わがし、おいしいんだお♪――キッド=カノンズ BACK NEXT

「料理はしばし待って欲しいのじゃ。転送魔法を使った出前を頼むからのう」
如何せん今後さらに増えてくるが故に、料理は一定の人数が揃った辺りで取り寄せる必要がある。まぁ五人もいれば上々だろう。本当は一気に取り寄せるつもりであ会ったが致し方ない。そう考え、宿の方に五人前ほど事情を伝え注文をした、その時だった。

「――ほう、この光はジパングからかの」

珍しい、とばかりに呟くルミル。送った身としても、来るとは思っていなかったのだ。ダメ元でも送ってみるもんだ、と改めて思い直していた。
パァァ……と輝く魔法陣から、ぴょこんと飛び出てきたのは……一般的に花魁が着るような着物を身に付けた、花の簪が可愛らしいバフォメットであった
両手には餡団子と煎茶の入った袋が握られている。
「――ほう、珍しき同胞の誘いに、たまには参加してみるものじゃな。まさか太祖がおわすとは。
初めまして。妾は鈴蘭と申す者。ジパングは那瀬(なつせ)の国にて魔術指南をしておる者に御座います。どうかお見知り置きを」
仰々しく一礼をする和フォメット――鈴蘭に、キッド以外は礼を返した。キッドはと言うと、既に彼女が持つ'土産'に釘付けとなっていた。
「遠路遙々、有り難う御座います、鈴蘭様」
「敬語は太祖にだけで構いませぬぞ、ルミル殿。貴殿に妾は感謝しておるのじゃ。こうして'大陸'の同胞に再び会えたのじゃからのう。
何分、ジパングには滅多に誘いは来ぬのじゃから、こちらの動きには疎うて疎うて」
暗になぜ便りを書かない、と批判している可能性もなきにしもあらず。ルミルは苦笑しつつ、単に手を煩わすことがないだけじゃよ、と彼女を座席まで案内した。
「ふむ、我が同胞にはジパングに帰化した者も幾人いるとは聞いておったが、よもやこの様な場で目にすることになるとはのう」
興味深そうに彼女の姿を眺めつつ呟く太祖の横で、ナルシャは学者として彼女に興味を持っているようだった。主にジパングにある絡繰はどんな感じか、という面で。
「鈴蘭よ、ジパングには『大魔神』なる者が居るそうじゃな。して、一体どのような者なのじゃ?」
……訂正。前からジパングの文化に興味があったらしい。その他にも恐竜や巨大蚕、護獣である巨大亀の話も出す辺り……ミーハー的一面もあるようだ。
「うむ。『大魔神』は百姓の反乱劇故、主の魔術指南担当としては避けねばならぬ物じゃ。
重き年貢に苦しみ、武器もなく抑圧された民衆が、己が命を贄として……」
それらを餡団子の重箱を開きつつ説明を加えていく鈴蘭。開けた側からキッドが手を出して食べようとするが、それはミーラによって制される。
「これ、行儀が悪いのはいかんぞ。まずは『いただきます』をせねばな」
流石保育園オーナー。その辺りの躾には拘るようだ。少し表情を曇らせたキッドだが、しかし言ってしまえば『いただきます』を言えば食えるのだ。従わないはずがない。
「いただきまーすだお♪」
無邪気そのものの笑顔でぱふぉ、と肉球を合わせるその姿は、恐らく時が時ならCMとして用いられてもおかしくはないだろう。
M〜C〜、の音と共に。

しばらくコシの強い餡団子に舌鼓を打つバフォメット達。ルミルが煎れた茶は湯呑みに注がれ、各バフォの目の前に置かれている……が、
「つっ!あ、あっつ!」
「苦……」
「うえ……」
太祖と鈴蘭以外は見事に苦戦していた。因みに上からナルシャ、ミーラ、キッドである。
「何じゃお主ら、案外だらしないのう。この渋みが無駄な糖分の吸収を抑え、脂肪の分解を進めるのじゃぞ?」
「そして、この渋みこそが煎茶の旨味の秘訣故。渋みを越えた先、舌を鈍らすほどの甘味が適度に流され、仄かなすっきりとした甘みが残るのじゃ」
前者は兎も角、後者の鈴蘭の発言は、初挑戦の彼女らにはちょっと酷じゃろ、と少し熱を緩めた茶をくぴくぴ飲みながらルミルは内心思っていた。
異文化交流の困難さが感じられる、茶の世界での話。既にナドキエ社長に連れ回された経験を持つルミルとしては、彼女らに同情せざるを得なかった。
「……とは言え、妾も最初はかなり苦戦したのじゃ。流石に紅茶とはまた違う苦み渋みじゃからのう……」
そう遠い目をする鈴蘭は、しかし餡団子はしっかりキープしている。ルミルの持つリストには、しっかりと書かれている。
好物:餡を用いた菓子、と。
「……ふむ、しかしこの餡団子は中々旨いな。何処の店じゃ?お忍びでジパングにふらりと参じたときにでも、また食したいと思うぞ」
太祖の言葉に、鈴蘭は表情を明るくし、城下にある一般向けの団子屋と、大名お墨付きの高級な茶屋を地図付きで紹介ていた。
いつの間にか一緒に聞き入るキッドだったが、ルミルとナルシャは彼女に対しては同じ心配を抱いていた。
払う金……あるのかと。その辺りはリニアが吝嗇かどうか出決まるのだが、そこまでは関知することではない。
「……ふむ、先生方への手土産に、儂も200g買いたいところじゃが……」
流石にミーラは分かっているようだ。自分の持つ通貨が、全く通じない可能性があることを。それどころか、今この場で話している言語が通じる事自体が奇跡であることを。
それとは別のベクトルでも理解していた。恐らく園長先生は茶は大丈夫だろうが、他の先生方は中々受け付けないだろう。ミーラ自体もようやく慣れ始めたところなのだから。
そんな各自の茶の感想を耳にしつつ、太祖はぽん、と鈴蘭の肩に手を置いた。

「ひひゃうっ!」

……やっぱり、太祖の手はどんな状態でも感じてしまうらしい。さっきまでガクガク震わされていたルミルも、以前発明品をダメ出しされた際に同じ事をされたナルシャも、思わず冷や汗と共に身を竦ませた。キッドは何が起こっているか分からない様子だが、ミーラは己がしてきたことを回顧して、理解した。
全力で撫でるのは避けよと、夫が言っていたのはこういう事か、と。
肩の上から背中のラインにかけて這い回る肉球。それはバフォの持つ暖かみに加え、至高の弾力と独特の柔らかさを備えている。そのため、背中の形状に合わせて形を変え、様々な軌道からとろけそうな圧力を与えている。
ただ撫でられているだけだというのに、鈴蘭の顔は紅潮し、体はびくびくと震え、瞳は大きく見開かれていた。その様子を意地の悪い笑みを浮かべて太祖は見やり、耳元に息を吹きかけつつ呟く。
「ふふ……お忍びで行くのはのぉ……汝のサバトの加入勧誘指南の為じゃ……」
ぴらり、と太祖の手元には一枚の紙。ルミルはその紙に見覚えがあった。そう、それは――ここに集うバフォメット達の概略情報が載っているもの。いつの間にか盗られたらしい。
「19%はいかんぞえ19%は。せめて二割五分でなければ……♪
先程から話を聞くに、話下手なようじゃから……のう♪」
「ひぁぅ……ぁぅあああああっ……いぁああっ……ひゃふぅぁぁぁっ」
既にトロ顔で視線が明後日の方向に向かい始めている鈴蘭だが、太祖は構わず愛撫を続ける。それはもう……絡み合う二人の幼女と言わんばかりの光景……。
「……」
キッドの目を塞ぎつつ、残りのバフォメット達は……。

「……済まぬ、ジパングの勇士よ」
「回復魔法を準備するかの……」
「太祖、別室を用意しますのでそちらでお願いします……終了したら鈴蘭さんを連れて出てきて下さい……」

……鈴蘭救出を断念し、太祖の好きなままにさせることにしたのだった。
愛のある可愛がりの前には、バフォ複数人の力など無意味なのである。
11/05/12 00:02 up
>>8氏より、『鈴蘭』をお借りいたしました。
初ヶ瀬マキナ
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