連載小説
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しの 13歳の夏
 おにぃさまは何を取っても素敵な人です。それはしのが保証します。

 最初は驚きの(いや本当に)出会いでした。なぜならしのはダンボール
に入っていたのですから。

 親に会いたいなとは思います。しかし、どこにいるのか、まったく見
当がつきません。なぜなら私の住んでいた場所はこんな雪国と違うので
すから。

 もしもしのの親が現れても、しのはおにぃさまと離れたくありません。
なぜならしのとおにぃさまは既に家族だからです。

 当然おにぃさまはしのを最初に見たときは驚きました。でもおにぃさ
まはしのを厚く歓迎してくれました。「いっしょに暮らそう」と言って
くれたときは、本当に嬉しかったです。

 おにぃさまはしのに料理を教えてくれました。最初は何もできず足を
引っ張ってばかりでしたが、おにぃさまが丁寧に細かく教えてくれたお
かげで、色々作れるようになりました。

 どんな失敗も笑って許してくれて。

 笑って、怒って、時には泣いて。

 優しくて大好きなおにぃさま。

 しのはおにぃさまを愛しています。たとえ何があっても。

 ああ、この気持ちが伝えられたら…………


 どんなに幸せなんだろうなぁ。

 ※   ※

「暑い……」
「暑いれふ……」


 真夏。

 死にたくなる暑さに負け、しのと俺は床に寝転がる。


「しの、窓を開いてるよな……?」

「開いてますけど風が入ってこないんです。はひぃ……」


 スイカを切り分ける気力もない。起き上がるだけでも精一杯。氷枕も
15分でぬるくなってしまい、もうダメかと思った瞬間。

 身体がひんやりとした感覚に包まれた。


「ふう、危ない危ない」


 目を開けると、俺としのは水に包まれて浮いていた。

 不思議なことに、呼吸もできる。


「こんにちはー、サバト・和泉町支部の勧誘員のスラシャですー。大丈
夫ですかー?死んでませんよねー?」


 珍しい呼びかけに少し動揺し、間を空けて「ありがとう、助かった」
と返した。


「いやーびっくりしましたよ。勧誘で足を運んだ家の人が死に掛けてるん
ですから」

「君、随分軽く言うんだね」

「ああすいません、私の悪い癖です。でですね、今度この山のふもとに
ある根川町にサバト支部を立ち上げることになりまして、総括のアミナ
様のご命令で新規の信者を募集しているわけです。はい」

「すいません、俺信仰とかそういうのは……」

「いえいえ、強制はいたしませんから。ところで不躾な質問をしますが、
お2人は夫婦なんですか?」


 ブハッ!!と、しのはお茶を噴いてしまった。


「そんな、ふ夫婦だなんて夫婦だなんて///」

「違いました?」

「そんなわけ……あります///」

「しの、落ち着いて。まあ一言でいうと同居しているだけですよ」

「そうですか、なら」


 ぎゅっ……

 立ち上がって、座っている俺の背中に抱きつき右耳を唇で挟む。


「ちょ……」

「今ならお試しできますよ?小さな女の子のミ・リョ・ク♥こんなに小さな
胸も、ふにふにの肌も、未成熟な身体も、望むならいくらでも……♥」


 ヤバ、襲われる……!?


「おにぃさまから離れろー!!」


 ものすごい勢いでしのがスラシャを突き飛ばす。不意の事態に対応で
きず、受身をとれなかった。

 しかし初めて見た。しのが怒るところ。


「いいじゃないですか。付き合ってないんでしょ?誰のものでもないな
ら、私の行動は許されますよね?」

「付き合って無くても、しのとおにぃさまは家族なんです!好きで好き
で大好きで、言葉じゃ収まりきらないくらい愛してるんです!取られる
なんて、もってのほかなんですっ!!」

「………………」


 スラシャはしばらく黙り、「ああなるほど」と言う。


「気持ちが先行しちゃって前に進めてないってことですか。じゃあ、仕
方がないですね。そこまでの愛を語られたら適いません」


 しのの横を通り過ぎ、玄関に向かう。


「それじゃあ失礼しました。気が変わりましたら、いつでもおいでくだ
さい♥」


 扉が閉まる。


「しの、あのさ……」

「わ、忘れてください///今のは……そう!あの魔女を追い出すために
言ったんです!べ、別におにぃさまに言ったのでは……」


 俺はしのを抱きしめた。


「嬉しい。めっちゃ嬉しい」

「おにぃさま…………」

 ※   ※

「グッモーニン!今日も暑い……な……」


 富樫が暑苦しいテンションで現れた。


「「!!///」」

「お、お前ら……」


 富樫に見られた…………

 富樫に見られた!!


「す、すまない近衛!俺1時間後出直すから!」

「行くなぁ!行かないでくれ富樫ぃ!」

「離してくれ!大事なシチュエーションを壊しちまった俺の責任は重い
!」


 俺たちは何をやってるんだ……?


「とりあえずまた持ってきた」

「暑かっただろう。しの、井戸から水を汲んできてくれ」

「はい」


 しのが駆け足で外に行く。


「ちょっと報告しときたいことがあるんだが」

「何だよ」

「俺のアーリエな、子ども出来た」

「おめでたか。頑張ったな」

「まあな。女かな、いや男かな」

「少なくとも男はない」


 思わずワーシープ(男)を想像しちまったじゃねえか。

 需要ねえよ、リアルに。


「今4ヶ月でよ、少しずつ腹と胸がデカくなってきた」

「後半はいらないだろ」

「もう少しで授乳プレイ……」

「マニアックだな」

「じゃあホルスタウロスはどうすんだよ」

「ワーシープの話だったろ……ホルスの場合は愛情表現というか、『私
の愛を飲んでください』みたいな」

「直搾りって美味いのか?」

「さあ。アーリエさん、毛刈りとかどうしてんの?」

「普通だったら丸刈りにしなきゃならない。寝ている間に熱中症で倒れ
る、もしくは脱水症状を引き起こすからな。だが今のアーリエはまだ安
定期じゃないから、丸刈りはドクターストップ。無論性交もNG。んで、
出来る限り部屋を涼しくして自宅安静」

「なるほど」


 しのが水を持ってきたところで、倉庫に荷物を運ぶ作業を始める。

 例年以上の猛暑の中、汗が噴き出るのを気にも留めずせっせと作業し、


「お……終わった……」

「あぢーなーこん畜生……」

「お疲れ様でした」


 30分ほどで終わった。


「では、お2人に冷麦を準備しますね」

「しの、頼む……」


 しのはにっこりと微笑み、外の倉庫へ向かった。

 ※   ※

 倉庫の中。薄暗く風通しのいい空間に私、しの。

 手の中にあるのは、スラシャさんがくれた小ビン。別れるとき、こっ
そりくれたんです。


『そのビンの中身は、惚れ薬』

 この一言と共に。

 惚れ薬――意中の相手に飲ませればたちまち結ばれるという秘薬。

 これを飲ませれば――おにぃさまは。


「…………はぁ」


 ため息も吐きたくなります。これを飲ませれば、しのとおにぃさまは
結ばれます。しかし、果たしてこれに頼って結ばれる恋は正しいので
しょうか?そんな意見が、しのの頭の中によぎるのです。

 いや、考えるまでもなく正しくありません。こんなもの、使ってはダメ
なのです!


「……………………」


 で、でも……こういう薬には用途や需要があるわけで……それにモノ
には神様が宿るっていいますし、使わないと罰があたるというか何とい
うか…………

 はうぅ…………


「しのー?」

「はっ!?お、おおおにぃさま!!?」


 いきなりおにぃさまが現れ、小ビンをとっさに懐に入れます。


「どうされました?おにぃさま」

「いや、あまりにも遅いもんだからどうしたかなと」

「大丈夫ですよ。ちょっと涼んでいただけです。すぐに準備しますので」


 冷麦を持ち、しのは家に戻ります。


「ん?おい、しの……行っちゃった」


 私はそのとき気付いていませんでした。

 惚れ薬を落としてしまったのを。

 ※   ※

「〜〜〜♪」


 鼻歌を歌いながら冷麦を茹で、皿に盛り付けます。


「おにぃさま〜、富樫さ〜ん!出来ましたよ〜♪」

「美味そうだなー。アーリエより家事ができるなんて羨ましいぜ」

「おにぃさまに教わっているのです。おかげで出来るようになりました♪」

「「「いただきます!」」」


 美味しそうに食べるおにぃさま。作った側にとって、何にも劣らない
くらい嬉しいことです。


「……?」


 ここで懐に違和感を感じ、さりげなく探ります。

 あれ、小ビンが無い…………

 無い!!


「へっ!?」

「どうした?しの」

「いえ、なんでも」


 どこで落としたんだろう……まさか外!?そんな、あとで探しに行かない
と…………


「本当にどうしたの?しのちゃん、顔が真っ青だよ?」

「だ、大丈夫です!ささ、いっぱいありますから食べてください」


 あう、私のバカ…………

 ※   ※

 富樫が帰り、一通り片付けたところであの話を切り出す。


「しの」

「はい?」

「これ、しのが落としたやつだよな」


 昼にしのが倉庫から戻るとき、懐から落ちた小ビンをしのに見せる。


「何だこれ……?中にピンク色の砂っぽいのが入ってるけど」

「!!」


 バッ、としのが奪い取る。あまりの必死っぷりに唖然となってしまう。


「ここ、これはですね!朝来たスラシャさんが置き忘れたもので!」

「え、そうなの?じゃあ連絡して返さないと」

「ああ違います違いました!それはしのにくれたお薬らしいんです!」


 妙な慌て方だな……サバトが持っている薬品は大抵おっかなびっくり
な効果があるものだが、それをしのに渡したって…………


「しの、正直に」

「あぅ……それは惚れ薬らしいのです」

「なるほどな」


 惚れ薬ねぇ…………

 サバトの薬品シリーズの中ではまだマトモな部類の薬だが、しかしそれ
でもサバトが作った折り紙付きの秘薬だろう。

 しのを思って渡したんだろうな。


「おにぃさま……私は」

「というわけで、この薬は燃やします」


 小ビンのコルクを抜き、薬を火にくべた。

 こんなもの、俺たち家族には必要ないのだ。

 ……と。


「……………………」


 また気配だ。

 最近ちょくちょく感じる背後の気配。振り返っても誰もいないのがオチ。


「しの」

「なんですか?」

「俺の後ろ、誰かいるか?」

「…………?いえ、誰も」


 そして気配は、煙のように消える。

 ※   ※

 ……あれ。

 目を開けると、白い天井。遥かに高く、言い表せないほど広い。

 よく見れば、天井ではなく曇り空だった。

 起きる。起きて辺りを見回すと、落下防止の鉄柵があるからどこかの
建物の屋上のようだ。風景は白一色。見下ろすと霧がかかっているよう
で何も見えない。

 屋上にあるのは、さっきまで寝ていた入院患者用ベッドと、俺のみ。


「……………………」


 待て待て、一体なんだよこれは。

 一体全体なんなんだ。どこに拉致られた?俺は。

 そう考えていると、屋上と建物内を隔てている扉が不気味に開き、そこ
から現れたのは…………


「なぁあ!?」


 飛び起きると、自宅。

 隣を見れば、しのが布団で寝ている。

 外は更けた夜の静けさと暗さが支配していた。


「なんだよ……ただの夢か」


 頭をふるふると振り、考える。

 誰なんだ……あの人は。

 俺の名前を知っていた、彼女は。
13/04/03 21:30更新 / 祝詞
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■作者メッセージ
「惚れ薬ってどんな材料で調剤してんだろうな」
「想像つきませんね」
「無くなってもあり続けても、どうでもいいって思う」
「ですね。私たちには不要です♥」
「…………ああ、お前が14歳の時さ――」


 一週間おきの投稿、なかなか難しいです。
 毎日が執筆だ!みたいになってきた……床に紙くずが
転がってるベタな風景は無いけど。

 ご感想、ご指摘いつでも受け付けております。
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追記
ツイッター始めました @norisan42088515

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