連載小説
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誓いと月
「で……どれが良いと思う?」
「知るかよ。自分で決めろ」
「冷たいなぁ……もうちょっと協力的になってくれても良いんじゃない?」
「彼女へのプレゼントなんて、男の幼馴染に選んでもらって良いもんじゃないだろ?」
「いや、キッドなら女心をキチンと理解してると思ってね」
「……お前、俺が遊び人に見えるか?」
「いや、そう言う訳じゃ……」
「そんなに引くなよ。冗談だから」


ここは、カリバルナの街中にあるアクセサリーショップ。僕はキッドを連れて、ルミアスに渡すプレゼントを選んでいる最中だった。
ルミアスと恋仲になってから大分経つけど、未だに彼女にちゃんとしたプレゼントを渡した事が一度もない。流石にこのままではいけないと判断し、キッドに協力を頼んで今に至る……と言う訳だ。
この店なら安くて綺麗な品が揃ってるし、ルミアスが気に入ってくれるものも幾つかあるだろう。まずはその気に入る品を見つけなければ……。

「……これなんかどうだ?」
「う〜ん……もうちょっと明るい色合いが良いな。これなんか良いかも」
「ほう……確かに綺麗だが、デカすぎて邪魔にならないか?」
「あ、確かに……」

……とは言ったものの、恋人へのプレゼント選びとは思ってた以上に難しいものだった。
品の見た目だけじゃなく、自分の予算までキチンと計算しなきゃいけないし……どうしたものか……。


「お困りのようですね」
「え?」


頭を抱えていると、背後から店の店長を務めているドワーフに声を掛けられた。

「何か、お役に立てる事はありますか?」
「あ、はい。実は、今交際してる恋人にプレゼントをあげようと思いまして……」
「おぉ〜!それは素晴らしい!きっとその恋人も喜ぶでしょうね!」

ドワーフは目をキラキラと輝かせて僕を見つめてきた。
……実はその恋人は、あなたの天敵であるエルフです。
なんて口が裂けても言えなかった。

「恋人へのプレゼントでしたら、とびっきりの品がありますよ!少々お待ちください!」

そう言って、ドワーフはスタスタと店の奥へと走って行った。

「お待たせしました!これなんかどうでしょう?」

少し待つと、すぐにドワーフが何やら二つのアクセサリーを持って戻ってきた。


「……これは……?」


それは……銀色に輝くブレスレットだった。一つは月、そしてもう一つは太陽のシンボルが刻まれている。世間でも有名な二つの対称をモチーフにしたのだろう。

「これは、ソーラー・エクリプス・リング……ちょいと名前が長いので、簡略してSELとも呼びます。名前とデザインの通り、日食をイメージして作られたブレスレットです」
「へぇ……でも、何故二つも?それに、何故日食なんですか?」

頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出すと、ドワーフは楽しそうな笑みを浮かべながら答えた。

「はい、これは愛する者同士がそれぞれ一つずつ身に付ける事によって、初めて価値が出る物なのです。日食とは、太陽と月が重ならなければ起きない現象です」
「それは聞いた事がある。数年前にもカリバルナで見られたとか」

日食なら本で読んだ事があるから僕も知ってる。滅多に見る事が出来ない珍しい現象なんだとか。数年前にも多くの国民たちが日食を目の当たりにして早くも話題となったのは覚えている。


「よくぞご存じで!ここで一つの昔話をさせていただきます。数百年ほど昔、このカリバルナの地を守ってた伝説の騎士がいました。実はその騎士は王国の王女に恋心を抱いてましたが、その王女もまた騎士を愛していた……つまり両想いだったのです」
「へぇ……それで?」
「騎士と王女……それぞれの身分の違いから恋が実る日は来ないだろうと思われていました。しかし、ある日に王国の騎士は王女への愛を打ち明けたのです。王女も騎士の想いを受け止めて、永遠の愛を誓いました。その瞬間に日食が起きたと言われています。その事から、日食はカリバルナでは永遠の愛とも呼ばれているのです」
「なるほど……」
「その後、騎士と王女はカリバルナの初代国王を何としてでも説得して、生涯共に生きる許可を得ようと奮闘しました。最初こそ国王は猛反対でしたが、やがて二人の真剣な想いを理解して、遂に二人の仲を認めたのです。こうして、騎士と王女……絶対に結ばれないと思われていた二人は、めでたく夫婦になりました」


それで日食なのか……納得できた。


「互いに愛し合う男と女が、永遠の愛を誓う。伝承通りに考えると、男が月、女が太陽、そして永遠の愛が日食……と言った感じですね。尤も、本物の日食は自ずと消えるものですが、このブレスレットによる愛は消えたりしませんけどね」
「へぇ……面白いですね」
「でしょう?」

ドワーフの話の内容は大変興味深いものだった。
ただ単純に月と太陽を象ったのではなく、恋人同士が身に付ける事に意味を持たせている……これならルミアスも喜ぶかもしれない。

「それ、面白いな!なぁ、これなんか良いんじゃないか?」
「ああ、僕もそう思ってたところなんだ!ところで、それはお幾らですか?」

迷わず購入を決めて、値段を聞いてみたら……。


「金貨30枚です」
「高っ!!」


……目玉が飛び出るほど高かった。
そりゃあ、ペアで買ったらそれくらいが妥当なんだろうけど……やっぱり高い。


「と、思いましたけど!」
「え?」
「お兄さん、確かうちの店の品を買うの初めてですよね?」
「ま、まぁ、そうだけど……」

厳密にはまだ何も買ってないけど……なんて呑気な事思ってたら……。

「初めてのお客さんには大サービス!当店デビュー記念として半額します!」
「半額!?と言う事は……金貨15枚!?あの、いいんですか!?」
「はい!私の店の商品でカップルの愛が深まるのであれば本望です!」

驚く事に半額してくれた。
……それでもやっぱり高いとは言えないけど。

「……あの、失礼な事言って申し訳ないのですが……まさかそれ、粗悪品じゃ……」
「かっははは!心配ご無用!こう見えてダイヤモンドのように頑丈な品なんですから!大剣やハンマーでも砕くなんて真似は出来ませんよ!仮にも壊れてしまった暁には返金します!」

一瞬だけ疑ってしまったが、自信満々に話すドワーフを見て根拠の無い安心を得た。
……ちょっと高いけど、買えない事も無いし、補償もしてくれるなら買って損は無いか。
……よし、決まり!

「決めました!これください!」
「はい!ありがとうございます!お会計はこちらへどうぞ!」

購入を決めた僕は、ドワーフに代金を支払って、ルミアスへのプレゼントを手に入れた。



============



「ありがとうございました!またお越しくださいませ!」

ドワーフの見送りの言葉を背に、僕はブレスレットが入ってる紙袋を片手に持って、キッドと一緒にお店から出た。
実はさっきのドワーフ、銀貨三枚を代金としてラッピングまでしてくれたのだ。お陰で緑色の包装紙と赤いリボンの可愛いプレゼントが出来あがった。
見た目の上出来な仕上がりに僕も満足している。あのドワーフ、出来るね……と感心を抱いてしまう程だ。

「喜んでくれるといいな……」
「ま、お前があげた物ならなんでも喜ぶだろ」
「ホントに?」
「ああ」
「保証してくれる?」
「ヤダ」
「え〜?」
「帰りにビール瓶一本奢ってくれるなら保証するぜ」
「随分と安い保証だね」

と、なんの意味も無い雑談を交えながら僕たちは街中を歩きだした。
平日の昼過ぎである為か、まだ日は明るいけど街の中はそんなに人で賑わっていない。大抵の人たちは仕事中だろうけど。

「……ところでヘルム」

歩いてる最中に、キッドが静かに話を切り出した。
急にどうしたんだろう……と思ったら。



「お前さ……ルミアスと結婚するつもりなのか?」
「ふぇっ!?」



あまりに突拍子もない発言に、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

「け、結婚って……何をいきなり……」
「いや、だってよ……お前はこれからもルミアスを愛し続けるつもりなんだろ?」
「も、勿論!そのつもりさ!」
「だったら……今すぐじゃないにしても、いずれは夫婦になるもんじゃないのか?相手が魔物だったら尚更早く結婚すると思うが」

キッドの発言を聞いて、ルミアスは魔物だった事に改めて気付かされた。
そうだった……元は純粋なエルフだったとは言え、ルミアスだって魔物だ。恋仲になってからも性交なんて一度もやらなかったから忘れてたけど、魔物にとって一度愛した男は夫として見るようになる。つまり、魔物から見れば恋人とかの過程なんて関係無く、一度愛し合った時点で魔物との夫婦関係が成立する。
今まで恋仲として接してきたけど……もしかしてルミアスは、僕の事を既に夫と思っててくれてるのかな……。

「う〜ん……まぁ、ルミアスもその気になってくれれば……なるんじゃないかな……」
「やっぱりな」
「あれ?もしかして、何か都合が悪かったりする?」
「気にするな。そう言う訳じゃない。俺だって、お前とルミアスが夫婦になるのは本当に喜ばしいと思ってるさ」
「はは、そう言ってくれると嬉しいね」

長い付き合いの親友に喜ばれると、僕も嬉しく思えた。

「話しに戻るが……ルミアスについてだな……」
「ルミアスに?」
「ああ、あいつの病が完治するには、まだ当分かかりそうなんだろ?」
「ああ、ルミアスも何時になったら治るのかはまだ分からないって言ってたよ。そう言えば、以前からリズさんが病を治す医術を持ってる医者を探してるって聞いたけど……」

これはずっと前にルミアスから聞いた話で、今入院中の病院では病を抑えるだけで精一杯の状況だとか。それなりに施設は充実しているものの、肝心の病を治すのは難しいようだ。そこで、リズさんがルミアスの病を完全に治してくれる医者を必死に探し始めているようだ。
そんな医者が見つかった暁には、ルミアスの病も少しは改善されると良いんだけど……。

「そうか。それでだな、ずっと先の話になるが……」

キッドは少し真剣な面持ちを僕に見せて、静かに言った。


「ルミアスの病が治ったら……俺の海賊団の仲間に入れたいと思ってるんだ」
「え!?」


ルミアスを……海賊に!?
なんでまた急に!?


「いや、どうしてそんな……」
「夫を得た魔物には、一生を終えるまで夫が必要になる。それはお前も分かってるだろ?」
「あ、ああ……」
「でだ、お前はこれからも海賊を続ける気はあるのか?」
「勿論。もっと世界を見て回りたいからね」
「だとしたら……嫁さんも連れて行くしかないだろ。つまり、そういう事だ」


ここでようやく、キッドの言いたい事が理解出来た。ルミアスの病が完全に治ったら、僕たちと同行させたいと思っているのだろう。僕の為にも、彼女の為にも……。
それに、海賊稼業についてはこれからも続けていくつもりだ。以前、ルミアスと僕の仕事について話をしていたら、


『自分のやりたい事も考えてね。私の所為であなたが海賊を辞めるなんて……悲しいから……』


と言われた事があった。ルミアスに悲しい想いをさせない為にも、海賊を続けようと固く誓った時でもあった。
恐らく、よほどの理由でも無い限り、ルミアスは僕が海賊を辞めるのは反対するだろう。だとしたら……やっぱり連れて行くのが最善の方法なのかもしれない。ルミアス自信が、海賊になりたいかどうかは分からないけど……。

「……まぁ、その時になったら決めるよ。まだ先の話だし、今はとても考えられない」
「……そうだな。ごめんな、野暮な事言っちまって……」
「いやいや、僕たちの事を考えてくれてて嬉しいよ」

キッドは頭を下げて謝ったけど、大して悪い気分にはならなかった。
キッドは自分なりに僕たちの事を考えてくれている。そんな親友が傍に居てくれて本当に嬉しく思っていた。

「……さて、これからどうするんだ?今日はルミアスに会いに行かなくていいのか?」
「詳しくは聞かなかったけど、今日は医者から病について大事な話があるらしいから、会う時間が無くてね」
「大事な話?」
「多分、投薬の手段、もしくは検査だと思うけど……大丈夫でしょ」

こんな感じで雑談しながら歩き続けた。
そうだ、帰りに新しい本を買おうかな……。と思っていたら、


「ヘルムさん!キッドさん!」
「……ん?」


歩いてる途中で誰かに声をかけられた。僕もキッドも同時に背後を振り返ってみると……。

「はぁ、はぁ……」
「リ、リズさん!?どうしたのですか!?」

リズさんが慌てた様子で僕たちの下へ駆け寄ってきた。
激しく肩で呼吸をして、額からは大粒の汗が流れている。今まで走っていたのかもしれないけど……どうして?

「あの、どこかでルミアスに会いませんでしたか!?」
「ルミアス……ですか?いえ、今日は一度も会ってませんけど……」
「そうですか……一体どこへ行ったのやら……」

リズさんは呼吸を整えてから、ルミアスについて訊いてきた。
今の尋ね方、まるでルミアスが行方不明になったと聞き取れる。今日はずっと病院に居る予定だった筈なのに……。

「あの、何かあったのですか?」
「それが……今日、病院で病について色々と話し合いがありまして、ルミアスがその途中で泣きながら病院から飛び出してしまいまして……」
「えぇ!?」


ルミアスが病院から出て行った!?しかも泣きながら!?一体何があったんだ!?


「そりゃ一大事だな……よし!俺たちも捜すぞ!」
「あ、ああ!」

頭が真っ白になりそうだったが、キッドの一言でしっかりと気を持った。
キッドの言う通り、今はルミアスを捜すのが最優先だ!早く見つけないと!

「それじゃ、ルミアスを見つけたら一先ず病院に連れて行くんだ!仮にも見つけられなかったとしても、夕方五時には必ず病院に集合!それでいいな!?」
「はい!」
「よし!行くぞ!」

キッドの提案に賛同し、僕たちはルミアスの捜索を始めた。僕とキッドは同じ方向へ走り、リズさんは反対方向へ向かって行った。
さて、どうしたものか……まずは酒場に行ってみるか。いや、人が多く集まってる場所に居るとは思えないし……。

「……ヘルム、お前は一旦帰るんだ!そのプレゼントを家に置いてから捜してくれ!」

と、突然キッドが周囲を見回しながら僕に話しかけた。
置いてからって……そんな呑気な……!

「そんな悠長な事してる場合じゃないよ!今は早くルミアスを見つけないと……」
「落ち着けよ!」

キッドは僕を真っ直ぐに見つめながら言った。

「お前頭が良いんだから冷静に考えれば分かるだろ!?さっきの話、ちゃんと聞かなかったのか!?泣いて出て行ったって事は、何かただ事じゃない事態が起こった筈だ!そんな時、ルミアスが頼りにする人と言えば、母親以外にはお前しか居ないだろ!?」
「だとしても、それがどう関係して……」
「まだ分からないのか!?単純に言うが、お前の家に行ってる可能性もあるって事だ!」
「あ!」

ようやくキッドの言いたい事が理解できた。ルミアスが僕の家に行ってる……確かにその可能性も十分にある。それも考えた上で一旦帰り、それでも居なかったらプレゼントを家に置いて再び捜しに出る……そう言う事か!
僕とした事が……冷静さを失っていた。何たる不覚!

「すまないキッド!とりあえず帰ってみるよ!」
「ああ!ここで一旦別れて、また落ち合うぞ!」
「分かった!」

途中で僕とキッドは別行動を取り、それぞれの方法でルミアスを捜し回った。



============



「はぁ、はぁ……あとは此処だけか……」


結局僕の家にも来てなかった。とりあえずプレゼントを家に置いて再び捜しに出たものの、ルミアスどころか目ぼしい情報も何も無い。僅かな希望を胸に一度病院に行ってみたけど、ルミアスはまだ帰ってなかった。
あれから数時間後……もう辺りもすっかり暗くなってきてる。あと三十分で約束の五時になるけど、未だにルミアスは見つかってない。僕が見つけられなくても、キッドたちが見つけてくれれば良いけど……。

「ルミアス……一体どこに……」

僕は周囲を見回しながら曲がりくねってる砂浜を歩き始めた。
此処はカリバルナの砂浜。何の変哲も無い殺風景な場所だけど、捜してない場所は此処しかない。

「…………」

ふと、ルミアスが和やかに笑ってる姿が脳裏を過った。

彼女は何時も僕に柔らかい笑みを見せてくれていた。僕もあの笑顔を見る度に、幸せな気持ちになる。
彼女と過ごす時間は……僕にとって掛け替えのない大切な宝物となっていた。

でも……ルミアスは笑顔を浮かべていても、僕の知らないところで病に悩んでいたのかもしれない。

ルミアスの傍らで、僕は自分に出来る事を精一杯やり遂げてきた。
ルミアスを支えているつもりだった。



それでもでも……そのつもりでも……



僕は……ルミアスの為になる事なんて、何もしてなかったのかもしれない……。



「……って、今はそれどころじゃないか」

余計な雑念を振り払い、僕は周囲を見回しながら歩き続ける。
そして……。


「……これは……」


その途中で、砂浜にクッキリと写ってる足跡を見つけた。一つだけでなく、どこかへ向かうように一直線に続いてる。
見たところ砂浜に写されてからまだそんなに経ってない。それに……人の靴にしては歪な形だ。まるで……義足のように。

「……まさか……」

行く先を追うように、足跡に沿って歩き始めた。そのまま進むにつれて海から徐々に離れ、やがて一つの場所に辿り着いた。

これは……洞窟?
足跡は岩でできた洞窟の中まで進んでいる。不思議に思いながらも、僕は洞窟へと進んで行った。
そして、洞窟まで来たところで、その中を覗き込んでみる。


そこには、僕が探していた人がいた。



「ルミアス!」
「……ヘルム!」


洞窟の奥行は思ったより短かく、その中でルミアスが岩の壁に背を預ける形で、膝を抱えて座り込んでいた。そして僕の存在に気付いたルミアスは、目を見開いて僕を見つめ返してきた。

「こんな所で何してるんだ!捜したよ!」

険しい足場を渡り、ルミアスの元まで歩み寄った。

「さぁ、一緒に帰ろう。みんな心配してるよ」
「…………」

その場で膝を付いて話しかけると、ルミアスは座ったまま俯いてしまった。
顔がよく見えないけど……帰りたがってる様子ではない。僕が手を差し伸べても、ルミアスは微塵も動かなかった。

「……どうしたの?」
「…………」

ルミアスは黙り込んだまま微動だにしない。何もせずに静かに待っていると、やがてルミアスから先に口を開いた。


「……離れたくない……」


一言だけ静かに言うと、ルミアスは俯いていた顔を上げて僕の目をジッと見つめてきた。
でも、その瞳は涙で潤っていた…………。


「離れたくないよ……ずっと一緒にいたい……!」
「……ルミアス?」
「嫌……ヘルムと離れるなんて嫌……!」
「ど、どうしたの?離れるって、何の話?」

一つ一つ、言葉を発する度にルミアスの目から涙が零れ落ちた。
僕にはさっきからルミアスの言ってる意味が分からない。離れたくないとか、一緒にいたいと言ってくれるのは嬉しいけど、どうしてそんな……。


「う……ひぐっうぅ……うわぁぁぁぁぁぁん!!」
「うわっ!?」


いきなりルミアスが飛びかかる勢いで僕に抱きついてきた。突然の事に戸惑っていると、僕の胸に顔を埋めて子供のように大きな声を上げて大粒の涙を流し始めた。

「ヘルム!ヘルムっ!うわぁぁぁん!」
「…………」

何度も僕の名を呼びながら泣き続けるルミアス。詳しい事情を聞きたかったけど、今はそれどころじゃない。
そう判断した僕は、そっとルミアスの身体を抱きしめて、泣き止むのを静かに待ち続けた…………。



============



「まぁとにかく、見つかってよかったな」
「そうだね。キッドもありがとう。協力してくれて……」
「おいおい、それはルミアスのお袋さんの台詞だろ?なんでお前が礼を言うんだよ?」
「あはは……確かにね」

あの後、僕は約束の夕方五時ぴったりにルミアスを連れて病院に来た。その時には既にキッドとリズさんも集まってて、病院の玄関で僕たちを待っててくれてた。
そして此処は病院の待合室。最初は僕たちもルミアスを病室へと送ろうとしたけど、

『申し訳ないのですが、聞いてほしい話があるので、あなたたちは此処で待っててください』

と、リズさんに言われて今に至る。
恐らく、リズさんの言う話とやらは、ルミアスの病と何か関係があるのだろう。今日の騒動の事もあるし……何故か根拠のない不安が募ってきた。


「お待たせしました。遅くなって申し訳ありません……」
「あ、リズさん」


待合室のソファーでキッドと並んで大人しく座り、およそ五分くらい待っているとリズさんが歩み寄ってきた。

「それで、ルミアスは……?」
「あの子なら病室にいます。でも、今はどうにも落ち着かないらしく、『一人にしてほしい』との事で……」
「そうですか……」

リズさんの返答は、想像通りのものだった。
岩の洞窟で……ルミアスは泣き止んだ後でもずっと暗い表情を浮かべたままだった。どうしたのかと訊いてみても、俯いたままで何も答えてくれなかった。
あの様子からして何か大変な事になったと思われるけど……一体なにが……?

「なぁ、急かすようで悪いが、詳しい事情を聞かせてくれないか?」
「そうですね。私もあなたたちに聞いて欲しいと思っていましたので……」

キッドに促されるまま、リズさんは僕たちの向かい側に座り、自ら話を切り出した。

「では……まずは念の為に聞いておきたいのですが、あなたたちは私がルミアスの病を完全に治せる医者を捜してるのはご存じですか?」
「はい、以前ルミアスから直接聞きました」

それなら僕も知ってる。なんでも、この病院の医者だけでは出来る事が限られてる為、ルミアスの病について熟知している医者を必死に捜しているのだとか。

「私はあの子が入院してから、優れたお医者様を必死に捜しました。情報を漁り、聞き込みに回り、ハーピー種の魔物たちにも協力してもらい……そして、ようやく見つかったのです」
「見つかったって……ルミアスの病を治せる医者を!?」
「はい。医者に務めて六十年以上も経ってるベテランのお医者様なのです。今は小さな診療所で働いているそうなのです」
「凄いじゃないですか!良かったですね!」

ルミアスの病を治せる医者が見つかった……そう聞いた途端、僕の心が躍り始めた。
ルミアスは長い間、原因不明の……両足を奪った難病に悩まされていた。その病からやっと解放されると思うと、僕まで嬉しくなってきた。

「はい……見つかったのは良いのですが……」

しかし、リズさんの方は気まずそうな表情を浮かべている。
大事な娘の病が治るのに……何故そんな表情を浮かべるのか分からなかった。第一、その医者を捜したのは他ならぬリズさんなのに。

「実は……その医者からルミアスの受け入れを許諾されてないのです」
「え?まだ許しを得てないのですか?」
「はい……ただ、ある条件を呑めば受け入れてくれるそうなのです」

どうやら医者の方も、簡単にはルミアスの病を治してくれそうにないようだ。
でも、条件とは一体何なのだろうか?

「なぁ、まさか……『一生遊んで暮らせる程の金をよこせ』とか言われたんじゃ……」
「いえ、お金は問題無いのです。と言うのも、驚く事に『金は要らない。治療費も一切請求しない』と言われまして……」
「は?それって……タダで請け負うって事か!?マジかよ!?」
「私も耳を疑いましたが……本当なのです」

リズさんはキッドの遠慮がちな発言を否定した。
金を請求されなかった事自体も驚くべきなんだろうけど、金じゃなかったら一体……?


「条件とは……その医者の下へルミアスを連れて行く事です」
「それって要は……医者が此処に来るんじゃなくて、ルミアスたちがその医者の居る場所まで行くって事ですか?」
「そうなります……」


僕の質問に対し、リズさんは小さく頷いて答えた。
でも……思ってたよりあまり厳しい条件には聞こえなかった。ちょっと大変だろうけど、ルミアスたちが医者に会いに行けばいいだけの話だ。

「……そんなにキツい条件だとは思えないが?まぁ、病気を患ってる身分で遠出なんて大変だろうけど……」
「実は、条件はもう一つあるのです」


僕が考えていた事を代弁するようにキッドが言ったが、リズさんは重苦しそうに口を開いた。


「その医者の居場所は誰にも他言しない事。そして、ルミアスの同伴者は私のみ。それ以外の人物の同行は断じて許さないと……」
「え……」


居場所を誰にも教えない。しかも同行者はリズさんのみ。
……それって、ルミアスが何処へ行くべきなのか僕たちには分からないって事になる。患者とその家族以外の立ち入りはお断り……そういう意味なのだろうか。

「……なぁ、因みに病を治すにはどれだけの時間が必要なのか分かってるか?」
「いえ、医者が言うには、完治の保証は出来るけど、どれくらいで治るのかは実際に診断してからでないと特定出来ないと……」

キッドの質問は重要な内容だったが、肝心の答えは明白なものではなかった。
でも……それって……もしかして……。


「それって……最悪の場合、二度とルミアスと会えなくなるのでは……」
「……やはりヘルムさんは察しが良いですね……」


頭に過った悪い展開は当たってしまったようだ。
病が治るのに十年か二十年、はたまたそれより長い期間を有するのか……それすら分からない。それでも遠出をするのは、もはや賭けに出るようなものだ。つまり、ルミアスが病を治す為にその医者の下へ行ったら……もう二度と会えなくなるかもしれない。

……そうか……そういう事か……。
事情を全て知った時、流石に動揺を隠すような真似は出来なかった。やっとルミアスが病の苦しみから解放されると思ったら、そのリスクが大きすぎる。天まで昇って行った心が、急に巨大な手で無情に叩き落とされた……そんな気分だ。


「……なるほど。俺の推測だと、ルミアスはその件を聞かされて……」
「……はい、推測通りです。私が自らルミアスに聞かせたら、あの子は強く反対して、仕舞には泣きながら病院を出て行って……」
「そうか……」


キッドも事情を把握したのか、やりきれない表情を浮かべながら少しだけ俯いた。
恐らく、キッドも僕と同じ心境なのだろう。キッドだって、まさか急にこんな事態になるなんて思ってなかった筈だ。

「……ルミアスとヘルムさんの仲は、ずっと前から知ってました」

と、リズさんがとても申し訳なさそうな……それでいてとても悲しい表情を浮かべながら話した。

「ヘルムさんは、初めて娘と会った時から色々と気にかけてくれて……入院した後もリハビリを手伝ってくれて本当に感謝しています。こんな素敵な人が娘と結ばれてくれたらどんなに良い事か……以前からそう思っていたので、娘とヘルムさんが恋仲になったと知った時は、私も嬉しく思いました」
「リズさん……」
「私も、二人の仲を引き裂くような愚行だけは絶対にやりたくないです。でも……この機を逃したら、娘が病から解放される日は永遠に訪れないと思うのです。私の……大切な娘が、死ぬまで病に苦しむなんて、耐えられないのです……!」

グッと涙を堪えながら話すリズさんの姿を見て、僕の心は切り裂かれそうになった。
でも、リズさんに非があるとは微塵も思わなかった。娘を大切に思うのは親として当然の事。もしも僕がリズさんの立場になったら、きっと同じ気持ちを抱えただろう。
それに、怨むべきはルミアスを苦しみ続けている病だ。無慈悲にもルミアスの身体を蝕んでいる病が憎くて仕方ない。憎んでも憎みきれない。


「…………」


ふと、さっき病室へと向かって行ったルミアスの思いつめた表情が頭に浮かんだ。
きっとルミアスは今頃、病室に籠って一人で思い悩んでいるのだろう。今日いきなり最大の選択を強いられて、精神的にもかなり参ってる筈だ。

「今はもう……ルミアスはそっとしてあげた方が良いですよね?」
「はい……そうですね……」
「分かりました。無理に会おうとしても彼女の為にならないし……今日は帰ります」

無理にでもルミアスに会おうとしても何の解決にもならないし……ここは大人しく帰る事にした。

「それでは、お休みなさい」
「お休みなさい……行こう、キッド」
「ああ……」

重い腰を上げて立ち上がり、キッドと共に病院を後にした……。



============



「ルミアス、いるかい?僕だよ。開けてくれないかな?」


翌日……ルミアスが心配になった僕は、夕方の六時頃、病院を訪ねてきた。
病室の扉をノックして呼びかけるも、部屋からは返事どころか物音すら聞こえない。部屋の中にいるのは間違いないのだろうけど、ルミアスの方は応えてくれそうにもなかった。
実は今朝にもルミアスの病室を訪ねたのだが、その時は部屋に入る事は出来なかった。仕方なく引き返した後、昼過ぎに何度も訪れたけど結局ルミアスとは顔を会わせる事は出来ないでいた。



昨日、あれから家に帰った僕はルミアスについて思い悩んでいた。

何がルミアスの為になるのか。
僕はルミアスの為に何をしてあげるべきなのか。
思案に暮れては迷い、また思案に暮れてはまた迷い……その繰り返しだった。

僕だって、ルミアスと離れるのは寂しい。もう二度と会えなくなるような事態も考えると……胸が張り裂けそうになる。
だからって、ルミアスの病が一生治らなくてもいいだなんて嘘でも言えない。ルミアスは長い間、原因不明の病に理不尽にも苦しめられてきた。それが跡形も無く消え去るのなら、そうした方がいいに決まってる。


ルミアスとは離れたくない。でも病も治してほしい。
様々な想いが胸の中で混ざり合い、複雑な気持ちは心の奥底に留まっていた。


そんな状態の中……今日の昼食時、僕を気にかけてくれてたキッドとの話で、僕は考え方を改めてみた。

『あの子の為に何をするかじゃなくて、自分は将来どうなりたいかを考えてみろ』
『将来?』
『ああ。これから来るであろう未来、お前はあの子とどうなりたいのか、キチンと考えるんだ。あの時……あの子へのブレスレットを買った時にも自分で言った筈だ』

そこで僕は、ルミアスの為になる事ではなく、将来ルミアスとどうなりたいのかを考えてみた。
僕は……ルミアスと一緒に居たいと思っている。そして、彼女の方も望んでいるのであれば、夫婦になりたいとも思っている。それは本当だ。
そうなる為にはどうすればいいのか……その事を考えてみた。


その時……僕はようやく気付いた。
自分はこれからどうすればいいのか……やっと明白な答えが浮かんだ。
そして僕は、その答えをルミアスに聞いてもらう為に、彼女に会う事を決めた。

そして……今に至ると言う訳だ。
以前買った……ルミアスへのプレゼントを持って。



「ヘルムさん……いらしてたのですね」
「リズさん、こんにちは。お邪魔してしまってすいません……」
「いえ、お邪魔だなんて滅相もないです。寧ろ娘の傍に居て欲しいと思っていまして……」

リズさんが昨日と同じように申し訳なさそうな表情を浮かべながら僕に歩み寄ってきた。

「それで……ルミアスは……」
「ええ、昨日からずっと引き籠ってまして、ご飯も食べてくれないのです……」
「そうですか……」

リズさんが言うは、ルミアスはまだ病室に閉じこもってるままだとか。しかもまともに食事もしてないなんて……。

「……その様子だと、まだ閉じこもっているようだな」
「キッド……君も来たんだね」

遅れて来るようにキッドも僕たちの前に現れた。やっぱりキッドもルミアスの事を色々と気にかけてくれてたらしい。

「キッドさん……わざわざ来て下さってありがとうございます」
「気にすんな。俺は勝手に来ただけさ。それに昨日、時化た顔しながら俯いて歩いてるこいつを見ていたら、なんだか俺も気が気でなくてな」

そんな事言われるとぐうの音も出ない。
自分では意識してなかったけど、分かりやすく顔に出てたようだ。


カチッ


すると、扉の鍵を開ける音が聞こえた。
まさかと思い、病室の扉へ視線を移すと……。


ガチャッ


「……ヘルム……みんな……」
「ルミアス!」

扉の隙間からルミアスが出てきた。
だが、その姿には以前の活き活きとした面影が見当たらない。目は虚ろでポニーテールの髪は乱れている。まともに食事も得てない所為か、少しやつれているように見えた。

「ルミアス……昨日から一人で閉じこもって、みんな心配したのよ」
「……うん……」

リズさんが心配そうに呼びかけたが、ルミアスは虚ろな目のまま生返事をするだけだった。
一瞬だけ僕へと視線を移した気がするが、それでも暗い面持が変わる気配はしなかった。

「それより、お腹空いたでしょ?待ってて。今何か買ってきてあげるから……」
「ううん、今は何も食べたくない……」
「でも……」
「それより……」

ルミアスは徐に僕の顔を見つめた。

「それより……ヘルムとお話しがしたい」
「え……?」
「そうすれば……気が楽になると思うの……」

思ってもいなかった申し出だった。
僕の方から話を申し込む予定だったのに、ルミアスの方から誘われるなんて。でも、僕にとっては都合が良い。

「ああ、いいよ。僕もルミアスに話があって来たんだ」
「そう……」
「あの……二人っきりにさせた方がいいですか?」
「僕はそれでもいいけど……ルミアスはどうしたい?」
「……お母さん、キッド……出来れば、二人だけにさせてくれないかな……」
「そう……分かったわ」
「それじゃあヘルム、俺たちは外にいるから」
「ああ、ごめんね」

そして僕たちは、二人で話をする事にした…………。



============



ルミアスが借りてる病室にて、ルミアスは病院のベッドに座り、僕はその隣にゆっくりと腰かけた。
昨日から照明に手を出していなかったのか、部屋の中はとても暗い。それでも外から放たれてる薄明りのお蔭で互いの顔は見れる状態だった。


「ヘルム……私の病なんだけど……やっと治せる医者が見つかったって聞いた?」
「ああ、昨日リズさんから聞いたよ。遠くへ行く必要があるんだってね。しかも、もしかしたら二度と会えなくなるかもしれないのも……」
「うん……全部本当なの……」

先に話を切り出したのはルミアスだった。僕の補足にルミアスは重苦しそうに頷いた。

「病が治るって聞いた時は嬉しかった。でも……まさか、こんな事になるなんて……」

弱弱しい声を発しながら、ルミアスは甘えるように、自分の腕を僕の腕に絡ませてきた。

「……離れたくないよ……前に酒場で『ずっと一緒に居る』って言ったばかりなのに……こんなの……あんまりだよ……」
「…………」

涙声で話すルミアスは、僕の腕を強く掴んでいる。今言った言葉の通り、離れたくない意思を身体で表しているように感じた。
その健気な姿を見て、これほどまでに大切に想われている喜びが湧いてきた。でも……それ以上に、どうにもならない切なさは強く心に張り付いている。
この切なさに負けずに、自分の意思を伝えるべきだ……自分自身にそう言い聞かせた。

「……ねぇ、ヘルム……お願いがあるの……」
「え?」

そしてルミアスは、今にも泣きそうな……捨てられた子犬のような目で僕を見つめてきた。


「私に……何処にも行かないでって言って。もう離れないでって言って」
「え……」
「そうすれば……私、やっと決心が付く。このままヘルムと一緒に居られる。だから……お願い……!」


ルミアスの目は、しっかりと僕の目を捉えていた。
今の発言からして、ルミアスの心の中にも迷いが生じているのだろう。医者の下へ行くべきか、それとも此処に残るべきか……決断を下せないでいる。
でも今は、その二つのうち後者に傾きかけてるようだ。そして最後の段階として、僕に判断を委ねている。


「……そうだね……僕もルミアスと一緒に居たいさ」
「……本当に?」
「勿論」


僕自身も、ルミアスと同じ気持ちを抱えていた。これからもずっと一緒に居たいと思っている。



「だからルミアス……」
「……うん……」



だから……僕は……。






「……病を治しに行くんだ。君を救ってくれる医者の下へ行ってくるんだ!」
「うん……って、えぇ!?」


ルミアスに……遠くへ行くように言った。


「君の気持は嬉しいさ。でも、その頼みだけはどうしても聞き入れられない」
「そんな……どうして!?」


僕の返答は予想外のものだったのだろうか、ルミアスは驚きを隠せないまま僕に問い詰めてきた。


「もしも君が病を治しに行かなかったら……君は大きな後悔を背負いながら生きていくのを強いられてしまう。それだけは何としてでも避けなきゃ駄目だよ」
「後悔なんてしない!ヘルムと離れるくらいなら、絶対に行かない!」
「考え直してよ。行かなかったら……今まで病と闘ってきた意味が無くなるじゃないか」
「分かってるよ!でも……ヘルムと離れるなんて嫌なの!」


思いつめたように大声を上げながら、ルミアスは僕に抱き着いてきた。


「分かってるよ……病を治さなきゃいけないことくらい、私だって分かってるよ!でも……それでも怖いの!」
「怖いって……病が?」
「違う……もう病が怖いとは思ってない。私は……ヘルムに捨てられるのが一番怖いのよ!」


……僕が……ルミアスを捨てる?一体何を言ってるんだ?
そんな事、間違っても絶対やらないのに……。

「何を言ってるんだ?僕が君を裏切る訳ないだろ。僕が愛してるのはルミアス……君だけだよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいよ。私もあなたを信じてるし、愛してる。でも……あなたにはまだ私の魔力が染みてないから、他の魔物に魅了されてもおかしくないじゃない!」
「それは……」
「私が病と闘ってる間に、何時になっても会えない私に愛想が尽きて、他の女に心変わりされると思うと……私、壊れそうなの!気が狂いそうなの!」

ここで僕は、一つ大事な事を思い出した。
ルミアスが言った通り、僕はまだルミアスと性交……もとい夫婦の契りを結んでないから、僕にはまだルミアスの魔力が染みついてない。そう考えると、何時どこで魔物に襲われても不思議ではなかった。
ルミアスが言ってる怖い事とは……この事だったのか……。


「ヘルム……あなたは初めて会った時から私を気にかけてくれた。病院に入った後も私を心配してくれて、歩く練習も付き合ってくれて、そして……こんな私を恋人にしてくれた。こんなに素敵な人、他にはいないわ!私の夫は、あなたしかいないの!あなたの代わりなんていないの!あなたにまで裏切られたら……私……!」


両目に涙を溜めながら必死に話すルミアスを見て、僕は本当に愛されてるのだと実感が湧いた。
でも……だからと言って、ここで甘やかす訳にもいかない。本当にルミアスを愛してるのであれば、ここで間違った方向へ向いてはいけない。


「……ルミアス、僕の話を聞いてほしい」


涙ぐむルミアスをジッと見つめて、僕は慎重に話を切り出した。


「君の気持はよく分かった。こんなに愛されてるなんて……僕は本当に幸せだよ。でも、僕たちの将来の為にも、君はここで踏み止まってる場合じゃないよ」
「将来……?」
「ああ。何時か君の病が治った暁には、君と正式に夫婦になりたいんだ。そして今まで辛い想いをしてきた分、僕が君を幸せにしたいと思っている。その将来を実現する為の第一歩……それは君の病を治す事さ」

僕はルミアスと一緒にいたいと思っている。
一生愛し合って生きていきたいと思っている。
だからこそ、病を治さなければいけないと考えている。
何時治るのか分からなくても……暫く会えなくなるのは寂しいけど……それはある意味、一つの試練。
それを乗り越えた時に、初めて一歩踏み出す事が出来る。

「ヘルム……そんな先の事まで考えてくれてたのね……」
「当り前さ。僕だって、大切なお嫁さんは君しか考えられないからね」

僕の言葉を聞いて、ルミアスは嬉しそうに笑ったが、すぐに暗い面持へと変えてしまった。

「でも……やっぱり怖い。あなたに捨てられると思うと……」

やっぱりまだ捨てられる不安は拭い切れてないようだ。
僕はルミアスを捨てるなんて死んでもやらないけど……言葉だけでは信じてもらえそうにない。

……やっぱり持ってきてよかった。

「そう……でもちょうどよかった。実はね、今のルミアスにこそ貰って欲しいプレゼントがあるんだ」
「え?プレゼントって……?」

そして僕は家から持ってきた紙袋から、昨日買ったプレゼントを取り出した。

「はい、特にお祝いでもなんでもないけど……受け取ってくれるかな?」
「私に?いいの?」
「他に誰がいるのさ。それとも、嫌かな?」
「ううん、嬉しい!ありがとう!」

今度はハッキリと喜びを表した笑顔を浮かべた。この愛おしい笑顔を見ていると、僕も嬉しくなってくる。
ルミアスはプレゼントを受け取り、リボンを解いて丁寧に包装紙を開ける。そして姿を現した箱を開けて、ようやく中の銀色のブレスレットと対面した。
ルミアスに渡したのは……太陽のブレスレットだ。

「わぁ……綺麗だね。これ、ブレスレットだよね?」
「そうそう。付けてみてよ」
「うん」

言われた通りにルミアスは右手首にブレスレットを付けてみた。どうやらサイズは問題なかったらしく、ピッタリとはまったようだ。

「おぉ、似合ってるね!」
「えへへ、ありがとう!」

明るく笑うルミアスを見て、思い切って買った甲斐があったなぁ……と満足感が募ってきた。

「ああ、実はさ……ほら」

そして僕は左腕の袖を捲ってルミアスに見せてみた。
僕が身につけているのは……月のブレスレットだ。

「……あれ?それって……」
「ああ、僕のは月で、ルミアスのは太陽。この二つのブレスレットは、互いに愛し合う者同士が身に着ける事で価値が出るんだよ」
「え?どう言う事?」


首を傾げるルミアスに、僕は昨日聞かされた日食の伝承と、二つのブレスレットの意味合いを説明した。
勿論、カリバルナでは日食が永遠の愛を意味する事もキチンと話した。途中までは興味津々に耳を傾けていたルミアスも、日食の意味を聞いてようやく理解したのか頬がほんのりと赤く染まっていた。

ルミアスの遠出に関する話は、このブレスレットを買った後に聞かされた。
それでも僕は買ってよかったと心から思っている。今のルミアスが、僕に裏切られるのを恐れているのなら尚更だ。
永遠の愛を意味する二つのブレスレット……ルミアスの心を支えるにはまさにピッタリだ。


「今の君は、僕に捨てられるのを恐れている。だから、僕はこのブレスレットに……そして君に誓うよ」


僕はそっとルミアスの手を握り、その瞳をジッと見つめながら宣言した。



「僕……ヘルム・ロートルは、ルミアスへの永遠の愛を誓います」



僕の言葉を聞いた途端、ルミアスの両目から涙が零れ落ちた。そしてルミアスは一呼吸置いて、涙を流しながらも僕の手を握り返した。


「……私も……あなたへの愛を……永久に誓うわ」


にっこりと柔らかくて温かい笑みを浮かべたルミアス。
その笑顔は、迷いも悲しみも無い……一つの決意を表しているように見えた。



「私……ルミアスは、ヘルム・ロートルへの永遠の愛を誓います。そして……必ず病を治すと約束します」



……必ず病を治す。
その言葉を聞いて、ようやく決心したのだと理解できた。


「……行くんだね?」
「ええ……もう迷わない!病を治す為に……ヘルムとの未来の為に、医者の下へ行くわ!」


そう話すルミアスの姿は、僕の目には凛々しく映っていた。
僕はルミアスの体を優しく抱き寄せて、そっと耳元で囁くように言った。

「……ずっと待ってる。どんなに経っても……僕はずっと待ってるからね……」
「……うん……待っててね……私も頑張るから……!」

ルミアスもそっと抱き返し、僕の胸板に顔を埋めてきた。
以前から抱き合う機会は多かったけど、この時は今までよりも一番温かく感じた。


「……うぅ……ぐすっ……」


すると、ルミアスが顔を埋めたまま小さく嗚咽し始めた。
どうしたのだろうと思っていたら、ルミアスの方から泣きながら口を開いた。

「……私……何を思い詰めてたんだろう。ヘルムはこんなにも……私を愛してくれてるのに……余計な不安に駆られて……ホント、馬鹿だった……」
「ルミアス……」
「私……あなたに出会えて……本当に良かった!私を受け入れてくれて……本当に良かった!」

僕を抱きしめる腕の力が強くなった。それと同時に、ルミアスの目から流れる涙も増した。
僕まで目頭が熱くなったけど……必死に涙を堪えてルミアスの頭を優しく撫でた。


「……ヘルム……」


ルミアスはそっと僕の胸板から顔を話、涙で潤った瞳で僕を見つめながら言った。


「これから言う機会があるのか分からないから、今言うね……」


そしてルミアスは涙を浮かべながら……今までにない、とびっきりの、明るくて幸せそうな笑顔を見せながら高らかに言った。







「こんな私の事を……愛してくれて、ありがとう!!」







「!!…………ルミアス!」
「……ヘルム……!」


こんなに嬉しい事を言われたのは初めてだった。もう理性が利かなくなり、ルミアスを力強く抱きしめた。対するルミアスの方も、僕の想いに応えるようにしっかりと抱き返してくれた。
……僕って駄目だな。ルミアスの前では泣かないように決めていたのに……もう泣いてる……。


「ひぐっ……必ず……必ず未来で一緒に居よう!さっきの伝承のように……僕たちも幸せになろう!それまで僕も、ずっと待ってるから!」
「うん……うぅ、ひぐっ!うぇぇぇぇぇぇん!」


踏ん張りが利かなくなったのか、遂に声を上げて泣き出してしまった。
つられるように僕まで大粒の涙を流し、ルミアスの綺麗な金色の髪を濡らしてしまった。

駄目だ泣いたらルミアスが濡れる……!
でも……この腕を離したくない!ルミアスを抱きしめていたい!


「ずっと待ってる!どんなに掛かっても、その時まで待ってるから!」
「うん!うん!」


こうして触れ合える時間は限られている。
だからこそ、今この時を大切にする。


「ルミアス!ずっと、ずっと愛してる!」
「うん!私もだよ!ずっと……ずっと大好きだよ!」


何度も頷きながら、僕の身体をしっかりと抱きしめるルミアス。腕から伝わる力の強さが僕の想いを奮い立たせるように感じた。


「……ヘルム……」


ルミアスが腕の力を緩めて、そっと僕に顔を近づける。僕は抗う事もなく、その綺麗な瞳に吸い寄せられるように……。



「んっ……ちゅ」



二つの影が……一つになった……。



============



「……なんだろう……二か月って、こんなに早く経つんだね」
「時の流れは早いものだよ……」

ルミアスが遠出の決意を固めてから二ヶ月後。
遂に……その時が訪れた。

「ルミアス……永遠に会えなくなるって決まった訳じゃないんだ。そんな悲しそうな顔しないでよ」
「あはは……そうだね」

これからルミアスはリズさんと一緒に、遠い国へ行く客船に乗る。
ここでルミアスとは……暫くの間お別れだ。

「ヘルムさん、今まで本当にありがとうございました。そしてキッドさん、あなたにも感謝しています」
「礼ならヘルムにだけ言ってくれよ。俺は感謝されるような事は何もやってない」
「いいえ、あなたは今日まで私たちの事を色々と助けてくれました。このご恩は一生忘れません」
「いや、そんな……」

キッドも僕と一緒にルミアスたちを見送りに来てくれた。なんだかんだ言って、キッドもルミアスたちを気に掛けている……その気持ちだけでも、二人にとってはありがたいものなのだろう。


ピィィィィ!



「……あら、そろそろ時間のようですね」
「そっか……」


そしていよいよ出発の時が来た。客船の乗組員による出発前の笛が鳴り響き、旅へ出る客に乗船を促す。

「ルミアス、行きましょう」
「うん……」

二人も客船へと向かい、船内へと通じる階段を上って行った。以前までは階段を上り下りするのも一苦労だったルミアスも、今では難なく上れている。その後ろ姿を見て、リハビリの積み重ねの成果はキチンと出ているのだと思った。

「……お、ほら見ろ、あそこだ」

キッドが指差した先には、ルミアスとリズさんが船の上から顔を覗かせていた。二人とも出航の時が来るまで、しっかりと僕たちを見据えている。

「…………」

ちょっぴり泣きそうな面持ちで僕を見つめてくるルミアスに、僕は笑顔を作って軽く手を振った。ルミアスもそれに気付き、一呼吸置いてから笑顔を浮かべて手を振り返した。その様子をリズさんは嬉しそうな……そして申し訳なさそうな表情を浮かべながら見守っていた。




ブォォォォォォ!




そして今……ルミアスの門出を知らせる汽笛が大空に響き渡った。
船がゆっくりと進み始め、風の力を帆で受けて広い海原へと旅立って行く。


……今になって、ルミアスと過ごした日々が頭に浮かんできた。
初めて会った時の、素っ気ない態度を示したルミアス。
リハビリに行き詰まり、悲痛な叫びを上げながら涙を流すルミアス。
そして……僕と結ばれた時、心から嬉しそうな笑顔を浮かべたルミアス。


どれもこれもが鮮明に脳内に映し出される。
ほんの二か月くらい前なのに、ついさっきまであった出来事のように、ハッキリと……。


「……うっ……く……」


ルミアスを見送る日は、絶対に泣かないと決めていた。
それなのに……ルミアスとの楽しかった思い出が……大切な宝物が次々と頭に浮かぶ度に、僕の目頭が熱くなってくる。


……駄目だ……泣いては駄目だ!湿っぽい展開はご免だ!
ちゃんとルミアスを見送らなきゃ!僕がしっかりしなきゃ、ルミアスに申し訳n







「ヘルムゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」







「はっ!?」


涙を必死に堪えていると、ルミアスの……僕の大切な人の声が、僕の名前を呼んでいた。


「絶対、絶対また会おう!私、頑張って病を治すから!あなたと生きる為に、頑張って治すから!それまで待っててね!」


船から身を乗り出しながら大声で叫んでるルミアスは、大粒の涙を流していた。
悲しみに包まれながらも、懸命に叫ぶ姿が頭に焼きつかれていく。
その姿を見た瞬間……僕も我慢できなくなった。



「ああ、約束だ!僕も待ってる!どんなに月日が流れても……ずっと君を待ってる!将来必ず……二人で共に生きよう!」


溢れ出る涙を拭わず、少しずつ遠くへ行ってしまうルミアスに向かって大声で叫んだ。


そうだ……必ず二人で幸せになるんだ!
さようならなんて言わない!だって、何時か必ず会うのだから!
力を合わせて、共に生きるんだ!
それまでに……僕はずっと待ち続ける!
何があっても……ずっと……!


「ヘルム!また会おう!それまで元気でね!」
「ああ!君も頑張ってね!ルミアス!」


姿が見えなくなるまで、僕は大きく手を振り続けた。
僕を愛してくれてる大切な人……その旅立ちを見送り続けた。
そして……。


「……もう……行っちゃった……」


そして……徐々にその姿が小さくなり……遥か彼方、海の先へと消えてしまった……。
残されたのは……ただの虚無感。
愛する人が遠くへ行ってしまった……とてつもない寂しさ……。


「……ヘルム……」


僕の身を案じてくれているのか、キッドが心配そうに僕の下へ歩み寄ってくれた。
こんな時に言葉を交わしてくれる親友が傍に居てくれるのは本当にありがたい。

「……はは……僕って駄目だね……」
「……何がだよ?」
「離れた直後に……もう会いたくなってるよ……それに……女々しく泣いちゃってさ……」

なんとか言葉を絞り出せてはいるが、奮い立つ感情を抑えるのが精一杯だった。


「馬鹿野郎……駄目とか言ってんじゃねぇよ……」
「え……?」


キッドは僕の隣に立ち、真っ直ぐな目で僕を見つめながら言った。


「会いたいと思うのは当たり前だ。泣きたいのなら思いっきり泣く……それでいいんだ」
「キッド……」
「こんな時くらい……無意味な意地なんか張るなよ……」


そう言われて……僕の中にある感情が爆発した。


「う……ひっく、うぁぁぁぁ!」


大きな寂しさに支配されるように、その場で両肘を付いて泣き崩れてしまった。
今の僕は……ただこうして泣き続ける事しか出来ないでいた。


「…………」


そんな僕を見るなり、キッドは何も言わずにその場で片膝を付き、僕の首に腕を回して引き寄せた。

こんな……こんな僕を自分なりのやり方で気遣ってくれている。
親友の優しさを噛み締めて、僕は声が枯れるまで泣き続けた。
泣き止むまで傍に居てくれたキッドの腕は、心地良いと思えるほど温かく感じた……。
13/04/21 19:30更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
ここまで読んでくださればお分かりになるかと思いますが、これから長きに渡る遠距離恋愛が始まる訳です。

現実の世界だと、遠距離恋愛なんて破局するとか言われてるでしょう。
でも私は……この図鑑世界でなら遠距離恋愛も成就すると思うのです。
一度愛した男には一生愛し続ける魔物娘が、その男を裏切るなんてあり得ないのですから……って偉そうな事言ってすみませんorz

そして、次でいよいよエピローグ!
前編と合わせてざっと三万文字は超えちゃいましたが、次も読んでくだされば幸いです。
ヘルムとルミアスの運命や如何に……では、また後ほど!

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