連載小説
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拮抗する宇宙恐竜 最凶の親子
《昔々、まだ人間が生まれておらぬ太古の時代。その頃の魔物達は隆盛を極めたが、同時に非常に邪悪で驕り昂り、さらには極めて欲深かった。
 そんな彼等がやがて神々の地位、さらには神界そのものを欲するようになるのは自然な成り行きであっただろう。しかし、その目論見もやがて神々の知るところとなる。
 不届きな魔物どもが愚かにも自分達に成り代わるつもりだと知った神々は当然激怒し、魔物を滅ぼそうと決断するまでに大した時間はかからなかった。
 けれども、魔物殲滅のために送り込まれたのは名だたる戦神や軍神ではない。送り込まれたのは、とある『一頭の獣』であった――――》










『貴方にはあの子の正体が予め分かっていたのですか?』

 ゼットン青年がふらついた足取りで何処かへと去ってしまったのと入れ替わりに、魔王城の上空に現れた怪物。その正体は言わずもがなであろうが、あえてバルベーローは魔王に尋ねた。

「いいえ」

 魔王は頭を振る。

「あの子は人間。私も含め皆はそう思っていたし、あの子自身もそう思っていたでしょう。
 言い換えれば、私でさえ欺くほどに巧妙な“化け方”をしていたということ」
『………………』
「でも……隠していたその正体を私は『知っていた』」
『え……?』

 バルベーローには魔王の言いたいことがよく分からなかった。

「初めて見たはずなのに、何故か既視感があったのよ。貴方も見覚えないかしら?」
『いえ、私はあの時恐怖の方が勝ったのでそこまで考える余裕は………でも、言われてみれば……』

 恐怖というが、魔物娘は元がおぞましい魔物であった名残として、巨大な怪物を見た程度の事では恐れを抱くことはない。
 事実、このソフィア皇后に似た女も、“本物”の性質を反映してか、見た目よりもかなり肝が据わっている。ゼットンの正体が何であれ、少々大きい化物の一体が現れた程度では平然としているだろう。
 にもかかわらず、彼女はあれほど取り乱したわけだが、それは初見であの怪物の脅威を見抜いた……というわけでもないようだ。

「あの姿を私達、いえ恐らくは全ての魔物娘が知っている。それは知識としてでなく、本能に刻まれたもの」
『本能?』
「顔も知らないほど古い先祖から脈々と受け継がれてきたものよ」

 魔王には確信があった。聡明な彼女はすぐに全てを理解したのだ。

「ならば、あの伝説も本当のことだったのね」









《主神が創ったのはもちろん、ただの獣ではない。それは大きく、硬く――そして何より生きとし生けるものの全ての中で最も『強い』。
 弱肉強食の世界で生き抜くべく力と知恵をつけた魔物どもが相手である以上、こちらもそれ以上、いや遥かに上回る怪物を主神は心血を注いで創り上げていた》










「な、なんだよアレ………一体何がどうなって」

 主君の無事を確認したクレアは消えた夫を探すため、そしてエドワードを助けるために魔王城の外へと戻ってきたが、僅かな間に状況は激変していた。
 いつの間にか現れていたのは無機質で禍々しい姿の巨大な怪物。それが魔王城の上空に浮かびながら、エンペラ一世に襲いかかっていたのだ。
 百戦錬磨の強者たるクレアもさすがにこの異常事態には面食らい、呆然としていたが、一方で何か胸騒ぎというか、心に引っかかるものもあった。
 あの怪物を己は何故か『知っている』。あれは『魔物の敵』でありーーーーそして何故か『自身の愛する者』であると。

『っ!』

 そんな蝿女の心情など露知らず、怪物はその死神の大鎌の如き両腕をエンペラ目掛けて振り下ろす。

『【インパクトシールド】!!!!』

 しかし、それらが刺さる寸前に皇帝は魔力を収束させた左腕を横薙ぎに振り、発生させた横長の衝撃波を盾として防いだ。

『ぐっ、ぬぅぅ……!!』

 けれども、それも所詮は一時凌ぎ。いくらエンペラが怪力無双だとはいえ、さすがに体格差がありすぎる。向こうは魔王城と同じぐらい巨大な怪物であり、本来人間が力比べ出来るような相手ではない。
 ましてや今立っているのは空中。足からの魔力噴射で地上同様に動けてはいるものの、それでも上からの攻撃を防ぐには極めて不向きな立ち位置である。

「………………」
『!』

 埒が明かぬと見たのか、怪物は両鎌を衝撃波から離すと上空に素早く跳躍する。一昨日戦ったバーバラよりずっと小さいとはいえ、それでも体長300mは下らない巨体の動作にしては異様に俊敏なものであった。

「なっ……!!??」

 怪物は高く跳躍すると両鎌を天に掲げ、その先に魔力を収束、超巨大な暗黒火球を作り上げる。そのあまりのエネルギー量にエドワードは言葉を失った。

『……ちとマズいな』

 皇帝の方もやや焦っていた。ここは王魔界、跡形もなく吹き飛んだところで別に人類は困らないが、今はエンペラ帝国軍が大挙して攻め込んでいる。
 己一人だけなら今すぐ姿を消してやり過ごせるが、配下達が大勢いる今の状況ではこんなものが着弾すれば帝国軍は壊滅しかねない。

「………………」

 予想される威力の割に、技の完成はかなり早かった。怪物は出来上がった超巨大な暗黒火球を魔王城、その傍らのエンペラ一世目掛けて放り投げる。

『フン…』

 避けるか、防ぐかーー考える暇は無さそうだが、その必要もない。既に答えは出ているからだ。

「! この詠唱は……!」

 エドワードが聞き覚えのある詠唱と共に、皇帝の右腕へ急速に魔力が収束する。その量はいつもの【レゾリューム・レイ】の比ではない。
 さらには周辺一帯の大気に満ちる魔力も根こそぎ吸い上げることで、エドワード戦時のそれさえ遥かに凌駕する出力と、妨害する暇さえないほどの恐ろしい早さで完成する。

『万物を滅ぼし尽くせーーーー【アルティメット・レゾリューム】!!!!』

 “究極の右腕”と渾名される、最大出力の誅滅の極光。かつて前魔王、そして直近はエドワードを危うく殺しかけた、皇帝の奥義の一つにして、当たれば神さえ滅ぼせると謳われた破壊の奔流。
 その狂気じみた威力故、大地さらには世界そのものに甚大な悪影響を齎しかねないため、本来は異界であるダークネスフィアでのみ使うと決めていた。だが今回は非常時、さらには敵の首魁である魔王の御座す王魔界という敵地故、今回特別に使用を解禁したそれを、皇帝は上空の巨大な怪物目がけ遠慮なしに撃った。

「この世界ごと消す気か!!!! エンペラーーーーーー!!!!」

 標的である黒い怪物だけではない。同じく敵である魔王軍も、配下であるエンペラ帝国軍も全て、いや世界そのものさえ巻き込みかねない破滅の一撃。その暴挙を目の当たりにしたエドワードは驚愕し、絶叫する。

「お母様!!!!」

 ミラが了承を得るまでもなく、母も、父も、そして王魔界に散る娘達も、そして魔術に長けた全ての魔物娘達がこの時戦闘を放棄する。そして自らと敵、さらには王魔界全てをも包み込む、最大出力の防護結界を張り、この後起こりうるであろう熱波と爆発に備えた。

「………………」

 皇帝の破壊の奔流を迎撃するかの如く、黒い怪物も超特大暗黒火球【アルティメットメテオ】を眼下に向かって放り投げる。

「!!!!」
「あぁっ!!」

 光線と火球ーー共に究極の名を冠する技同士がついに衝突する。父と娘が驚きの声を上げた瞬間ーー

「!! うおぉぉぉぉぉぉっっ」
「きゃああああああああああああっ」

 着火ーー全てを揺るがし、吹き飛ばし、破壊する死の炎となる。その衝撃と爆炎はさらに王魔界の大気に満ちた魔力に引火し、激烈な反応を起こす。

「「〜〜〜〜〜〜………………ッッッッ」」

 メガトン級の衝撃波、目も眩む強烈な閃光と鼓膜が破れるような爆音ーーーー魔王と夫、娘のリリム達、さらには魔術の使える全ての魔物娘達の協力した防護結界で遮断されながら、尚それは王魔界全土を包み込んだ。

「「「「「「「「………………」」」」」」」」
『『『『『『『『………………』』』』』』』』

 皆呆然とした様子で天を仰ぐ。塵と砂煙を巻き上げ、数千mもの高さまで伸びた巨大なキノコ雲を見て、人も魔物娘も皆、戦うどころではなかったのだ。

「や、ヤバかった………皆が結界を張ってなかったら死んでた」

 全身から滴るほどに冷や汗をかきながら、疲れた顔で呟くクレア。さすがのディーヴァも光線と火球の衝突には慄いており、死を覚悟したものだ。










《そうして出来上がった最強の獣を、主神は早速魔界へと送り込んだ。突如現れた怪物に驚く魔物達を、怪物は容赦なく踏み潰し、切り裂き、焼き殺していった。
 数多の種族があっという間に滅ぼされ、魔界は速やかに終焉へと向かっていった》










『あの子は魔物なのですか?』

 魔王により投影された映像で外の様子を確認しつつ、魔王に問うバルベーロー。まだ舞い上がる塵により皇帝と怪物の様子は分からない。

「いいえ」

 偽皇后の問いに対し、魔王はまた頭を振る。

「むしろ、私達の先祖を脅かしていたものよ」
『………………』
「とはいえ、私もそれを確信したのはつい今の話だけれども」

 「先祖を脅かしていた」と淡々と述べるが、魔王の目には憎しみはなかった。

「かつて、神々は驕る魔物を滅ぼすべく一体の獣を遣わした」
『!』
「それが彼よ。何の因果か、今は私の義理の息子となっているけどね」

 玉座に座った魔王が映像を指差すと、巨大な光が二つ、そこに浮かび上がった。










《そんな阿鼻叫喚の地獄の中、怪物の前に立ちはだかったのは当時の魔王。全てを破壊し殺戮する最強の怪物と互角に戦えるのは魔王である彼だけであった。
 僅かな生き残り達と共に挑んだ最後の戦いーーその死闘の果てに彼は怪物と相討ちとなった》










『ぬぅぅぅぅぅぅ………………』

 舞い散る塵と砂埃の中、浮かび上がる【ギガバトルナイザー】の蒼き光。“レイブラッドの杖”から発せられる防護結界の中、皇帝は無傷でいた。
 しかし、むしろエンペラ一世の表情は険しいものだった。彼の放った光線は確かに怪物の火球を破壊し、むしろぶち抜いて直撃させたはずにもかかわらずだ。
 攻め込んできたエンペラ帝国軍の方も、魔王直々に張った防護結界で守られている。もちろん、そちらも計算通りだ。
 魔王の力は極めて強大であるが、それでも乱戦時に敵と味方を区別し、都合良く味方だけを守る結界などは張れない。魔物達を守るためには敵である帝国軍も巻き込む形で結界を作らなければならないと解っていた。そうでなければ、あれほどの大技は味方がいる時では使えない。
 敵の攻撃を防ぎ、こちらの攻撃が直撃し、味方の損害はゼロ。にもかかわらず、皇帝はむしろ怒りさえ感じていたのだった。

『………!!!!』

 そう、メガトン級の大爆発を生き延びたのは皇帝だけではなかった。魔王城の上空、先ほどと変わらぬ位置に舞い散る塵の中でも煌々と灯る二つの黄色い光。

「………………」

 ーー黒い怪物もまた皇帝同様、傷一つなかった。

『さすがに信じられぬな………余の“究極の右腕”を耐えきったのか……』

 数百度の死線を越え、強者と飽きるほど戦ってきたエンペラ一世であるが、それでも目の前の光景が信じられず愕然とする。
 怪物の漆黒の表皮が時折光り輝くため、素で防御したのではなく、全身に防護結界を張っているとは分かった。だがそれでも魔王とその夫、さらには王魔界の数百万はいるであろう魔物娘達総出で張った防護結界と同等の出力を維持しているのは信じ難い。

『貴様………一体……!!』

 皇帝はそんな怪物の正体に心当たりがなかった。

『!!』

 そんな大爆発の後の沈黙の中、突如怪物の姿が皇帝の目の前から消える。

『ぬぉ!?』

 そして皇帝の背後に一瞬で移動していた怪物の右鎌が振り下ろされた。

『何!!??』
「え!?」
「ウソでしょ!?」

 皇帝、さらには父と娘が驚いたのも無理はない。エンペラ一世が咄嗟に躱した鎌はあまりにも鋭すぎたのか、先端がそのまま張られた防護結界を突き破ったのである。

(好機!)

 しかし抜く際は鎌が結界に引っかかり、一瞬の隙があったのを皇帝は見逃さなかった。抜ききる前に両の手で掴むと、そこを支点に得意の“合気”で怪物の巨体を持ち上げ、そのまま結界に叩きつけたのだ。

「まずい!」

 エンペラの狙いを看破し、焦るエドワード。蟻の一穴天下の破れーーどんなに強力で広大な結界でも、穴が開けばそこから侵入出来る。
 そして案の定、刺さった鎌で出来た傷に怪物の巨体がおもいきり叩きつけられたことで、鎌がさらに深く突き刺さり貫通。右腕がそのまま入り込んでしまう。

「………………!」

 本来は瞬間移動で脱出するところだったが、防護結界に密着してしまったせいで術が妨害されて発動することが出来ず、怪物は力ずくで手を引き抜くしかなかった。そして、それこそが皇帝の狙いでもある。

『フハハハハハハ!!!!』

 怪物が手を引ききった瞬間、出来た隙間から皇帝は結界内に侵入する。

『ほぅら、こっちだぞ』

 結界内に入り込んだことで皇帝は安心したのか、怪物を挑発する。

「グモォォォォ!!!!」
「あっ!! やめなさい!!!!」

 そして、それに反応したのか。ミラの制止も聞かず、結界にへばりついた怪物は唸り声を上げ、再び皇帝目がけすぐさま左の大鎌を振り下ろすもーー

「あぁ!!」
「頂上が!!」

 案の定あっさり躱されてしまい、そのまま魔王城頂上部を大鎌で突き刺し破壊してしまう。

『強いには強いが、知性は大したことがないようだな。おかげで手間が省けた!』

 逃走し、戦っている内に、皇帝は捜し物が何処にあるかの見当をつけていた。

『さぁ、いでよ!! 【アーマードダークネス】!!!!』

 頂上部で多重層の結界に護られ、封じられていたのは皇帝から剥ぎ取った暗黒の鎧であった。それが怪物の鎌で結界を丸ごと破壊されてしまい、自由の身となった。

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛………ンン』

 最早何も阻むものはない。金属の擦れる不快音を上げながら、ついに解放された暗黒の鎧はバラバラになって魔王城を飛び出し、主の呼びかけに応え、そのまま体に纏わりつく。

『フハハハハハハハハハハ!!!! 盗られていた物は返してもらったぞ!!』

 高笑いを上げながら、今まで丸裸だった皇帝が暗黒の鎧を身に纏う。これでますます手がつけられなくなってしまった。

「しまった!」
「………!」

 そんな敵に驚く父よりも、むしろ娘の行動の方が早かった。彼女が念じることで、皇帝の周りをあっという間に幻影が覆い尽くす。

『ぬぅうん!!』
「!!!!」

 しかし皇帝が右手に持ったギガバトルナイザーと、左手に持った双刃槍を気合と共に打ち合わせた途端、そこから放たれた波動が幻影を掻き消してしまう。

『鎧も取り戻した。故に、もうこの掃き溜めに用はない』

 囚われていた自身も城から脱出し、暗黒の鎧も取り戻した。最早これ以上王魔界に留まる必要はない。

「グモォォォォ!!」

 そんな彼を生きては帰さぬとばかりに、咆哮と共に振り下ろされた大鎌を皇帝は鉄棍と双刃槍で挟み込み受け止める。

『貴様とじゃれ合うのもここまでにしよう』

 魔王城の上空で再びせめぎ合う皇帝と怪物。けれども、不利なはずのエンペラの顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。

『ぬぅりゃあぁ!!!!』
「!!!!????」

 赤黒い閃光が双刃槍と鉄棍の先端から発せられると、受け止めていた大鎌の先端が爆発する。そのダメージで怪物は怯んで鎌を引っ込めたが体勢を崩してしまい、へばりついていた結界からずり落ちそうになる。

『さて、用は済んだ。帰るとするか』

 怪物を無力化した後、皇帝は背後の勇者とリリムなど最早眼中にないとばかりに背を向けて帰ろうとするも、もちろん二人がそうさせるはずもない。

「【ヴィジャヤ】!!!!」
「【プロミネンスシュート】!!」

 幻覚が効かぬと知ったミラとエドワードはすぐさま実力行使に切り替えていた。皇帝が怪物にかまけている隙を突き、エドワードは剣からの雷を纏った斬撃を、ミラは両手からの真紅色の破壊光線を背後から叩きこんだのである。
 だがーーーー

『今のは別れの挨拶のつもりか?』

 攻撃命中後の爆発の中から現れた男は何らダメージを負った様子はない。

「な……!?」
「無傷!?」

 その様を見た父娘が驚愕した際に生まれた一瞬の隙。そこを今度はエンペラが突く。

「がっ!?」
「ぎゃっ!!」

 鉄棍からの光線がエドワードを、双刃槍からの光線がミラを呑み込んだ。

『見え透いた罠へ見事に引っ掛かりおって』

 そうして、あまりの威力に全身を炎に包まれ、そのまま地上へと落下していく勇者とリリム。

『つまらぬ幕引きだったな、勇者よ。余と其の方との戦いの決着は、もう少し趣があるものだと思っていたのだが』

 その様を見て、皇帝は至極つまらなそうにそう吐き捨てた。

『ん』

 しかし、やがて地上に落下する前に二人を受け止める者がおり、そのまま魔王城の中へと飛んでいったのだった。

『先ほどの蠅か』

 魔王の娘のリリムや魔王の夫であるエドワードと違い、皇帝はクレアなど眼中になかった。先ほどギガバトルナイザーを奪われ殴られはしたが、それでもエンペラは父娘の方を優先し、殺すのは後回しにしていたのである。
 しかし、皇帝はその判断をここで後悔し、反省した。たかがベルゼブブ一匹いつでも殺せると楽観視していたが、ここまで邪魔されればさすがに鬱陶しく、また腹立たしい。

『さて、どうするかな』

 本音を言えば攻め込んだエンペラ帝国軍の活動限界時間もあり、さっさと帰りたいのだが、恐らくはエドワードとリリムはまだ死んでいない。咄嗟に繰り出した反撃故、そこまでが限度だったのだ。
 だからとどめを刺しに行きたいのだが、そうもいかない。

「………………」

 まだ魔王城上空にはあの黒い怪物が残って、こちらを凝視していたからだ。

『貴様が何者かは知らぬが、魔王城の真上に現れたからにはあの女の差し金には間違いなかろう』

 “究極の右腕”と競り合うほどの力を持つ怪物である。恐らく魔王が皇帝の脱走防止のために用意していたのであろうが、正体が何にせよそれほどの存在を捨て置くのはこちらにとって都合が悪い。

「それは違うわ」
『ん?』

 皇帝がそう思案しているところへ、件の“あの女”が現れた。

「この子は自ら貴方の元へ現れた」
『ほう。夫と娘は見捨てたのか?』

 そんな彼女に意外そうな顔で尋ねる皇帝。

「そんなわけないでしょう。一瞬で治療済みよ」
『そうか、それは残念だな。殺せていたのなら、我が国への土産として首は持って帰りたかったが』
「………………」

 皇帝はあいも変わらず挑発的に言い放つも、魔王はそれに乗らず、平静を装った。

『ともかく、奴等がやられたから貴様自ら出てきたというわけだ』
「そういうこと」

 本来、魔王も皇帝も『自ら戦う』身分の者ではない。そもそも王たる者が自ら戦い、危険に身をさらすなど言語道断であるのだ。
 過去の名だたる武将や王の中には自ら前線に立つ者もいたが、それも結局はポーズに終始し、自ら戦ってはいない。もし仮に出張って敵に囲まれ、討ち取られるようなことがあればその瞬間から軍は総崩れ、下手をすれば国の崩壊にまで繋がるからだ。
 その常識に従い、どれだけ大きな戦いであろうと、魔王は基本的には前線には出てこない。これは魔王軍幹部や娘達、さらには夫が圧倒的な戦闘能力の持ち主なこともあるが、それ以上に『魔物娘の力の根源そのもの』である己を危険にさらさないという面が大きい。
 彼女がもし万が一殺されるようなことがあれば、魔物娘のサキュバス化が解けて元の凶暴な魔物に戻ってしまう。そうなればこの世は以前の殺伐とした世界に逆戻りしてしまうからだ。
 エンペラ一世の実力を知っていて尚、ギリギリまで戦場に出てこなかったのはそんな万が一の事態を避けるためである。けれどもエドワードが倒された今、最早己しか魔王軍でこの男に対抗出来る存在はいない。

『ならば、もう少し早く出てくるべきだったな。夫と組めば、余を倒せたかもしれぬのに』
「もしそうだったとしても、『いちいち戦う手間が省ける』と言って嬉々として戦うのが貴方でしょう?」
『然り』

 魔王の指摘に、不敵な笑みを浮かべる皇帝。魔王と対峙しているにもかかわらず、その態度には全く怖れがない。さらには王魔界の濃密な魔力を口から鼻から吸い続けているにもかかわらず、全く性的興奮というものも感じられない。

『一人が二人になったとて、やることは変わらぬ』
「……それが貴方の怖いところね」

 魔王が苦笑する通り、魔王とエドワードを同時に相手取ったところで、むしろ嬉々として殺し合おうとするのがこの男だ。そしてそれは過信でなく、実際二人でかかったとて、この男をそう簡単に倒せはしないだろう。

『先ほどは3対1だがな』

 皇帝は上空の怪物を双刃槍で指し示した。

『馬鹿だが、なかなか強い。あれはなんという魔物だ?』

 今現在に至るまで見覚えがなく、メフィラス達の情報にもああいった存在はなかった。しかしながら、自らの“究極の右腕”とも張り合うほどの力を持った存在にエンペラは興味を抱いたため、魔王に尋ねたのだった。

「………“彼”は魔物じゃないわ」
『何だと? では、あれは一体何だ?』

 魔王の答えは意外なものであった。では、あの怪物は一体何なのか?

「……神?」
『つまらぬ冗談だ』

 答えをやや自信なさげに呟く魔王。そんな彼女に対し、エンペラの小馬鹿にした反応も当然であろう。

『あの化け物が神だと?』
「そうね、信じられないのも無理はない。私も正体に気づいたのはついさっきだもの」

 神とは文字通り『神々しい』ーー美しく、気高く、威厳があり、そして強大な力を持つ存在。しかし上空の怪物は強大ではあるが、美しさや気高さといったものとは無縁であり、逆に醜く、そして圧倒的に禍々しい。
 あれを“神”と言われて信じる者は皆無であろう。少なくとも、主神教団の信者は否定するはずだ。

「ちなみに、あの子は貴方に無関係でもないのよ」
『何だと?』
「そもそも、あの子がああなってしまったのは貴方のせいだもの」

 皇帝には魔王が何を言おうとしているのか分からなかった。もっとも、魔王も全てを語る気はなかったのだが。

「皮肉なものね。神を憎み、滅ぼそうとする貴方自身の力と憎しみがこの子を目覚めさせてしまった」
『何の話か見えてこぬが、貴様と同じく余の敵には違いない。
 それに本当に神だとしても、この姿と力からして、ろくな神ではあるまい。邪教で崇め奉られる邪神の類であろうよ』

 さらにはもったいぶって語る魔王の態度が気に入らない。故に、エンペラはこれ以上話を続けることを拒否するかのように両手の得物を構えた。

『貴様と同じく、此奴は我が覇道において大いなる脅威となろう。帰り土産に首ぐらいは貰って帰るか』
「まだ帰れると思っているのね?」

 平静を装ってはいるが、夫と娘を殺されかけた魔王は当然怒っていた。そのせいか、美しくも恐ろしい笑みを浮かべ、皇帝を逃がす気はないことを彼自身に示した。

「魔王からは誰であっても逃げられないのよ……!」
『ならば、試してみるか?』

 返事を待たずに振り下ろされた刃を、皇帝は右手の鉄棍で受け止めた。

『! その刀は……』

 ギガバトルナイザーと火花を散らしてせめぎ合うのは、露出度の高い服装のサキュバスには相応しくない、刃渡り三尺ほどの片刃剣であった。
 妖しく輝く黄金の刀身を持ち、柄尻には銀色の宝石が嵌められているが、拵えを始めとする全体的な姿は何処かジパングの“太刀”、それも野太刀と呼ばれる大型の物に酷似している。

「“七妖刀”の一つ、【妖刀ゲッコウ】。如何かしら?」

 世界には神剣や魔剣など、何らかの特別な力を持つ武器が存在する。それらはただ武器としての性能が優れているだけでなく特殊な能力、例えば神の加護、あるいは真逆の魔物の呪いなどを持っている。
 エンペラ一世の持つアーマードダークネスとギガバトルナイザーを含む“救世主の遺産(セイヴァーズ・レガシー)”はまさにその最上級の代物であるが、世界にはそれらに並ぶ逸品もないわけではない。

『“七妖刀”か。さすがに魔王だけあるな……』

 皇帝もこのように感嘆する通り、救世主の遺産に対抗出来るほどの力を持つ武器のグループの一つが“七妖刀”である。そこに属する七振りのどれもが恐ろしい切れ味と強度、そして摩訶不思議な力を秘めているという。エドワードの【雷神剣パランジャ】と双璧をなす魔王軍の至宝であり、それを持ち出してきたことから魔王がどれだけ本気なのか分かる。

「まぁ、あの子の大鎌の切れ味に比べればこの剣も劣るかもしれないけれどね」
『ッ!』

 魔王の意味深な笑みと言葉。それにわざわざ気づかされるまでもなくエンペラ一世が飛び退くと、遅れて怪物の大鎌が二人の間に振り下ろされていた。

「私にだけかまけてちゃダメよ?」
『面倒だな』

 鬱陶しそうに上空を見上げ、舌打ちする皇帝。

『あちらから殺すか』
「フッ!」

 よそ見した隙に黄金の刀身から放たれた飛来する斬撃。しかし、皇帝は右手の鉄棍で難なく払い落とした。

『成程』

 斬撃は囮ーー再び大鎌が振り下ろされるが、皇帝は難なく左手の双刃槍の鋒で受け止めた。

『連携は取れているようだな』

 皇帝も段々と慣れてきたのか、怪物の大鎌に対し、そう大仰な対処はしなくなっていた。

「当然よ。義理とはいえ“親子”だもの」
『ほう。この化け物は貴様の養子か何かか?』

 魔王の言葉に、皇帝は別段違和感や驚きは感じなかった。むしろ魔物らしいと得心が行ったぐらいである。

「娘婿の一人よ」
『娘とは確か……リリムだったか? 見た目は美しくとも、所詮は魔物。人間と違い、相手は選ばぬらしいな』

 デルエラやミラのような絶世の美女であっても、このような化け物を喜んで娶る。その感覚が人間である皇帝には理解できなかった。

(確かに人間……だったのだけれどねぇ)

 皇帝の言葉に思うところがあったのか、魔王は何処か遠い目で上空の怪物を見つめた。

『いや、此奴は神だと貴様は抜かしていたな。神と魔物で同盟でも結んだか?』

 だとすれば、憂慮すべき事態である。

「それが出来れば楽なのだけれどねぇ」
『………』

 皇帝の問いに溜息をつく魔王。そして、その態度から皇帝はその可能性は無いと察し、安堵した。

『ならば、恐れるものは何もない』

 例えこの化け物が本当に神であろうと所詮は一匹だけ。魔王と組もうがなんとかなる。

「別に恐れる必要はないわ。なにせ、この子は貴方の兄弟のようなもの。兄弟同士争うのは醜いことだわ」
『兄弟だと?』

 エンペラ一世の復活の経緯から言えば、魔王の言葉は正しい。しかし、メフィラス達七戮将が自分達の犯した失態を隠蔽するため、皇帝には一連の事実を伝えていなかったので、皇帝は彼女の言葉の意図が分からなかった。

「貴方の部下に後で尋ねてみれば?」

 怪訝そうな面持ちの皇帝に、目を細めて笑う魔王。

『いや、貴様から訊くとしよう』

 そんな彼女を見て、己の復活について魔王が何か己の知らぬ情報を知っていると見た皇帝は改めて武器を構える。

「いいわよ、教えてあげても。もっとも、私達に勝てたらだけどね」
「………………」

 魔王の持つ黄金の刃、そして怪物の両肩の発光体が妖しく煌めいた。

『なぁに、すぐに終わる』

 そんな最凶の親子を見ても、皇帝は余裕の態度を崩さない。相変わらず、冷笑を浮かべたままである。
19/08/26 01:36更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:????

 別名『滅亡の邪神』、『主神のあやまち』。かつて人類の生まれる遥か昔、太古の時代に当時の魔族を滅ぼすために神界より遣わされた。
 全ての魔族を殺し尽くし、魔界の全てを破壊することを目的として、先代の主神が心血を注ぎ創り上げた『究極の戦闘生物』。神獣の中でも最高位に位置し、全ての神獣の頂点に君臨する。
 主神自ら魔族粛清のために創っただけあり、『死そのもの』と形容されるほどの戦闘能力を有する。たった一体で魔界を滅亡寸前にまで追いやり、多くの種族を殺戮し、絶滅させていったが、当時の魔王と死闘の末相討ちになったと伝えられる。

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