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ある女戦士のクロニクル

ビビりなディタトーレ

INDEX

  • あらすじ
  • %02 c=15d 第1章『Precipitation And Awakening 』
  • %02 c=15d 第2章『Midnight Battle』
  • %02 c=15d 第3章『Separation And Departure』
  • %02 c=15d 第4章 『I Go Because・・・』
  • %02 c=15d 第5章『The Strange Walkers』
  • %02 c=15d 第6章『Road Under The Ground』
  • 第2章『Midnight Battle』

    第2章 『Midnight Battle』
    栄暦1459年4月24日 午前1時08分
    人間界 エルメッド大陸 ブリジカ共和国
    メルブェシティー スラム街

    刀を突きつけられているのに、男は冷静だった。
    「…お前は、サラマンダーか?」
    それが男の第一声。
    「そうだよ、見りゃわかるだろうが」
    アタシが返すと、男は感情の起伏に乏しい声で言った。
    「サラマンダーが、なぜこのような北国に?」
    いきなり訊かれたくないことを訊かれた。
    「ま、いろいろあってな」
    無難に返す。
    男は、それ以上追及しては来なかった。
    「…『アタシと闘え』とは?」
    「そのまんまの意味だよ」
    暫しの沈黙の後、男が口を開く。
    「オレには、お前と闘う理由はない」
    ノリが悪いな。
    「アタシにはあるんだよ」
    「オレがお前に何をした?」
    は。
    そんなの分かりきってるだろ。
    「…あれだけ見事な戦い見せつけた男を、そのまま行かせられっかっての」
    「成程、そう来たか」
    男は再び黙する。
    アタシは男を、もう一度じっくり観察する。
    服装は、一見すると巡礼者のよう。
    フードをかぶり、左肩には腰下くらいまでの長さのマントを引っかけている。
    しかし、少しよく見ればわかる。
    身にまとう地味でシンプルな鎧。
    長いマントに隠れているが、剣先が少しだけ裾から出ている。
    巡礼者風の武人か。
    武人風の巡礼者か。
    まあ、どっちでもいいか。
    「御託はもうたくさんだ。早いとこ決めてくれ。
    やるか?やらないか?」
    アタシは男に催促する。
    一瞬間をおいて。
    「…条件がある」
    「何だ?」
    まさか金じゃないよな?
    「オレが勝っても、お前の求婚に応じる気はない。それでも良いのなら」
    う。
    うう。
    正直、これはなかなか痛い。
    さっきのチンピラとの一件で、こいつの実力はだいたい分かった。
    アタシが今まで戦ってきた奴らの中でも、文句なく最高クラス。
    もちろん、武芸に限った話じゃない。
    多勢に無勢だったのに、毅然と立ち向かった。
    で、勝った。
    どんなサラマンダーでも一発で惚れる。

    アタシも。

    しかし、こいつはアタシの求婚には乗らないという。
    つまりそれは、アタシと夫婦にはなってくれないってことで――
    思わず、深いため息が漏れる。
    でも。
    交わって、愛し合うだけがサラマンダーの恋じゃない。
    刃を交え、拳をぶつけ合うのもアタシたちの恋だ。
    だから、アタシは。
    「…いいよ」
    刀を握りなおす。
    「かかってきな!」

    男の周囲の空気が、明らかに変わった。
    「おお…」
    思わず、感嘆の息を漏らす。
    それと共に、アタシの周囲の大気も沸騰し始める。
    尻尾の炎が、勢いよく爆ぜるのを感じる。
    アタシの神経が、極限まで研ぎ澄まされていく。

    いま、アタシの世界には、アタシとコイツ以外は何もいなかった。

    先手を打ったのは、アタシ。
    ぐ、と腰を沈め、ためたバネを一気に解放する。
    地面がかすんで見えるほどのスピードで、男の懐へ入る。
    勢いも角度も悪くない。
    そのまま大きく右上へと斬り上げる。
    だが、紙一重で男はかわす。
    だが、それは織り込み済み。
    アタシは勢いをそのままに猛攻。
    突き、斬り、蹴り、尻尾を叩きつけ、炎を浴びせる。
    だが、そのすべては、またもや紙一重でかわされた。
    見ると、男の手には剣どころか武器らしい武器も握られていない。
    「…おいおい、その腰につけてんのはオモチャかよ?」
    アタシは、男を挑発する。
    男は、指先で剣の柄頭に触れながら静かに言った。
    「そんなことはない」
    そう言うと、男は手を再びだらりと下げ、そのまま握り拳を作った。
    「だが、今日はこれは使わない」
    アタシの頭に疑問符が浮かぶ。
    まさか、素手でやる気か?そういう戦い方もあるだろうが、さすがに素手と刀じゃ…
    しかし、アタシの考えは間違っていた。
    男はそのまま弾みをつけて、肘を思い切り伸ばす。
    同時に、勢いよく手を開く。
    すると。

    カシュッ。

    何が起きたかはわからなかった。
    分かったのは、何か小さくて滑らかな音がしたってこと。
    一体なんだ?そう思った。
    刹那。
    首筋が、ジリッと焼かれるような感触がした。
    これは、アタシの体の信号だ。
    意味は、『即逃げろ』。
    反射的に、後ろに飛んだ。
    次の瞬間には、男はもうあたしが今まで立っていたところまで迫っていた。
    ――速すぎる…!
    人間のそれをはるかに超えるアタシの目でも捉えられないほどのスピード。
    なのに、男は。
    全く速度を落とさず、むしろ畳み掛けるように猛攻してきた。
    ブン、と唸りを上げ、コイツの腕がアタシの目の前を横切った。
    その直後。
    「…うっ!?」
    激しい痛みとともに、アタシの腹から鮮血が流れ出た。
    傷は浅いが、これは間違いなく。
    (斬られた!)
    だが、なぜだ?剣を持ってる様子もないし、体に刃物も…
    …あ!!
    唐突に思い出す。
    腕を勢いよくぴんと伸ばす動作と、『カシュ』という音。
    ――まさか。
    アタシは、男の手首を見る。

    なぜ気づかなかったのだろうか。
    男の袖口からは、20cmほどの刃が伸びていた。
    ――暗器使い!
    『暗器』とは、隠し武器という意味。
    小型で隠しやすいから、暗殺者が好んで用いるものだ。

    暗器使ったからって、汚いとは思わない。
    決闘では、誰が何を使おうと自由だ。
    ――それに。
    「まだ、たかが一回だ」
    なによりも。
    「…熱いな」
    運動したからじゃない。
    斬られたことで、ますます心が熱く燃えたぎっている。
    それにしても、本当にコイツは強い。
    アタシの持てる力全て注いでるってのに、崩せる気配がない。
    こいつの何が厄介かっていえば、とにかく速いこと。
    それでいて、一撃一撃が重いこと。
    何より、次の動きが予測できない事。
    手首の短剣は疾風の如くきらめき、鎌鼬のように鋭く深く一撃を加え、アタシには見覚えもない剣法で攻めてくる。
    こんな戦いをするやつを、アタシはこいつ以外に知らない。

    ただ一つ言えること。
    コイツは強敵だ。
    ほかの誰よりも。

    でも、それが良いんだ。

    こんなに興奮するのは、あの世界大会の決勝以来だ。
    アタシの一撃が相手をかすめるたび。
    相手の一撃がアタシの腕をしびれさせるたび。
    尻尾はより強く燃え上がり、コイツがもっとほしくなる。
    そんな状態が5,6分は続いただろうか。
    一進一退の攻防が続く中、アタシは結構やられていた。
    でも、こっちもやられっぱなしじゃない。
    男の着ている服のあちこちが真っ直ぐ切られている。
    無論、アタシの手によるものだ。
    このままいけば、勝てるかもしれない。
    そう思い、刀を握り直した。
    その時。
    それまでずっと口を開かなかった男が言った。
    「…悪くは無い」
    そう言って、腰を沈める。
    「だが」
    次の瞬間には、男は懐に入ってきていた。
    首筋のあの感触は、一拍遅れてやってきた。
    今までに感じたこともないような激しい波。
    まるで、首筋が激しく沸騰しているかのように。
    「…な」
    かすれた声で、アタシは言った。
    「まだまだ、オレの敵ではない」
    落ち着いた声で、男は言った。
    男の指先がアタシの腹に触れる。
    見下ろすと、腹に剣が浅く突き刺さっている。
    痛みさえしなかった。
    傷はそんなに浅くないはず、なのに。
    剣が突き刺さったあたりから、氷のような冷たい感触が広がっていく。
    それと共に、視界に霧がかかってくる。
    「う…く…」
    何とか力を振り絞り、刀を振おうとしたが。
    もはや、腕に力を入れることさえできなくなっていた。

    そのまま、アタシの意識は暗転した。








    ………………………………
    「う…」
    体が、すごく怠い。
    あれから一体どれだけ時間が流れたのだろう。
    「目が覚めたか?」
    男の声。
    頭を少しだけ起こすと、足元にあの男が立っている。
    「お前…」
    起き上がろうとすると、激しい脱力感に襲われた。肉体的な意味で。
    何というか、深い眠りから一発で叩き起こされた時のような感覚。
    意識はあるのに、体が付いて行かない。
    「無理に動かない方が良い」
    そう言うと、男は枕元のやかんを持ち上げ、アタシの口に傾ける。
    すると、良く冷えた水がのどに流れ込み始めた
    ちょうど寝起きで喉も乾いていたので、ごくごくと飲み込む。
    その冷たさで、少しは体の自由が戻ってきた。
    ついでに寝起きの頭もさっぱり。
    で、真っ先に思ったこと。
    「…何で。アタシは、どうなった?」

    さっきの戦い。
    実力は、こいつの方が少し上だった。
    あのまま続けても、負けていたのかも知れない。
    ――でも。
    「アタシは、多分、もっとやれた」
    アタシは呟く。
    「刺された時、今までに経験したこともないような感覚がした。あれは、ただ刺されたってだけじゃありえない感触だ。まるで――」
    「――まるで氷の塊を腹に押し込まれたかのような、か?」
    ドンピシャ。
    アタシは、驚きのあまり口を丸く開けた。
    そのまま、男を見る。
    フードを被ったままの男は、一見相変わらずの無表情で。
    でも、よく見ると、唇の両端がほんの少し持ち上がっているようだった。
    男は言う。
    「使ってみるのは初めてだったが、なかなか上手くいった」
    「上手く…?」
    「これだよ」
    そういうと、男は腕を軽く振る。
    またカシュッという音がして、手首から刃が出てきた。
    「その刃に、何か塗ったのか?」
    アタシが聞くと。
    「刃?…ああ、これの事か」
    男がアタシを見ながら言う。
    次の一言は、アタシにとって少し驚きだった。
    「これはただの刃じゃない。よく見てみろ」
    言って、男は袖越しに右腕の前腕部をもぞもぞやる。
    カチリという音が二回。何かを外したらしい。
    男は袖に指を入れ、何かを引っ張り出した。

    それは、ガントレットから手の部分を引いたようなデザインの籠手。
    ただ、普通のものよりかなり長い。肘の少し手前まである。
    うすうすこういうのを着けてるだろうなとは思っていたのだが、それにしても。
    「何か、意外だな」
    「意外?」
    心底不思議そうな声で、男が言う。
    アタシはよくある無骨な奴を想像してたのだが、現実は違った。
    長さもさることながら、まず目を引くのは籠手の手の甲側に彫られた装飾。
    左右対称にきめ細かく見事に彫られた模様は、学の無いアタシでもしばらく見つめてしまうほど美しい。
    武具というよりは、むしろ美術品のようだ。
    そして何より、籠手の手首側。
    反対側の細かい模様と対照的に、見事なほど何もない。
    あるのは、手首のあたりに開いた菱形の穴ときれいな円形の穴。
    菱形の穴からは今、刃が伸びている。
    円形の穴にも何かを仕込んでいるのか、手首側の籠手の方が幾分出っ張っている。
    もう一端の方の、ひじの関節の近くにはツマミ。何に使うんだろうか。
    そんなことを考えていると――
    (!!!)
    アタシは、『それ』に気づいた。
    刃の一番先端。本当によく見なければわからない。
    ごく小さな穴が開いていて、そこからはうっすら透明の液体がにじみ出ている。
    「…なるほど」
    確かに、これはただの刃じゃない。
    剣先から敵に毒を注入できる。
    つまり、刃としても使えるし、毒針としても使えるってことだ。
    「気づいたか」
    「ああ」
    分かってみれば簡単。
    アタシの腹を襲った氷のような感覚は、コイツがアタシに打った薬――おそらくすぐ効く眠り薬だ――のせい。
    これで、完敗の種明かしはできた。

    「しかし、大したものだ」
    男が唐突に口を開く。
    「いきなり何だよ?」
    「オレが打った薬の量では、通常3日は昏睡に陥る」
    「あ、聞くの忘れてた。アタシ、どれくらい寝てたんだ?」
    「15時間くらいだ。もう日は傾き始めてるぞ」
    起きて窓の外を見ると、確かに夕暮れ。
    そういえば、腹減った。
    「一応聞くが、食欲はあるか?一応夕飯は二人分作ったが」
    お、気が利く。
    「ああ、腹ペコだ!」
    「突然元気が出たな。待ってろ。持ってきてやる」
    「ありがとな!」
    男は台所へと去っていく。
    「…あ」
    アタシは重要なことを思い出す。
    名前、聞いてない。
    「なあ」
    「ん?」
    男が足を止めて振り向く。
    「アンタ、名前はなんて言うんだ?」
    ひょっとしたら答えてくれないかもと思ったが、そんな事は無かった。
    ただ、5秒ほど沈黙があった。
    男は名乗った。

    「…オレの名は、アルス。アルスだ」

    11/09/25 21:10 ビビりなディタトーレ