連載小説
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ワーシープの毛で作られた寝具がほしいです‥。あと……
サファイアさんを追いかけて外へ‥開いている差は一向に縮まりをみせない。
身体がおかしい。もっと運動能力があった筈。風邪が原因?今結論を急いでも何もならない。
急激に上がっていく息。苦しい。休めと身体が脳が警告を出す。でも‥ここで止まったら、話す機会が永遠に失われてしまう。そんな気がする。それは嫌だ!!だから――

多分、きっと火事場の馬鹿力が出たんだと思う。自分でも驚く程の速さ。徐々に縮んでいく距離。僕は腕を目一杯伸ばして手首を掴んだ。心に広がっていく安心感。でも‥それが油断か、左足の爪先が右の足首を蹴って、バランスを崩してそのまま………

目を開けている筈なのに暗い闇の中。口だけは消耗した体力を回復させようと荒い呼吸を繰り返してる。覚悟していた痛みは不思議と無く、逆に柔らかい何かの上にいるような‥それでいて、微かに鼻腔を刺激するいい香り―そんな感じがする。
「重い‥。早く……こそを…どけ‥」
下から聞こえる呻くような声。
横になった身体を起こして、暗闇から開けた視界に映ったのはサファイアさんの背中。それに羽。慌てて身体を動かし、地面に立とうとしたその刹那。予想以上の体力の消耗からか膝が曲がり、危うく膝を背中に突き立てそうに………代わりに手で背中につく訳にもいかない。だから‥無理矢理な体勢になってでも強引に地面に座った。
「すみ…ません……でした‥。その……怪我は‥?」
周りを見渡せばここは近くの川の土手。荒い呼吸を繰り返したままの掠れた声。サファイアさんの頭は動いて、鋭い視線が突き刺さる。
「私を……甘く‥見るな……」
その顔は蒼白く‥顔や額の所々には土がついて、僕と同じ荒い呼吸を繰り返していた。
「あの……立て‥ますか?」
再び突き刺さる鋭い視線。
「まず‥手を……離せ」
掴んだままの手首に視線を移した。
「あの………」
「再び‥お前に……倒されても‥困るからな…。何処にも‥行きはしない…」
一瞬過った不安。でも、手を離して……ゆっくりと起き上がるサファイアさん。足で立とうとしたその瞬間、膝から崩れ落ちるように――
サファイアさんの身体が地面につくよりも、僕は早く立ち上がり、身体を正面から受け止めた。掛かる体重。疲れたままの足は支えきれずに背中から地面に叩きつけられた。痛みによる呻き声も出せないままに、身体中のより少ない酸素が肺を通じて、瞬時にして口から大気へと放出された。

すぐ耳元で聞こえるサファイアさんの荒々しい呼吸。顔を動かせば右の肩に顎を引っ掻けているようにも見える。そして…お互いに声を出さないままに呼吸を整えていった。


「離せ!!」
顔を動かして、鋭い視線を送っている。でも僕は何も答えず、より離れないように背中に手を回した。
「聞こえないのか?離せ!!それに暑苦しい!!」
声にドスを利かせた後、溜め息をつくように小さく息を吐いた。
「先も‥何処にも行かないと言ったばかりだ。お前は‥私がそれほど信用出来ないのか?」
………。僕はゆっくりと手を離し‥身体を起こすサファイアさん。不服そうな顔。そして‥すぐ下、汗を含んだブラウスに薄らと浮かんだ下着が視界に映り、思わず目を背けた。
「立てるか?」
差し出される手。僕は手を掴み、一緒になって近くのベンチに腰を降ろした。

「この際だ一つ聞かせてもらおう。あの部屋で寝ていたあの女は誰だ?」
「あの……その‥。知らない人です‥。今日、学校に行く前には居なかったんですよ!本当です!!」
一瞬見せた鋭い睨み。
「もっとマシな言い訳もあるだろう?違うか?」
「本当です!!サファイアさんこそ、僕の事を信用してくれないのですか?」
睨みに怯えを見せないように、自分を奮い立たせて見つめ返した。


「分かった。なら‥寝ていた当人に聞くべきだな」
時間にしてどれくらい見ていたのか分からない。最初に視線を外したのはサファイアさん。立ち上がり、そして、背中を向けて‥
「疑って済まなかったな。それに‥私を受け止めてくれた事を感謝する」
先までの怒気が込められていた声が嘘のように小さい声。でも、今度ははっきりと聞き取れた。改めて思えば‥正面から受け止めたのだから、胸の感触も…。浮かんだ思いは‥一瞬にして身体の一点を反応させて、隠すようにベンチに座り‥気が抜けた瞬間、おもいっきり咳き込んだ。

「風邪か?これが私でなければ移っているぞ。人間とは本当に不便なものだな」
その顔は、いつもとは違いどこか優しく見ている。そんな気がする。

「そういえば‥瑠璃。私にはここがどこだか検討もつかない。だから、お前には家までの道案内をしてもらうぞ。いいな!」
咳が止まったのを見計らったタイミングで手を差し出され、僕も手を取って一緒に横に並んで歩いて帰った。


家。出迎えてくれたのはベッドで寝ていた女の子。改めて見ると僕と同じ黒い髪。そして蒼い瞳。羽や尻尾も生やしていない事からきっと人間と思い。その隣には先生。そして‥サファイアさんを見て複雑な表情を浮かべている。
「瑠璃。この子の事を説明してほしいわ。まさか『義妹です』なんてオチじゃないわよね?」
本人を前にして、知らない人と言い切るのは例えそれが事実でも気が引ける。
「この子ね‥その記憶が無いみたいなのよ。自分がどこの誰で、どうして瑠璃の部屋で寝ていたのも覚えていないの。まるで記憶そのものを何処かに置き忘れたみたいに‥。手掛かりと思った瑠璃もその顔なら‥答えは得られそうも無いわね……」
「すみません‥」
先生から視線を移し、隣へ‥女の子を捉え、その悲しみに染まった瞳に‥ズキンと音を立てて痛みが走った。
「お母様。学校の‥養護のフローライト女史ならどうでしょうか?」
養護担当でユニコーンのフローライト先生。先生の治療を受けるために、わざと怪我をしたり、怪我をしなくても毎日のように居座る生徒は数多い。

「その手の相談を受けた事は無いでしょうけど、今日は‥もう時間的に無理ね。明日に当たってみるわ」
「ありがとうございます」
「お札はいいのよ。それと‥呼ぶのに困るから名前をつけていいかしら?」
「その‥お願いします」
先生は僕、サファイアさんと顔を続けて見て‥
「そうね‥コルドンでいいかしら?」
「はい!!」
初めて見せた笑顔。
「決まりね。そっちか私の娘のサファイア。こっちが教え子の瑠璃。細かい紹介は後にして‥今日は騒ぎましょう♪」
今まで忘れていたパーティーの準備。コルドンは困惑した顔を見せたまま、先生が作った料理を全員で手分けして、僕の部屋に運んだ。


「ねぇサファイア。さっきから気になっているんだけど‥顔に土を付けて瑠璃と何をしていたの?」
勢いよく立ち上がったサファイアさんは‥確認するように、鏡を眺めているその最中。慌てるように部屋を出たコルドン。戻ってきたその手には‥多分きっとそれは濡らして絞ってきたタオル。誰もが次に訪れる事を予期できたと思う。そして……サファイアさんは声を上げる事も出来ずに……


顔に限らず、露出している皮膚は全てを真っ赤に染め上げ、目をトロンとしたまま床に横なり、額の上に手の甲を乗せているサファイアさん。平謝りを続けるコルドンに呂律が回っていない何かを言っている。
「そんなに謝らなくていいの。知らなかったものは仕方ないのだから。それにこの子のこの姿を見たのは久しぶりね♪」
先生は嬉しそうにサファイアさんの頬を指でつっついている。僕が座っている位置からすぐ横にあるのは頭。自然と視線が奥へ‥脚から上の健康的な太ももの方に集中していく。仮に足の方に座っていた場合‥。その考えが頭を過るも、否定するように頭を強く振って、頭から切り離すように先生の手料理を食べた。
「美味しい」口から思わず出た声に先生の顔は喜びに溢れた。困惑した顔のままのコルドンも次第に話に参加して、盛り上がり、騒いだりの時間を過ごして‥比例していくように減っていく食べ物に飲み物。気がつけば‥空の色は真っ暗になっていた。
「旦那が怒るから私は先に帰るわ」
立ち上がり、部屋から出ていこうとする先生。含みのある笑顔のまま、僕に向けて手招きをして‥
「サファイアは置いて帰るわ。あの状態じゃ連れて歩けないでしょ?親の私が許可するから、なんだったら今夜、貫通してもいいのよ♪」
耳元で囁かれる小さな声。驚きの声を上げるよりも先にコルドンが不思議な顔でこっちを見ていた。
「その代わり‥貫通するなら、男としての責任を最後までとってね」
本気と冗談の境目が全く分からない。
「ねぇコルドン。泊まる所が無いなら、今晩は家に泊まっていく?歓迎するわよ」
横に数回首を振った後、じっと僕を見た。
「私‥その……。瑠璃さんのお部屋に居させて下さい」
懇願。それに近い目は僕を捉え続けている。
「そうよね‥。居た場所にいるのが一番かもね。私は家に帰るから、サファイアの事はよろしくね。それじゃまた明日学校で会いましょう」
先生を見送った後、部屋に戻りその途端にぶり返したように出る咳。背中にそっと手が当てられた。
「風邪を移すかもしれないから、先生の家に行った方が……」
「その‥風邪は移した方が治りが早いと言いますから。それに瑠璃さんが治るなら、移されても私は大丈夫です」
優しい手つきで背中を擦っていく‥。
「そういえば‥今日は何のパーティーをしていたのですか?」
「先生とサファイアさん。それと僕で過去に遡るというか‥それに近い研究。それで‥今日その研究に節目を迎えたから、祝いのパーティーを‥」
「過去‥過去ですか……」
擦っていた手は急に止まって、声のトーンも急激に低くなり、その様子が気になった僕は首を捻り‥見えた顔は蒼白くなっていた。
「僕はもう大丈夫だから、コルドンは休んでいて」
渋るコルドンを何とか説得して今は台所。パーティーで使った食器や残りを片付けて、早く治すために、顆粒の風邪薬を口に含み‥途端に広がる苦味。水を一気に流し、飲み込んでから‥溜め息にも似た息をついた。それから、改めてコルドンの事を考え……でも‥答えは出る所か堂々巡りを繰り返しただけ。
「先生でも分からないのに、僕に分かる訳がないか……」
再び溜め息を吐いた後に思わず出た言葉。これ以上考えるのを諦めて、部屋に戻った。

ベッドから見えたのはサファイアさんの頭。コルドンが寝かせたのだろう。
「瑠璃さん。私は床で構いませんから、サファイアさんとベッドで眠って下さい」
「え?」出し掛けた言葉は口の中の空気が無くなる程に思いっきり飲み込んだ。それはマズイ。絶対に無理。一緒に寝たら…明日の朝、引いては‥その晩に何をされるか分からない。本当に命の危機すらある。だから、今日は1人で別の部屋で寝ようとも考えていた。でも‥訴えかけるように潤みきった瞳に見詰められ‥
………。駄目だ断りきれそうもない。
「えっと‥その……。僕が床に布団を敷いて、そのまま寝るから‥コルドンはサファイアさんと一緒で‥いい?」
咄嗟に出た案。でも‥これ以上の最良はないと思う。
「瑠璃さんはこの部屋の主です。私はお世話になっている身です。なら‥その私が瑠璃さんのベッドで寝る事は良くないと思います!!」
身振り手振りをしながらも口を尖らせ、目は鋭さを増していった。
「いや‥その……ほら、あれ‥。最初に居た時もベッドで眠っていたから、だから……」
直視を避けたい位に視線が―目が怖い。
「えっと‥その……。なら、主として一言‥。『ベッドを使って眠れ』です」
少しの間の沈黙。鋭かった目は戻り、でも‥
「分かりました」
尖った口は収まっていないままに、その声はどこか投げ遣り。それを聞いて僕は部屋を出て、布団を一式持って部屋に戻った。
「瑠璃さんが運ばなくても、私が運んで……」
「ほら‥でも、場所が分からないでしょ?」
正直、自分よりも‥たぶん年下の女の子に運ばせるのは気が引ける。それに「運んで」なんて口が裂けても言えない。
「明日からは私が運びます」
「へ?」
間抜けな声。今度は飲み込めなかった‥。
敷こうと思っていた布団はコルドンが敷いて‥寝る直前。今までに見たことが無いほどの不安な顔に思わず声を掛けた。
「私がどこの誰で、思い出そうと思っても‥心の中は真っ暗で、怖くて不安で……。でも‥瑠璃さんやサファイアさんと居ると不思議と安らいでいくんですよ」
そっと僕の手を取って、両手で優しく押さえるように胸元に当てて……ゆっくりと目を閉じたその顔は本当に安らいでいるように見える。
トクン。トクン。心音が手を通じて身体に伝わり‥‥それよりも‥この状況。手から緊張の汗が止めどなく出ているのを感じながら‥唾を飲む音が絶対に漏れないように気を付けている自分がいる。
嬉しさや緊張。様々な思いが入り交じって‥横目でチラリと見たのはサファイアさんの寝顔。
視線を戻した時にはコルドンは僕をじっと見詰めていた。
「あと……」
服の中から、細やかな装飾が施された、見るからに高価な小さな瓶を取り出して、その中身は白い粉のような物で満たされている。ただ‥一見して蓋らしい物は見当たらず、開け方もすぐに分かりそうもない‥。
「服の中に入っていた物です。この中身がわかりましたら、もしかしたら‥」
「先生に頼んでみるよ」
「ありがとうございます」
胸元から離されていく僕の手。その手の平には小瓶が握り渡され、僕は傷をつけないように注意して机の上に置いた。
「おやすみ」
「お休みなさいませ」
深く頭を下げたコルドン。挨拶の後、サファイアさんが眠っているベッドに入っていき、僕も眠りに就こうと部屋の明かりを消して………



サファイアさんとコルドン。2人が同じ部屋で眠っていると考えるだけで、緊張して眠りに就けない。頭の中で必死にワーシープの群れを数えて‥500を過ぎても無理。1000を越した辺りで再び振り返したかのように続けて出る咳。何かの音が聞こえたその刹那、唇に柔らかい何かが押し当てられた。寝ようと閉じていた目を開けても、判別はつかない。そして‥
「こうすれば、移ると思いまして」
コルドンの声。間を置いて‥視界に広がる朧気な影。微かな輪郭は確かにコルドンだ。
した事はきっと……。想像しただけで‥身体の一部は熱を持ち、より少ない眠気が更に吹き飛んでいった。
咳が出そうになる度に我慢をして、時計の動く音だけが聞こえ続ける中で‥隣から寝息のような物が聞こえ、首を動かせば……
お互いの鼻先がぶつかりそうな距離にコルドンが眠っていた‥。思わず息をするのも忘れる程に見惚れて……その時間がどれだけ流れたのか分からない。はっとして気付いた後、背中を向けて眠る努力をしようと考えた。


そして‥次第に窓がカーテンを透かすような光を入れ、部屋中の輪郭はその形を取り戻すように表れ……
結局。自分を保つ事に精一杯で一睡も出来ませんでした‥。

暫くして最初に物音が聞こえたのはベッドの方。僕は寝ている振りを装った。
ぐにゃり。音にしてこんな感じ。先の丸い何かが身体に触れて、同時に脇腰の方に痛みが走った。そしてそれは徐々に重く、強くなっていき……
寝た振りを続けるのは不可能と思い、痛みの原因に手を伸ばし……掴んだのは細く柔らかい何か。
「ああ。起こして済まなかったな。暗くてよく見えなかったようだ」
一切の感情が無い声。目を開けて、上を向いて……蒼とは対象に燃え盛る炎のように真っ赤な双眸が僕を捉え、見下ろしていた‥。蛇に睨まれた蛙。それさえも遥かに覆せない、上下関係を感じずにはいられなかった‥。
13/02/08 07:43更新 / ジョワイユーズ
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■作者メッセージ
コルドン‥。怪獣などをつけると特撮物にいそうな気がするんですよね‥。


3話です。1話、2話、3話と回を重ねる毎に文字数が増えてしまいました。
そして……裏3話はナシです。

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