連載小説
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陽動する宇宙恐竜 健気なる蝿姫
 ーー王魔界・魔王城ーー

 勇者とリリム父娘からエンペラ一世を庇うかのように彼の影から突如現れた貴婦人。その姿は亡くなった彼の妻、『ソフィア・ヤルダバオート』に瓜二つであった。

『お願いです……もうこれ以上この人を傷つけないで……』

 内でも外でも状況が刻一刻と激変するという切羽詰まった中、突然の闖入者に困惑するエドワードとミラ。悲しげな表情で懇願する女の姿に躊躇する以上に、彼女の姿形がソフィア皇后その人である事に戸惑ったのである。
 ソフィア皇后が亡くなったのはエンペラ帝国の崩壊の数年前であり、それは最早『亡くなって久しい』どころの年数ではない。ならば、この場で蘇ったのか、それとも『別人』なのか。

「貴方は……一体……」

 苦しむ皇帝を警戒しつつも、次々に湧く疑問を解消すべく、目の前の女に問いかけるエドワード。かつて妻の所有する絵画の中に、生前のソフィア皇后を描いたものがあったが、彼女の姿はまさにそれそのもの。

『……私は………』

 エドワードの問いかけに答えづらいのか、言い澱む女。

『ぐ…ぬぅう……!』
「「!!」」
『ぬぅうぁああ!!!!』

 しかし、父娘は彼女の返答を待つことは出来なかった。エンペラ一世がどうにか幻覚の解除に成功してしまったからである。

『………!!??』

 胸に真一文字に拡がるおぞましい感覚に不快感を覚えながらも、極彩色で塗り潰された視界が段々と晴れ、先ほどと同じ風景に戻っていく。だが、そこに一人増えた人物の姿を視界に捉えた瞬間、皇帝の心は例えようもない衝撃を受けた。

『………………!』

 一刻でも早く脱出すべき危機的状況でありながら、皇帝は茫然自失となり、目の前の女を凝視するばかり。しかし、それも無理からぬ事であろう。
 前魔王からの呪いを肩代わりしたが故、皇帝の代わりに命を落とした愛する妻。その犠牲に皇帝は深く感謝しつつも、一方で己の死の間際まで悔い続けていた。

((………………))

 永遠に別れたはずの夫婦の再会に水を差すーーまったくもって無粋である。魔王の夫として、魔王の娘のリリムとして、本来ならば祝福したいところだが、この状況がそれを許さなかった。
 今皇帝に逃げられれば、魔王軍だけでなく世界中の魔物娘に犠牲が出る。完全な無防備となった今この場において、それを指を咥えて見過ごす道理はなかった。

『………!』

 だが、彼女はそれをさせまいとしている。

「ーー!」

 しかし、女のそんな思惑を無視してエドワードは動いた。常人、いや手練の魔物娘とて『その場から消えた』と判断するほどに素早い身のこなしで放心状態の皇帝に斬りかかっていた。

「!」
『………』

 だがそこで間一髪、エンペラ一世の振るった鉄棍が魔王の夫の刃を受け止め、弾き返した。それを見て取ったミラも再び幻術を行おうとするもーー

「っ!」
『無駄だ』

 一度喰らった皇帝に最早同じ術は効果をなさない。魔力で押し包まれるも、刃を弾き返した後、すかさず床に叩きつけた鉄棍によって魔力も術も霧散してしまった。

『それにしても不愉快な手を使うものだ』

 突如現れた女をちらりと見やると、皇帝は父娘へ実に忌々しげに語った。

『救世主とはいえ、余も人間。亡き妻を想う心があるのを利用したか』

 そう言われ、父娘は一気に不愉快そうな顔になる。そういった情に訴え、人の心や愛を弄ぶようなやり方は魔物娘が一番嫌うものであるからだ。

『余の妻ソフィア・ヤルダバオートは死んだ。余や帝国軍の将兵と違い、蘇る事はない』

 そんな二人に普段の彼らしからぬ、どこか悲しそうな様子で妻の死を語るエンペラ。それにしても、彼等と違い蘇らぬ理由は何故なのか? それを父娘は訝しんだ。

『かつて余と帝国が死闘を繰り広げた貴様等の先主である前魔王。奴は実力での余の打倒が不可能だと見て、それ以外の方法に切り替えた』
「……存じている。魔術を極めた僕の妻でも真似出来ないほどに強力な呪いだと」

 現魔王はこの世に並ぶ者無きほどに魔術を極めた者。それはエドワードもミラもよく理解している。
 しかし彼女の信条から、『呪殺祈祷』などの対象者を死に追いやる、あるいは不幸にする術全般を禁忌とし、あえて身に着けていない。だが、それを抜きにしても、前魔王の禁術のいくつかは現魔王でも身につけられぬほどに高度で、そしておぞましいものだという。

『そうだ。メフィラスの見立てによれば、救世主である余でも恐らく保って二年。それほど強力な呪いだった………』

 エンペラはかつて呪いに蝕まれ病床に臥せった晩年の日々を思い出し、天井を見上げた。

『当代最高の魔術師である“魔術師元帥(グランドマスター)”メフィラスの力をもってしても解呪は不可能だった………だが、余は生き永らえた。
 かけられた呪いの半分を余の妻が肩代わりした事でな!』

 解呪の手立てはなく、死を待つだけかと思われたエンペラ。しかし、メフィラスが発見した唯一の解呪法はあまりにも残酷なものだった。
 いくら傲岸不遜で冷酷なエンペラとて、長年連れ添った愛する妻を犠牲にして生き永らえようという気は起きなかった。『これも運命』として大人しく死を受け入れようとした皇帝だが、妻は夫の命、さらには覇道帝業が志半ばで絶たれる事を悲しみ、その呪いの半分を肩代わりしたのである。

「……それも存じている」
『何故魔術の心得もない妻がそんな真似が出来たのかは余も知らぬ。けれども、結局のところ犠牲を最小限に出来るのも我が妻だけであった………』

 前魔王の呪いは当然半端なものではなく、仮にかけられた呪いを分散させるにしても数十万人を死に至らしめても尚尽きぬほどというものであった。その上魂を蝕むタイプで、一度蝕まれれば輪廻転生の輪からも外れてしまい、地上で未来永劫彷徨う事になるという。
 そんな呪いを何故妻一人で半分もの量を負担出来たのかは定かでないが、何にせよそのおかげでエンペラ一世が十年近く寿命を延ばせたのも確かである。

『そして妻は前魔王の呪いを帯びた事で魂は汚染された。輪廻転生の輪からも外れてしまい、来世もなく、そしてあの世に行くことも出来ず未来永劫その魂は地上を彷徨う事となった!』
「「………………」」

 皇帝と帝国軍は蘇ったが、ソフィア皇后を蘇らせる事は出来なかった。ソフィアの魂には前魔王の呪いが刻まれているため、蘇ったところで結局地獄のような苦痛に身を苛まれるだけである。下手をすると蘇っても一時間もせぬ内にショック死する事さえ考えられた故、結局魂の状態で放置するしかなかった。
 それが皇帝にとっても帝国にとってもどれだけ無念であったことか。この父娘にも察してあまりあるものであった。

『そんな妻が今この場で何の不都合もなく蘇るはずがあるか!! 故に此奴は偽物だ!!!!』
『………………』

 女はそんな皇帝の主張を否定せず、悲しそうな顔で見つめた。

(やはり……)
(本人じゃないのね……)

 父娘もそんな彼女の態度から、やはりソフィア皇后本人でないと感づいたのだった。

『それにしても、よく出来ている。実に精巧にな』

 彼女を偽物だと断定しはしたが、それでも夫だったエンペラ一世もしばらく気づかなかったほどに容姿はそっくりである。

『………………』
『だが………故に悪質でもある! 余に対してもソフィアに対しても、これ以上の侮辱はあるまい!!』

 けれども、極めて精巧だからこそこの“贋作”の存在はエンペラ一世にとって甚だ不愉快で悪質だった。上っ面の姿だけ完全に再現し、二度と叶うはずのない出会いの演出した事は、彼の妻に対する想い、さらにはソフィア本人を侮辱した行為に他ならない。
 魔物をこの上なく憎んでいる皇帝だが、特に妻の死については敏感である。だからこそ今の怒りは尚更深かった。

『此奴がどんな魔物かは知らぬ。だが例え誰であろうと、たかが足止めのためにわざわざ余の亡き妻の姿を模し、その尊厳を踏み躙った事は断じて許せぬ!!!!』

 憤怒の形相を浮かべた皇帝は女に鉄棍を向け、その先端に魔力を収束する。

『ソフィアの姿をした魔物よ、確かに上っ面だけは“そのもの”だ。余も一瞬妻との在りし日々を思い出した』
『………………』

 愛する妻との輝かしい日々を思い出したエンペラ一世だが、悲しいことにそれ以上の怒り、さらには絶望を抱いたのだった。しかし、女はそんな彼を慮り、宥めるかのように生前の妻と同じ微笑を彼に向けたのである。

『………ッッ!!!!』

 断じて許さぬと決意したはずの女の微笑みは生前の妻そのものであり、在りし日々をまた思い出させるものだった。そんな彼女に皇帝は歯噛みし、愛憎入り混じる思いに体を震わせた。

『上辺だけ繕った不愉快な贋作め!!!!』

 このように贋作と何度も蔑むも、内心に躊躇いはあった。本人でないと理解してはいても、愛した亡き妻と同じ姿をした者を殺すのは抵抗があったのだ。
 だが、振り切らねばならない。己はこんな所で捕らえられ、一生を虜囚として過ごす男ではないのだ。
 例え妻と同じ姿をしていようと敵は敵。所詮は彼を捕らえ、彼の隙を狙うだけに亡き妻の姿へ化けただけに過ぎない。そう思い直した皇帝は迷いを振り切るべく、鉄棍の先端を女に向け、魔王城を吹き飛ばしかねないほどの魔力を収束させた。










 エンペラ一世が魔王に敗れた際、何故エンペラ帝国軍の介入が無かったのか? その答えは至極単純、ダークネスフィアへの侵入と同時に魔王本人がそれを妨害していたからである。
 魔王としては例え己一人で帝国軍の全軍を相手にしたところで負ける気はしなかったが、それでも敵の数が出来る限り増えないにこしたことはない。故に魔王は戦いの最中であっても異界への出入りを封じ、帝国軍の加勢が出来ないようにしていた。
 そのため、エンペラ帝国軍も皇帝の戦況が不利に陥っても加勢出来ず、主君が敗れて連れ去られるのを防げなかった。戦いの最中には魔王のせいで異界の中の様子を探るのが精一杯で、皇帝が惜敗し、拉致されるのを彼等は指を咥えて見ているしかなかったのだ。その上魔王の後始末も巧妙であり、魔力の痕跡を追うことも出来なかった。
 ダークネスフィアは問題なく存続しているため、主君の無事こそ分かってはいるが、それでも世界の何処にいるかまでは分からない。数ある魔界の中にはダークネスフィアと同じく異次元に存在するものもあり、『不思議の国』などはその筆頭であるが、そういった魔界への侵攻はメフィラスとヤプールのおらぬ今の帝国軍では極めて困難であった。





 このように最早打つ手なし、このままエンペラ帝国の滅亡かーーと思われたが、事態は急変する。

『各軍は大至急戦地から引き上げられたし。そして準備が整い次第、王魔界へと攻め込め』

 不幸中の幸いというべきか、王魔界へ命懸けで潜入させていた密偵達からの報告により、魔王が皇帝の身柄を置いたのは王魔界であることが発覚した。敵の本拠地であるが異界ではなく、以前に何度も教団圏の国の軍隊が何度も攻め入った実績があるーーが、それが成功した試しはない。しかし、それでも彼等はやることにした。

『どんな手段を用いようとも、どれほど犠牲を出そうとも、我等の皇帝陛下をお救いいたせ!』

 皇帝も捕らえられたままではない。魔王城での皇帝脱獄の報は既に民衆へと伝わりつつあり、それを伝え聞いた者の中にはエンペラ帝国軍の密偵も混ざっていた。彼等はインキュバス化する前のギリギリの時間でその情報を伝えるために脱出し、それから程なくしてエンペラ帝国軍の大軍が殺気を漲らせながら王魔界へと攻め入ってきたのである。










 ーー王魔界・サキュバスの城下街ーー

『これが奴等の都か!? 大気も街並みも皆なんと汚れきったことか……!』

 中心街より遠く離れた街外れ。そこでは招かれざる大勢の客達が白刃を手に取り、怒りと憎悪と怨念を土産としてやって来た。

『このような吹き溜まりが世界のあちこちに急速に増えつつあるというのか。こんな物が増え続ければ帝国の世界制覇、いや人類の繁栄など夢のまた夢だな……』

 世界随一の歓楽街でありながら、彼等の格好も行動もあまりにも場違い、実に似つかわしくないものだった。
 しかし、各人はそんな事など微塵も気にせず、その人間を遥かに超える長い生涯の中で培った蛮勇を振るう。

『ならば我が力をもって何もかも全て吹き飛ばす他あるまい!
 ーーそぉれそれそれ! 降れや大雨! 吹けよ大風! 押し流せー吹きとばせー!』

 王魔界では本来起きるはずのない異常気象。凄まじい大雨と大風が家屋も住民も皆悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばし押し流し、壮麗な街並みをあっという間に瓦礫へと変えていく。
 その原因たる台風、そしてその中心にいるのは水色の鉄笠を目深にかぶった一人の男。

『バリバリバリバリ! 皇帝陛下の築く、神も魔も亡き新たなる世界! その実現のためにワシも身命を賭し、存分に働こう!』

 エンペラ帝国軍氷刃軍団・バリケーン隊隊長
 “暴風前線”バリケーン・シュツルム

『瘴気も瓦礫も吹き飛ばし続けて尚尽きぬ! 台風一過にはまだまだだな!』

 彼の歩みと共に台風は何もかも薙ぎ倒し、何者をも寄せ付けなかった。










『へぇ、魔物の分際でなかなか良い家に住んでるじゃないか』

 人間に仇なす下等生物の分際で、生意気にも立派な家に住み、さらにはそれらが軒を連ねて街となっている。

『気に入らない』

 『魔物の巣』がそのように繁栄する様は、この男にとって甚だ不愉快であった。
 故に気に入らない。魔物が繁栄するなど人類にとってあってはならぬ事なのだから。

『ーーなぁっ!!!!』

 『この眼前の全てを即座に破壊せねばならない』と決意した男が投擲するは、人の胴よりさらに大きい、大輪の花を模した巨大な手裏剣。男が勢い良く投げつけたそれらは住宅街を真っ二つに両断していく。

『さぁ、良い子だから出ておいで』

 エンペラ帝国軍氷刃軍団・ケンドロス隊隊長
 “剣輪草”ケンドロス・チャクラ

『そうすれば、こちらも楽だからね』

 残忍な笑みを浮かべた屈強な男は巨大な手裏剣を手の上で回しながら、家々の間を練り歩く。そして時折手裏剣を放り投げ、家だろうと生き物だろうと切り裂いていった。










『ぬおおおおっ! カッー!』

 四百年以上を経ても忘れられぬ、あの地獄の戦場ーー首都インペリアル防衛戦での壮絶なる帝国軍の戦い。
 彼は悔い続けたーーあの日も魔物を滅ぼしきれず、それが今日の世界の惨状を招いてしまった事を。それ故に彼の怒りと怨念は尚も尽きず、未だ滾り続ける。

『焼き尽くせ【シャイニングヒート】!!!!』

 男はそれらの負の念を己の体内で変換し、全身より凄まじい熱波として放つ。全方位へと放たれた不可視の灼熱は触れた物質を全て爆発炎上させ、淫靡なる王魔界の一角を一瞬で焦熱地獄へと変えた。

『無念も、因縁も………そして貴様等の命も全て!!!! 我が炎が焼き尽くす!!!!』

 エンペラ帝国軍爆炎軍団・バンデラス隊隊長
 “悲しみの太陽”バンデラス・アントニウス

『絶望しろ魔物ども!!!! 己が罪を悔い、そして虐げられ続けた人類の怒りと無念をその命で贖うのだ!!!!』

 悲しみが怒りに、さらには灼熱へと変わる。男は灼熱を放ちながら、虐げられ続けた人類の復讐のため、王魔界を灰燼と化すべく進み続けた。










 それは突然に起こった。そのせいか誰も気づかなかった。
 街も生き物も徐々に蝕んでいく高熱、いや『見えない炎』。どんなに燃えても見えはしない。
 誰かが気がついた時には既に手遅れだった。火の手は街中に及んでいたのだ。
 見えなくとも火である以上、可燃物があれば恐るべき速さで燃え広がっていく。

『ココココーン………』

 奇妙な笑い声を聞いた者もいたが、それどころではなかった。逃げ惑う者達は煙を目印に見えない炎をどうにか避けるのに必死だったからだ。

『見えないってのは楽だねぇ』

 こんな現象が自然に起きるはずがない。当然これは放火である。

『さて、仕上げといきますかい』

 エンペラ帝国軍爆炎軍団・ミエゴン隊隊長
 “狐火”ミエゴン・フォックスファイヤー

『やるぞお前ら』
『『『『『『『『はっ』』』』』』』』

 男の透明化能力は自身や部下達だけでなく、自然現象まで誤魔化せる。おまけに自分達だけそれを視認出来るときた。
 だからやりたい放題出来る。こちらが鉄砲でも大砲でも爆弾でも、およそ考えつくどんな武器や戦法を用いたところで、あちらさんは絶対に気づかないのだから。










『キュイキュイキューッ!!』

 石畳の下に超巨大な流砂が発生し、石畳とその上にある建物を片っ端から呑み込んでいく。豪華な旅館だろうと、立派なレストランだろうと等しく崩壊し、瓦礫となって地下へと消えていった。

『キュイキュイ!! いたる所がゴミだらけ! ここまで汚れていては目に余る!』

 そして王魔界で本来ありえぬその現象を操るのは、流砂の中心で上半身だけ出しているこの男。

『ならばオレが片付けて片付けて………全部キレイな更地にしてやろう!!』

 エンペラ帝国軍超獣軍団・アリブンタ隊隊長
 “異次元蟻地獄”アリブンタ・マラブンタ

『さぁ魔物(ゴミ)ども、掃除の時間だ!! 全てを蟻地獄の中に押し流してやるぜキュイキュイキュ〜〜ッッ!!!!』

 男は高笑いを上げながら、自身の巻き起こす流砂で地上にある何もかもを呑み込んでいった。










『ゴオオウウウウ〜〜!!!!』

 空に開いた異次元の裂け目より唸り声が轟く。

『攻撃開始!!!! 撃って撃って撃ちまくれ〜〜!!!!』

 先手必勝、魔王軍に反撃の機会を与えるなとばかりに、すぐさま『爆撃』は開始された。着弾と共に爆風が全てを吹き飛ばし、建物と大地も跡形もなく破壊する。
 想定外の場所からの出現に敵の対処も遅れた上、雨霰と降り注ぐ砲弾と爆雷、ミサイルの嵐の前には結局全ての努力が無意味であった。

『ゴオオウウウウ〜〜!!!! 虫一匹残すな!! 無人の荒野と化すまで爆撃しろ!!!!』

 次元の裂け目から一方的に砲撃を続ける部下達に無慈悲な命令を下すドレッドヘアーの男。さらには己も背中に背負った6連装魔導ミサイルランチャー及び前腕の3連装魔導ミサイルランチャーによるエンペラ帝国軍屈指の火力で容赦なく爆撃を行い、眼下の街を蹂躙する。

『壊せ!! 殺せ!! 奴等を街ごとこの世から消し去ってしまえ!!!!
 魔物の存在を後世の人間が疑うほどに徹底的にな!!!!』

 エンペラ帝国軍超獣軍団・軍団長補佐・ベロクロン隊隊長
 “歩く火薬庫”ベロクロン・ハープーン

『ゴオオウウウウ〜〜!!!! さて、ここらでシメのアレいくかい!!!!』
『『『『『『『『はっ!』』』』』』』』

 残忍な笑みを浮かべた男が後ろを振り返ると、それを合図に部下達は異空間の背後に用意していた巨大な爆弾を投下した。

『じゃあな生ゴミども!! 最後に俺達が用意した最高のブツをプレゼントしよう!! 威力の方はお墨付きだぁ! あの世でたっぷり宣伝を頼むぜ!!!!』

 そしてベロクロンが上空の異次元の狭間を閉じると同時に、『サーモバリック爆弾』が上空で起爆したのである。










『ジジジジジジ………バチバチ……ピー………………』

 不規則な電子音を鳴らすそれは闊歩する度に家屋を踏み潰し、そしてその度に大きくなった。不気味な事に、その巨体の周囲には無数の金属物が浮き、取り込まれていく。

『ガチガチ………ギギギギギギギギ………………』

 それは周囲の金属を片っ端から磁化させては引き寄せていた。鉄で出来た剣や銃はもちろん、窓枠、柱の鉄芯、バケツの金具、鍛冶屋の金床、あるいはフォークやスプーンといった食器までもだ。
 街中から金属という金属を吸い上げ、際限なく膨れ上がったそれはやがて空中に浮かぶ要塞を思わせるほどに馬鹿げた大きさへと成り果てていた。その途上で形成したのは不格好で不安定な四本脚であるが、それぞれが金属の塊であるので凄まじい重量があり、一歩踏みしめるごとに家屋が潰れていった。

『ピピピピーーピピピピーー………………』

 だが、“彼”はそれでも足りないと考える。所詮はガラクタと瓦礫の集合体、魔王軍の幹部級である高位種族の魔物娘相手にはまだまだ力不足だ。

『ダメダ………コレデハマダ……足リナイ………勝テナイ………』

 エンペラ帝国軍雷電軍団・バラックシップ隊隊長
 “不屈なる幽霊船”バラックシップ・クイーンズ

『モット殺シテ……奪イ………サラニ大キクナラナクテハ………』

 もっと圧倒的な巨体と重量、パワーを得なければーー金属の中心で鎮座する虚ろな表情の男はそう考え、さらに金属を集め、巨大化し続けた。同時に街を踏み潰し、薙ぎ払い続けたのである。










 その日、王魔界の一角で怪奇現象が多発した。

「うわぁぁぁぁぁぁ」
「きゃああああああ」

 空へ『落ちていく』者。逆に地面にめり込み窒息してしまう者。
 
「いやああああああ」
「にゃああああああ」

 何故か家の中が溺れるほど大量の水で満たされ、あるいは何処だか分からない空間にいきなり自分が居る事に気づく様。

「あれ、何も見えないぞ!? ちくしょう、今度は暗闇の世界か〜!」

 中にはバケツを頭にかぶらされただけでそう勘違いする愚か者がいたが、それはあくまで例外。
 その地区の魔物娘達は目まぐるしく変わるメチャクチャな世界に翻弄され、何が起きるのか全く予測出来ない恐怖に苛まれていった。

『♪』

 エンペラ帝国軍雷電軍団・ブルトン隊隊長
 “無限へのパスポート”ブルトン・フォウディメンション

「ああああああああああああああああ」

 やがて住人達は全員忽然と姿を消す。その行方を知るのはこの男のみである。










『………………』

 王魔界各地で死闘あるいは惨劇が巻き起こる中、この一角だけは静かである。不思議なほど、そして不気味なほどに静まり返っていた。
 本来、王魔界は世界一と言っても良いほどの歓楽街、不夜城と言うべきほどの活気を呈している。にもかかわらず、今日に限って深夜の山奥の寒村を思わせるような静けさであり、出歩く者もおらず、魔物娘達の嬌声も痴態も見られなかった。

『………………』

 そんな中、男はそこでただ一人佇んでいる。常に無言であり、時折身じろぎするぐらいである。
 今は暗黒魔界特有の強烈な淫魔の魔力を帯びた霧も無く、視界が非常に開けているためにそれがよく見えるのだ。

『………………』

 だが、この男の事をじっと見ていれば、その内これらの事態の原因が彼にある事が分かるだろう。
 静まり返っているが、大気は動いている。そう、この男を中心に。
 大気に充満する魔力も、生きとし生けるものの生気も全て、この男が余す所なく吸い取り、貪っていた。

『………………』

 エンペラ帝国軍貪婪軍団・軍団長補佐・バルンガ隊隊長
 “文明の天敵”バルンガ・シーピン

『………………』

 この男は他の帝国軍の戦士達と異なり、例え王魔界であっても大規模な破壊活動など行わない。しかし、ただ『存在するだけで』脅威なのだ。
 この男の体はどんなエネルギーでも無尽蔵に受け容れ、それを濾過・変換し、自分の物としてしまう。それは魔王の魔力でさえ例外でなく、王魔界でさえ単なる“餌場”に過ぎなかった。










『モグモグモグモグ………』

 焚き火の傍らで座る灰色の軍服の女は串に刺して焼いた肉を美味そうに頬張っていた。

『モグモグモグモグモグモグムシャムシャムシャムシャムシャムシャ………………』

 恐ろしい速さで咀嚼して呑み込んだそばから、肉を口内に詰め込み、また咀嚼して呑み込む。ひたすらその繰り返しだ。
 しかし、満面の笑みを浮かべているその顔は大変幸せそうであった。

『………………美ぉぉ味ぃぃひいぃぃぃぃ〜〜〜〜♥♥♥♥』

 一心不乱、無言で食べまくっていた女だが、時折こんな風に感想を述べる。

『柔らかくて甘〜〜いの〜〜〜〜♥♥ んも〜〜♥♥ いくらでも食べられそ〜〜ぅ♥♥♥♥』

 目を閉じ、芳醇な幸せに浸る女。王魔界の美味なる“食材”の味に、女の感動は増すばかりであった。

『姫様! こんな所で呑気に食べている場合ではありませぬぞ!』
『………んん〜〜?』

 『この時間がずっと続けばいいのに』ーーと思った矢先、部下からの無粋な提言で女の意識は現実に引き戻される。

『何?』
『我等の役割を忘れてはなりませぬぞ!』
『あぁ〜〜ハイハイ、分かりました働きますよ……働けばいいんでしょ………』

 食事を邪魔され、一転して急に不機嫌になった女は立ち上がるも、その姿に部下は圧倒される。

『………ッッッ!!』

 焚き火の傍らに置かれた数百本もの1m近い鉄串を見れば分かるように、この女は大食漢である。だが、それも無理からぬことだ。
 外見は文句なしの美女である。腰まで届くウェーブロングの銀髪に満月を思わせる金眼、非常に整った顔立ちでありながら人懐っこい笑みを浮かべる美貌に、線が細くも豊満なスタイルは魅力に満ち溢れている。

(相変わらずデ……デカい……ッッ! 何度見ても慣れん!)

 ただし、それは“縮尺”を除けばの話だ。立ち上がった女は巨象より大きく、2m近いこの男が立ったばかりの赤ん坊に思えるほどの超巨漢だった。目測で身長は7m強、初見の者では彼女の膝が心配になるだろうが、問題なく立てている。

『今何か失礼な事考えなかった?』

 男の態度から察してか、女隊長は男の顔面を上から覗き込む。

『いいえ! 滅相もございません!』
『ふ〜〜ん、まぁいいや………でも』

 女もそれ以上追求する気はないのか、興味なさげであるが………

『本当に失礼な事を考えていたら………キミも食べちゃうよ?』

 エンペラ帝国軍貪婪軍団・軍団長補佐・ボガールモンス隊隊長・ボガール一族参謀
 “高次元捕食姫”ボガールモンス・ディオーニド

『め、滅相もっ!!』

 巨体の部下が顔面蒼白で怯えるほどに、女の目は本気だった。

『アハハハハ! 冗談だよ。私も“人肉は”食べないもーん』

 女は再び笑みを浮かべるが、それは普段のように人懐っこいものでなく、残忍さと冷酷さを窺わせるものだった。

『ま、部下達が命懸けで戦ってるのに私だけ遊んでるのも確かにどーかなーって思うし、お仕事しますか!』
(皇帝陛下、さらには“伯父”の命が懸かっているというのに、なんと呑気な……)

 口に出せば自身も鉄串に刺して焼かれかねないため、部下の男は心中で愚痴った。

『ボガールモンス隊のみなさ〜〜〜〜ん!!』
『うわっ!』

 そこへ女が突然大声を出して叫び、体格に見合ったその声に驚いた男は慌てて耳を塞ぐ。

『殺したらばらしてお肉にして持ってきてね〜〜〜〜!!』

 あれだけ肉を平らげておきながら、女はまだ空腹だった。しかし、何の問題もない。何故なら、この王魔界には食べきれないほどの“食材”があるからだ。
 それを思うと、女は笑みと涎が止まらない。なにしろ、ここの者の肉は実に美味であったから。









 王魔界各地で大暴れするエンペラ帝国軍であるが、いくら彼等とてその中で無制限に行動出来るわけではない。四百年以上かけて周到に準備をしてきた彼等ではあるが、それでも淫魔の魔力への完全な対抗策を得る事は出来ていなかった。無謀無策の教団国家と比べれば長持ちはするが、それでもせいぜい良くて一日、隊長級の精神力で三日といったところである。
 けれども、それはあくまで“普通の”魔界の話。それらよりも桁外れに魔力の濃い王魔界では半分以下の活動時間となる。隊長級でも一日半暴れられれば相当保った方で、一般兵ではせいぜい九時間といったところか。もちろん、彼等もその事実は承知の上で王魔界にやって来ている。
 彼等は健気にも皇帝脱出の時間を稼ぐため、各自が王魔界の各所で派手に暴れる事で魔王軍の目を引きつけ、囮となっていた。彼等の数が多ければ多いほど魔王軍も相応に戦力を割かねばならず、それだけ皇帝に差し向けられる追手は減るのだ。

「やはり来たようね」

 そして、その目論見が見抜けぬ魔王ではない。元々皇帝奪還の動きを見越しており、予め普段よりも多くの戦力を王魔界へと集結させていた。それでも予想より大軍かつ、より分散していたものの、まだ民衆への被害の少ない内に制圧すべく各所に部隊を差し向けたのである。

「己の身も省みず健気だこと………でもね、悪いけれど彼は渡せないわ」

 しかし、それでも頭の内に沸く違和感。いや、それは予知というべきか。
 夫が直々に皇帝の捕縛にかかっているにもかかわらず、魔王にはこの事態がより悪い方向へと向かう予感があったのである。

「あの人もミラもやはり手こずっているようね……ここはやはり私もーーーーん?」

 一向に戻ってこない事から夫と娘の苦戦を感じ取り、玉座から立ち上がる魔王。しかし、ちょうどその時目の前で“直通ポータル”が開いたのに気づいた彼女は再びを腰を下ろしたのである。

「ああ、魔王陛下!」
「……クレアさん!?」

 夫から経路を聞いていたのか、ポータルから現れたのはなんとクレア。そして、その夫ゼットンもまた彼女に抱き抱えられていた。

「ゼットンの様子がまた変なんです!」
「!」

 視線をクレアの顔から抱き抱えられた義理の息子に移すと、確かに衰弱しているのが見て取れた。

「変ねぇ……前回の治療からまだ10日も経ってないのに」

 荒い呼吸でぐったりしていた息子の様子を訝しみながらも、魔王は息子を治療しようと近寄るもーー

「うっ!?」
「うわっ!?」

 途端、ゼットンの体から赤黒い魔力が噴き出し、魔王とクレアを弾き飛ばした。

「これはあの男の魔力!? 以前にこの子の魂の傷は封じたはず!」

 驚愕する魔王だが、皇帝が暴れている現状からすると得心はいく。恐らく一昨日のダークネスフィアでの戦いの際、応急処置で塞いだゼットンの魂の傷が開きかけていたのだろう。そして、今また再び皇帝がその持てる力を振るった事により傷が開き、魂の繋がりを通じて皇帝の魔力が噴き出してしまったに違いない。

(以前よりもさらに凄い量だわ! このままではすぐにこの子の魂が耐えられなくなって死んでしまう!)

 救世主である皇帝と違い、ゼットンの魂は所詮常人の域を出ないため、皇帝の力に耐えられず遅かれ早かれ死ぬのは明白である。当然、それは噴き出す魔力が強まれば強まるほど早くなる。

「ど、ど、どうすれば!」

 痙攣する夫を見てパニックに陥るクレア。ディーヴァも夫の命の危機には冷静さを保ってはいられなかった。

「エンペラ一世が一旦活動をやめれば……いいえ、今はとても……」

 エンペラ一世が暴れるのをやめれば、噴き出す魔力は一旦ゼットン青年でも耐えられる程度に落ち着くだろう。しかし、状況が状況故にそれは到底無理な話であった。
 しかし、一番の失態は魔王がこの場でそれを口に出してしまった事であろう。

「あら!? クレアさん!?」

 面を上げた魔王が辺りを見回すも誰も居ない。魔王が事態の解決法をうっかり漏らしてしまったが故、既にクレアは玉座の間からいなくなっていたのだ。

「いくらディーヴァの貴方でも無理よ!」

 慌てて叫ぶが、既に後の祭りであった。





『余の前から消え失せろ!!!!』

 皇帝が目の前の不埒な贋作を消し去ろうとしたその瞬間、

「うりゃあぁーーーーーーーーッッッッ!!!!」

 目の前の女に意識の全てが集中しているのが災いし、背中からベルゼブブのショルダータックルが炸裂した。

『ーーーーおうっ!!??』

 皇帝がマヌケな声を上げて空中に叩き上げられた瞬間、つい右側を向いてしまったギガバトルナイザーから光線が発射された。そして一瞬でその方向の部屋全てが跡形もなく吹き飛び、反動で皇帝の手から鉄棍がすっぽ抜ける。

「!」

 クレアはすかさず宙に浮いた未知の超金属で出来た鈍器を奪い取ると、

『ぬぁ!?』

 魔王の夫もリリムも皇后の偽物も皆唖然とする中、そこにいた下着一丁の男の顔面目掛けておもいきりフルスイングしたのである。
18/12/26 04:30更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:レイオニクス

 “始まりの救世主”レイブラッド・マイラクリオンは、エンペラ一世と同じく強度の男性不妊であり、子孫を残すことが出来なかった。しかし、レイブラッドにも子孫を残したいという生物として当然の願望があり、それをどうにか成就すべく試行錯誤した結果、生まれた者達がレイオニクスである。
 レイブラッドはある時百人の男女を選び出し、その者達に自身の救世主の遺伝子を植え付けた。こうして彼等は一部とはいえレイブラッドの救世主の遺伝子を宿し、またその影響で人間の限界に近い強大な力を得ることとなった。
 レイブラッド及び彼の国が死に絶えた後も、その遺伝子は後世に脈々と受け継がれていったが、代を重ね常人の血が混ざるごとにその力も弱まり、やがてレイオニクスの子孫の多くはその力を失った。今ではその力を宿す者は極僅かであり、また肝心の力そのものもオリジナルである救世主及び百人の始祖には劣るという。
今尚生き残るレイオニクスの家系は
『テ・アトト』を始祖とする『マイラクリオン』。
『エクシオール・クムール』を始祖とする『クムール』
マイラクリオンから派生した『プリン』
などがあるが、力の有無を考慮しなければ子孫自体は相当数が存在すると見られている。
 ただし、前述の通りレイオニクス達は救世主の模造品に過ぎず、オリジナルの力と同等、あるいは凌駕する個体は終ぞ生まれなかった。また、レイブラッド以降の救世主も皆レイオニクスでない家系の出身である。
 ちなみに現魔王の襲名以後、レイオニクスの中には魔物娘やインキュバスと化した者もいる。一族の者が皆ダークメイジと化したプリン家などはその好例である。

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