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湯飲みに注がれた、鈴蘭が持参した緑茶を口にしつつ、ルミル達はほぅ、と息を吐いた。不慣れな苦みとはいえ、今隣の部屋で行われている事から気を紛らすには十分効果がある。 ちなみにキッドは普通にオレンジジュースである。みたらし団子にオレンジジュース……まぁ、現代日本でも和菓子にサイダーが平然と行われる以上、何ら問題はないか。 「……さて、そろそろ次が来る頃かの」 気を取り直したようなルミルの呟きに、ナルシャが反応する。 「時間が分かるのか?」 「時間の理から切り外した何でもありの空間じゃよ?一応若干誤差ありの参加表明順に、一定時間の間隔を開けて到着するよう陣をいじっておるのじゃ」 今回の集まりを企画する際、問題点が複数ある中で一番の問題は、時空間の問題である。 異世界の時間がこちらと同じであるとは限らない。それ故ルミルは、一時的にも同じ時を過ごせるようにと異次元の空間を用意し、時間を強引に矯正する陣を作成したのだ。 「ま、ギャグ世界でのみ使えるご都合主義の塊じゃよ。シリアスではチートにも程があるからのう」 ……無論、協力者を何人か得て、失敗しないように調整を何回もしたが。 パァァ…… 「ん、大陸からじゃの。名前は……」 そう確認するルミルの顔が、一瞬面倒臭そうな顔になる。ナルシャがそのリストをのぞき込み……同じように顔をしかめた。その理由は……魔法陣から登場する二人、いや三人がそのまま'転げ込む'ように入ってきた事からも伺い知ることが出来る。 ダドドタタッ!と荒々しい音を立て、ルミルの目の前に今三人の人物がなだれ込んできた。 一人はたっぷりしたツインテールが特徴的な……何故か厚手のコートを身に着けていた平均よりやや小さめのバフォメットであった。 その上にのし掛かっているのは、下のバフォメットと似たような瞳を持つ……十二単を身に纏ったバフォメットであった。 そして彼女ら二人にのし掛かられているのは……長い金髪を一つに束ねた、細身で全身黒服の青年であった。 そして三人の衣服も髪も……彼方此方に雪が付いている。いや、半ば埋もれ掛かっているようにも見える。 「――わー!ゆきだおっ♪」 無邪気にはしゃいで雪をかき集め始めるキッドを余所に、他のバフォメット達は雪に埋もれた三名を引きずり出し、キッドの位置から遠ざけていった。 「うう……当分雪山は懲り懲りなのじゃ……」 「……原因は教会勢力なのじゃがのう……兄殿」 「全くだぜ……つーか教会も毎度毎度よく懲りないな。親魔物領近くの雪山に時限式発破魔法とは……」 「毎度毎度主らは何故そうも騒動に巻き込まれるのじゃ……『無意識』とやらか?」 「ルミルも何を言っておるのじゃ……」 三者三様の言葉を呟く彼女らにルミルは溜め息を吐きつつ簡単な温暖結界を使用する。まずは体を温めなければならないからだ。 律義に突っ込みを入れつつナルシャもそれに参加する。因みにミーラはキッドに付き添って雪で遊んでいる。すっかり役回りが決まってしまっていた。 「うう……助かったのじゃ……」 上目遣いの涙目で二人に感謝を告げる、コートのバフォメット。 ――その潤んだ円らな瞳、狙ったのではないかと思えるほど絶妙な角度、そして安堵と共に綻ぶ口元……彼女の持つ天性の可愛らしさを上限無視で見る者に向けて放出していく―― 「「……はっ!」」 二人とも一瞬見とれてしまったらしい。首を左右に振りつつ我に返ると、そのままもう二人の方に向き直った。異様なまでの胸の高鳴りが、なぜだか抑えられぬままに……。 「(う、噂には聞いておったが……これはバフォいと言わざるを得ぬ……!)」 実は以前から魔女の間では、名前を持たぬバフォメットの中に、非常に愛くるしく可愛らしく初なネンネのチェリーガールが居て、そのバフォメットのもう片方の一面――つまりロリ的可愛さに特化した仕種を目にしたときに沸き起こる一種心臓が高鳴るような感情を称して『バフォい』というとまで噂話が広がっていたのは確かだ。半信半疑だっだが……これ程までの破壊力があろうとは……! 一方のナルシャも思っていた。この破壊力……本日持参したあのベルトにおける[マンドラゴラ][フェアリー][ラージマウス]のロリコンボに、いや、下手したら[バフォメット][アリス][ダークマター]の裏ロリコンボ勝るとも劣らない――寧ろ遙か勝っている――と。研究所に帰ったらこのバフォさをいかに再現してみせるか……そんな思いを密かに抱いていた。 二者二様の思いを胸の奥に押し留めつつ、もう一人のバフォメット及び彼女の'師匠'の方を眺める。簡単な経緯自体は今先程説明があったとはいえ、細かいことはまだ分かっていないのだ。それに、そもそもの問題がある。 「……で、主らは儂主催のこの会談の魔法陣を、とっさの避難経路として使った……そう見て宜しいのじゃな?」 この発想はなかったと言わんばかりの声で呟くルミルに、十二単バフォは温暖結界にぬくまり、目を細めつつYes.と答えた。 「本当は雪祭りの土産を持って行くつもりじゃったのじゃよぉ……雪葡萄のワインと兎ちゃんビスケット……」 本当に残念そうに溜め息を吐く十二単バフォメット。残念だと思ったのは二人もまた然り。何せ地方の名産品として名高い雪葡萄は、温暖な地域に比べて身が締まり甘みが増しているのだ。ただし……ワイン用にするにはさらに間引く作業をする必要があり、その分生産量は少なくなっているのだが。 「仕事の報酬で買うつもりだったが、流石に雪崩の対応はどうしようもなかったからな。迂闊に魔法を使えば雪崩は激化するし、最低限の規模の魔法で景観を崩さない程度に雪崩を消し、なおかつ俺達が安全な場所へ避難するには、ここに逃げ込むルートが最善だったんだ。 ……事情説明はこんなところで良いだろうか?」 「……理解したのじゃ」 流石に被害の出ないように振る舞っていた結果がこれなら、ルミルも咎めようがない。現れ方に唖然としたとはいえ、キッドが現れたときのようなそれとは違い、まだ理不尽さも少ないのだから。 テーブルとハンガーと代え着を用意しつつ、ルミルはこの来訪者達のトラブルの巻き込まれっぷりに改めて目を伏せた。記憶に新しい、氷雷の賞金首の貼り紙。その額は――二億を飛び越えて四億に至っている。どれだけの恨みを教会から買っているのやら……。 ……と、ドアの向こうから、いつの間にか喘ぎ声が止まっているのにナルシャが気付いたらしい。ルミルに近付き、耳打ちをする。因みにキッド達は、雪合戦は無理なので……。 「こうすると……ほら、スノウゴーレムなのじゃ♪」 「わぁぁ〜♪ゆきのうさぎさんやおおかみさんがおどってるお〜♪」 魔力で雪を固定し、小さい雪像を創ってラインダンスをさせていた。キッドはそれを見て大はしゃぎだ。そんな和む風景を背後に、ナルシャは呟く。 「……太祖がそろそろ来るかもしれんぞ」 「……じゃな」 そこには、ある種謎の緊張が走っている。先程から別室に連れ込まれた鈴蘭の安否……それが部屋から出る太祖の表情如何で分かるのだから……まぁ、多分駄目だろうが……。 カチャリ、とドアが開き、現れた太祖の表情は……。 「……ふふふ……♪愛い声で鳴いておったのう♪ついつい夢中で愛でてしまったわい♪」 ……つやつやてかてかと、満面の笑みを浮かべていた。 「「……」」 内心、合掌。今二人の気持ちは肉体の壁を越えて一つになったのだった。 一方、来たばかりの三人は唖然としていた。当然だ。まさかバフォメットのトップがここに来ているとは想いやしないだろうから。 「ふぅ、流石にこうも愛でておると甘い物が恋しくなるのう。菓子とワインでも一口頂こうか……ん?」 一方、本来の趣旨を忘れたような行動をしていたらしい太祖は、近くの菓子を探そうと辺りを見回し……見てしまった。 ――その潤んだ円らな瞳に涙を湛え、狙ったのではないかと思えるほど絶妙な角度で太祖を見上げ、そして恐怖に耐えるようにきゅっと結ばれた口元……彼女の持つ天性の可愛らしさを上限無視で見る者に向けて放出していく―― ……彼女を見た者は、例外なくこの言葉を吐くという。それは太祖とて、例外ではなかった。 「……バフォい……ハッ!?」 不覚にも口から出た言葉に、一同が唖然とし、そのまま緊張が解れたように笑い声が起こるまで……さしたる時間は掛からなかった……。
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