連載小説
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二度目の暗殺予告
俺は、ハリーさんとの会話で得た情報を村長夫妻に話す為、帰路に着いていた。
帰路に着いていた、筈だった。

「……うん? ここ何処だ!?」

しかし、俺が帰路に付いている途中で異変に気づいた時にはもう手遅れだった。

一度は通った道をもう一度通って帰るだけの筈。
変な場所へわざわざ寄り道をしたつもりは無かった。
だが、俺は気が付けば見知らぬ路地裏へとやって来てしまっていた。

「人避け、魔除けの呪術を複数の場所に掛けて正解じゃったな。
お陰で、すんなり貴殿に会う事が出来たぞ、マモル殿」

背中から聞こえた聞き覚えのある声に反応して振り返ると、
そこには俺がこの世界に召喚された時に居た、魔法使いらしき爺さんが居た。
そして、爺さんの後ろには彼の護衛であろう、武装した屈強そうな男も数人居る。

「人避け、魔除けの呪術……ねぇ。
俺は、此処に誘導されたという訳ですか」

「ふふん……その通りじゃ」

自分の魔法には相当な自信が有るようで、爺さんは得意気だ。

おそらく俺が無意識に「此処を通りたくない」と思うような術を複数の場所へ掛けて、
自分達にとって都合の良い場所へ、俺が自ら歩いて行くような仕掛けがしてあって、
俺はそれにまんまと釣られたという訳なのだろう。

俺は、魔術が「効きにくい」体質らしいが、
効かない訳では無いのだ。

そして奴は「魔除け」の呪術も施したと言っていた。
魔物による救援が来る確率は、今のところかなり低いという事だろう。

「それで、何の要件ですか?」

「儂は、お主を連れ戻しに来たんじゃよ」

「俺を、わざわざこんな所まで探しに来たんですか?」

だとしたら一体、何の為に?
俺が役立たずだって事、アンタも知っているだろう?

「お主は、儂らの国では『魔物の国へ亡命した』という事になっておる。
しかし、実際はそうでは無いのだろう?」

「確かに、そうですね」

俺がトイレへ向かったタイミングで、ちょうどアオイさんが現れた。
俺とアオイさんが最初から逃げようとしていたと受け取られても可怪しくは無い。
というか、既に「そういう事になってしまっている」のだろうか?
あの国が、自分達にとって都合の良い話を作る為に事実を隠蔽した可能性は十分に高い。

「儂はお主が攫われた晩、お主を攫ったと思われる魔物に襲われたのじゃ。
もっとも、その時は不意を付かれたが故に逃げるのが精一杯じゃったがな。
そして、あの女は儂に化けてお主に近づいたという訳じゃよ。
さらに、そのせいでメンセマトでの儂の評判は下がってしまった。
じゃから、儂はあの魔物を討伐しなければならん!!」

この爺さん、何を言いたいかと思えば。
彼の言った事を要約すると、
自分がアオイさんに負けて悔しかったから、憂さ晴らしがしたいだけ……か。
そして「憂さ晴らし」の大義名分として俺を利用するつもりだろう。

だが、奴はそんな事の為にわざわざ佐羽都街まで来たのか?
俺の予想では、おそらく違う。
アオイさんが、あの爺さんに攻撃を仕掛けたという事が何よりのヒントだ。

「領主様の命令ですか?」

「フン! 領主の命令ではこんな細かな事は出来んわい!
これは他の誰でも無い、儂の意思じゃ!!」

「……?」

『領主の命令では、細かな事が出来ない?』
爺さんの言った言葉は、この時の俺には理解出来なかった。

だがしかし。
爺さんが領主の命令では無く、
彼自身の意思でわざわざこんな事まで来た……という事が分かった時点で、
俺の頭にある、1つの仮説は確信に変わった。

「……俺、前からずーっと気になっていた事があったんですよ」

俺には、ずっとアオイさんに聞きたいと思っていた事があった。
俺が「やらかした」直後であったり、中々会えなかったりして結局は聞きそびれていたのだが。

「ん? 何がじゃ?」

「俺をこの国へ『連れてきてくれた』クノイチ……アオイさんが、
どうして、わざわざ貴方に化けたのかという事です」

「……ほう?」

俺は、俺の中で確信となった仮説を述べ始める。

「そもそも、彼女が貴方に化ける必要なんて無かったんですよ。
アオイさん曰く、本気で戦うのなら普段の戦装束が一番良いらしいし。
そうでなくても誰かに化けるのなら、体型の近い女性に化けた方が良い」

「……!」

「だのに、彼女はわざわざ貴方に化けて俺に近づいた。
ここからは証拠も無い俺の推測ですが、
アオイさんは恐らく、貴方を俺から遠ざけたかったのだと思う。
そうすれば、貴方の息が掛かった人間も俺から遠ざけられるから」

「フン……、魔物がわざわざそんな事をする意味が分からんな」

爺さんは、無表情に近い顔を崩さない。
だが彼は既に、俺が出すであろう答えに薄々気がついているのだろう。

「貴方は、俺の召喚が行われた時、
俺の世界に『魔力が無い』事に対して焦っていたように感じた」

俺は、俺が召喚された時の様子を少しだけ思い返す。

【「力が無いのなら、魔法とかが有るだろう!」

「有りません」

「えっ」

「俺の世界には、魔法及びそれに近い物は一切有りません」

「ちょっ……! そんな……!?
お主の世界に魔法が無いとか、冗談じゃろう?
そんな世界で、一体、どうやって人が生活するんじゃ!?」】

思い返した結果、やはり爺さんは「俺の世界に魔力が無い」事に焦っていた。
バフォメットさん曰く、
この世界の技術では魔力の無い世界へ俺を送り返す事は出来ないらしい。
だからこそ……彼は焦りを出してしまったのだろう。

「貴方は、俺の世界に魔力が無いと俺から聞いた時には既に分かっていたのでしょう?
『それ』故に、俺を元の世界に帰せないという事を」

「……くっ……。
仮にそうだとしたら、それがどうした?」

会話が険悪な雰囲気になり始めて来たせいか、
爺さんの周りに居る護衛らしき人達が身構え始めた。
しかし、俺は気にせず話を続ける。

「俺が俺の世界に帰れないという事は、この世界に証拠が残り続けるんですよ。
アオイさんの妨害があったとはいえ、
『貴方が異世界の勇者を召喚するのに失敗した』という結果を示す証拠が、ね……!」

爺さんの表情が、苦虫を噛み潰したようなものに変わる。

「この事が、貴方にとってどれほど耐え難い事かは分かりませんが、
貴方の表情を見る限り、俺の推測は当たっていたみたいですね?」

俺は何の力も持たぬ「ただの異世界人」だ。
そんな者を「勇者」として召喚したとなれば、爺さんの魔術師としての評価は下がる。
仮に俺がこの世界の人間として、彼等と敵対せず普通に暮らしたとしても、
先程の様子から、自分の魔法にやたら自信がありそうなこの爺さんにとって「黒田衛」は、存在するだけで自分の名誉とプライドを傷つけかねない害悪となってしまうのだろう。

俺は自覚していなかったが、メンセマトに居た時には既に絶体絶命だったのだ。
あの時は助けられた事にすら気が付いていなかったが、
アオイさんが俺を佐羽都街へ匿ってくれなければ、
この爺さん及び彼の息が掛かった人間に殺されていた可能性が高い。

もっとも、今がまさにそんな絶体絶命の状況なのだが。

「そもそも俺に対して悪意が無いのなら、
敵国とは言え、もう少し堂々と現れても良かったんじゃないでしょうか?
人避けやら、魔除けやらを仕掛けてからコソコソ何かしているって時点で、
貴方達が良からぬ事を企んでいるってことはバカでも分かりますよ?」

静寂が少しの間だけ俺達を包む。
そして、爺さんが笑い出す。

「くくく……こりゃ、一本取られたわい。
まさか、お主が異世界人召喚の術について知っていようとはな。
魔法に詳しい魔物から聞いたか?
だが、まあ良い……!」

爺さんが枯れ木のような指を鳴らすと、
彼の回りにいる護衛達が完全に戦闘体制に入った。

「どれだけ口が達者だろうと、所詮は魔法を毛ほども使えぬ、唯の雑魚。
儂らの敵ではないわ! 今此処で殺してくれる!! ……と言いたい所だが」

爺さんは、ニヤリと笑う。
それは、とても……とても嫌な笑顔だった。

「儂は、あの魔物に辛酸を舐めさせられている。
無力なお主を殺すのは簡単だが、あの魔物と正面からぶつかるのは骨が折れる。
故に、お主が魔物を殺す事を手伝うと言うのなら、命だけは助けてやろう。
話を聞く限り、どうやらお主はあの女に気に入られとるらしいしなぁ?」

俺は、
アオイさんに救われて、
ハリーさん達に諭されて、
それ以外にも、沢山の人や魔物の世話になって。
ようやく自分のすべき事を見つけられたのだ。
だからこそ……今、殺される訳にはいかない。

だが、だからといって。
保身の為に受けた恩を仇で返すような真似をするのは本末転倒である。

裏切りか、死か。
俺が選ぶのは、それらのどちらでも無い第3の選択肢。

そもそも、この爺さん達がこんな路地裏に俺を誘い込んだ時点で、
彼等が此方に対して悪意を持っている事は分かっていた。
でも、いきなり逃げたりせずにわざわざ彼等と会話をしたのは時間稼ぎの為である。

俺が黒色火薬の調合に失敗して死にかけた時、
アオイさんは何処からとも無くいきなり現れて俺を助けてくれた。
今にして考えればタイミングが良すぎる。
その後の、彼女が俺を叱ってくれた時の言葉も、
「まるで常に俺の事を見ていたかのよう」だった。
アオイさんが何らかの方法で、姿を消した後も俺を監視していたのなら、
そろそろ、彼女は俺の姿が見えないという事に気が付いても可怪しくは無い。

それと、爺さんは言っていた。
人避けと「魔『除け』」を仕掛けた、と。
それは、絶対に魔物を近づけない結界のようなものでは無く、
無意識にこちらへ近づきたくなくなる……という程度のものなのだろう。
俺が引っかかった人避けがそうだったが故に、魔除けもそんなギミックであると推測出来る。

つまり、明確な意思を持った魔物の接近までを止める事は出来ない可能性が高い。

「彼女」にはまた借りを作る事になるだろうが、
今、俺が死んでしまっては今までの分を返す事すら出来ないのだ。

「……俺は……(すうっ)」

俺はどうすれば良いんだ……!?
と言った感じで悩み、頭を抱え込んだフリをして下を向き、
ばれないように大きく息を吸い込む。

そして、爺さん達を見据える。

俺のやれる事は全てやった。
あとは、爺さんに答えを示すだけである。

「誰か、助けてくれぇーーーーーーーーー!!」

俺は出来る限りの大声で、叫ぶ。

プライドも何もかもかなぐり捨てて、必死に生きる。
これが、俺の答えだ。

「ぐおっ!?
ふざけおって……!!」

助けを求める俺の大声に爺さんは驚く。
その隙を突いて、俺は駆け出す。

俺がその時覚えていたのは、とにかく全力で路地裏を走っていたという事だけ。
実際に走ったのは3分足らずだろう。

「ハァ、ハァ、ハァっ……っく……!?」

近づいて来た足音に気がついて走りながら後ろを振り返ると、
武器を構えた男共が俺のすぐ近く……1メートル足らずの場所まで近づいていた。
そして、足が遅いと思っていた爺さんは、魔法か何かで宙に浮いていて、早い。
特に走る為の訓練等をしていなかった俺は所詮素人。
故に、あっという間に追いつかれてしまったのだ。

「交渉は決裂じゃ。殺せ!!」

『了解!』

爺さんの命令によって、
護衛達の武器が一斉に俺へ振り下ろされる……!
走馬灯を見る暇も与えられず、あっけなく、俺に死が近付いていた。

――だが、しかし。

「んな……グフォ!?」

俺が、もうダメかと思ったその時、
俺の眼前に、
突如黒い疾風が舞い、
俺を切ろうとした男がブッ飛ばされる。

「あ……アオイさん……!?」

「貴方の叫び……確かに聞こえましたよ、マモル様!」

俺に振り下ろされる筈だった凶刃は、
駆けつけてくれたクノイチによって防がれたのである。
俺は、賭けに勝ったのだ。

「やはり来たか、魔物め……!
これで手間が省けたわい。
あの時は不意を付かれたが、今度はそうはいかん!
者共よ、かかれ!! あの2人を、殺せ!!」

爺さんの命令で、傭兵達が一斉に襲いかかる。

『ウォオオオオ!!』

「…………」

「がぁっ!」
「グアッ!?」

しかし、アオイさんは強かった。
敵の剣を避け、槍を躱し、
魔界銀の忍者刀や苦無で的確にカウンターを叩き込む。

「覚悟!!」

「うわっ!?」

中には、アオイさんの隙を突いて動きの遅い俺を攻撃しようとする者も居たが、
ソイツの刃が俺に届く2歩程前の場所でピタリと動きが止まってしまう。

ソイツの足元には既に苦無が刺さっていた。
それはかつて俺も体験した事のある「影縫いの術」である。
アオイさんに、そもそも隙など無かったのだ。

「マモル様を傷付ける者は……、」

「な、何だあ、これ……動けな……!」 

「私が、存在を許さない……!!」

「来るな、来r……うわあああぁああ!!」

術により動きを封じられ恐怖の表情を浮かべた敵は、
アオイさんによってそのまま切られ倒れ伏す。

「ええい、ちょこまかと鬱陶しい……!」
「当たれ……当たれよおおっ!?」

残った連中は、素人である俺にでも分かる程動揺していて
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言わんばかりに、
自分達の武器をアオイさんに向かってメチャクチャに振り回す。

「……」

「……ぐうあ!」
「……くそっ……!」

しかし、アオイさんはまるで作業でも行うかのように。
ソイツ等の遙か上をゆく早さと正確さで忍者刀を煌かせ、
冷静に、淡々と敵を撃破してしまう。

その後も、10人程居た敵共が次々と倒されてゆく。
スピードの次元が人間のそれとは異なるアオイさんを敵共はまるで捉えられていない。
その上、魔界銀の武器により……不殺。
そしてとうとう、爺さん以外の敵が全員地に倒れ伏した。
強過ぎる……! これが、本気を出したアオイさんの実力……!!

このまま、アオイさんが敵を全員倒して万々歳かと思ったが。
ここで、予想外の事態が発生する。

「死ねエエエエエぃ!!」

「なあっ!? ……っくうっ!!」

1つ目は、残った爺さんが何らかの魔法を唱えていた事。
彼の周りに大量の火の玉で弾幕のようなものが張られており、
それらはもうすぐ此方に発射されるだろう。
2つ目は、それを見たアオイさんが何かを庇うように両手を広げ、立ち尽くした事。

アオイさんと、その足元に倒れる者共の双方に強い焦りが見えた。
爺さんは最初から味方を突っ込ませて此方の足止めをした上で、
「味方ごと」アオイさんを魔法で焼き殺そうとしているのだ。
そして、アオイさんはそれを十二分に理解した上で、
爺さんに見捨てられた者共を命賭けで庇っているのである。

今の状況を辛うじて理解出来た俺の脳裏に、
一瞬。
ほんの一瞬だけ、
大火傷を負い、倒れゆくアオイさんの姿が浮かんだ。
すると、俺の頭は途端に真っ白となり。
気が付けば、懐に入れていた「スマホ」を爺さんに向かって全力で投げつけていた。

「エターナル・フレ……ぶフォア!?」

俺が投げたスマホは、意外な程すんなりと爺さんの顔面へ激突した。
爺さんの魔法は失敗し、炎の弾幕は消失していく。

彼の周りに炎の弾幕が張られていた状況で、
爺さんは「魔法という遠距離攻撃の手段を持たぬ人間」である俺を、
そもそも戦力としてカウントしていなかったのだろう。
それが今回、彼にとっての仇となった訳だ。

「アオイさん、無事ですかあっ!?」

「……はっ、はい!!」

俺がスマホをブン投げた事で、アオイさんに攻撃が届く事は無かったようだ。
本当に、良かった……!!

「ヴぐぅ、よくも……。
むぐ……、……!!!!」

爺さんは未だに諦めずに、
頭から血を流しながらも俺達を倒そうと杖を構えたが、
数秒、彼の中で時間が止まったかのように動かなくなり、
そこから、様子が可怪しくなった。

「……かあっ、ひゅう……!」

顔が真っ白になったと思いきや、胸や喉元を抑えて苦しみ始めた。

「ごぼ……ごぼぼ……!」

「うおっ、何だ!?」

泡を口から吹きながら、彼は急に足元から崩れ落ちた。
爺さんは、白目を剥きながら意識を失う。

……そして、彼が再び意識を取り戻す事は無かった。





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あの後。
爺さん以外の、意識を完全に失った敵共をアオイさんが持っていたロープで縛り、
そこらに転がした後、老人の安否を確認した。

結果、爺さんは完全に息絶えていた。

そして、それを確認したアオイさんは泣き崩れた。
それだけでは無く、彼女は全身がガタガタと震え、時折嘔吐もしている。
どう見ても、ただ人が死んだのを見て悲しんでいる……といった感じでは無い。

「あ、ああ……。
どうして!? どうしてこんな事に!?」

「アオイさん、大丈夫ですか! アオイさん!?」

「うう、ううっ……!
申し訳ございません、マモル様……!」

「申し訳無いって、何が……!?」

何か有ったのかは知らないが、
尋常では無く、錯乱と呼べる状態になってしまったアオイさん。
そんな彼女に対して、俺は大声で呼びかけたり、背中をさする事位しか出来ない。

「私のせいで、私のせいで……!
嫌だ……嫌だ……いやだ……そんな……ヴうっ!?」

「アオイさん、もう大丈夫ですから!
お願いです、しっかりして下さい!!」

自分の中からこみ上げる何かを抑えきれず、またしても嘔吐してしまうアオイさん。
その顔は、かつての俺以上の絶望に染まっていた。

その時、俺の耳に大量の人間が押しかけて来るような足音が聞こえた。

「ええい、何の騒ぎじゃ!?」

「村長さん……!」

騒ぎを聞き、駆けつけて来てくれたのは、
強そうな魔物娘を複数引き連れたバフォメットさんだった。





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俺が一通り状況を説明した後。
バフォメットさん達と共に路地裏を脱出した俺達は、一旦村長夫妻の館へと向かった。
意識を失った敵共と爺さんの遺体は、バフォメットさんが連れてきた魔物娘が運んだ。
憔悴しきったアオイさんは、俺が肩を貸してなんとか歩ける状態だった。

爺さんにブン投げたスマホは、液晶部分に大きなヒビが入り明らかに使用可能な状態では無くなったが、一応持って行く事にした。

もしかしたら、コレが「人殺し」の原因となったのかもしれないから。

館に着いて、俺とアオイさんが落ち着いて話をした事で、分かった事が1つ。
アオイさんはどうやら「俺がアオイさんを守る為に爺さんを殺してしまった」と思って一時的に錯乱してしまったらしい。ただでさえ人の死を本能レベルで嫌う魔物娘が「自分の為に他の人間が人を殺した」なんて事に直面したら罪悪感は半端ないだろう。

その可能性については勿論考えた。
俺がスマホを投げた事で、
爺さんが脳内出血か何かを起こしてそのまま息絶えたのではないか……と。

しかし、人殺しの罪を犯したかもしれぬという罪悪感よりも、そうした事でアオイさんが無事だったのだという安堵のほうが遥かに大きかったのだ。
仮に、俺があの時持っていたモノがスマホでは無く人殺しが可能な凶器ならば「そうしていた」可能性が極めて高い。

そして、それを理解した時に俺はある1つの結論を出した。
俺は、アオイさんに惚れている。
……そりゃ、そうか。
自分が一番苦しかった時、心身共に何度も助けられて惚れんなって方が無理か。

「今回は災難だったな、2人とも」

俺達が落ち着いたちょうど良いタイミングで、
神妙な顔をしたバフォメットさんが部屋に入って来た。
そして、爺さんの診断結果が俺達に伝えられる。
彼がなぜいきなり死んだのか……という事である。

「「奥歯に、毒物……!?」」

「そうなんじゃよ」

爺さんが死んだ原因。
それは、彼が『予め奥歯に仕込んで置いた毒物による自殺』だった。

「よ、良かった!
……いえ、良くないですね」

アオイさんは、安堵の混じった複雑な表情を見せる。
とりあえず「俺が爺さんを殺した訳では無い」のは確定だが。
今回の診断結果は良かったとは言えない。

「自分の敗北を確信してから自害した、ってんならまだ分かるけども。
あの爺さんはまだ諦めてはいなかった。
なのに、いきなり様子が可怪しくなったと思ったらそのままあっけなく……。
どう考えても、自分から毒を飲んだって感じじゃ無かったですよね……?」

「ええ、本当に訳が分かりません。
ですが、私がしっかりしていれば、こんな事には……!」

「……!」

俺は、アオイさんに今回も救われた。
にも関わらず、彼女は自分を責め続けていた。
それ位、彼女達にとって理不尽な人の死とは許されざる事なのだろう。

自分が生きる事すら必死になれなかった俺と比べて、
他人の命でさえ大切にする魔物娘達の生き様はなんと美しい事か。

だけども、アオイさんがコレ以上自責の念で苦しむのは見ていられない。
今こそ言うべき事を言わなければ、
黒色火薬の爆発から救われた時のように礼を言うタイミングを失ってしまう。
あーだこーだと考えたい事は色々あるけども。
今は、思うがままに口を動かそう。

「ア オ イ さ ん ?」

「ひゃい!?」

自分でもビックリする程、冷たく低い声が出た。
これで、彼女も少しは落ち着いてくれただろうか。

「俺を何度も助けてくれて、本当にありがとうございました。
貴方がわざわざ敵に化けてまで佐羽都街に連れてきてくれた時も。
俺が火薬の調合をミスって死にかけた時も。
そして今回、奴等に襲われた時も。
アオイさんが居てくれなければ、間違いなく俺は死んでいました」

「……え?」

「だからこそ、これ以上自分を責めないで下さい。
爺さんの死に方についての謎は、俺が解き明かして見せます。
アオイさんは、自分が悪いと感じる必要なんて何も無いんです」

バフォメットさんは、俺とアオイさんを残してこっそりと部屋から出て行った。
おそらく、俺に気を使ってくれたのだろう。

グッジョブ、村長さん。

「ですが……。
私は、舞い上がってしまったんです。
マモル様が、命を脅かされても我々の味方で居続けてくれた事。
そして、我々にしっかりと助けを求めてくれた事が嬉しくて。
その結果、周りが見えなくなって、あんな事に……!」

ぐぬぬ。
アオイさんが「そんな事で」舞い上がってしまうようになった原因は、
間違い無く、その前までの俺がヘタレ過ぎたからである。
しかし、今の状況で俺が悪い私が悪いと言い合っていても埒が明かない。

「心が不安定な時は、考えが被害妄想じみた感じになってしまう事があります。
俺も、そうでしたから。
そして、今のアオイさんは俺から見てそんな感じがします。
ですが、俺は貴女に『そんな状態』で居て欲しくない」

俺はここで一旦言葉を打ち切り、もう一度しっかりとアオイさんを見つめる。

「だから、もう一度言います。
俺は貴女に助けられた事を、
心の底から、感謝しています。
貴女に救われた事は、俺の誇りです」

俺は、アオイさんの心に簡単なトリックを仕掛けた。
具体的には、彼女に助けられた事を「誇り」だと言った。
そして、アオイさんがこれ以上自分の行動を否定すれば、
その時には「俺の誇り」も傷つけてしまう事となる。
だからこそ、心優しいアオイさんはそうしないだろうと考えたのだ。

降参だ……と言わんばかりにアオイさんは肩を落とし、
小さなため息を吐いた。
そして、彼女が顔を上げると、そこにはいつもの美貌があった。

「本当に……。
お強くなられましたね、マモル様」

「そうですか?
そうでも無いと思いますけど……!」

「いいえ、マモル様は強いですよ。
先程だって、ご自分があの老人を殺した可能性に薄々気付いていながら、
私を励ます事を優先して下さいました……!」

「それは否定しませんけど。
実際そうじゃ無かった訳ですし。
俺なんて、まだまだですよ。
ですが、仮にそうだとしたら……それは貴女が居てくれたからです、アオイさん」

心に平穏を取り戻した俺達は笑い合う。

そして。

不意にアオイさんは、俺の顔とすれすれの距離まで顔を近付けた。
僅かに恍惚の入った、惚れた女性の綺麗な笑顔。
緊張で思考が停止する俺に、アオイさんは告げる。

「私があの老人に殺されかけた時……マモル様に助けて頂かなければ、
間違い無く、私はこの世に居なかったでしょう。
改めて、深くお礼申し上げます」

「どっ、どういたしまして」

「そして、改めて申し上げます。
貴方がかつて私の術を破ったその時より、私はマモル様に心を奪われました。
その想いは今でも変わりません。
それどころか、益々それが大きくなるばかりでございます」

至近距離での、いきなりの告白。
俺の心に浮かんだ言葉は「どうして?」だ。

「ふふ……どうしてそんな事で、と言いたげな表情ですね。
実は、我々魔物娘はふとした事で異性に心奪われる事は良く有るのですよ。
ですが、心に決めた人を手に入れるまでは絶対に諦めない。
その人に喰らいついたのなら、永遠に離さない。
それが『魔物娘(わたしたち)』です。
そして、私自身も『そう』であると自負しています」

淡々と告げられる、魔物娘ならではの価値観。
普通なら到底信じられぬそれらは、
蠱惑的な炎を宿した捕食者を思わせる瞳で、
真剣に此方を見つめるアオイさんにより、
これが彼女らにとっての「真実」だと認めざるを得ない。

「ですが、元の世界に帰れぬという絶望で壊れゆくマモル様を見た時に、
そんな私でさえ一度は貴方からは身を引こうと思ったのですよ。
貴方が私を見る度にその事を思い出してしまうだろうから。
そして、貴方が私をその事で完全に『敵視』していたから……!」

「……っ! それは……!!」

正直。
俺は、黒色火薬の爆発から救われるその時まで、心のどこかでアオイさんを疑っていた。
彼女が俺に純潔を捧げてくれた事を含めて優しくしてくれる理由は、
過激な房中術によって俺の精神を完全に破壊するか、
もしくは「既成事実」を作るかして、
『俺がアオイさんの事を許さざるを得ない状況を作る』事が目的ではないか?
……と考えていた。

だがしかし、魔物娘は決してそんな事をしない。
彼女達は「淫乱」ではあるが「淫売」では無いのだ。

「本当に、申し訳無い……!
その事でアオイさんが傷付いたのなら、貴女の気の済むまで謝ります。
ですが、これだけは言わせて下さい。
『今の俺』は微塵も貴女に対して敵意や疑いは持っていませんから……!!」

「私は、そのお言葉さえ聞ければ十分です。
ですが、心してお聞き下さい。
私がマモル様に伝えたい事は、此処からですので……!」

アオイさんは俺に身体をさらに近付けて、
お互いに抱き合う寸前の距離になる。
彼女の息が、俺の耳に掛かる。
俺の緊張は高まるばかりだ。

「一度は貴方を諦めた私ですが、
マモル様に命を救われたその時より、心を決めました。
私は今度こそ貴方を……暗殺致します。
佐羽都街のクノイチとしてでは無く、
望月流忍術正統、『望月葵』個人として……!!」

彼女からもう一度告げられた、暗殺予告。
驚き、思わず振り返る俺にアオイさんはキスをしてくれた。

房中術のそれとは異なるものの、
彼女の想いがたっぷり詰まったフレンチ・キスは、
俺の心を良い意味で打ち砕くには十分過ぎた。

どうかご覚悟なさいませ……! という言葉を残して、部屋から去ってゆくアオイさん。

アオイさんは俺に対して、わざわざ名乗らずとも良いような『彼女自身の本名』と『忍術の流派』を明かしてくれた。
少なくとも、それらはアオイさんにとって軽いものでは無いと容易に想像出来る。
そして俺は、そんな彼女の行動の意味を履き違える程の鈍感じゃ無い。

「うへへ、うへへへへぇ……!」

『クノイチ流の暗殺』が意味する事と、彼女にキスをされた事が嬉しくて。
「にへらぁ」とした、だらしない笑顔で暫く笑い続けた自分を、
アオイさんに見られなかったのは幸いなのだろう。

……そして、ニヤニヤしながら部屋に戻って来たバフォメットさんが持ってきた鏡で自分の顔を見て、どえらい賢者モードになった時には既に真夜中だった。





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翌日の朝、
メンセマトより佐羽都街に正式な宣戦布告が通達された。

メンセマトの言い分を纏めると、
・俺がメンセマトより佐羽都街に『連れ去られた』
・『佐羽都街へ連れ去られた俺の救出に向かった』爺さんが『魔物によって殺された』
との事だ。

これは憶測だが、
爺さんは恐らく……メンセマトが佐羽都街へ宣戦布告を行う理由を作る為の「時限爆弾」のように利用されたのだろう。
なぜなら、彼が亡くなってからメンセマトが宣戦布告を行うまでのタイムラグが少なすぎるからだ。
……最初からメンセマトが「爺さんが佐羽都街で殺される(奥歯の毒物で自殺する)」と分かっていた上で行動していたとしか思えない。

そして、こんなクソッタレな理由で戦いが始まるのは、
今日より一週間後の予定である。
14/05/24 07:51更新 / じゃむぱん
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■作者メッセージ
諸事情によりプライベートが忙しくなるので、
次回以降 月に1〜2回の更新となりそうです。

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