しの 17歳の冬
奇稲田稲荷神社。
1500年と余りの歴史を持つ、九尾を祀る神社としては最も大きな社。
小さい頃に行ったことがあるが、威厳溢れる神聖なその佇まいは変わっていない。
ちなみに稲荷神社は祀っている稲荷(例外として妖狐)の尾の本数によって格が決まり、最高の9本から最低が0となっている(0の神社は数少なく、稲荷の代わりに御神体を飾るだけの形式のみの神社)。
そんな奇稲田稲荷神社の鳥居の前で、俺としのは2人並んで立っていた。
「お前の……お母さんに会えるんだよな?」
「はい」
「緊張するか?」
「はい」
鳥居をくぐると、ふよふよと大量の狐火が寄ってくる。やがてそれらは合体し――
「遠路はるばる、ご苦労様です。奇稲田しの様、近衛芳樹様」
魔物の狐火になった。格式高い神社は巫女が狐火、もしくは狐憑きの場合が多い。
「私はここの巫女の宝火。お話は聞いております……お2人を奇稲田異波様のもとにご案内いたします」
そう言って、ふよふよと境内の奥へ。俺としのも宝火の後に付いていく。
本堂の裏は大名屋敷のようになっていて、白砂が整った美しい景観が広がる中庭があった。その廊下のどこかから何やら声が聞こえる。
「あぁん♥もっとぉ♥もっとするのぉ♥♥」
甘い喘ぎ声が聞こえてくる。それをしのも聞いたのだろう、顔を紅潮させて俯く。
「あまりお気になさらず」
「え?あ、いや……」
「日常茶飯事といいますか、科芽様は稲荷より非常に妖狐に性質が傾いており……」
「科芽様?」
「私の叔母様です。私の母である奇稲田異波は三姉妹の長女で、次女の香藍叔母様、そして三女の科芽叔母様となっています」
「なるほど。それで、妖狐と稲荷は亜種なわけだけど、性質って似てくるのか?」
「稀ですがありますよ。基本的な性質は完全な稲荷なんですが、非常に男好きで稲荷がやらないような……その……強姦をするんです」
ということは、今科芽さんの相手はヒィヒィ言わされているということか。
ご愁傷様だった。
「こちらです」
大きな客間に案内され、俺たち2人を残して障子を閉める宝火。
それと同時に、凜とした雰囲気を漂わせた美しい女性が襖を開けて入ってきた。
「どうぞお座りください」
言われるまま座る。
「久しぶりです、しの。もう10年以上ですか、大きくなりましたね」
「お久しぶりです、香藍叔母様。お変わりないようで」
「しっかり嫁いだようで、叔母の立場であるわたくしも嬉しい限りですわ」
くすくすと笑う香藍さん。
「それで、近衛芳樹……でしたね?」
「はじめまして、しのの夫の近衛です」
「ふふふ、そんなに固くならなくて結構ですわ。硬くするのは腰のモノだけで♪」
逆セクハラに指定されかねない、とんでもないことをにこやかに言われた。
魔物ジョーク?
「ともあれ」
忍者を呼ぶ大名のように頭上でパンパンと手を叩く。
すると2匹の狐火が湯飲みと茶菓子を持ってきて、丁寧な動作でそれぞれの前に置いた。
「姉様は今『百年狐参り』に出ておりますので、それまで私が代理で話しますわ」
少し説明すると、『百年狐参り』というのは奇稲田稲荷神社の神事の一つで、祀られている稲荷が百年に一度花魁の姿で分社のある街を練り歩き、無病息災や長寿を祈願するのだ。
湯飲みの茶をすすり、ほっと一息。
「単刀直入に申しますと、あなたたち2人を呼び出したのは、しのに社の祭神になってもらうためです」
「え……!?」
「『しのはまだ早いのでは?』……ですか?」
横目でしのを見る。しのは悩ましげな表情で湯飲みを見ていた。
まだしのは子供だぞ……それなのにいきなり祭神なんて……
「しのがなぜあなたのもとに送られたかは、もう聞きましたね?あの件は例外であり、必要な旦那様を欠かした姉様が私たちに譲らず祭神を勤めることも例外であり、そして――」
バンと扇子を広げる香藍さん。
「住まれていた経歴があるとはいえ、分社の無い地域に住まう方が婿として迎えられる――これもまた、例外中の例外なんです」
「香藍さん……」
「お母様も焦りを見せていらっしゃいます。今決めなければ、奇稲田稲荷神社はここで途絶えてしまうと……」
「はぁ疲れた。花魁の下駄って痛むのよ〜」
緊張感が高まってきたところで、一人の稲荷がくだけた花魁姿で入ってきた。
着物がはだけ、胸元がめちゃくちゃに露出してしまっている。
「あっ」
その稲荷が俺たちに気付き、着物を急いで着直す。
「すみません、お見苦しいところを……はじめまして近衛さん、私がしのの母、奇稲田異波でございます」
「お母様!」
しのはすっくと立ち上がり、異波さんに抱きつく。異波さんはそんなしのの頭を撫で、包むように抱き締める。
「大きくなりましたね。立派で綺麗な稲荷になったわ」
「では、わたくしはこれにて」
香藍さんは出て行った。
水入らずで、ということだろう。
「ああそうだ。香藍、科芽をまたキツく叱ってくださいな。あの子、また祈祷をサボって旦那さんとイチャついてるようだから」
「はい」
スタスタと足音。
「さて、どれくらい睦み合ったのかしら?」
「「ぶっ!!」」
「噴き出すような質問じゃないでしょうに……。魔力の感じで分かるわ。何回も身体を重ねて、深く熱い愛を育ててきたのでしょう?」
「……ええ」
「本当は謝りたいくらいでした。なぜなら私たち夫婦の一存であなたにしのを送ったのです。困惑もしたでしょう。しかし、謝る必要はないようです。しのも近衛さんも、これ以上になく幸せそうなんですから。こんなことを言える立場では無いのですが――」
「しのを愛してくれて、本当にありがとうございます」
異波さんは深々と頭を下げた。
……――本当に。
異波さんは、しのを愛しているんだなと、痛感した。
「頭を上げてください。こちらが感謝したいくらいです。自分にしのを預けてくださって、ありがとうございます」
「そう言ってくれると、ありがたいわ。……そうだしの、お婆様に会いに行きましょうか」
案内されたのは本堂の奥。重々しい雰囲気が漂い、身体が自然と固まってしまう。
「母様。しのが参りましたよ」
異波さんがそう言うと、扉の方から
「ふむ。今行く」
と、若々しい声。魔物は外見が年老わないから、声も変わらないのだろう。
そう思っていると、扉が開き出てきたのは――
「久しいのう、しの!元気にしてたか!?」
若々しいどころか元気いっぱいの幼女九尾が現れた!
しかも全裸って!
しのに事情を聞こうとしたのだが、しのも完全に固まっていて、開いた口が塞がっていない。
「ほっほっほ!いやはや、やはりワシの孫じゃなぁ。10年だけで見違えるようじゃ」
「あ……あの、若藻お婆様。なぜそのようなお姿に……?」
「ああこれかの?ワシの旦那が最近こんな趣味に目覚めおって、めちゃくちゃ頼んできたから魔女に相談して子供にしてもらったわけじゃ」
看過するどころか受け入れたらしい。
到底真似できそうにない器の大きな人だ……
「母様、服を着てくださいな。男性のお客様がお見えなんですよ?」
「男!?」
ドタドタと音を立て、猛ダッシュで頭に灸を据えられた稲荷が一人。
「あら科芽」
「男はどこ!?」
「がっつき過ぎですよ科芽。ちなみに男と言っても、しのの旦那さんです」
「なぁんだ既婚かぁ」
なぜだろう、少しイラっとした。
「ってなに?しの帰ってきてるの?」
「さっきからその話をしてたんですよ」
このあと科芽さんは香藍さんに引きずられてどこかに連行された。
「お主、名前は?」
「近衛……芳樹です」
「芳樹、ついて参れ」
いつの間にか着替えていた(フリルが施された着物だ。どこまでロリをやる気だ)若藻さんに付いていくと、離れに案内された。
「夢平が世話になったの」
「いえ、そんなことは……」
「お主に訊きたいことがある」
若藻さんは俺を睨む。
鋭い目線が突き刺さるようだ。
「お主はしのが好きか?」
「好きに、決まっているでしょう」
「実を言うとの、ワシはお主がしののことを本当に好いているのかがいささか懐疑的じゃ」
「え?」
「お主のその『しのを愛する気持ち』がただの保護欲の延長なのではないのか、ということじゃよ。その青臭い頭で考えてみい、いきなり子供と暮らすようになったら『その子を好きになろう』から始まるのではなく『その子の親になろう』から始まるじゃろう?」
「それは、そうですが――」
「それじゃよ。普通だったら後者の心理から始まる。お主の感情は『恋愛』ではなく、ただの『家族愛』じゃ」
若藻さんの言葉は、恐ろしいまでに正論だった。
「いくら何でも身勝手でしょう。俺のところに送っておいて、祭神にすると言ったりいちゃもん付けたり……」
「ほざけ!」
ビリビリと空気が震えるほどのその威圧感に、圧倒されてしまいそうになる。
「立場をわきまえて物を言えよ人間。ワシの一存でお主らの縁を切ることも出来るし、しのの代わりなら香藍の娘である愛桜がおる。お主かしのを殺せばそれで終わる」
負けたら――終わりだ。
屈するな。
「どうぞやってください。俺としのの縁は、若藻さんでは切れませんよ」
「言ってくれるのう、若僧が」
尻尾同士がしきりにぶつかり合い、揺らめく炎の玉が生まれる。
その数は、50は軽く超えるだろう。
「この齢千年の狐を前に楯突けるその度胸は見事。じゃが、ワシの力にお主が勝てるとでも?」
「勝てませんよ。この度胸は、しのの為ですから」
「お主は何だ?答えてみよ」
「しのの……旦那です」
「聞こえんな。お主は何者だ!」
「しのを一生を掛けて愛し、永遠に愛し続けることを誓った旦那――姓は近衛!名は芳樹!!」
「…………。――合格じゃ」
火の玉が次々と消えていく。
やがて明るかった離れは、再び視界不良の暗さに包まれた。
「合格じゃ。良き言葉を聞かせてもらったぞ、芳樹。さすがは夢平が認めた男」
「恐縮です」
「さて――」
若藻さんはいきなり着物の帯を外し、再び全裸になった。
「ワシの身体に興味はないかの?♥」
「な、なんななな!?」
反射的に後ろを向く。しかし若藻さんは全裸のまま腕にくっついてくる。
幼い身体を擦り付けながら。
「しのに独り占めさせるには……♥勿体ないくらいのいい男じゃ♥♥」
「あの若藻さん!?若藻さんには大事な大事な旦那さんがいるのでは!?」
「なあに心配あるまい!ちょっと味見という名目ならあやつも許すじゃろ!」
「ちょ――――!!」
発情した妖狐ならぬ幼狐にあっけなく押し倒され、尻尾でがっちりホールドされ半ば強引に服を脱がされる。
「やっぱりいい男の身体じゃなぁ♥適度な肉感がまたうまそうじゃ♥」
「ぎゃーっ!ぎゃーっ!」
「ほれほれもう下半身だけじゃぞ♥大人しくせ――」
障子が開く。
「あなたー?若藻お婆様ー?」
「「あ……………………」」
しのに見られた!!
「わ、わわ若藻お婆様!!?」
トマトのように赤くなるしの。
絶賛完熟中の赤具合だった。
「離れてください若藻お婆様!」
「やだやだー!諦めたくないー!」
精神面も立派なロリになっていた。
何を目指してるんだ、若藻さん。
「ま、まぁ……」
涙目で服を着る若藻さん。
「お主らの心、しかと聞いた。それでなんじゃがの」
「はい?」
「社の祭神の話なんじゃが、どうするかの?」
「お断りしておきます」
しのを見て、再び若藻さんを見る。
「俺は、しのを神様だなんだで、縛りたくなんかありませんから」
「…………そうか」
若藻さんはしのに近寄り、背伸びして頭を撫でる。
「幸せになるんじゃぞ?しの」
「はい!」
※ ※
その後。
俺としのは若藻さんの旦那さんに車で送ってもらった。
どうやら若藻さんが俺に手を出しかけたのを知ったようで、バックミラー越しに見える旦那さんの顔は曇っていた。
「お帰りなさい」
留守の間は家はリノに任せていた。
「お話はどうなったんです?しのさん」
「祭神にはならず、ここに残ることにしました」
「良かったぁ。神社に行ったら芳樹さんに会えませんもの」
しのがリノを睨む。リノは俯いて
「ごめんなさい」
と震え声で言った。
「しの」
「はい?」
「2人で、もっと幸せになろうな」
「……はい///」
1500年と余りの歴史を持つ、九尾を祀る神社としては最も大きな社。
小さい頃に行ったことがあるが、威厳溢れる神聖なその佇まいは変わっていない。
ちなみに稲荷神社は祀っている稲荷(例外として妖狐)の尾の本数によって格が決まり、最高の9本から最低が0となっている(0の神社は数少なく、稲荷の代わりに御神体を飾るだけの形式のみの神社)。
そんな奇稲田稲荷神社の鳥居の前で、俺としのは2人並んで立っていた。
「お前の……お母さんに会えるんだよな?」
「はい」
「緊張するか?」
「はい」
鳥居をくぐると、ふよふよと大量の狐火が寄ってくる。やがてそれらは合体し――
「遠路はるばる、ご苦労様です。奇稲田しの様、近衛芳樹様」
魔物の狐火になった。格式高い神社は巫女が狐火、もしくは狐憑きの場合が多い。
「私はここの巫女の宝火。お話は聞いております……お2人を奇稲田異波様のもとにご案内いたします」
そう言って、ふよふよと境内の奥へ。俺としのも宝火の後に付いていく。
本堂の裏は大名屋敷のようになっていて、白砂が整った美しい景観が広がる中庭があった。その廊下のどこかから何やら声が聞こえる。
「あぁん♥もっとぉ♥もっとするのぉ♥♥」
甘い喘ぎ声が聞こえてくる。それをしのも聞いたのだろう、顔を紅潮させて俯く。
「あまりお気になさらず」
「え?あ、いや……」
「日常茶飯事といいますか、科芽様は稲荷より非常に妖狐に性質が傾いており……」
「科芽様?」
「私の叔母様です。私の母である奇稲田異波は三姉妹の長女で、次女の香藍叔母様、そして三女の科芽叔母様となっています」
「なるほど。それで、妖狐と稲荷は亜種なわけだけど、性質って似てくるのか?」
「稀ですがありますよ。基本的な性質は完全な稲荷なんですが、非常に男好きで稲荷がやらないような……その……強姦をするんです」
ということは、今科芽さんの相手はヒィヒィ言わされているということか。
ご愁傷様だった。
「こちらです」
大きな客間に案内され、俺たち2人を残して障子を閉める宝火。
それと同時に、凜とした雰囲気を漂わせた美しい女性が襖を開けて入ってきた。
「どうぞお座りください」
言われるまま座る。
「久しぶりです、しの。もう10年以上ですか、大きくなりましたね」
「お久しぶりです、香藍叔母様。お変わりないようで」
「しっかり嫁いだようで、叔母の立場であるわたくしも嬉しい限りですわ」
くすくすと笑う香藍さん。
「それで、近衛芳樹……でしたね?」
「はじめまして、しのの夫の近衛です」
「ふふふ、そんなに固くならなくて結構ですわ。硬くするのは腰のモノだけで♪」
逆セクハラに指定されかねない、とんでもないことをにこやかに言われた。
魔物ジョーク?
「ともあれ」
忍者を呼ぶ大名のように頭上でパンパンと手を叩く。
すると2匹の狐火が湯飲みと茶菓子を持ってきて、丁寧な動作でそれぞれの前に置いた。
「姉様は今『百年狐参り』に出ておりますので、それまで私が代理で話しますわ」
少し説明すると、『百年狐参り』というのは奇稲田稲荷神社の神事の一つで、祀られている稲荷が百年に一度花魁の姿で分社のある街を練り歩き、無病息災や長寿を祈願するのだ。
湯飲みの茶をすすり、ほっと一息。
「単刀直入に申しますと、あなたたち2人を呼び出したのは、しのに社の祭神になってもらうためです」
「え……!?」
「『しのはまだ早いのでは?』……ですか?」
横目でしのを見る。しのは悩ましげな表情で湯飲みを見ていた。
まだしのは子供だぞ……それなのにいきなり祭神なんて……
「しのがなぜあなたのもとに送られたかは、もう聞きましたね?あの件は例外であり、必要な旦那様を欠かした姉様が私たちに譲らず祭神を勤めることも例外であり、そして――」
バンと扇子を広げる香藍さん。
「住まれていた経歴があるとはいえ、分社の無い地域に住まう方が婿として迎えられる――これもまた、例外中の例外なんです」
「香藍さん……」
「お母様も焦りを見せていらっしゃいます。今決めなければ、奇稲田稲荷神社はここで途絶えてしまうと……」
「はぁ疲れた。花魁の下駄って痛むのよ〜」
緊張感が高まってきたところで、一人の稲荷がくだけた花魁姿で入ってきた。
着物がはだけ、胸元がめちゃくちゃに露出してしまっている。
「あっ」
その稲荷が俺たちに気付き、着物を急いで着直す。
「すみません、お見苦しいところを……はじめまして近衛さん、私がしのの母、奇稲田異波でございます」
「お母様!」
しのはすっくと立ち上がり、異波さんに抱きつく。異波さんはそんなしのの頭を撫で、包むように抱き締める。
「大きくなりましたね。立派で綺麗な稲荷になったわ」
「では、わたくしはこれにて」
香藍さんは出て行った。
水入らずで、ということだろう。
「ああそうだ。香藍、科芽をまたキツく叱ってくださいな。あの子、また祈祷をサボって旦那さんとイチャついてるようだから」
「はい」
スタスタと足音。
「さて、どれくらい睦み合ったのかしら?」
「「ぶっ!!」」
「噴き出すような質問じゃないでしょうに……。魔力の感じで分かるわ。何回も身体を重ねて、深く熱い愛を育ててきたのでしょう?」
「……ええ」
「本当は謝りたいくらいでした。なぜなら私たち夫婦の一存であなたにしのを送ったのです。困惑もしたでしょう。しかし、謝る必要はないようです。しのも近衛さんも、これ以上になく幸せそうなんですから。こんなことを言える立場では無いのですが――」
「しのを愛してくれて、本当にありがとうございます」
異波さんは深々と頭を下げた。
……――本当に。
異波さんは、しのを愛しているんだなと、痛感した。
「頭を上げてください。こちらが感謝したいくらいです。自分にしのを預けてくださって、ありがとうございます」
「そう言ってくれると、ありがたいわ。……そうだしの、お婆様に会いに行きましょうか」
案内されたのは本堂の奥。重々しい雰囲気が漂い、身体が自然と固まってしまう。
「母様。しのが参りましたよ」
異波さんがそう言うと、扉の方から
「ふむ。今行く」
と、若々しい声。魔物は外見が年老わないから、声も変わらないのだろう。
そう思っていると、扉が開き出てきたのは――
「久しいのう、しの!元気にしてたか!?」
若々しいどころか元気いっぱいの幼女九尾が現れた!
しかも全裸って!
しのに事情を聞こうとしたのだが、しのも完全に固まっていて、開いた口が塞がっていない。
「ほっほっほ!いやはや、やはりワシの孫じゃなぁ。10年だけで見違えるようじゃ」
「あ……あの、若藻お婆様。なぜそのようなお姿に……?」
「ああこれかの?ワシの旦那が最近こんな趣味に目覚めおって、めちゃくちゃ頼んできたから魔女に相談して子供にしてもらったわけじゃ」
看過するどころか受け入れたらしい。
到底真似できそうにない器の大きな人だ……
「母様、服を着てくださいな。男性のお客様がお見えなんですよ?」
「男!?」
ドタドタと音を立て、猛ダッシュで頭に灸を据えられた稲荷が一人。
「あら科芽」
「男はどこ!?」
「がっつき過ぎですよ科芽。ちなみに男と言っても、しのの旦那さんです」
「なぁんだ既婚かぁ」
なぜだろう、少しイラっとした。
「ってなに?しの帰ってきてるの?」
「さっきからその話をしてたんですよ」
このあと科芽さんは香藍さんに引きずられてどこかに連行された。
「お主、名前は?」
「近衛……芳樹です」
「芳樹、ついて参れ」
いつの間にか着替えていた(フリルが施された着物だ。どこまでロリをやる気だ)若藻さんに付いていくと、離れに案内された。
「夢平が世話になったの」
「いえ、そんなことは……」
「お主に訊きたいことがある」
若藻さんは俺を睨む。
鋭い目線が突き刺さるようだ。
「お主はしのが好きか?」
「好きに、決まっているでしょう」
「実を言うとの、ワシはお主がしののことを本当に好いているのかがいささか懐疑的じゃ」
「え?」
「お主のその『しのを愛する気持ち』がただの保護欲の延長なのではないのか、ということじゃよ。その青臭い頭で考えてみい、いきなり子供と暮らすようになったら『その子を好きになろう』から始まるのではなく『その子の親になろう』から始まるじゃろう?」
「それは、そうですが――」
「それじゃよ。普通だったら後者の心理から始まる。お主の感情は『恋愛』ではなく、ただの『家族愛』じゃ」
若藻さんの言葉は、恐ろしいまでに正論だった。
「いくら何でも身勝手でしょう。俺のところに送っておいて、祭神にすると言ったりいちゃもん付けたり……」
「ほざけ!」
ビリビリと空気が震えるほどのその威圧感に、圧倒されてしまいそうになる。
「立場をわきまえて物を言えよ人間。ワシの一存でお主らの縁を切ることも出来るし、しのの代わりなら香藍の娘である愛桜がおる。お主かしのを殺せばそれで終わる」
負けたら――終わりだ。
屈するな。
「どうぞやってください。俺としのの縁は、若藻さんでは切れませんよ」
「言ってくれるのう、若僧が」
尻尾同士がしきりにぶつかり合い、揺らめく炎の玉が生まれる。
その数は、50は軽く超えるだろう。
「この齢千年の狐を前に楯突けるその度胸は見事。じゃが、ワシの力にお主が勝てるとでも?」
「勝てませんよ。この度胸は、しのの為ですから」
「お主は何だ?答えてみよ」
「しのの……旦那です」
「聞こえんな。お主は何者だ!」
「しのを一生を掛けて愛し、永遠に愛し続けることを誓った旦那――姓は近衛!名は芳樹!!」
「…………。――合格じゃ」
火の玉が次々と消えていく。
やがて明るかった離れは、再び視界不良の暗さに包まれた。
「合格じゃ。良き言葉を聞かせてもらったぞ、芳樹。さすがは夢平が認めた男」
「恐縮です」
「さて――」
若藻さんはいきなり着物の帯を外し、再び全裸になった。
「ワシの身体に興味はないかの?♥」
「な、なんななな!?」
反射的に後ろを向く。しかし若藻さんは全裸のまま腕にくっついてくる。
幼い身体を擦り付けながら。
「しのに独り占めさせるには……♥勿体ないくらいのいい男じゃ♥♥」
「あの若藻さん!?若藻さんには大事な大事な旦那さんがいるのでは!?」
「なあに心配あるまい!ちょっと味見という名目ならあやつも許すじゃろ!」
「ちょ――――!!」
発情した妖狐ならぬ幼狐にあっけなく押し倒され、尻尾でがっちりホールドされ半ば強引に服を脱がされる。
「やっぱりいい男の身体じゃなぁ♥適度な肉感がまたうまそうじゃ♥」
「ぎゃーっ!ぎゃーっ!」
「ほれほれもう下半身だけじゃぞ♥大人しくせ――」
障子が開く。
「あなたー?若藻お婆様ー?」
「「あ……………………」」
しのに見られた!!
「わ、わわ若藻お婆様!!?」
トマトのように赤くなるしの。
絶賛完熟中の赤具合だった。
「離れてください若藻お婆様!」
「やだやだー!諦めたくないー!」
精神面も立派なロリになっていた。
何を目指してるんだ、若藻さん。
「ま、まぁ……」
涙目で服を着る若藻さん。
「お主らの心、しかと聞いた。それでなんじゃがの」
「はい?」
「社の祭神の話なんじゃが、どうするかの?」
「お断りしておきます」
しのを見て、再び若藻さんを見る。
「俺は、しのを神様だなんだで、縛りたくなんかありませんから」
「…………そうか」
若藻さんはしのに近寄り、背伸びして頭を撫でる。
「幸せになるんじゃぞ?しの」
「はい!」
※ ※
その後。
俺としのは若藻さんの旦那さんに車で送ってもらった。
どうやら若藻さんが俺に手を出しかけたのを知ったようで、バックミラー越しに見える旦那さんの顔は曇っていた。
「お帰りなさい」
留守の間は家はリノに任せていた。
「お話はどうなったんです?しのさん」
「祭神にはならず、ここに残ることにしました」
「良かったぁ。神社に行ったら芳樹さんに会えませんもの」
しのがリノを睨む。リノは俯いて
「ごめんなさい」
と震え声で言った。
「しの」
「はい?」
「2人で、もっと幸せになろうな」
「……はい///」
13/09/11 21:39更新 / 祝詞
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