『見えない星を、信じたい』
私は本が好きだ。 本の中には、理想の全てが詰まっている。 誠実を貫く者は、誠意によって報われる。努力を重ねる者は、才能にあぐらをかき運に恵まれる者を追い越す。徳によって治められる国は、平和と笑顔に満ち。気高い魂の持ち主は、輝きの人生を送る。私心を捨て人に尽くす者は誰よりも豊かで。正義は必ず、悪に勝つ。 ……まあ、たいていの『物語』では、魔物という悪に、勇者という正義が勝つ展開だが。これはこれで、娯楽としては面白い。 母様や姉様達は云う。 『人間は、愛おしい』 『伴侶を得た生の、なんと素晴らしいことか』 『愛の、なんと尊いことか』 それで終いには、 『本ばかり読んでないで、外に出て、人と触れあってみなさいな』 と続くのだ。 だから、渋々とは言え、居心地の良い城から、魔界からこうして出てきたのだ。……正確に言えば、追い出されたのだが。 読み終わった本を閉じ、虚空からワインボトルとグラスを取り出し、赤い液体を注ぐ。 美しい色だと思う。 人間達が戦争で流す血の色と比べ、透明感にあふれ、香り高く、何より美味だ。ヴァンパイアあたりは、強く抗議しそうだが。 私は美しいものが好きだ。 美しい音楽。美しい草花。美しい絵画。 そして――清らかな『愛』。 無垢な愛を、一途な愛を、物語のような愛を、私は見てみたい。 母様や姉様達は、きっと素敵な愛を知ったのだろう。愛を持つ人間に触れたのだろう。だがそれは『あの方々のお話』であって、傍観者の私には窺い知れない領域だ。 席を立ち、バルコニーへと出る。 雲一つない晴天は抜けるようで。神の恵みの如き陽光は、白一色に世界を染める。 ふと、思う。 この空の向こうでは、今でも星が瞬いている。それを知識で知ってはいても、この目に決して映ることはない。 「見てみたいものだな」 何をだ? 自分の唇が紡いだ言葉に戸惑う。なんて愚かなこと。己を知らず、思考一つ制御できないのでは、人間と変わらないではないか。 「たまには外に出るか」 人間観察の一つでもしてやろう。失望が一つ増えたところで、今さら何が変わるでもなし。 翼を一打ちし、空へ身を移す。 〈迷いの森〉と人の云う、深い森の、奥の奥。 園生に咲く一輪の紅が如く、広漠たる緑の中、魔界の植物が鮮やかに囲う垣根の内に。威容を誇る魔城はあった。 そして、この風景の中にあって一際異彩を放つは、魔城の主。清らかなる魔性、凄艶の乙女。 城主は舞姫の優雅さで城を飛び立ち――その翼が向かう先は、退屈の繰り返しか、運命の出会いか……。 |
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