|
||
「バッフォーい♪キッド=カノンズだお♪」 ――魔法陣を潜ってこちらに来たその影を見たとき、その場にいた三名の空気が凍った。というより、唖然とした。 栗毛のポニーテールは恐らく、この場にいる誰よりも瑞々しく、使い込まれた形跡の見られない肉球、老熟さとは無縁の瞳……角短し、マント無し、腰に差した武器は紙を丸めただけのペーパーソードという、明らかに大人の集まりとは無縁そうなバフォメット――の子供が、無邪気に降りたったのだ。 思わずルミルが誰を招待したか紙を確認し、ナルシャが飲んでいた珈琲(某MAXの昔並に甘い)を吹き出しそうになるくらいに。大祖はやれやれと首を横に振りながら、ルミルの背をぽんぽんと叩く。 「……親に、手紙を出したのではないか?」 「……ええ、多分」 炉の理想を追求する教義を持っているサバトであるが、それはあくまでも指導者の彼女に大人の一面があることで成り立っているものだ。新卒社員を経営会議に呼ぶ大企業のCEOは居るまい。 改めてリストを見直し、カノンズと言う姓を探そうとするルミル。その耳に――また新たな声が届いた。 「――おお!キッドちゃんじゃないか!久しいのう!」 「――エアワイフ……じゃないのじゃ。えぇと……」 いきなりキッドの顔見知りらしきバフォメットが現れ、仕事を増やしてくれるなよとばかりに溜め息を吐くルミル。今回はちゃんと名簿に光りが灯っている。――ミーラ=フォゼ。あおぞら保育園のオーナーである。 「あー!ミーラさんひさしぶりだお〜♪」 両手に抱えた荷物を降ろしたばかりのミーラにダイビングタックルをするキッド。それを優しく抱き締めるミーラは、何処からどう見ても親子にしか見えない。しかもなつきっぷりの高さ……姓は別なのに。 「……しかも別世界勢ではないか」 ミーラ=フォゼの出身世界は、この世界とは少し外れている。同じような魔物娘達が住む、違う歴史を刻んだ世界。ならばそこにカノンズ姓はあるのか……探してみたが見つからなかった。 「……カノンズ……聞いたことがあるような……」 一方、大祖は自らの記憶に名字が引っかかったらしく、彷徨きながら記憶を探っている。その後ろで、ようやく珈琲を飲み終えたナルシャが、ぽん、と手を打って混迷の二人に告げた。 「……リニアの娘じゃの。ロウィント地方に居る、医薬品を扱っとるサバトを取り仕切って居る者の娘じゃ」 「――!?あの妹が百合をこよなく愛するあやつか!」 「どんな思い出し方をしてるのじゃ主は……」 ルミルの発言に溜め息を漏らす大祖を余所に、キッドはミーラと楽しそうに抱き合ったまま会話を続けている。 「ほんとうにひさしぶりなんだお!ほいくえんのみんなはげんきだお?」 「よしよし……元気じゃよ。主等には本当に助けられたからのう……感謝してもし足りないぞい♪」 「うれしいんだお!こんどみんなとあそびにいってもいいお!?」 「良いぞ♪ありちゅちゃんと美孤さんにそれを伝えてくれんかの?」 「ありがとうなんだお!みんなにつたえるんだお!」 ケサランパサランがそのまま周りを回っていても違和感が無い風景である。ロリババアがロリを抱える……飯事のようにも見えなくもないか。 「……うむぅ……リニア自体は現状、サバト内での品評会故に不参加が出ておるのう……」 メンバーリストを目にしつつ、ルミルはどうしたものかと頭を抱える。お菓子は足りるのだろうか?そもそもワインを飲む可能性が高いこの談話会に何で子供を寄越したんだリニアは、と言った愚痴思考も含めて。 「順々参加型にして、もう始めてしまってはどうじゃ?全員集合で始めるよりも入りやすいと思うのじゃが。むしろ儂が始めたいのでそうして欲しいのじゃが。 何を危惧してるのかは知らんが、どうせ途中でグダるのじゃろ?じゃったら始めからグダっても支障あるまい。むしろグダってこその座談会じゃろう」 肩を落とすルミルの背をふにふにしながら太祖が提案する。ルミルとしては色々質問が来たときに逐一話をするのが面倒であることから、一気に説明しちまえ、のつもりでいたのだが……狂いっぱなしである。 「儂も賛成するぞ、ルミル。どうせこの手の集いは後から参加が徐々に増えるのじゃ。まずは始めてしまうのが賢い手段じゃと思うぞ? 五人もいれば、パーティ開始としては上々じゃと思うのじゃが」 早々に『白いあははー』とワインを頂いているナルシャにまでそう言われてしまい、自分を犠牲にするかもう少し待たせるか考え始めたルミルに、太祖は駄目押しの一言を加えた。 「ホストは耐えるものじゃぞ。それはサバトも同じではないかえ?ルミル」 「……はい」 結局観念し、ルミルはテーブルと椅子を幾つか魔法で出して追加分のそれにすると、彼女らを座らしてしまうことにして、ワインを何本かとイチゴジュースを一本、グラスと共に置くのであった……。 ……その手元にあるリストの一部が、光と共にその形を変えていく……。
|