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兎に角走る

今日もショートソードを手にして特訓をする。
少年は武器に振り回されないように力をつけるため。
私は武器を壊さないように加減を覚えるため。
理由は違うけど目的は同じ。
だから二人並んで剣を振る。

少年は力を使い果たしてくたくたになるまで剣を振る。
私はキリのいい所で中断して、小枝を集めたり兎を狩ったりする。
剣で狩れたらいいけど、そうも行かない。
最近の成果は、食べる所を残す確率が増えた事。
私も少しずつ狩が上手くなってきた。

「君が兎狩りをすると前まではたくさん木が倒れていたけど。最近は減ってきたね」
塩を塗りこんだ兎の芳ばしい匂いが立ち昇る。
香草も追加したいけど、この辺りには生えていない。
あの宿屋のお兄さんから貰った香草を思い出すと、ちょっとわびしくなる。

「最初は何事かと思ったけど。君は無事に帰ってくるし」
今日の兎は脂が乗っている。
パチパチと脂が弾けている。
「あれだけの騒動に気づいていなかったみたいだし。たぶん、近くに大きな魔物でもいたんだよね」

後は焼けるのを待つだけ。
後は焼けるのを待つだけ。
後は焼けるのを待つだけ。

「あはは。本当に食いしん坊なんだから。ほら」
少年が私の口元を布で拭う。
首をかしげる。
「もう少しの辛抱だからね」
うなずく。
後は焼けるのを待つだけ。

兎を焼き終わったら、食べる。
ただそれだけのことだけど、少年と待つ時間はとても長い。
少年はしっかり焼かないといけないという。
でも少しくらい早くても、取れたての新鮮な兎だから鮮度は問題ない。

でも、少年はもう少しだけ、と意地悪をする。
私は仕方がないので、焼きあがるのを待ち続ける。

「うん、これくらいならいいかな。食べていいよ」
私は少年の言葉を最後まで聞いてから、焼けた兎肉を食べる。
「急ぎすぎて喉を詰まらせないようにね」

以前、少年が余りにも待たせるので、ドラゴンの時の様に丸呑みにした事があった。
喉が詰まって大変だった。
さすがに今はもう大丈夫。
ゆっくり噛んで飲み込む。

「もう食べ終わったんだ。早いね、ほんとうに」
私はパンを齧りながら首をかしげる。
「それだけ食べるのが早いなら、お腹も空くんじゃないの?」
お腹は空くのかな。
首をかしげる。

実際、ドラゴンはたくさん食べるけど、長い間食べなくてもいい。
お腹が空くかもしれないけど、食べ物があったら食べる。
幾らでも食べていいよといわれてテーブルのものを全部食べたら、父様は苦笑いしていた。
ドラゴンは本当にたくさん食べるなぁって笑ってた。

「ごはんー。ごーはーんー」
どこからやってきたのか。
白い魔物がひょっこり顔を出してきた。
「ごはんちょうだいー」
「うわ、魔物だ! えっと、ご飯はないよ!」
「ごはんー。ごーはーんー」

白い魔物が私たちの周りをとび跳ねる。
長い耳が、撥ねる度に大きく揺れている。
「えっと。ないものはないんだよ!」
「ごーはーんー!」

……姿を見る所からすると、ワーラビット?
お腹が空いているみたいだけど。
「えっと、これ食べる?」
少年が焼いた兎肉を差し出す。

「ん? くんくん。うー、おにくやだー!」
また跳ね出した。
肉嫌いなのによりにもよって。
少年、気づいていないから出来るんだね。

私はパンを千切って差し出す。
「ん? くんくん。これ、おいしそー」
ワーラビットがパンを両手で受け取って食べる。
「この子、お肉が嫌いなの?」
うなずく。

「このお肉美味しいのになぁ」
少年が兎肉を食べる。
ワーラビットの隣で。
この事実を伝えるべきか否か。
すごく悩む。

「おなかすいたー。もっとたべるー」
首を横に振る。
少年が自分の分を出そうとするので、手で止める。

「え、どうして」
少年、明日から何を食べるつもり?
「えっと。お肉とか、魚とか」
近くに川はない。
お肉もたくさん取れるわけじゃない。

「う、えっと。でもさ、この子だってお腹空いているんだし」
少年もお腹を空く。
「おーなーかーすーいーたー」
ワーラビットが少年に抱きついて跳ねる。
この魔物、じっとすることが出来ない?

食べ物、どうするかな。
叩いて静かにさせようかと悩むけど、少年がきっと怒る。
せめて鼻の効く魔物がいれば、人参とか野草とか見つかるのに。

「あれ、なんだろうあの大きな花」
「たべれるー? おなかすいたー」
少年が首をかしげ、ワーラビットは少年に抱きついたまま跳ねる。
匂いで確認。
なるほど、あれか。

あれは根が食べる事が出来たはず。
聞いた話だと、根の先端が食べれる。
「ほんとー? たべるたべるー!」
少年から離れるワーラビット。

そして私は少年の腕を掴んで全力で走る。
「え? え?」
兎に角走る。
聞いた話が本当なら、聞いてはいけない傍にいてはいけない。

走って気づけば村に着いていた。
後方の森で甲高い悲鳴の様な音が聞こえた。
ちょっと危なかった、かな。

「どうしたの。あの子置いていっちゃって」
ごはんを食べるから。
おなかすいた。

「はいはい。早く宿に行こうね」
うなずく。

「えっと。ところで」
首をかしげる。
「なんでずっと抱きついてるの?」
首をかしげる。

声の効果はよくわからなかったけど、私にも効果が合ったのかな。
声を聞いてからずっと、寝るときもずっと。
私は少年に抱きついたままだった。

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13/01/20 00:43 るーじ

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