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第三十八記 -ドワーフ-
…ここはカイマの町、その中でもさほど人気のない酒場。

店の名前は『幼女の黄金水』。命名はダンナ。
改装せずにもう40年は経つもんで、至る所がボロボロだ。
蜘蛛の巣、デビルバグなんて装飾の一つ。背もたれがない椅子もある。
新築のころは、リンゴみたいに真っ赤っかだったレンガも、
今じゃ埃を被って、掘り出したばかりのサツマイモの色になっちまった。

あたしゃ、そんな店を切り盛りしてる、一人のドワーフ。
名前はワッフ。だのに、皆ワッフル、ワッフル呼ぶもんだから、
今じゃダンナもワッフル、ワッフル呼んでくる。もう慣れた。

ほら、また常連の客がワッフルって言ってるよ。
なんだい? ツマミが切れたかい? 何? 『ワッフルちゃんの黄金水が飲みたい』?
あんたねぇ、あんたにも奥さんがいるんだろう? 恥ずかしくないのかい。
アホの亭主が考えたセクハラ店名を、嬉々として言ってんじゃないよ。
ほら、黄金水だよ。泡だっぷりだよ。いっぱい飲みな。70Gね。

しかし、物好きな客も多いもんだね。
もっと良い店は他にあるだろうに、わざわざこんな辺鄙な店に来るんだから。
そんなにヨメに見つかりたくないか、ロリコンなのか。どっちかだろうね。
今いる3人と、更けた頃に来る6人。まったく、ありがたいことだよ。

おっと、お客さんだ。いらっしゃい。
店を間違えてはいないだろうね? ここは穴掘りワッフさんのお店だよ。
間違えていないなら、そこにお座りよ。この店で一番汚れてない席だ。
ほら、2丁目のアラクネんとこの旦那。ゲソ足齧ってないで。
馬の娘さんがあんたの後ろに座るってんだ。向かいの席に移ってやんな。
悪いね、男臭い店でさ。どいつも昼から飲んだくれのしょうがない奴さ。

ほら、水だよ。水はタダだ。好きなだけ飲みな。
悪いけど、おぼんから取ってくれないかい? あたしゃそこまで背が高くなくてね。
馬の娘さんはいいねぇ、天井の掃除も楽にできそうだ。羨ましいよ。
こっちは人間のお嬢ちゃんかい。珍しいね。魔界に惚れちまったかい?
まぁ、ここでは同じ客だよ。ほら、何か食いな。タコの刺身はもうないけどね。

おっと。はいはい、ワッフルさんだよ。何か用かい?
なんだ、まだ飲むのかい。あんた飲みすぎだよ。7杯目じゃないか。
その内あんたが黄金水漏らしちまうよ。ほら、水でも飲んでな。
しつこいねえ。奥さん呼んじまうよ? あんたんとこの、ドラゴンだろ?
まったく、元勇者様がなんて体たらくだい。しっかりおしよ。
え? 何? ヨメが怖いから帰りたくない? そりゃヨメも怒るよ。火吹くよ。
あんたねえ、ぐうたらな亭主を見て怒らないヨメがいると思うのかい?
ヨメってのはね、自分を引っ張ってくれることを夫に望んでるんだよ。
それがあんた、自分が引っ張られてるじゃないか。どこのヒモだい。
勇者時代のカッコイイあんたに、ヨメは惚れてくれたんだろう?
そんでぐうたらになった今も、見捨てず愛してくれているんだろう?
良いヨメじゃないか。今からでも帰って、誠心誠意謝っておやりよ。
明日から頑張って働きます、って。ドラゴンだって涙流すよ、そう言われたら。
愛してるとも言っておやり。女は好きな男から、その言葉が一番聞きたいんだから。
ほら、最後の一杯だよ。それ飲んだら、金置いて、さっさと帰るんだね。

ふぅ。また常連を一人失くしちまったかもしれないね。
やだよ、せっかく新しい包丁買いたかったのに。当分先になりそうだね。
おっと、デビルバグ。ほらほら、美味しいもんはここにはないよ。どっかいきな。
ちょっとあんたー。デビジェット切れてるよー。買ってきといてくれよ。
それと、クリブドウと、プッシーアワビと、ディックダイコンも。
あんたー、聞いてるー? はいはい、聞こえてるね。よかったよ。

お嬢ちゃん達、まだ食べたいもんは見つからないかい?
脂っこいものが多いからね。酒場だからさ、勘弁しておくれよ。
ミニチャーハンなんかどうだい? けっこう自信作だよ。食うかい?
はい、ミニチャーハン1つ。そっちのお嬢ちゃんも? はいはい。2つね。
えーと、チャーハンの素は……あったあった。ほい、ほい、ほいっと。
この足場もバランス悪くなってきたねぇ。包丁より先かね、こりゃ。
おっと。ほい、ほいっ。なかなかのもんだろ? これでも店長さ。

はい、できたよ。ミニチャーハン2つ。
熱いうちにお食べ。ほっとくとベトベトになっちまうからね。
…どうだい? 美味いかい? 美味い? そうかい、そうかい。そりゃよかった。
人間のお嬢ちゃんの方のは、魔界の食材使ってないから安心していいよ。
おばちゃん、こう見えても気が利くんだ。見習ってもいいよ、お嬢ちゃん。
なんてね。あっはっは。こんな寂びれた店の店長になんてなるもんじゃないよ。

おや、なんか表が騒がしいね。
ラミアんとこの。外、見えるかい? 何が起こってんだい?
リリム? こんな町にかい。珍しいね。どっから来たのか。

そんなことより、お嬢ちゃん達の話を聞きたいね。
見ない顔だし、旅のモンだろう? 何処から来たんだい?
あ、答える前に、ちょっと引き上げてくれないかい? 椅子が高くてね。
よいしょ…。ふぅ、ありがと。それで、お嬢ちゃん達は何処から?

…トオン! 海の向こうじゃないか。遠いところから来たねぇ。
わざわざそんな遠くから、こんなところまで何しに来たんだい?
…人探し? どんな人だい? おばちゃん、知ってるかもしれないよ?
人間の女の子で…、背が低くて…、ふーむ……ふむふむ………。
アラクネんとこの。覚えはあるかい? 今の話、聞いてたろ? ない?
じゃあ、ラミアんとこのは? …違う違う、人間の子だよ。知らない?
ごめんねぇ。うちの客はオッパイ大きい魔物しか見てないって。

あぁ、そうだ、ドラゴンとこのは見て……げっ。あーあー、まったく…。
本当に漏らしてどうすんだい。ほら、立ちな。元勇者が情けないよ。
ラミアんとこの。ちょっとこいつをそこの壁まで運ぶの、手伝っとくれ。
よ〜いしょっ…。…うん、ここらでいいよ。ありがとね。一杯オマケしとくよ。
少し離れときな。そいつに水ぶっかけるから。あんたー、まだいるー?
お嬢ちゃん達、汚いもんだから見なくていいよ。あんたー。いないのー?
5丁目のドラゴンとこ分かるー? 買い物ついでにヨメ呼んできてーっ。

さて、水、水…。このバケツも買い替えたいね。よっ、よっ…と。
…ういしょ…っと。かかったらごめんね。そぉらっ!

よし、これでこいつはキレイになったね。
椅子と机は…面倒だね。後でいいよ。座らせなきゃいいんだから。
さ、お嬢ちゃん達とお話、お話。お嬢ちゃん、もう一回手貸してくれないかい?
よいしょ…。ふぅ。お嬢ちゃん達みたいな客だけなら、楽なんだけどねぇ。

で、人探しだったね。人間の女の子。
ここに来る連中ぐらいにだったら、声を掛けといてあげるよ。あてにならないけどね。
お嬢ちゃん達は、ここにどのくらい居る予定なんだい? …明日には、かい。
まぁ、ここは小さい町だしね。でかいところの方がいいのは分かるよ。
見つかるといいね。おばちゃん応援してるよ。よし、チャーハン、半額サービスだ。
いいの、いいの。どうせ儲かってないんだから。あっはっは。

よし、次はおばちゃんの話を聞いてくれるかい?
その前に、お嬢ちゃんら、シモな話は嫌いな方かい?
…いいね。なら聞いとくれ。うちのダンナの話なんだけれどさ。
あの人も若い頃は、そりゃもう凄かった。アッチがね、こーのくらいあって。
そう、こーのくらい。え? そりゃ入るよ。おばちゃんのこと、侮ったらいけないよ?
でもね、やっぱり歳くうと、こーんくらいになっちゃうんだよねぇ…。

でさ、ここからがケッサクなんだけど。
ダンナも気にしてたんだろうね。物足りないと思ってるんじゃないかってさ。
そしたらさ、ある晩、さぁやろうって時に…。あたしゃ噴き出しちゃったよ。
ダンナのあそこにさ…張り型! 切り取った張り型が、帽子みたいに被ってあんの!
だっはっはっはっはっ。信じられる? 張り型だよ? 張り型…くくっ、張り型帽子!
そんでダンナ、どや顔! だっはっはっはっ。いやー、あれは笑ったよ。
チンコでかく見せようと考えた結果がそれかい、って思ったね。馬鹿なダンナだよ。
まだバイブとか持ってきた方がまともだよねぇ。いや、張り型帽子…くくくっ。
あまりに可笑しくってさ、外してさ、頭にかぶせてやったよ。だっはっはっは。
いやー、お嬢ちゃん達はそんな馬鹿な男と結婚するんじゃないよ?

そういえば、お嬢ちゃん達は、ダンナやカレシはいないのかい?
どっちも小奇麗な顔してるんだし、いるんだろう? 一人や二人。
ほら、男ども、聞き耳立ててんじゃないよ。乙女の会話なんだから。
どうなんだい? …いない? そっちは? あ、お嬢ちゃんにはいるんだね。
どんな人なんだい? おばちゃんにこっそり教えとくれよ。ほら、顔寄せて。
…え? 探している子が…って、探しているの、人間の女の子なんだろう?
…うん。……はぁ〜…。…ふん、ふん…。………なるほどねぇ…。

いや、おばちゃん感動したよ。お嬢ちゃん、偉い。
よく通したと思うよ。だから親も応援してくれたんだろうね。
そうだよ、それでこそ魔物だと思うよ、あたしは。魔物の生き方。
あたし達は人間が好きで、男が特に大好きだけどさ。本能的に。
でもさ、お嬢ちゃんはそんな中で、その子が好きになっちゃった。
普通はさ、変だと思ってさ、気のせいとか、治そうとか思っちゃうよ。
お嬢ちゃんがすごいのは、そこで自分のことを信じたってことだね。
もっと深い本能って言うのかな。愛を信じたんだよね、つまり。
おばちゃん、それ、本当にすごいと思う。あたしじゃ出来ないね。
その子の方も、お嬢ちゃんのことが好きで、OKしてくれたんだろう?
大正解じゃないか。良かったね。本当に良かった。そうじゃなきゃ。
勇気を出したから、お嬢ちゃんは幸せになれたんだね。

ほら、聞いたかい、あんた達。
ヨメに迷惑掛けて、昼間っからこんな店に来てる場合じゃないよ。
お嬢ちゃんの爪の垢でも煎じて飲みな。全身キレイになるだろうから。
そうすれば少しは…って、うわっ! …あぁ、なんだい、ドラゴンとこの…。
ほら、そこに寝転がってるよ。悪いね、水ぶっかけさせてもらったよ。
酔いも全然覚めないみたいで、眠っちまうもんだから、仕方なくね。
いいよ、いいよ。早く連れて帰ってやんな。お金も次来た時でいいよ。

こらこら、そんな乱暴にしなくたっていいだろう。
そいつ、さっき言ってたよ。明日から真面目に働くって。
酒飲みながらね、俺は明日からやるぞ、って。ほんと、ほんと。
ヨメに迷惑ばかり掛けてられないって。申し訳無いとも言ってたね。
…ははっ。そりゃ、家で言うワケないだろう。男ってそういうもんさ。
あんたが一番知ってんじゃないのかい? ダンナが、あんたのことを一番思ってるの。
分かったら、明日からは稼ぎ頭の元勇者様だ、もう少し丁寧に扱ってやりな。
はいはい、いいよ。ダンナと仲良くね。ばいばい。

…あそこも大変だ。でも、何とかなりそうだし、心配はいらないね。ヨメは強いよ。
おや、お嬢ちゃん、外なんか見てどうしたんだい? リリムが前でも通ったかい?
あれ? お嬢ちゃん? お嬢ちゃん! …ん? いい、いいよ。早く追っかけてやりな。
知らない町ではぐれたりしたら、面倒臭くなるよ。ほら。いい、いいって。
次来た時に払ってくれればいいよ。うん。いいって。いってらっしゃい。またね。

…今日は慌ただしいね。暇にならずにすむよ。
おや、アラクネんとこもお帰りかい。はいはい、330Gね。
はい…、はい、170G。またね。途中ヨメに土産でも買ってってやんな。
さて、ラミアんとこの。あんただけになっちまったから、しょうがない。
ヨメさんへのグチの一つでも聞いてやるよ。そのかわり、あたしのも聞くんだよ。

……うん…。へぇ…。……あっはっは、そりゃあんたが…。

……………

………

12/04/07 00:01更新 / コジコジ
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