連載小説
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しの 18歳の秋
奇稲田稲荷神社の騒動から季節が巡って、秋。

目を覚ますと、隣にはしのが、すーすーと静かに寝息を立てて眠っている。昨日交わってそのまま寝たせいで、お互い全裸だった。

そっとしのの長い髪を撫でる。絹のようにさらさらしていて、独特のいい匂いがする。ピンと立った狐耳をふわふわと触ると、

「んゅ……♪」

と、くすぐったいのと気持ちいいのと区別付かないような、そんな微笑んだ表情を見せた。

 嫁いじりはやめて、いい加減起きるとしよう。起こさないよう、ゆっくり寝返りを打とうとした瞬間――

「…………!?」

何かが俺の脚と脚の間にある違和感があった。いや、誰かいる感触だろう。この独特の感じは。

そんなまさか、と布団の中を覗いた。

「すぅ……すぅ……」

狸少女は安らいだ表情で眠っていた。裸だったのは少し置いといておくとして、とにかく狸少女はすやすやと眠っていたのだった。

こんなシチュエーションは見覚えがあった……というか、忘れもしない。しのと出会った時とそっくりの……

「デンジャラス!!」

突然の大声にしのと狸少女は飛び起きた。しのは眠っていたはずなのにシャッキリと覚醒した目で「何事ですか何事ですか」と辺りを見回し、狸少女は俺の掛け布団から抜け出せずに情けなくジタバタしていた。

「どうしました?あなた」

「え、ええ?いんや?」

動き方からして頭であろう部位を右手で掴んで押さえつけ、狸少女のジタバタを制した。

「ごめんな、急に大声上げて。ちょっと不思議な夢を見てな」

自分がどんな表情を浮かべているのか分からなかったが、少なくとも自分で分かるくらい引きつっていた。

「夢!さては、またあの人が」

「いやいやいや違う違う!安心しろしの、リノじゃない。悪夢みたいな感じだったから。だからとりあえず炎を消せ」

「そうでしたか……」

怒りをおさめたしのは服を着始めた。危ない危ないと思いながら掛け布団を見れば、狸少女はふわぁとあくびをしながらペタンと座っていた。

どうやら押さえていたのは頭ではなく尻尾のようだった。

「…………!!」

「あなた、朝ご飯を作りますね……って、何をしてるんです?」

「すまん、ちょっと寝足りないんだ」

しのが振り向く寸前に覆い被さるように狸少女を抱きかかえる感じで掛け布団の中に隠した。

「では十分後に起こしますね」

「ああ、頼む」

「ふふ♪おやすみなさい」

朝食を作るためにしのは寝室を出た。

ようやく初めて、俺は状況整理を始める。

「まったく誰だ?俺の布団に迷い込んで来たのは……」

改めて狸少女を確認しようとして、初めて俺は知ることになる。俺にくっついて寝ていたのは狸少女ではなく、単に寝ぼけて見違えていただけだったということに。

そこにいたのは、イエティの子供だった。

 ※   ※

制限時間は十分。しのが起こしに来るまでにこの問題を解決しなければならない。
 ちびイエティはキョトンとしたとぼけたような顔で辺りを見回し、時々俺を見てまた余所を見ている。

「名前は?」

「スン」

「お父さんかお母さんは?」

「今はいないの」

なんだか重たい物を背負ってそうな言葉だった。

……っと、このままだとただの面接だ。まずは『どうやってここに来たのか』を問わなければ。

「ねぇ、あのさ」

「あなた、朝ご飯が出来ま……し……」

何も知らないしのにはどんな風に見えただろう。

ベッドの上。全裸の旦那。旦那の正面に全裸幼女。

「あ、あなた……」

「ち、違う!違うんだ、絶対にそれは無い!」

「では一体これは何事ですか?」

顔は笑っていたが目は笑っていなかった。

 この状況を良く分かっていない当事者スンは甘えの行動であろう悪気無い全裸ハグを俺の右半身に決め込み、空気をなお一層悪くしていった。

「朝起きたらこの子が寝ていたんだ。今、どうしてここにいるのかを訊こうと……」

「そうだったんですか……?」

「確か近くの村の村長、イエティの奥さんがいたよな?もしかするとその関係の子かも……」

「なら、ちょっと電話で聞いてきますから朝ご飯を召し上がってくださいな」

しのは急ぎでスンの分を作って電話に駆け寄る。俺はスンと並んで食事をしたが、お互いの間に言葉は無かった。

※   ※

「違うみたいですね……」

受話器を置いて、少しため息。

「どうした?なんか疲れたような顔をしてるぞ?」

「村長さんに訊いたのですが、どうやら違うみたいなんです。そもそも子供がまだ出来てないみたいで。その後に、『頑張ってるんだけどなかなかねぇ』と言ってました」

「あー…………」

しのも子供欲しがってたからな……俺も頑張ってるとはいえ、出来にくいのが現実っていうか。

「にしてもスンは一体誰の子だ……?」

「はい……」

謎は深まるばかりだ。知り合いにイエティなんていないし、もしかすると迷い込んできただけなんてことも……

「パーパっ!」

駆け寄ったスンが俺の背中に飛び付いた。そのまま背中に顔を押し付け(さらには頬ずりまでして)甘えている。イエティの高い体温がこの時期には心地いい。

「あらあら、甘えん坊なんですね♪」

「可愛い可愛い」

そのとき窓ガラスがドンドンとノックされ、開けるといつぞやの魔女が箒に跨がってそこにいた。

「お子さんがいると聞きまして」

「スラシャちゃん。この子を見てなにか思わない?」

「ん?んー?」

舐めるようにスンを見る。

「はぁなるほどー。ふむふむ分かりましたぞ」

スラシャちゃんは名探偵のように言った。

「あなたの隠し子ですね!」

「なんでそうなる!?」

「いやぁ若気のいたりとは言いますが、やはり殿方の性欲、魔物1人では鎮まりませんか」

「勝手に納得するな!」

「隠さなくても分かりますよー」

「はぁ……どこルートから仕入れたの?まだ村長以外に話していないのにさ……」

「村長のところにいました」

話しちゃったのか村長ぉ……

「ささ、この入信案内書をどうぞ!」

「要らんわいっ!」

 ※   ※

スンを預かって2日目。

本来であれば俺の腕を枕にして、しのが俺に抱き付いて寝ている。しかし今日は俺、スン、しのの川の字で寝ていた。

「…………」

ボサボサの頭を掻き、スンを見る。

すやすやと眠っているスンを見ていると、なんだか胸にこみ上げてくるモノがある。なんというか、父性なのか……?

「えい」

むい、とほっぺたに指を押し付ける。子供の独特の柔らかさと、イエティの高体温がじんわりと伝播する。

しかし起きない。

「むいーん」

左右の頬を親指と人差し指でつかみ、引っ張る。

「んぃぃ……」

起きはしないのだが、なんだか寝言が痛々しく感じてやめることにした。

「パパ……?」

 眠たそうな目をこする。

「おはようスン」

「パパ、ごはんごはんー」

「だな。しのは寝かせて、俺が作ってやる」

「にへー♪」

満面の笑みのスン。

 これだから子供は可愛いんだよなー、とか思いつつ俺は食材を取りに倉庫へ向かう。その前にポストに何やら色々入っているのが気になり、俺は中のチラシ類を取り出した。

『パーフェクトに働く家政婦を紹介するキキモラ相談所!契約募集!』

『さあ今だ、暗黒魔界に引っ越しキャンペーン』

『水道代請求のお知らせ』

その他諸々入っていたが、水道代請求書類以外は全て捨てた。一瞬だけ家政婦のチラシが気になったが、しのという妻がいる以上は家政婦など必要無い。

食材を色々持ってきた時にはしのは起きていた。

「おはようございます♪」

「おはよう。今日は俺が作るから、しのはスンと待っててくれ」

そう言って、俺は料理を始めた。

 ※   ※

「あなた」

「うん……?」

 その夜。

スンが真ん中で眠っているときに、しのは俺を起こした。

「本当に、この子、捨て子なのでしょうか……?」

「どうだろう。でも、そうだとして一体どこから来たんだか」

スンの頭を撫でる。

「最悪、俺、この子の親になるよ」

「そんな簡単なこと……」

「まあ言えんよな。そこは俺も自負しているさ。それに、こういう事を言える人間でなきゃ、お前を育てられなかったろうし」

「あなた……」

ふと撫でている時、感触がいつもと違うことに気付く。目を閉じながら撫でているが、明らかにおかしいモノがある。まず頭頂部に丸みを帯びたナニカがあって、次に俺の膝に柔らかい毛質のナニカがもさもさする。

「しの」

「はい?」

「何かが違う」

「違う?」

起き上がり、灯りを付けた。

俺としのの間に眠っていたのは、イエティのスンではなく、立派な尻尾を抱き枕に眠る刑部狸の少女だった。

 ※   ※

次の日の朝。

『狸に化かされた?』

富樫の半ば呆れたような声が受話器から聞こえた。

「3日前にいきなりイエティの子供が現れてさ、その子の親が探しに来るまで預かっていたつもりだったんだけど……まさか刑部狸だったなんてなぁ」

『相変わらず色々面倒事を持ってくるよなお前んトコ……俺のまわりの平和加減が異常に思えてくる』

「その平和を少しくらいは分けて欲しいもんだよ」

その平和度を裏付けるように、富樫の声と他に小さな女の子の声。多分、富樫の娘のシルシアだろう。

「それでその刑部狸が朝に素晴らしい土下座を決めてさ、『もうしませんからどうか許してください』って。理由は聞かなかったけど、俺もしのも許したよ。いくらか売品もくれたしな」

『そうか。それじゃあ俺は農場見てくるから、そろそろ』

不通音。

受話器を戻す。一つ溜め息を吐いて振り返ると、しのが寂しそうに座布団に座っていた。

「……穴が空いたみたいだな、まるで」

「はい。私も我が子のように感じていたせいで、なんだか……」

俺はしのの口を口で塞いだ。

しのはいきなりの事に目を見開きつつも、俺の背に手を回して舌を絡める。互いの唾液が音を立てて交換され、口の周りをベトベトにしていく。

「……しの」

唾液を拭いながら、言う。

「俺、頑張るから。子供が欲しいのは俺だって同じだよ、悲しい顔なんかするな。な?」

「……そうですね!」

しのは立ち上がって、俺に抱き付く。

「時間はいくらでもあるんです!夫が張り切ろうという時に落ち込んでいては、夫を支えるジパング魔物失格ですね!」

「お、おう」

「では今すぐ、お夕飯の支度をしてきます!精のつく料理をうんと食べて、うんと頑張りましょうね♥」

「…………」

昔に死んだお袋が、「自分の発言には責任を持て」と言ったのを思い出した。

そのとおりだったと、今さら後悔し怖じ気づいていたのだった。
13/12/19 21:43更新 / 祝詞
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■作者メッセージ
しの「あの子、可愛かったですね」
芳樹「な。やっぱ子供はいいな」
しの「あなた、実は…」
芳樹「…え?」

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