連載小説
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幻影の宇宙恐竜 皇后の影法師
(………………)

 皇帝に潜む“影”は意識こそあったが、まだ実体を得ていなかった。だから、頭上の光景をただ眺める事しか出来ない。
 とはいえ、今実体を得る事に躊躇いもあった。肉体を得て現れたところで、皇帝は彼女を受け容れないだろう。恐らくは見た瞬間激怒し、そのまま殺してしまうはずだ。
 しかし、死ぬ事が恐ろしいのではない。『愛する男に受け容れてもらえない』のが恐ろしいのだ。
 だが、決断の刻は迫っていた。今起きようとする惨劇を防ぐためーーそして例え魔王の娘であろうと愛する男を奪われないためにも。





「あぁ…これでようやく貴方と身も心も繋がれる♥」

 恍惚とした顔でエンペラに告げるミラ。しかし、皇帝の方は嫌悪感丸出しといった表情であり、明らかにその気は無さそうであった。

『何だ、起きてから股の感触が妙に気持ち悪いと思っておったが、寝ている間に犯していたのではなかったのか』

 しばらく敵地に意識の無い状態で囚われていたため、魔物の誰かしらが自身を犯していたと思っていたエンペラ。もっとも、知らぬ内に犯される事に不快感こそあれども、自身の男性不妊は承知していたため、それ自体は特段深刻には捉えていないようだった。

「そう簡単な話じゃないのよ。いくら貴方を犯しても、貴方がそれを感じてくれなきゃ何の意味も無いじゃない」

 確かに、皇帝が眠っていた間にいつでも犯す事は出来た。しかし、魔物娘だから男を犯せればただ満足というわけではないのである。











 前日、ミラは母から催眠状態にあるエンペラの肉体調査を命ぜられ、独りで最下層牢獄にやってきた。

「これはミラ様」
「任務ご苦労さま。それと、そう畏まる必要はないわ」

 牢番をしていたデーモンのチェチーリアが早速恭しく礼をするも、必要無いと面を上げさせる。

「本日は何の御用でこちらに?」
「そこで寝かされている男の調査を母様から命じられたのよ」
「……そこまでとは」

 そこの男の噂はチェチーリアも知っていた。リリムがわざわざこんな場所に派遣されたからには、その伝説的な蛮行の数々も本当なのだろう。

「特に彼の肉体にはお母様も大変興味を持っているのよ」
「成程。だからミラ様をここへ」
「そういうこと」

 “救世主”という存在に、以前より魔王は興味を抱いていた。自身と並ぶほどのその戦闘能力を始め、知りたい事はたくさんあったのだ。そして、この度のエンペラ捕縛を好機と考え、自身の娘の一人にして医療魔術に造詣が深いミラにそれを任せた。

「まぁ、私自身も彼に大いに興味があるから受けたんだけどね」

 エンペラは父を二度も死に追いやった憎い敵ではある。だが、当の本人が素直に敗北を受け入れ、「同じ人間相手に初めて全力を出して戦えた」として、どこか晴れ晴れとした様子で語るほどだった。
 ミラはそんな父の初めて見る姿に戸惑ったが、同時に父にそう言わしめたエンペラ一世という男に母同様興味を抱いたのである。

「楽しみだわ♥ 救世主の肉体がどんなものなのか…」

 しかし、魔物娘である彼女が一番興味を持つのは当然性的な事である。

「チェチーリア、調査が終わるまで外して頂戴」
「はっ。仰せのままに」

 正直、チェチーリアもエンペラに女として興味津々ではあったのだが、魔王の娘に命じられては従うしかない。残念に思いつつ、デーモンはしばらく席を外したのである。

「………………」

 己一人になったのを確認したミラは虜囚の逃亡防止に張られた十二層の結界を通過し、男の元へと進む。

「お初にお目にかかります、皇帝陛下。本日貴方様の肉体の調査を任されました、ミラと申します」

 ベッドに鎖で縛られ眠り続ける男と対面したミラ。意識は無い事は承知しているが、それでも敵国の皇帝への最低限の礼儀として恭しく挨拶する。

「失礼」

 済んだところで早速、寝ている男の頬に右手を添え、まじまじと見つめる。

(ふーん……)

 年齢的には老人と聞いていた男は思っていたよりずっと若い。肌に皺やシミも無いどころかむしろきめ細かく、顔の方も彫りの深い、英雄らしい精悍な顔立ちだった。白髪の無い黒髪は短く切り揃えられ、髭も綺麗に剃られているので全体にさっぱりとした感じを受ける。
 彼女は中性的な美男子よりは男らしい顔の方を好んでいるので、どちらかと言えば彼の顔は好みである。

「あら!」

 気が済むまで眺めたところで、続けて肉体の方に視線を移すが、見た途端その肉体のあまりの屈強さにミラは感嘆の声を上げる。
 魔王城内には魔物娘だけでなく腕の立つインキュバス達は多くおり、廊下ですれ違う彼等の身体をよく見てはきたが、それでも目の前の男に匹敵する者はいなかった。

(スゴイ…)

 素晴らしい。それ以降の形容詞も結局賞賛の言葉しか出てこない。
 全身の肌をいやらしく撫で、筋肉を所々指で突いて確かめるも、その度に強靭な肉体だと実感する。どう鍛えてきたのか分からないほどに筋肉は発達し、それでいて限界まで凝縮されている。見た目よりもさらに重く、そして遥かに強い力を発揮するだろう。
 本人の見た目は長身で僅かに細身に見えるが、骨格自体は同身長の他者と比べても明らかに分厚く、頑丈である。相当の老人になっても骨粗鬆症とは無縁に違いない。

「さすが救世主ね…♥」

 男に添い寝しながら指で肌を撫で、皇帝の耳元に囁きかけるミラ。
 我が父を二度も死に追いやった憎い男であるが、今のミラにはそんな事はどうでもいい。

「私、もっと貴方の事が知りたいわ…」

 この男の姿を眺め、その匂いを嗅ぎ、肌に触れた。ただ、それだけだ。だが、たったそれだけでミラは身も心もこの男を受け容れてしまったのである。
 しかし、交わしたやり取りはせいぜいその程度。だからミラはさらに彼を求めた。その総てを知りたい、その総てを味わいたい、と。

「………」

 しばらく触れた後、今度は皇帝の下半身をちらりと見やるミラ。
 これは母の命令とは関係ない。だが、このリリムにとって気に入った男ならば是非とも調査せねばならぬ事であった。
 魔物娘が好いた男の事をもっと知り、互いの心を通じ合わせるためにする事は決まっている。

「ねぇ、陛下……私もうガマン出来そうにありません♥」

 頬を染め、淫靡に舌なめずりをしながら、リリムは寝かされた男から器用に下着を剥ぎ取った。
 そうして、男は完全な裸体となり、さらにミラの気分は昂揚する。

「ウフフフフッ♥ “こっち”も皇帝ですね♥」

 露わになったそれは、平均的な成人男性を遥かに上回る大きさを誇った。その威容をミラは彼自身と同じく皇帝に例える。

「ん〜〜、他の女の匂いもするけどカンケーないわぁ♥ 今ここにいるのは貴方と私だけ♥」

 恐るべき巨根にもかかわらず、そこからは複数の女の匂いがする。しかし、発情した彼女にとってはどうでもいい事だ。
 彼に浅ましい欲を向ける女が複数居ようとその中でも“一番”は自分に決まっている。そして、それは二人が繋がった時に皇帝も実感するはずだ。
 そう考えたミラは愉しげに皇帝の股間を手でさするが、彼の反応は相変わらず無い。

「あらあら、これでもまだだんまり? 反撃しないと、貴方様の大嫌いな薄汚い魔物娘風情に好き放題犯されてしまいますわよ♥」

 ミラは薄笑いを浮かべながら、母の術の事は無論承知の上であえてエンペラに問いかけるが、当然反応は無い。男は寝息も立てずにひたすら眠り続けるだけだ。
 そんな状態では、いくらこの男が人類最強であろうと最早無意味である。ミラは思う存分、遠慮なしに皇帝を弄び、好きなように犯す事が出来てしまう。

「ふふ…」

 ここまでやられても皇帝は拒否しないので、ミラはさらなる無礼を働く。曝け出された一物を右手で扱き始めたのである。
 男への性的奉仕は初めてであったが、そこは最上位の魔物娘。手淫を始めとする性技も本能的にこなせるのだ。

「♪」

 魔姫の高貴で可憐な手は似つかわしくない醜悪な一物を優しく、そして時に緩急をつけ刺激しながら扱き上げる。それでも相変わらず無表情の男に対し、女の顔は愉しそうだった。

「う〜ん、強情ねぇ…」

 だが、ここで強制催眠の弊害だろうか、リリムの技術をもってしても、男の肉竿は微塵も反応しない。数分扱き続けて尚、一向に反応が無いのである。

(いくら催眠状態とはいっても、外部刺激には反応するはずなんだけど………勃起不全なのかしら?)

 皇帝の性生活について伝える資料はほぼ無い。しかし生涯実子はおらず、また側室を持つ事も無かった事から、子どもが出来ぬのは皇帝の方に原因があるとする考えが歴史家の中では根強い。だが、デルエラに男色家か問われた時に否定しているため、性的に淡白だったのではなく、単に肉体の生殖能力の問題だろう。
 皇后とは生涯変わらず仲睦まじかったものの、召使いの女と浮気をして大喧嘩になったというエピソードもある。そこから推測するに性欲は人並みにあり、また子どもを作ろうと本人なりに努力していたようだ。けれども単に無精子症なのか、勃起不全を含む性的不能なのかはまだミラにも分からない。

「どうやら手淫はお好きでない御様子。ならば、お口で御奉仕いたしますわ」

 五分を超えたところで手コキは効果無しと見たミラ。右手を放すと、今度は誰ともキスした事の無い口で、二日間囚われたのでやや臭う肉棒へ奉仕を始める。

「あむっ………………んっ、んふっ」

 たっぷり口に唾液を含ませ、その巨大な肉棒を舐めしゃぶる。未経験の処女にもかかわらず、躊躇いなくそれを実行してみせるのはさすがリリムといったところか。

「んっむっ………んんむぅぅ」

 初めてながら拙いとは微塵も思えない見事なもの。舌で鈴口をねっとりとほじくり、亀頭の裏筋を巧みに舐り、時に口全体で吸う。絶妙な加減で甘噛みし、時に喉の最奥まで呑み込むディープ・スロートで竿全体を刺激し、さらには固まりがちの陰嚢も手で優しく揉みほぐす。
 途轍もなく淫靡にして贅沢な光景である。魔物娘の中でも最も希少なリリムが初対面でここまで奉仕してくれるのは、男冥利に尽きるというものではなかろうか。
 もっとも、皇帝は魔物と敵対する勢力の領袖。その奉仕を受けたところで嫌悪感を抱きこそすれ、喜びはしないだろうが。

「んっんっんっんっんむぅうぅぅっ!」

 好いた男への特別サービスとばかりにディープ・スロートを続けるミラ。歴戦の娼婦でも怖気づくだろうそれを平然と呑み込み、愛を籠めて奉仕するその姿は他の魔物娘が見れば感動してもおかしくないほどだ。

(ウソでしょ!? ここまでやっても!? いくら催眠状態っていったって外部刺激への反応ぐらいはあるはず!)

 そんな場所を使って負担のかかる人間と違い、魔物娘は喉から食道にかけても最初からそれ用に対応している。膣に比べればさすがに劣るとはいえ、それでも人間の女の秘穴に勝る快楽を生む。
 けれどもその事実を霞ませるかの如く、皇帝の分身には全く反応が無い。その現状にミラは焦ったのだった。

「ぷはっ……」

 窒息するまで続けるも結局変わらず、呑み込んでいた肉竿を一旦吐き出し、信じられないといった様子で隣の男を見つめるミラ。

「さすがはエンペラ帝国皇帝。一筋縄ではいかなそうね…」

 正直、ミラはこの男を甘く見ていた。如何に人類最強であろうと、そんな事は魔物娘の豊満な肉体と卓越した性技の前では無力ーーそう、そのはずだった。

「……ッッ」

 苛立ったミラはこうなったら無理矢理にでも勃起させようと考えた。両手に魔力を収束し、それを素に催淫魔法を発動させる。

「………………」

 ーーも、止めてしまう。

(無粋だわ)

 確かにそれで彼の一物は勃起するだろう。だが、恐らくは意識が無いのは変わらない。
 無理矢理犯す事は出来るが、果たしてそれで彼は快楽を感じてくれるのだろうか?ーーいや、こんな一方的な性交では、自慰と同じだ。快楽を感じるのは自分だけであって、虚しい事この上ない。
 それにそもそも彼を起こしてはならない。あくまで眠ったまま実行せねばならないので、いくらリリムのミラであっても非常にハードルが高かった。
 眠ったまま吸精するという手もあるが、彼ほど自我が強固で魔力耐性も高い人間だと夢の中でも正気を保つ事は可能だ。故に夢の中でも彼女は拒絶される可能性が非常に高かった。

「ふぅ……しょうがない人……」

 どんな手段を用いるにせよ、今この場ではこれ以上の進展は無いと判断し、奉仕を止めたミラは皇帝の横に再び添い寝する。

「けれどね陛下、私はまだ諦めたわけではありませんよ? 私は貴方を夫にすると決めましたもの」

 頬を染め蠱惑的な笑みを浮かべたリリムが耳元で囁くが相変わらず反応は無い。男は寝息も立てず、ただひたすら眠り続けるのみである。

「貴方様と愛を交わすのは後回し。まずはお母様の命令通り貴方の、“救世主”の肉体について調査をさせていただきます」

 交わりこそ無かったが、ミラは母の命令をこなすと共に、この男の傍に寄り添い続けたのだった。










 そうして、ミラは疼く肉欲を抑えつつ辛抱強く機会を待ち続けるつもりであったが、それは意外に早く訪れてしまった。

『余に獣姦趣味は無い。貴様等と交わると考えただけでも反吐が出そうだ』
「でもね、貴方みたいな人ほど反動で凄くハマるしハメるのよ」

 ミラの言葉は事実である。魔物娘に簡単に誘惑された者と最初は拒んだ者では、後者の方が案外その人外の快楽にはまってしまったりする。

「それを今から教えてあげる」

 魔物娘との性交の悦楽を知らしめるべく、ミラは淫蕩な笑みを浮かべ、皇帝の間合いに踏み出そうとするがーー

「…!」

 途端に足を止めてしまう。そして、それはエドワードも同じだった。

『ふむ。性交に狂っただけの獣かと思うたが、存外そうでもなかったか』

 そう宣う皇帝は構えすらしていないが、全く隙が無い。左肩に鉄棍を担ぎ、ただ二人を睥睨しているだけだが、恐ろしい事につけ入る隙は微塵も無いのである。

(動けない…!)

 ミラは戦闘経験こそ浅かったが、それでも戦闘種族としての本能で瞬時に確信した。少しでも隙を晒した瞬間、その時己の生命、夫を得ぬまま生涯が終わる事を。

『何もせぬのか?』

 そんなリリムの怖じ気を見て取ったのか微かに口元に笑みを浮かべ、皇帝は二人に尋ねる。

「それは出来ない」

 神剣パランジャを抜いたエドワードは不利を承知で斬りかかっていた。こちらもさすがに元最強の勇者だけあり、ミラでは踏み込む事さえ出来なかった皇帝の間合いに踏み入り、一撃を喰らわせた。
 
『そうだ、それでいい』

 しかし、その一撃も水平に構えた鉄棍の柄で受け止められ、虚しく弾き返されてしまう。

『無抵抗の相手を殺すのは、さすがに余も気が引けるからな』

 それでも怯まず、続けて繰り出されるエドワードの神速の剣技を、初めて扱う鉄棍でエンペラ一世は難なく捌いていく。
 その鉄棍の長さを活かし、勇者を全く懐に入らせず、触れれば即座に魔力を傷つける慈しみの刃を全く触れさせない。

(くっ! 得意とするのは槍術だけではないのか!)

 得物を交える二人だが、驚愕で表情を目まぐるしく変えるエドワードに対し、エンペラは涼し気な笑みを浮かべたままである。
 皇帝の槍捌きは最強の勇者だったエドワードをして名人、達人を超えた“神域”の使い手であったが、どうやらそれは槍だけの話ではなかったらしい。棒術は槍術と多分に共通する部分があるとはいえ、普段は扱わぬ武器であるはずのそれでエドワードを寄せつけなかった。

(凄い…)

 隙が皆無故にただ観ているしかなかったのだが、それでも二人の英雄の剣戟にミラは圧倒され、いつしか見惚れてしまっていた。
 両者の武技は荒々しくも精緻、大胆にして流麗であり、戦いでありながら舞踊にも似た優雅さがあった。火花が散るよりも早く二撃目が繰り出され、それを躱し、捌き、あるいは弾く。一撃一撃が驚嘆すべき速さと重さ、鋭さであり、致命的な威力ながら、両者の超絶的な技巧と体捌きにより掠りさえしないのだ。 

(っ! いけない!)

 しかし、いつまで惚けてもいられない。この戦いはエンペラの勝利があってはならないのだ。彼が勝つ時はそれ即ち父の死なのだから。
 ミラは父を援護するべく両手をエンペラに向け、指先に魔力を集中させる。

「ひぃっ!?」

 だがその瞬間、『振り下ろされた鉄棍の一撃で頭を叩き割られ、脳味噌と眼球が飛び出し、さらには砕けた頭が衝撃で胴体にめり込み、身体があらぬ方向に折れ曲がった』ミラ。妖艶なリリムらしからぬ少女のような悲鳴を上げると、力なく床にへたり込んでしまうがーー

「ーーえ、え、い、生きてる!?」

 何故か自分が『生きている』事に気づく。叩き割られたはずの頭を触ると傷も無いので、ワケが分からずかえって気が動転し、起き上がる事さえ忘れる有様だった。

『チッ!』

 状況が呑み込めず醜態を晒すリリムを見て、忌々しげに舌打ちするエンペラ。皇帝の“直観”をもってしても、ミラの生存は予想外だったようだ。

「さすがは救世主。殺気だけで相手に死を幻視させられるのか!」
『幻視ではない。本当に死なせられるわ!』

 皇帝が見せたのは気迫だけで相手を殺す、武芸者の極致といえる絶技である。そのあまりにも鋭い殺気は相手が実際に攻撃を受けたと錯覚し、同等の痛みを感じてしまうほどだという。そしてエンペラはこれを応用し、相手の脳に誤認・誤作動を起こさせてショック死させる事さえ可能としている。
 事実、ダークネスフィアの戦いの際にデルエラの部下のサラマンダーは触れずに『斬り殺され』、今もミラが『叩き殺された』。
 そして厄介な事に、この技は結局の所『相手がそう認識出来るほどに強く念じたイメージ』でしかない。そのため、どんなに魔術や呪いに対する耐性が高かろうと関係がなく、だからどのような防壁や結界もすり抜け、あらゆる生き物相手に通用する。

『ぬんっ!』
「せりゃあ!」

 神剣と鉄棍の突きがお互いの鋒でぶつかり合い、

『!』
「!」

 同時にお互いの殺気が交錯、現実だけでなく精神上でも派手に得物を交える。

『さすがだ! 貴様もこの境地に辿り着けていたか!』
「こう見えて五百歳近い! 貴方の六倍以上の歳月を過ごしてきているんだ!」
『そうであったな! だが、その長い生涯が如何に無意味で無駄なものであったか!』
「妻と共に歩んだその日々に一日も無駄は無い!」
『ーーいいや!』

 エドワードの剣が振りかぶった鉄棍を防ぐも、同時に繰り出していた右足によって彼の体は蹴り飛ばされた。

『無駄だとも! 奴の狂気の野望は叶わぬ!』
「!」
『奴も貴様も、余がこの手で葬り去るからだ!』

 蹴り倒され吹っ飛んだエドワードにエンペラは鉄棍を向け、その先端より破壊光弾を連射する。

「うぉっ!」

 前回と違って今回は建物の内部であるためか崩落を恐れて威力自体は控えめであるものの、それでも一発当たれば身を削り取られるぐらいの力はある。エドワードは慌てて立ち上がると、冴え渡る剣捌きでそれらを弾いた。

「!」

 しかし、この一連の動作で両手が塞がってしまう。当然、戦巧者であるエンペラはそれを狙っていた。

『死ね!!』

 エドワードに向けた鉄棍の先端に破壊の魔力が収束するーー

「2対1だっていうのを忘れているのではなくて?」
『!?』

 も、違和感に気づいたエンペラはそれを解除、霧散する。

「お父様の方に集中しすぎよ。無理もない事だけれど。
 私の方も見てくれれば、先ほどのように殺気だけで黙らせられたのにね……」
『……!』

 そして、違和感の原因である女の方に振り返った皇帝だが、既にその姿は見えない。いや、正確に言えばミラもエドワードも動いてはいないが、エンペラにはその姿も見えず、声も届かなくなっていた。

(何だこれは!? 奴等の姿が見えぬ! 音も聞こえぬ!)
「ふぅ、危なかったわ…」

 後ろで安堵したミラの声が聞こえるが、その声も何故か反響して位置が掴めない。皇帝は目の前の二人をその目に捉える事が出来ず、辺りを見回している。

『!?……!?』
「助かったよ」

 【ミラ・ミラ・ミラージュ】ーーミラは姉妹の中でも医療に長けているが、もう一つ長けているのが“幻術”である。その技術は姉妹の中では群を抜き、それだけならばデルエラをも上回り、母にも匹敵する腕前を持つ。
 前回、皇帝はダークネスフィアにおいてデルエラの仕掛けたあらゆる妨害を撥ね退け、彼女を驚愕させていた。けれども、それはあくまで彼の支配する特殊な異界だから出来た話である。
 今回戦っている王魔界は魔王が支配し、その魔力と術が隅々まで行き渡った世界。前回と違ってエンペラの力はあくまで自身にしか及ばず、その大気に至るまで敵の支配下にある地域では術一つ取っても“効き”が違う。本来ならば一笑に付す程度の術でさえ、これほどの効力を発揮するのだ。ましてやミラの幻術はリリムの中でも最高であり、尚更防げるはずもなかった。

「いいのよ、お父様。むしろ発動が遅かったぐらいだわ」

 しかし、発動出来たのもエンペラがエドワードとの戦いに熱中しすぎたが故であった。本来なら“直観”で発動前に先手を打って先ほどのように殺気で黙らせたのだろうが、病み上がりと王魔界という敵地故の不利、何より一目置くエドワードとの剣舞につい興じてしまった。それ故迂闊にも、今度はミラの幻術を止められなかったのである。
 術を発動しようにも集中力を幻影で乱される今は時間がかかり、ましてや二人がそれを指をくわえて見ているはずもない。

「では、終わらせよう」

 人事不省ではないが、最早それに近いエンペラ。こうなってはいくら彼でも完全に無力であった。

「皇帝陛下、どうかこのような形で勝負の決着を着ける御無礼をお許し願いたい」

 彼の前に立ったエドワードは謝罪の言葉を述べ、

『がっ……!』

 すれ違いざまに神剣でエンペラの胸を切り裂いた。

『ぬっ……ぐぅぁああああ!!』

 目も耳も塞がれる中、一撃を喰らい、苦悶の声をあげるエンペラ。真一文字に切り裂かれたはずの胸部だが傷は無く、代わりに彼の魔力に傷がつく。

「………………」

 凄惨な光景であるが、ミラは不謹慎と解っていても期待せずにはいられなかった。ようやく好いた男と一つになれるのだから、それも仕方のない事だろう。

「恐ろしい御方だ、貴方は………救世主とはここまでのものなのか……」

 その声には圧倒的優位な立場にありながら、怯えさえあった。
 ここは王魔界・魔王城のど真ん中。そんな場所で人間であるはずの彼が魔術の加護もなしに理性を保って平然と行動しているだけでも化物じみている。しかも、裸の状態でエドワードの神剣の一閃を受け、魔力に傷をつけられながら、その傷がそれ以上拡がるどころか僅かに狭まりつつある。
 脳内が桃色に染まりつつある娘とは対照的に、勇者は敵の異常さに改めて戦慄したのだった。

「もう一撃必要か…」

 幸い、娘が正気を失いつつあってもまだエンペラ一世への幻術はまだ解けていない。敵の方も自身の肉体の維持に労力を割いており、さらには幻術のおかげでエドワードの事も未だ認識出来ていない。
 勇者は剣を大上段に構え、エンペラの脳天目掛け振り下ろそうとする。

『……やめて……!』
「「!」」
『もう………この人を傷つけないで……!』

 しかし、そこでエンペラから声がするーーが、それは明らかに女の声で、彼の男らしい太い声ではない。

「! この気配は…」

 そこでようやくエドワードもミラも、その気配に気がつく。次いで、エンペラ下で伸びる影が蠢き、本人の前へと移動した。

「………」

 二人がそれを呆然と見つめる中、ついに“影”はここで形を成す。

「貴方は……」

 急速に実体化する“影”。そして、その姿にエドワードは見覚えがあった。

「………ソフィア……ソフィア皇后!?」

 信じられないといった様子で叫ぶエドワードだが無理もない。唐突に戦いを遮り、実体化した影の姿はエンペラ一世の最愛の妻、ソフィア・ヤルダバオートその人だったのだから。
 そうして、ソフィアは悶え苦しむ哀れな姿となった皇帝を庇うように父娘の前に立ったのである。
18/08/07 01:48更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:エンペラ帝国の人々

 今も昔も、皇帝の周りには多くの人々が仕えている。軍事を支えたのは帝国軍であるが、それ以外の役割を持った人々も当然いた。

モニベル・E・クムール(♀、宮廷魔術師)

 皇帝と皇后に仕えた魔術師。褐色肌に長い金髪を持った、すらりとした長身の美女であったと言われるが、その外見は魔術で偽ったものという噂もあった。
 魔術師の中でも名門出身で、彼女の家系の始祖はレイブラッド・マイラクリオンの直弟子であった魔術師エクシオール・クムールだという。その縁もあってか、一時期メフィラスに師事し魔術を習っていた。
 回復魔術及び性魔術に長け、主に皇帝と皇后の健康面、さらには夫婦の性的な問題を担当した。しかし、彼女やメフィラスの腕をもってしても皇帝の不妊は最後まで解決出来なかった。
 自分の美貌を鼻にかけた驕慢な性格ではあったが、魔道の腕や皇帝への忠誠心は本物であり、皇帝夫妻やメフィラスからも信頼されていたという。特に性の悩みは男に相談しづらいため、皇后からはよく相談を受けていた。

マーガレット・ムッター(♀、女官長)

 奥向きの事柄を取り仕切る女官長で、温厚篤実ながらもしっかり者で機知に富み、皇帝夫婦からも信頼が厚い。しかし、美人ながら驕慢な性格のモニベルや荒々しく残忍な七戮将とは反りが合わず、表には出さなかったものの内心では彼等を嫌っていた。
 皇帝から内密に相談を受け、メアリーを紹介するが後に悲劇を生む事に。彼女自身は皇帝に従っただけだが、メアリーが辞めざるを得なくした自身の行いを後々まで悔いていた。もっとも、皇后との関係はその後も良好であり、冷遇される事は無かった。

メアリー・シュガースノー(♀、メイド)

 エンペラ帝国の宮廷を揺るがした皇帝の浮気騒動、その当事者である十代後半の美少女。メイドではあるが、実家は首都インペリアルでも有数の商家であり、その伝手で後宮に仕えた。
 神の血を引くソフィアに比べればさすがに劣るが、魔物娘として比しても遜色ないほどの格別の美貌の持ち主。その白い肌は雪のよう、長い金髪は黄金のよう、赤い瞳はルビーのよう、そして線は細いが豊満な体つきであった。真面目だがやや気の強い性格で、そこが温厚なソフィアとは対照的だった。
 ある時、ソフィアとの間に実子が生まれぬ事に悩んだ皇帝は意を決し“畑を変えて”みることにした。そのために女官長のマーガレットへ後宮に仕える未婚の女の中で一番美人を紹介させるよう頼んだが、そこでメアリーに白羽の矢が立った。やがて二人は愛し合うようになったが、やがて二人の関係はソフィアにバレてしまうのだった。

アブラクサス・ヤルダバオート(♂、地方領主)

 ソフィア・ヤルダバオートの兄の孫であり、エンペラ一世の義理の大甥に当たる。ヤルダバオート家は単なる一地方領主でありながら、娘のソフィアがエンペラ帝国皇帝エンペラ一世の正妻となった事を受け、絶大な権勢を振るった。
 しかし、そもそも妻の実家とエンペラ一世は折り合いが悪く、長い間卑賤の輩と義理の両親に蔑まれた事もあって、皇帝も帝国の幹部達も内心では憎たらしく思っていた。また、実家が絶頂期とも言える中で甘やかされて育ったアブラクサスは大叔母に似ず傲慢な性格であり、非常に素行が悪かったという。
 そんな中、年老いた皇帝に未だ実子がいない事を受け、このアブラクサスを養子とする案が帝国内で出たが、七戮将を筆頭に猛反対を受けて却下された。エンペラ帝国次期皇帝候補として周囲に吹聴しまくっていたアブラクサスだが大恥をかいたため、表には出さなかったが義理の大叔父を恨んだという。

アリスン・クーゼ(♀、メイド)、アイシア・テレク(♀、メイド)

 二人とも“現在”の後宮に仕えるメイドで、現在の女官長が特別に採用した。メアリーと違い、最初から皇帝の傍に仕えている。恋人気分のデートから夜のお勤めまでこなす良く出来た二人組の美少女である。
 アリスンは勝ち気な性格で、白い肌と赤い目がメアリーによく似ている。対照的にアイシアは生真面目で冷静沈着、褐色の肌と青い目の持ち主である。ただし、どちらも涼やかな美貌と、細いながらも豊満な肢体なのは似ている。
 皇帝はロリコンでこそないが、十代後半のスタイルが抜群の美少女がお好みであるようだ。

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