連載小説
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しの 12歳の冬
「寒ッ!」

 冬の朝に発する第一声は、決まってこんなものだ。身体を縮め、ぬ
くぬくの布団にくるまる。でなきゃ死んでしまう。いや、死にはしない
がやってられない。

 とりあえずしのを起こす。


「しの起きなさい、朝だぞ」

「ううん…………もうちょっとお願いします」

「気持ちは分かるがな…………」

「そんな事言われても、布団がしのを離してくれないのです…………」

「ありきたりな言い訳しない。早く起きなきゃくすぐっちゃうぞ?」

「起きましゅ…………ふぁあ」


 目を擦りながら起きる。くすぐりはしのの弱点なのだ。俺も布団を
しまい、邪念を取り除いてから朝食をつくる準備をする。

 …………の前に。


「今日こそは勝ちます!」
「勝たせやせぬぞ」


 食材の倉庫は家の外にあり、暑い夏の日や今日みたいな寒い日はど
ちらが食材を取りに行くかをジャンケンで決める。

 ちなみに俺が現在4連勝中。


「ジャン!」

「ケン!」

「「ポン!!」」


 しの→グー
 俺→パー


「あぅぅ…………」

「ジャガイモと魚を頼むね。ほらほら泣かないで、お昼はきつねうどん
にしてあげるから」


 耳が垂れて泣きそうなしのにマフラーを巻いてあげ、そっと行かせる。


「さて…………と?」


 ふと、誰かの気配を感じた。

 後ろを振り向くが誰も居ない。


「ふうん…………」


 気のせいかな。

 と。

 ドンガラガッシャン!!

倉庫から音。


「しの!?」

「おにぃさま〜、助けてください〜」


 乱雑に崩れた木箱の山から手が出ている。

 急いでどかすと、ホコリまみれになった涙目のしのがうずくまってい
た。


「恐かったです〜!」

「よしよし、もう恐くない恐くない」


 しのが抱きつき、泣きじゃくる。俺はしのを優しく包むように抱き、
泣き止むまで頭を撫でた。

 ※   ※

「雪だ…………」


 しんしんと雪が降る。音を立てず、白い雪が静かに世界を白く染めて
いく。

 この山に住んで、もう何度目の冬だろう。


「おにぃさま、雪ですね!」


 そばからしのがひょこっと出てきた。


「雪が嬉しいか?」

「はい♪」


 パタパタと尻尾を振り、目を輝かせながら外を眺めるしの。


「しの、雪遊びしたいか?」

「はい!やりたいです!」

「雪遊び、やりたいかー!」

「おーっ!」


 とりあえず一昨日に降り積もった雪がたっぷり残ってるし、遊ぶには
申し分ないようだ。

 俺が着替えてからしのを着替えさせ(着物には変わりない)、マフラー
耳当てなどの防寒具をきっちり装備し…………


「雪合戦だー!」
「わーい!」


 雪上のスポーツ、雪合戦。


「勝負は3回勝負。2回当てられたら負けだからな?」

「ジャンケンでは負けてばかりですが、この勝負、勝たせてもらいます!」


 それぞれ木の陰に隠れ、お互い様子を見ながら弾を作る。この状況
は早撃ちガンマンと同じ一触即発。

 普通は木の陰に隠れながら相手を狙って戦うものだが、俺は少し違う。

 まずは相手が弾作りに集中しているその隙に上着を残して森に潜み、
少しずつ近づいて敵の不意を突いて討つ!という作戦。上着の一部
をわざと木からはみ出るように置くことで、相手に『そこに居る』と
錯覚させる効果があるわけだ。

 さあ覚悟しろよしの。俺がどれだけ大人げないかを教えてや…………


「おにぃさま、みーっけ♪」


 突撃しようとした俺の目の前に、下駄。

 見上げると、しのが雪玉を持って構えていた。


「ちょ、しの…………タンマ…………」

「待ったなしですっ♪」


 ボスッ

 頭に雪玉を当てられた。

 策に溺れた見事な負けを喫してしまった。


「くそう!なぜばれた!?」

「私は耳がいいので、雪の踏む音とかよく聞こえるんです」


 しまった、そこが抜けていた。

 てなわけで2回戦。先ほど同様、木の陰で雪玉を作る。次の作戦はど
うしようか…………耳と鼻が利くしのに伏兵攻撃は無理だし…………


「てやっ!えいっ!」


 さっきから雪玉が俺の隠れる木の幹にガスガス当たっているし、むや
みに動くのは危険だな。

 じゃあどうするかというと……!


「らあっ!」


 上着を投げる。


「出てきました!」


 その上着を俺だと判断し、しのが雪玉を投げる。俺はそれを待ってた!


「おにぃさまじゃない!?」

「俺はこっちだ!」


 上着を投げたのと逆方向から飛び出し、大きく振りかぶってしのに雪玉
を当てた。


「あう…………つ、次で決着ですっ!」


 今度は作戦もない、乱れ撃ちで勝負。お互いに雪を避けながら、あらん
限りの雪玉を投げまくる。


「わふっ!」
「ぶはっ!」


 俺の雪玉がしのの右足に当たり、同時にクロスカウンター気味にしのの
雪玉が俺の顔面に当たった。

 見事な引き分け。


「次は何がしたい?」

「えっとぉ…………」


 きゅうぅぅう…………


「はうぅ///」

「おなかすいた?」

「はい……///」

「家に戻ってて。美味しいご飯作ってあげるから」

「はい!」

 ※   ※

 毎日夕方頃になると、決まってしのがブラシを持ってきて、


「ブラッシングしてください♪」


 と、おねだりする。
 長毛種獣人用ブラシ(1,870円)。しのが欲しいと言ったアイテムだ。


「おいで」


 膝に座るしの。

 流石は女の子、身だしなみは大事らしい。ちなみになぜ俺がやるのか
というと、尻尾に手が届きにくいのだそうだ。


「じゃ、やるよ」


 金色の尻尾にブラシを入れる。


「くすぐったいですー」

「ちょっと我慢ね、すぐ終わるよ」


 毛の量が多い尻尾なのに、するするとブラシが通る。絡まらないのだ。
毛の質がいいのかもしれない。

 とにかく毛先から丹念にブラッシングをしていく。


「じゃ、次は付け根だよ」

「はい」


 ブラシを通す。


「ひゃあっ♥♥」

「我慢我慢」


 獣人型の魔物は尻尾の根元が性感帯ということが多い。しのはその
タイプなのだ。ブラシを尻尾に通すたびにしのはブルブルと震え、高く
甘い嬌声を上げる。その声は子どものしのとは不釣合いな、艶美な喘ぎ
声だ。


「〜〜〜!♥♥きゃうん…………!♥」

「くっ…………」

「はぅ♥んんっ…………♥♥んあああっ!」

「ぐうう…………!」


 俺が我慢しろ!しのに変な気を起こすな、しのはまだ子どもなんだ!
そう自分に言い聞かせつつ理性を保ちながら、必死にブラッシングをし
ていく。

「終わ……った」

「はーっ……♥はーっ……♥」


 息を荒げ、ビクビクと身体が震えているしの。


「ありがとうございまひゅ……おにぃひゃま」

「お疲れ様。夕飯の支度をするから、食材を倉庫から持っておいで」

「はい」


 しのが外へ出る。


「あー……乗り切った」


 ふんぞり返ってうなだれる。毎回これでは理性が持たないぞ……しか
もどんどん声が艶かしくなってきているというか……

 これも成長の証なのだろうか。

 魔物らしくなっていく成長の、証。

 複雑な気持ちだな、なんか。


「おにぃさま、持ってきました」

「ありがとう。風呂がそろそろ沸くから、入ってていいよ」

「はーい♪」


 さて、作りますかね。

 しのが持ってきた野菜はジャガイモとニンジン、しいたけとゴボウか。
肉は鶏肉だから……煮物系だな。

 しのは自分が食べたい料理を食材で伝えてくる。いわばクイズ形式
なのだ。なんだかツンデレの一筋縄じゃいかない愛情表現みたいだ。


「とはいえ、煮物だけじゃちょっと寂しいのでどうするかというと……」

「たーいーしょ、いるよね大将?」


 外から女の子の声。

 近くの川に住んでる河童の瀬璃だな。あの子はいじると楽しい。


「聞こえない」

「いや聞こえてるでしょ」

「聞こえてる聞こえてる。なんか用か?」

「おいしい取れたての魚持ってきたんだよ」


 扉を開けると、そこには冬とは不釣合いすぎるスク水姿の瀬璃が魚を
抱きかかえるように持っていた。


「どうも。なんて魚?」

「鮭だよ。大将喜ぶだろうなーと思って、グリズリーと戦ってきた」

「それはそれは、ありがとな瀬璃」

「大将に褒められるなんて嬉しいよ〜」


 こいつと出会ったのは先月のことで、相撲勝負を挑まれて返り討ちに
したら懐かれたのだ。尊敬しているようで、俺のことを『大将』と呼ん
でいる。

 早速包丁を入れ、さばいていく。

 ※   ※

「おにぃさま、この山の下には何があるのですか?」

「うん?ああ、街があるよ。都会に比べたら小さいけどね」

「街……ですか?」

「そう、街」


 焼鮭の身を口に含み、言う。


「人や魔物がいっぱいいて、店や建物がわんさかと」

「楽しそうなところですね、おにぃさま」

「まあ……ね」


 俺は昔その街に住んでいたんだよな……確かにしのの予想通り楽しい
ところなんだが、当然住人の魔物たちのなかには未婚の魔物がいるわけ
で、未婚であり独身である俺は迫られたりストーキングされたりと、な
かなか苦い経験をしてきたんだ。

 その結果がこの山暮らし。


「おにぃさまはモテモテなのですね」

「飢えきった魔物には、ね」

「おにぃさまはどうなんですか?」


 俺の肩に密着し、訊く。


「ど、どうって?」

「その魔物の皆さんとしの、どっちが好きですか?どっちが良いですか?」

「し、しの…………」


 しのに迫られてる……?まるでさっきまでとは別人だ。しのの中にある
魔物としての何かが顔を出しているような…………


「!」


 そこでふと、窓の外を見る。

 ……満月だ。

 満月。ただそれだけに充分過ぎるほどの意味を持つ。魔物は満月の日
になると本能的になるのだ。

 つまり、しのは軽く本能的になっている。


「おにぃさま?」

「そ、そうだな……」


 言葉を間違えたら俺のリスクは一気に重くなる。

 どう切り抜けるか…………


「俺はしのの方が好きだ。だけど、俺は好きか嫌いかで女性を判断しない」

「おにぃさま……」

「行儀が悪いぞ。ちゃんと座って」

「はい」


 ……ふう、なんとか回避した。


「しの」

「はい?」

「いつか街、行こうな」

「はい♪」


 今日も明るく、一日が終わる。
13/03/23 20:01更新 / 祝詞
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■作者メッセージ
「あのときはごめんなさい」
「いいよ過ぎたことだ。そういえば昨日お前に迫られたな、無視したけど」
「夫婦ですもの♥」
「だな。そうだ、お前が13の頃さ……」


 だんだんと大人になっていくしのちゃん。ロリィなしのちゃんを終わらせなきゃいけないのは辛いです。そんな辛いとき自分にこう言い聞かせます。「時は止まらないんだ!(泣)」

 バフォ様ならきっとこんな悩み、「ちょちょいのちょいなのじゃ♪」で解決するんだろうな(笑)


 総合判断:ロリコンはナマカだ

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