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第二話 後編 お迎え神父
そして日が暮れ、朝日と共に町が昨日の騒がしさが無くなり今度は別の騒がしさが満たしだした頃、死体と思われ放置されていたものに生気が戻りだしていた。

……カッ

地に伏していた男が目を開く、その眼には目を閉じる前の至福と脱力の霞はなく光をしっかりとらえていた。

「ふっ……んー良く寝ましたなぁ、うん? 町が騒がしいですね何かあったのでしょうか……っとと、その前にお風呂ですね」

しかしまだ体の疲労は抜けていないのか節々の動きがぎこちなく、思うように動かすことができない。そこでイネスは一日外で寝ていたのと『祈り』の作業のおかげで泥だらけの体を流し解すことにした。

 宿屋に入ると昨日まで暇を持て余していたレトたちとやけに正義感の強かった槍を持った男がロビーからいなくなっていた。自分はこの地方のギルドでも指折りの槍使いだと言っていたが……もう次の以来のために町を去ってしまったのだろうか。

「おかみさーん、お風呂湧いてますかね?」
「おや! 昨日から見えないと思ったら神父様ご無事だったんですか!? これも主神の加護ってやつですかねぇ」
「何のことだかさっぱりですがもちろん、私は無事です。あ、お風呂使って良いですか? 汚れてしまっていまして……」
「風呂かい? いいよぉ、使いな。でかい方は水抜いちゃったから小さい方で頼むよ。一応湯は昨日張ったけど皆でかい方入って誰も使わないからもったいなくてね、冷めてるだろうから薪適当に使っていいよ」
「ありがとうございます」

宿の奥の風呂場に向かい竃に火を着け薪をくべる、温まるまでの間に一度部屋に戻って替えの服を持って出てくるとその頃にはお湯も温まり程良い加減になっていた。
体の汚れを落とし風呂に浸かると体の節々から疲れが抜けていく、同時に朝露で冷えていた彼の体が温かみを取り戻す。

「あ゛〜……お風呂は良いですねぇ〜……んー、もうちょっと湯は熱くてよさそうですが……あっ! そうだレト君かウルスラさんに頼みましょう。レトくーん! ウルスラさーん!」

しかし呼んでも反応は帰ってこない。

「……おや? おかしいですね、普段なら呼んでなくても寄ってくる二人がそろって反応がないなんて……部屋にいなかったからどこかその辺で遊んでいるものと思っていましたが……仕方ありません、とりあえず出たら探してみますか」

もう少し入っていたい気持ちを押さえて風呂から上がり、着替えていると廊下の向こうからドタドタと走ってくる音が聞こえてきた。しかしさすがに男湯にいきなり入ってくることはなく、扉の前で足を止めて叫ぶ。

「イネス君聞こえてますか!? 大変です! レト君とウルスラさんが連れ去らわれました!」

ガラッ

「なんですって!?」
「ちょ、ちょっと! 服くらい着てから出てきてくださ……」
「大丈夫です、天使様に配慮してタオルくらい巻いてますから!」

パサッ

ニアの気遣いは空しく向こうから出てきてしまう。そして慌てて目を背けようとしたとき、腰に巻いていたタオルが、落ちた。

「Oh……」
「おや、これは失礼。ちょっと待っていてください」

ガララッ


>ひゃぁ〜!! 見てしまいました! モロに! この前はそれどころではなかった上に砂埃が舞っていたし、目を薄めていたのではっきり見ずに済みましたが今度ははっきり見てしまいましたっ! うわわわわわ! うぅ〜……だいたいなんで着替える前に出てくるんですかーっ! イネス君のお馬鹿!


悲しいかなニアの身長では目線の位置はイネスの丁度腰の位置なのである。身長190ちょっとある長身なイネスと身長130前後の小柄なニアの故に起きてしまった事故というべきか悲劇というべきか……はい、事故です。

ニアが頭を抱えて云々唸っているうちに着替えを済ませたイネスが出てきていた。

「それで、どうして二人が連れ去らわれているんです?」
「あ、う……いえ、それはわかりませんが……この町、私が天界行く前にはなかった魔力が感知できました。おそらく魔物の仕業ではないかと……」

どことなく気まずく目を向けられないニアとは裏腹に何事も無かったかのようなイネスの態度にニアは呆れながらも会話は進む。

「ふむ……誘拐ですか……これは不味いですねぇ……ウルスラさんはともかくレト君が心配です」
「ウルスラさんは心配しないんですか?」
「え、だって彼女なら変化が解除されれば逃げてこれるでしょう? ってそうですよ、それならレト君も連れて帰ってきますよね安心安心」
「イネス君……ウルスラさんは今戻れませんよ」
「へ? なんでです?」
「これ」

ニアが指しだしたその手にはウルスラがつけていたチョーカー、何故かニアが持っている。

「うん? これウルスラさんのですよね。なんで天使様が持っているんです?」
「いやー、それが……」


イネスにまったくアピールが伝わらないウルスラはニアに相談を持ち掛ける。チョーカーの裏技として強制的に変化を解除できることを知ったニアの提案により、イネスに誠意を見せようとしたウルスラは『自分は町で変身したり暴れない』という誓いの証明にこの街ではチョーカーを外すことにした。そのため、時間が切れるまでは元のドラゴンの姿には戻れないウルスラは身軽で戦いの経験値こそあるものの、体はちょっと運動をかじった程度の幼女並なのだ!


「かくかくしかじか……ということがありまして。今回の滞在は一週間と見越していたのでチョーカーのない今彼女は能力が人間並みでして……しかも相手が魔物だとすると……」
「なるほど、それでウルスラさんのチョーカーを天使様が持っているんですね。しかしあのチョーカー途中で変化解除できたんですねぇ……」
「一応……裏技的位置らしいですけどね」

うんうんと腕を組みながら大きく頭を縦に振って頷いているイネスとやっちまった感が表情にも滲み出ているニア、しかし事はそんなことでは終わらない。

「ふーむ、心配ですねぇ。それではどうしましょうか……誘拐なんて物騒なことする魔物なんて……デュラハンとかですかね? あ、でも予告も何もありませんでしたし……そういえば女将さんが私のことよく無事とか……ちょっと詳しく聞いてみましょうか」


>イネス君も心配するんですよね……そりゃそうですよ、神父なんですから。これではさすがにいつものマイペースも発揮できずに……


「おかみさーん、お風呂上がりましたー。ありがとうございますー」


>でしょうね!!


「ん? あら神父様。ところであなた方の連れが見当たりませんけど今日はどこか遊びに行っているんですか?」
「いやそれがですね、どうやら何者かに誘拐されちゃったみたいなんですよ。心配なんで迎えに行こうと思うんですが場所もわかりませんし……そこでさっき女将さんが私のこと『よく無事で……』とか言っていたの思い出しましてね、何かご存じではないかなーと」
「ああ、神父様の連れも攫われてしまったんですか……あんなに元気のいい女の子とかわいい男の子でしたけど……一緒に連れて行かれてしまっていたなんて……」
「あの、何があったんですか? 私の感覚では何だか町全体が嵐の去った後のような感じがしますが」
「『男狩り』だよ『男狩り』。この近くにはアマゾネスの集落があってさ、年に一回近くの町や村に来て活きの良い男を捜しに来るんだよ。大体旅の戦士とかが連れていかれるんだけど……まぁこの地域にいる私たちにとっては慣れちゃったよ。それと男だけじゃなくて見込みのある女の子とかも見つけると連れて行ってアマゾネスの教育を受けさせるんだ。まぁ、結婚しているとこからは連れていかれないが……未婚の男だとわかると全力出してくるからね、男も逃げようとすると暴れて戦闘になるから彼女たち自身は進んで壊そうとはしなくても夢中になっているうちに周りの物品が壊れちまうんだよ」
「ふーむ、それは困った方々ですねぇ……あ、どうぞ続けて」
「ああ、彼女らが来た後は物は盗られないけど町の修理にしばらくかかって……こういう時に男手が欲しいってのにねぇ。神父様なかなかいい男だからとっくに連れていかれちまったかと思ったよ」
「ふっふっふ、主神は常に我々を見ていてくださっています。こうなったのも主神のお導きですよ。そう言えばこの前うちの連れ達の相手をしていてくださったギルドの方はどちらへ? きっとまた迷惑かけていたでしょうからお礼を言いたかったのですが……」
「ああ……あの客なら『男狩り』に捕まって連れていかれたよ。慣れたもんだけどせめて宿代ぐらい払ってから連れていかれてほしいものだったねぇ……せっかくの長期滞在だったのにこれじゃあうちが潰れちまうよまったく」

女将はどこか遠くを見るように疲れた表情で答えた。

「ふむ、ならばここに私がいたのも主神のお導き。私が彼に宿代を支払ってもらってきましょう」
「えっ、駄目だよ神父様! 相手はアマゾネスだよ!? 並の戦士では太刀打ちすらできない戦闘部族なんだって、今回目を着けられなかっただけでもかなり運が良かったんだ。それをわざわざ……捕まりに行くようなものだよ!」
「そこに私の連れも一緒に捕まっているのでしょうね」
「あっ……」
「なぁに、私は神父ですよ? 主神が守っていてくださります。それに神父は戦いません、話し合いで解決してきましょう」
「そんな……無茶だよ」
「これも私への主神からの試練です、甘んじて受けますよ私は。それで、そのアマゾネスの方々はどちらにいるんですか?」
「どこから来るのかは簡単、東の大森林さ。ただ皆東の大森林の奥に行くと誰も帰ってこないからそこから先は誰もわからないよ」
「ふむ、十分です。どうせ森に入れば向こうから捕まえに来てくれるでしょうし……では私は行ってきましょう。あ、荷物お願いしても良いですか? すぐに帰ってくるので」
「そ、それくらいお易い御用だよ。……でも本当にいいのかい? 神父様にそんなこと頼んじまうなんて罰当たりじゃないかね?」
「大丈夫ですよ、そこに悩み困る人がいれば助けるのが神父の定め。勇者様ほど心強くないかもしれませんが……まぁ、私も頑張って話し合いによる解決を試みてみるので待っていてください」
「神父様には敵わないね、それじゃあ……頼んだよ。そうだ! じゃあ今夜の夕食はサービスで腕によりをかけて豪華にしておくから是非楽しみにしていてくださいね!」

女将は笑って答えた。





「さて、結構森の中に踏み込んできましたが……アマゾネスの方はまだいないみたいですねぇ」
「『森に入ってきた男を襲う』なんて言ってもこんな広い森そうそう簡単には会わないでしょうよ……」
「そんなもんですかねぇ」
「そんなもんですよ」
「じゃあもうしばらくは森の奥へ歩を進めてまいりましょうか」

イネスがそう言って一歩踏み出した瞬間、足元に隠れていた紐が目にも止まらぬ速さで巻き付いてきて強引に引っ張っていく。

「ん? ありゃっ」

よくある吊り下げ式の捕獲用の罠だ、そのまま横の木の上へと引かれて気が付けばイネスの視界は上下が逆だった。

「あれ?天使様が逆さまに見えます、なんででしょうか?」
「イネス君、足をよく見ましょう。罠ですよ」

イネスが足元を見ると指くらいの太さの紐が巻き付いていた。解こうと手を伸ばしたときどこからか高らかな笑い声と共に木の上からニアより少し小さい女の子が現れた。その肌は褐色で腰と胸に布を巻いているがまだまだ第二次成長しだしたばかりの体をしていて、若い戦士であるとニアには予想がついた。

「わーはっはっはっはっは! 引っかかったな愚か者めー! なに? 仲間がいたのか……まぁいいか、男だ男! これは大成果だな!」

「すーごくぞんざいに私扱われて……はぁ。それにしてもアマゾネスのくせに騒がしいですねぇ……まだ見習いってやつですか。あ、そう言えばあなたはこの辺のアマゾネスの集落の方で宜しいのですかね?」
「うん? なんだエンジェル、この辺にはうちのとこの集落しかないぞ?」
「ではそこにこれくらいの身長の男の子と女の子がいませんか?」

ニアが手で自分よりいくらか高い位置と少し低い位置に掌をかざして高さを示す。

「ああ、この前の狩りで捕まえてきたあいつらか。男の方はまだいろいろとちょっと若すぎたな。女の方はちっこいが見込みありそうだからうちのリーダーが教育するって言ってたなたしか」
「だ、そーですよー。イネスくーん」
「えー、ちょっと待ってくださいー。今これ解いて……あ、そっかの上の木に引っ掛けて井戸の桶みたいにしているのですね、じゃあ……よっと。枝の上に登って反対側に下りれば……はい、簡単でした」

でかい体を起こして足の紐をちまちまほどいている姿もなかなかシュールだったが、そのまま膝を曲げて紐掴み、上の紐を掛けてある枝の上までスルスル登ってしまう姿にアマゾネスの少女は驚きを隠せないでいた。
ニアはもうこういうの慣れたのか驚いていない。

「……おい、エンジェル。あいつなんだ」
「えーと、神父?」
「嘘をつけ! あんな神父がいてたまるか! お前の存在といい……さては神父に化けた教会の戦士だな!」


>うん惜しい、あの人あくまで神父っぽいから残念。


「だが残念だったな! うちの族長はそんぞそこらの奴らよりずっと強いんだ! 昨日のギルドの……なんだっけ? かなり強い奴だって一瞬で実力見抜いてユマねぇさまの相手をさせたんだ。そのままそいつは夫になっちまったけど(ふんっ! 私だってあと何年かすれば……)村二番のユマねぇさまとこそいい勝負だったから族長が相手だったら一瞬だっただろうな!」
「は、はぁ……」
「そんな族長がいるところにわざわざ来るなんて運がなかったな! 男は村に連れていくから置いて行ってもらうがエンジェル、お前はもう二度と来ないというなら今回ばかりは見逃してやるぞ?」
「いえ、我々にも今回目的というものがありまして……」
「だったら一度痛い目にあってから帰ってもらうようになるがいいんだなー?」
「そんなこと言われても……あ」

まくし立てるようにニアに詰め寄っている少女はは急に前が暗くなったのに気付いた。後ろを振り向くと、そこにはにこやかに微笑んでいるイネスの姿が。

「丁度良かった、私達迷ってましてね。その槍使いさんに用がありまして……それとレト君の回収とつウルスラさん回収のためにあなたの村へ案内してくれませんか?」

少女の身長ではイネスの長身の胸ぐらいの高さくらいしかない、さぞや威圧感を感じただろう。

「ひっ……」
「わざわざ来てくださるなんてありがとうございます。ああ主神よ、この出会いを与えてくださったことに感謝します。……ところであなたは何というお名前で?」

少女は無言で駆け出した。




森の中に響くは二つの駆ける音。

シュッ、シュバッ、タタタタタッ

「うわぁあああああああああああっ」

ダダダダダダダダ

「待ってくださいよぉー」
「来るなっ、追ってくるなよぉー!」
「ですからただ村まで案内してくださればいいのでー」
「お前みたいなやつ村になんか連れていけるかぁーっ!」
「そんなことおっしゃらずにー」

>くっそー、なんで私が逃げなきゃなんないんだよっ! 私はアマゾネスだぞ! 確かにまだ未熟なところもあるかもしれないけど……まだ男狩りに連れて行ってもらってない中じゃ一番強いんだぞーっ!?

バッ

「ですから少しで済みますので」
「ひぃっ!?」

一瞬意識を外した内に横に並んでいたイネスの手が少女の動きを止めようと伸びる。
しかしあとわずかというところで手は空を切った。いや、手だけではない。足が空を切っている、落とし穴だ。

「わっ」

ヒュッ ドスッ

「はぁーっ、はぁーっ、ば、馬鹿め……その落とし穴は野生動物用に少し深くそして下にいくつもの槍が立っているんだ足を怪我すればあいつもさすがに……」

少女は危機一髪で助かったのだがそんなことは考える余裕はない、罠にかかった獲物を息を整え今度こそ捕まえることにした。しかし後ろを向くと少女の顔は真っ青に染まった。
イネスが腕を肩の高さで開いて両肘から先を穴の外に出し胸から上を出しているのだ。無論足は下まで届いておらず僅かな足止めにしかなっていなかったのだ。
少女は再び走り出した。


>なんでだよ! なんで引っかかってんのに平気なんだよ!? やっぱりあれか? 大型の獣用に深かったから大丈夫だったのか!? というか腕で踏ん張るとか反則だろっ!?


「うわ、下に何か尖っているのがあります! 危ない危ない、よいしょっと。あっ、待ってくださいよー」

「うわぁーんっ! しかも何も堪えてないーっ!! 夫とかはもういいや、コイツを撒くことだけ考えよう。確かこの先は一番罠の集中しているエリアだったはず、ちょっと怖いけど私は場所わかっているし……よし!」

ニアは途中から二人の追いかけっこに追いつけなくなり、イネスの背中に紐で体を固定してもらっている。飛ばなくて楽だしスピードも出ているのだが……自分は動いていないのにこの森の中を走り抜けるイネスの振動が伝わってきており、一種の加速度病になっていた。

ガクガクガクガク

「い、イネスくん……すごく言いにくいのですが」
「はい、なんでしょうか天使様? あの子速いなぁ……」
「私、酔った」
「ええっ!? いやいやいや、ちょっと大丈夫ですか!?」
「い、イネス君……も、もうちょっとしゅぴーど緩めて……」
「そんなことしたら見失ってしまいますよ天使様」
「じゃ、じゃあ揺れを少なく……」
「すみません、ちょっと今疲れていてその余裕ありません。許してください」
「あれ……そう言えばイネス君……一昨日はお祈りの日でしたよね? 昨日寝たとしても……動けるんですか?」
「正直言うと一日寝ましたが体中バッキバキで本調子の4~5割くらいしか動けません、ですので振動とか意識する余裕ないので勘弁してください」
「し、仕方ないですねぇ……あばばばば」

タッ、タタッ、バッ

幹を蹴り急激に方向を変えたアマゾネスを追い、イネスも地面に靴跡ガリガリ残しながら急旋回して向きを変える。

「おや、方向転換ですか……わかりました、案内してくださっているのですね? ならば着いて行きましょう!」
「あがががががががー!!」

と、意気込んで加速しだした矢先足元に気付きにくいが土の中に何か丸い膨らみがある。


>よし入った! あとは私だけばれないように避けてあいつだけ引っかかれば……


バキャン

後で何か硬い金属の音が聞こえた。


>早速引っかかった! へへっ、これで奴も……


ちらりと後ろを振り向くとイネスが足を踏みだした瞬間に足元から虎バサミが現れその足に食らいついているのが見えた。



バキン

「……は?」

イネスがそのまま足を振り抜くと虎バサミが根元の固定する金具から折れて開きそのまま二つに分かれて飛んで行った。

「虎バサミがありました! でも主神の加護のおかげで私は無傷です! しかも勝手に壊れていきました! 主神よ感謝します」


>そんなっ!? え、いやいやいやいや、虎バサミだぞ!? 普通もっと『足がー』とか『うがぁー』とかじゃないのか!?


「待ってくださいよー。この辺虎バサミがあって危ないですってー」

イネスの歩みは止まらない。最初こそ見事に引っかかったもののその後は虎バサミなど気にもせず踏み拉いてくる。それはもはやちゃちなものでは止めることはできない、猛烈な勢いで迫ってくる姿に少女は戦慄し、もはや本格的に逃げるしかない。

「来るなぁー! あっちいけぇー! うわぁあああああんっ!!」

少女は全力でこの森にあるすべての罠のある場所を通りイネスを嵌めて何とか逃げ切ろうとするがそれは縮まる差を僅かに広げ、また差が縮まり、また広げの繰り返しでもはや鼬ごっことなっていた。



 カテジナはこの大森林を縄張りとしているアマゾネスの集落の長である。またこの森にすむ魔物たちで最も強い存在でもあった。それは偉大な戦士であり部族の中では羨望の的であり、同時にあまりに強いので確実な討伐には教団もベテラン以上の勇者クラスを回さなければならないと推測されており、手を拱くほどであった。しかしこのアマゾネスは腕こそ立つもののこの森からは離れず、定期的に男狩りで被害こそ出るものの魔物としての拡散性は低いものとして見逃されてきていた。
そんな彼女は既に夫を手に入れていると思われがちだが、夫と認める相手には出会っておらず、性欲が溜まった時は自分で捕まえた相手を適当に食って満足するついでに自分の力を不動であると誇示していた。男狩りの際にまだ駆け出しの者たちの手本となり、普段は目についた者の指導をたまにするのみで日々を自己鍛錬で暮らす。そんなとき先日の男狩りで町に行った際に逸材を見つけた。それはまだ小さな子供であるがその動きは素早く、そして力こそ足りないものの隙を見つければ的確に反撃をしてくる気概を持ち、将来確実に素晴らしい戦士になることが見受けられた。
その子供を初めて見た際はあまりの出来事に目を疑うものだった。まだ経験の少ない者達であったとは言え部族の戦士三人相手に動きで翻弄していたのだ。仲間の話ではまだ若いものの綺麗な顔立ちをした男を見つけたので手に入れようとしたところ、にいきなり飛び出してきたのだという。『そいつに手を出すな、我は守りを任されているのだ』と言っていたことから何かその少女にとって大切な存在であったのだろうと推測した彼女らは、この子供を既に相手を手に入れているものとして部族に迎え入れようとした。しかしそこで問題が生じた。
そう、この子供が子供とは思えない動きをするのである。『貴様らごときがいくら来よう我を捉えることはできん』という言葉にその場にいた戦士三人で取り押さえようとしたが言葉通りうまくいかない。そんな時に集合に来ない三人を捜しに彼女が来たのだ。
動きを見ていてわかった。この子供は普通じゃない、相手の動きが先まで見えているのだと。それは桁外れの動体視力と思考能力、そしてありえないことだが経験からなる動きであった。この少女を捕えることは我らの部族中にも何人いるかもわからないほどで、すぐに彼女が動かなければならなかった。疲れている三人を下がらせ彼女が相対したが三人を相手取っていたというのに、相手取った三人の誰よりも疲れがなかった。それでも先程の疲れが見えるその子供にカテジナを相手取れるわけはなく、あえなく捕えることができた。
そして連れ帰って気が付いた子供はものすごい抵抗を示し、性交によるアマゾネス化の儀式はこの子供が疲れて大人しくなってからにすることになった。
しかしそれでも未来の優秀な戦士、もしかすれば自分より強くなるかもしれない逸材を手にいられた事は長として大変喜ばしく、気分の良いものだった。


>昨日は威勢が良かったが所詮は子供、夕朝の二食を抜けば大人しくなっているだろう。そしたら今夜あたりアマゾネスにしてからたっぷり飯を食わせてやろう。さて、様子はどうかな……


などと考えながら集落の仲間と挨拶を交わして捕まえた子供と少年のいる独房に様子を見ようと歩いていたとき、不意に近くで気配がした。咄嗟に身構える。

ガサガサ 

>来るっ!

ガササササ バッ!

「うわぁあああああんっ! 長ぁっ!」

「……なんだスージーか。騒々しいな、どうしたというのだ?」

気配がそこらの動物とは違うため念のため身構えたがそれが仲間だとわかると警戒を解いて優しく抱きしめる。しかし自分に警戒をさせるほど本気で動きをしていた仲間の行動が少々気になった。

「た、たたた、たすっ、たすっ」
「狼狽えるな、お前は誇り高き我らがアマゾネスの部族だろう。どうした? お前は一度予定が狂うとすぐにパニックになるがまだ男狩りに参加していない内では一番の腕を持っているではないか。自信を持て、大丈夫だ。何か失敗したのか?」
「(ふるふるふるふる)」
「なんだ? 他の魔物でも怒らせたのか?」
「(ふるふるふるふる)」
「じゃあなんだと言うのだ……勇者が来たというわけでもあるまいに……まさか本当に勇者でも来たのか?」
「(ふるふるふるふる)」

その時唐突に森の向こうから声が響いてきた。

「まぁーってくーださーいよぉー」

「(ビクゥ)」
「む……男の声……お前まさか一人で男を捕まえて……やるじゃないか!」
「(ガクガクガクガク)」
「お、おい、本当に大丈夫か?」

あまりに仲間の不審な姿にどうかしてしまったのかと考えていると、何かが木々の向こうから近づいてくるのが感じ取れた。そしてそれはこの森の中でもものすごいスピードで近づいてきており、それは自分たちと同等かそれ以上の速度を出していた。ワーウルフとかならわかるが、聞こえたのが人間の男の声であるので普通ありえないことだった。これが怯えの原因だと即座に分かったが相手には殺気も何も感じられない。敵意はないようであるが、しかし得体の知れない物には違いない。自分含め警戒が促されるものであり、近くにいた仲間達が武器を構えたその時、木々の間から何かが飛び出してきた。

ドッ ズザザザザザ

「おや……開けたところに着きましたね……ややっ! さっきのアマゾネスの方! やっと追いつきましたよ〜。さっ、今度こそ私をあなた方のいる村に案内してください」

「ヒィッ!?」

カクッ

「おりょ……ついに無視されてしまいました……ではそこの抱きしめている方、私をこの辺のアマゾネス達が暮らしている集落まで案内してくれませんか?」
「……まさかわかっていて言っているつもりではあるまいな?」
「? 何をです? ってなんで周りの方々は構えているんです? あっ、まさかお取込み中でした? それは失礼を……ではそっちの要件が終わるかその子が起きたら教えてください。あ、でも難でしたら私手伝いましょうか? これも主神のお導きですし」
「……ここがお前の探している集落だ。が、お前よくここまで無事に来れたな……今お前の来た道は一番罠の多い道だぞ?」
「あっ! まさか道の途中に転がっていた虎バサミとかってあなた方のでしたか!? すみません、壊してしまいました……」

深々と頭を下げる男に彼女らは一瞬気が緩みかけたが、カテジナにはすぐに疑問が頭をよぎった。


>この男……罠を『外した』ではなく『壊した』と言ってなかったか?


気の抜けた男とは両極な緊張に包まれた自分たちであったが、それでも敵意はないというのがわかると一人、また一人と構えを解いていった。
そんな中で一人、戦闘でも常に先陣を切って突っ込んでいく突撃担当の仲間の一人が最初に口を開いた。

「お前が一人でここまで来れたのは賞賛しよう! だがただの人間にこの森で本気で逃げる我らを追いかけることは不可能なはずだ。貴様何者だ!」
「あ、いえ、一人ではなくてほら。天使様も一緒です」

イネスがくるりと後ろを振り向くとそこには落ちないように紐でおんぶの形になって縛りつけられて目を回しているニアの姿が。

「エンジェル……!! くっ、貴様勇者か! ついに我らのところにも手を出して来たのだな……だがそう易々と行くと思うなよ!」

ダッ

話をしていた一人が駆け出す。魔物故の高い基礎身体能力とアマゾネスとしての鍛えられた体運びからなる並の人間では捉えることすらできない速さだった。

「先手必勝!」

二歩で数メートルあった距離を詰め、三歩目で力強く地を踏切って低い体勢から跳躍し、勢いを左足に乗せて膝蹴りを放つ、それは急激に眼前に迫る姿と視界からは直前までその体に隠れて見えない位置からの巧妙な膝蹴りであった。さらにもし咄嗟に首を捻ろうとあてられるように手は相手の頭を掴む位置で構えられていた。

ゴッ

鈍い音が響く。それは骨と骨の当たる音であり、皮膚の上からでも脳に強烈な振動を与え、気絶へ導く一撃である。

「ば、ばかな……」
「あいたた……あぶないですねぇ。ここの方々は出会って話の途中にいきなり攻撃しかける教育でもしているのでしょうか……」

確かに骨と骨は当たった、しかしそれはイネスの手の甲と額の当たる音であった。膝は手で受け止められており、無論衝撃の殆んどが受け止められ、僅かに残った勢いが『彼の額に手の甲を押し当てる』という結果を残したのだ。
無論彼女も全力を出していた。躱さないとわかった瞬間全力で当てようと手で髪を掴み引き寄せることで勢いをつけ、さらに背中を丸め腹筋を使うことで勢いを加えたのである。

「ならばっ!」

続けて右回し蹴りで側頭葉を狙って放つ。これも当たれば普通なら昏倒では済まない一撃である。

パシッ

「危ないので人に向けて蹴ったりしてはいけませんよ」

左手で足首を握って押さえていた。

「ぐっ、離せっ!」
「あ、下りますか? はい、どうぞ。あの、もしよろしければこちらにトマさんがいらっしゃると思うんですが……どちらにいらっしゃるかわかりませんか? あ、もしくはこれくらいのすっごく元気な女の子とこれくらいの男の子なんですけど……」
「……トマという男ならこの前の男狩りでそいつを倒したユマが捕まえて夫にした」

アマゾネスは下ろされると即座にその場から距離をとる。
その体は冷汗と脂汗で大変不快なものだったが彼女にとっては目の前の男から距離をとれたことの方が嬉しかった。『怖い』という本能が告げる拒否反応、自分の今までの強さとしての尺度が根本から崩れてしまいそうな恐怖が彼女を襲った。『今は武器を使っていなかったからしょうがない、得意の獲物を持てばこうはいかない』そう自分に言い聞かせ、早くこの場から去りたかった。それは『恐怖』であった。

「あ、どうなっているかではなくどちらにいらっしゃるのかを……行っちゃいましたか。ふーむ、とりあえずユマさんですね」

と、一悶着があった後でようやくニアが回復した。

「ふぇ……あれ? もう着きましたか……うぷっ……あんまり速いからっておんぶしてもらって楽しようなんて間違っていました……うえっ……気持ち悪い……」
「あわわわわっ、天使様大丈夫ですか!? あ、戻すなら私袋持っていないので端っこの木陰でお願いしますね」
「わかってますよ……あ、ちょっと視線が恥ずかしいので下ろしてください」
「はいはい、わかりました」

ごそごそとイネスがニアを下ろしている最中、仲間の逃走に衝撃を受けたもののカテジナは冷静であった。自分の仲間の戦士がどこのどいつともわからない男にああも容易くいなされてしまえば部族の沽券に係わる。そう、たとえそれが戦意の無い相手だとしても……。

「お前の目的は何だ」

「え、ああ、トマさんには会ってちょっと話したいことが……それとうちの連れがお世話になっているそうで、それの回収に」
「そいつはさっきの者が言った通り昨日夫にとったユマが昨夜は楽しんでいたからな、男の方力尽きてしているかもしれん。できれば後日改めて来るがいい、その時再び無事に来られるなら……だが」
「ふーむ、ではうちの連れの方だけでも回収していきます」
「子供だったな……それはこいつらのことか?」

カテジナが近くの小屋の窓を指でさす、イネスが覗き込むと膝を抱えて丸くなっているレトと眠っているウルスラの姿があった。

「おお、レト君、ウルスラさん! こんなところにいましたか。迎えに来ましたよー」
「え……あ……神父様!! ウルスラさん、ウルスラさん! 神父様が助けに来てくれましたよ! 起きてください!」
「う……うん……あ、主様!? すまない……我がいたというのにまんまと捕まってしまった……」
「いえいえ、事情は聴いていますし気にしないでください、お二人が無事で何よりですよ。さ、帰りましょうか。アマゾネスさーん! この子らですー! うちの連れですので連れて帰らせてもらいますねー?」
「悪いがそいつらを連れて帰らせるわけにはいかない」
「……なんの御冗談です?」
「その娘には素質がある、将来良い戦士になるだろう。だから我らと同じアマゾネスになってもらい私が鍛え上げる」
「誰がそんなことに従うか! 私は主様のものだぞ!」
「嫌がっているみたいなのでやめてあげてくれませんか?」
「なに、すぐになれるさ。きっと立派な誇り高い戦士になるぞ」
「そうですか……ウルスラさん、どうします? 諦めてアマゾネスなってみますか?」
「主様の命令なら……と言いたいが我は元々誇り高きドラゴンなのだ。そしてそれと同時に主様の妻なのだ、主様の子すら産めずにこんなとこで果てるわけには……ゴホン、もっともっと主様から主神の教えを学びたいぞ、うん」
「うんうん、了解です。では帰りましょうねー、レト君もドア開けますからこっちきてくださー……」

イネスが扉を開く為栓抜きに手をかけたとき、いつの間にかアマゾネスの一人が剣を抜き手元に刃を当てていた。

「だから、そうはいかないと言っただろう?」
「でも本人たちの希望もありますし……」
「ふむ、ではこういうのはどうだ? お前が我らの仲間になり部族に一員として暮らす。これならそこの二人とも一緒にいれるぞ?」
「残念ながら世界にはまだまだ助けを求める人々がいます。主神の教えを諭し、踏み外した道を元に戻さなければならない方々もいます。そしてより多くの人々に主神の教えを広め、皆が協力し合えるより良い世界のために私は休むわけにはいかないのです。そちらの提案はお断りさせていただきます」
「自分の言うことは通してこちらの言うことは聞けないとは随分じゃないか?」
「何を言いますか、元々彼らは我が信徒。まだまだ学ばなければならないことがたくさんあるのです。本来ならあなた方の行いに対していくらか諭してあげたい気持ちがありますがちょっと今は本調子ではないので我慢しているの……」

「おっ、おいっ! 騒がしいから来てみればあいつ昨日の死体じゃないか?」
「……昨日は死体みたいだったのに動いてる……ゾンビ?」
「おいおい、冗談よしてくれ……って本当だ……」

「ん? ああ、昨日は一日寝ていましてね」

「息はほぼ聞こえなかったぞ……?」

「体中が動かせなくなるまで頑張りましたので///」


>イネス君そこ照れる場所じゃないです


「……心音も無かったし」

「生を感じるために死の淵までちょっと行ってきました」

「じゃあなんで生きてるんだよ」

「主神の加護のおかげです」

「「「(ああ、馬鹿なんだろうなきっと……)」」」

「ということで二人は連れて帰りますね」
「だから待てと言っている! どうしてもというなら私を倒して力づくで連れ帰って見せろ」
「なんで闘わなくちゃいけないんですか、私は神父ですよ? 非戦闘員ですよ? 弱い相手を甚振るのあなた方の流儀ですか?」
「嘘をつくな、お前はその服で隠しているが私にはわかるぞ。お前の体は鍛えられた戦士のものだ。それに先程の仲間の蹴りを受け止めた動き……並じゃない。」
「いえ、私は鍛えているんじゃなくて主神へ祈ってたらだんだん体力がついたというだけで……」
「お前が何と言おうとそれが条件だ。ちなみにお前が負けたらここに残って誰かの夫になってもらう」
「私はまだまだやることがあるので誰かの夫になって身を固めるつもりはありません」
「ならば私に勝ってみせろ。そしたら全てが丸く治まるぞ?」
「だいたい、なんでそう闘い闘いって……わざわざ怪我して痛い思いすることなんかするんですか、私にはわかりませんよ」


>こんな男に本当に我が戦士が戦意を挫かれたというのか……?


「そうですそうです!そんな戦ってばっかいるとどこかの誰かみたいに頭が馬鹿になってしまいますよーだ! ……あ、ヤバい今なんか声出したらちょっと喉の奥上がってきた……」
「ちょっと、天使様本当に大丈夫ですか……とりあえずアマゾネスの方々と話してますので本当、端っこで休んでいてくださいね?」
「うん、そうする……(ああ、きっと私が見ていないとまた好き勝手するんだろうなぁ。ううっ、胃が……)」

「と言うことで私には争う理由がないので闘いません」
「なら、戦わざるを得ない状況にしてやろう。……カテジナだ。」
「え?」
「これからお前の戦意を叩き起こす者の名前だ、憶えておけっ!」

横で剣を構えていたアマゾネスが身を跳ねて遠ざかる、カテジナはイネスの意識がそちらに向いた隙に素早く地を蹴り接近する。
気付いたイネスがそれを止めるため肩を掴もうとした。
だが、その手は虚空を薙いだ。
既にカテジナの体はイネスの横を回り、膝に後ろから蹴りを放つ態勢入っている。


>コイツの図体なら支える足が弱点だ、狙わせてもらうぞ!


イネスは振り向きカテジナの体を押しのけようとしたがそれよりも素早くカテジナの蹴りがイネスの膝裏を強かに打った。
が、曲がるどころかビクともしない。まるで大木に蹴りを放ったような反動が帰ってくる。

「つぅっ……!」


>何だコイツは!? 私の蹴りを受けて……しかも関節に準じた方向に力を加えているの
に曲りもしないのか! ならば打撃はやめだ、絞め技でいく!


考えを変えたのかカテジナがイネスの追撃(?)の掴みの手を躱して今度はイネスの肩を掴む、全体重をかけて転ばそうとするがイネスが踏ん張りを利かせたせいで勢いを受け止められてしまった。
だがそれで体が硬直する前に彼女は手を放し、追撃を警戒して一度距離をとった。

「お前やはり強いな。お前みたいな人間は初めてだ」
「強いかどうかはともかく、あなたがそう感じるとしたら……そりゃもう毎日主神に対して祈ってますから。と答えます」
「ちっ」

カテジナが地を蹴る、イネスはまたも止めようと手を伸ばすがその手を手刀で払ってそのままイネスの懐に飛び込む。
がそのまま横を通り過ぎて後ろに抜けた。
イネスが振り向きカテジナの動きを確認しよとしたときには既に近くの木を駆け上り勢いそのまま足の筋力全てと枝のしなりを利用し、反転して跳びかかってきた。

「うわっ!」

両肩を掴まれ全エネルギーをイネスを後ろに倒すことのみの集中されたのではイネスも流石に受け止めきれずそのまま仰向けに倒れる。

「イネス君!」

イネスが体勢を整えようと一瞬力みを緩めた隙にカテジナはイネスの右腕を掴み、足を絡め、俗にいう四の字固めを決めていた。

「いかにお前と言えど、この関節……貰うぞ!」

嫌な音が響く、かに思われ全員が緊張したがその音は響いてこなかった。

「……? 何故抵抗しない?」
「私は争いに来たのではありません……私は話し合いに来たのです」
「ここまで来ておいて……戦士を、闘いを、私を冒涜する気か!?」
「そんなつもりはありません、闘いなんてしなくてもいいじゃないですか」
「腑抜けたことを……私達はアマゾネスだ! 戦士に闘うなというのか!?」
「ときに戦いも必要なのでしょう、生きるためには他の命を戴くでしょう。でも今私たちが会話で済むことをわざわざ闘う理由はないじゃないですか」
「そんなことでは私の……貴様に戦意を折られた仲間への示しがつかん! そうだな、ならいいだろう。お前が勝ったらなんでも好きな条件にするがいい。ただし、お前が負けたらお前は私がもらう!」
「あ、今なんでもって言いましたね。聞きましたよ」


>負けたこと考えていないよこの神父!!


「では私があなた方に提案したいことを説明します。
 一つ、私達本来の目的であるトマさんへの対面する権利と私の連れ二人の返還。
 一つ、今後他人に無暗に迷惑をかけないようにして困り人がいたら極力助けること。
 一つ、男狩りをした際に壊した施設は対価を支払うか修理を手伝うこと。
 一つ、男狩りの際には親が心配するので未成年の子供を誘拐しないこと。
最後にこの後二時間の私の簡易お説教コースの時間をこの集落の方全員で受けること。
以上です〜♥」


>あー、イネス君布教する気だー。うーわ、どうなってもしーらないっと……


「ふっ、良いだろう。しかしここからどうするつも……うわっ!」

腕を極めていたカテジナが素っ頓狂な声を出す。
それもそうだろう、イネスが左手の指を地面に食い込ませたかと思うと筋力だけで極めた腕をそのままに上体を持ち上げたのである。
更にカテジナが虚を突かれた一瞬の隙で今度は肘を捻る。

「は!? しまっ」

イネスの右手がカテジナの頭を掴もうとする。

「くっ!」

ガシッ

他のアマゾネスだったら驚愕のためなす術もなく掴まれ降参していたであろう、しかしこのアマゾネスはこの集落の長、簡単にやられるわけにはいかない。とっさに首を捻ることで蟀谷から位置をずらす。しかしそれでも掴む行為自体を躱すことはできなかった。
イネスがカテジナを掴んだまま足を地面に突き刺して立ち上がる。

ギリギリギリ

「う……がぁっ!」

カテジナは頭に激痛走るこの状態から頭を掴む手の親指と小指を両手で掴み、腕の全筋力を使い強引に解こうとする。しかし男の指のどこからこの力が出るのか外れない、すかさずイネスの頭に向けて高速の回し蹴りを放つ。一発二発、まだ取れない。三発目、力が僅かに緩んだ。さすがに蹴りに加えて魔物の腕力には敵わずイネスも手から逃れられる。カテジナが逃れた腕を支点にして離れ様に鋭い蹴りをイネスの延髄に放とうとするが、いきなり蹴る足の目標を肩に変えた。そのまま肩を踏み台にして身を翻し距離をとってしまう。周りのアマゾネスが不思議に思ったその矢先、カテジナがいたところを高速で左腕が薙いだ。その手にはいつの間に取り出したのか厚い革張りのカバーを付けられた四角い紙の束がが。そう、聖典である。あのまま放っていたらモロに食らっていたであろう。

「とんだ化け物だな……私のサブミッションを解いたのはお前が初めてだ……それがお前の武器か?」
「武器? とんでもない! これは聖典です。この中にはありがたーい主神の教えが書かれています、頭をなでればご利益あるもしれませんよ?」
「生憎私が崇める神は闘いの神アレスでね、そちらのご利益は……遠慮させてもらうッ!」

カテジナが地を蹴る。一歩で身長の倍は進み、二歩でトップスピードに入る。その動きはかの地上の王者ドラゴンの速さを越え、闘いの中で地表を駆けることに特化した動きであった。

「いやいや、ご遠慮なさらずに……」

しかしイネスは相手を見失っていない、故に見えた。彼女が腰に掛けていた太刀ほどの長さはあろうかという鉈を一瞬で抜く動きが。そして自分の振り下ろした聖典が躱され、身を翻した運動を利用した横薙ぎの一閃が自分の体に迫りくることを。

「私に武器を使わせたのは賞賛するが、そちらは武器にするにはリーチが短すぎるな!」

イネスは体をくの字に曲げて躱すかに見えたその時、鉈の軌道が急激に変わった。直前まで横薙ぎだった一閃が垂直に登ってくるのだ。下から迫りくる鉈を間一髪で躱し、イネスは聖典を右手に持ち替えて距離をとる。

「危ない! 実に危ない! 今のが当たらなかったのは主神の御加護に違いないです!」

カテジナは振りぬく振り抜く途中の鉈を腕力で強引に軌道修正をしたのだ、それも垂直に。

「まさか今のを避けるとは……魔物の私が言うのも難だがやはり化け物か?」
「なんて恐ろしいことをしでかすんですか……まともに当たっていたら死んでしまいますよ!」
「それを避けたのはどこのどいつだ……よ!」

再び距離を詰めるカテジナ、イネスが聖典を脳天向けて振り下ろす。カテジナが左足のハイキックで聖典を弾く、そしてそのまま右の後回し蹴りをノーガードの側頭部へ打ち込んだ。だが右足を振り抜く前に足で弾いた聖典が飛んできた、慌てて鉈でガードをするも受けた鉈ごと体が吹き飛ばされる。空中で体を捻って着地、態勢を整え再び突進するカテジナにイネスは同じく聖典を振り下ろす。カテジナが再び足で弾こうとした時、思わぬことが起きた。聖典がどんどん大きく視界に映り込んでくる。それが投擲された聖典だとカテジナが気付いたときには聖典が目の前まで迫っていた。

「ちぃっ!」

首を左に捻って躱し、弾くはずだった左足で下から切り上げるようにあばらに蹴り込んだ。だがその蹴りがイネスに到達するより早くに頭蓋に激しい衝撃が叩き込まれた。わけのわからぬまま相手の姿が右に消え、数m先の木まで飛ばされて彼女はようやく気付いた、彼女が躱した聖典で右の視界が遮られているときにイネスは聖典に重なるように左張り手を真横から叩き込んだのである。結果、彼女は死角からの攻撃に対処できずモロに聖典の表紙の部分で頭を叩かれる状態になった。もちろんイネスはそのまま聖典は飛んでいかないように左手の指で縁を掴んでいる。

「投げて手放したかのように見せたのはブラフか……あー、今のは効いた……」
「私だってさっきから頭グワングワンしていますよ」
「その割には随分元気そうに見えるがな」
「いつも主神に祈っていますから」
「なんだそれは……答えになってないな」
「あなたも主神の教えを学べばわかりますよ」
「なら、お前に勝つ私には一生縁のないことだな」
「そうですか、残念です」
「こちらとて一族の誇りをかけているのだ、そうそう簡単にやられてたまるかよ」
「私は正直言うと戦い自体をやめたいのですが……」
「残念ながら最後まで付き合ってもらうぞ。お前に勝たねば長として示しがつかんのでな」
「皆で平和に仲良く助け合って暮らせればいいのに……」
「ん? なんか言ったか?」
「いいえ、なんでもありません」
「そうか……では続きと行こうか!」

再び二つの影が交差する。一方は蹴りと鉈、更に素早い動きを巧みに使い数々の打撃を与えていく。もう一方は片手に持った四角く分厚い紙の束を上段から振り下ろす、時に左手で攻撃をさばき隙あらば相手の足技の足を掴んで投げ飛ばす。相手の身軽さもあって投げの効果は少ないが、近づいてもまた距離を開かせられることは相手の精神に徒労感を与える。なるべく本気で接敵したくない彼にはこれが精一杯であった。そして彼の体は先日の『お祈り』により減った体力を回復しきっていない。ウルスラが見ればその動きの鈍さは一目瞭然であっただろう。



それから10分近く激しい攻防が続いた。共に体力が尽きてきた頃、ようやく回復したニアがふと思い出したようにトテトテとウルスラのいる所へ歩いていき、牢の閂を外してウルスラにポケットにしまって忘れていた物を差し出した。

「あ、ウルスラさん、これ忘れ物ですよ」
「おお、エンジェル! でかした! 今度私の夕飯から一品譲ってやろう」
「安いなおい」

外に出てきたウルスラがチョーカーを首に巻き付け目を瞑ると一瞬眩い光が辺りを満たし、そして大量の魔力がウルスラの周りを舞った。
他のアマゾネスの誰もが二人の戦いに注目し、ウルスラの脱出に気付いていなかったのが、背後で起きた異変にようやく気付いた。振り向くと凄まじい量の魔力が渦巻いていたのである、その中心に見えるのは例の子供。

ウルスラがそれを吸収し光が収まるとそこには緑色の鱗と太く強靭な尻尾、そして力強く羽ばたく一対の翼をもつ『地上の王者』ドラゴンの姿があった。その爪は鋭く尖り、その角は天に向けて伸びている。彼女が息を吸い込み宙へ向けて劫火を放つと触れていないのに近くの木の葉が発火し燃え落ち、直撃した大木の上半分は炭になり崩れ落ちた。翼を羽ばたかせると魔力が籠められているのか翼本来の力以上の突風が吹き荒れ、踏ん張り損ねて体勢の崩れた数人が吹き飛び、燃え残っていた炎が掻き消された。

 これが戦闘中止の合図とばかりに二人も手を止める。他のアマゾネスは驚愕し、幼い訓練生にいたっては怯えてしまっていた。唯一カテジナが驚いたものの、一瞬どこか寂しそうな眼をしてから堂々と目を見据えて立ち向かう形となった。

「うむ、7割と言ったところか……あ、今なら弱った主様に勝てるだろうか……いや、やめておこう」
「お、お前……ドラゴンだったのか……!!」
「うむ、随分と我に向かって好き放題してくれたじゃないか?」
「くっ」
「ちなみにそこの男は全力の私に勝った男だからな」
「なんだと!?」
「こやつのことを死に掛けと言った者がいたな。その通りだ、事実先程我が扉越しに見たところ体力の回復は3割と言ったところであろう。違うか、主様!」
「うーん、流石ウルスラさん……鋭いですねぇ……」
「なにっ!?」
「えっ」


>イネス君あの時の心配かけまいと嘘を……?


「もう一日経っていれば8割近く回復していたであろうが……その状態の主様ともその程度では私の相手は務まらんぞ?」
「ぐ……お前……本調子でもないのにこの私の戦闘に付き合ったとでもいうのか!?」
「我が信徒のピンチと聴きまして」
「ッ!!」
「今なら土下座で許してやらんこともないが……どうする?」
「そんなこと……我らの部族にする者はいない!」
「そうか、ならば痛い目に合うしかないようだな」

一人が地を、一人が宙を駆ける。そして笑みを浮かべたドラゴンと残る力を振り絞り、渾身の一撃を放とうとするアマゾネス。互いに本調子ならまた激しい戦いになったであろう。だが今そこにあるのは6割出力であるものの無傷と最後の人絞り、結果は明白であった。

ゴッ ガッ

「はい、そこまでです」

ウルスラの手刀とカテジナの大鉈が交差する瞬間、間にイネスが入りカテジナの脳天に聖典を落とし、ウルスラにはベアクローで頭を掴んでいた。

「無駄に争わないでください、彼女に戦意はありません。あとウルスラさん、仕返しに弱い者いじめは良くありません」
「主様〜、それはな……あたっ、あたたたたっ! ちょっ、コメカミっ! 蟀谷に指食い込んでるっ……!! わかった! わかったから離してくれぇっ!」
「戦意は、ないですよね?」
「ないないないないないないないぃぃぃぃいいいいいいいいいいっ!! だからお願い離してぇっ!!」

ミシッ

なおも戦意を示そうとしていたウルスラを身内なので『優しく』諭し、アマゾネスに向き直る。

「我が信徒が失礼しました。では今回の結果は不本意でしょうので後日続きを……」
「いや、いい。ドラゴンでは性交してもアマゾネスになれないしな」
「そうですか。では先程の条件はどうしますか?」
「お前の本当の実力はこんなものではないのだろう?」
「当たり前だ! この私に勝ったのだぞ!」
「ウルスラさんは少し大人しくしていてください」

ゴッ

「のわぁあああああああ!! 今完全に気を抜いていたのにぃいいいいいいいい」

ゴロンゴロンジタバタ

ドヤ顔でイネスの自慢をしようとしたウルスラに静かになってもらう。

「ふふっ、騒がしいのだなそのドラゴンは……私といるときはずっとむすっとした顔をしていたぞ。まぁ、あんな対応の仕方では仕方ないか……」
「そうですか? だいたいこんな感じですけど?」
「そうか……うん。お前の条件を飲もう、ただし講義だけはまた明日にしてくれ。今日はもう……疲れた」
「……そうですか。はい、わかりました。ではまた後日来ます。あー、トマさんの方は先に宜しいですか?」
「ああ、好きにしろ。おい! 誰か案内してやれ」

近くにいたアマゾネスの一人が来てイネスに説明しだした。話が終わるといきなり反対方向に歩き出したイネスを横で聞いていたニアが引っ張っていく。


その姿を、さっきまで争っていた相手とは思えない微笑ましい姿を見てカテジナはなぜか心が安らいだ。

ちょんちょん

さっきまで悶絶していたウルスラが膝をついているカテジナの傍に来て肩をつついた。

「な、なんだよ……」

シュッっとイネスのことを本人に見えないように自分の背越しに指し示してこう言った。

「ちなみにあやつ、我の夫(ドヤァ」
「……(う、うぜぇ……!)」



ニアに案内されて(引きずられて)辿り着いたアマゾネスの戦士ユマの家にて。

「と言う事で、これがあなたの荷物なわけでして……宿代を払ってもらえませんか?」
「な……あなたは僕を助けに来たわけではないのですか!?」
「? ええ、そうです。あ、帰りたいなら一緒に帰りますか?」
「え……」チラリ

後ろを振り返ると夫を手に入れ、幸せいっぱいの笑顔で寝床の手入れをしているアマゾネスの少女がいた。こちらの目線に気付くと先日自分を打ち倒した時の迫力はどこへやら、年相応の可愛らしい少女の顔でニコッとはにかみ手を振っている。

「……やっぱり残ることにするよ。お金の代金分は女将さんに渡して、余った分は町の修理費に回しておいてくれないか?」
「このお金全て……ですか?」

それはその男の実力を反映するように袋一杯に収まった金貨であった。預かったのが善良な神父であったおかげで何もなかったが、多少人柄が良い程度では簡単に価値観が揺らいでしまうほどの金額である。

「お金はもう……いらないからね」
「ええ、わかりました。主神もあなたの善行を見ていられることでしょう」
「ああ、頼んだよ」

彼は『白丘の騎士団第六位』ではなく一人の男に戻った。




森からの帰り道にて。
「いやぁー、まさか主様がわざわざ助けに来てくれるとは思ってもいなかったな! 流石は我が夫と認めた男だ」

うむうむ、とイネスに肩車してもらいながら再び子供の姿に変化しているウルスラが頷いている。

「というかなんでまた変化しているんです? ここは町じゃないんだから変化する必要ないんじゃないですか?」

ウルスラの行動をジト目で見ながらニアが訊いてきた。

「我は今回のことで主様がいないとき一番頑張ったからな! それにあいつらのところでは飯も出されなくて腹が減って力が出ないのだ! 故の低出力モード、宿までは楽をさせてもらうのだ!」


>ということにして主様にくっつくのだ。ふははは! クンカクンカ ウッヒャァア〜、主様の匂いがするゥ〜♪

>ということにしてイネス君にくっつきたいだけでしょうどうせ……まぁ彼女がいなかったらレト君本当にあの場で(性的に)食べられていたでしょうし……大目に見てやりますか。それにしても最近の彼女、どうでもいいことですが気高いドラゴンのキャラが大分崩れている気がいます……それでいいのかドラゴン。


「ううう、神父様ー、僕が不甲斐ないばっかりに……」
「いえいえ、あのアマゾネス達は本当に良く鍛えられていました。実質ギルドの方だって負けてしまいましたし、特にカテジナさんはかなり手強かったですよ。ですからレト君は無理しなくていいのです。それに、私達は人に教えを説いて主神の教えを分かち合うのが仕事です。戦う必要なんかないんですよ」
「でも、結局足手まといに……」
「いいんです、いんです。子供のピンチを手助けするのも大人の仕事です、まして私のような神父はね。戦いは本部の聖騎士団とか勇者様のような方々に任せておけばいいんですよ私たちは『非戦闘員』なんですから」


>>>イネス君、あんただけは(主様だけは)(神父様だけは)それはない。


三人の心が一致した瞬間である。

「さあさあ皆さん、今夜は宿屋の女将さんがサービスで夕食を豪華にしてくださっています。私もお腹ペコペコです、楽しみに帰りましょう!」

斯くして、今回もまたちょっとズレた神父の話し合いにより魔物と人との共存の新たな形が生まれたのであった。
13/12/22 20:22更新 / もけけ
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■作者メッセージ
読んでくださった方々ありがとうございます。
どうももけけでございます。

ちょっと長くなってしまったので前後編に分けました。
なかなか文才が拙いので読み難いところもあるかもしれません(あるでしょう)がどうぞ広い心で生暖かく見守ってください。
もけけは精一杯努力します。

そして見てくださった方々に最大の感謝を!

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