連載小説
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変貌する宇宙恐竜 邪神の目覚め
 ――王魔界・魔王城――

 上階の半分が吹っ飛んだ魔王城で、今また激しい攻防が繰り広げられている。

『唸れ【エンペラインパクト】!!』

 超広範囲を吹き飛ばす衝撃波。当たればリリムといえども身を抉られ、押し潰される不可視の波は、今いる階のさらに上層の大部分まで破壊する。

『!』

 しかし、音速を超えるそれを上回る“超音速”の飛行速度で逃れていたクレア。吹き飛ぶ瓦礫の中にベルゼブブの姿はない。

『ぬっ!』

 大技ほど発動時に隙が出来る。刹那の体の硬直だが、クレアはそこを見逃さず、背後から現れた彼女は皇帝をドロップキックで蹴り飛ばす。

(速いな。あれから逃れるとは)

 感心しつつも脆くなった石壁に叩きつけられ、さらには壁が割れて外へと飛び出してしまう。

「僕もお忘れなく」
『!』

 投げ出された先の空中では、今度はエドワードが待ち構えていた。

「【ライトニングブレードシュート】!!」
『【レゾリューム・レイ】!!』

 弓を引くような構えで神剣の鋒より繰り出されたのは、回転する緑色の稲妻状の光線。しかし皇帝も右手から得意の破壊光線を放って即座に迎撃、光線同士は衝突して大爆発を起こす。

「む!」
『ふッ!』

 爆発によって辺りが煙る中、その煙幕の中を皇帝は突っ切るもーー

「わっ!?」

 同じ事を考えていたのか、煙幕の中を進んできていたのはクレアも同じ。しかし、見るまでもなく皇帝はそれを察していた。
 皇帝の背中に肉迫しようとしていたベルゼブブの突進を絶妙なタイミングで避けて彼女を掴むと、そのままエドワード目掛けて投げ飛ばす。

「!」

 だが煙の中から飛んできたベルゼブブをエドワードは受け止めることなく避けたことで、クレアは地上へと落下していった。

「あぁ〜れぇ〜〜〜〜………………」
『ほう』

 一見薄情ではあるが、この場ではむしろ正しい判断だとエンペラは感心した。もしエドワードが受け止めていれば、皇帝はその瞬間二人まとめて光線を叩き込み、そのまま地獄行きまっしぐらであったろう。

「くっ……!」

 だが、別に失敗したところでさして問題ない。さすがにクレアほどは無理なものの、それでもエドワードが驚くほどの速度で接近、即座に距離を詰めていく。

『………』

 前回の戦いの際、何度も押し切られそうになったため、白兵戦は不利だと判断したエドワードは空中で後ろに跳んで間合いから離れる。そんな勇者を皇帝は睨みつけた。

「うぉっ!?」

 普通はそう思うだろう。しかし、実際にはその視線の先に不可視の魔力が超高速で放たれた事をエドワードは勘づき、全速力で逃避する。

「……!」

 案の定であった。ある程度飛翔したそれはやがて大爆発を起こし、王魔界の暗い空を明るく染めたのである。

『【インビジブルレイザー】を避けたか。残念だ』

 皇帝は攻撃は避けられてそう宣うも、どこか愉快そうな笑みを浮かべている。

(冗談じゃない……! 例え丸腰だろうが、この男の強さは手が付けられない!!)

 底の見えぬ皇帝の強さに戦慄するエドワード。それは遥か下で皇帝の様子を窺うクレアにも同じ事であった。
 クレアが背後から襲えたのはあくまで皇帝の意識が偽皇后に向いていたからである。それが今となっては無防備なように見えて、実際は全方位へ意識を張り巡らせている。超音速の移動速度を誇るクレアでさえ隙を狙うのは相当困難であったのだ。

「………!」

 それでもあえて皇帝に近寄ろうと再び超音速で飛翔しようとするもーー

「わぁぁっ!?」

 皇帝は右人差し指から光線を連射して牽制する。

『………』

 恐るべきはその精度、さらには“予測”である。一発目の光線の軌道でクレアが避ける軌道及びタイミングに合わせ、二発目の光線は放たれている。“必中”だと看破したクレアは全速力で躱すも、今度はその軌道に三発目が放たれていた。

「このッッ!!!!」

 魔力を纏った右爪による咄嗟の殴打でどうにか軌道を逸らし、飛んでいった光線は魔王城を貫き、さらには街の石畳まで到達、地下まで貫通した。

(何だよコイツ……! 私が攻撃を避ける軌道と逃げ先まで完璧に予測してる! それに合わせた光線のタイミングまで完璧だ……!)

 皇帝はクレアの方を見てすらいない。あくまで“片手間”で行なった攻撃にすぎないのだ。
 全て避けきりはしたが、クレアは敵の実力に改めて恐怖し、小さな体躯の全身から冷や汗を滴らせた。

(……ゼットンもこんな気持ちだったのかな)

 クレアの可愛らしい顔が畏怖と絶望で引きつる。
 ゼットンがクレアにどう努力しても及ばなかったが、今またクレアとこの男との間に同じ事が起きている。
 だとすれば、如何に酷な事を夫に強い続けていた事か。皮肉にも、この時夫の長年抱いていた無力感をクレアは知ってしまった。

『………………』

 そんなベルゼブブの懊悩など皇帝は知る由もなく、また理解する気もないであろう。それ以上の追撃をかけなかったように、皇帝はクレアなど所詮眼中にない。
 そもそもエドワードとの交戦でさえも彼は本腰でなかった。あくまで優先すべきは“脱出”である。
 王魔界の桁外れに濃い淫魔の魔力の中でも、皇帝はエンペラ帝国軍の侵攻、陽動を察知していた。ならば、彼等の働きを無駄にするわけにはいかないと考えていた。
 しかし、そのためには奪われた【アーマードダークネス】と、不覚にもクレアの奇襲の結果、リリムのミラによって持ち去られた【ギガバトルナイザー】の二つを取り返す事は必須であった。





「お母様」
「えぇ、行っておあげなさい。あの人とクレアさんを助けてあげてちょうだいな」
「では!」

 頭を下げ、玉座の間を出ていくミラ。彼女が奪ったギガバトルナイザーは今、彼女の母である魔王の元に届けられていた。

「これが手に入った事を喜んでいいのかしら」

 玉座の間の前に横たわった義理の息子の治療を続ける魔王。その右手に握られた鉄棍は、変わらず青い光を放ち続けている。

「それにしても……暗黒の鎧に加えて、このレイブラッドの杖まで実在していたとはね」

 神秘的な青い光に見惚れながらも、魔王の胸中に不安は増すばかりであった。
 【救世主の遺産(セイヴァーズ・レガシー)】ーーかつて救世主達が愛用したという、己と同質の力を宿したという魔導具。救世主はレイブラッドからエンペラ一世までの九人ーーならば、その数は九つであるはず。

(それらの全てが実在していたら……)

 そして、もしも彼等がその全てを手にしていたら?
 彼等の最終目標は『神々の打倒』。それこそが皇帝並びにエンペラ帝国軍の悲願である。エンペラ一世の理想とする『人間の世界』において、絶対に欠かすことの出来ない要素だ。
 しかし客観的にはーーいくら救世主である皇帝と帝国軍の力をもってしても『到底不可能』だと言わざるをえない。救世主の力が如何に強大であるとはいえ、それでも所詮は『神に匹敵する“程度”』でしかないのだ。
 救世主をも超える化物がひしめいているのが神界である。仮に魔物を打倒し、絶滅させられたとしても、今度は神々が立ちはだかるのだ。
 そして、彼等もそれらの現実に気が付かないほど愚かではない。救世主の力とエンペラ帝国軍の武力だけでは不十分だと承知しているのならば、さらなる力を求めるのは必然である。

(杞憂だと思いたいけれど……)

 しかし、もしそうであったのならばーー彼等の悲願は叶うかもしれない。
 魔物娘は全て殺し尽くされ、森羅万象を司る神々もまた消えた、人間を万物の霊長とし、その全てを思うがままに出来る世界。エンペラ一世の抱く理想が形となった、人間だけの『新世界』が。

「どちらにせよ、二つの遺産を渡すわけにはいかないわね……」

 青い輝きに照らされながら、美しくも真剣な面差しでそう決意し独白する魔王。
 人類を愛したのは同じであるがーー彼等の理想は自分とは違う。過程も、方法も、完成図も、その全てが自分とは異なる。そして、その全てが到底『受け容れ難い』。
 一応、彼等への理解はある。共感もある。尊重もある。だがそれでも、魔王は彼等でなく自らの理想を叶えたいと思っている。
 魔王は人間をこの上なく愛している。一方で、魔物もこの上なく愛している。両者を愛し、そしてどちらも救いたいと考えたからこそ、彼女は皇帝の理想が受け容れられなかったのだ。

「そう思わない? えぇと……」

 思いを巡らしていた魔王だが、ふと傍らに侍る人物へと同意を求める。

「皇后陛下」
『………………』

 ミラが連れてきたのはギガバトルナイザーだけではない。皇帝の深い愛と悔恨の念が生み出した女もまた、戦いに巻き込まれないようこの玉座の間へ非難させられていた。

『………』
「あら」

 皇后と呼ばれた女だが、頭を振る。もっとも、彼女が否定したのは皇后と呼ばれたことの方であったようだが。

「では、なんとお呼びすればよろしいかしら?」
『……どうぞご自由に。貴方様のお好きにどうぞ』

 寂しげな笑みを浮かべ、女はややぶっきらぼうにそう答えた。
 女は命を与えられたが、名前は与えられていなかったようだ。そして、自ら名乗るに値する名もまた持っていなかったため、他人からは好きに呼ばせるつもりだった。

「なら……“バルベーロー”は如何かしら?」

 しばし黙考し、思いついたその名。それはかつて存在した主神教の異端宗派において崇められた女神ソフィアの母あるいは娘として伝わる女神の名であった。

『それで構いません』

 女の返事は素っ気ないものだったが、名前自体は気に入ったのか、先ほどより笑みは柔らかくなった。

『……それと、先ほどの問いの答えですが』
「聞かせていただけるかしら?」
『渡すべきではないでしょう。ですが……無理でしょうね』

 静かな口調であるが、確信を持ってバルベーローはそう断言する。

「……何故そう思うの?」
『私はあの人から生まれました。ですから分かるのです』

 そう滔々と語るバルベーローからは、エンペラ一世に対する信頼がよく伝わった。

『それに、“あの子”は主人の下に帰りたがっています。“この子”も今は貴方の手にありますが、最後には皇帝陛下の手に戻るでしょう』
「私が預かっていても結局奪い返される。そう仰りたいの?」

 予言を不愉快に思い、魔王は顔を顰める。片割れは今この手にある以上、奪還は即ち魔王の敗北、皇帝の逃走成功を意味するからだ。

「うぅ……」

 両者の間に不穏な空気が流れたところで、横たわっていた青年が呻き声をあげる。

「! ゼットン君!」
「ん……魔王(ママ)!?」

 目覚めた青年が上体を起き上がらせて辺りを見回すと、森に居たはずの自分が何故か魔王城の玉座の間にいたことに気づく。

「んぅぅ……頭いてぇ……」
「まだ寝てなきゃダメよ」
「また倒れたんですか、俺は……」

 まだ皇帝の魔力の残滓があるのか頭が痛いため、再び仰向けになるゼットン青年。しかし記憶が飛んだ後にこの場にいたため、状況の把握自体はかえって容易かった。

(今クレアさんが戦っているのを伝えるのはまずそうね)

 普段は憎まれ口を叩き合ってはいても、二人が一緒になってより七年余り。故にゼットンとクレアの間には深い絆が出来ている。
 もし今クレアがエンペラ一世と戦っていると知れば、己の実力不足も省みず、加勢に行くと無茶を言うかもしれない。

「クレアが運んでくれたんですか?」
「えぇ、よく出来たお嫁さんね。彼女に感謝なさい」

 まだ寝惚ける息子に、妻への感謝を促す魔王。
 患者が義理の息子であるとはいえ、主君である魔王本人へ直々に治療を要求するのは本来畏れ多い行為。それでもクレアは夫の命を救おうと頼みに来た。
 夫を救おうと妻が行動したのを何故罰せようか。魔王としてもあのベルゼブブの行動はむしろ好ましく、嬉しいものだった。

「ん…」
『………』

 そんなやり取りの中、ふと玉座の傍に侍る、見慣れぬ女性に青年は気づく。

『……息子さんですか?』
「娘婿よ。手はかかるけど、それでも可愛い私の息子の一人」
「こ、これはどうも、お初にお目にかかります! 第52王女ガラテアの夫のゼットンと申します! どうぞお見知りおきを!!」
『初めまして。バルベーローと申します』
(一体どの種族だ!? メチャクチャ美人じゃねーか!! 魔王(ママ)やガラテアと並ぶんじゃねーのか!?)

 その美貌を目にするなり仰天するゼットン。普段ゼットンの目にする美しいが淫らな召使いとは違い、その女は美しくも気品があり、清楚であった。しかしそれ以上に、他を圧倒する女神じみた風格が滲み出ており、普段は横柄な青年も慌てて挨拶をする。
 そんな彼の態度に魔王は苦笑するも、女は逆にくすりと笑う。

『そんなに固くならなくてよろしくてよ』
「はっ、はい!」

 緊張して返事が上ずるゼットン青年。デルエラにさえ気安い態度を取る男でも、この女には舐めた態度は取れなかった。

(それにしても何者なんだ? 魔王(ママ)の新しい側近か?)
「これ、他人の妻をそんなに見つめるのは無礼でしょう」
「あっ、申し訳ございません……」

 不敬だと十分承知しているが、それでもバルベーローを青年は凝視してしまい、見かねた義理の母に無礼をたしなめられ、萎縮する。
 玉座に座る義理の母親と、傍らに侍る彼女は対等な感じがした。しかしゼットン青年の知る限り、それほどの立場の高い人物は婿入りしてから聞いたことがない。
 それ以上に不思議なのは、この女の容姿だ。このような場所に居るのだから魔物娘に違いないが、少なくとも外見からは該当するような種族が思い当たらない。
 容姿は人間のようであって、比較にならないほど美しい。しかしその方向性は魔物娘とは真逆であり、あえて挙げるならばヴァルキリーが一番近いだろうか。
 けれども戦乙女と異なるのは、神々しくも凛々しさや刺々しさとは無縁であることだ。柔和で清楚、気品高いが、風格はあってもいかめしい印象はない。

(バカ高そうな白いドレスを着ている。格好と雰囲気からして、どう見ても王族だな。レスカティエ辺りから来たのか?
 あそこの王女……えぇと名前なんだっけ?……は確か第四だか第五王女だったかな。てことは姉貴がいるはず。そっちのかな?
 ……いや、でも人間の姿のままのはずはねぇ。魔王(ママ)の前で姿を偽っているのはさすがに無礼だろうし、かといってダークメイジとかダンピールっていう感じでもねぇんだよな……)

 ガラテアと結ばれて以降、割とレスカティエを訪れていたゼットン青年。しかし、いくらリリムの夫でも王族とそう謁見の機会などないし、彼と応対するのも基本的にはデルエラだったため、王女と面識はない。
 頭を巡らせるが、一向に正体の検討はつかない。いずれにせよ、目の前の貴婦人の正体は彼が思っているようなものではなく、ましてや敵の首魁が生み出したものだとは考え付きもしないだろう。

「うっ」

 そんな風に頭を巡らせていたところで限界を迎えたーーのではない。何故かは分からないがゼットン青年の意識はまた飛び、魔王の目の前で倒れてしまう。

「ゼットン君!?」

 魔王は倒れた義理の息子を抱き起こし、彼の胸に左手を当てて調べた。

(? 魔力漏れが無い?)

 三度目の昏倒であったため、またエンペラ一世の影響かと思われたが、今回は一切の魔力が感じられない。そのため、魔王は首を傾げた。

「一体……」
『……その子は何者なのですか?』

 ただならぬ事態を察し、バルベーローは魔王へ尋ねた。

「私の52番目の娘、ガラテアの夫よ」
『その子からはあの人と同じ力を感じます。普通の人間ならば、絶対に持ちえない力です』
「……皇帝エンペラ一世は蘇る際、恐らく他人の肉体をその魂の依代としている」
『!』
「使われたのは、恐らくこの子の左腕よ。帝国七戮将と戦った際、一度切断されているの」

 元となったソフィアの記憶、さらには生みの親のエンペラ一世の記憶も引き継ぎながらも、バルベーローはゼットンのことを知らない。何故ならそれらの騒動はエンペラ一世が死んだ後、そして蘇る直前に起きた空白期間での事だからだ。

「今は別人同士だけれども、それでも二人が元は同じ肉体を持つのに変わりはない。その影響で、二人の魂にもまた繋がりが出来てしまった。
 けれど、人類最強と謳われる救世主の圧倒的な力は、所詮ただのインキュバスでしかないこの子にとっては毒でしかない。魂を通じて向こうから流れ込んでくる力は、今もこの子を蝕み続けているのよ」

 やや恨めしそうに語る魔王。義理の息子を蝕み、苦しめ続けているのがあの男なのだから無理もないが。

『……この子を治す方法はないのですか?』
「一番確実なのは、エンペラ一世が死ぬこと」
『!』
「でも、その方法は絶対にやりたくないわ。それは私の信念に反するからね。
 次善の方法としては、皇帝が魔力を使わないことよ。それならば例え魂の傷が開いても、この子に大した影響が無い程度で抑えられる」

 最善策は魔王には耐え難い事であったため、次善策を用いるつもりであった。だが、皇帝が逃走のために全力で暴れている今の状況ではほぼ不可能には違いない。

「だから、彼には今暴れてほしくないのよ」

 玉座に立てかけた鉄棍の青い光に照らされながら、魔王は淡々と本音を語った。

『………………』
「もちろん、彼がこちらの要望を聞くはずもないでしょう。したがって、私達の手で彼を押さえつけねばならない。
 ……とはいえ、貴方には悪いようにはしない。私達にとって殺しは禁忌であり、例え残虐非道な悪人といえど」
『っ!』

 話している途中でバルベーローがいきなり驚いたので、すわ容態の急変かと魔王も息子の方に視線を移す。

「!!!!」

 唐突に見えた。ほんの一瞬だ。その一瞬だけ義理の息子の姿が消え、代わりに二人の目には“それ”が映った。

(何、今のは?)

 分からないーーが、何故か知っている気もした。ただ自分でも不思議なのは、初めて見るのに『知っている』のだ。
 知識ではない“本能”、あるいは遺伝子に刻まれたもの。サキュバスとしてか、あるいは魔物としてのものか。

『………ッッ』

 バルベーローも同じものを見たらしい。しかし肝が据わった魔王と違い、ひどく怯えていた。
 先ほどまでは微笑ましいものとして見ていた青年を、今は恐怖の対象としてしか見れない。今の一瞬で、彼女の青年に対する心象が180度変わってしまったのだ。

『その子は一体……何なのですかッ!?』

 先ほどと同じ質問だが、今回は大いに意味合いが変わっている。

「……答えはさっきと同じよ」

 魔王も今はそう答えるしかなかった。










『………………?』

 戦いの最中にもかかわらず、エンペラ一世は見当違いの方向を向いた。

(何だ、今の感覚は?)

 膨大な魔力が放たれたり、何か術が使われたわけではない。しかし、とても嫌なものを感じた。
 そして少なくとも、それは自分に向けられたものであるのは確かだ。

『気になるが……』

 今はそれを調べている時間はない。遺産の二つを取り返し、刻一刻とインキュバスへと近づきつつある帝国軍共々本拠地に帰還せねばならないのだから。

『今は時間が惜しい。蝿一匹を一々追いかけるのも手間だ』

 気に入らないが、この際あのベルゼブブのことは放って置く。リリムも勇者もかかずらっている時間は無さそうだ。

「あらあら、もっと遊びましょう?」

 考えを巡らせているところで、いつの間にか戻ってきていたミラが秋波を送って誘うも、皇帝は何処吹く風であった。

『また貴様か。今貴様と遊んでいる暇はない』
「んもぅ、無粋な御方ね♥」

 そんな皇帝のつれない態度にかえって燃え上がったミラは淫靡に微笑む。

「貴方を倒して、私のモノにする♥ 貴方は嫌っていたはずの私を愛し、交わることだけに快楽を見出すようになるのよ♥」
『大きく出たな、小娘。貴様如きが余を倒すだと?』

 エンペラはその類の挑発に滅法敏感であった。

『リリムは余の世界制覇にとって障害の一つ。あの蝿と違い、貴様はこの場で殺す価値はありそうだな』
「そうはいかんよ」

 怒るエンペラの背後に現れたのはエドワード。

『そうそう、貴様もいたな。娘と一緒に首を引き千切り、魔王の前に突きつけてやるか』
「出来ないことは言わない方がいい。恥をかくのは貴方だ」
『ならば、余も断言してやろう。この娘のくだらぬ妄想も、その母親の狂った野望も叶わぬとな!』

 らしくない怒りのままに振り下ろした刃。皇帝はそれを軽々と左手で受け止める。

『丸腰だが、思っていたよりは戦えそうだ』
「くぅ……!」

 皇帝に見下されて苛立ち、歯噛みする勇者。だがーー

『ん!?』

 そこへ突如割り込んできた闖入者。驚いた勇者と皇帝は共に間合いを離した。

(え!?)

 だが、それは遥か下で様子を窺っていたクレアではない。

『………………』
「何故だ!?」

 ミラが一瞬の隙を狙って盗み出し、母に届けたはずのギガバトルナイザー。それが何故か玉座の間の壁を突き破って飛び出し、エンペラの手へと戻ったのである。

(何故今戻った?)

 しかし、それに驚いているのは他でもないエンペラ本人であった。

『!』
「何だ!?」

 先ほどと同じ物を感じ取り、エンペラとエドワードは共に天を見上げる。

『ぬ!!』
「うわっ!?」

 右手の光線を放って皇帝はそれを撃ち落とし、爆散させる。
 夜の闇夜に紛れ、放たれたのは漆黒の火球。エンペラ目掛けて放たれたそれは、少し離れたエドワードをも巻き込みかねない熱量と大きさを持っていた。

『……さすがは魔王。あれは丸腰の今、まともにくらえば余も危なかった』
「い、いや……」

 間一髪躱すも、戸惑うエドワード。エンペラはそう判断したが、今のは妻の攻撃では断じてないからだ。

(何が起きている?)

 そして何より、あれは『魔物娘の攻撃』ではない。あの火球には淫魔の魔力など微塵も感じられなかったからだ。

「……!」

 しかし、誰よりもそれを敏感に感じ取ったのはクレアだった。何故か胸騒ぎがしたのだ。

「陛下……!」

 玉座の間に飛んでいくクレア。





「陛下ー!」

 半壊した玉座の間を歩きながら、クレアは魔王の姿を探した。

「ここよ」
「!」

 玉座の間の天井は崩落していたが、魔王は魔術で押し留め、自身とバルベーローに降りかかるのを防いでいた。

「一体何が…」
「……ゼットン君よ」
「!?」

 瓦礫を放り投げると、傷ついた玉座へと座る魔王。

「目覚めたと思ったら、何処かに行ってしまったわ」

 これは義理の息子による暴挙なのだろうか。そう語る魔王の顔は暗かった。

「彼に反応して、ギガバトルナイザーも飛んで……いや“逃げた”という方が正しいかしらね。
 暗黒の鎧の方は私が封印を施しておいたから、反応はしていないみたいだけど」

 魔王はあらゆる魔術的拘束を試みたが、ギガバトルナイザーはそれを物ともせずに逃げてしまった。
 しかし、それ以上にショックなのは息子の“変貌”であったのだが。

「けど、それでもマズいわ。封印が解けかけたのよ」
「え……でも、暗黒の鎧はまだ大丈夫だと今」
「ゼットン君のよ……」
「魂の傷が!?」

 だとすれば、ゼットンの死は近いということではないか。
 しかしそうではないのか、魔王は忌々しげに頭を振る。

「いえ、もっと昔……私が生まれる遥か前のものよ」
「は?」

 ゼットンは現在三十歳。そんな男が何故魔王の生まれる遥か昔の古い封印があるとは矛盾している。

「私にもそれ以上の事は分からない」

 バルベーローへの答えと同じく、今はそれしか言えない。

「とにかく今は非常時。検証するのは後よ」





『次から次へと……邪魔ばかり入るな』

 苛立つ皇帝を嘲笑うかのように上空から降り注ぐ暗黒火球の雨。

『唸れ【エンペラインパクト】!!』

 しかし、天に掲げた左手より放たれた衝撃波がそれらを霧散させる。

『なぁ、勇者よ。この化物も貴様等の差し金か?』
「……そんなわけはないだろう」

 冷笑を浮かべるエンペラにエドワードがそう吐き捨てるように、魔物娘は皆人に近い姿をしている。断じてこれほど巨大な化物などいない。

「一体……」

 先ほどまではエンペラのことしか見えていなかったはずのミラだが、今はそれが嘘のように呆然としていた。
 その姿は初めて見る。しかし、このリリムの知る既存のどの種族とも合致しない。
 ならば魔物ではないのか。だが、この禍々しさは旧時代の魔物以外に例えようがない。

『まぁいい。魔だろうが神だろうが、余を阻むのなら殺すのみよ』

 出自不明の闖入者に調子は狂いこそしたが、エンペラの闘志は衰えなかった。右手に持ったギガバトルナイザーもそんな彼の意思に反応し、ますますその青い光を強く放つのだった。

「………………」

 不気味な電子音を鳴らしながら、怪物は男を見上げた。しかし、皇帝に執拗に襲いかかっておきながら、怪物からはおよそ感情らしきものが何も感じられない。
 その漆黒の巨体はひたすらに無機質で、ゴーレムやオートマトンの方がまだ情があり、血肉が通っていると思えるほどだった。










「ゼットン」
「え?」
「彼の名前ね、由来があるのよ」
「そうなのですか?」
「そう。遠い遠い昔のお話よ。おとぎ話だと、ついさっきまで思っていた。
 かつて偉大なる主神が創ったという、一匹の獣の話……」
19/01/08 01:35更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:????

 詳細不明。

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