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第四話 幼女と黒鞭とじーさん
「ん……、何だ? やっと終わったのか?」

 砂が流れる音とともに気が抜けるような欠伸の声が聞こえてきた。
 あん? と寝っ転がりつつ首を巡らす。視線の先に、砂の中から上半身を取り出すサハリが見えた。どうも、柔らかい上半身だけ砂中に埋めて、睡眠をとっていたらしい。……呼吸とかどうしてんだろ?

「ああ、おはようサハリ。そんでもって悪いけど、ちょっと寝るわ。三時間ぐらいしたら起こしてくれ、くあ〜……」

 どすん。
 何故か、そこでサハリが俺に乗っかかってきた。なんで?

「サハリさん?」
「――やろう、キョウスケ♪」

 サハリの顔ににたー、っとした獰猛な笑みが浮かんでいる。
 それだけなら、何か別のことなんじゃないかなあ? と希望的観測も出来たのだが、残念ながら彼女の手がかちゃかちゃと俺のズボンを引っぺがしにかかってきている。疑いの余地がない。
 ――こいつはムードという言葉を知らんのか? というか、すぐそこにお前の義妹が……って、あれ?

「ごゆっくり〜」

ぐるりと囲む岩の壁、その一部がいつの間にかぽっかりと空いている。その先、見えたちょっとした砂丘の上にシレミナがいた。親指をぐっ! と上に向けて。
 あんにゃろ……。

「ファイアショッ」
「かぷ♪」
「くひぃっ!?」

覚えたての火魔法で幼女を亡き者(火葬済み)にしてやろうとしたら快楽の妨害が来た。
サハリだ。すでに下の布きれなんぞとっくの昔に引き剥がされている。

「サ、サハリ……悪い、んだけども、ふ、普通に眠らせては……ぐっ……くれないのかね?」
「はむはむ無理だはむはむ」

 にべもなかった。
 辛い。愚息がもげそうだ。昨日の初夜も出し過ぎで下腹部が痛くなったっつーのに。
  エロいことは基本好きだ。けどな、するにあたっても相手の気持ちも大事だと思うんだよ? それに体力面とかさ、雰囲気とかさ、フラグとかさ。知ってる? ウサギって性欲の強い動物なんだけど三回以上するとドクターストップかかるんだよ。やり過ぎると局部の血管が千切れるんだと。俺のもそうなったらどーすんの?

「ふふ、いいな、その表情。もっとそのかわいい顔を見せてくれ……」

 気が付いたらサハリの指が俺の顎に這って来ていた。
 ……けどまあ、実際やり始めると痛いのが吹き飛ぶぐらい気持ちいいんだよなあ。サディスティックな顔で迫るサハリを見てるとこのまま食われた方が正しい気がしてくる。
 このままなすがままにされてたらリア充展開、いちゃいちゃパラダイスだ。なにを拒むことがあるのだろう? いや、ない。

 くちゅり、と何かが陰茎の先に触れたが。
 だが、だが、だが。
 雰囲気を読んでくれないのはサハリだけではないらしい。

 突然、卑猥な空気をぶち壊す、耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。

「なん――!?」
「シレミナっ!」

 声からして悲鳴の主はシレミナだ。
 それに真っ先に気が付いて行動したのはサハリだった。
 ひょい、っとサハリに担がれ、彼女は猛然と走り出す。って、ちょっと!?

「ちょ、ま、何故に担ぐ!?」
「うるさい行くぞ!」

 そのままシレミナが消えていった小さ目の砂丘を越えると、いた。
 すり鉢状になった地形、巨大なアリジゴクの中央にシレミナは捕えられていた。一瞬、大顎に掴まれた血だらけの幼女の幻視を見たが、そこにいたのはウスバカゲロウの幼虫などではなかった。
 幾本もの黒い鞭。それがシレミナへと纏わりつき、彼女を砂中へと引きずり込もうとしていた。
 しかし、彼女もただ黙ってなされるがままだったわけじゃなさそうだった。時折、彼女に纏わりつく黒鞭がぶつ切りになって吹き飛ぶ。何か魔法のようだが、カマイタチか?
 それでも、完全に黒鞭を排除するのは難しいようだ。何故ならそれをしようとすれば自身の体まで切り刻むことになりかねない。

 そこへサハリが流れ弾を避けながら突貫する(俺を担いで)。

「待ってろシレミナ!」
「来んなや義姉上! ダンジョンウィップス(迷宮多鞭)や!」

 主人公ばりの粗野なサハリの怒号に、拒絶を孕んだシレミナの叫び声が混じる。
 シレミナがこちらへと手を向けた直後、風の砲弾が砂地を抉りつつこちらへと迫る。サハリはそれを跳躍によって回避し、――目前に誤射と思われるカマイタチが迫った。ぶっちゃけ俺にはほとんど見えない。砂塵の動きによって多少に違和感がわかる程度だ。だが、何故かサハリには見えるらしい。上体を逸らそうという動きが感じられた。

(この辺か?)

 念のため、迫るカマイタチの軌道を外そうと掌を伸ばした直後、

 バシンッ!

 強い衝撃とともにカマイタチを握り潰した。なんだ、思ったよりも弱いな。

 ざす、とサハリがシレミナの前へと着地する。そしてそのまま、ぶちぶちと黒鞭を素手で引き千切っていく。俺も右ならえで引き千切るが、サハリよりも全然遅い。頑丈さはともかく、膂力だけならサハリの方が断然パワフルだ。

「なにしてんねや、二人とも! 早う逃げんかい!」
「お前を置いていけるわけがないだろう!?」
「右に同じく」

 全く、この幼女は何をぐずっているんだろうか?
 鞭に絡まれて恥ずかしがっているんだろうか? そういうのは同人誌でやってくれ。

 そんなことを思っていた時だった。
 突如、しゅるしゅると黒鞭たちが砂の中へと引っ込んでいった。

 逃げ帰ったか? そう思う反面、不安もある。こう、安心したところにボス登場、みたいなゲーム展開。
 ここは三十六計逃げるに如かず。ボスが出て来るまで待ってやる必要なんてないし。いつまでもここにいても精神衛生上よろしくない。
 とりあえずシレミナを砂の中から引っこ抜く。

「シレミナ、土魔法か何かで梯子作れるか? とりあえずここから――」

 ――出よう、そう言おうとした。
 忽然と消える砂地の感触。
 身が竦むような浮遊感。

 気が付けば、すり鉢がまっ黒な大穴へと変貌していた。俺達三人は、なす術なく落下していった。


◇ ◇ ◇


「やあ、お兄さん。ワシのこと、覚えとるかいの?」

 夜だった。
 ただ満天の星空とはいかず、どこか空気中の不浄を表すかのような星の少なさだった。
 ……おかしい。昨日は田舎の星空よりも星があったのに。

「おや、人がせっかく話し掛けとるというのにシカトとは。初めの時と同じく無礼じゃのう、お兄さん」
「や、悪いっすけど、人違いじゃないっすかねえ?」

 星空から地上の枯れ木、もとい老齢の男性へと視線を移す。
 禿げ上がったつくしんぼのような頭。インドの修行僧が羽織るようなオレンジ色を基調とした袈裟。背こそ曲がっていないが杖を突きつつ岩に腰掛けるその姿は紅葉を過ぎた枯葉のようだった。
 と、ここまで言うと流石に言い過ぎだが、要はよぼよぼのじーさんだった。そしてそんなじーさんの知り合いは俺にはいない。

 では、俺の親戚親類ご近所知人でもなんでもないくせして俺に親しげに話かけてくるこのじーさんは一体全体どこの誰なのか?

「神様、か?」
「鋭いのお。が、無闇矢鱈と使うべき言葉ではないじゃろう。もっとも、多神教どころか、他所の家の宗教持ち出してお祭りをやってしまう日本人らしい感性と言えばそれまでじゃが」
「えーと? それは遠回しな肯定ということでいいんですかね?」
「答え合わせがしたいということなら、半分正解半分不正解といったところかの。否、ここは不正解と言うべきか。少なくとも、ワシは『この世界』の神ではないし、お兄さんがこの世界に来た時に聞いた声の主を神と定義するならワシはそれではない」

 ……ひどく婉曲的なこと言うじーさんだな。まどろっこしくて理解し辛くて、はっきり言って鬱陶しい。もしかして何かをはぐらかそうとしてるんじゃないか? そう思わせる言動だ。
 もういいや、面倒臭い。何が言いたいか単刀直入に聞いてやる。

「アストロノミコン」

 が、出鼻を挫かれた。まるで思考を読まれたみたいだ。
 しかもまた訳のわからい用語が飛び出して無性に俺を苛立たせる。

「『玉座の欠片』とも言われるそれを、破壊してきて欲しい」

 やだね。何であんたの言うこと聞かなくちゃならないんだ。理由がない。
 そう思った途端、じーさんがむっと眉を顰めた。ちょっと怒ったかな? やっぱり俺の心、読まれてるんかね? サー●アイの持ち主?
 まあ、いいけど。

「……あんまり人に意地悪するのは趣味じゃないし、何かのついでならやってあげてもいい。けど、なんでじーさんはそのなんちゃらの欠片ってもんを壊して欲しいんだ?」

 そこまで乗り気じゃないけど、一応それくらいは聞いておこうと思った。
 するとじーさんはそっぽを向き、ぽつりと漏らした。

 ――もう一度神へと還り、君と出会うためだ、と。

 え? という言葉は出なかった。口が消えていた。いや、口から下が消えていた。

「また会おう、お兄さん。また違う景色で」
15/09/02 21:43更新 / 罪白アキラ
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