連載小説
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晩酌
〜〜〜今現在〜〜〜


「…………ム……ルム…………ヘルム!」
「はっ」


聞きなれてる声が僕を呼び、僕の意識を取り戻させた。


「おいおい、大丈夫かよ?目ぇ閉じて黙りこんじまったから、眠ったのかと思ったぞ」
「あはは……大丈夫だよ。ルミアスとのお別れを思い出してさ」
「……そうか……」

僕の向かい側に座ってるキッドは、グラスに残ってるウィスキーを一気に飲み干した。


「ふぅ……そうだ。ルミアスって聞いて思い出したんだが、お前の行動力も大したもんだな」
「え?何の話?」
「いや、今身に着けてるブレスレットの事だよ」
「ああ、これか」

キッドに指差された左手首にそっと手を添えた。
服の袖で見えてないけど、実は月のブレスレットは今でも身に着けている。戦闘の時も、風呂に入る時も、夜寝る時も、肌身離さずちゃんと付けている。ルミアスとの誓いの証は、これからも何があっても手放さない……そう決めたんだ。

「ルミアスたちを見送った後、カリバルナに住んでる一流の魔術師に頼んで、そのブレスレットに魔力を掛けるように頼んだんだろ?」
「ああ。独り身の魔物から避けられる魔力をね。そのお蔭で今でも助かってるよ」
「俺にはそんな発想は無かったな。初めて聞いた時には『その手があったか!』って感心しちまったよ」

そう……今キッドが言った通り、僕が付けてる月のブレスレットには魔力が込められている。それも、夫のいない魔物から遠ざけられる魔力だ。
これは僕が自ら望んだ事でもある。ルミアスとの誓いを守る為に、僕はカリバルナに住んでる魔術師に、ブレスレットに魔物除けの魔力を与えるように頼んだのだ。その魔術師は元は教団に属していた為か、魔物を避ける魔術も容易に出来た。
お蔭でこのブレスレットは、今では誓いの証でもあり、大切なお守りとなっている。現にこの船には未だに夫のいない魔物が少なからず乗ってるけど、今まで言い寄られた事は一度も無い。今日まで魔物に襲われなかったのも、このブレスレットのお蔭だ。


「……あ、そう言えばヘルム……」


ふと、キッドが何かを思い出したような仕草を見せて僕に話しかけた。


「お前さ、ルミアスと出会う前は剣一本で戦ってたよな?」
「ああ、そうだね」
「だが、あの日……ルミアスと離れた日から何を思ったのか、盾を使い始めたよな。まさか、それもルミアスと何か関係があるのか?」
「へぇ……そこに気付くとは流石だね、キッド」


そう……一昔前の僕はちょっと短めの剣一本で戦うのが戦闘スタイルだった。その時は盾なんて使ってない。
キッドが今言った通り、実は僕が盾を使うのには一つの理由がある。
それは……ルミアスとの誓いの証であるブレスレットを守りたいからだ。


「簡単に言うと……この左腕のブレスレットを戦闘で傷付けたくないのが一番の理由なんだ。あの店の店長は、簡単には壊れないって言ってたけど、それでも不安になってね。それでどうすれば良いのか考えた結果、盾を持って戦う事にしたんだ」
「そう言う事か……」
「ああ、知ってるだろうけど、僕は右利きなんだ。だから自然と左手に盾を持つ構えになる。ブレスレットと同時に僕自身の身も守れて、まさに一石二鳥……そう思わない?」
「確かにな」

キッドは納得したように口元を吊り上げた。
使い慣れてなかった分、盾をマスターするにはちょっと時間が掛かってしまった。剣と盾……それぞれ一つずつ片手に持って戦う戦法は簡単そうで難しい。何度もやられそうになったところをキッドに助けられた日々は今でも覚えている。
それでもルミアスの事を思うと、懸命に頑張る事が出来た。今では難なく盾で敵の攻撃を防げるし、盾そのものを武器として扱う事も出来る。何事も努力を怠らなければ、ちゃんと成果が実るものだと実感した。

「はぁ〜……ルミアス……」
「おいおい、まさかもう酔ったのかよ?大丈夫か?」
「いや、まだ酔ってないよ」

ルミアスの顔が頭に浮かんだ途端、切ない気持が一気に募り、思わずテーブルに項垂れてしまった。
まだアルコールに負けてないと自覚してはいるけど……間違ってもやけ酒だけは避けよう。

「……ま、ウジウジしてても仕方ないよね。飲み直そう」
「お、そうそう!夜は長いんだから、楽しまないとな!」


折角の晩酌なのに項垂れていたら勿体ない。
そう思い、改めて酒を飲もうと思っていたら……。




コンコン!



「ん?」


突然、窓を叩く音が聞こえた。
何事かと思い、音の方向へと振り向いて見ると……。


「あれは……カラステング?」
「だよな……?」


そこには、船の外でカラステングが翼を羽ばたかせながらこちらを窺っていた。恐らく、さっきの窓を叩く音もあの人の仕業だろう。
一瞬キッドと顔を見合わせたが、あのまま放置する気にもなれず、僕から立ち上がって窓の方へ歩み寄った。
窓の外にいるカラステングは、ジェスチャーで窓を開けるように伝えてきた。どうしたものか……と、キッドへ視線を合わせたら、キッドは無言で頷いて窓を開けるように促した。


「……夜遅くに申し訳ない。失礼だが、貴殿はヘルム・ロートル殿で間違いないな?」
「え……?」

窓を開けた途端、カラステングは僕を見るなり本人かどうか問いただしてきた。
何故僕の名前を……と思ったが、よく考えればカラステングは情報収集に長けてる魔物だ。僕の名前と顔くらいすぐに調べられるのも他愛ない事だ。
でも、カラステングが僕に一体何の用が?

「ああ、確かに僕がヘルムだけど……?」
「やはり間違いないな。いや、突然の訪問で恐れ入るが……実はとある人物に、貴殿へ手紙を送るように頼まれてな」
「手紙って……僕に?」
「ああ、これがそうだ」

そう言ってカラステングは衣服の中から茶色い封筒を取り出して僕に手渡した。その封筒の表面には、『ヘルム・ロートルへ』と大きくて綺麗な字で書かれている。明らかに僕の事だ。

……でも、なんでだろう。この手書きの文字……なんだか懐かしい気がするけど……。

「確かに渡した。では、私はこれで失礼する」
「え、あの……」
「ああ、それと……」

そそくさとその場を去ろうとしたカラステングだが、何を思ったのかニヤリと意味深な笑みを僕に見せてきた。

「……応援しているぞ!では、さらば!」

それだけ言い残し、カラステングは海の先へと飛んで行った。
……なんだったんだ?応援って何の話だ?

「こんな夜に手紙とは……差出人は誰だ?」
「待って、今見るから……」

キッドに急かされる形で、僕は封筒の裏を見て差出人の名前を見た。


「…………え……」


その名前を見た瞬間、予想外の人物である事を知って身体が固まってしまった。


「お、おい、どうした?」
「あ……あぁ……」


キッドが心配そうに話しかけてきたけど、今の僕にはちゃんと返答する余裕が無い。


「……キッド……これ……」


それもその筈、この手紙の差出人は……!




「ルミアスだ!これ、ルミアスからの手紙だよ!」
「おお、そうか……って、何ぃ!?」



茶封筒の裏には確かに僕の恋人……ルミアスの名前が記されていた。
気持ちを落ち着かせて、改めて封筒の表面に書かれてる僕の名前を見てみる。


……気のせいじゃなかった。
間違いない。これは……ルミアスの字だ!


「ルミアスって……あの子から!?本当かよ!?」
「間違いない!これ、ルミアスの字だよ!ルミアスが書いたんだ!」
「そうか……なぁ、早く中を!」
「ああ!」


少々驚いた様子でキッドが僕に駆け寄ってきた。促されるままに僕は封筒を開けて、中に入ってる手紙を取り出した。


「ルミアス……!」


昂る気持ちを必死に抑えながら、僕は最初から手紙を読み始めた。


『拝啓 ヘルム・ロートル様』


文頭に書かれてる挨拶の下から、本文が書かれている。



『こんにちは。お元気ですか?……なんて、手紙でも堅苦しい口調は性に合わないから止めておくね。それじゃあ改めて……ヘルム、こんにちは。元気にしてるかな?私は病と闘ってる最中だけど、それなりに元気だよ』


相変わらずだな……。
と、心の中で思ったが、何も変わらずにいるようで安心した。


『ヘルム……あなたと一緒に過ごした時間は本当に楽しかったわ。今でも胸を張って言える。だから、時々あなたの事が恋しくなってくるの。それでも、毎日お母さんが付き添ってくれるし、診療所のお医者さんや看護婦さんたちも本当に優しい人たちばかりで、お陰でなんとか頑張ってるよ』


そっちでの生活は問題無かったみたいだね……よかった……。


『今思えば、あなたと離れてからもう三年は経つのね。長いような、短いような……。あ、こんな事自分から言うのも恥ずかしいけど……実は三年前のお別れの時、港にいるヘルムの姿が見えなくなったら、急に寂しくなって子供みたいに泣いちゃったのよ。お母さんに抱きしめてもらいながら、涙が枯れるまで……』


あはは……ルミアスも泣いたんだね。
なんだ……僕たち、見えないところで同じ事してたんだ。
嬉しいような、気恥ずかしいような……。


『おっと、そろそろ本題に入らなきゃね。実はね、どうしてもあなたに伝えたい事があるの。とても重要な話なんだけど……』
「え……」


懐かしい思い出に浸っていたら、いきなり話の流れが変わった。
今此処にルミアスは居ない。僕の知らない遠い所の診療所に居る。でも、この文面からは真剣な面持ちを浮かべてるルミアスが容易に想像出来た。


『実は私……もう少ししたら、今居る診療所を出なきゃいけないの。私を診てくれているお医者さんに言われてね……』
「出るって……どうして!?」


急な展開に戸惑いを隠せなかった。
まだ病は治ってないのに、どうしてそんな……!?


『実はね……私……』


文はここで途切れてる。
焦る気持ちを抑えながら、僕は二枚目の手紙を捲った。






















『私、あと五ヶ月経ったら退院出来るの!病が完全に治るのよ!』


「っ!!」


……病が……治る?
ルミアスの病が……長い間ルミアスを苦しめてた病が、治る!?


「まさか……本当に……!」


見間違いかと思いながら何度も読み返したが、『完全に治る』はハッキリと書かれていた。
胸から熱い感情が込み上げてきたが、自分自身に落ち着くよう呼びかけて、再び手紙に目を移す。


『三年前、私の病は魔物化でも治らないなんて言われてたけど、それは誤解だった。三年前では、まだ私の身体は完全な魔物になってなかった。つまり、あの時は魔物化による身体の改善は起きてなかったのよ。個体差って奴かもしれないけど、完全に魔物の魔力が染みるのに時間が掛かってるみたいね』


そうだったのか……魔物化でも治らないのかと思ってたけど……違ったんだ。


『お医者さんが言うには、今になってようやく魔物化による身体の変化が起きたようで、少しずつ身体を侵してる病原体が消滅してるらしいの。あと五ヶ月経てば、その病原体が完全に消え去って、健康な身体を手に入れる事が出来るって言ってた。後で教えてもらった話なんだけど、お医者さんは魔物化による病の完治を目的として、治療を行ってきたらしいんだ。今まで飲んできた薬も、魔物化による病の治癒を活性化させる効能があるらしいよ』


魔物化による身体の変化……それが今になって……。
てっきり魔物化した時点で変化が起こるとばかり思ってたけど、その限りではなかったんだ。


『そしてお医者さんから……【五ヵ月経ったら、診療所を出て、恋人に会いに行きなさい】とも言われたよ!この言葉の意味が分かった時は本当に嬉しかったなぁ……。ようやくヘルムに会えると思うと……あの時の約束を果たせると思うと、嬉しくて泣きたくなっちゃって……』
「……それは……僕も同じだよ……」


聞こえもしない言葉を呟き……目に溜まってる涙を堪えて文章を読み続ける。


『ここまで読めば分かるだろうけど……もう一つ大事な事を話すね』


これを読んで大体の事は察したが、それでも最後まで読み続ける。


……なんでだろう……まだ読み終わってないのに……急に涙が……。


『ヘルム、私はあと五ヵ月経ったら、早速あなたの故郷に……カリバルナに向かおうと思ってるの。早くあなたに会って、あなたと夫婦になって、幸せになりたい!私もあなたと一緒に……船に乗って冒険したい!それが……あなたと交わした約束だからね!』


あと五ヵ月……あと五ヵ月でルミアスに会える……!


『もしも……私が帰ってきた時にあなたが居なかったとしたら……今度は私があなたを待つわ。あなたは私をずっと待ってるって言ってくれた。だから、今度は私が待つ。どんなに長く経っても、あなたの帰りを待ってるから!あなたがくれた太陽のブレスレットと一緒に、ずっと待ってるから!』


……待たせないよ……必ず出迎えるから……!



『それでは五ヶ月後にまた会おうね!再びあなたに会える日を……ヘルムと結ばれる日を思い描きながら、私ももう少しだけ頑張ってるよ!ヘルムも海賊のお仕事、頑張ってね!』


ああ……頑張るよ!ルミアス……君と共に冒険出来る日を心待ちにしながら、僕も頑張るよ!



『それじゃ、最後に一言……ヘルム、大好き!! ルミアスより』
「……う……うぅ……」



ここで文章は終わった……。



「う、ぐすっ……」
「お、おい!どうしたんだよ!?一体何が……!?」


すすり泣いてる僕を見てキッドは少し戸惑っている。
何か誤解してるのだろうけど……僕は悲しくて泣いてる訳じゃない。


嬉しいんだ……もうすぐルミアスと結ばれるのが!


「大丈夫だよ!悲しくて泣いてるんじゃないから!とりあえず、君も読んでみてよ!」
「お、おう……」


キッドを安心させる為に涙を拭い、ルミアスからの手紙をキッドに渡した。


…………もうすぐ……もうすぐなんだ……。
もうすぐルミアスに会えるんだ!
正直なところ、ルミアスの病が完治するのに十年以上は掛かるのかと思っていた。
でも、まさか……三年経っただけで、こんなに早く会えるなんて……!


「……おお!ホントか!これ、本当なんだな!よかったなぁオイ!」


やがて手紙を読み終わったキッドが明るく笑いながらバンバンと僕の背中を強めに叩いてきた。
多少の痛みは感じたものの、今は嬉しさのあまりどうでもよくなっている。


「よかったな!本当によかった!おめでとうヘルム!」
「あはは……祝福はまだ早いよ。あと五ヵ月待たなきゃね」
「細かい事はどうでもいいんだよ!お前だって嬉しいだろ!?」
「……ああ、そうだ!嬉しい!嬉しいよ!」


ルミアスの病が治るのも嬉しいけど……それとは別に、キッドが心から祝福してくれるのも嬉しかった。
二人の仲を認めてもらえるなんて……本当に幸せな事だ。

「よ〜し!だったら話は早い!ルミアスの病の完治、そしてヘルムとルミアスの祝いを兼ねて、今夜は思う存分飲みまくるぞ!」
「主役の居ない晩酌か。変わってるけど……ちょっと良いかもね」


僕とキッドは揃ってテーブルに戻った。
……これはもう、二日酔い確定かな?


「…………」


ルミアス……ちょっと早いけど、まずは退院おめでとう!


君は長い間病に苦しめられたけど……ようやく解放されると思うと、僕も嬉しいよ!


そして五ヶ月後…・・君の言うとおり、カリバルナでまた会おう!


君は僕が居ない事も想定しているようだけど、その心配は無いよ。


僕が先にカリバルナに戻って、君の帰りを待っている。


もう寂しい想いはさせない……これ以上余計な時間は掛けないから!


だから安心して……元気な姿を僕に見せてね!


そして……二人で一緒に海を冒険しよう!


君と一緒に、見た事の無い国や島に行くのを楽しみにしているよ!


そして、僕からも一言……。



僕を愛してくれてありがとう!僕も……ルミアスを愛してるよ!!




「よっしゃ!乾杯だ!」
「ああ……乾杯!」


そして僕たちは……部屋の窓に朝の日差しが差し込まれるまで飲み続けた。



〜〜〜(ルミアス視点)〜〜〜



夜空に浮かぶ青白い三日月を眺めながら、何処かに居る最愛の人の顔を頭に浮かべる。
診療所の個室のベッドからだと、月の周りに散らばってる星もよく見えて、本当に綺麗な光景だった。


ヘルム……あなたも同じ月を見ているのかしら……。


今日の真昼、カラステングにお願いした手紙……無事に届いてくれると助かる。まぁ、カラステングは情報に長けてる魔物だから、何の問題も無いとは思う。
それに、私とヘルムの事情を聞いたカラステングは、感動のあまりにポロポロと涙を流してくれた。そして私の頼みを快く引き受けてくれたのだ。
あの頼もしい姿を見て、直感的に悟った。この人なら必ず渡してくれると……。


「身体の調子はどう?」
「あ、お母さん」


物思いに耽っていると、リズ……私のお母さんが温かい紅茶が入ってるカップを持って、優しく微笑みかけながら部屋に入ってきた。


「やぁルミアス君、夜遅くにすまないね」


そして、お母さんの後からすぐに、もう一人の人間の男が部屋に入ってきた。
八十歳を過ぎた老人とは思えないピンとした背筋で、落ち着きのある渋い声。ボロボロの白衣を身に纏い、長めの白い髭を生やしている。


この人こそ……私の病を治すのに尽力してくれた、優秀なお医者さん……。





「こんばんは……アルグノフ先生」





私からペコリと頭を下げると、アルグノフ先生は穏やかに笑い返してくれた。


「それで、身体の調子はどうだい?具合は悪くないかね?」
「はい、お陰さまで元気です」
「そうか、よかった……」

まるで慈愛の神様のように、人を安心させるような笑顔を浮かべる。この人のお陰で病が治ると思うと、感謝の気持ちでいっぱいだった。

「はい、ダージリンの紅茶よ」
「あ、ありがとう」

お母さんが紅茶のカップを零れないように慎重に渡してくれた。受け取ったカップの紅茶を火傷しないように啜った。

「火傷しないように気をつけてね。ほら、ちゃんとフーフーして冷まさなきゃ」
「もう、お母さんったら世話焼きなんだから……私はもう子供じゃないんだよ」
「ふふふ……何時見ても微笑ましいな……」

私とお母さんのやり取りを、アルグノフ先生は微笑ましそうに眺めていた。
三年間ずっとこの姿を見られてきたけど……ここまで来たら流石に慣れてきちゃった。でも、もうすぐこのやり取りが終わると思うと、ちょっと寂しい気もするけどね……。

「先生、今ここで言うのも変かもしれませんが……娘の為に力を貸してくださって、本当にありがとうございます!」
「いやいや、私には礼を言われる筋合いなんて無いですよ。寧ろ、娘さんを大切な人と引き離すような真似をしてしまって申し訳ない……」
「そんな、謝らないでください!先生は何も悪くないですよ!」
「そうですよ!私の病を治してくれて、本当に感謝してます!」
「ルミアス君……ありがとう。そう言われて私も救われたよ」


アルグノフ先生は申し訳なさそうに頭を下げたが、私とお母さんは慌てて制した。

三年前に聞いた話だけど……アルグノフ先生はとある事情から迂闊に外も出歩けない身分であるらしい。詳しい事情は教えてくれなかったけど……少なくとも人前に出るのだけは躊躇っているようだ。
自らカリバルナに赴けない事から、私たちを此処へ呼んだらしいけど……実際に会ってみたら本当に優しい人だった。不穏な条件からもっと怖い人物を想定してたけど、それも杞憂に終わった。現にこの診療所にお邪魔してから三年は経つけど、今まで何も悪い事なんかされてないし、まるで家族のように親しく接してくれた。
もはやアルグノフ先生は、私にとって大恩人とも言える人だ。


「さて……私はそろそろ寝ましょうか」
「あら、もうお休みになりますの?」
「もうちょっとだけお話しませんか?」
「すまない、この年になると眠気に敵わなくてね……」

アルグノフ先生は苦笑いを浮かべながら白髪の頭を撫で回した。
本人はそう言ってるけど……私から見れば八十過ぎてる老人にしてはかなり元気だと思う。背筋もピンと立ってるし、食べ物の好き嫌いも無いし、毎朝ジョギングと言って走りに出かけてるし……もしかしたら、そこいらのインキュバスより健康なんじゃないかと思われるくらいだ。多分お母さんも同じ事を思っているだろう。

「それでは、お休み」
「お休みなさい。今日もありがとうございました」
「ルミアス君、君も夜更かししないで早めに寝るんだよ」
「はい」

そしてアルグノフ先生は踵を返し、病室から去って行った。



「……家族が傍に居てくれるのはいいなぁ。私も……孫娘に……」



部屋を出る際に何か呟いた気がしたけど、何を言ってるのか聞き取れなかった。
そう言えば……アルグノフ先生には孫娘がいるって話を聞いたけど、どんな人なんだろう……?

「それにしても……本当によかったわ。やっと病が治るのね」

安堵の表情を浮かべながら、お母さんはベッドの傍にある小さな椅子に腰かけた。

「お母さん、昨日からずっと同じ事言ってるよ」
「あら、そうだったかしら?でも、本当に嬉しいのよ。やっと……やっと娘が病から解放されると思うと本当に……」
「お母さん……」


私の病が治ると聞かされたのは昨日の事だった。ちょうどその日は毎週一回は行われる定期検査の日で、アルグノフ先生に身体の状態を調べてもらった。
そして検査の結果を聞いた時……今まで以上に心が昂った。心底嬉しそうな笑顔を浮かべてるアルグノフ先生の口から、


『よく聞いてくれ!君の病はあと五ヵ月で完全に治る!この調子なら君の恋人とも再会出来るよ!よかった!本当によかった!』


と言われた時は、自分でも驚くほど大声を上げて泣いてしまった。悲しみでも、怒りでもない、希望に満ちた涙を流した。私と一緒に結果を聞いたお母さんも、私を抱きしめながら嬉し涙を流してくれたのは今でも記憶の中で鮮明に覚えている。
今までよく頑張ったね……と、アルグノフ先生も優しく微笑みかけながら私の肩を叩いてくれた時は嬉しかった。私も思わず、ありがとうと何度も言ってしまうくらい、嬉しさと感謝の気持ちでいっぱいになった。

最期を迎えるその時まで……この恩は絶対に忘れない。
そう誓った夜の日の事だった。

「うふふ……感慨深いわ。あと五ヵ月したら、ヘルムさんと会えるのね」
「ちょっと、なんでお母さんがそう言うの?それは私の台詞でしょ?」
「まぁ、そうだけど……あの人はもう私にとっても他人じゃないのよ。義理とは言え……息子になるのだから」
「息子って……あ〜、そう言う事ね」


言いたい事が理解出来た。お母さんもヘルムを認めてくれてると思うと……なんだか嬉しい。
あぁ……お母さんもヘルムを大切に想っていてくれてるんだな……。
身体の中から実感が湧いてきて、ヘルムと再び会える日が更に待ち遠しくなってきた。


「ルミアス……」


すると、お母さんはそっと私の手を優しく握ってきた。


「あと五ヵ月であなたは病を治して、ヘルムさんと結ばれるでしょうね。その時は私も二人を祝福して、あなたたちが幸せになるように支えてあげるわ。だからまずは……ヘルムさんと堂々と対面出来るように、ちゃんと病を治しましょう。私もあなたの為に出来る事を頑張ってやり遂げるからね」
「……ありがとう……お母さん」
「あらあら……」


私を大切に想ってくれている母に感謝の気持ちを抱きながら、私はお母さんに抱きついた。そんな私をお母さんはそっと抱き返してくれた。生まれてからずっと握ってきた手だけど……何年経っても心地良い温かさは変わってない。この診療所に入ってからも、この温かい手に何度助けられた事か。


「…………」


頭の中で一つの記憶が蘇った。


三年前……私の最愛の人、ヘルムと別れた日。
大粒の涙を零しながら私を見送ってくれた彼の姿は、今でも鮮明に覚えている。
本当なら、もっとお話がしたかった。
もっと抱き合いたかった。
もっと触れ合いたかった。
でも、全ては病の所為で叶わずに終わった……。
あの日の映像が脳内に流れて、悲しみがこみ上げてきて、
自然と……涙が出てきた。


「う……ひっく、うぅ……」
「大丈夫よ……大丈夫だから……」


お母さんが優しく頭を撫でてくれたお陰で、少しは元気が出てきた。
……終わってなんかない。
望みは五ヵ月後に必ず叶う。
今まで私に張り付いてた病も完全に消える。
そして……やっとヘルムに会える。
お話も出来るし、抱き合えるし、触れ合える。
その為には……私も頑張らなきゃ!


ヘルム……私、絶対病を治してみせるから!


再び会うその日が来たら……約束通り、二人で幸せになろう!


それまで待っててね!



私の旦那様!



心の中で叫ぶ私を見守るかのように、右手首の太陽のブレスレットが、月明かりで輝いていた……。
13/04/21 19:30更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
はい、やっと終わりました。
エロが無い上に約四万文字以上はありましたが、いかがでしょうか?

今までヘルムが非モテ男だと思われてましたが、これで認識が変われば幸いです。これから結ばれる予定ですからね。

一つ念の為に言っておきますが……ヘルムは日頃から嫁持ちの男を妬んだりしてませんよ。だって既に相手が居る訳ですから。これから夫になる予定ですし。
……え?この前「爆破しろ」とか「もげろ」とか言ってた?
ふ、甘いですね。あれはギャグですよ、ギャグ!彼流のジョークなんですよ、場を和ませる為の!ま、これから自分で言う機会は滅多にありませんけどね。

……まぁ、とは言っても、あと五ヵ月経つまでは嫁が居ないのは確かです。
ですからそれまではヘルムを……「影の薄い嫁無しの雑魚」と呼ばせてください(おい!)

そして終盤に出てきたアルグノフ……どこかで聞いた事がある?
ええ、確かに名前は出た事があります。詳しくは「Legend of pirate 〜幻の大秘宝〜」の登場人物紹介をご覧ください(宣伝失礼しました)

それでは長くなりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!

さ〜て、学園物の続き書こう(ボソッ……)

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