連載小説
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夏の星空
サファイアさんに見下ろされ、その口が開く瞬間。意図か偶然か、コルドンが目を覚まして、サファイアさんは振り返ってしまい‥以来、貝のように口を噤み、何も出さないものの、行動の一つ一つが無言の圧力となって僕に伸し掛かっている。
「あ、あの‥お腹……空きましたよねぇ?」
最初に沈黙を破ったのはコルドン。そして‥
重い空気の中、サファイアさん、コルドン僕の3人で食卓を囲み‥食べているのは昨日の残り。
「そ、そういえば‥私……どうやって学校に行けばいいのでしょう?」
然り気無く‥とはいかないものの、コルドンは気付いたように自分の手を合わせた。
「どうだと?」
「どうって?」
声の感じは違うものの、きれいに重なった声に‥昨日とは違い顔を見合わせる事も無く……
「その‥制服が無いと行けないですよね?」
「確かに‥そうだな」
箸の動きを止めて、鋭い視線が僕を1本、1本と串刺しにしていった。
「えと‥その……僕の予備の制服なら着られる‥かな?」
横目の鋭い視線。更に滲み出る圧力‥。
「タオルを巻けば、胸を隠す事が出来ると思います。そうすれば男子生徒として成り済ませそうですよね?」
「それで良いと思うなら、私からは特に言うことは無いな」
箸は再び動き、摘ままれた物は口に運ばれていく。
そして‥
「「「ごちそうさまでした」」」

食器を片付けて、僕の部屋へ‥

「これが制服です」
クローゼットを開けて、手渡し‥いつまでも着替えないコルドンを不思議に思ったの束の間。
「私とこいつは家の外で待っている。着替え終わり次第、出てきてくれ」
部屋から追い出されるように、耳を強く引っ張られて、そのまま外へ‥
「お前は私に信じろと言ったな」
指は耳から離れ、人差し指は僕の喉の直ぐ下を突くように触れている。
「だが‥お前が取った行動はなんだ?なら、なぜ共に寝ていた?」
眉の上がった顔。身体が竦む恐怖が僕を襲う。でも‥
「何もしていません。それに何も無かったですよ!!」
感情を表すように荒らげた声。その反動からすぐに咳き込み、その場に屈み……止まった頃には荒い呼吸を繰り返して……
顔を上げた時に映ったサファイアさんの表情は……
「分かった。お前がそこまで言うなら信用してやる。だが‥次はないぞ」
目が合った瞬間、慌てるように背中を向けた。
「ああ。そうだ‥。これは言い忘れていたが‥私もお前の家に世話になろうと考えている。よく考えてもみろ。私はお前の恥ずかしい話を何一つ聞いていない。それでは不公平だろう?違うか?それに‥衣食住。全てにおいて、負担させた金額は全額支払おう」
「金額の話は僕よりも、両親にして下さい」
「そうだな」
振り向き、差し出された手。僕はその手を取った。
「こうして改めて見れば‥風邪にしては、窶れて過ぎている気もするが……お前、本当に休んでいるのか?」
一睡も出来なかったなんて言える筈もなく、適当に誤魔化し…続きを話している内に制服に身を包んだコルドンが家から出て……
その姿は正に男装の麗人。でも、この一言では言い表せない程に凛々しく、目を見張るものがあった。
「瑠璃さん?どうしたのですか?」
見惚れていたなんて言える筈もなく、適当に誤魔化し、
「声ですぐに女と分かるが‥私と居れば口を開く必要も無いだろう」
サファイアさんに僕。顔を見渡したコルドンは途端に笑顔を見せて、そして‥右と左それぞれの手で、手を取り、手の平を重ね合わせ、
「これで仲良しです♪♪ケンカは絶対にしないで下さいね」
拍子抜けしていたサファイアさんの顔。その表情はすぐに険しさを帯び、腕に力を入れて、力ずくで引っ張っているように見える。が‥コルドンは笑顔を絶やしていない。
「このまま手を握って、学校まで行きましょう!!」
若干の怒気を孕んだ声。そのまま、手を繋いだままいつもの道へ。サファイアさんと僕の後ろの丁度真ん中をコルドンは歩いている。直接伝わる手の仄かな温かさを感じながら、時折、困惑した顔のサファイアさんに視線を移して、視線に気が付かれる度に顔を背けられた。

学校。いつものように校舎に入る手前、数多くの視線を感じた。それはコルドンを見ていたのか、それとも……
「瑠璃。当然の事だが‥私とお前では学年も違えば、下駄箱の位置も違う。だから‥この手は離してくれないか?」
僕は慌てて手を離し、
「私の後ろを歩こうが、瑠璃の後ろを歩こうが同じ研究室に着く。コルドンお前はどうする?」
「サファイアさんについて行きます」
期待していた。と言えば嘘になる。でも、本当に意外な答えだった‥。
1人になった僕は不思議とサファイアさんに会うこともなく、研究室に入った。
「あら‥意外ね。1人なの?」
事情を説明しようとした矢先にサファイアさん、コルドンが入ってきた。
「話は通してあるから、サファイアはコルドンを連れて、そのままフローライトの所に行って。瑠璃は研究室に残って私と少し話をしましょう」
先とは違う。見るからに不快な顔。先生に対して、珍しく無言のまま部屋から出ていった‥。
「サファイアさん!待って下さい!!」
コルドンは深く頭を下げて、慌てて部屋を出ていき‥そして部屋はいつもような静けさを取り戻した。
「ねぇ瑠璃。何があったの?」
別れた後、何があったのだろう‥?
「考えられるとするなら‥そうねぇ……。今までの恨み辛みを晴らしていくように‥濡れタオルで両手両足を縛って、従順なメスとして調教しようとしたの?それこそ‥『挿れて下さい』と叫ぶ程に。それとも‥3人一緒の夜を過ごしたのだから、ついサファイアを構い忘れたとか?」
「そのどちらも違います」
「未貫通なの?でも、なんでそんなに顔を真っ赤にしているのかしら?それに‥そのクマはなにかしらね?後‥若干、窶れた顔をしているわよ。この全てが示しているのは何かしらね?」
見透かしたような顔。でも‥この理由については本当の事は口が裂けても絶対に言えない。
「家事力0で横柄な娘だけど母親としては‥瑠璃が幸せにしてくれると願っているわ」
サファイアさんを下さい。なんて直球で言えない。だから誤魔化すように‥
「そういえば‥コルドンから白い粉が入った小さな瓶を預かりまして……」
ポケットを探り‥無い事、その理由に気付いて、徐々に弱くなっていく語尾。
「すみません。家です。机の上に置き忘れてしまいました」
「そう。なら、手掛かりになるかも知れないから、明日、忘れずに持ってきてね」
先生はドアに手を掛けた。
「それが‥不思議な事にその蓋らしい物が見当たらないのですよ。その瓶‥」
一瞬、先生の表情が訝しさ、険しさを持ったように見えた。
「あら‥それは珍しい瓶ね。秘密箱と同じようなのかしら?興味があるから明日には持ってきてね。それじゃ私は職員室に戻るわ。仕事とその合間に近隣の学校職員にコルドンの事を聞いてみようと思うの。でも‥期待するだけの情報は得られないでしょうね‥」
なぜ?聞くよりも早く先生の口は再び開かれ、
「答えは簡単。今が夏休みだからよ。夏休みになれば‥数日間、家を空ける生徒は普通にいるでしょ。それに‥夏休みだからこそ、ある日を境に学校に来なくなった生徒。これで調べる事も出来ないのよね……。それに……これはまだ不確定な要素が多いから、今はまだ言えないわね‥」
僕1人だけになった部屋。ボードを見ても、何一つ進める事が出来ずにサファイアさん。コルドンが戻るのを待ち続けて………


いつまで待っても戻らないサファイアさんにコルドン。痺れを切らせた僕は様子を見に行こうとイスから立ち上がったその刹那、家へ―あの小瓶を取りに戻ろうと考え直し部屋を後にした。


歩くのが辛いのはこの暑さ?それとも体調不良と睡眠不足?等々、考えながらなんとか家へ、部屋に入り‥小瓶をポケットに入れて、台所へお茶を飲んだ。ふと襲ってくる睡魔。この暑さが最後の誘惑に首を横に振る。ある意味で夏で良かった事に感謝して、再び家を出た。


呼吸が荒いままに、なんとか戻ってきた部屋。大分時間が経った筈なのに誰も居ない。そして‥より激しさを増した誘惑に往復分の疲労。机に頭を置くようにイスに座り、瞼が重く伸し掛かって………


身体が気持ち良く揺さぶられ‥
「……り」
「……さん」
微かな声が聞こえ……次に起きた異変は息苦しさ。息が出来ない。苦しい。
驚くように目を開けて‥目の前にあったのは手、それに指。
「起きたようだな」
声に合わせて、動く手と指。多分きっとサファイアさんに鼻と口を塞がれていたと思う。
声のする方へ、立ち上がろうとしたその刹那‥足が思うように動かずに……
床に向かって身体がぶつかる直前‥包み込まれるように柔らかい何かが身体を支え‥そして、その心地よさに―睡魔に誘われるままに、再び目を閉じていった‥


眠っているには変な体勢。そして‥背中に感じる不思議な柔らかさ。意識を覚まして目を開けた。
周りを見渡せば床に座った体勢。お腹に誰かの腕が回されている。そして‥先生と目が合い、不思議と笑顔に変わり‥
「あら‥おはよう。サファイア、王子様が目を覚ましたわよ」
言葉の意味を理解すると共にドキリと心臓が高鳴った。
「瑠璃。知っていると思うが、陽の出ている時の私は惰弱だ。だから‥眠ったお前を運ぶ事も出来なかった。それだけだ」
耳元に優しく聞こえる声。そして、離される手。僕はゆっくり立ち上がり、次いでサファイアさんも立ち上がった。
先生の顔を見て思い出される記憶、ポケットの中にある小瓶を確認して、取り出した。
「コルドンから預かった瓶がこれです」
見せた途端に固まった先生。異変を感じ取ったのか、サファイアさんも瓶に視線を移して固まった。
「ねえ瑠璃。本当にその瓶を預かったのね?」
念を押す強い声。僕は思わず頷いた。
「そういえば‥コルドンの姿が見えないのですが‥」
「記憶が戻るかも知れないと言い、それからまだ戻っていない」
「その瓶。少し見せてもらえるかしら?」
先生に手渡した直後、サファイアさんも一緒に注意深く観察するように見て、最後に揃って底を見た。
「サファイア。今すぐ家に戻りなさい。何をするのかは‥説明しなくて分かるわね?それに‥陽の落ちかけた今なら、早く戻ってこれるでしょ?」
「わかりました。お母様」
明らかに様子の変わった2人。サファイアさんはすぐに部屋を出ていった。
「その瓶に何かあるのですか?」
「それはサファイアが戻ってから説明していくわ。そうすればコルドンの事も分かってくるでしょうし‥後は2人が来るのを待つだけね」
先生は瓶の底をもう1回見て、表情を複雑なものに変え、そして‥声を掛け難い程の難しい顔に変わっていった‥。


「コルドン。貴女の事が分かりそうなの。今その確証をサファイアが取りに行っているから、ここに居て」
ドアの開いた音。背を向けたままの先生はドアを見ずに口を開いた。
「え!?そうなのですか?ありがとうございます!!」
僕の座っている隣に座り、その顔は嬉しそうに満面の笑みを湛えている。
「それと‥瓶の中の粉。調べたいから少し頂いて良いかしら?」
「はい。いいですよ」
先生は無言のまま、瓶を机の上に置き、そして右と左それぞれの手で覆うように置いて、仄かに光を帯びた手。集中させた魔力を、瓶に送り続け……微かに開いた穴は次第に大きくなっていき‥薬さじでシャーレに移した後、ガラスの板で蓋をして机の中にしまった。
「瑠璃。何か言いたそうね。でも‥その質問の答えは後にするわ」

誰もが口を閉じ時間だけが過ぎて‥突如して吹いたガラス窓が揺れる程の突風。反射的に閉じた瞼を開いたその先には‥羽を広げきったサファイアさん。息を飲むほどに凛々しく、美しく初めて見る……いや、違う。僕が始めてここに来た日の夜に見た影と同じ形で……
「あら‥早かったわね。早速話をしましょう。瑠璃、窓を開けてサファイアを入れて」
窓を開けて‥不思議と入ってくる気配はない。
「瑠璃。その大きさでは私は通る事は出来ないだろう。だが‥体勢を小さくして飛べば入れると思う。だから‥私を受け止めてくれ」
返事をかえす間もなく飛び――受け止めた。でも‥足に踏ん張りが利かず‥後ろへ仰け反る身体。危ないと判断した、その刹那‥背中を何かが包み衝撃を吸収した。
「ありがとう‥コルドン」
「いえ‥何事なくてよかったです」
「若さって良いわね♪サファイア。持ってきた物を渡してちょうだい」
先生は僕たちを見て満足げに笑っている。そして、サファイアさんが先生に渡した物はコルドンが持っていた物と同じ瓶。
「話を始めるわね」
二つの瓶を横に並べた。
「その瓶は……」
「そう。片方はコルドン。貴女が持っていた瓶。もう一つはサファイアが生まれた日に、知り合いのドワーフに頼んだ物なの。だから……」
先生が見せた瓶の底には日付とpadparadscha to sapphireと掘ってあった。
「ドワーフに依頼した物なのだから‥開け方も含めて同じ物は無いと思っているわ。でも……瑠璃。私たちがここで研究している事。そして‥昨日、大理石の玉を送った後に私が言ったことを覚えているかしら?」
昨日‥。先生が言った言葉をいくつか思い出しても、今ここで先生が望んでいる答えは分からない。
「『未来からきました。って言われても素直に信じないわよねぇ?』よ。その研究をしている私達でも素直に信じないでしょ?瑠璃?でも‥世界に1個だけの物。特に思い出の深い品を持って、未来からきましたと言われたら信じる可能性は上がるでしょ?そうは思わない?」
先生はコルドンの方をじっと見詰めた。
「この瓶の事から、私はコルドンが未来からきたと考えているわ。そして‥転送中に事故か、不完全での失敗か原因は分からないけど記憶を失ったと思うの」
これには誰も声を上げず部屋は静まり返ったままだ。
「これは私の想像だけど‥コルドン。貴女を過去に送ったのはサファイアでしょうね。そして‥サファイアは貴女のお母さんよ」
コルドンは口に手をあてて目を大きく見開いている。先生は続けるようにコルドンが持っていた方の瓶の底を見せた。そこには‥S&L to Cと掘ってあった。
「Sは状況から考えるにサファイア。Lは不明にしても‥この瓶を持っていたのだからCはコルドン。貴女の本当の名前の筈よ」
「先生」
誰一人声を出さないまま、僕は手を上げた。
「親子なら‥コルドンに羽が無いのはなぜでしょうか?」
「ヴァンパイアではなく、ダムピールなのでしょうね。これは‥異性、瑠璃の血をコルドンに飲ませると分かる事だけど‥」
「止めて下さい」
サファイアさんの悲痛とも感じる叫び声。
「そう。直感的に感じた運命の相手ならと思うけど‥興味本意でただ確証のためだけに、違う誰かの血を吸わせる事は実行しようと思わないわ」
「あと‥なぜ、サファイアさんと思うのですか?」
「初めて見た時から蒼い目がずっと気になっていたの。それによく見ると全く同じ色をしているわ。これは偶然では無いと考えているの。黒髪の方はきっと父親から継いだのね。」
サファイアさん。コルドン。2人の目を間近で見て‥同じ色だった事。そして‥先生から脈々と継がれていった。と思える程の、鋭い視線が思い出すように頭に浮かび‥僕も先生の意見に同意した。
「それに………私が過去に送るなら‥信憑性をより高めるために、うちの子全員分の生まれた日付が入っている品を渡しているでしょうね。でも‥サファイアのだけ渡したということは‥そういう事と思うからよ」
それは明確な証拠、根拠にはならないと僕は素直に思い、同時に何かを隠していると考えたから言葉に出さなかった。
そして、部屋にいる全員は口を噤み‥
「コルドンがま……いえ。サファイアの娘だったなんてね。今日は家に泊まっていったら?きっと私の家―サファイアの部屋で過ごしていたと思うの。だから‥少し違うかも知れないけど、もしかしたら‥何か思い出すかも知れないわよ」

コルドンは促されるままに先生と部屋を後にして、サファイアさんと僕が残された。
「少し整理する時間がほしいが‥このままお前と研究室に居てもな………。私は先に帰らせてもらう」
戸締まり。それにドアの鍵を閉めて、鍵を戻した後、靴に履き替えて……校門のすぐ近く、そこにサファイアさんが立っていた。
「瑠璃。時間が空いているなら私の手を取れ」
取った瞬間に抱き寄せられる身体。そして‥足が地面から離れていく。その恐怖が身体を強ばらせる。
「間違ってもお前を落とす事はない。だから私に身体を委ねろ」
羽があってよく見えないものの、明かりが徐々に遠ざかり‥この時、初めて空を飛んでいる事を本当に理解した。


ゆっくりと下がっていく感覚。地に触れた足。丘のような場所を見渡して、改めて地面に立っている事に気付かされた。
「ここは私の好きな場所の一つだ。上を見上げてみるといい」
視界に広がったのは星で埋め尽くされた夜空。その美しさに思わず息をのんだ。そして‥同時に僕の腕が掴まれていき‥
「人差し指だけを出してくれ」
従い、誘導されていく腕。指でさした星の名前や説明がされていく。

「織姫は私と同じヴァンパイアなのだと思う。愛しい人の前に、大きな川があるなら他の魔物娘なら泳ぎきれるだろう。だが‥私は水に触れる事さえも泳ぐ事も出来ない。だからこうして、夜にならないと姿を表せないのだろうな‥」
腕から手は離れて、蒼の瞳は僕を見詰めている。
「この羽があればどこまでも飛んで行ける。例え下に水があろうと、何があろうと‥。だが‥母の論が正しいなら、コルドンが私の子だとするなら、私がどんなに手を伸ばしても、この手は届かないのか?置いていかれてしまうのか?私は‥お前に……」
星空に照らされた顔。その瞳からは2本の筋が光を放っている。
「答えてくれ瑠璃。私の心を変えたのはお前の言葉ではなく行動だ。なら‥行動。その足はどこに行く。答えてくれ!!」
口を開くよりも素早く腕を伸ばし、サファイアさんを抱き寄せた。
「僕もサファイアさんの事が好きです。大好きです。先生に声を掛けられて、初めて会った日からずっと‥だから毎日のように研究に参加できました」
唇をそっと重ねた。
「これが僕が離れない証。サファイアさんだけにする証で………」
中断するように出た咳。息苦しさと共に止まり、続きを言おうと改めて見たサファイアさんの顔は蒼白。不思議に思いながらも、手についている生暖かい違和感。視線を移せばそれは僕の血だった‥。
13/02/08 07:43更新 / ジョワイユーズ
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■作者メッセージ
4話です。3話より長くなってしまいました。そして‥裏4話も少し長めです。

コルドンなら瑠璃と行く。そう思っていたからこそ、意外だった。いや‥コルドンを人間として見ていない私の方が意外だな‥。これも、瑠璃の影響なのか?いや‥違うな。今ここで、同じクラスの人間に会おうが何も変わらない。
「サファイアさん。どうしたのですか?」
無邪気な顔は、次第に不思議な顔へと変わっていった。
「校舎内に入るのに、来賓用のスリッパでいいだろうと考えていた所だ」
咄嗟に出た言葉。だが‥考えが見抜かれたのか、コルドンは私の顔をまじまじと見詰めている。
「あの‥サファイアさんは瑠璃さんの事をどう考えているのですか?」
「言っている意味が分からないな」
「今‥一瞬、微笑んだ顔でした。それで瑠璃さんの事を考えていたと思いまして」
「この私が瑠璃の事をだと?」
自然と出た大きな声。周りにいる者の視線を感じるが、そんな物は関係ない。
「ヴァンパイアの私がなぜ一介の人間の事を思い、考える?これ以上は話すだけ無駄だ!!」
吐き捨てるように言い放ち、背を向けた。
「サファイアさん。待って下さいよ」
靴を履き替え、研究室に向かっている最中、後ろから追い掛ける足音が聞こえる。追い付かれないようにペースを上げるが‥その差は全く変わらない。
「なぜ私の後ろをついて歩く?」
振り向かず、声だけを出した。
「パパラチアさんの所に行くためです。あっ‥待って下さいよ!!」
陽さえなければ、本当に置いていけるのだがな‥。本当に恨めしい。

付かず、離れずの距離を一定に保たれたまま歩き、研究室のドアを開けた。
「話は通してあるから、サファイアはコルドンを連れて、そのままフローライトの所に行って。瑠璃は研究室に残って私と少し話をしましょう」
後は瑠璃に任せるつもりだった。だが‥瞬時に思い出される今朝の光景。ドアを閉めてフローライト女史が担当する部屋を目指した。


「失礼します」
「あらサファイア。話はパパラチアから聞いているわ。貴女がコルドンね。そこのベッドに腰を掛けてね」
「はい」
お母様とフローライト女史は旧知の仲。家族ぐるみの付き合いがあるからこそ、あの場ですぐに浮かんだのだろう。すぐさま、手に魔力が集まり、仄かに光輝く。そして‥コルドン頭を覆い……それから、どれだけの時間が流れたのか分からない。
「どうかしら?何か思い出せる事はあるしら?」
ゆっくりと横に振られるコルドンの頭。
「治療で思い出せると思ったのだけど‥力不足でごめんなさい」
「いえ‥いいんです」
再び振られる頭。私は部屋を出た。
「待って下さいよ!!」
軽く溜め息をついて、振り向いた。
「案内はした。なら‥研究室には1人で戻れるだろう?話が無いなら、私は先に戻っている」
2、3歩あるいて立ち止まった。
「そうだな‥お前はなぜ、私と瑠璃をくっつけようとする?あれは本当に余計だ」
「余計ですか?瑠璃さんも、サファイアさんもお互いに嬉しそう、楽しそうに見えましたよ」
「お前に私の何が分かる!!」
振り返り、向かい合って話す気は無かった。だが‥
「分かりません‥」
その声は今までとは違い、冷淡そのもの。
「なら‥サファイアさんは私の何を知っているのですか?思い出そうとしても、真っ暗な闇しかない心の中を!!何か一つでも知っているのでしたら、教えて下さいよ!!」
その場で崩れるように膝をついた。だが、顔は‥蒼い目だけは私をしっかりと捉えている。
「私は……サファイアさんに冷たくされても、構いません。その代わり、瑠璃さんだけには絶対に冷たく接しないで下さい」
「一つ聞かせろ。そこまでしてなぜ、私と瑠璃をくっつけようとする?お前こそ瑠璃を好んでいるのだろう?それでなんの利になる?」
「私にも分かりません。私も瑠璃さんが好きです。ですが‥その……この好きは、運命の相手とは違う何かが感じているんです。それと‥お二人が一緒の方が心が自然と落ち着くんです。記憶が無くても、きっと‥心の中の想いの何かが残っているのかも知れませんね」
無言のまま近付き、手を差し伸べた。
「ありがとうございます」
「一つ気になる事がある。先に『私も』と言ったが『も』とはどういう意味だ?」
「サファイアさんと私です。それに‥瑠璃さんは人形じゃありません。人間です。感情もあります。サファイアさんが冷たい態度で接していますと、いつか‥去ってしまうかも知れませんよ!!」
「なっ……」
言い切られた事に次の言葉が出なかった。いや‥出せなかった。
「去って、サファイアさんや私とは違う誰かと結ばれた時、本当に後悔をしませんか?なら‥その前に好きな気持ちを伝えるべきです!!」
逃がさないためか、私が差し出した手を強く握り、その目、その顔は強い意思を持って私を見ている。
「わかった‥」
その目から目を反らし‥再び合わせた時には笑顔に変わっていた。
「研究室に戻り母に結果を報告して、次の対策を練ろう。だから付いてこい」
「はい」
研究室に戻り、母が居ないのは分かる。だが瑠璃の姿まで……
「その辺りを走って探してきます。瑠璃さんが戻るかも知れません。だから、サファイアさんはここに居てください」
声を掛ける間もなく踵を返し……時計を見て10分20分が過ぎた。だが‥一向に戻ってくる気配は無い。トイレとも考えていた。だが‥これは長すぎる‥。不安。それに胸騒ぎ。慌てて部屋を後にした。
途中、コルドンと会い、校舎内で見掛けなかった事を伝え合い、一先ずは研究室に戻る事が決まり‥瑠璃は中で寝ていた。

声を掛けても、揺らしても起きる気配の無い瑠璃に思わず口と鼻を塞いだ。すぐに意識が戻ったのだろう。立ち上がり、崩れるように傾き……
一瞬の事だった。コルドンがその身で瑠璃を支え、不快な目で私を見ている。
「眠った方を起こすには、昔も今も、愛しの‥好きな方のキスです!!サファイアさんも瑠璃さんの事がす……」
「待て!!なぜ、今ここでその話になる!!それに……」
「大きな声を出さないで下さい。起きてしまいます」
「お前も同じだろう」出しかけた声は、鋭い視線の前に黙殺された。
「瑠璃さんを安心して寝られる所に運びますから、サファイアさんも手伝って下さい。背中の方をお願いします」
「分かった‥」
私が背中を‥後ろから抱きしめているような姿勢になったが、コルドンは手伝う素振りは無い。
「記憶が戻るかも知れませんので、学校探検をしてきます」
笑顔のまま研究室を出て‥私と瑠璃だけが残された。思う以上に入らない力。立っているのも辛くなった私は‥背を壁につけて、伝うように、床に座り………
間を置かずして出る熱を持った荒い呼吸。首筋にキスをして、牙を突き出し……
理性を総動員させて牙を‥口を遠ざけて、そして‥熱を冷ますように長く深い息を吐き出し尽くし、額に手を当てて深く目を閉じた‥。

時間も忘れかけた頃。入ってきたのは母。満足そうにニヤニヤするだけで助けの手を伸ばす所か、私が助けを求める声でさえ届く事はなかった‥。

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