『星の行方(仮)』
その礼拝堂は、こぢんまりとした建物だった。 煉瓦造りの質素な外観で、『我が国の誇りよ』と謳われることもない。 アーチを多用した円天井は、柔らかな空間を作り出し。唯一華やかさを醸すステンドグラスは、天の国に咲く花を模したものだろうか。 その静謐の場に、一人の乙女はいた。 黒い髪、黒い瞳は、ジパングの民の特徴だ。修道服に包まれた身はほっそりとして、清楚な黒百合を思わせる。 (お父様もお母様も冬香(とうか)も、あの様な色とりどりの国に住んでいるのでしょうか? 笑っているのでしょうか?) 祭壇の前に跪き、祈りを捧げながら、今はなき家族を偲ぶ。 呆気ないものだった。父は政争に敗れて殺され。残されたのは、母と、弟と、自分の三人。命からがら国を出て、慣れない旅のさなかのこと。母と弟は流行病に倒れ、帰らぬ身となった。 幸い、自分一人は教団に拾われ、こうしておめおめと生き延びている。 教会に奉仕し、武を磨き、啓示と呼ぶのもあやふやだが〈主神〉の加護も得た。 ――だが。 だが、本当に叶えたかったことはなんだったか? 自分の願いはなんだったか? 祈れども、それは解らず……。 「ここにいたか、シズル」 そのハスキーボイスは、相棒のものだった。 静流は顔を上げ、静かに立ち上がる。それは、風のない日に煙が立ちのぼる様な……そんな無駄のない所作だった。 「ナスィーム。司教様はなんと仰いでしたか?」 褐色の肌に、砂色の髪と瞳。ボーイッシュな雰囲気をもつ修道服姿の少女へと、問いかける。 「いんや、ありゃダメだ。腰が引けちまっててさ。――なんせ相手は〈リリム〉だからな」 ――リリム。 魔王の娘にして、魔の一軍を束ねる指揮官。人間など及びもつかぬ膨大な魔力を操り、一体で一国を滅ぼすとも云われる。……実際、レスカティエ教国は陥落したのだから。 「それで貴女は……征(ゆ)くおつもりなのでしょう?」 「あたぼうよ! 魔物を討たずして、なんの勇者候補か」 ナスィームは聖堂騎士で、静流は神官戦士。そして二人は神の加護を得てから、勇者候補となった。現在は研修期間中といったところで、功績を挙げれば晴れて勇者だ。 だが功績など、二人の眼中にはない。 「シズルも当然行くよな?」 「ええ。わたくしも同行致しますわ」 二人は笑い、礼拝堂から踏み出す。 長い旅の、始まりだった――。 |
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