連載小説
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しの 16歳の春
いまさらなことを言うが、俺は3年前から『とある夢』を見ている。

真っ白な夢だ。

景色も、調度も、あるものは全て白で統一された、シンプルで殺風景
で味気ない夢。聞いた話では夢は深層心理という意識できない無意識下
での領域の風景が現れるそうだ。

つまり俺の深層心理はここまで味気ないということなのだろうか。
本音を言うとかなり嫌だ。もう少し何かあってもいいだろう。

ただ、そんな極まった無味無臭空間にも、一輪の花はあった。


「おはよう、芳樹」


夢の中でふさわしくないセリフを言って、いつも通りの感じで彼女は
現れる。

彼女の登場はいつも唐突だ。

 とは言っても結局は夢の中なのだから、理屈とか理由とかを考えても
しょうがない。


「また来ちゃった」

「恋人かよ」

「何度も身体を重ねたのだから、十分恋人のような関係でしょ?」

「バカ言うな。俺にはしのがいるから、お前との関係はセックスフレンド
止まりだよ」


ベッドに上がり、誘うような目線で、俺を見る。


「……ったく、お前とヤっても夢精しないのが不思議だよ」

「もっと刺激が欲しいの?」

「いや十分だ」


彼女とは半年前から関係を持った。誘惑に耐えかねて、だ。しのと
交わったあの日から、彼女はより顕著に俺を誘うようになった。俺の中の
羞恥心や性に関する抵抗感が薄れてきているのが夢に現れているのかも
しれない。

彼女のモデルがいるのなら、淫らにしてしまったことを謝りたくなる。

さっきから『彼女』『彼女』と言っているが、彼女は一向に名前を教えて
くれない。そして今日も俺は彼女に、まるでプログラムのように訊くのだ。


「なあ、お前の名前って……」


そこで決まって、彼女は唇を重ねてはぐらかす。

たっぷりと唾液をしたためた舌を俺の口内にねじ込み、触手のように
柔軟に動いて絡み付く。


「ぷはっ……うふふ♥」


お互いに服を脱ぐ。彼女の裸体は女性らしい健康的な丸みのある、
十二分に魅力的な身体だ。淫魔に勝るとも劣らない。


「じゃあ、始めましょう♥」

 ※   ※

諸行無常という言葉がある。形あるものは常にその状態のままでいられ
ないという教えだ。

しかしそれは形無いものにも通じるのだと、俺は考える。

 例えるなら信仰。田舎にはその地域に伝わる、人間にとって益をもたら
す妖怪や神様がいるものだ。しかし、それが後世まで伝わり継承される
ことはあまりに無い。ある時は風化し、ある時は居場所を失う。形という
基盤の上で成り立っている物は、形が崩れれば終わってしまう。

土地開発が進めば田畑の神様が居場所を失い、科学が発達すれば水の
神様は信仰を失う。

つまり何が言いたいかと言われれば…………


「おはようございます、あなた♪」

「うん、おはよ」


夢は必ず覚める。

しのは珍しく早起きして料理をしていた。大人になったなと、素直に
思う。

相変わらず油揚げはてんこ盛りだが…………


「あのなぁしの、麩とか買ったんだから使ってくれよ……味噌汁がお揚げ
で飽和状態じゃないか」

「はい……」

「その他は合格だけど」


するすると汁を吸う。うん、味噌の加減が最高。

しのの尻尾は2ヶ月前に3本に増え、ふさふさと小さく揺れている。

 その金色の尻尾を見て、ある欲求がピークに達した。


「しの」

「はい?」

「もふもふ、させてくれ」


もふもふ。この世に存在する数多の獣人の中で、特に妖狐や稲荷に
許された最強の魅力。全キツネスキーたちの憧れである。


「私の尻尾でよろしければ、どうぞ♪」

「じゃ、遠慮なく」


顔を尻尾に埋めてみる。

すげぇ……ふわふわだ。羽毛布団に劣らないこの温かさと心地よさ、
毛だらけになることに対して目を瞑っても十分過ぎる。


「くすぐったいですよ〜」

「もうちょっと」


尻尾の根元まで身体を埋めると、なぜだかしのに異変が起きた。


「あ……はぅ……♥」


喘ぎ出した……?

試しに付け根を触ってみる。


「ひぁん♥」

「す、すまん!」


しのの身体がブルブルと震える。しばらく忘れてた……しのは根元が
弱点だったっけか。


「もう……お盛んなんですから♥」

「は……?何を言ってるんだ?」

「そんなに誘われたら仕方ないですね♥」


おもむろに服を脱ぎだすしの。反射的に俺は後ろを向く。

ここで意識を紛らわすために説明を入れよう。多分気付いているだろう
が、俺に対するしのの呼び方が『おにぃさま』から『あなた』に変わっ
ている。変わったのは半年前で、「こんなに交わってるのですから夫婦に
なりませんか?」としのが切り出したのが始まり。

つまり俺、結婚しました。

 報告が遅れて大変申し訳ないところなんだが、まあ色々な事情でこんな
日になったわけで。


「もう、毎週睦み合っているのに中身はまだウブなんですね♥可愛い♥」


むぎゅう、と後ろから抱きつくしの。成長した2つのクッションが
まんべんなく背中に押し付けられる。

 もうダメかと思ったところで、外から声。


「大将ー!たーいーしょー!」

「瀬璃!瀬璃か!」


 河童の瀬璃がいいタイミングで来てくれた。

少し不満そうな表情でしのはすぐに服を着て、出迎える。


「あら瀬璃ちゃん」

「これから花見に行こうと富樫の旦那が言ったんで、誘いに来たんです」

「あなた、どうされます?」

「んじゃ、ちょっくら行こうかね」

 ※   ※

「やっと来たか、新婚夫婦」


富樫は待ちくたびれたという表情で待っていた。


「どうも〜」


子供を抱っこして待っていたアーリエさん。ちなみに子供は1歳9
ヶ月で名前はシルシア。名付け親は富樫だそうだ。


「可愛いお子さんですね、羨ましいなぁ」

「しのちゃんも頑張れば出来ますよ〜」


 きゃっきゃっと奥さん同士が喋っている。

子供ねぇ…………

魔物との間に子供は出来にくいという。作るなら相当の覚悟が必要
らしい…………


「大将、お酒持ってきた!」


ドスンと置かれたのは、純米大吟醸の樽酒。銘柄は超有名なブランド
酒『鬼嫁ころし』。


「すげぇ……瀬璃、こんな高級酒どこから持ってきたんだ?」

「バイト先」


瀬璃は数年前から山の下にある『鬼梅酒造』という酒造店でバイトをし
ている。あそこの主人(アオオニ)がくれたのだろう。彼女はかなり人が
良いからな。


「「「カンパーイ!!!」」」


全員コップを突き出し、挨拶をした後グビグビと飲んでいく。

もちろん、しのとアーリエさんは麦茶で(気分だけでもと思い泡立てた)。


「流石は鬼梅酒造の酒だなぁ」

「大将も飲んで飲んで!」

「ありがとう瀬璃」


料理を少しずつつまみながら、酒を次々飲んでいく。


「あ……俺もう無理だわ」


開始15分で富樫がぶっ倒れた。

酒弱いんだよな、コイツ。


「も〜、しょうがないわねぇ」


アーリエさんは富樫の頭を膝に乗せ、団扇をパタパタと扇ぐ。


「たいしょ〜」

「何だ?瀬璃」


 虚ろな目をした瀬璃。


「あたしと〜すもうとりましょうやぁ」


瀬璃って絡み酒だったのかよ。


「やめろ瀬璃、酔っ払い同士が相撲やってもつまらんぞ」

「かったいれすねぇ〜たいしょ〜は〜」

「固くないだろ」


絡んでくる瀬璃を回避しながら、俺はしのを見る。しのは頭上に広がる
満開の桜を、月と共に静かに眺めていた。


「しの」


身体を密着させてくる瀬璃を半ば強引に引き剥がし、しのの横に座る。


「楽しいですか?あなた」

「そこはかとなく、な」

「うふふ♪」

「何だよ気持ち悪い」

「私は楽しい以上に幸せですよ?あなたとこうして綺麗な月や桜を見な
がら寄り添えるんですから」


そっと身体を委ねてくるしの。それを受け入れるように、抱き寄せる。


「……いるのでしょう?」


しのは唸るように言う。


「しの……?」

「隠れても無駄です!」


しのは後ろの木に、小さな火の玉くらいの狐火を放り投げる。

 すると――


「キャッ!?」


驚いて茂みから出てきたのは。


「リ、リノ?」

「は、はわわ……!」

ナイトメアのリノ。

 まだ街にいた頃近所に住んでいた、内気な少女だ。街を出て何年も
経った今は綺麗な姿になっていて……いや、とにかくリノは涙目で慌て
ていた。


「あなたですね……私の夫にちょっかい出してたのは」


相変わらず微笑んだ顔だが、どう見ても怒っている。

 尻尾の先に灯っていた青い狐火が赤くなっている……これは多分、
俺が今まで見たことが無いくらいに怒っている。


「ご……ごめんなさい!ごめんなさい!ほんの出来心というか……そのぅ」

「気配消して毎夜毎夜私が寝てる間に一緒に寝るなんて……結婚する
前だった時はまだ許してましたが……魔力でバレバレなんですよ」

「どうか……お許しを……」


全身震えながら土下座し、許しを請うリノ。それを見かねたしのは
静かに狐火を消した。


「はぁ……もういいでしょう。とっとと消えてください。もう夫に手を出
さないように」

「は、はいぃ!!」


とにかく必死な様子で逃げるように去って行った。


「まったく……言語道断なんですよ」


しのは悔しそうに涙を浮かべる。そうか……あの夢はリノの夢だったのか。

そんなに好きだったのか、俺のこと。

奪いたくなるくらいに。


『お……お兄さん』


 思い出すのは、11年前。

 街の小さなアパートに住んでいた当時の俺は、性欲旺盛で恋愛欲求の
高い未婚の魔物達に結婚及び性交を迫られ、毎朝毎昼毎夜必ずどこかしら
でストーキングの被害に遭い、しまいには夜這いされかけていた。

 そんな中、俺のまわりにいる魔物たちの中で珍しく純粋な好意で懐いて
いた少女がいた。極度の人見知りで恥ずかしがり屋な少女。種族はナイト
メア、名前はリノ。

 当時あまりに魔物の子供が少なかったこともあって、リノのまわりは
いつも、誰もいなかった。あるのはリノがいつも持っている人形だけ
だった。

 母親のナイトメアと知り合いだったこともあって、俺はリノの遊び
相手になっていた。リノは人見知りだったが、すぐに俺に対して心を
開いた。リノはお年頃で、とても感情豊かな女の子だった。

 けれどもリノは思ったことをはっきり言えない、引っ込み思案で内気な
女の子だった。

 しかし別れる時、リノは初めて心の内を明かした。


『わたしね、お兄さんが好きなの』


 俺はリノの頭を撫でてそれを断った。理由は覚えていないが、多分、
自信が無かったんだろう。リノの気持ちを受け入れる自信が。


「ごめん……しの。俺がしっかりしてないから」

「そうですよ!私という妻がありながら、夢の中で他の女と……うう」


泣き出すしのを抱き締める。


「許して欲しかったら、あとでたっぷり!私と睦み合ってもらいます
からね?」

「構わないさ」

「それも15回くらい連続で」

「いや、それはちょっと……」
13/08/17 20:26更新 / 祝詞
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■作者メッセージ
 ようやく1つ伏線回収……芳樹の夢の女性の正体は
ナイトメアのリノでした。も、もう1つの伏線を次で回収
せねば……orz

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