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第六話 喪失のダンジョンマスター
 RPGで言うと、ボス部屋の前にはセーフティポイントや回復の泉などがあるのが定番だが、この世界のダンジョンもその例に漏れないらしい。

「気い、引き締めえや。ダンジョンマスター(迷宮の管理者)の部屋やで」
「……おう」

 サハリを探して何故かこんな奥深くまで辿り着いてしまった。どうも、サハリはこの部屋の中か、その奥にいるらしい。出来ればわざわざボスなんかとやり合わず、ささっとサハリを取り返してサンサバルドへと向かいたい。なので、シレミナとの事前の打ち合わせでサハリを取り返したらそのまま後退し、脱出を図ることになっている。シレミナの風魔法によって、出口への避難経路は把握済みだ。
 もし、サハリが足を怪我していたり、満足に動けないようだったら、そこはしょうがない。エンカウントだ。叩き潰す。
 ……サハリが今、部屋の中でどうなっているのかは考えないようにしている。考えても仕方のないことは考えない。

「大丈夫や。魔物はちょっとやそっとじゃ死なへん。――今は義姉上を助けることだけを考え」

 シレミナがこちらに背を向けつつ、自分に言い聞かせるように呟く。

 フラg……だから、余計なことを考えるなっつーの。
 頭を振って、雑念を振り払う。

「……ありがとな、シレミナ」
「茶化すなや――開けるで?」

 重々しく扉が開いていく。その重量によって扉の金具が軋む音、すぐ下の石床が削れる音が辺りへと響いていく。
 もう、扉には触れてないのだが、まるで機械仕掛けであるかのようにそのまま開いていく。どうやら軽く押せば後は半自動的に開かれるようだ。
 ちなみに開け放った本人はとっくの昔に俺の後ろへと隠れている。

「言うまでもないけど、義兄上は肉、ちゃう、タンカーとして前衛に立つんやで」

 いいけどさ、肉壁要員の自覚はある。俺が相手の攻撃を無視しつつ突貫。タゲを取りまくったところでシレミナからの後方支援がこれまでの必勝戦法だし。

 開放された空間からひんやりとした空気が流れ、カビ臭さを運んでくる。中に光はなく、まるで月のない夜空のようだ。その中、うじゅるうじゅるという気色の悪い音だけが耳に届く。
 ヤツだ。

 ゴオン。扉がようやく止まる。それと同時に部屋の中の松明が灯りだす。
 凝った演出だ。

「ぐるるる……」

 獣のような唸り声。黒鞭以外にボディガード的な虎や狼でもいるのかもしれない。もしくは獣と烏賊のハーフみたいな姿のダンジョンマスターなのか。

 違った。そのどちらでもなかった。
 そこにあったのは雑誌の水着特集にでも出てきそうなたわわな胸。
 エメラルドグリーンの瞳に同系色の淡い緑色の髪。夏の日差しが似合う褐色肌。
 何より、下半身の蠍体。

 サハリだ。
 ただ、何故か全身に例の黒鞭状の生物が集っている。

「――なあ、シレミナ」

 これって、あれだよな。ダンジョンマスターに体を乗っ取られてる的な……、そう確認しようとした。
 しかし、直後に返って来たのは怒号だった。

「よけえっ!」
「っ!?」

 慌ててしゃがんだ俺の頭上を何かが通り過ぎる。
 サハリの拳だった。

(危ねえ――)

 意図せず冷や汗が頬を伝う。

(――もう少しで、サハリの拳が砕けるところだった)

どうやら避けゲーになりそうだ。

 頭上から迫る。
 転がって避けた後の床が粉々に砕け、粉塵を巻き上げる。
 舞った埃のカーテンを突き抜けてサハリが肉迫する。
 目を濁らせ、咆哮を上げて唾を飛ばすサハリに正気はない。

「がああああああっ!」
「こんっ!」

 サハリの両腕を掻い潜り、そのまま抱き着くように密着する。

 サハリがどうすれば正気に戻るか、ダンジョンマスターとやらをその身から追い出せるかはわからない。
 だから俺は、当てずっぽうにサハリに集る黒鞭を引き千切っていく。
 一本、二本、三本……。
 だが変わらない。黒い残骸が積み上がっていくだけだ。黒鞭は排除した途端、また新しい黒鞭が生えて来る。サハリも変わらずジタバタと獣のように暴れ狂っている。

 これじゃ駄目なのか……?

「……ロス」

 なんだ?
 サハリの口から獣の吐息以外の何かが漏れたのを聞いた。

「殺ス。……アイツ、我ガ居ヲ襲イ、侵シ……奪ッタ。殺ス、殺ス殺ス殺ス……贄、足リナイ、贄ヨコセッ!!」

 アイツ……? 贄ってのが不本意ながら俺達のことだとして、アイツって誰だ?

「義兄上っ! ちっとその正面座位のまま義姉上を押さえとれっ!」

 耳年増なシレミナの発言はさて置き、より一層力を入れて両足を踏ん張る。

「『wolrail eso thysvithsuc rn mana xebec…… liarlow<精霊封じ>』!」

 シレミナが放った白銀の閃光がサハリの背中へと吸い込まれた。
 しかし、

「――ちっ」

 シレミナの眉間に皺が寄る。どうも効果なしだったようだ。

「があっ!!」
「どわっつ!?」

 力を入れ直す間隙を突かれ、サハリに突き飛ばされる。

「はるるるるるう……」

 尻餅をつく俺の前でサハリの視線がシレミナへと移る。
 やべ、タゲが向こういった。
 サハリの肢体が力む。

「このっ、サハリっ!!」

 なんとか体勢を整え、サハリへと飛びかかって肩を外す勢いで手を伸ばす。その指は、しかし空を掻く。

「バウアッ!」
「シレミナっ!」

「二人ともわてを舐め過ぎやろ」

 瞬間、サハリの目前の空間が爆ぜた。
 俺はその暴風をまともに浴びてそのままこける。
 っつか、サハリ大丈夫なのか!?

 爆発で巻き上がった砂埃が少しずつ晴れていく。そこにあったのはまっ黒な球体。
 どうやら爆発の寸前で体を黒鞭で覆ってガードしたみたいだ。

 ……さて、どうする? はっきり言って、こんな人質を捕られたような状況に陥るとは思ってもなかった。何が来ても物理無効ボディで突貫すればいいと思っていた。
 その結果がこれだ。
 ここは一旦引いて、シレミナと策を練るか? そう思ってシレミナ方を見やる。

「……?」

 砂煙の向こう、大物っぽいセリフを吐いた幼女がいない。
 その代り、シレミナのいたところにぽっかりと大穴が空いている。

 ……まさかの没っしゅーと。

 うじゅるうじゅるじゅる。
 うかうか三十、きょろきょろ四十している間にも事態は進む。

「があああああああっ!」
「ボギャ貧だなダンジョンマスター!」

 早くも防御姿勢を解いたサハリが躍りかかって来る。

 ちっ……しゃーない。
 俺は身を翻し、逃走を選択する。
 ――シレミナが落ちて行った穴へと。


◇ ◇ ◇


 暗闇の中、浮遊感と風圧に顔を顰めつつ、身を捩る。落下地点にはおそらくシレミナがいる。もしかしたらすでに落下場所から移動しているかもしれないが、いたら圧死してしまう。とりあえず、四肢を伸ばして体の下に隙間ができるようにする。

 着地。
 そして目の前にくまさん。
 なにこれアップリケ?

「ふんぬっ!」
「ごばっ!?」

 何故か吹っ飛び、再び落下。今日はよく落ちる日だ。

「『エアスラッシュ』」
「うをっ!?」

 飛来する不可視の刃を突き出した片手で吹き散らす。下手に受けたら服がぼろきれになる。そうなれば完全に浮浪者だ。

 ちらり、とシレミナを見る。……いない? と思ったら背後をとられていた。きゅっ、と絞まる俺の頸動脈。

「義兄上ぇ〜? 一体全体なにをやってんのかなあ? わての下着事情とかどーでもいいやんなあ」
「ちょ、ま、死ぬ。死んでしまうからこれっつーかラッキースケベからのラヴコメとかまじでやってる場合じゃねーだろこれええええええっ!!」

 ぐぐっと、両腕に力を込めてシレミナの魔手を退かす。しかし未だに相手は力を抜かない。少しでもこちらが力を抜けばやられる。

「そんで、なんやったかのお? そや、わての下着が子供っぽいって話やったっけ?」
「ひっと言も言ってねーよ! それよりも今はサハリだろうがっ! 今はどうやってサハリを正気に戻すか、ってとこだろが。っつーかサハリあのままで大丈夫なのか!?」

 そこまで言ってようやくシレミナが怒りを収める。上気した顔のまま、じと目でこちらを睨んでいるが許容範囲内だろう。

「……大丈夫な訳ないやろ。今の義姉上は事実上、心臓を握られている状態や。何とかしてダンジョンマスターを義姉上の体から追い出さんと、体中の魔力を吸い取られてそのまま……ちゅーことも最悪、考えられる」

 急激な魔力の喪失は出血のそれと同義や、とシレミナが付け加える。
 胃がむかむかする。サハリが死ぬだって? あいつ、やるだけやってさっさと死ぬとか、トラウマ製造機か。まだデートの一つもしてねーんだよ。死亡フラグも建てずに、ただ不幸だった、ってだけで死なせてたまるか。

「どうする? どうすればいい、シレミナ? ダンジョンマスターの本体でも探すか? それとも、このダンジョンそのものをぶっ壊せばいいのか?」
「短絡するなや、義兄上。それにダンジョンマスターの本体はおそらく義姉上の精神の中やと思う。さっき、微かにやけど、何か引っかかりを感じた。精霊、いや悪霊系や。下手に手を出せば義姉上諸共になるんやで……」
「……」

 どうする? また振り出しだ。
 このままだとサハリは死ぬ。
 諸悪の根源たるダンジョンマスターはサハリの内にいて、手も足も出ない。

 ……落ち着け、ブレイクスルーだ。ダンジョンマスターを倒す方法が思いつかないなら、それ以外の方法でサハリを助け出せばいい。
 説得は……いけるか? 肢体をふん縛って、暴れないようにしてやれば……いや、そんなことしても耳を貸してくれないだろう。俺達を贄としてしか見てないんだ。何か、興味を引くような交渉材料がいる。最悪は、俺の身一つで、ということにもなるかもしれないが、それは本当に最終手段だし、絶対にしたくない。他になにか……あ。

「なあ、シレミナ。あいつ、家に泥棒が入ったみたいなこと言ってなかったか?」
「は?」
「ほら、ダンジョンマスターが『家を侵した』とか、『奪った』とかって言ってたよな。だから、その誰かさんの首根っこ引っ捕まえてダンジョンマスターとの交渉材料に使えねえか、と」
「……なるほど、面白そやね」

 誰かさんの居場所は、聞けないだろうなあ。
 先に交渉材料を確保しないと……。
15/08/25 23:52更新 / 罪白アキラ
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