連載小説
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第一話 お人好神父
「ふむふむ、件の村はあれですか」

彼の前には大きな山が聳え立ち、その中腹の付近に家が何軒か建っている

「そうですねー、私はずっと言っていましたが何だかすごく使い走りな気がしますよ今の私達」

後ろを振り返ればなだらかな斜面が続きその先に米粒ほどの大きさの町が見える。

「何を言いますか天使様! すぐそこに困っている人がいるというのにそれを知って助けに行かない主神の信徒なんてありえませんよ」

「えー、でも普通やっぱりこの地域の神父が仕切るもんじゃありませんか。なんで私までー」

「あの町の司祭だって言っていたじゃないですか。『この地域を任されている私が本当は行かなければならないのですが……生憎今自警団は使えない状況な上、私も立場上この町を離れるわけにはいかないのです。誠に勝手ながら私の代わりにあの村に向かって我らが信徒らを助けてくれませんか』って」

「どー考えても自警団が返り討ちになったんで怖気づいただけじゃないですかー! 私姿消していたからあの神父が体の影に隠した報告書後から見てたんですからね! 『村の要請に対して場を治めるために一個中隊の町の自警団を派遣、返り討ちに合い帰還』って書いてありました! だいたいあの町の安定性なら二日三日離れても問題ないでしょうに……信徒が助けを求めているのを知っているのに自ら向かわないとはまったく神父失格ですね。しかもこの道のりの長さあの神父絶対わかっていた上であえて黙っていましたよ! あの時あなたが即答しなければこんな面倒なことには……」

「まぁまぁ、もうここまで来てしまったからには諦めてくださいよ天使様。事に対処のは私なんですから、私の話術を期待していてください」

「あなたみたいな馬鹿正直な人間に話術なんて期待できないんですが……」

「ふふふ、ここはひとつ私の手際の良い任務遂行能力に驚嘆していただきましょう」

「はいはい、期待しておきますよー……あ、人が来ます。下りてくるんだから村から来た人でしょうかね? 丁度いいから情報を聞き出したらどうですか?」

そう言い残し天使が姿を消す。いや、正確には見えないように自分に魔法をかけた。
天使の姿が消えると道の先から一人の人間が下りてくる。
どうやらかなり落ち込んでいるようでずっと俯いてとぼとぼ歩いている。

「あのー、すみません。私はこの先の村に向かおうと思っているんですが上の村から来た方ですか?」

男の存在に気付いていなかったのか声を掛けられビクリと反応する。

そして近くにあった木の陰に隠れてそーっと顔だけ出してこちらを窺っている。
背格好から考えて12〜14歳くらいであろう、どうやら子供のようだ。

「は、はい……村に何か用ですか?」

「私、旅の神父なのですが丁度あの町に来た時そこにいる司祭に頼まれましてね、こちらの村で困ったことがあるということで忙しい彼の代わりに来たのですよ。そこで村について何か教えていただきたいのですが」

子供の顔が喜色満面になる。
余程困っていたのであろう、あまりの嬉しさに飛び跳ねそうである。

「えっ! 本当ですか!? ありがとうございます! ……あ、他の方々は後から来るんですね。さすがに一人というわけにはいきませんものね。先に神父様にだけでも説明して置いた方がいいですか?」

「? 来ているのは私一人ですが?」

「……」

「……?」

「……はぁ、帰った方がいいですよ。行っても怪我するだけですし」

さっきまでの喜び様はどこへ行ったのか一転して死んだ魚のような眼をしたスレた表情になった。

「そんなわけにはいきません、私は代わりを頼まれているのです。それに目の前に助けを求める方がいるのに放ってなど置けないのですよ。例えそれが厳しいことだとしても主神のお導きによって私は来たのです、やり遂げるのが我が勤めです」

「いやほんと、やめといた方がいいって。それとも神父様は余程腕に自信があるというのですか?」

「腕?そうですね……主神への祈りは欠かしたことありませんよ」

「……(駄目だこりゃ……あ、でもこれで何の理由もわからずに追い返すよりも好きにやらせておいて失敗すれば、神父が直接行っても駄目だとわかる。そうすれば町の司祭様の方からもっと上に掛け合ってくれるかもしれないかな?)」

子供が神妙な面持ちでブツブツ言っている。
男には聞こえないが姿を隠していた天使は近づいて聞いていた。


>いやー、普通そんな魔物の被害でもないのに村一つのために兵隊動かしたりしないと思いますけどねー、多分めんどくさいから見て見ぬふりして放置でしょう。


「あ、疑っていますねー? よおーし、では主神に毎日欠かさず祈っている私の成果を……」

「あーあー、いいですいいです、じゃあ村まで案内しますのでついてきてください。説明は移動しながらで良いですよね?」

「ええ、わかりました。村までどれくらいかかります?」

「うーん、この先ほとんど一本道ですが道が急になるので……神父様の荷物の量を考えると途中休み休み歩いて夕方ぐらいですかね?」

「そんな悠長なことしていられません! 村の方々は困っているのでしょう?」

「そりゃ困っていますが……神父様が倒れちゃいますよ?」

「大丈夫です、では急ぎましょう。ちょっと失礼……」

「えっ、ちょ、何をするんですか! うわーっ!」

「では行きましょう!」

そう言うと神父は駆け出した。


村に向かっている途中からいつの間にか姿を消していたニアが姿を現していた。
子供の話を聞きながらイネスに道を指示していたのである。
これは子供がうまく指示できる状況ではなかったので代わりに聞き取りイネスに伝えていたのである。
また、殆んど一本道なのに支持が必要なのはそれっぽい脇道に「近道だ!」と入っていこうとするからだ。

因みにニアというのはこのエンジェルの名前である。
天界で暇つぶしに下界を眺めていたら珍しく今時の神父のくせに面白そうな人間を見つけたので様子を眺めに来た次第だ。

それがこの男、イネスである。
とんでもない主神の信奉者であるがその信仰心は狂信的と言えるかもしれないレベルである。
神父の割には良い体格をしており、今の御時世に主神の教えを広めるために旅をしているというのだ。
魔王が代替わりしただの力押しで魔物の退治ができなくなった今、主神の教えを利用し地位を手に入れで私腹を肥やそうとする者まで現れる世の中である。
そんな中この男は本来の主神の教えで万人に通じる良心と、助け合い私欲に囚われず皆が協力し合いより良く生きることの素晴らしさを皆に再認識させようとしているらしい。

ニアはこの男が何を成そうというのか、何に行きつくというのかという行く末を(暇つぶしに)見届けようと降りてきたのである。
そのため極力関わらないようにしていようとしたのだが……この男、地図を片手に歩いても道に迷うのである。
整備された一本道であればなんとかなるのであるが、街中やちょっと森の中に入るとすぐに迷う。
そして出てこない、ずーっとぐるぐるしている。
これではどうしようもないので姿を消す魔法を解除し道案内だけすることにし関わることにしたのであった。
そのため他の人間の前では基本的あまり姿を現さない。


>いくらイネス君の信仰心がすさまじいと言ってもさすがにノンストップでここまで走って来たのはキツいでしょうか……


ちらりと横を見る。

「ついに着きました! 時間について危惧していましたが……何とかなったみたいですね。ここがあなたの村ですか……意外と近くて良かったですね、おかげでまだ日は全然暮れていません! これも主神の加護のおかげでしょうか? きっと私に村の人々を助けよとおっしゃっているのかもしれませんね!」

「……」

「まぁ、杞憂でしたか」

ニアはやれやれといった素振りをしている。

重さはどれほどになろうか、時折頭より高く積みあがっている荷物がキシキシ音を鳴らす。
子供はその荷物の一番上に落ちないように荷物に抱き着く形で縛りつけてあった。
これは決して悪いことをしたわけではなく、ただ「落ちたら危ないから」とのこと。
とは言っても子供にとってはしがみつくだけで精一杯で、たまに止まって(ニアにイネスが止められて)道を指示しているときくらいしか心休まる余裕はなかった。
心休むと言うよりは『落ち着いて呼吸ができる』と行言った方が近いのかもしれないが。

「……」

「どうしたんですか? ぐったりしていますけど大丈夫ですかー?」

「……あ、あう……」

一方ここまで走りっぱなしのイネスはというと、

「いやぁ、丁度いい準備運動になりましたね」

汗は流しているが乱していた息はもう整いつつある。
ちなみにニアは飛んでいるため疲れはない。

「さぁ! 早く更生させて昨日できなかった主神への祈りを行わなければなりません……おや? お出迎えですかな?」


そうこう話しているうちにいつの間にか家の角や物陰からこちらを見つめる影がぽつぽつと……この村の人間は物陰から見つめるのが習性なのか。

「あいつだ……あいつが帰ってきた……」

「責任取らせて追い出したのに帰ってきた……」

「……じゃあ解決できる人間連れてきたのか……?」

「そんな馬鹿な、あんな旅人にできるはずがない。また騙されたんだ」


「すいませーん! 私旅の神父でして、この地域を取りまとめる町の司祭に頼まれてこちらに来たのですが、皆さんお困りのようですが私で良ければお手伝いしますよー!」

ビクッ ササッサササッ

彼の声に皆驚いてしまったのか隠れてしまう、動きの素早さならデビルバグにも負けなさそうだ。

「あらら……これでは主神の教えを誰に諭したら良いのかわかりません。困りました……」

「こういう時は村長とかリーダーシップ取ってる人のところへ行けばいいんじゃないですか?」

「そうですね、村長の家はどちらでしょうか……まぁこういうときは大体他より一回り大きい家と相場は決まっています。きっとあの家でしょう」

彼が指差した先には古びてはいるがしっかりした他より少し立派な家が建っている。
向かおうと歩き出すと道の向こうから老人と数人の男たちが歩いてくるのが見えた。

「今度こそお出迎えですかな?」

「おいレト、お前は何で帰ってきた? そちらの人はどなただ? また村の金で雇ったのか? 前回お前が腕が立つと連れてきた男は結局何もせずに金だけっとって奴らの仲間になったぞ。おかげで村の貯蓄はもうない。その上まだ何かをしようというのか?」



「レトって誰です?」※ニアは姿を隠す魔法をかけています

「きっとこの子のことじゃないでしょうか? そういえば私達名前も聞かずに来ちゃいましたし」

「ああ、なるほど! じゃあこういう時に真ん中で偉そうなご老体が村長でしょうか?」

「おそらく当たってると思いますよ」

「ふむふむ」


などとひそひそ話をしていると独り言と思われたのか村長たちは怪訝な顔でこちらを見てきた。

「失礼、私は各地を巡礼している神父で、名はイネスと申します。今回は町にいるこの地域の司祭の代わりにやってきました。こちらのレト君には道中で出会い、ここまでの道案内をしていただきました。どうぞよろしく」

「神父? 神父様に何ができるというんじゃ? 奴らに説法でも聞かせるというのか?」

「ええ、その通りですよ」

イネスはにこやかに答えた。一方村長は呆れた顔をしている。

「神父様、あなたは教会で説法説いているのが仕事じゃろう? しかしこの村にはそのようなことをするものはおらぬ上、奴らはもはやただのごろつき同然じゃ説法なんか聞きやせぬ」

「そうでしょうか? 皆主神の加護の下生きているのです。この生を共にするものとして時に主神の教えを忘れてしまった者たちに教えを説くのもまた我々神父の務め。我々は皆主神の加護の元生きているのです、がちゃんと語り合えば気持ちは伝わり、分かり合えるのですよ」


>よし、よく言ったわ!


「……ううむ、しかしだな……もうワシらには教会に払う金などありゃせんぞ?」

「お金などいりません。あなた方が困っていらっしゃる、助けてほしいと教会に届け出を出している、私は偶然ですがその話を司祭に聞いた。だから私は今ここにいることができます、これも主神のお導きです。私はこの巡り会わせをしてくださった主神に感謝しています」

「う、ううむ、では神父様。あなたは本当にわしらを助けてくださると?」

「私にできる全力を行いましょう。それで、その困った方々はどちらに?」

「はい……そこの坂を下った先にある宿屋にいますですじゃ。最初の数人は食料を受け取ったらどこか別の場所に行ったのですが我々が何も言わないものだからだんだん好き放題しだして……逆らうと暴れだすのですじゃ……金がないとわかると飯と酒を持ってこいと言い、それでずっと居座っているのですじゃ」


>ちょっと力があるからってまったく好き放題とは……許せません! 神の名のもとに罰を与えねばなりません! そしてこちらの村の人に誤り、罪を償うべきです!


「ふむ、まったく酷いものですね……では早速行ってきますので皆さん待っていてください。あ、私の荷物をお願いします」

イネスはスタスタと道を歩いて行ってしまった。

「まってください神父様! 僕も行きますっ!」

その後を追いかけるレト。

少しすると途端に村長たちは不安になってきた。
あんな神父に何ができるというのか。
相手は町の自警団を軽く追い返してしまうくらいのくらいの猛者たちである。
しかし任せてしまったものは仕方のない、とりあえずこの荷物を運ぼうと村長の横の一人が持ち上げようとする。
しかしどうにも持ち上げることすらできない、一体何が入っているというのか。
もう一人の男にも声をかけ二人がかりでようやく持ち上がった。

「おいこれなんだよ、重すぎやしねえか?」

「ああ、あいつこんなもの背負って来たのか?」

「おぉい! お前たち! とりあえずそれはわしの家に運んでおけ! わしは奴の腕前を見てくる」

少し先を歩いていた村長が足早に歩いてゆく。

「……運ぶか」

「……そうだな」



宿屋レトルト。

元はこの村唯一の宿屋で少ないながらも客足はたびたび旅人から入っていた。
そんなこの宿屋も山にドラゴンが来てからそれを目当てにやってくる勇敢な戦士や魔法使い、兵士など達で賑わいだした。
こんなに人が来るのは初めてのことでいろいろ忙しかったが仕事もやり甲斐があるのであると宿屋の主とその妻、その他従業員たちは活気づいていた。
そんな中ある日ドラゴン退治に向かった冒険者の一人が逃げ帰ってきた。
どうやら負けて服は残されたが装備と有金全て置いていくよう言われたらしい。
冒険者は出発前にそれまでの代金は支払っていたが今は無一文である。
可哀想に思った主人がその日の夕食と町までの食糧を無料で提供した。
他にも同じように帰ってきた者たちにするといくらかは町を離れるのだが、残りの幾人かが厚意に甘え理由をつけて長居するようになった。
ただ飯の味を覚えた彼らはだんだんと横暴になり、ついには金を奪い逃亡するような者もあらわれだした。
これ以上はやっていけないと宿屋の主は家族を連れて逃亡。
彼らは残った空き家に山賊のように住み着いている。
時々出てきて食料を奪い、抵抗するものには暴力をふるうようになった。


「これが今の(元)宿屋レトルトの現状です」

「ふむ、説明ありがとうレト君。まったく、人の厚意を利用して好き放題……まったくけしからんですな。これでは主神も悲しんでおられます」

「で、でも神父様、彼らはドラゴンにこそ負けましたがそれぞれが皆がそれなりの実力者です。力で向かってきたら……」

「そうですよ! あなた見る限りただの体力馬鹿で戦闘経験なんてないんですからまず穏便に済ませてくださいよ!? それに私は主神の使いとして彼らには罰を与えたいですが、肉弾戦なんてごめんですからね!」

レトもニアも不安気である。

「大丈夫ですよ。一度道を踏み外しても皆心には良心があるものです。話せばわかってくれますよ」



ガチャッ

「こんにちはー」

「ああ? なんだてめえ」

「新入りか?」

「ギャハハハハ」


>うわっ、頭悪そー


その中の一人がレトを見て反応した。

「おっ、あの時のチビじゃねぇか」

言われてレトはピクリと反応する。
イネスの陰に隠れようとして……やめた。
そしてその言葉を放った主をジッと睨み付けた。

「お前のせいで僕は村を追い出された!」

「ハハハハ、悪かったな、代わりに俺が住み着いちまったぜ。今度はそいつ連れてきたのか?」

イネスを上から下まで眺めて男は言った。

「こいつはだめだすぐにやられる。相手を殺したことも本気で戦ったこともねぇ顔してやがる」

「ええ、私は神父ですからね。そんなことしたら天国に行けなくなってしまいます」

イネスがそう返すと男たちはどっと笑いだした。

「ヒャハハハ、お前そんなの連れてきてどうしようってんだよ。あれか?ドラゴンに説法でも聞かせようってのか?」

レトは顔を真っ赤にして俯いている。よっぽど悔しいだろう、微かに震えていた。

「違います。私が来たのはあなた方がこの村の人々に迷惑をかけているのであなた方に主神の教えを説きに来ました」

男たちの笑いが止まった。

「あ? よく聞こえなかったな……なんだって?」

「わかりやすく言いますよ、あなた方の悪い行いを正しに来たのです」

「おう、神父さんよ、俺たちが誰か知っているのかい? どれもこれも少しは名の知れた戦士や冒険者たちだ。あんたみたいな神父一人で何ができるっていうんだい?」


>『ドラゴンに負けたけど』って頭につけた方がいいんじゃないですかね?クスクス

>って、戦闘入っちゃいけないのですよ!?イネス君!



「教えを説けます」

「お前が教えを説く前に叩きのめすこともできるだぜ? 神父さんよぉっ!」

男がいきなり姿勢を低くして床を蹴った。
そのまま左手で鋭いストレートを放つ。
高さから察するに狙いは柔らかい内臓の詰まった腹か。
イネスは動けない。
いや、あまりの速さのせいか反応もしていない。


>いけないっ! このままではもろに食らってしまう……!


パスッ


>……え?


「あ……こ、こいつ腹になんか仕込んでやがるな!」

「主神はいつでも私を導き、守ってくれます……それと」

イネスが懐から取り出したのは聖典。
主神の教えの書かれた一冊の本である。
聖典を取り出したイネスは

ヒュ ゴッ

それをそのまま相手の頭に叩きつけた。
瞬きすると見逃してしまうような速さである。
振りかぶるモーションすら見えなかった。

バタッ

一撃で昏倒したのか男はそのまま崩れ落ちた。

「私は叩きのめされませんよ。なぜなら私は悪いことをしていないからです。あれ?」

「てめぇ……」

室内が怒気を孕む、空気が一気に冷え込んだ。

「あれれ、聖典で叩けば少しは良い人になるかと思いましたが少し刺激が強すぎたかもしれません。やはりちゃんとわかりやすく手順を踏んで語り合わなければなりませんね。さあ皆さん、主神の教えを学びましょう。人は一人では生きていけません、皆協力し合って生きているのです。ですからまず自分にできることを、他人のためになることを行います。また自分に施してもらった恩は倍にして返すのです。そして次に他人には迷惑を……」

「フッ、あいつは俺たちの中で一番弱かった、そいつを倒したくらいで良い気になるなよ!」

「俺らをそいつと同じだと思うなよ!」

「ふざけやがって! 野郎ぶっ殺してやる!」

「神父がいきなり殴んなや!」

聞いていなかった。


>なんかどれも雑魚っぽく見えるのは私だけ?それと最後の奴、正論よ。


「「「「うおおおおお!」」」」

男たちが一斉に跳びかかった。

一人目、男は大振りに右拳をイネスの顔面に叩きつけようとする。イネスはそれを避けて男の足をかけ、そのまま転ぼうとする男の脳天に聖典を叩きつける。男は崩れ落ちた。

二人目、男はステップし、一人目を利用し死角へ回り込むように移動した。横から後頭部狙いの上段回し蹴りを放つ。イネスはしゃがんで避け、振り向く勢いそのままに残った軸足の膝裏を後ろから聖典で叩く。男は一回転して頭を打ち、床に伏した。

三人目、レトを人質に取ろうと近づいていたので聖典を投擲。顔面に命中、意識を失い倒れる。

四人目、男は三人目を対処して振り返るタイミングを読んで頭の位置に蹴りを放つ。眼前に迫る蹴りをイネスは首を曲げて躱し、追撃の後ろ回し蹴りしようとする男の足を掴んで持ち上げる。男は簡単に体勢を崩し尻餅をついた。と同時に後頭部をテーブルに打ち付け静かになった。

この間ほんの十数秒。
沈黙を破り最初に口を開いたのは

「え……神父……様?」

レトであった、続いてニアが口を開く。

「いやいやいや、あなたなんで闘えるのですか!?」

「私は闘っていません。皆におとなしくなってもらったのです」

「いや……神父……様?」

「思いっきりぶっ叩いてるから! しかも聖典で!」

「はいっ! 少しでも主神の御心が伝わればいいなって思いまして///」

「なんで照れてるのぉおおおおおおおおおおおっ!?」

「神父……様?」

「おや? レト君、なんでしょうか?」

「神父様って闘えるんですか?」

「だから私は闘っていないと……いいですか? 私は闘ったのではなく、彼らが騒がしいからおとなしくなってもらっただけです」

「でもあんなに強いはずの人たちを……」

「彼らは私が主神の信徒であるからきっと武器を使わないで手加減してくれたのでしょう」

「というか彼ら武器持ってないですよ? 部屋にでも置いてきていたんじゃないですか?」

「なんと! それはきっと主神のお導きでしょう、主神よありがとうございます……!!」

「でもあんなに速い動きあの人たちがしていたの初めて見ました……どうして避けられたんですか?」

「見てたら当たると痛そうだなぁと思ったので避けました。」

「……」

「これも私が敬虔なる主神の信徒だからですね、きっといつも私達を見守っていてくださるので

しょう。おお、主神よ! ありがとうございます……」

感極まったようにその場に跪いて祈りだした。


>あくまで主神のおかげと信じているか……まあ好都合でしょう。


「ほらイネス、今は祈る時間ではないですよ。あなたはこの者達を正しき道に導くのでしょう?」

「おお、そうでした! まず逃げられないように紐で手足を縛って……」

その時悶絶していた一人がこちらに気付いた。

「うわっ、てめぇ! 何しやがるっ」

男は逃れようと暴れるがイネスの手は万力のようにしがみついて離さない。
あっという間に縛られて床に転がされてしまった。

「くそっ! ほどけぇっ」

「いいですよ。でもあなた方にはその前に主神のありがたい教えを学んでいただきます。なに、あなた方のようにものわかりの良い方々ならすぐですよ」

そんなこと言ってるうちに残り四人も同じ様に床に転がされてしまった。
少し呆けている者もいるがしばらくすれば落ち着くであろう。

「では皆さん私の話を聞いていただきますよ。眠ったら聖典で起こしてあげますからね。そもそも何故我々が存在できているのかというと創造神である主神が……」

「ハッ、そんなたかが説教たれてるくらいで俺達が……」


次の日

「「「「「ああ、主神のお導きのままに!」」」」」

「うんうん、皆さん主神の教えの素晴らしさがわかっていただけたご様子で……私は……もう感涙ですよ……」

よよよ……とイネス涙を浮かべてつぶやいた。

「そんな! 先生っ、泣かないでください!」

「愚かだったのは我々です!」

「我々は何ということをしてしまったのでしょうか!」

「あれだけよくしてくださった方々に何ということを……!」

「これからは粉骨砕身今まで行った罪と恩義に報いるべく生きていきます!」

五人は一様に目を輝かせている。
この一晩に一体何があったというのか。
一方、

「……」

「……」

半分ぐったり、半分呆れている二人が少し離れてその姿を眺めていた。

「教会の信者っていうか……神父様ってみんなあんな感じなのですか?」

「いえ……私の知っているのは普通もっとこう……違うです。自分の行いを戒めたり他人に道を説いたりするけど地位の高くなるほど主権がらみで表に出さなくても欲が深くなるし、熱心な下位層の信者でもあそこまでじゃないです……」

「じゃああの神父様はとても熱心な神父様なんですね」

「ううん……確かに熱心なんだけど……(あの信仰心感染するなんて……)」

そんなことを二人が話している一方で向こうの集まりは盛り上がっていた。

「先生! 我々は一刻も早く村人に報いたいです! そして何よりこの宿屋に恩を返したいです!」

「はい! この宿屋の主は去ってしまいましたが、いつかしっかり恩を返したいです!」

「私はまず村の人々に謝罪の意を示し、次にこの宿屋の施設に恩を返し、そしてこの村に貢献していきたいものと考えています!」

「そして多くの者に先生から学んだことを、主神の教えを皆に広めていきたいです!」

「もう自分の力に驕れることもなく、先生のように謹んで生きていきます!」

「素晴らしいですよ皆さん、是非そうしてください。この世界には困っている者達、助けを求めている者達が溢れています。この我々の出会いも主神のお導き、これまでの自分の生き方を悔い改め、人々とともにより良く生きていくのですよ」

「「「「「はい!!」」」」」

凄まじい連帯感である。
改めて問いたい、一体夜に何があったというのか。


>むしろあれは『洗脳』のレベルじゃ……あ、いや、主神の教えを守る人々が増えるのは喜ばし

いことなのですが……目が輝き過ぎている上になんだか暑苦しいのは気のせいでしょうか……


「時に先生、質問があります!」

「うむ、なんでしょうか」

「先生のようになるにはどうすればなれるでしょうか?」

「よく主神の教えを守り、人々のために仕える奉仕の心を忘れず、自分に厳しく生きることです。そうすることで主神は私たちに大いなる加護を与えてくれます」


>本当は今の主神は人々全員に加護を与えるほどの余裕はないんですけどね……だから特別に加護を受けた勇者がいるわけだし……


やや目をそらすニア、イネスの話は続く。

「私は主神の加護を受けていることを実感するために肉体を酷使して祈りを捧げます。日々の生活に甘んじて主神への信仰心を忘れぬように、主神の加護を実感するために」

「「「「「おお!」」」」」

「まずは自分の体力を限界まで絞り出します。方法は何でも良いです。私的には肉体労働の仕事を手伝うのも良いですがいつもそうそう簡単に見つかりませんし、見つかっても体力を絞りつくすまでには至りません。そこで、自ら厳しい条件を課し極限まで体力を使い果たし『死ぬかもしれない』という状況を作りだすなるのです。そうすることで『こんなに辛いのに自分がまだ生きていられるのは主神の加護のおかげだ』ということが実感でき、最大の感謝の気持ちが生まれるのです」

「「「「「なるほど!」」」」」

「そしてこれを続けることでどんな困難にも立ち向かうことのできる強靭な精神力が身に着くのです!」


>あ、肉体鍛錬の話じゃないんですね……


「しかし先生、それではいざというときに闘えません」

「我々は闘うのではありません、話し合い諭すのです。戦いで解決させるのはで暴力が行われます。そして血は血を呼び、争いの連鎖は終わりません。ですから話し合いで解決するのです、主神は無益な争いを好みません、ですから我々は平和な世を望むのです」

「こちらの話を聞こうとしないときはどうすればいいのでしょうか」

「その時は一度冷静になるまで待つのです。誰もが全力で怒りを放つは疲れるものです。そう長くはもちません」

「すぐにはおとなしくならないときはどうすればいいでしょうか」

「自分が受け止めるのです。殴りたければ好きなだけ殴らせるのです」

「命の危険がある時はどうすればいいでしょうか」

「それは相手が武器を持っているからでしょう。武器を捨てさせ、言葉を交わせるようになるまで待ちましょう。命は尊いものです、諭しなさい」

「罰を受け入れないものにはどうしたらいいでしょうか」

「それは諭しが足りないためであると思われますが……時には自らの心を鬼にし、その後をより良く生きてもらうために罰を施しなさい」

「「「「「わかりました先生!!」」」」」

「ちなみに先生、昨日は思いっきり先生殴っていましたが……あれは?」

「あれは皆さんが悪いことをしていたのは明白でしたので先行して罰を与えると同時に聖典によるショック療法を行ってみました。すみません」

「いえ、あの時の我々は悪意に満ちていたのであれでよかったと思います、ありがとうございました!」


>あーらら、昨日まで荒れてたのにあっという間に敬虔な信者になっちゃいましたよ……私は嬉しいんですがほーんとイネス君ってなんなんでしょうね……


「神父様すごいです! わーいわーい!」

「……こっちの子は主神じゃなくて彼の信者になりそうなんですけど」

その時宿屋の外に悲鳴が響いた。



「うわあああああああ! なんだアイツは!?」

「空を飛んでるわっ!」

「ひぃっ! そんなばかなっ!」



「おや? 外が騒がしいですね、何かあったのでしょうか?」

「私が見てきますよ、暇ですし」

そう言ってニアが扉を開けると村人たちが上を見上げているのがわかった。
同様に空を仰いで……固まった。

「……」

「? 天使様?」

「……あ……あわ……わわ……」

「どうかしたのですか?天使様?」

「ど、どどど、ドラゴンっ!?」







時は少し遡り山の頂上の洞窟内にて。


>むむむ、ついこの間まで名声目当てにかは知らんが我を倒そうと人間どもが勇んで来ていたが最近はめっきり静かであるな。ここは静かで良いのだがいまひとつ都市からは離れているせいか麓を通る奴らもあまりめぼしいものを持っていない。それにしても挑んできた奴らの持っていたものは……


ちらりと洞窟の奥を見る 宝石や貴金属とは別に剣や魔法道具がまとめて置いてある。
村にいる五人を含め数々の人間たちから集めたものだ。


>意外といいものは持っていたな。奴らの実力には見合わない物ばかりであったが……道具の性能を自分の力だとでも思っていたのか? まったく愚かな……


はあ、とため息一つついている彼女は『地上の王者』と称されるドラゴンである。


>来るならもう少し手ごたえのある者が来ないと暇つぶしにもならんな。ふむ、そろそろ新しいものが欲しくなってきたところだし、たまには金持ちそうな貴族でも襲ってみるか


バサッ

彼女は翼を大きく羽ばたかせ大空へ舞い上がる。


>もしかしたらまた麓の村に新しい雑魚がいるかもしれん。我が目当てなら身ぐるみ剥いで、何

か珍しいものを持っていたらついでに奪い取っておこう


村に近づいて来る。
村人が騒いでいるようだ、しかし気にしない。
誰もが自分の姿を見れば畏怖するのは慣れているからだ。

「おや、あれは……」








ドラゴンが降りてきた。
あの『地上の王者』の異名を持つドラゴンが来た。


>あわわわわわわっ!ど、どどど、ドラゴンなんて勝てるわけない!


「ムリムリムリムリ!」

「む、エンジェルか。ということは勇者でもいるのか? それはいい、勇者は教会からイイモノをもらっているからな」

ドラゴンがニヤリと笑う、完全にエンジェルが怯えきっているのがわかり連れの者の力量を推測している。既に奪った後のことでも考えているのか。


>あんなのなんでここにいるのよ!? あっ! そうだここにいる奴らみんなコイツに挑んでってやられた奴らなんだった!


「め、珍しいですね。ドラゴンがわざわざ巣から下りてくるなんて……」

「そう警戒するでないぞ。なに、最近は訪ねて来る者もいないから暇なものでな。少しばかり新しいものを拾いに、な……」

「ひ、拾いにって言ってもどうせ強引に奪っていくんじゃないですか!」

「何を言うか、皆勝手に我が前に置いて走り去っていくだけだ」

「その理由もわかっているくせに……」

「ふふ、さて何のことかな」

「いつかあなたに主神の罰が下るでしょう……」

「まぁ、そう言ってもお前には何もできんよな」

「くっ……」

ニアが悔しそうに俯く。事実今のニアにドラゴンと渡り合うほどの力はない。
エンジェルたちは勇者や教会の騎士団とともに魔物たち魔王軍と戦うこともあるが、それは味方の補助や援護などが含まれた複数人での行動の際である。単体ではドラゴンに通用するほどの実力はもっていない。



「天使様〜、いかがなさいましたか〜?」

場の緊張を破って怠けた声が届く。

「来てはいけませんっ!」

振り向くと宿屋の中から全員が出てきていた。
場の緊張を察したもの一人、状況がわかっていないもの一人、過去の遭遇を思い出して青い顔をしているもの五人。

「レト君、あれはどなたですか? この村にあんな格好の人はいたでしょうか?」

「いえ、僕は知りません。ずいぶん強そうですがおじさんたちは知っていますか? 僕が町に行っている間に新しく来たドラゴン退治の人ですか?」

「違うぞ坊主。先生、あれがドラゴンです。おそらく我々では束になっても敵わないでしょう」

「え、あれがドラゴンですか。うーん、翼とか爪とかありますがそれを除けば普通の綺麗な女の人に見えますね」

「油断しないでください、あいつの翼は突風を生み出し、爪は鋼鉄をも切り裂く。そして口からは全てを焼き尽くす劫火を掃き出します」

「おお! それはすごい! 必殺技とかはなくてちょっと『地味』ですが基礎能力が高いのですね」

「はい、とんでもない奴です。勇者含め並の奴では一蹴され、強力な勇者でも厳しい戦いになるでしょう」

「ほほう、見た感じ雰囲気は『ただの偉そうなおねぇさん』って感じですけど……さぞや強いのでしょう」

「なんで奴がわざわざこんなとこまで下りてきたのかは知りませんが奴なりに考えてのことでしょう」

「案外暇つぶしだったりしそうですね。この山、景色は綺麗で静かですけどそれだけですし」

男たちが真剣に解説する中どこか気の抜けた返事の返すイネスの様子に彼らの周りだけやや場の雰囲気が和む。
ニアが彼の様子に唖然としていると後ろから殺気を感じた。

「……」


>しまったぁあああああ! ドラゴンはプライドがすごく高いんだったああああ!


「ほぅ……そこのお前……人間のくせに随分と言ってくれるじゃないか……」

「うん? 私のことですか? 随分って思ったこモゴッ」

ニアが慌てて口を押え、その場から少し離れる。

「ちょっと! あんまり挑発するようなこと言わないでくださいよっ! あれはドラゴンなんですよっ!? 魔物の中でも単純な戦闘能力なら最強クラス、『地上の王者』と言われるほどなんです! 今回下りてきたのは宝石や珍しい魔法道具目当てで、私たちは元々持っていないんですしうまくやり過ごせられる相手なんです! ですからおとなしくしていてください! 主神の僕としては誠に遺憾ですが、私が何とかしますから」

「ふがふが(はぁ、わかりました……)」


>よし、あとは私がうまくまとめれば……


「ドラゴンさぁーん!」


>なにィッ!?


「さっきは失礼しました。あなたを侮辱するつもりはなかったのです。申し訳ありません、何せ魔物を見たのは私初めてでして……」

「……ふむ……まぁ、人間では普通驚くものではあると思うが我も寛大だ。許してやろう……(それに人間に綺麗などと言われたのは初めてだしな。まぁ悪い気分ではない)」


>ほっ……一応の理性はあるみたいですね。よし、あとは私が……


「そ、それであなたは珍しい道具や宝石目当てに来ていたみたいだけれど、私はこの貧乏神父の道先案内人で勇者でもないし教会から支給された高級品があるわけでもないの。だから私たちを狙っても何も出ないわ」

「ちっ……、なんだそうであったのか……それを早く言えつまらん。まあそんな人間についているお前も哀れだな。同情するぞ」

「そ、そうね、私も大変なのよ(余計なお世話ですよ!)」

「さて、お前たちと話していても時間の無駄である故我は行くか。おい、この辺に貴族の屋敷などはあるか?そうだな、なるべく金持ちか力を持っているのがいい」

「知らないわ、知っていてもわざわざ奪いに行くあなたには教えないけれど」

「ふん、そうか」

「ドラゴンさん、貴女は貴族のもとに行ってものを盗むのですか?」

「盗むのではない、奪うのだ。別に良かろう? どうせ力で奪い、下々から搾り取った金で買ったものだ。より力のある者に奪われても構わなかろう。奪われたくなければそれだけの力をつけろということだ」

「いけません、仮にそうだとしてもそれをしてはあなたの罪が増えてしまいます」

「貴様人間のくせにドラゴンである私に対して随分遠慮がないな……恐ろしくないのか? 私がその気になれば貴様など一瞬で消し炭にも肉片にもなれるのだぞ?」

「いえ、貴女みたいな方がそんなことをするとは思えませんし、あなたがそうしようとしても主神が守っていてくださるので信者である私がそんなことになることはありません。それに魔物というともっと禍々しくて恐ろしいイメージだったものですが……実際見てみると想定していたほど怖くない上、普通に話せる相手じゃないですか。私はあなたを恐ろしくとも何とも思いませんよ」


「「「「「おおお!先生はあのドラゴン相手にたじろぐどころか我らと同じように慈しみをもって話しかけておられる!」」」」」

「馬鹿なこと言っているんじゃありません! ドラゴンはその自分の強さに絶対の自信があり人間はおろか他の魔物を含めて見下しているんですよ!? そんなドラゴンにあんなこと言ったら……」


「ほぉ……貴様よっぽど我に屠られたいと見た……いい度胸じゃないか。その後ろにいた奴らは見逃してやるに値する持ち物を持っていたが貴様は持っていなかろう?」

「我ら宗教者の命は信ずる神の名のもとに守護されています。他のものにそう易々と奪われるものではありません」

「会話の成り立たない奴だな。我をここまでイラつかせる人間も珍しいぞ。最後の忠告だ、我ら魔物娘は人間の命を奪うのは好まないのだ。今貴様が何か特殊な魔法道具や珍しい宝石を持っていてそれを差し出すなら命だけは見逃してやろう」

「私が持っているのはこの肉体と命であり魂と信仰心、そしてその日を生活するための資金少々だけです。しかしこれだけあれば他には何もいりません。多くを求めるものはそれに溺れるものなのです」

「……つまり貴様はその大事な命を我から救ってくれる対価はなく、多くを求める我を愚かだと言うか」

「はい、貴女は愚かです」

スッと彼女の目が細められる。

「ほぅ……死ぬが良い」

ドラゴンが大きく息を吸い込む。

「皆さん、離れていてください」

「イネス君いけません! 彼女の吐き出す炎には普通の人間には耐えられません!」

「これは主神の与えてくださった試練でしょう。彼女に道を示すこともまた我が使命!」

イネスが地を蹴る。
彼我の距離はおよそ15m、全力を出せば数秒の距離。
ドラゴンは溜めこんだ空気を自身の魔力と合わせて全てを焼き尽くす劫火とする。
その口から吐き出したのは灼熱の光。
この短い距離で横に跳躍しては勢いを殺してしまう。
それ以前にこれから炎の発生点に向かうのだそこから広がる炎を今の自分に避ける術はない。

「主神のぉおおおおおおおおっ! お導きのままにぃいいいッ!」

「何っ!?」

イネスは両手を頭の上でクロスしてしっかりと聖典を握りこんでいる。
盾の代わりにでもするつもりなのか。
そしてそのまま光に飛び込んだ。
それは瞬きする間のような出来事。しかしその瞬間には他の者にとっては一生のような長さに感じられたことであろう。


>そんな……まさか自ら死にに行くなんて……


炎の中から影が飛び出した。
ドラゴンが目を見開く。

「服は焦げてしまいましたが……主神よ、ありがとうございます!」

イネスが大上段から聖典を振り下ろす。
ドラゴンが体を反らせて躱す、そのまま足を捻り回転して強靭な尾による打撃を放つ。
普通の人間なら体中の骨が折れ、そして下手をすれば胴体が引きちぎれてもおかしくない一撃である。
空中では躱せない、そのまま脇腹に食らい吹き飛ばされ……ない。
左手と脇腹でドラゴンの尾をホールドしている。
ドラゴンとイネスの目が合う、ドラゴンの顔が驚愕に染まる。
ドラゴンは体の勢いを殺さず着地を狙って尾を軸に右足で首を狙いに後回し蹴りを続けて放つ、しかし体を仰け反らせ躱される。
イネスが地面に着地して仰け反った態勢からもう一度右腕を振り上げる。
ドラゴンは左手でガードし、右腕を手刀にしてわき腹に突きを放つ。
円運動で勢いのついたその速度は達人の突きにも匹敵するだろう。
人間の柔らかな皮膚など簡単に引き裂き肉を抉る爪、まともに食らえば全てが致命打であるのは当たり前、掠っても深く切れるだろう。もはや凶器である。

「シッ!」

パシッ

ドラゴンの手首が止まる。
イネスがさっきまで尾をつかんでいた左手でドラゴンの手首を掴んでいる。

「なんだとっ!?」

ドラゴンの顔が驚愕から焦りに変わる。
そもそも人間と魔物娘とでは根本的な肉体の強度が違う、筋肉の馬力が違う、魔力の出力も違う。
それなのに何故この男はこうまで戦えるのか。
武器も持たず、鎧も着けず、魔法も使わずことごとく必殺の一撃を防ぐ。
何故下等な人間などにこのドラゴンである自分の攻撃が防がれるのか彼女にはわからなかった。


>いったい何なのだ!奴は本当に人間か?
 まさか魔物と人間の間に生まれた初の男であろうか、いや違う。
 奴の体からは魔力を感じられない。
 ジパングの素手で闘う徒手空拳の一種であろうか、いや違う。
 奴の動きには効率性が欠片もない。
 教会の本部直接指導による精鋭部隊なのか、いや違う。
 それならば話すまでもなく魔物を殺そうとするはずだ。
 まさか神父に偽装した勇者なのか、いや違う。
 奴からは勇者特有の『空気』というものを纏っていない。
 そもそも奴の動きはでたらめで何も精錬されていない、ただ迫る攻撃に対処しているだけだ
 なのに何故奴はこうも戦えるのか、なぜ本を片手に闘うのか。
 そもそもあの本は武器としてはリーチが短過ぎる、素手で戦うにも邪魔のはずだ。
 しかし何より奴の攻撃はその右手の本による打撃のみ。
 これは奴の攻撃手段があの本のみであるということが考えられる。
 おそらくあの本はただの紙の束などではなく主神の加護が籠められている特別製なのだろう。
 だからあの本は手放せない。
 つまりこのまま奴同様左腕で奴の攻撃を防いでしまえば、奴は守る手段を失う。
 ……ならばっ!


聖典が振り下ろされる前、ドラゴンは息を吸い込む。
再び炎を放つために。

「彼女はまた炎を吐くつもりです! あの距離では避けられないっ!」

しかしイネスは反応を返さない、いやその余裕がないのか。
イネスが聖典を振り下ろす、ドラゴンが受け止める。
そしてその一瞬をついて超至近距離で溜めていた炎を解き放つ。

ゴゥッ

爆風が辺りを包んだ。


「あっ!」

「レト君っ! きゃあああっ!」

「「「「「うわぁあああああああっ」」」」」



爆風が過ぎると周りは土埃で何も見えない状態であった。
土が爆心地を中心に吹き飛ばされその中で一か所だけ土がそのままのところがる。

「はぁっ、はぁっ……とっさに防御魔法が間に合ってよかった……大丈夫ですかレト君」

「あ、ありがとう天使様。う、うん、僕は大丈夫」


辺りを包んでいた土埃が晴れていく。
爆風の中心点には二つの影。一つは立ち、もう一つは膝をついている。

「ど……どっちが」

「「「「「どっちが勝った!?」」」」」

「……それ私のセリフです……というかあなたたち叫び声の割に無事でしたんですね」

「「「「「鍛えてますから」」」」」

「あ、そう……」

「天使様、神父様がっ」

慌てて振り向く。
そこには聖典片手に立っているイネスの姿が……

「イネス君っ!だいじょ……う……ぶ……だった……ん……ですね……」

……ただし全裸で。
慌てて顔を背けるニア、良識あればそれもそのはずである。

「ええ、受け止められそうになりましたが……何とか押し切って彼女の炎が放たれる前に聖典が間に合ったので、頭の向きを変えて直撃は避けられました。まぁ頭を叩いた衝撃で強引に口を閉じて下を向かせただけなので隙間はありますし、出口は少ないので圧力かかってもはや熱線のようになってましたがね。そこから漏れ出た炎が地面に当たって爆発してしまいました」

えへへ……とでも自分の失敗を照れ臭く白状するかのように淡々と述べる。※全裸です
そして膝をつくと言うよりはしゃがみこんでいるドラゴン、目を凝らすと頭を抱えているがわかる。
因みにドラゴンの頭の位置の下には熱線により地面が赤熱しドロリと溶けていた。
どうでもいいことだがそこだけ見るとドラゴンが全裸の男を見て吐瀉物を吐いたようにもみえないこともない。

「ドラゴンさん、これに懲りたら人のものを強引に奪ったりしてはいけませんよ。泥棒はいけません。主神はいつでも天から見守っていてくれます。あなたが欲しいものがあればそれは他人から奪うのではなくちゃんと努力して手に入れるのです」

しかし何故こうもこの男は全裸でいるのに堂々としていられるのか。
まぁ些細なことなのだが。※些細じゃない
後ろの五人のうちの一人が体を隠す布を持ってきた。

「ありがとう」

例を言って受け取り布を腰に巻く、一応の常識はあるのか。
「もらうのであればそれ相応のものを相手に与えるのです。あなたの言うように『命が惜しければ……』などという方法では誰も幸せになりません。そもそも多くを求める必要はないのです。

心にしっかりした信念を持ちさえすればそんな物欲などに誘惑されることなどなく……ん? 聞いていますか?」

「……」

ドラゴンは俯いたまま動かない。

「うん……ちょっと強く打ち過ぎてしまいましたかね……? 魔物は丈夫と聴いていたのでかなり力を込めてしまいました……大丈夫ですか? ちょっと当てたとこ見せてください」

イネスが彼女の手をどかそうと触れたとき、逆に両手を握られていた。

「捕まえたぞ……」


>しまった!まだ戦闘意欲があったなんて……! プライド高いドラゴンが不意打ちなどという戦法をとらないであろうという過信が……いけない!


「む……まだお仕置きが必要でしたか……ならば……」

「決めたぞ……」


>あれ? なんだか様子がおかしいですね……?


「いったい何を決めたというのです? ああ、ついに私の気持ちが伝わりましたか!」

「我は貴様の子を産む!」

「……は?」


>しまった! イネス君がドラゴンに勝ってしまったから……!


「先のあの動き、まさに見事というもの! 我を相手にした人間はみな一撃で戦意を砕かれ継戦できてもいずれジリ貧になるというのにあそこまで闘える者は初めてだ! 貴様こそわが夫に相応しい! 名は何と申すのだ?」

「……えっ」

「なぁ、そんな意地が悪いことをするでないぞ。我がここまで下手に出ているのだ、せめて我に打ち勝った人間の名ぐらい知りたいというもの。この気持ち、わかってくれるであろう?」

「え、ええと……あなたがもう他人のものを強引に奪ったりせずにちゃんと良く生きるというならいいですよ」

「なんだ、そんなことか! 構わぬぞ!我は今もっとも大切な『宝』を見つけたところである!」

「え、何か聞かない方が良い気がしますがその『宝』とは……?」

「もちろん貴様に決まっているであろう! いや、今から貴様は私の主だ! ほら、主様の名に懸けて誓うのだ。だから名を教えてくれ」

「あ、私の……名前は……イネスと申します……」

「よし! 因みに我の名はウルスラだ、主様の妻になる女の名だ覚えておくが良いぞ! では我は今よりイネスを主とし、主様の言う通り他の者からは奪うことはもうしないと誓おう。……最も大切で必要としていた宝を我は見つけたのだからな! 主様ーっ!」

言い終わるや否やいきなりドラゴンは抱き着こうと跳びかかってきた。

ゴンッ

しかしイネスに触れる直前、彼の煤けた聖典が彼女の額にめり込んだ。

「いきなり跳びかからないでください。私は主神の教えを守り、困っている人々を助ける使命があるのです。申し訳ありませんがあなたの夫にはなれません」

「つれないことを言うでないぞ! 我と主様の中ではないか」

額を殴られ瞳に涙を溜めながらウルスラが抗議の目を向ける。
だがしかしその表情の中には多少すねてはいるものの諦める気配はない。
むしろどこか楽しんでいる風がある。

「だいたい、貴女はここの山に住み着いているんでしょう? 私は次の町へ行かなければなりません。またいつか機会があったら会いましょう」

そう言って背を向け歩き出す。

「何を言っておるのだ我も行くぞ!」

「……え?」

振り向くとドラゴンが眼前に迫っていた。とは言っても身長差のため眼前にあるのは角であるが。

「我も、主様に、ついて行く」

「いや、貴女は魔物で私は神父ですから一緒にはいれません。ですよね天使様?」

自分のことが呼ばれてビクッとするニア。ドラゴンの鋭い眼差しが突き刺さる。

「も、もちろんですよ! 魔物である彼女とあなたは一緒にいれません!」

「残念ですね……私は神父、主神に仕える身です。あなたはドラゴン。魔物であり魔王の配下です。では」

「……そんな理屈っ!」

ウルスラが悔しそうに叫ぶ。
ぐぬぬ……と唸っていたウルスラがハッとしてポンと手を叩く。

「主様! 我は主様の言う主神の教えをもっと知りたいのだ、であるから我に教えてくれ。主様の言いつけること……もとい教えは何でも従おうぞ」


>……ドラゴンは知識も高いと聞いていたけどこういうのは苦手みたいね……このドラゴンそれが通じるとでも思っているのかしら……


「……」


>ほら、いくらなんでもこんなあからさまなの通じるわけないじゃない……イネス君も呆れているし……



「なんと素晴らしい!」

「……え?」

「まさか魔物であるあなたと分かり合える日が来ようとは……主神は喜んでおられます!」


>なん……だと……


効果ありとわ解るとウルスラの訴えは続く。

「主様、主様の妻になりたいのは最も主様の近くで教えてもらいたいからでもあるのだ……。我もドラゴンであるからな、プライドは高い。ちゃんと自分の認めた相手に指導鞭撻されたいのはもちろん、きっと素直に受け取れないのは目に見えていのだ……」

「なんと……なんと……そこまで考えて……確かに魔物であるあなたが主神の教えに従うこと自体類稀なること……改心しただけでも素晴らしいことであるというのに私は制約制約と……失礼なことをしてしまったようですね……」

イネスがわなわなと震えている。
その眼は潤み、表情は歓喜と感動に満たされている。

「主様! 我は主様にもっと多くを教えてもらいたいのだ!」

「ウルスラさん! わかりました、私と共に来ると良いでしょう!」

「主様!」

「ウルスラさん!」

二人は駆け寄りひしっと抱き合う。
そこは離れて見れば魔物が神父に諭されて改心する感動的シーンであったが……


>うそ……でしょ……だってあのドラゴンが……


ハッとしてウルスラの顔をよく見るニア。
そこには至福の色に染まったウルスラの顔が見える、そこはいい。
涙に目を潤ませている、それもいい。
頬が上気している、まあ頷けないこともない。
しかしどことなく目が蕩けて惚けているように見えるのは気のせいか。
口の端からよだれがチラついているのは気のせいか。

ジュルルッ

あ、啜った。


>うーん、何だか怪しいですけど……この者が魔物にも主神の教えの下に膝まづかせ従えることができれば主神もお喜びになるはず……一応の成果が出るまで様子を見ておきましょうか。彼には恋愛とか性とかより自分の使命の方が命なので大丈夫でしょうし……一応気をつけておかないと……


>やったやった、ついに我は見つけたぞ! こう見えても我とて雌、つがいを求めるのは当然のことである! むふふふふ……この男が神父であるので拒絶されたときはどうしようかと思っていたが……これでとりあえず近くにいられる。エンジェル含め主神の教えとやらは真っ平であるが主様の傍にいる条件であるというなら仕方のないこと、甘んじて受けようぞ。うふふふふh……主様主様主様! 我をここまで追い詰めた責任、しかと取ってもらうぞ!


などと両者が考えている中、


「先生は我らが全く太刀打ちできなかったあのドラゴンに打ち勝ってしまったぞ!」

「うむ、やはり我らを蹴散らした動きを見せた際に只者ではないと思っていたが……」

「動きは単調なのに強靭な肉体がそれを可能にしている」

「これが主神の教えを受け信仰を絶やさぬ者の力というのか……」

「あの実力なら天使様を遣わされるのも頷ける」

「「「「うむ」」」」

「我らも先生の教え子として多くを学ぼうではないか」

「「「「応!」」」」

つい最近顔見知りになったばかりである男たちの中に団結が生まれていた。



「(神父様はすごいなぁ、あのドラゴンにすら勝っちゃうんだ……僕も神様の教えを守ればあれくらい強くなれるのかな?そしたら一人でもちゃんと生きていけるかな?ようし……!)せんせーい! 僕にも神様の教えを教えてくださーいっ!」

子供は追いかける目標を捉えていた。



 それから一週間、イネスは村に滞在していた。
昼は主神の教えを語り、夜は何やら遅くまでせっせと作業をしていた。

 男たちは主神の教えを学び、空いた時間は手始めは宿屋の修理と贖罪のため村のに奉仕した。

 レトはいつも「先生先生」とニコニコしながらついてくる。

 ウルスラはイネスの話は少しでも聞き漏らすまいと耳を傾け(内容よりイネスの声を楽しんでいる感があるが)、隙あらば抱き着こうと接近する。
それだけならまだ何も言わないが今がチャンス!とばかりに飛びつくと聖典に撃墜される。
最初は悔しそうにしていたがいつまでも諦めないところを見ると途中からそのやり取りにも楽しみを覚えだしているのかもしれない。

 ニアはドラゴンの誘惑にいつイネスが落ちるかとハラハラしていたが彼の迎撃が揺るぎないのでいつしかその流れを微笑ましく思う自分すらいるようになっていた。



そして一週間後。
朝に男ら五人を集めていた。

「「「「「どうしたんです先生?」」」」」


>もうこいつら五人兄弟だったんじゃないかって思うほど息が合っていますね……


「これを」

そう言ってイネスが取り出したのは五冊の本。

「先生……これは?」

「聖典の写しです。私が書いたので読みにくいかもしれませんがこれからも良く生きてください」

「おお……なんと先生……では?」

「はい、私がここに留まっていたのはこれを作っていたからです。私はここから去るのであなた達がこれからも主神の教えを学べるようにと」

「「「「「ありがとうございます先生!」」」」」

各々が涙ながらにこれから村に対しての行いに報いることを誓う。
彼らと別れを交わしイネスは一週間寝泊りしていた宿を離れた。



次に村の入り口で村長筆頭に村の人々たちがイネスを囲んで集まっていた。

「今までありがとうございました。お世話になりました」

「顔をあげてください神父様、我々にとってあなたは返そうとも返し切れない恩がありますじゃ」

「いえ、私がここに来たのも主神の導き。感謝すべきは主神であり、私はその御心を示しただけです。それに何よりこんなに食料を分けていただいて……」

「数日分しか用意できませんでしたがこれが我々にできる精一杯の恩返しですじゃ。許してくだせ」

「十分ですよ、村長殿。主神はいつも我々を見守っていてくださっています。良く生きていれば必ず助けてくださいます」

「……ありがとうございます。これからも村一同主神の教えを守り、良く生きていきますじゃ。おや……レトはどこに行ったのかな? あんなに神父様に懐いていたのに」

「きっと、別れが寂しいんでしょう。そういえばウルスラさんもいませんね」

「彼女は魔物です。やはり一緒にいるのは難しい、ということなんではないですかね?」

後にいたニアが答える。

「そうですか、それなら仕方ありませんね。彼女がこれから良く生きてくれることを祈りましょう」

「そうですね」

「では村長、私たちはこれで」

「ええ、御達者で」





「次はどこに行きましょうか天使様?」

「それはあなたが決めることですよ。あなたが行く先に私はついて行って観察するだけですから」

「それもそうでした。あ、でもその前に教会の方に報告に行かないといけませんね」

などと話していると

「神父様―!」

振り向くとレトが追いかけてきていた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……やっと追いついた。僕も連れて行ってください! もっと主神の教えを聞きたいです!」
 
「いや、しかし私行く先も特に決めてないですし途中盗賊とかに襲われたら危ないですよ? それなら大きな町の教会に行った方が……」

「町の神父様は頭硬くてつまんないんです。神父様といた方が面白そうですし……神父様みたいに僕自分の身は守れるくらい強くなりたいんです!」

「それなら教会の兵士にでも……」

「神父様〜、僕は兵士になる気はありませんよ。それに神父様はドラゴンに勝てるくらい強いんです。教会の兵士になるよりよっぽど良いですよ」

「しかし君は村の人間で……」

「前にも言ったじゃないですか、村はもう追い出されているんです。それに今回の件で許されたとしていても僕は神父様について行きたいんですあなたからもっと様々なことを学びたいんです」

「ふむぅ……」


レトをどうしようか考えていると不意に日が陰った。
否、空は晴れている。つまり……

「主様ーーーーーー! 我を忘れるでないぞーーーーーー!!」

体を大の字に広げてウルスラが落ちてきた。


>ふっふっふ、これなら我を受け止めざるを得まい! まぁ避けても翼で空気抵抗を変えて主様のもとへ一直線であるがな!


上を向いてイネスが気づいた。

「あ、ウルスラさん。遅かったですね〜」

「(えっ、もしかして主様妻である我を待っていて……!?)主様ーーー!!」

満面の笑みでウルスラが抱き着こうとする。

「危ないですよー」

「我の想いは止まらんのだーーー」

ゴッ

ウルスラはイネスに受け止められた。
ただし顔面を、聖典で。

ドサッ

「レト君が」

「う、うむ……これからは気を付ける」

「「ぷっ、あははははっ」」

「それにしてもウルスラさん。まさか本当に来るなんて……」

「何を言うか! 我は主様に死ぬまで、いや死んでもついて行くのであるぞ?」

「しかしウルスラさん、貴女は魔物であるので町ではその姿は目立ち過ぎてしまいますよ? 私みたいに姿を消せるわけでもないですし……」

「ふふふ、誠に……誠に癪であったが我の知り合いに頼んでな、とある魔法道具を手に入れてきたのだ。見るがいい!」

ウルスラが腰に括り付けていた袋の中から何やら皮のバンドのようなものを取り出す。
首に巻き付けたそれはチョーカーであり、真ん中に一つの宝石がついていた。
彼女は宝石に手を当てると魔力を流し込む。魔力の量と比例して宝石の中に光が宿る。
輝きが満たされると同時に一度強く発光し皆が目を塞ぐ。
そして目を開いたとき、そこにいるのはウルスラそっくりの長身の美しい女性……ではなく、ちんちくりんの子供がいた。

「ふっふっふ……どうであるか主様! 我の溜め込んでいた宝全てと引き換えに手に入れたこの魔法道具の性能は!」


>魔物は基本的人間で言う服を着ていないからな、『しまった!服を着ていないのであったわ』

とでも言えば不可抗力である。そして我の肢体をみて主様もこれでイチコロなはず……むふふふふ!


「「「……」」」

「うむ? どうしたのだ……?」

ウルスラが得意気な顔で胸を張っていると自分の姿に対する驚きが想定していたのと違うことを感じ取る。
うっすらと目を開け彼らを見たとき、違和感に気付いた。

「む? なんだかいつもと視点の位置が違う気が……なんで我がエンジェルはおろかそこの子供にまで見下ろされているのだ? ……なっ!?」

彼女の姿は美しい髪の色はそのままに将来性を感じさせる整った顔立ちのある10歳になるかどうかの人間の子供の姿になっていた。

「な……なん……だと……」

ぺたぺたと胸を触ってもそこには形の整った張りのある胸は存在しない、あるのはこれから成長するであろうという兆しのある膨らみかけの胸が。
さわさわと尻を触ろうともそこには絶妙なラインの肉付きは存在しない、そこには脂肪の柔らかさではなく若さゆえの肉の柔らかさが。
ぷにぷにと顔を触るがシャープな整った顔のラインはなく絶妙にバランスの整った顔のパーツはそのままにぷにぷに童顔になっていた。

「まぁ……ぷぷ……これなら……ぷっ……普通の人は彼女がドラゴンであるなんて思いもしないでしょうね……ぷぷーっ、あはははははっ」

「我の……体が……」

愕然として周りを見るとレトは驚きのあまり固まっていて、ニアは後ろを向いて肩を震わせている。
イネスは何やら紙を手に取りそこに書いてある分を読んでいる。

「えーと、

『チョーカーを首につけ、魔力を石に込めてください。
 石に魔力を込めた量に応じて人間に変化していられる時間が変わります。
  注:これはまだ試作段階なので多少誤作動等があるかもしれませんがご了承ください。
    また、魔力量の多い方ほど誤作動が起きやすくなります。                』

 だそうですね。これをどこで?」

「む、なんだ……そなたも笑えばよかろうに……古い知り合いのバフォメットだ……」

「あっ(察し)」

ニアが気の毒そうに憐みの目を向けた。しかし口の端がヒクヒクしている。

「何ということなのだーっ! おのれあいつめぇ……!!」

地団駄を踏んでもなんだか微笑ましく見えてしまうのは気のせいか。

「まぁまぁ、ウルスラさんとりあえず服を着てください。私のシャツでいいですか? 生憎他のがなくて……」

イネスが大きな背負いから服を取り出し、ウルスラに着せる。

「うぬぬぬぬ……むがっ、ふんっ。誇り高い我がいったい何でこんなことに……(あ、主様のにおいがする……)///」

ウルスラがとろんと顔の筋肉を弛緩させにやける。

「ま、まぁ、服がないから仕方ない。主様の服を拝借しようぞ(我の肢体で誘惑する試みは失敗したが……まぁこれはこれで良しとしようではないか! むはははは)スーハースーハー」

「まったく二人とも仕方ないですね、こうなっては置いて行った方が心配ですし連れて行きましょうか天使様」

「まったく、レト君はともかく本来ならウルスラさんのような魔物が神父と共に行動するなんて大問題ですが……私がしっかり監視して改心できるか見定めてあげましょう。今のところ害もないみたいですしね……ところでなんでウルスラさんはそんなところにいるんですか?」

気づけばウルスラはするするとイネスの背負いの一番上に登り、座っていた。

「まだ元に戻るまで時間はあるしせっかくだから主様に一番近いところにいようと思ってな。それに何よりこの姿では空は飛べないし、体格差がありすぎて歩きにくいのだぞ?」

「はあ……」

「別に私は構いませんよ。別に重くはないですし。レト君も登りますか?」

「僕はちゃんと歩きます!」

「ふふふ、そうですか」

傍から見れば兄弟の微笑ましい光景に見えたかもしれない。

「じゃあみんなで行きましょう。天使様、人数が倍になって賑やかになりますね」

嬉しそうに笑うイネスの姿にニアもいつの間にか微笑んでいた。

「あ゛」

イネスがふと何かを思いつき立ち止まる。
その顔は深刻な悩みを抱え今にも天に祈りを捧げて助けを求めだしそうな色になっていた。

「どうかしましたかイネス君?」

「これからの食費……どうしましょう……」

「「「あ……」」」
13/12/18 23:32更新 / もけけ
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■作者メッセージ
どうも、お久しぶりです。もけけです。

ふらっと「ドラゴン聖典でぶっ叩く神父様の話が読みたいな」って思ったことから始まったんですけど
これ書こうとすると「ただ強けりゃいい」みたいになりそうだったのでキャラを立てたつもりです。(異論・不満バッチ来い)

今回はちょっと戦闘シーンに挑戦してみました。
何をどう書いて良いか全然よくわからないかったので物足りなく、違和感を感じてしまう方がいるかもしれませんが…優しく見守ってやってくださいm(__)m


そして見てくださった方々に最大の感謝を!


結局五人組の持ち物は、盗られたまま全部一緒にウルスラのチョーカーの代金になりました。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33