連載小説
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愛と太陽
「今日もお疲れ様。乾杯!」
「乾杯!今日もお疲れさん!」

夜空に青白い三日月が浮かぶ時間帯にて、僕ことヘルム・ロートルは、親友のキッドと二人でダイニングにて晩酌を始めていた。
ビールやワインなどの酒をテーブルに並べて、ビーフジャーキーやピーナッツなどのお摘みと一緒に楽しむ、ごく普通の晩酌。それでも長く付き合ってる友達と一緒に飲む酒は何よりも美味だった。

「ゴクゴク……はぁ!しかし、こうして二人で酒を飲むなんて久しぶりだな」
「そうだね。最近忙しかったし、キッドの方もサフィアさんの相手で時間が取れなかったからね」
「うっ……なんか悪いな……」
「気にしないでよ。好きな女を大切にするのは男として当然でしょ?お嫁さんと過ごす時間も大事にしなきゃ」

僕はロゼワイン、キッドはウィスキーのソーダ割りを飲みながら他愛もない会話を交えた。
何時もならキッドはシー・ビショップのサフィアさんと一夜を過ごすのが日課だけど、今日は久々に二人で飲み明かそうとキッドが提案したところ、サフィアさんも快く承諾してくれて今に至る。今頃ピュラちゃんと同じベッドでスヤスヤと寝ているだろうね。

「そう言われると頭が上がらないな。流石に恋愛に関しては先輩だと言われるだけはある」

キッドは微笑みながら、この船の料理人を務めている稲荷の楓が作ってくれた鶏の唐揚げを口に運んだ。僕も続くようにカマンベールチーズを摘み、ワインを胃に流し込んだ。

「恋愛に関してはって……先にお嫁さんが出来たのはキッドじゃなかったっけ?」
「実際はそうだが……先に恋愛成就させたのはヘルムだろ?」

ウィスキーを一口飲んでから、意味ありげな視線を僕に向けてきた。


……その目を見れば言いたい事は分かってくる。
キッドは彼女について言ってるのだろう。キッドも実際に会った事があるから憶えている筈だから。


「そうだね……そう言えば、あの日からもう三年は経ってるんだね……」
「あの子……元気にしてるかな……」
「元気だと思うよ。元から元気だし」
「はは、だよな」


ふと……彼女と共に過ごした光景が頭に浮かんだ。
共に笑い合ったり、喧嘩したり、仲直りの後にまた笑い合ったり……本当に楽しい日々だった。
三年前の……あの日までは……。


「ルミアス……」




〜〜〜三年前〜〜〜


三か月に及ぶ航海が一段落したところで、僕はキッドと共に、生まれ故郷であるカリバルナへと帰郷していた。


「それじゃ、次の航海はこのルートで行くか」
「そうだね。ジパングにも興味あるし……このルートなら旅の期間は約一ヶ月だね」
「それまでに十分身体を養っておかないとな」

様々な人たちで賑わう酒場……夕方になってきた為か、店の中は仕事を終えて酒を楽しむ男たちの活気で満ち溢れていた。現に店の片隅には、アルコールが強いウィスキーを飲みすぎてグロッキー状態になってる男の山が出来ていた。

「しっかしまぁ……よくもこんなに騒げるもんだな」
「まぁ、たまには思う存分はしゃぎたいんでしょ」

そんな賑やかな空気の最中、僕は酒を一滴も飲まずに、店の片隅の席に座ってキッドと時を過ごしていた。
テーブルにカリバルナを中心とした海図を広げ、三ヵ月後からの航海ルートをキッドと話し合って決めていたところだった。

「で、今日はヘルムは飲まないのか?」
「この後家に帰って、本を五冊くらい読み切ろうと思っててね。酔っ払ってる状態じゃ文字もまともに読めないよ」
「相変わらず勉強熱心だな。俺じゃとても真似出来ない」
「キッドはもっと本を読むべきだと思うな。今度三冊くらい貸そうか?」
「いや、気持ちだけ受け取っておくさ。考えるだけで頭が爆発しそうだ」
「君は相変わらず肉体派だね」
「お前は相変わらず頭脳派だがな」

……やっぱりキッドと一緒に居ると楽しい。幼い時からの親友と過ごす時間は何よりも格別だと、胸を張って言える自身がある。
僕が今まで海賊の副船長を続けてこれたのも、キッドの支えがあったお陰だと思っている。正直言って、人の上に立つ役割は昔から苦手だったけど、船長であるキッドがフォローしてくれてるお陰だと常に思っていた。


カランカラン


「……あ、キッド殿。此処におられましたか」
「ん?」


店の扉の鐘が鳴ると同時に、凛々しい女性の声が聞こえた。
何者かと思い振り返ってみると、カリバルナの騎士の服を着ているケンタウロスがこちらに歩み寄ってきた。

「おお、アンタか。こんな所まで来てどうしたんだ?」
「はい、ルイス国王様が王室まで来て欲しいとの事で」
「叔父さんが?」

どうやらルイス国王からのお呼びがかかったらしい。
実はルイス国王はキッドの叔父であり、僕たちの海賊家業を援助してくれている人物でもある。
事実、このカリバルナは海賊たちの活動に貢献している事から、世界中から『海賊の国』とも呼ばれている。名前だけ聞けば危険な国だと誤解されがちだが、実際は人間も魔物も仲良く暮らしてる、とても治安の良い国としても評判が高いのだ。

「……しゃーない、行って来るか」

そう言いながら、キッドは徐に席から立ち上がった。

「ヘルムはどうする?一緒に店を出るか?」
「いや、ちょっと小腹も減ってるから、何か適当に摘んでいくよ」
「分かった。それじゃ、またな!」

自分の分の代金を机に置いて、キッドは別れの挨拶をしながらケンタウロスと共に店を出て行った。

「……さてと……どうしようかな……」

一人で寂しく席に座る状況下に置かれてしまい、とりあえず小腹を満たす為に何か適当に注文しようと、メニューへと視線を移した。
あまり重過ぎるのはちょっとなぁ……フライドポテトはキッドと食べたばかりだし、ここはチーズの三種盛りかな?


バッ



「だ〜れだ?」
「!?」

目元が何かに覆われて、視界に入るものが全て黒く覆われた。
柔らかくて温かい人の手の感触……ちょっと古い戯れだと思いながら、僕は声の主の名前を言った。



「……ルミアス」
「むぅ……もうちょっと悩んでくれてもいいのに」
「毎回同じ事をやられたら悩む余地も無いでしょ?」
「そりゃそうか」



温かい手が離れて視界が通常通りに戻り、ゆっくりと後方へと振り向いてみる。
ポニーテールの金髪を靡かせてる魔物エルフ……ルミアスだ。


「それで、一人でこんな所に来てどうしたの?」
「いや、さっきまでキッドと一緒に居たんだけど、途中でキッドが離脱しちゃってね。何か適当に食べたら出ようと思ってたところなんだ。ルミアスこそ、どうして此処に?」
「時間を持て余しちゃってね。ヘルムってよくこの店に居るから、もしかしたら会えるかな〜って思ってね。あ、ここ座ってもいい?」
「どうぞ」

明るい笑みを浮かべながら、ルミアスは僕の真正面に腰かけた。
でもルミアスがこんな所まで来てるなんて……色々と不味いのでは?
そんな事を心の中で思った。何故なら彼女は……。


「……でも、病院から抜け出しちゃっていいの?まだ病気が完治した訳でもないのに……」
「大丈夫よ。外出の許可も貰ったし、多少激しく動いて悪化するような病気じゃないから」
「そう……でも無茶だけは駄目だからね?」
「……ありがとう」


そう言葉を投げかけながら、僕はチラッと彼女の両足……義足へと視線を移した。本物ではない、人工の足……ズボンで隠れてるからよく見えないけど、彼女の足は人の手によって作られた足だ。


実を言うと、彼女は幼い時から難病を患っていた。昔から足の自由が利かなくなっており、思うように歩けるような状態ではなかったのだ。しかも病は足だけでなく身体中にまで影響を及ぼす危険性がある為、これ以上悪化させない為にも両足の切断を余儀なくされてしまった。そして後に新しく取り付けられたのが、今の義足という訳である。

今でこそ不自由なく歩けたり、最近では走ることも容易に出来てはいるが、厳しいリハビリを積み重ねて得た賜物でもある。僕もずっと前から彼女に付き添ってきたのだから、その苦労は十分分かっているつもりだ。

しかし、肝心の病の方は完全に治った訳ではない。今でも彼女は病院に入院中で、投薬と検査を繰り返す日々を送っている。元は純粋なエルフだった為、魔物化によって病も改善されると見込まれてた時もあった。しかし、どうやら見解が甘かったようで、魔物化で改善されるような前兆は見られなかった。

今現在では病院の薬のお陰で病の悪化も発生せずに現状維持を保ってはいるが、いつ何が起こっても不思議ではない。ルミアスはある意味……病との戦を繰り返す日々を送っているようなものだった。


「今思えば……あなたは初めて会った時から何時も私を気に掛けてくれてたよね。お母さんと一緒に村から追放された時も、船に乗せてもらった時も、病院に入った後も……」
「あはは……今思えば、性に合わずに行動的だったよ。それとも……迷惑だったかな?」
「ううん、あなたが親しく接してくれたお陰で……私を受け止めてくれたお陰で……」

ルミアスは、心から嬉しそうな表情を浮かべながら言った。


「あなたの恋人になれたのだから!」


「…………」
「ヘルム……顔赤いよ」
「いや、そりゃ、ね……」
「もしかして、酔っ払っちゃってる?昼間から酒の飲み過ぎは身体に良くないよ」
「いや、僕まだ一滴も飲んでないよ……」



・・・・・・・・・・



僕とルミアスとの出会いはあまりにも突然なものだった。
キッドと共に海賊稼業に努めてた僕は、カリバルナへの帰郷の途中で島に立ち寄ってた。大きな木々が生い茂る森が広がっており、グリズリーやアルラウネなどの魔物も多く住んでいる自然豊かな島だった。
上陸した時に島の住民であるアラクネの話によると、森の奥にはエルフの集落があるとの事。ただ、エルフは人間に対して嫌悪感を示している種族。迂闊に近寄ったら弓矢で仕留められるのがオチだと十分分かっていた為、僕たちは極力エルフの集落には近づかないように気をつけていた。


そして上陸してから一日後、このまま一直線にカリバルナへ帰ろうとしたその時……

ガサガサッ!

「!?」
「誰だ!?」

森の中から二人の人影が僕たちの前に現れた。

「はぁ、はぁ……!?人間!?」

その二人こそ、今では僕の恋人となったルミアスと、その母親のリズさんだった。


ルミアスは僕たちが島に居た事を知らなかったのか、最初こそ驚いたものの、すぐに敵に立ち向かうような鋭い目つきで僕たちを睨んできた。だが、ルミアスはリズさんに肩を貸してもらって立ってるのが精一杯で、とても戦えるような状態ではなかった。
しかも驚く事に……彼女の足は本物ではなく、人の手によって作られた人工の足、つまり義足だった。

「……お願いします!私たちを船に乗せてください!」

一方のリズさんは元から融通が利く人だったのか、僕たちを見ても敵意を見せなかった。それどころか、深く頭を下げて懇願してきたほどだ。


「おいおい……一体何があったんだよ?」


と、キッドが怪訝な表情を浮かべたが、ルミアスの危機的な状態を目の当たりにして、これは放っておけないと判断したようだ。
詳しい事情は後で聞くとして、僕たちはルミアスとリズさんをカリバルナまで同行させる事にした。


「……あ、あの……こんにちは」
「…………」

船に乗って航海中、何を思ったのか、僕はルミアスに話しかけた。
今思えば、この時点で僕は既にルミアスに惹かれてたのかもしれない。

「えっと、君……名前は?」
「……ルミアス」
「そうか……ルミアスか。僕はヘルム。ヘルム・ロートル」
「…………」

互いに名乗り合った途端に、早くも話題が尽きてしまった。
『君の両足、どうかしたの?』と聞こうと思ったけど、あまりにも不謹慎すぎると判断した為口を閉ざした。
他にも色々と話題を出そうと思案に暮れたが……どう言う訳か、ルミアスの前にいると心臓が早鐘を打って上手く口が回らない。
挙句の果てには……。

「……用が無いならこっち来ないで」

なんて言われる始末だ。
なんとも我ながら情けない姿だよ……。

「あはは……ご、ごめんね……」



・・・・・・・・・・



「……どうかした?」
「ああ、初めて君と出会った日を思い出してね」
「あぁ〜、あの時ね」

頭の中であの時の情景を思い浮かべていると、急にルミアスに声を掛けられた。

「あの時は僕も参ったよ……勇気を出して話しかけたのに素っ気なくされてさ……」
「いや、あの時は人間自体に警戒していたし……」
「あはは……まぁ、今となっては笑いながら語れる思い出だよ」
「そう言ってくれると、肩の荷が降りたわ。実はちょっと気にしてたのよ。キツイ事言っちゃったなって……」

僕とルミアスはあの時の事を笑い合いながら話した。
今思えば、初めて会った時が一番気まずい空気が流れていたような気がする。ルミアスも人間に対してあまり良い話を聞かなかった為か、心を開いてくれるのにかなりの時間を有した。
僕も途中で凹みそうになったけど……今では頑張って接した甲斐があったと思っている。こうしてルミアスと結ばれたのだから……。

「あ、そう言えばヘルム、何か注文しないの?」
「ああ、そうだった。ルミアスも何かいるかい?」
「う〜ん、私はいいかな。ちょっと手持ちが無くて……」
「何言ってるのさ。飲み代くらい奢らせてよ」

そして僕は近くを通ったオークの店員を呼んで注文した。

「えっと……鳥軟骨の唐揚げと、赤ワインを一杯」
「はい、まいど!そっちの嬢ちゃんは?」

オークの店員に視線を向けられて、一瞬戸惑いを見せたルミアスだが、やがてその気になって注文した。
……あ、癖でワイン注文しちゃった。後で読書する予定だったけど……まぁいいや。明日にしよう。

「私は……ロゼワイン一杯と、マグロの握りを五貫」
「はい、まいどあり〜!ちぃと待っててくれよ!」

注文を聞いた店員は厨房へと足を進めて行った。
相変わらず元気な店員だ。裏では旦那さんにヒィヒィ言わされてるらしいけど……。

「そう言えばヘルム、あの時の事憶えてる?」

ふと、急にルミアスが何かを思い出したかのように話を切り出した。

「ん?あの時って?」
「ほら、私が入院したばかりの頃よ」



・・・・・・・・・・



「……そろそろ聞かせてもらおうか」

と、徐に口を開いたのはキッドだった。
ここは病院の待合室、キッドと共にルミアスのお見舞いに来ていた僕たちは、ちょうどリズさんとバッタリ出会った。
『もうそろそろ詳しい事情を聞いてもいいだろう』と言うキッドの提案から、僕たちはリズさんから今までの経緯を話してもらう事になった。

「初めて会った時は事情を聞く暇が無かったが、今なら話せるだろ?何故集落から出てきたのか、アンタの娘の足についても聞かせてもらいたい」

それは僕も気になっていた。
初めて会った時、ルミアスはまともに立てる状態には見えなかった。リズさんの手助けがなければ歩く事もままならない。
そして彼女の足は義足だった。あの足を持ったまま産まれてきたとは到底思えないし、一体何が……?


「話せば長くなりますけど……」


リズさんは口を開き、今までの経緯を重く話し始めた。


「今は既に亡くなられてますが、夫である男のエルフと私との間に生まれたのがルミアスです。しかし、私も夫も病気を患っていないのにも関わらず、あの子は生まれた時から足に原因不明の難病を患っていました」
「……病?」
「はい。どうにも足が思うように動かせず、人の手を借りなければ立つ事もままならない程酷い状態でした。集落のエルフたちもどうにかあの子の病を治そうと協力してくれましたが、結局治し方も、原因も分りませんでした」

病か……それで歩く事も立つ事も出来なかったのか。

「そんなある日……あなたたちと出会った日の事です。娘は魔物の魔力に侵食されてしまったそうなのです。それを知った村の仲間たちは娘を村から追い出そうと決めて……その決断に納得出来なかった私は、娘と共に村から出ていく事にしたのです」

それについては聞いた事がある。エルフは高潔で誇り高い精神を持っていて、人間や魔物など、他の種族を嫌っている。特に性に対する事には強い拒否反応を示すらしい。その為、仲間のエルフがサキュバスなどの魔力に侵された場合、その魔力を敏感に察知して、自分たちまで被害が及ばないように即座に村から追い出すと聞いていた。
本で読んだ話だったけど、どうやら本当だったようだ。現に僕の目の前には、仲間たちから外されたエルフの母親がいるのだから……。

「……酷い話だ。自分の仲間が魔力に侵されただけで、全員揃って手の平返して除け者にするなんてよ!」
「……言いたい事は、僕も一字一句同じだね」

憤慨だと言わんばかりに、キッドは不愉快そうな表情を浮かべながら言った。
それについては僕も同意見だった。今までは特に何も思わなかったが、実際に話を聞いてみてよくよく考えてみたら、本当に腹立たしい。
いくら誇り高いとは言え、仲間を想う気持ちが無いなんてどうかしてる!そう思えてならなかった。

「仕方のない事です。それがエルフの掟ですから……」

リズさんは嬉しそうな……それでいて、どこか困ったような笑みを浮かべた。

「……あの、一つ訊いてもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」

ここで僕は、話の中で疑問に思っている事を訊いてみた。

「彼女の足ですが……何故義足になってるのですか?」
「ええ、実は村に居た時ですが、例の病は足を動かせなくなるだけでなく、放置すると身体中にまで影響を及ぼす恐れがあると判明したのです。そこで苦渋の選択として、身体が動かなくなる前に両足を切断する事になったのです」

足だけじゃなく、身体にまで……つまり、これ以上身体に影響させないように両足を切断したと言う事か。
でも……。

「でも、僕が知る限り、エルフは他の種族との関係は極めて薄いと聞いています。そのエルフたちが義足を元から持っていたとは思えないのですが……」

義足とは人口の足……要するに作り物だ。自然と共存し、他の種族との交流を絶ってるエルフが、自分たちの技術だけで義足を作れるとは思えなかった。
以前見たルミアスの義足……あの精密な造りは誰かによって造られたものとしか考えられない。だとしたら、あの義足は……。

「はい……実は以前、私たちの村に近寄った人間の女の旅人が一人いました」
「……あなたたちの村に?」
「はい。偶然にもその旅人は医者でして、ルミアスの足の病を知った彼女は、持参していた二本の義足をルミアスに差し出してくれました。両足の切断手術を施したのもその旅人です」
「なるほど……」

医者の旅人か……その人が持っていた物なら納得できる。

「しかし……ルミアスの足を取り替えてからまだ一週間も経ってないので、歩く事も立つ事もままならないのです。リハビリをして歩けるようになろうと思った時には……」
「……既に魔力に侵されてた……」
「はい……」

リズさんの説明を補足するようにキッドが静かに付け足した。
なんともタイミングの悪い時に魔物化してしまったようだ。しかも歩けないと知られておいて追放だなんて、あまりにも無慈悲だ。

「あの……ところで、ルミアスさんはどちらへ?」
「あの子なら外のリハビリ場にいます」

だとしたら……恐らく、今はリハビリに励んでいるのだろうな。
帰る前にちょっと会いに行こうかな……。



ガシャーン!



「!?」

突然、何やら大きい物音が外から響いてきた。
確か、音が聞こえた方向は……。


「リハビリ場からだ!」
「ルミアス!」

僕たちは慌ててリハビリ場へと向かって行った。病院の扉を突き破るように潜り抜け、裏へ回ってリハビリ場に到着した。


「いったぁ……」
「だ、大丈夫ですか!?」


そこでは何やら頭を押さえながら地面にペタリと座ってるルミアスと、慌ててルミアスの身体を支えているホルスタウロスの看護師がいた。

「ルミアス!どうしたの!?大丈夫!?」
「お母さん……うん、ちょっとね……」
「それが、ルミアスさんがリハビリ中に自棄になって、いきなり走り出してしまいまして……」

慌ててリズさんがルミアスに駆け寄った。看護師の話によると、ルミアスはリハビリの最中に走り出したとの事。まだ普通の歩きすらまともに出来ないのに走るなんて……無謀も良いところだ。

「ルミアス、ちゃんと看護師さんの言う事を聞いてなきゃダメでしょ!」
「……聞いたって上手く出来ないから仕方ないでしょ」

リズさんがルミアスを穏やかな口調で宥めたが、ルミアスは不貞腐れた様子で反抗してきた。
この様子からして……上手く歩けない事に苛立ちが募っているのだろう。誰だって何事も思い通りにいかなければ不安になるものだ。

「今は上手く出来なくても、毎日頑張れば必ず歩けるようになるわよ」
「何よ!同じ事何回言えば気が済むのよ!いっつもそればっかり!もううんざり!」

イライラがピークに達したのか、ルミアスはヒステリックに大声を上げた。

「ルミアス、ちょっと落ち着きなさい!」
「うるさいわよ!私の事は放っといてよ!」
「そんな事出来る訳無いでしょ!あなたは私の大事な娘なのよ!」
「…………」

ルミアスはリズさんの言葉を聞いて、小さく俯いて黙り込んだ。
この一言が効いたのかな……と思っていたら……。



「……じゃあ……なんで……」



腹の中から絞り出すような声を発したかと思えば、キッと鋭い目つきでリズさんを睨みつけた。




「なんでこんな身体の私を産んだのよ!本当に大事なら、ちゃんとした身体を持たせてから産んでよ!!」



迫力のある悲痛な叫びは周囲の空気中に響き渡るように聞こえた。
だが、そう叫んだルミアスの目には大粒の涙が浮かんでいる。


「私もみんなと同じように歩きたいって思ってる!だってそれが普通の事でしょ!でも、その普通の事も普通に出来ないなんて、こんな辛い想いを毎日味わうなんて!」


……この一言で、ルミアスの心の内が見えたような気がした。
間違いなく、ルミアスも悔しいと思っているのだろう。生き物が歩くのは当たり前。でも、その当たり前の事もまともに出来ない……僕の想像よりも遥かに辛い事なのだろう。


「子供の頃から病の所為で村の仲間たちとも遊べなくて、大きくなるにつれて仲間から距離を置かれて、挙句の果てには追放されて……もう嫌!なんで私だけこんな想いをしなきゃいけないのよ!」


……僕が思ってる以上に、ルミアスは精神的にも追い詰められてるようだった。
ルミアスの為に何か出来る事は無いものか……心の中でそう思った瞬間だった。


「こんな……こんな不憫な目に遭うくらいなら、産まれて来なきゃよかった!私なんて死んだ方が良いのよ!」
「!!」


この一言を聞いた瞬間、リズさんの表情が初めて険しくなった。
開かれてる手のひらを振り上げて……!



ガシッ!



「…………」
「……ヘルムさん?」
「ヘルム?」


気付いた時には……振り下ろされるであろうリズさんの腕を掴んで、動きを止めていた。
自分でも、何故このような行動に出たのか理解出来ていない。ただ、暴力だけでは何も解決しない……そう思った時には手を出していた。


「……ルミアス……」


僕はリズさんの腕を離し、座りこんでるルミアスに視線を合わせるように屈んで話しかけた。


「辛いと思ってるのは僕にも分かるよ。でも、死んだ方が良いだなんて言わないで欲しいな」
「……気休めなんかいらないよ!」
「気休めとは違うよ。だってさ、この世に死んで良い人なんて一人も居ないんだよ。それに、僕は君に出会えて本当に良かったって思っているんだ」
「え……?」

ルミアスは涙を浮かべたまま目を点にして僕を見つめた。
会えて良かったと言われるなんて……多分思わなかったのだろう。でも、今言った事は嘘じゃない。

「僕自身、君の全てを知ってる訳じゃないから偉そうな事は言えないけど……君の明るくて優しい性格は見ていて元気になるんだ。君のお陰で僕は元気になってる……本当だ」
「……私……そんなに大した存在じゃないよ……」
「君がそう思っても、僕はそう思わないね」

僕はすっくと立ち上がり、片手をルミアスに差し出した。

「大した事は出来ないけど……よかったらさ、僕にもリハビリのお手伝いをさせてくれないかな?」
「え……」

今思えば、我ながら大胆な行動だったと言える。僕には医学なんて、本を読んだ知識程度しかないけど、それでもルミアスを支えたいと言う想いが、身体を動かしたのだと思えた。

「君も歩きたいと思っているのなら、必ず出来るよ。君にだって立派な足があるんだ。出来ない理由なんて無いよ」
「…………」
「一人でも多くの人と頑張った方が早く上達すると思うんだけど……嫌かな?」
「……ええ……いいけど……」

ルミアスの方も最初は戸惑ったけど、自分から僕の手を取ってゆっくりと立ち上がった。

「それじゃ、始めようか」


こうして、ちょっと短いリハビリの時間が始まった。




「さぁ、まずは右足を前に出してみて」
「うぅ……」
「大丈夫、ほんの少しで良いんだよ。焦らないで」
「え、ええ……」
「うん、良い感じ!今度は左足でやってみて」
「……よっと」
「上手い上手い!その調子だよ!」
「そ、そう?」
「そうそう!はい、もう一回右足から」
「……よっ」
「うん、次は左」
「それっ」
「良いぞ!右!」
「はいっ」
「左!」
「はいっ!」
「右っ!」
「はいっ!」
「ほら、上手く出来た!凄いね!」
「……うん!」



この時初めて、ルミアスは僕に明るい笑みを見せてくれた。
この時のルミアスは、本当に綺麗だと心から思えた……。





リハビリを始めてから数時間後……気付いた時には空が夕焼けに染まり始めてきた。
ルミアスの身体の事も考えて、今日のリハビリはこれにて終わりとなった。


「凄いですね……信じられません。たった数時間であれほど進歩するなんて……!」
「えへへ……」


今まで付き添ってた看護師さんは感嘆の声を上げ、それを聞いたルミアスは照れ笑いを浮かべた。
確かにルミアスの進歩は驚くほど速かった。一歩一歩の間隔は短いものの、人の手も借りずに続けて歩けるようになったのだから、称賛するべき事だ。

「……よくやったわルミアス。本当に頑張ったわね」
「……お母さん……」

リズさんが嬉しそうな笑みを浮かべながらルミアスに歩み寄ったけど、ルミアスは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「……お母さん……その……ごめんね……」
「……ううん、分かればいいのよ」

先ほどの自分の失言を謝ったルミアスに対し、リズさんは優しくその身体を抱きしめた。
無事に親子の仲直りも出来たし、ひとまず一件落着かな。

「……ヘルムさん……」

親子の姿を微笑ましく見守っていると、リズさんがルミアスを離し、温かい笑みを浮かべながら僕に歩み寄ってきた。

「本当に……本当にありがとう。あなたが私たちの前に現れてくれて良かった……」
「いえ、そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃないわ。あなたは娘の恩人よ」

リズさんに深く頭を下げられて、なんだか気恥ずかしくなってきた。

「……なぁ、話に割り込んで申し訳ないんだが……ヘルム、そろそろ帰らないか?」
「そうだね。それじゃあ、僕たちはこれで……」

今まで傍らで僕たちを静かに見守ってたキッドが話しかけてきた。
そうだ……もうこんな時間だし、長居する訳にもいかないか。
キッドと一緒に帰ろうとした瞬間……。


「あ、ヘルム!」


急にルミアスに呼び止められた。
……あれ?今初めて名前で呼ばれた。
……ちょっと嬉しい。


「その……今日はありがとう。手伝ってくれて嬉しかったよ……」
「そう……僕も力になれたようで嬉しかったよ」

ルミアスは嬉しそうに笑っていた。
この笑顔を見ていると、僕も少しは役に立てたのだと思えて嬉しかった。ルミアスにはこれからも頑張ってリハビリを続けて、歩けるようになって欲しいな……。

「それと……もし良かったらさ……」
「ん?」
「……また明日……会いに来てくれるかな?」
「え……」

予想外のお誘いだった。まさかルミアスの方から頼まれるなんて思わなかった……今まで素っ気ない態度を見せられてきた為、少しでも距離を縮めれるには時間が掛かると思ったら……。

「……あ、ああ、いいよ!それじゃ、明日の午後はどうかな?」
「うん!待ってるよ!」

僕の返答を聞くなり、ルミアスはパッと明るい表情を浮かべた。
……明日は絶対行こう。心の中で固く決断した。


「それじゃあルミアス、また明日!」
「うん!ヘルム、明日も絶対来てね!」



ルミアスと約束を交わし、僕はキッドと共に病院を後にした。
その帰り道……。


「お前も中々やるな。結構カッコよかったぞ」
「あはは……僕はただ、彼女を助けたいと思っただけさ」
「ほう……ルミアスに熱を上げられたか?」

と、キッドはニヤニヤと意味ありげな笑みを見せてきた。
……とりあえず、その心中探るような視線を向けるのは止めて欲しい。

「……どういう意味?」
「言葉通りだ」
「余計分からないよ」
「頭の良いお前に限ってそれは無いだろ」
「だから分からないって」
「とか言ってお前、ルミアスが船に乗ってた時も積極的に話しかけてたじゃねぇか。その割には毎回そっぽ向かれt」


ドスッ!


「いてっ!」
「……とりあえずその煩わしい口を閉じててくれないかな?」
「……へいへい」


これ以上余計な事言われないように肘で脇腹をど突いてやった。



でも、この時僕はこれからの展開を知る由もなかった。
まさか、ルミアスに会いに来た瞬間に、彼女からあんな事を言われるなんて……。


『私……ヘルムが好きになったみたいなの!だから、私をヘルムの恋人にして!』


・・・・・・・・・・


「……忘れる訳ないさ。あれが全てのきっかけだからね」
「うん、あの時は異常だと思うくらい狂ってたけどね。ヘルムが居なかったら、今頃どうなってたか分からないよ」
「はは、そうかな。でもさ、病室に来た時は驚いたよ。いきなり告白だなんて……」
「そうね、我ながら大胆だったわ。昔の私だったら考えられないけど、あれも魔物の性分の所為でもあるのかもね」
「やっぱり魔物ってみんなそうなのかな?」
「多分ね。今思えば、あの時にヘルムの事が好きになったんだろうなぁ……」


互いに笑いあいながらあの時の事について話した。
よくよく考えれば、出会ってからそんなに日が経ってないのに交際の申し出なんて……魔物から見れば一般的なんだろうけど、あれには驚かされた。


「まぁでも、あの時は嬉しかったけどね……」
「……うん、私も……ヘルムの恋人になれて嬉しかった」

それでも僕自身、元からルミアスには惹かれてたから戸惑いながらも受け入れた。あの時のルミアスの嬉しそうな笑顔は今でも鮮明に頭に焼き付いてる。勢いよく抱きつかれて尻もちを着いたのも良い思い出だ。

「……でも……」
「?」

ふと、ルミアスの表面が暗くなった。なんだか申し訳なさそうな……それでいて残念そうな表情を僕に見せている。

「……ヘルムとセックスしてあげられないのは申し訳ないな……」
「……いや、それ公の場で言える事?」
「だって……キスはやったけど、その先がね……」
「それは仕方ないよ。まずはちゃんと病を治さなきゃ」
「……そうね!」
「と言うか、君もエルフにしてはやたらと下の方に積極的だね」
「あはは……まぁ、確かに以前までは下品で汚らわしいって考えてたけど、ヘルムとなら良いかなって思ってるのよ」

そう……見た目は元気そうだけど、実はルミアスは性交してはいけない状態になっているのだ。その原因はルミアスの病にある。
聞いた話によると、ルミアスの病は感染性を備えており、性交した相手にもれなく伝染する特性を秘めてるらしい。キスくらいならセーフだけど、性器を舐めるのは勿論、本番行為なんてしたらその時点で伝染してしまうとの事。
魔物化したエルフにとってはかなり厄介な性質だが、今は病院の薬のお陰で食い繋いでるとの事。彼女の病が完治するまで、僕も彼女との行為はお預け状態。まぁ、僕はそれでも苦に思ってはないから問題ないけどね。


「へいお待ち!」


すると、さっきのオークの店員が注文のメニューを運んできた。
僕が頼んだ赤ワインと鳥軟骨の唐揚げ、そしてルミアスのロゼワインとマグロの握りをテーブルに並べた。

「追加注文はあるかい?」
「いや、今のところは無い」
「あいよ、ごゆっくり!」

活気の良い返事を発して、オークの店員は領収書をテーブルに置いてから厨房へと戻って行った。

「それじゃ……」
「ねぇ、ヘルム……」
「ん?」

注文したものが全部揃ったところで乾杯しようと、ワイングラスに手を伸ばした瞬間、ルミアスが静かに話しかけてきた。


「……私たち、ずっと一緒だよね……」


……その問いに対する僕の答えは、揺るぎないものだ。


「勿論。ずっと一緒だよ」
「……うん!」


彼女の……太陽のように明るくて温かい笑みを見た瞬間、僕の心の中でまた一つ固い決意が出た。
ずっと、この笑顔を守っていこう。ルミアスの病が治ってない今でも、治った後も、その先もずっと…………。


「それじゃ、晩酌……にしてはちょっと早いけど……」


僕とルミアスはそれぞれのワイングラスを片手に……。


「乾杯!」


グラスの音を響かせて、僕たちは夜遅くまで楽しい時を過ごした。


こんな幸せが……何時までも続いて欲しい……心からそう願っていた。




しかし……運命とは残酷なもの。一人の人間の願いなんて易々と聞き入れる訳もなかった…………。
13/04/21 19:30更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
今回は我がキッド海賊団の副船長、ヘルムに纏わる過去の話でございます。
私の処女作である「海賊と人魚」の連載スタートと同時に初登場したヘルム。シリーズ展開を続けてる今や、彼はもはやレギュラーキャラの立ち位置にいます。
ヘルムの登場からおよそ一年と半年以上が経ちましたが、もうそろそろ投稿しても良いと判断し、この話を出しました。

なんか、前々からヘルムは魔物娘と結ばれない哀れな非モテ男みたいなイメージが定着しっちゃってますが、それはちょっと違いますよ?
あいつはね、我々の知らないところで青春を謳歌してたのです。
彼女とキャッキャウフフな毎日を楽しんでるリア充になっていたのです!そして今でもリア充なんです!

疑わしいと思われるかもしれませんが……これ、ずっと前から懐で温めてた話なんですよ?

それでは、後半も続けてどうぞ。

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