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第二話 前編 祈った神父
「おいエンジェル。これまで様々なさり気ない誘惑からちょっと大胆な誘惑までを試してきたがどうにも主様の反応が鈍い! なんでだ!? 普通の男なら魔物の……いや、私に肢体に見惚れぬわけがないではないか」

山村を離れ早一カ月、ウルスラに呼ばれ少し男二人から離れた場所にニアが行くといきなり肩に腕を回され木陰に引き込まれてニアは身構えた。のだが、すぐにウルスラが開口一番こんなことを言い出しているのでニアは警戒を解いた。

「……と、言われましてもねぇ」
「普通なら妻である我にもっと何かあってもいいはず……我が日ごろアタックをいくらかけてものらりくらりと受け流される(まぁ、実際受け流されるというよりかはこっちがあの本受け止めることになるのだが)、全部無視せずに構ってくれているのでこういうのも嫌いではないがそろそろ何か進展が欲しい、何か案を出せ」
「……えー、それエンジェルである私に訊きます? なんでわざわざ我々主神側にとって不利益なことをしなくてはいけないのですか。そんなの他の魔物娘に訊けばいいじゃないですか」
「ふ……確かにその方が手っ取り早いかもしれない……だがな、我の知り合いは確実にそれを知ったら弄ってくる、だからそれはできん!」

>やだー、ただのプライドの問題じゃないですかー。

「それにお前の方が……悔しいが主様といた時間は我より長いのでな、何か我の知らないことを知っているかもしれぬ」
「それで私に訊きに来たと、でも私はエンジェルですよー? 主神の使いですよー? 魔物の敵ですよー?」
「それは踏まえた上での頼みである、頼む」

ウルスラが頭を垂れる、それは誇り高いドラゴンにとってありえないことであり、いかにニアがエンジェルと言えどその誠意には揺らぐものを感じ(てしまっ)た。

「う……私に頭を下げるのは平気なんですね」
「うむ! たかがエンジェル一匹に私を弄ることなどできないからな!」

爽やかに、そして堂々と答えるウルスラに先程までの感動から一変、ニアはカチンと来るのを感じられずにはいられなかった。故に少しからかってやることにした。

「ほ、ほう……ならばお教えいたしましょうか。彼は神父、それもあまりに愚直な主神信者。誠意というものに対しては素直に感動します。で・す・の・でなにか誠意を見せたらどうですか?」
「なるほど! 誠意か! ふーむ、では何が良いだろうか……常に付き添って主様のために……」
「ダメダメ、そんなのいつもしているじゃないですか。そうですね……そのチョーカーに自分の魔力込めると人間に化けれますよね? それ変化中に外すとどうなるのですか?」
「うーむ、それはやったことないが……試してみよう」

カッ

ウルスラが首に手をあて魔力を込めると眩い光に一瞬姿がくらみ、再び目を開くとウルスラの姿が10歳くらいの子供になっていた。

「ふむ、これでこれを外す……何ともないな」
「どれくらい魔力込めたんですか?」
「ほんの少しだ。2,3分で戻るだろう」
「調子はどうです?」
「体が小さい故の違和感はあるが……これはいつもの感じだ」

これまでウルスラは何回か町に立ち寄る際に変化をして兵士などの警備をやり過ごしている。

「変化はないですね」
「ああ、そのようだ。そういえば使っていて気づいたんだが、この石が変化の魔法を発動する核でありその術式を発動するための魔力タンクみたいなものらしいな」
「やはり石が本体でチョーカー本体は特殊なものではないのですか。……とするとあの量の財宝と引き換えにしたなんて随分と高価な石なんですねぇ」
「いや、チョーカー本体もどうやら特殊な物らしい。変化をなるべく完全なものにするために変化の魔法に使う魔力以外の全魔力を封じ込めているみたいだ」
「ほへぇ〜、そんなたいそうな物だったんですか……なら納得ってやつですね」
「うむ、そうでなくては我も困る。それとこの変化の魔法、込めた魔力が尽きるまで解除できないものと思っていたが……魔力の流れを大まかに見たところ『魔法石の魔力尽きるまで人化の術が発動する』のはその通りみたいだが、どうやらこの魔法石に込められた魔力は途中で強制的に排出させて変化の術を解除できるみたいなのだ。……む、そろそろ時間だな」
カチャ
ウルスラが首に再びチョーカーを巻き付け数秒すると
カッ
変化した時と同様に一瞬眩しく光る、ニアは目が眩んで瞑るが再び目を開いたときには目の前に元のドラゴンの姿のウルスラがいた。

「ほほー、そうなんですか。ちなみに途中で強制解除した際のリスクは?」
「正当な手順でチョーカー中に封じた魔力が元の持ち主に返還するプロセスが省かれるため、多分全ての魔力が還ってくる……なんて都合が良いわけではないだろうがな」
「じゃあこれ外して強制解除したらどうなるんですか?」
「それはわからん、しかしそれにそんなことしたら本当にただの人間並みの能力になってしまうではないか」
「どうせ街中で戦闘なんかなってもイネス君が何とかしますよ。それに危ないところに行く可能性があるならその時はチョーカーつけて行けばいいじゃないですか。ですから試しにチョーカー外しておいて生活したらどうです? 『私は街中では魔物の姿には戻りません、大人しくしています』って表れになるんじゃないですかね?」


>うん、これならよりドラゴンとしての危険性も減りますし私の気苦労も少し軽くなって一石二鳥ですね〜。いやぁ〜、我ながら素晴らしい提案ですっ♪


「えー、やだー」

ガクッ

「えっ、なんでですっ?」
「だって、これ着けていた方が主様のモノっぽくて興奮するじゃないか」


>そうだ、やっぱりこの人魔物だった……


「で、でも、ほらそれちゃんと説明してやってみた方がイネス君もあなたが魔物ということでの苦労は減ると思いますよ?」
「ふーむ……」
「それにほら、もしかしたらあなたには実力があった故に未経験な『守ってもらう』なんてことも経験できるかもしれませんよ?」
「おおっ、なるほど! お前の言うことも一理あるな。良いだろう、試しに次の町にいる間試してみるか」




さて、ここはルミアの町。先月イネスが山村の件の報告に立ち寄ったチルスの町から見て南東に位置する中規模の町である。この町はまだ魔界より離れており、周りが平野に囲まれ他にも村が数か所形成されている。ありふれた特徴のない人間界の地域に見えるがただ東に300haほどの深い森があるのが特徴である。

「フッ、フッ、フッ、フッ、フッ、フッ」

朝焼けもまだ見えぬ頃、商人すらまだ起き出したくらいであろう時間帯の静寂の中にただこの規則正しい音だけが響く。

「フッ、フッ、フッ、フッ、フッ、フッ、フッ、フッ、フッ」

その音は二拍子を刻みながら途切れることなく続いている。いつから始まったのだろうか、もう何回行ったのだろうか、そんなことはわからない。少なくとも彼は気にしはしない。ただただ黙々と続けていく。

「フッ、フッ、フッ、フッ、フッ、フッ……!」

ドサッ

「はあ、はあ……おや……真上にあった月が見えなくなってますなぁ……もうすぐ朝焼け見えますかね……さ、続きを……」

逆立ちかつ片手の指一本を石を組んでできた壁にかけ懸垂(のようなもの)をしていた男は手を放して、井戸から汲んでおいた水を一口飲む。男の指が掛けられていたところは削れ、五か所の穴になっていた。無論指の腹は擦れて血がにじんでいる。

「お水ってやっぱりおいしいですね……主神よ今この瞬間の生をありがとうございます……フンッ、フッ、フッ、フッ、フッ、フッ、フッ……」

指の血が渇いて固まるまでの間、男は僅か30pほどの足場しかない町をぐるりと囲む石でできた塀の上を走り出した。



レトとウルスラは退屈だった。週に一度のイネスが主神の加護を感じて感謝するためのお祈り(本人以外はお祈りモードと呼んでいる)に入ってしまったからだ。これを邪魔することはいかなイネスでもかなり嫌がり、強引に介入すると怒られてしまう。つまり彼にとって独りの時間というわけだ。

「はぁ。暇であるな……」
「そうだねー、ニアさんは天界の方に用があるって行っちゃったしー」

いつもなら彼がお祈りモードになってもニアがいるので三人揃えば何とやら、暇つぶしなりなんなり思いつくものなのだが、今日に限ってニアは定期の天界に戻り報告書を書く日だったのだ。

「主様もただ体力を削るだけなら私を組手の相手にしてくれればいいものを……」
「ウルスラさんそれやるならドラゴンに戻らなくちゃだめじゃん、ここ町だからそんなことできるわけない……って、ウルスラさん顔に出ているよ」
「あれは本当に良いものであった……我の尾の一撃をモノともせず受け止め、我が放った炎を潜り抜け……ほぅ……」
「だめだ、あの蕩けそうな顔……完全に記憶に浸っちゃってるよ……」
「うふふふふ……やはり主様こそ我が夫にふさわしい……早く我が身にあの者の子を宿したいものよ……」
「はぁ……神父様の様子でも見てこよう……」



宿の外に出て裏の空き地に回ると切れの良いテンポの息を吐く響きが聞こえてきた。

「フッ、フッ、フッ、フッ、フッ、フッ……」

レトが角を曲がりその光景を目の当たりにしたとき、『わけのわからない』としか表現のしようのない姿が目に映った。その姿とは……

「え、なにあれ? 僕くらいある石抱えてコサックダンスしてるんだけど」
「フッ、フッ、フッ、フッ、フッ、フッ……ふぅっ」

ゴロッ バタッ
それまでテンポ良く聞こえていた音が止まるとイネスの手から支えを失った石が同時に地に転がり、イネスもその横に崩れ落ちた。

「おやレト君、げふっ、何か御用ですかな?」
「し、神父様……ずっと……やってたの? もうお昼だよ……」
「おや……そうでしたか……ですが私はいらないので他の皆で食べていてください」
「うん……あ、えと、いつまでやってるの?」
「私の体が動かなくなるまでです、多分明日には終わっていると思いますよ。うん? 足がもう動きませんね……でもが今度は腕が元気になってきました。よぉし……」

そう言うといきなり逆立ちをして、片手の指五本を立てている状態で腕立てを始めた。最初は体の他の部位の疲れのせいかバランスをとるのに時間がかかりふらつきながらゆっくり始めたが、10回もする頃にはもうさっきの二拍子に戻っていた。また規則正しい息を吐く音が聞こえる。

「あー……宿の中にいるね」
「フッ、フッ、フッ、了解です。フッ、フッ、フッ……」


仕方なく宿に帰ってイネスの聖典でも読んで時間を潰すことにしたレト、イネスは黙々と体を動かし続ける。
しかしまだこの後起こることなど誰も考えてもいなかった。




イネスが力尽きたのはその日の夜中、いや月も沈みかけているからどちらかというと早朝に近いのか。
宿の屋根に足をかけ、さすがに体力も底を着き気力でまだ動く腹筋を二拍子でやっているとフッと糸の切れた人形のようになって地に落ちた。うつ伏せの大の字に寝転んだ後息を整えるため顔を横に向ける。

「はぁっ……あ……あ……ふっ……わた……しは……生きている……ごふっ……街中だったので……派手な動きは……できませんでしたが……これはこれでなかなか……がふっ」

最後は水を汲みにも行けず水を飲まずにやっていたため喉が渇いて切れたのか、口から血を吐く。昼に最低限の水しか飲まずここまでやっていたのは脅威と称するべきだろう、普通の人間なら脱水症状で生きていない。なぜここまでやるのか、それは彼が自らの肉体を死の淵まで酷使し生きていることこそが危うい状態にすることであり、主神より与えられし生を甘受するためだ。

「げふっ……あ……ああ……主神よ……この世に生を受けさせてくださりありがとうございます……私は改めて自分の生を……命を感じ取ることができました……私は幸せです……」

自分の存在のすべてが主神に施されたものであり『生』という大いなる祝福を感じ取り、満面の笑みを浮かべてイネスはついに動かなくなった。




「おい、あっちに男がいるぞ!」
「……なんだ死体じゃないのか」
「駄目だ、コイツはもう無理だ助からん。そんな死にかけよりもっと活きが良いのを探そう」
「そうか、向こうの広場の方に町の奴ら逃げて行ったな」
「宿の中に男の気配がする……早い者勝ちだな」
「なっ、ずるいぞ!」

中に入ると入り口のカウンターの上に腰かけている男が一人、男は槍を持っている。

「君たちも運がないな……僕は『白丘の騎士団』第六位にして最高の槍使いトマだ。大人しく尻尾を巻いて帰るなら見逃してあげるよ」

「……そんな肩書き私達アマゾネスの戦士には通用しないぞ? 己が力は闘って示せ」

三人のうちの一人が地を蹴り急加速をする。刃渡り90センチ、柄を合わせれば自分の胸ほども長さのある分厚い鉄板のような剣を突きの姿勢で構え、高速で放った。それは魔物の筋力と戦士としての技術が合わさりまさに矢のような速さで男に迫る。だが男は槍の柄で下から上へと突き上げ受け流し、お返しとばかりに前蹴りを放った。

「ふんっ」

アマゾネスは身を捻って躱し、そのまま回転のエネルギーを利用した横薙ぎの一閃を放とうとする、だが振り向いたときには目の前に槍の穂先が止まっていた。

「……口だけではないようだな」
「僕を誰だと思っている? 諦めてさっさとここから帰ったらどうかな?」
「……おい、族長に合わせてやる。おそらく中央の広場で指揮を執っているだろう。もし勝てれば我らは大人しく帰ってやろう」
「ふはははは、僕がいるときに町を襲うなんて……君たちも運がないな。町の平和は、僕が守るっ!」

男は駆け出して行った。

「何故みすみす見逃した!? せっかくの男だぞ?」
「もう一人男の気配がしてな……ふふっ、それに私はああいうのはタイプじゃない」
「だから手加減したのか?」
「いや、一応本気だったさ。だから族長に任せようと思ってな、ああいうのは一度完全に力で完膚なきまで叩きのめすと面白いほど素直になるからな……見たくなった」
「なるほど、そういうことか。お前も性格悪いな」
「さてね……おい、そろそろ出てきてもいいんじゃないか?」

先程からこちらを窺ている気配に向けて話しかけると廊下の向こうから一人の少年が姿を現した。

「ふーむ、まだ若いな……どうする?」
「……私はあと20年待って渋みが出てきたころの方が……
「はいはい、枯専枯専」
「なっ、ちょっとまて、なんでそうなるっ。おい話を聞け……」
「私はアリだと思う」
「そうか、じゃあお前の好きにしていいよ」
「うむ、ということでお前は私が戴いていくことにする」

「誰がっ! 僕はお前たちなんかの好きになんかされたりなんかしない! 主神が守ってくださるんだ!」

「主神信者か。暴れられると連れ去るのに面倒だな……」
などと話しているうちにレトがじりじりと間合いを計っているとアマゾネスの一人がにやけ顔で近づき始めた。
「さりげなく間合いを計ろうとするとするなんてかわいいじゃないか。お姉さんが優しくしてやるからおいで〜」
「いやだねっ!」

言葉と同時ににこやかに目を細めているアマゾネスの顎に向かって足を蹴り上げる。

「あんまりおいたが過ぎるのは良くないな」
「くっ」

しかし手で簡単にそらされて受け流されてしまった。そしてそのまま抱き寄せられる。

「お前本当に女の子みたいな可愛さだな。羨ましいぞ」
「うるさいっ! 黙れぇ」
「はっはっは、私も運がいいものだな。さて、集合場所に行こうか」
「(……こいつ年下好きはここまでだったとは……)」
「(顔立ちは悪くないからあと20……できれば30……)」

三人が宿を立ち去ろうとしたときペタペタというような音が廊下の奥から聞こえてきた。

「……なんだ、ここには他にも子供がいたのかそれにしてもこの足音ではうちの訓練生と同じかそれより小さいんじゃないか?」

ペタペタという音はだんだんと小刻みに速くなりそして走るような音に変わっていく。

「子供なら気にする必要はないだろ。さ、いこう……」

その時一陣の風が二人の間を駆け抜けた。二人が気付いたときにはその後ろ姿しか見えなかったがそれが小さな子供だと認識したときにはその少女がフライングダブルキックをレトを抱えたアマゾネスの背中にぶちかましていた後であった。

「ごっふぅ!?」

レトを抱えていた体が逆くの字に曲がって扉を破って飛んでいく。脇で抱える手から毀れたレトが落ちるのをキャッチして幼さ残るというより幼い少女が振り向き叫ぶ。

「我に断りなくこの者をに手を出そうとはな……ここは任されているのだ。この者を連れて行かせるわけにはいかないな!」

ザッ

仲間への不意打ちに身構える二人。油断していたとはいえ自分らの隙間を抜けて仲間への攻撃を許したという衝撃はこの子供がただの子供ではなく、自分らが警戒しなくてはならない相手であるということを示していた。

「う、ウルスラさん!」
「小僧、大丈夫か?」
「は、はい!」

自分より小さな子供にお姫様抱っこで抱えられて更に女々しさ目立つレトであったがそんなこと気にしている暇はない。互いに相手をするべき対象を見定めているからだ。

「隠れていろ。主様のいない今、お前は我が守ってやろう」
「すみません!」
「……さて、できれば我も貴様らなどと戦いたくはない、ここはどうか見なかったことにして立ち去ってくれんか?」

「馬鹿を言うな! 私達がお前のような子供にやられたとあっては仲間に顔向けできない!」
「……お前がなかなか腕が立つのは今ので分かった。良いだろう、そこの少年と共に私たちの仲間に来ないか? 歓迎するぞ」

「戯け愚か者め」

「そうかぁ、だったら大人しく捕まってもらおうか!」

先程吹き飛ばされたアマゾネスが突っ込んでくる。自分と相手の身長差を見込んだ上で、逃げ場がないように手を広げて掴みにかかる。ウルスラが姿勢を低くして躱して股をすり抜け、そのまま通り抜けざまに膝の裏を小さな体重をかけて回し蹴りを入れる。が、相手は鍛えられたアマゾネス。ビクともしない。

「ちぃっ」

諦めて距離をとるウルスラ、振り向きざまにその足を捕まえようとした1の手はまたも空を切る。

「……うーむ、速いな」
「ンなこと言ってないで手伝ってくれよ。こいつっ、思った以上に……ああもう! ちょこまかと!」

床を跳ね、壁を跳ね、ウルスラは屋内という条件を利用して空間を縦横無尽に駆け巡る。その動きにいかなアマゾネスと言えど、戦闘に特化した戦士であるため捕まえることは慣れていない。ウルスラは結果アマゾネスの戦士3人を相手に動きで翻弄していくことができた。またこれは相手が傷つけてはいけない対象であるという抵抗も相手にあったのだろうがそんなことウルスラには関係ない。そして、跳び回りながらたまに素肌の部分に平手を打って挑発するのも忘れない。気づけば三人は20分近くもこの子供の捕獲に時間をかけてしまっていた。

パァン

「いっつつ! こいつっ!」

「ふはははは、そんなことでは我は捕まえられないぞ?」

「……そっち行った!」
「わかってる……くそっ! 足払いも避けるのかよ!?」

「のろいのろい、貴様らの動きなど手に取るようにわかるわ! ほら、背中がお留守だぞ」

パァン

「うっ、痛……」
「こいつ子供のくせになんて体力してるんだ……疲れがないのか?」

「見た目に惑わされるからこういうことになるのだ……よ!」

パァン

「いったい! ……ん? あ、でもそれだけだな」



>バレたーーーーーー!! やっぱり子供の体では無理がもう少しで町から出れるが……これは主様には悪いが町を出る前に変化の強制解除も最悪考えておかねば……あれ?


ウルスラが最悪の事態を想定して首のチョーカーに意識を向けたときその感触がないことに気が付いた。


>あーっ! しまった!! 今エンジェルに言われて外したままだったーっ!! ん? というと我ピンチではないかこれ? ええい、ままよ!





時は少し遡り中央広場にて。

「ていっ、やぁっ!」
「ふっ、ちぃっ、はぁっ!」

カキンカキンと金属と金属の当たる音が鳴り響く。町の中央には数十人ののアマゾネスにより構成された輪ができており、その中心には槍を振り回す男とアマゾネス特有の芯が普通の剣より厚い柄のない剣を振り回す少女の姿があった。

「でぇいっ……ふんっ!」

男が放たれた剣を槍の腹で逸らし背を向けると、槍を自分の体の陰に隠し軌道が見えないような位置から脇を通して刃のない方で相手の鳩尾を突いた。

「げふっ!?」
「はあ、はあ……この技を僕に使わせるなんてね……なかなか……やるじゃないか。おい、次はお前だ!」

ビッ!とトマが指を指した先には屋根の上で事の顛末を見守っていた一人のアマゾネス。その姿は他のアマゾネスよりわずかに年上だろうか、しかし魔物の見た目で歳などあまり信用できたものではない。だが姉御肌……と言うよりは幾多の戦闘を重ねたが故の凛々しさがあった。そう、彼女がこのアマゾネスの集団のリーダー、族長である。

「なかなかの腕前のよ」
「そうだろう! なんてったって僕は『白丘の騎士団』第六位にして最高の槍使いトマだからな!」
「うだ……が、私の相手には遠く及ばんな」
「そんなこと、やってみなければわからないじゃないか! お前の言われた通り指名された相手は倒した、次はお前だ!」
「……実力はあっても相手を倒したかも確かめずに背を向けるようではなぁ?」

ぞくっ、と背筋に寒気が走る。咄嗟に横に転がると自分のいた位置に鋭い踵落としが落ちてきた。あと少しでも遅ければ肩、最悪脳天に食らって気絶どころではなかったかもしれない。

「なっ!? 君は倒れたはずじゃないのか!?」
「ふーっ、ふーっ! はぁああああっ!」

ゆらり……とでも言うべきか、そんな雰囲気を纏いさっきまでとはまるで別人のように一撃一撃が重く、激しい連続攻撃を繰り出してくるアマゾネスの少女、トマは槍を巧みに操り受け流していくがそれでも衝撃は伝わってくる。だんだんと手の力が無くなっていき最初は数撃に一度牽制を返していたがだんだんとその数は減っていく。

「くっ、どこにそんな力が……」

トマは決して弱いわけではない、白丘の騎士団はメンバー数こそ中規模だが互いに盗賊の討伐から魔物から貴族の護衛まで様々な依頼を多数こなしてきた。その成功率と安定性から教会勢力圏の北東地方トップクラスのギルドであり、信頼性も高い。それを支えるのは暇さえあれば互いに切磋琢磨することで己が技術を磨こうとする意識の高さと、それによる構成員の高い練度で、上位十人ともなれば上級の勇者パーティに入ってもやっていける実力である。
トマの実力は第六位であるがその正義感強い性格故に殺戮は好まない、なるべく相手を傷つけないように気をかけ捕縛した相手はしっかり罪を償わせる。仲間からは『甘い』などと言われることも多いがそれでも実力は確かだったので今日までやってきた。しかし今回の相手は『強い』、それは自分が今までのポリシーである非殺の信念が通用しないほどで、もしも最初の時に相手の息の根を確実に止めておけばこんなことにはならなかったかもしれない。

「くぅうっ!」

キィン
弾かれた槍が宙を舞う。ついにトマの手が耐えきれなくなり槍を手放してしまったのだ。

「はぁーっ、はぁーっ、これで私の勝ちだ!」
「武器がないとき、間合いの内側に入られた時のことも想定してこその白丘の騎士団第六位なんだよ!」

アマゾネスの少女の手を掴み捻りながら足払いをする。相手がバランスを崩したところでそのまま押し倒して手から武器を外すとマウントポジションを奪い、片腕の肘までを使って鎖骨部分を押さえつけた。右腕を自由にしておくのはもしもの対処に備えてのことで、喉を押さえつけて絞め落とさないのは最後の配慮だ。

「最後の追い込みこそすごかったけど、甘いね。僕はそこらの戦士とは違うんうむぅっ!?」

押さえこんでいたはずの少女に胸倉を掴まれ強引に引き寄せられる。どこにそんな力を残していたのかトマは右腕でほどこうとするも、少女も残る片手でこちらの頭をホールドしており逃れられない。引き寄せるのに使った方の腕も頭を抱えるのに使われ、それはいつしか情熱的なキスへと変わっていた。

「んちゅっ、むちゅっ、んん……ぷはっ」

トマがあまりの衝撃で気が抜けた一瞬の隙に少女はトマを押しのけ逆にマウントポジションを取り替えす。

「な、な……」
「私の勝利だな」
「くっ、ふんっ、つっ……」

トマは逃れようとするが少女の足に両腕をホールドされているため思うように抵抗はできない。

「族長!」
「槍使い、お前の負けだ。諦めろ」
「ぐうっ」
「とま……と言うんだよな私の夫の名前は。私の名前はユマ、お前の妻になる女だ」
「はっ!?」
「お前は私に負けた、つまりお前は私のものだ」
「えっ、ちょっと、僕にはその理屈よくわからなむぐっ!?」

ユマが再び唇を重ねてくる。今度は強引に引き寄せたときとは違い、優しく互いの舌を絡め合うようにねっとりと濃厚なキスだった。

「んむ……ちゅっ……あむっ……むちゅっ……ぷはっ」
「ににに、二回もっ! しかもさっきの! 僕のファーストキスが!?」
「安心しろ、私も初めてだ」
「あ、うぐ……それは……どうも……って! 下をまさぐらないでもらいたい!」
「なんだ、コッチは素直じゃないか。準備できたいるんだったらすぐにでも……」
「な、何をしようというのかね?」
「何って、ナニだよ? ヤるに決まってるじゃないか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、何でさっきそこであったばかりの、しかも直前まで戦闘していた僕らがするんだ……ってなんで周りの彼女らは止めない!? おい、にぎにぎするなぁーっ!!」

「それくらい許してやりなよ、直接触るのなんてその子も初めてなんだからさ。それは皆の前で手に入れた夫と自分の交じわる姿を披露することでその相手の所有権と自分の力の誇示をするからさ。坊や、惜しかったなーお前はそいつに負けたんだ、大人しくそいつのモノになれ」

「くっ、嫌だぞ! 僕は少なくとも人に見られながら行為をする趣味はない!」

「でもその子のことは認めるんだ? よかったなー、ユマ」

「はい! 族長! 大丈夫だトマ、私も一緒だ。すぐに慣れる、一緒に気持ちよくなろう」
「え……いや、さすがにそれは……ってそんな擦り付けないで……うわっ……すごいぬるぬるして……あッ! うう……もう……我慢……ムリ……」

トマは負けてしまった。
13/12/22 10:52更新 / もけけ
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■作者メッセージ
どうももけけです。

あの後また神父様のお話が書きたくなってしまったので続編を書いてしまいました。
あと今回はちょっと長かったので分けました。

神父様は力尽きていらっしゃるので代わりにウルスラさんに頑張ってもらっています、後編はもう少しで完成なのでお待ちを。


そして見てくださった方々に最大の感謝を!

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