連載小説
[TOP][目次]
スマホが示した答え
メンセマトより宣戦布告のあった翌日、
俺は村長夫妻から借りていた部屋で引き続き考察を行っていた。

戦争が始まるまで一週間もの猶予があるが、
それは、メンセマト側が「正義の味方」を気取る為に、
『俺達は不意打ちなんてせずに、正々堂々お前達を倒せる』という国内外に向けたメッセージなのだろう。

要は、向こうが勝手にプロパガンダ作りをしているのである。
だったら、俺達はその隙を大いに利用させて貰おう。

俺は、村長夫妻に俺がメンセマトで体験した情報を改めて詳しく伝える為に此処へ来た。
だが、その為に自分の中で情報をキチンと整理しておく必要がある。
それに、アオイさんに「爺さんの死についての謎は、俺が解き明かしてみせます」と大見得を切った以上、キチンとした答えを出さねば。

そう思い、今までの事を思い返し。
俺から見て違和感を覚えた部分や、
明らかに可怪しいと思った記憶を自分の中で順序立てて整理する。

俺がこの世界へ召喚されてから、
昨日俺を襲った爺さんが息絶えるまで……怪しいと思う事は多々有った。
しかし、その1つ1つがどうも繋がらない。

間違いだらけの理由で召喚された俺。
3年前の戦いに関して、佐羽都街とメンセマトが把握している情報の違い。
いきなり俺を襲ってきた魔法使いの爺さん。
彼の言った「領主の命令では、細かな事は出来ない」という言葉。
そして、彼自身の不可解な死。

これが、アレが怪しいという事は言えるが、
誰が、どうやって、何の為に、という事になれば殆ど答えが浮かばないのだ。

どうしたものかと困っていると、
部屋の外から俺に声が掛けられる。

「失礼致します、マモル様。
急ぎ、相談したい事がございます。
少々お時間を頂けないでしょうか?」

声の主は、アオイさんだった。
彼女の声はかなり真剣で、
血相を変えて……と言う程では無いものの、
かなり重要な要件で此処へ来た事は間違い無さそうだ。

「どうぞ」

俺は部屋の戸を開け、彼女を招き入れた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「成程。
爺さんに雇われていた傭兵さん達が、俺に話したい事がある……と?」

「……はい」

アオイさん曰く、
昨日、彼女に倒された……爺さん以外の武装した男共は、
彼が国外で雇った傭兵で、メンセマトの人間では無いらしい。

何故アオイさんがそんな事を知っているかと言えば、彼等がすんなり寝返ったからだ。

傭兵達の雇い主だった爺さんは彼等を捨て駒扱いした挙句、焼き殺そうとした。
それだけでは無く、裏切り者の勇者だと教えられた標的は「ただの異世界人」だった。
これらの理由により傭兵達は激しく憤り、
佐羽都街の側へ全力で協力をするようになってくれたとの事。
今では彼等と、この街に住まう未婚の魔物娘との見合いが予定される程に打ち解ける事が出来たとか。

そして、そんな彼等は、
どうやら俺とアオイさんにどうしても謝罪をしたいらしい。

「アオイさんから見て、その話が嘘の可能性は有りますか?」

「此方に寝返ったフリをして、油断して近づいたマモル様を……! 
という可能性はゼロではありませんが、彼等と、彼等と一緒に居た魔物達の様子を見る限り『そうなる』可能性は限りなく低いと思われます」

正直、彼等が一晩で寝返ったというのは信じられないが、
アオイさんが大丈夫と言うのなら、大丈夫なのだと思う。
さっきから考えていても考えが纏まらなかったし、良い気分転換になるだろう。
それに、彼等なら俺の知らぬ何らかの情報を持っているかも知れない。

「……分かりました。
『万が一』の時は、宜しくお願いします」

「御意。
では、此方へ……!」

俺は、部屋を出てアオイさんに付いてゆく。
昨日の、恍惚とした表情も素敵だが、
普段のクールで凛とした感じの彼女も素敵だな……などという不埒な事を考えながら。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





バフォメットさん夫妻の館にある、
普段は宴会等に使われるであろう広間に、見覚えの有る傭兵達が集合していた。

『本当に、申し訳無い……!!』

そこで、彼等は全員、俺達に向かって「土下座」をした。
この街の魔物から「ジパングの流儀」を教えて貰ったんだろうか?

「あなた方の謝罪、確かに受け取りました。
正直あなた方に思う所が無い訳じゃ有りませんが、
今俺達がケンカした所で、誰も得をしないでしょうし。
……俺はこれで良いですが、アオイさんはどうですか?」

「私もそれで構いませんが、
あなた方がマモル様に再度何かをしようとしたその時には、
あらゆる手段を使って報復を行いますので……!」

アオイさんは、満面の笑みを浮かべる。
しかし、彼女の目が全く笑っていない。
それ故に、笑顔が此方に向いていない俺でさえ背筋が凍るような迫力だった。

「あ、ありがたい……!」

アオイさんの迫力に気圧されながらも何とか顔を上げた傭兵さん達に、
1人ずつ役に立ちそうな情報は無いかを確かめながら、色々聞いて回った。

「という訳なんですが、何か知っている事は有りませんか?」

「色々と複雑な状況なんだな……!
済まない。その件で役に立ちそうな情報は無いんだ
でも一応、俺が知っている情報を一通り纏めると……!」

しかし、有力な情報は得られなかった。
情報が分からなかったと言っても、ただ「分からない」の一言を言われるだけでは無く、彼等は自分がいつ爺さんに雇われてどんな話をされただとか……色々親切に詳しく話をしてくれたのだが。

彼等にお礼を言ってから話を切り上げようとした所で、
傭兵さん達の1人に話しかけられた。

「なあ、黒髪の兄ちゃん。
俺の方からも、アンタに質問して良いか?」

「俺に、質問ですか。
良いですが、何でしょうか?」

俺に話しかけたこの人は確か……そうだった。
俺に攻撃を仕掛けようとした所でアオイさんの「影縫いの術」を喰らってそのまま倒された人だっけ。
だけど、彼は俺とアオイさんに「その時の事」を改めて謝罪してくれたから、
俺達と彼は既に和解している。

「この街の村長さんが言ってたんだけどよ……。
俺があの時アンタを攻撃しようとした時に喰らった『影縫いの術』だっけ?
それをどうやったか知らねぇけど、アンタは破ったらしいじゃん?
一体、どうやったんだ?」

アオイさんの方をチラリと見ると、彼女は小さく頷いてくれた。
どうやら、話しても構わないようだ。

「あの時は俺も死ぬかと思って必死だったんで良く覚えて無いですけど、
おそらく、俺の体質が原因でしょうね」

「へえ、体質か。
それって、どんなのだ?」

「詳しい事はまだ分かっていませんが、
俺には身体の内側や精神に作用するような魔術は効きにくいらしいんですよ。
その代わり、治癒呪文などの人間にとって有益な魔術も効きにくいんですけどね」

「成程、そういう事だったのか。
そんな体質を持った人間が居るとは初めて聞いたが、
異世界の人間ならでは……ってヤツか?
俺はてっきり、アンタが爺さんにブン投げた四角い物が原因だと思ってたぜ」

「えっ? ああ、スマホですか……!
コレは、似たようなのを持っている人同士で、
遠くに居る人と会話をする為の道具なんですよ。
まあ……それを支援する大本の施設が無いから、この世界じゃ使えないんですけどね」

俺の隣に居たアオイさんが吹き出す。
俺を見る傭兵さん達全員の目が点になっている。

よくよく考えれば凄い道具なんだよな、スマホって。

「ごめんなさい、皆さん。
スマホをこの世界じゃ使えない……って事を理解すると『俺が自分の世界に帰れない』って事を思い出してしまうから、無意識の内にその事を考えないようにしていたんだ。
決して、あなた方の事を信用せずに隠していたとかじゃ無いから……!」

俺が今、皆に向かって語った言葉は本当である。
しかし、今の俺がスマホを見ても心は全く揺れない。
なぜなら、
俺はコレを持っていたお陰で爺さんの魔法からアオイさんを守る事が出来たのだ。 

それが、たった一度の偶然だったとしても。

「まあ、そういう事でしたら、構いませんよ。
マモル様が意識を失っておられる間にコレを調べましたが、
光るお守り位としか推測出来なかった我々にも責任がありますし」

俺の手元にスマホが帰って来たのは、公衆浴場からこの屋敷へ帰った時。
俺が佐羽都街に来た初日の晩。
成程……。
その間に、アオイさん達がコレを調べていたのか。
まあ、仮にそうなっても問題無いような仕掛けはしてあったんだけども。

「一応、指紋認証……もとい、
俺の指で触らないと動かないような仕掛けを施してありましたし、仕方ないですよ」

「何と……!
異世界には、そのような仕掛けも存在するのですか……!?」

アオイさんは「どうして、スマホの事をもっと早く言わなかったんだ」といった感じで俺を厳しく問い詰めて来るかと思ったが、そんな事は無かった。
彼女なりに、今の俺を信頼してくれているのだろうか?
だとしたら、有り難い……!

「はは、それにしても……やるじゃねえか兄ちゃん」

「え?」

「メンセマトで一度は捕まっていながら、
そんな物を『持ったままで居られた』なんてよ」

「…………!!!!」

傭兵さんが発した言葉により、
俺は雷に打たれたような衝撃を受けると共に、奇妙な感覚を覚えた。

それはまるで、難しい連立方程式を解いた直後のような爽快感。
1つの解に辿りつけた時、連立方程式にある他の解も次々と判明してゆくように、
俺の中で全ての「間違い」が答えへと向かい始める……!!

「そうだ……!
そうだったア!!」

「マモル様……?」

「おい、いきなりどうした兄ちゃん!?」

そもそも俺は「スマホを持ったままで居られた」んじゃない。
「メンセマトに居た時は身体検査を全くされなかった」んだ。
そしてそれは、今にして考えてみれば明らかに可怪しい……!

「傭兵さん達は、昨日から今までの間に、
佐羽都街の人間か魔物から、持ち物を調べられたりしましたか?」

「一応、今の俺達は捕虜って事になっているらしいからな。
武器の類はこの街の魔物達に預かって貰ってんだ」
「俺達が信用して貰えるようになり次第、返して貰えるらしいけどな」
「……って兄ちゃん、まさかメンセマトじゃあ『そういう事』はされなかったのか?」

「ええ、そうなんですよ……!!」

この街の魔物達が傭兵さん達に対してそうしたように、
怪しげな人間が居れば、ソイツが凶器等を持っていないかどうか調べる位はする筈。

しかし、メンセマトではそんな事は一度も無かった。
領主の機嫌を損ねただけとはいえ、
俺が牢屋へ入れられるような事をしてしまったのに……だ。

最初は、
メンセマト側が何らかの狙いを持った上であえてそうしたのだと思っていたが、
俺がアオイさんの手によって佐羽都街へ連れて行かれるまで、
結局……向こうは何のアクションも起こさなかった。
昨日、佐羽都街へやって来た爺さんも「その事」に触れる事は無かった。

つまり、メンセマトの人間達は「過失」により、
俺がスマホを持っているのを見逃した可能性が高い。

それだけなら、だから何だ……の一言で終わってしまう。
しかし、
所々様子が可怪しかったメンセマトの騎士達、
3年前の戦いに関して2つの街が把握している情報の違いと、
俺達を襲った爺さんの言葉、行動、死。
そして「間違いだらけ」のメンセマトで……ただ1人「まとも」だった領主。
それら全てが次々と繋がってゆく……!!

俺とした事が、不覚だった。
明らかに不自然な事が連続して何度も起こりうるのなら、
その理由こそが、とんでもない「異常」である可能性だって十分に有り得るのだ。

「あなた方と話したおかげで、
分からないと思っていた事に対して答えを出せました。
ありがとう、傭兵さん達……!!」

「よく分からんが……アンタの為になれたのなら、良かったよ」
「爺さんの魔術を止めてくれた事、改めて礼を言うぜ」
「俺達が兄ちゃんの力になれそうな事があったら、呼んでくれや」

「分かりました。
今度会ったら何か奢って下さいよ?
それじゃ、また……!」

俺は傭兵さん達に礼を言って、アオイさんと共に広間を出る。

「何か分かったのですね、マモル様」

「ええ。
村長さん達に伝えたい事が纏まりました。
爺さんが襲ってきた時の様子とかを話すのにアオイさんの協力が必要になるんですが、
一緒に来てくれませんか?」

「勿論です。
それでは、村長様に話を通して来ますね」

「宜しくお願いします」

アオイさんがバフォメットさんの元へと向かい、
姿が見えなくなったのを確認した後で、俺は独り言ちた。

「はあ……。
この話、1%でも信じて貰えると良いんだがな。
そもそも、俺が何を言いたいのか理解して貰えるかどうかも分かんねえや」

俺が思考の末に辿り着いた答えは、単純明快にして奇想天外。
故に、他人へ説明する事でさえ苦労するのは間違い無い。

頑張ろう、俺。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





佐羽都街で、バフォメットさん夫妻が暮らす部屋。
俺がそこに向かうと、
村長夫妻とアオイさん、そしてハリーさんと白蛇さんの夫妻が鎮座していた。

「おはようございます、皆さん」

「おはよう、マモル殿。
アオイ君から、話があるという事は伺っているよ」

俺の挨拶に、バフォメットさんの夫……英次さんが応える。

「僕達も、君達の話に興味があるから立ち寄らせて貰ったよ
元々、別な用事があって偶然この近くに来ていたからね」

ハリーさんは、この場に自分達が来ている理由を俺に話した。

「…………」

白蛇さんは、ハリーさんの腕に引っ付いていた。
彼以外の全てに感心が無いと言わんばかりの表情で。
まあ、俺の話を邪魔されるとかじゃなければ別に構わない。

「では、話とやらを頼むぞ」

「分かりました。
まずは、俺がメンセマトで体験した事や、
昨日俺が爺さんに襲われた事件の具体的な内容をお話しますね」

時折、その場に居たアオイさんやメンセマトの内部事情に詳しいハリーさんの補足も入れて貰いながら……俺は話すべき事を、話せるだけ話した。
誰が何を言っていたとかいう話を、俺が覚えている分だけ話して。
俺の勝手な推測で間違った情報を皆に話してしまわぬよう気をつけながら。

「以上が、俺が今まで体験した事実です」

……出来るだけ「事実のみ」を此処にいる皆に伝えた。

「むう……。
メンセマトで何が起こっていたか以外は我々の掴んでいる情報と殆ど同じだが、
考えれば考える程に怪しいのう……?」

頬をぷく〜、と膨らませながら不満気な表情のバフォメットさん。
その顔からは、訳の分からぬ行動を繰り返すメンセマトへの呆れが見えた。

「僕はあの国で生まれた人間だけど、
人を傷つけぬ魔物の国へ攻撃しようとするなんて、
今のメンセマトが考えている事は全く……分からないな……!」

「…………」

ハリーさんの言葉だけは生まれの国に対して戸惑っているような感じだが、
「なんとしても祖国を正しき道に戻したい」という気迫が隠しきれていない。
そういう所が、ハリーさんが勇者としての素質を持つ者の所以なのだろう。

そして、そんな彼を白蛇さんが心配そうな目で見つめていた。

「お疲れ様、マモル君。
……お茶でも、どう?」

「あっ、ありがとうございます!」

英次さんが、色々喋って喉が乾いた俺に対してお茶を用意してくれた。

「……ふう」

彼が入れてくれたお茶はとても美味しく、心が落ち着いた。

「英次の入れた茶は美味しかろう、マモル殿。
これを飲んだのなら、貴殿が『本当に話したい事』を落ち着いて話せるじゃろ」

俺にお茶を入れてくれたのは彼女の夫である英次さんなのに、
バフォメットさんは自分の事のように誇らしげだ。
そして、そんな彼女を英次さんは微笑ましく見守っていた。

そして、バフォメットさんには俺の話にまだ続きがある事が分かっていたようだ。

ハリーさんに、白蛇さん。
バフォメットさんに、英次さん。

彼等のような仲睦まじい夫婦が沢山暮らすこの街を、
メンセマトのようなキチガイじみた行動を繰り返す連中によって壊されたく無い。
……俺の立てた仮説が間違っていたのなら、俺が恥をかけば済む話だ。

「そうですね。
ここから俺が皆様に話す事は、あくまでも『仮説』です。
そして、俺自身もそれが必ずしも正しいとは思っていません。
むしろ、間違っていてくれたほうが助かります……!」

「……?
どういう事ですか、マモル様」

アオイさんが、怪訝そうな表情で俺に尋ねる。

「結論から申しますと、
メンセマトには普通じゃない力を持ったヤツが何処かに居ます。
その力とは、俺が予測するに『命令をする事により、相手を思うがまま操れる力』です。
領主の近くに力を持った誰かが居るのか、
領主本人がそうなのかは分かりませんが、恐らくその辺りでしょう」

俺の答えに、皆が絶句する。
コイツは何を言っているんだと言いたげな視線が突き刺さる。

……当然だ。
こんな答えを皆が当然のように信じてしまったのなら、
俺は逆に彼等の正気を疑ってしまう。

しかし。

相手を自分の意のままに操り、
その事を殆ど相手の記憶に残さず、大した証拠も出さない。

俺の世界のお伽話でも滅多に見かけないような、
超絶・ご都合主義・パワー。

そんな『とんでもない力』持ったヤツが、メンセマトの何処かに居る。
今朝の「スマホ」の件で、俺はそれを確信したのだ。
14/06/04 20:55更新 / じゃむぱん
戻る 次へ

■作者メッセージ
第5話が長くなってしまったので、キリが良い所で投稿する事にしました。
マモル君が出した答えについての詳細は、次回。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33