁ…、そう来たかぁ」

……………。

「そっか…」

……………。

「………」

……………。

「…ごめん、ソラちゃん」

……………ぇ…。

「私は…ソラちゃんの『彼氏』にはなれない」

……………。

「ソラちゃんが望むことは、できるだけ叶えてあげたいけれど…」

「それだけは無理…かな」

……………。

……………。

……………。

……………。

……………。

……………あはっ…。

わかっ、てた…。わかってたこと…。
こうなるって、わかってたから……言えなかった…。
当然、だよね。女同士だもん。同性だもん。
好きになっちゃう方が……変だもん…。
変だってわかってたから、言わなかった。ちゃんと自覚してた。

してたはずなのに…なんで、言っちゃったんだろう。
馬鹿。なんて馬鹿なんだろう。知ってたはずなのに。

どれだけおねえちゃんに甘えれば、気が済むの?
また、おねえちゃんの優しさが、うん、って答えてくれると思ったの?
おねえちゃんが、私の言うことをなんでも聞いてくれる…都合の良い人だと思ったの?

馬鹿。馬鹿。馬鹿。
また、泣くんだ。そして、またおねえちゃんに迷惑を掛けるんだ。
自分勝手。泣いちゃえ。いっぱい泣いちゃえばいいんだ。
そして、おねえちゃんに嫌われちゃえ。馬鹿な私なんて、嫌われちゃえ。
……ううん…。

消えて………無くなっちゃえ……。

「…ソラちゃん」

……………。

「私を…怒らないであげて」

………? 私を……って…?

「私は、ソラちゃんの悲しい気配を感じて、慰めてあげようとしただけ」

「ソラちゃんの辛い気持ちを、失くしてあげよう、って」

…おねえ…ちゃん…?

「…ソラちゃん」

「その言葉は…本物に伝えてあげて」

「………またね」

あっ…。

「………」

………おねえちゃんじゃ……ない……。

おねえちゃんの形が、どろりと崩れた中にいたのは…私と同じくらいの、女の子。
黒ずくめの服で…長い前髪が、表情を隠した……魔物の女の子…。

「……あの…」

女の子が、口を開く。

「だまして……ごめんなさい…」

「私は…男性が思い描く『彼女』にしか…なれないんです…」

「だから……最初はブレて分からなかったのが…はっきりしちゃって…」

……………。

「………」

「……ソラ…さん…」

「私が変身した人の言葉は……その人の意思じゃありません…」

「制約のせいです…。私の…チカラの関係で…」

………でも…。

「………私…」

「ソラさんは……甘えてばかりじゃ…ないと思います…」

えっ…?

「…記憶……見ちゃったんです…。本当に、ごめんなさい…」

「……ソラさん……たくさん…たくさん、お礼を言っていました……」

「いつも……その人の為に何ができるか、考えていました…」

……………。

「………届いていると…思います……」

っ…。

「……あんなに、思ってもらえて…」

「好きにならない人なんて………いないと…思います…」

「…同じ女性でも……例え…男性でも…魔物でも…」

「……愛情が分かる生き物なら……誰でも…」

「………ソラさんのこと……好きになります………」

……………。

「……ごめんなさい……」

………ううん……。

「あっ…」

…ありがとう……。

「……ソラ…さん…?」

………ありがとう……。

「………泣かないで…。ソラさん…」

……………おねえ……ちゃん……。

「………」

……………

………



「…ソラさん…。この辺で…大丈夫です…」

私の背中にぴったりと隠れたドッペルゲンガー…ルペちゃんが、囁く。
てっきり人通りの多い道に出るのかと思ったら、その一歩手前の、細い裏路地内。
こんな場所でいいのかな…?

「……あの人から…女性を想う…寂しい気配を感じます…」

ルペちゃんの視線の先には……大通り脇の広場で、ベンチに腰掛け、
肩を落とし…いかにも失恋したような、暗い雰囲気を漂わせている男性。
周りにはカップルが多い分、余計に浮いて見える。なんだか可哀想…。

「…ここまで付き添ってもらって…ありがとうございます…」

背中から離れ、ぺこりと頭を下げるルペちゃん。

お礼を言うのは、私の方。
これなんて、そのお返しにもならないくらいのお手伝い。

ルペちゃん…本当に、ありがとう…。

「………ソラさん…」

ぐにゃりと、黒い影になり……ルペちゃんだった形が変わっていく…。

「…ソラさんの幸せを……祈っています………」

…目の前には……ドレスを着飾り、扇を持った…貴族風の女性。

「………あら? ここは…」

辺りをきょろきょろと見回し……男性の方を向いたところで、顔色がぱぁっと明るくなる。

「まぁ! あそこに見えるのは、愛しの御方…♥ 今、そちらへ行きますわっ♥」

私には目もくれず…小走りで広場の方へ掛けていく女性。
人の波も気にせず………その向こうへ、消えてしまった…。

……ルペちゃん…。
私も、ルペちゃんの幸せを祈るね…。
ううん、絶対幸せになる。ルペちゃんなら。
偽物じゃない…本当の姿の、ルペちゃんのままで…。

……………。

…一歩、踏み出す。
広い大通り。酒場はどっちだろう。冒険者ギルドとかもあるのかな?
誰に聞けば分かるだろう…。あ、そうだっ。お店に入って聞いてみよう。

えーと…お店お店……。

「あら」

ふと…行き交う人のざわめきの中で…私の耳に届く、一つの声。
振り向くと……たくさんの人からの視線を集めている……白髪の女性。

私を、見ている。

「ソラ♥ やっと見つけたわ…♥」

………ぁ……。

「ソラちゃんっ!」

後ろから、私を呼ぶ………あの声。

振り返る。
人ごみの中に見える……あの…姿……。
その後に続く…白い…半人半馬の………っ。

―……………ユニ……ちゃん…?

「…さぁ」

「夢から、覚めましょう♥」

……………

………


 

12/04/08 00:03更新 / コジコジ
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