第五話 ダンジョン
「……っ?」
息苦しさで目が覚めた。初めは胸を誰かに圧迫されているように感じたが、どうも違う。掌や体で、というよりも両側から壁で押し付けられてるように思う。俺としてもはっきりと状況を見たいのだが、何分薄暗くてよく見えない。せいぜい俺が挟まっているであろう細過ぎる通路の向こうにきちんとしてそうな通路の壁と一本の松明が見えるぐらいだ。もっとも、そこにあるのは通路じゃなくてただの小部屋かもしれないが。もしその時は松明だけいただいてもと来た道へ引き返そう。ずるずりと頬の皮膚を苛めるように後ろを見たら、そっちにも同じようなものがあったしな。
……というか、なんで俺はこんなところでサンドウィッチされてんだ?
えーっと? 確かさっきまでは得体の知れないじーさんと語らいを……ってそりゃ夢の話だ。かなりはっきりした明晰夢だったから、やっぱり精神干渉してきた神様だとおもうんだが。……いや待てよ? これも結局は夢の世界(?)なんだよな。夢の中で見る夢?
……いかん。一旦リセットだ。枝葉末節に囚われるな。ここはどこだかわからない。さっきのじーさんの夢も意味不明だった。その前は?
あ、そうだった。なんかよくわからない黒鞭で同人誌やってたシレミナを助けようとして、サハリ共々三人仲良く奈落の底に落っこちたんだった。
ということは、ここはその奈落の底か。まだ全体像がよくわかってないが、どうも地下遺跡っぽいところに落下したらしい。
(とりあえず、他の二人を探そう。一緒に落ちたんだ。まだこの辺にいるはずだ)
願わくば、せめて足の骨折ぐらいでいて欲しい。かなり高いところから落ちたみたいだし、頭から落ちたならひとたまりもない。
ただ、上に光が見えない。俺がここまで雪玉よろしく転がって来たか、もしくはただ単に穴が閉じたかしたのだろう。
さて、とりあえずこの狭っ苦しいとこから出よう。ふんっ、と力を入れるとほんの僅かだが通路が広がった。ただ、力を抜くとすぐに戻る。もしかして、これはあれか? 迫って来る壁トラップ。転がって入って罠が作動したか。つくづくこの変な能力、手に入ってて助かった。今思うとこれがなかったら最初のカニで死んでたしな。まあ、どうせならベクトル操作能力とか万物を分解・再構築する能力とか欲しかったが。
手に入っててもどうせ持て余したであろう能力はさて置き、本格的に脱出である。
力を込めて通路を僅かに開き、歩く。ずり足である。ほんの少し、ほんの少しずつ突き進む。腕がぷるぷると震え、息が上がりそうになるのを無視して足を前に出す。とりあえず、そこが本当に行き止まりだったら引き返さなければならない。その時に壁に挟まりつつ休憩しよう。そう思い、必死に四肢に力を入れた、丁度その時。
一瞬、目の前の隙間を見たことのある三つ編みが通り過ぎた。
「シレミ――」
そしてさらにもう一つ、通り過ぎる。
(なんだ、今の!?)
白いなにか、鎌を携えた骨のようなものがシレミナを追うように通り過ぎた。
追われている? そう考える前に無理やりに体を動かして、ようやく狭い通路から脱出する。
そこにいたのは、予想通りにシレミナと、人骨を百足のように組み換えて鎌を持たせたような化け物だった。
「こんのっ!」
咄嗟にシレミナを追う骨百足を掴んで引き止める。
ざりざりざりざりざりざりざりざりざりざりざりざりい! と地下遺跡の床と靴底が擦れ合う擦過音が響き渡る。骨百足が煩わしげに足を止めつつ振り向きざま、俺へと鎌を振るう。俺は片腕を垂直に構えることで、それを受け止める。すごい衝撃だ。その証拠に骨百足の鎌が折れて宙を舞っている。
そしてすぐさま、骨百足の頭を殴りつける。
ばき、ぼぎん。鎌と同じく折れて吹き飛ぶ頭蓋骨。
しかし、まだ死んでない。骨相手に死んでないもくそもないと思うのだが、まだ鎌を振り回してじたばたともがいている。だが、これで一先ずシレミナがその凶刃に晒されることはないだろう。
「後ろだ義兄上!」
叫び声ともに景色が反転して流れた。吹っ飛ばされたと気が付いた時には背から壁へと叩きつけられ、肺から空気が押し出される。
――大丈夫だ、問題ない。
骨折も擦傷も、今の俺には縁がない。それよりもシレミナだ。
「『アシッド・バレッド』!」
詠唱だ。そう思ってシレミナの方を見てみれば、骨百足がシュウシュウと嫌な臭いを吹き出しながら溶けていっているところだった。強酸の弾丸か? 換気の悪そうな地下で危ないことするなあ。
俺も立ち上がって、未だに暴れている頭なし骨百足に引導を渡す。体の真ん中辺りをガンガンと殴っていたら勝手に止まった。……うん、いいな。こういうタイプは殺してるって感じしないし、骨だがら返り血もない。そういえば、シレミナを助けようと黒鞭引き千切っていた時は体液ブッシャ―ッ、でまた服が汚れてしまった。……これ、本当に街の中に入れてもらえるんだろうか? 自信なくなってきたぞ……。
「おーい。シレミナ、無事かあ?」
「……おかげさまで。全く、逃げえ言―んが聞こえへんかったんか?」
? ああ、黒鞭の時ね。
しかしこいつは本当に俺への風当たり強いな。その言いぐさはねえんじゃねえかクソガキ、と言いたいのは山々だが、ぐっ、と言葉を飲み込む。今は兎も角現状の把握だ。
「サハリは見てないか?」
「ここにはおらへん」
? 三人一緒に落ちたんじゃないのか?
「なんで? 俺達は一緒に落ちたろ?」
「覚えてへんか? 穴は下の方で五つに分かれとったやろ。それぞれが同じ迷宮の別のところに繋がっとたんや。……義兄上、義姉上を穴の仕切りからかばっとったとおもうんやけど?」
そう言われればそんな気がする。浮遊感にビビッてサハリとシレミナの二人を引き寄せた後に、背中に衝撃。ここでも普通なら死んでたな。いや、でも実際は死んでない。死ななきゃ安いだ。気にしないでおこう。
「そうか。でもばらばらになって直ぐに会えたのは運が良かったな」
「いや、運やない。二人のおかげや」
え?
どゆこと?
「魔物は精の臭いに敏感や。そして義兄上たちはしてから日も浅い。ちゅーわけで、二人のおかげやで」
義姉上の居場所もわるし、ほんま助かるわ〜、と言いつつ歩き出すシレミナ。なんか、すごいけど、素直に喜べないなあ。それってお盛んだと直ぐにわかっちゃうってことでしょ? それってどうなんだろう?
「ほれ。早ういくで、義兄上」
「うぃーっす」
ま、サハリが無事に助かればなんでもいいか。
◇ ◇ ◇
その後の行軍は無事に、とはいかなかった。アンデッドたちの襲来である。サハリたちみたいのならよかったのだが、残念ながら全員エネミーである。
さっきのようなやつらのやぶ蚊バージョンやら毛虫バージョン、霞みのようなゴースト、それにホラー界の大御所ゾンビさんまで、それら全員が襲ってきた。皆、知性がなく、シレミナからもやってかまへんとのお許しもあったので無双してみた。けど、本当によかったのだろうか? 同じ魔物なんだよね、これ? それとも種族変われば、といったやつか?
そのへん曖昧だったので異世界知恵袋シレミナに聞いてみると、
「こいつらは『旧魔』やね」
「『旧魔』?」
「神々の試練や魔物以外の存在が作り出したダンジョンに湧くんや。分かり易く言うとその辺の材料で作った彫像が殆ど魔物化しないのと同じ理屈で、旧魔に知能は付きにくいや」
どーいう理屈だよ? というか、付きにくいってことは付くやつもいるのか?
「ん? サハリがそうやで?」
「何が?」
「元旧魔。サハリは元々、ダンジョンで生まれて、魔物になって外に出て来たんやで」
マジすか。
「本人はそのこと、あまり覚えてないようやけどね。やから、わてはあの子の親代わり、義妹やねん」
砂漠で彷徨ってたところで一回助けられたしな、と呟くシレミナ。
そうか、何の接点もなさそうな二人だと思ったけど、色々あるんだなあ。麗しい話だ。
「……わかっとると思うけど、これからは義兄上が主体で義姉上に尽くさないといけないねんで?」
「お、おう」
なんかシレミナとサハリの話は麗しいのだが、俺との話は爛れもんなんだがそれはいいんだろうか?
「気にしたらあかんし、そういうもんや」
さいでっか……。
◇ ◇ ◇
「ふむ……」
ふと、シレミナが立ち止る。
何か妙なものでも見つけたのだろうか?
今、シレミナとともにたどり着いたのは通路の果てにあったちょっとした空間だ。通路よりは広いが、これまで通ったどの部屋よりも小さい。猫の額という表現がぴったりだ。
特徴としてはせいぜい部屋の七割ほどにあたる窪みだろう。段差注意だな。
「どうした、シレミナ?」
「いや、どうもこれは枯れた『回復の泉』っぽいんよ」
はあ? 回復の泉?
ドラクエかよ……。
「何でそんなもんがダンジョンに……って、普通はあるもんなのか?」
回復の泉。
「いや、普通はありゃへんよ」
だろうな。
そんな『どーぞ攻略してくださいサービスですよー』みたいなもんがダンジョンに標準装備されてる訳がない。
「回復の泉っちゅうんはダンジョンが地脈からマナを引き上げた際にできる毒素溜まりや。魔物限定の毒素やけどな」
……ん?
「そやけど、ダンジョンの格や調子を測る重要なファクターになるんや。それが枯れるっちゅうことは何か……」
へえ。あるんだ回復の泉。
RPGみたいだなあーはっはっはっ。
……もう少しで恥かくとこだった。危ね。
15/08/19 21:31更新 / 罪白アキラ
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