連載小説
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衣服と心の原点回帰
俺は「メンセマトの領主及びその周辺に関する考察」から導き出した答え……、
「誰かを操る能力を持った者があの街に居る可能性が高い」という事を皆に伝えた。

皆は俺のブッ飛んだ仮説を100%信じてくれるまではいかなかったものの、
『メンセマトには普通じゃない何かが居る可能性が高い』という事を確信してくれたのだ。

この結果に、俺は大いに満足した。

だがしかし、皆にとっては俺の仮説など通過点に過ぎないという事を失念していた。
敵の脅威を理解したという事は「戦いを有利に進められる」という事なのだから。

戦いが始まってしまう、という事自体はどうしようも無いのだ。

「敵に関する情報を色々と聞けたし、これで心置きなく奴等と戦えるわい」

バフォメットさんが突如、自信を見せながら言った。

「今回の戦いも、正面衝突だろうしね」

バフォメットさんの言葉に賛同するように、英次さんも頷いた。

……正面衝突って何ぞ?

「ええと、どういう事ですか?」

「そうか、3年前の戦いが起こった時点で、君はこの世界に居なかったんだもんな」

訳が分からず戸惑う俺に、ハリーさんは説明してくれた。
俺が彼から教わったのは「3年前の戦い」についての詳細である。
アオイさんが、ハリーさんの説明を補足するように、当時の両軍の動きを簡単に記した資料などを持って来てくれて、彼の説明を補足してくれた。

「魔物の軍と人間の軍の力比べ、ですか。
……まあ、魔物の軍が勝ちますよね」

「3年前の戦い」を一言で表すと、
視界を遮る物の無い草原での、正面衝突……!

駆け引きもクソも無い。
むしろ綱引きという言葉が良く似合う、力と気合が真正面からぶつかる戦い……!

メンセマトの性格と佐羽都街の地形を考慮すると、
今回の戦いもそうなる可能性が極めて高いとの事。

俺は先程アオイさんの持ってきた資料を見て知ったのだが、
佐羽都街の周りの半分は山に囲まれていて、もう半分は広い草原である。

その気になれば、佐羽都街の軍が罠やゲリラ部隊をじゃんじゃん仕掛けられる敵国の山にメンセマトの軍はわざわざ入って来ないだろう。
となれば、戦いの場は残る草原のみである。

さらにハリーさん曰く……前回の戦いでは、
「我等は主神の使徒として穢れた貴様等を殲滅する」といったような口上を述べる事までしたらしく、今回もそうなる可能性は極めて高いらしい。

ただでさえ「魔物が悪である」という嘘を付きながら戦っている主神教団の軍に、
そういった感じのプロパガンダは必須なのだろう。

つまり、どう足掻いても正面衝突である。

……そして何故かは分からないが、
ハリーさんが俺に告げた「今回の戦いでもメンセマトの軍が口上を述べてから戦争を始める可能性が高い」という事が妙に引っ掛かった。

「メンセマトが佐羽都街へ、
既に宣戦布告をしてしまった以上戦争となるのは避けられない……か」

自分で自分の声を聞いて、元気が無くなっていると思った。
……それも、そうか。

戦いの方法や地形がもっと複雑なら、
諸葛亮孔明等の、俺の世界での有名な軍師の策をそのまま戦場へと放り込んで、佐羽都街の皆の役に立てたかもしれない。

しかし、それすら出来無いのならどうしようも無い。
これから戦いが始まるというのに、
俺は彼女達に何もしてあげられない。

「メンセマトにとんでも無い力を持ったヤツが居るかもしれない」という事が分かっているが故に、どうすれば良いのかが分からない事に対して余計に悔しさを感じる。

俺は勇者などでは無く唯の一般人である。
だからといって自らの歩みを止めるような事はしない……と、
ハリーさんに諭された時に決意したものの。
「戦場」で、佐羽都街の皆に対して俺が役に立てる事など無い事ぐらい分かっている。

戦いの素人である自分が戦場に突っ込んだ所で真っ先に死ぬ。
今から鍛えるにしたって、あと一週間弱という時間ではあまりにも足りない。
勇気と無謀を履き違えた所で……かえって皆に迷惑を掛けるだけだ。

今の自分では、もう皆の役に立てないという事を理解せざるを得ない。

だけども。
俺は、どうしても心配になってしまう事がある。

「―――――様」

そもそも、人間と魔物では身体能力、戦闘能力に大きな差があるとしても。
実際の戦いにでは、それが……それほど大き過ぎる差にならないように思えた。
なぜなら、魔物は人を殺そうとしないからである。
いくら戦う能力に差があろうと、魔物の側が人間を殺さぬように「手加減」をしているのではせっかくの差が埋まってしまう。

昨日の、俺が爺さんに襲われた事件だってそうだ。
アオイさんが、本当の意味で『全力』を出していれば、
そもそも、彼女が死に掛ける事は無かったんじゃないかと思う。

でも勿論、俺は「その事」が決して悪い事だとは思わない。

敵の刃さえ、大きな愛によって包み込む。
そんな彼女達の生き様は、あまりにも美しい。
だからこそ、そんな魔物娘の優しさに対して付け込むような形で、
彼女達を傷付けようとする輩が居るのはどうしても我慢ならないのだ。

……例え、メンセマトの騎士達にそういった悪意を持った者が居なかったとしても。
これから、結果的にそうなってしまうのであれば、許し難い。

「――――ル様?」

だが、
戦争が起こってしまう以上「そういう事」になるのは、仕方が無いと認めるしか無い。
それが分かっていながら心の奥底で納得出来ていないのは、
俺が自分勝手で我儘な餓鬼だというだけなのだろう。
生まれた世界が何処だとかは関係無い。

それでも……それでも、心配になってしまう。
アオイさんが、何かの拍子に敵の矢を受けたりしたら。
彼女が味方を庇って敵の凶刃を受け、倒れたりしたら。
ネガティブな思考がどんどんループしてゆく。

……胃が痛い。

「―――モル様!」

それにしたって『最悪の可能性』を下げる為に、
俺がやれる事はまだある筈だ。

考えろ。
考えろ。
考えろっ……!

今の俺に、出来る事は何だ?
その中で、今、俺がすべき事は何だ?

今からでも黒色火薬をこの世界で開発してアオイさん達に渡す?
それとも――。

「……マモル様っ!!」

「どうっわぁあ!?」

耳が「キーン!」となってしまう程の大音量で、アオイさんの声が聞こえた。
一体、何事だ!?

「え、ええと……?」

「先程から話し掛けているのに、
どうして反応して下さらないのですか、マモル様」

呆れたような表情で俺の方を見るアオイさん。
流石はクノイチ、ジト目もかわいい。

……じゃ、なくて!

「俺、呼ばれてました?」

アオイさんがさっきから俺を呼んでいたらしいが、全く気が付かなかった。

「聞こえていなかったのですか……!?」

俺以外の皆が、驚きと呆れを半分ずつ混ぜたような表情となった。

俺は自分でも気が付かぬ内に、
周りの声が聞こえ無くなる程深く、考え事をしていたようだ。

戦争は確かに俺の世界にも有ったが、俺の身近には無かった。
それ故に「そういう事」に対する心の拒否感は凄まじく、
自分一人で、殻に籠るかのように長々と考え事をするという大ポカをやらかしてしまった。

「すみません。
一人で考え事をしちゃってました」

「まあ……戦いが始まるという事で、
お主がわし等を心配してくれるのは有り難いが、
一人だけで色々悩まれては、困る」

バフォメットさんが、親が子を諭すかのように注意してくれた。

「それに、今回のような事は初めてでは無い。
わし等はそうそう負けたりせんよ。
……大丈夫じゃ!!」

彼女は一人で空回りしていた俺を、
今度は天真爛漫な笑顔で明るく励ましてくれた。

子供のような純真さと大人のような抱擁力の双方を、必要な時に応じて使いこなす。
これが、バフォメットさんの凄い所なのだろう。
伊達に、佐羽都街のリーダーをやっている訳じゃない……か。

「ええ……ありがとうございます」

バフォメットさんの言いたい事は、痛い程分かる。
戦いの素人である俺が考える悩みの内容など、
佐羽都街の皆はとっくに乗り越えているのだろう。

俺自身で……最悪の可能性はある程度考慮しつつも、
実際、佐羽都街がメンセマトに負けるとは思ってはいない。
故に、俺一人がウジウジしていても全く意味が無い。

――だが、しかし。

今回の戦いでは、
詳しい原因は分からぬものの、メンセマトの領主かその付近に、「普通では無い力」を持った奴がもしかしたら居るかも知れないという『不確定要素』がある。

さらに、そんな『不確定要素』を誰かに与えられるような【何か】が、
メンセマトに存在するとしたら、敵としては、最早ケタが違うレベルとなるだろう。

要するに……今のメンセマトは、
3年前に行われた戦いの時とは完全に別次元の強さを持った敵である可能性が高い。
それだけが、不安だ。

まあ、その事について考えていても仕方が無い以上、今は思考を切り替えよう。

「その事については追々話すとして……。
我々がお主に、返さねばならぬ物があるんでの」

バフォメットさん曰く、俺は皆に何かを貸していたらしい。
何だっけ?

「俺、何か皆さんに貸してましたっけ?」

「服じゃよ、服」

「……ああ!!」

そういえば、今来ている服は佐羽都街で借りた服を着ていたんだ。
俺が元々着ていたスーツは、アオイさんと滅茶苦茶セックスした時に汚れてそのまま洗濯して貰う事になったんだっけ。

そんで……目が覚めた時には、既に俺はこの世界の服を着てたんだよな。
アオイさん辺りが、意識の無い俺を着替えさせてくれたのだろうか?

俺が今来ている服は、
時代劇で、その辺の町民が来ているような男用の着物。
最初にこれを着た時は寝間着みたいだなと思ったが、慣れると案外心地良い。

……だけども。
やっぱり自分の服が有るのなら、そっちを着たい。
何時までも借り物の服を着ているのはどうかと思うし。

「わし等の為にメンセマトに関する推理をしてくれたお礼も兼ねて、
今回の洗濯代は此方で払って置いたのでな。
アオイから、マモル殿が色々頑張っているという報告も受けているし。
遠慮無く受け取るが良いのじゃ」

「は、はい!
アオイさん。村長さん。
ありがとうございました!!」

俺は、バフォメットさんとアオイさんの双方にお礼を言った。

「…………!」

「うむ、どうしたしましてなのじゃ!」

バフォメットさんは、いつも通りの朗らかな笑顔。

そして、アオイさんは照れていた。
やっぱり、かわいい。

そして俺は、
俺が立てたメンセマトに関する仮説について、もう一度しっかり話し合いながら考察しようという約束を皆と交わし、一旦別れを告げた。

バフォメットさんの指示で、俺は自分が借りていた部屋へと向かう。
そこに、スーツが有るらしい。

俺の立てた仮説について皆ががやがやと話している中。
皆の居る広間から出て行く俺の背中を、
アオイさんが決意を固めたような表情でじっと見つめていた事を、
この時の俺は気が付かなかったのである。





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俺が借りていた部屋へ到着すると、そこには見覚えの有る顔が2つ有った。
蜘蛛のような下半身を持つ和服を着た女性と、
狐の形をした青い炎のような何かを纏っている巫女服の女性である。
俺のスーツを持っているのは蜘蛛の下半身を持つ女性だった。

そして、2人の背後には大きな麻袋らしき物が置かれていた。

「お久しぶりね、異世界人さん。
私達の顔に見覚えが有るでしょう」

「え?
ええ……!」

「あの時はごめんなさい。
私達の会話で随分迷惑を掛けたみたいだからね」

「いきなり話しかけられても困るわよね。
私が女郎蜘蛛の『東雲(しののめ)』で、彼女が狐憑きの『美月(みつき)』って言うのよ」

「よろしくね」

最初に巫女服の女性が俺に声を掛けて、
その次に蜘蛛のような下半身を持つ女性が自分達の自己紹介をしてくれた。

女郎蜘蛛の東雲(しののめ)さんと、狐憑きの美月(みつき)さん……ね。

「に、人間の、黒田衛です。
よろしく、お願いします……!」

俺は2人に、とりあえず自己紹介を済ませた。

「ぷぷっ、人間って言わなくても分かるわよ……!」

美月さんが俺の肩を笑いながら軽く叩き、東雲さんがその横でくすくすと笑っていた。

俺がこの二人を前にして緊張してしまうのには理由がある。

俺は前に、通りすがりで聞いた「メンセマトが『異世界の勇者が佐羽都街に攫われた』事を口実として戦争を始めようとしている」という彼女等の会話を、
「自分がこの世界へ来たせいで佐羽都街とメンセマトの戦争が始まってしまう」
と勘違いして錯乱してしまった。
そして、ヤケクソ同然で黒色火薬を作ろうとして失敗して死にかけたんだっけ。

彼女達は、アオイさん辺りからその事を聞いたのだろうか?

「いえいえ、誤解が解けたのであれば全然構いませんよ。
それより、どうしてお二方が俺の服を?」

「私達はこの街にある大きな服屋の店員なんですよ。
バフォメット様からお話を頂いた時に、
どうせなら、かつて迷惑を掛けた私達が……ってね」

東雲さんが、事情を説明してくれた。

彼女達はロクに情報も無いまま、気楽に井戸端会議をしていただけなのだろう。
それなのに、俺の方が勝手に錯乱した事で良い迷惑となってしまったようだ。

「それじゃ、貴方の服を渡すわね」

「あっ、ありがとうございます」

東雲さんからスーツ一式を受け取り、近くでそれらを見る。

「あ、これ……!」

すると、俺のスーツは「ドライクリーニング」を受けたかのように綺麗になっていた事が分かった。

2人が「どうだ!」と言わんばかりの表情で此方を見ている。
この世界には流石にクリーニング店は無いだろうが、そういう技術は既に有ったようだ。

2人に話を聞くと、
東雲さんと美月さんが勤める服屋はそういった事もやっているらしい。
しかしこの世界でそれをやるには、費用も手間もかなり掛かるだろう。
本当に、佐羽都街の皆には頭が上がらない。

「あと、これも置いてくわね」

「まあ、詫び代わりだと思って受け取って頂戴」

「……え゛?」

さらに。
東雲さんが後ろに置いてあった麻袋から男物の和服3着を取り出し、
美月さんがそれらを畳みながら床へ並べて行く。

これが、詫び代わり?

男1人が生活をするのに、
服が3着もあれば、洗濯を欠かさずそれらを着回す事で普通に生活出来る。

正直これらが喉から手が出る程が欲しいが、
サービスでここまでして貰うのは流石に度が過ぎている。

「いやいやいやいや!
流石にここまでして貰うのは申し訳無いですって!!」

そう思って発した俺の言葉を、
最初から見透かしていたかのように、2人は……笑った。
2人の表情から、してやったりという言葉が聞こえて来そうな程良い笑顔だ。

「そう思うのなら、一度、私達に異世界の服を着た姿を見せて貰え無いかしら?
そして、その状態で私達に採寸をさせて欲しいのよ」

「異世界の服を私達の手で作ってみたいの。
でも、あの服の着方が分からないのよ」

美月さんと東雲さんが、
連続して、畳み掛けるように俺へ取引を持ち掛けた。

「……え……!?」

そんな服屋の2人の言葉を聞いて、
俺は何故だか知らないが……非常にモヤモヤとした、覚えの有る感覚に囚われた。

2人の意図は分かった。
俺はこの世界で生活する為の服を貰えて、
2人は「異世界の服」をこの世界で開発する為の情報を得られる。

完全にWIN―WINな取引である。
俺は決して、その事に関して不快感を覚えている訳では無い。

2人はバフォメットさんから話を貰った時点で、
俺の「誤解」を利用して事前に計画と立てて、
俺が今欲しがっているであろう物を事前に用意し、
互いに得をするような取引を持ち掛け、必要な情報を得る。
……という「策」を、既に立てていたのだろう。

転んでもタダでは起き上がらない、
2人の服屋としての魂にはむしろ感動すら覚えた。

だけども、今、俺が感じている不快感は一体何なのだろう?

少なくとも現時点で分かっているのは、
何時かは分からないが、
俺がこの奇妙なモヤモヤ感を過去に経験した事が有るという事である。

さっきハリーさんに「メンセマト軍の口上」について説明を受けた時にも似たようなものを少しだけ感じた。
しかし、俺の勘と記憶がそれ以前にもこんな経験があると告げていた。

「……ええと、ダメ?」

美月さんが、上目使いで俺を見る。
彼女のような美人にうるうるとした目で見られては、
普通なら……あざといと分かっていても気が気では居られないのだろうが、
今の俺はそれすら気に留められぬ程に、モヤモヤとした何かの正体が気になっていた。

まあ、此方としては……そもそもこの話を断る気など無いのだが。

「いえ、勿論構いませんよ。
着替えるんで、少し部屋の外に出て貰えませんか」

「えっ……? 分かったわ。
着替えが終わったら、呼んでね」

「やったわ……!」

あっさり提案を承諾した俺に少しだけ拍子抜けした……といった表情の美月さんと、
嬉しさを隠しきれていない東雲さん。

2人が部屋を出て行ったのを確認して、俺は着替え始める。

「うし、ネクタイの位置はこれでOK……と」

服を着替えながら、自分の姿を観察する。

「うわ、懐かしい……!」

スーツ姿の自分を見て、
俺が異世界の人間なのだという事を改めて理解した事で、俺自身の心が原点へと回帰した。

この世界に来る前の日常と、この世界に来てからの非日常。
それら全てがグルグルと走馬灯のように蘇っては消えてゆく。


――そして。


「……あ……!!!!」

俺の思考回路に、落雷のような衝撃がまたしても駆け巡る。

先程、ハリーさんや服屋の2人と話していた時に感じていたモヤモヤ感は「それ」の前兆だったのだろう。

傭兵さん達と話していて……複数の間違いが有ると分かっていながら、それらを繋げる事が出来なかった時の「あと一歩足りない」といった感じのモヤモヤとした歯痒さと、
スマホの事を彼等から聞いた事で自分なりの仮説を出せた時の爽快感は、
俺が今……現在進行形で感じているものと同じだった。

だが今回はこの感覚を、閃きのような一瞬の形で終わらせるのでは無く。

すぐに目を閉じ、
深呼吸を繰り返し、
心臓の高鳴りを抑えて、
思考がフル回転している状態をある程度持続させた。

そうして、俺は自分なりに1つの『考え』を纏め上げた。

それが何に対しての考えかと言うと、
アオイさんの大声で一度は思考を中断したものの……ずっと俺の心に渦巻いていた疑問。

「今、俺は何をすべきなのか」という事に対しての答えである。

ハリーさんが俺に言った「メンセマトの軍が口上を述べてから戦争を始める」という事。

それと、さっきまで服屋の2人がやっていた……もしくは、やろうとしている行動。

相手が欲しがっているであろう物を事前に用意し、必要な情報を得るという事。
「俺の世界の物」を「この世界」で再現しようとする事。

それらが、俺の心の奥底にあった疑問に対しての「キーワード」となっていたのだろう。

そして、
俺が自分の事を『異世界の人間』であると再確認した時、
それら全てを一気に繋げる事が出来たのだ。

「おっと、危ねぇ危ねぇ」

自分一人だけで思考の海に沈むのでは、また皆に迷惑を掛けてしまう。
一応の考えは纏まったし、コレ以上美月さんと東雲さんを待たせるのは良くないか。
……そう思った俺は、一旦部屋の外に出て2人を呼び、着替えが終わった事を告げた。





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「……ふうん。
その、鉢巻きみたいな帯は首に掛けるものなのね」

東雲さんが、俺のスーツ姿を上から下まで興味心身といった感じで呟いた。

「酔っ払った時にコレを鉢巻きみたいにしちゃう人も居ますけどね」

「確かに、鉢巻きよりも今の状態の方が似合うわ」

そう言うと同時に、美月さんが巻き尺をネクタイに合わせる。

美月さんが交渉の時に見せていた明るい美貌は、
服屋としての真剣な表情に変わっていた。
彼女の纏っている狐のような形をした青い炎も、さっきまでよりも強く輝いているような気がする。

東雲さんも穏やかな柔らかい雰囲気からガラリと変わっていて、
採寸が終わるまで終始ピリピリしていた。

東雲さんが俺がスーツを着た状態の絵を簡単に書いて、
その間に美月さんが手際良く寸法を測ってゆく。
2人共、作業が洗練されていて速いという事が素人の俺にでも分かる。

「よし……この服の生地を再現するのは難しそうだから、
今すぐって訳にはいかないでしょうけど、
この服の特徴を取り入れる事は出来るかもしれないわね」

「そうなんですか?
お役に立てたのなら良かったです」

これは後から聞いた話だが、女郎蜘蛛の東雲さんのような「アラクネ種」の魔物は体内で作った糸で服を作る事も出来るらしい。

この世界でスーツを再現するのは大変だろうが、
美月さんと東雲さんなら……あっさり実現しまいそうで怖い。

「じゃあ、ありがとね」

「こちらこそ、ありがとうございました!!」

去って行く2人に対して、俺は元気よく礼を告げた。
色々な意味の感謝を込めて。

……。

さてと。

美月さんと東雲さんが去っていくのを見送り、
2人の姿が見えなくなってから、俺は改めて部屋に戻り再び思考の海に沈む。

さっきあの部屋で着替えていて。

着慣れた黒衣が、俺自身の身体へと戻ったのと同時に、
俺が「俺の世界」で生きていた時の記憶が浮かんでは消えていった。

それなりの努力をしつつも、楽しかった大学時代が終わって。
就職先も決まっていて……社会人としての人生これからって時に異世界へ連れて来られた。
そして、もう俺は俺の世界には戻れない。

アオイさんを始めとする佐羽都街の皆に出会えた事は、心の底から良かったと思う。

しかし、俺の世界での人生を台無しにされた事に対する怨み辛みは未だに残っている。
その上、俺の召喚自体がこの世界の人間や魔物に望まれた事では無かったという事を知った時の絶望は生涯忘れないだろう。

それとこれとは別、というやつである。

そんな事を考えている中で、ふと、思った。
「元の世界に帰りたい」と。

だけども。

俺の心にある最も大きな感情……。
『アオイさんへの恋心』が、
俺の思考をそこで止める事をさせなかった。

『二度目の暗殺予告』もあったし、
アオイさんが俺の事を少なからず異性として好いているのはとっくに自覚している。

しかし……今の俺がこのまま彼女の想いに応えたのでは、
元の世界への未練を何時までも引き摺りながら、
何時までも彼女の優しさに甘えるだけのヒモになりかねない。

だが、だからといって俺が身を退くというのは、違うと思う。
「今の自分がアオイさんと吊り合わない」という事実からの逃げる事にしかならないだろう。

何より、俺が、彼女と伴侶になりたい。
どんな手を使ってでも。

その為には、何かしらの形で結果を勝ち取るしか無い。

佐羽都街の皆のお陰で、
俺がアオイさんの想いに応えるに足る男に変われたのだと、
皆が認めるだけの何かを成し遂げるんだ。

俺の世界の人間だからこそ出来る事を、この世界で成し遂げて皆の役に立ちたい。

……それこそが、今の俺の望む、一番大きな願いだと自覚した。

そして「俺の一番大きな願い」を叶える為には、
『今から、どういった事をすべきなのか』という事を……ついさっき、思いついたのだ。

服屋の2人のお陰で。

「考えるだけじゃあ、ダメなんだな。
行動を、起こさなきゃ……!!」

美月さんと東雲さんを見ていて学んだ事を自分の胸に刻みつけるべく、
あえて俺はそれを口にした。

俺はさっきまで、佐羽都街の皆の役に立とうとして色々考えた。
しかし、
それだけでは皆に対して『メンセマトに普通じゃない何かがある』
という中途半端な答えを示す事しか出来なかった。

何故そうなったのかといえば、今までの俺が『考える事しかしなかった』からなのだろう。

あの2人のように、
何かを手にしたいと言うのなら、実際に行動を起こさなければ。

俺がこれから手に入れようとしている「結果」とは、
佐 羽 都 街 と メ ン セ マ ト を 戦 争 状 態 に さ せ な い 
という事だ。

佐羽都街とメンセマトが戦争となる事でアオイさんが傷付くかもしれぬという恐怖と、
それが分かっていながら何も出来ぬという焦りは、開き直りへと変わった。

2つの街が戦争状態となってしまっては、俺には何も出来なくなってしまう。
だったら、戦いそのものが始まらぬように状況を変えてしまえば良いのだ。

2つの街が衝突する前に【全ての間違い】に対して決着を付けてやる……!

俺がそれを為すための「策のような何か」は、
今の時点では策と呼ぶには余りにも拙く、脆い。
命懸けとなるのは確定だろう。

何よりも、俺が立てた「メンセマトの領主及びその周辺についての仮説」が、
・・・・・・・・・・・・・
ほぼ100%正しくなければ……俺が考えた策のようなものは、策として成立しない。

ハッキリ言って、リスクは果てしなく大きい。
しかし、それに見合うだけのリターンは……ある。

もし、俺がこれから『考え』の通りに事を成し遂げる事が出来たとすれば、
俺がこの世界へ来る原因となった、
「メンセマトと佐羽都街の対立」を解消する事が出来る。

俺がこの世界へ来る事となった「原因そのもの」に対して報復を完遂する事で、
俺自身の心が安らぎを取り戻し、元の世界への未練を断ち切れる。
誰かに対して恨みをぶつけても意味が無いのなら、そうでない何かに対してやるだけだ。

最大のメリットは、
2つの街に戦いを起こさせない事で、アオイさんが戦場に赴く事を無くする事である。

魔物娘ならではの優しさに付け込んで彼女達を傷つけようとしているであろう、
メンセマトの上層部のような連中の悪意を受けずに済む。
「いい人達である筈の」メンセマトの騎士さん達とアオイさんが戦わずに済む。
なら、俺が命を掛ける理由としては十分過ぎる。

メンセマトに潜入して俺を佐羽都街へ連れて来てくれた時と、
黒色火薬の爆発から救ってくれた時に、
爺さん達の襲撃された時に、俺が発した叫びに対して応えてくれた時……。
彼女は少なくとも3度、俺の為に命を懸けてくれた。

今度は、俺の番だ……!!

心優しい佐羽都街の皆は、
俺が危険な事をするとなれば、必ずそれを良しとしないだろう。

だが、俺は自分が「弱い」という事は重々承知している。

だからこそ……自分がここまで皆から恩を受けて、
なおかつ恩を全く返す事が出来ずにいつまでも暮らそうものなら、
それはそれで俺の心が崩壊してしまうであろう事だって承知しているのだ。

それ故に、
佐羽都街の皆には黙って行動を起こすのでは無く、
きちんと説明や説得をした上で、俺の行動にある程度ノッて貰わねばならない。

少なくとも、アオイさんの説得は……必須……!

俺がこの服を着て彼女に出会った時に掴み取った、たった1つの「奇跡」。
それを偶然ではなく、必然的に引き起こせるようになる事こそが、
「俺がこれからしようとしている事」の中で、最も重要な事なのだから。

彼女に『クノイチ流の暗殺』をされてそのまま優しさに溺れてしまわぬように、
先手を打つ……!!

やってやろうじゃねえか……!!

思考の海から上がった俺は、目的を果たす為に歩き出す。

確かに、俺は勇者でも何でも無い唯の一般人だ。
だからと言ってこのまま何もしないんじゃ、
あまりにもカッコ悪いだろう?

俺は俺なりのやり方で、
メンセマトと佐羽都街の戦いを終わらせる。

人を心から愛する魔物娘と、
正義の味方たるメンセマトの聖騎士団には出来ないようなやり方で……!

――そんな決意を密かにした俺の口角は、歪に釣り上がっていた。
14/07/04 00:43更新 / じゃむぱん
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■作者メッセージ
ようやく前半を超えたって所ですね。

書こうと思っていても、
色々あって伸ばし伸ばしになっていたシーン等がようやく書けそうです。

次回以降もよろしくお願いします。

追伸
服屋の二人はどちらも魔物娘ですが、
彼女達を数える時の単位(?)が「2人」しか思い浮かばなかったので、あえてそのままにしておきました。

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