連載小説
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嫉妬する宇宙恐竜 魅入られたリリム
 話は二十分ほど前に遡る。

(………)

 エンペラの目が覚めると、知らない天井と壁があった。さらには空気が澱んでいるのか妙に息苦しくて生臭かった。

『………?』

 そして何故か己が下着一丁であり、さらには安っぽいベッドに鎖で何重にも縛られている事にも気づいたのだった。

(ここは何処だ? 何だこれは?)

 まだ残る強い眠気と妙に薄汚い空気に苛まれつつ、いくつもの疑問が頭に浮かぶが、それを一旦置いて思考と記憶を整理する。

(……そうか、余は敗れたのか。だから、このような情けない仕打ちを受けているのか)

 そうして意識を失う前の事を思い出し、落胆する。否定しようにも、この不可解な状況が結局それを肯定してしまう。

(前魔王の時は引き分けに終わったが、今度は敗れたか)

 前魔王とはダークネスフィアにおいて四日間の死闘の末に引き分けた。だが、今回は連戦の末とはいえ敗れた。“敗北”ーーそれが彼の心に重くのしかかる。

(情けない話だ)

 エンペラ帝国皇帝であると同時に、“人類最強の男”と持て囃されてきたが、結果はこの有様である。これで何が皇帝だ、救世主だと、心中でエンペラ一世は自嘲した。

(…とはいえ、いつまでも嘆いてはおれぬ。早く脱出せねばな)

 しかし、嘆くのはここまでーー彼は敗軍の将として首を刎ねられるつもりも、この牢獄で余生を全うするつもりもない。救世主としての責務、そしてエンペラ帝国皇帝としての大望ーーそれらを成し遂げるまではいくら敗けようが諦める気はない。
 今は情けなく敗れたとしても、次で勝って奴等を滅ぼせば良いだけの事だ。そのためにも、まずはこの不浄の空間から脱出せねばならない。

(…まずはこの鎖か)

 しかし、すぐには動けない。ご丁寧にも、太く頑丈な鎖で何重にも彼を縛りつけ拘束している。
 さらに悪いことにこの鎖は特別製らしい。そこらの粗悪な鉄と違って、少々力を入れたぐらいではどうにもならない。

(その上魔力吸収型か)

 極めつけに、魔術を用いた破壊を試みようものなら、その前に魔力を吸収して発動自体を無効化する性質のようだ。

(だが)

 しかし、それは凡百の術者相手の話。

『余相手には甚だ力不足よ!』

 桁外れの魔力量を誇るエンペラ一世にとっては、そこまで困る代物ではない。魔力を吸収する素材といっても、所詮その吸収量には限度があるからだ。

『〜〜〜〜!』

 皇帝が早速全身から高熱を帯びた魔力を放出するも、鎖はそれを吸い取って無効化していく。だが、無尽蔵にも思える皇帝の魔力量の前にやがて赤熱化した鎖は限度を迎えーー

『!』

 やがて音を立てて砕け、部屋中に弾け飛ぶ。

(これで動けるが…)

 けれども、難題はこんな鎖ではなくその先だ。牢獄の格子に張られた極めて強力な防護結界の存在にエンペラは気づいていた。

(奴は気づいておらなんだか…)

 だが、この十二層にも及ぶこの防護結界は結果的に防音壁ともなっており、エンペラが鎖を破壊したにもかかわらず、見張りのデーモンは全く気づいていない。愚かにもこちらに背を向けて椅子にもたれかかって壁に両足を突き、呑気に爪へマニキュアを塗っている有様だ。
 …もっとも、こちらとしても牢番が不真面目なのは助かるのだが。

(………)

 デーモンが気づかない内にやり遂げようと、結界に左手を翳し、目を瞑るエンペラ。

『……ぬん!』

 そして掛け声と共に、なんと皇帝は防護結界から直接魔力を吸い上げていく。すると、段々と一枚目の壁が薄くなり、やがて消えてしまった。

「〜♪」

 恐ろしいことに、すぐ背後で結界が破壊されつつあるにもかかわらず、デーモンは全く気づかない。相変わらず呑気にマニキュアを塗り続けているばかりだ。

(馬鹿め)

 そんな目の前のデーモンの愚かさにほくそ笑むエンペラ。
 魔王の張った結界は極めて強力であり、外部からも内部からも攻撃はもちろん、電波や魔力などのあらゆる物を通さない。だがその弊害として、内部から音も一切遮断されるため、見張りがこちらを向いていなければ何をしてようが気づかれないのだ。

『うっ……』

 吸収した魔力の影響で吐き気を催すエンペラ。しかし、今結界を破れるのはこの方法しかないため、それでもやり続ける。
 この結界に限らない事だが、術者より距離が離れるほど、当然ながら魔術を発動し続ける事は難しくなり、魔力消費も増える。実力者ならば相当距離を隔てようとも魔術の長時間の発動・維持は可能だが、それでも消耗は大きいため、この場合別の物に魔力を肩代わりさせる事が多い。
 そして、大抵の術者が発動のために魔力を肩代わりさせるのは“土地”である。即ち、その土地に満ちる魔力を利用して術を展開・維持するのだが、魔王もこの例に漏れず、魔王城に満ちる魔力を使う事でこの結界を維持していた。
 しかし、この方法は自分の魔力を消耗しない代わりに、その土地の魔力が無くなれば即消滅するという欠点もあった。

『ぬぅ…!』

 エンペラはそこに目を付け、魔力そのものを吸い上げる事で結界を消滅させるつもりだった。さすがの彼もまともなやり方ではこの結界は破れないため、これしか方法がなかったのだ。
 しかし、唯一の方法は効果覿面だった。魔王謹製の防護結界だが、それを維持する魔力そのものを奪われればどうしようもない。左掌の前で悲鳴を上げるかのように甲高い音を上げながら一枚一枚が消えていったのである。

「フンフフン♪」

 デーモンが鼻歌を歌いながらマニキュアを塗る後ろで、結界は一枚一枚丁寧に破壊されていく。そして最後の一枚が消えた時、

「ん?ーー!?」

 振り返ったこの悪魔はようやく事態の急変に気づき驚愕の表情を浮かべるも、時既に遅し。

「こ、こちら地下牢獄看守、チェチーリア! き、緊急事態発生! エ、エンペラ一世が…ガッッ」

 慌てて連絡を取ろうとしたが、早速掴んだ頭をおもいきり石壁に叩きつけられ、それ以降喋る事は無かった。

『黙っていろ』

 そう吐き捨てたエンペラ一世は倒れたデーモンには目もくれず、牢獄を後にした。





〈緊急事態発生! 緊急事態発生! 投獄されていたエンペラ一世が脱走!
 至急、総員避難されたし! 遭遇した場合抵抗せず、自身の安全を最優先し速やかに…〉

 魔王城全階にけたたましく鳴り響く緊急放送。食事をしている者も、寝ている者も、そして伴侶と交わって深い絶頂の中にいる者でさえ、着の身着のままで慌てて部屋を飛び出し城門への道へとひた走り、あるいはポータルで脱出する。
 そのため、城内に残る者は魔王夫婦と娘達、魔王軍の幹部以上の者。さらには腕に自信があり、そして命を捨てる覚悟のある者達だけとなった。

「地下階の者達の避難は済んだ?」
「全て完了しております」
「ならばいい。しかし、人的被害は問題ないとしても、僕達が本気でやれば城への損害は大きいだろうが…」

 魔王の四十七番目の娘ミラ、そして魔王の夫エドワード。二人は魔王軍の精鋭を率い、エンペラが現在移動中である地下五階へと急行している。

「仕方ないわ、お父様。城なら壊れてもまた直せるもの」
「違いない。多数の命が失われるよりはマシだ」





『余と先に捕まえた部下どもを一緒にしなかったのは賢明だが、それでも場所が近すぎるな。いや、何処かに移送する予定であるから、一緒でなければ良いのか?』

 脱走した皇帝はそのまま部下達の閉じ込められた牢獄へ向かっていた。例え魔物娘の濃密な魔力に満たされていようとそこは救世主、僅かに漏れ出る家臣達の特徴的な魔力の痕跡を確実に捉え、疑いなく進んでいたのである。

『恐らくこの階のはずだが…』

 廊下の左右にはいくつもの牢獄が並んでいる。空間に満ちる魔力は淫靡なものであるが、同時にこの階からは何処と無く陰惨な雰囲気も漂っていた。

『……おぉ』

 左右の牢獄から見える囚人達の顔は、まさしく皇帝の知る顔ばかりであった。

『グオオ……こ、皇帝陛下! 何故ここに!?』

 エンペラの読み通り、メフィラス、デスレム、グローザム、アークボガール、ヤプールの五名は確かにこの地下牢獄に収監されていたのだった。

『情けないが、貴様等と同じだ』
『ま、まさかあの勇者に!?』

 皇帝と同じく鎖で雁字搦めにされながら、驚いたグローザムは起き上がろうとするも、結局動けない。

『いや、その嫁の方だ。連戦でふらついたところの隙を突かれてな』
『おお、なんということだ……!』
『………………』

 同じく縛られたヤプールが信じ難いといった様子で嘆く。そんな部下の落胆を感じ取り、エンペラも口には出さなかったが、この敗北を改めて情けなく思った。

『だが、この通りまだ生きておる。そして、こんな吹き溜まりで余生を終えるつもりもない。
 それは貴様等も同じであろう、七戮将よ?』
『も、もちろんですとも!』

 一番奥の部屋から話を聞いていたアークボガールの声がする。

『陛下、どうか我々に汚名をすすぐ機会をお与え下さい』
『良かろうメフィラス、救世主たる余とて捕らえられこのザマだ。故に貴様等が敗れ、囚われた事を罪には問わぬ』

 メフィラスも許しを請うが、わざわざ助けに来たぐらいなのだから、皇帝も元より彼等を罪に問うつもりはない。今まで同様、エンペラ帝国軍最高幹部として、魔物どもを滅ぼすために戦ってもらわねばならない。

『再び余のもとで帝国のため、人類の繁栄のために戦え!』

 皇帝は左掌を床に当て、そのまま大量の魔力を流し込む。

『そしてエンペラ帝国軍の恐ろしさを、今再び魔物どもに知らしめてやれ!!!!』

 すると各牢獄の格子が次々に砕かれ、さらには彼等を縛りつける鎖をも破壊する。

『かたじけのうございます、陛下!』
『だが、拘束が解けても今すぐは動けまい。もっとも、この掃き溜めの中で貴様等が己を保ち続けていただけでも、十分称賛されるべき事だがな』

 魔王の本拠地だけあり、数ある魔界の中でも恐らくこの王魔界の魔王城の魔力が一番“濃い”だろう。そんな中で、この五人は魔物の魔力に徐々に侵されつつも己を失わず、人間としての意識を保ち続けた。それだけでも帝国軍の将兵の鑑、さすがは七戮将と皇帝は激賞してやりたいほどだ。

『メフィラス、この場での貴様等の治療は無理か?』
『残念ながら、これほど濃密な魔物の魔力が満ちていては、如何に毒を取り除いたとしても結局呼吸と共にまた肉体へ侵入してしまいます。
 適切な治療を行うのは魔界でない土地でないとさすがに不可能かと…』
『何にせよ脱出せねばならぬという事だな。しかし、さすがの余も貴様等をそのまま運ぶのは相当骨が折れる』

 エンペラが困った顔で語る通り、一人で逃げるなら容易いが、動けぬ五人を運びながら逃げるのは相当難しい。ましてやグローザム、デスレムはかなり重く、アークボガールにいたっては小さな家に匹敵する大きさと重さがあった。

『何よりいくら余でも、この魔王城で丸腰であるのはさすがに心もとない』

 皇帝はこの魔王城を堂々と脱出する気ではいたが、丸腰で帰る気はない。下着一丁では格好がつかない上、敵に愛用の装備をくれてやるのが癪に障るのもあるが、さすがのエンペラも魔王ほどの相手では丸腰で戦えないのが主な理由だった。

『メフィラス、“杖”は出せるか?』
『はい。あれは私が呼べば、例え王魔界であろうとすぐに現れますので』

 そのため、エンペラは暗黒の鎧の代わりとなる武器を求めた。そして、それに応じるべくメフィラスが目を瞑って念じると、すぐさまこの魔術師の隣の空間が歪み、次元を突き破って“レイブラッドの杖”が現れる。

『ほう…これが原初の救世主レイブラッドが遺したという杖か』
『はっ! これこそ我が始祖レイブラッドがその持てる力と秘術、叡智を結集し、造り上げたと伝わる究極の魔導具。そして陛下の【アーマードダークネス】と同じ“救世主の遺産(セイヴァーズ・レガシー)”。
 レイブラッドの杖ーーまたの名を【ギガバトルナイザー】にございます!』

 皇帝は宙に浮かぶ杖を掴み取り、すぐさまそれと己の肉体とを共鳴させる。

『ぬん!』

 すると杖の方も今代の救世主に応え、その力を目覚めさせる。皇帝の掛け声と共に杖は伸長し、両端に柄頭を持ったメイスに似た武器へと変形したのだ。
 加えて、両端の星型断面の柄頭に空いたいくつもの正方形の穴からは水色の神秘的な光を放つようになり、薄靄で陰る廊下を照らしたのである。

『ではメフィラス、このギガバトルナイザーとやらをしばらく借りるぞ』
『はっ。どうぞ存分にお使い下さいませ』
『では、早速使わせてもらうとしよう』

 皇帝が右手に持った鉄棍を掲げると、七戮将五名の体が発光、すぐさま光球状へと変ずる。

『七戮将よ。しばらくこの中で眠るがいい』

 そして五つの光は鉄棍の柄頭に吸い込まれた。そして、動けぬ彼等はこれ以上の魔力の侵食を防ぐためにも一旦杖の中で眠りについたのである。





「! 遅かったみたいね」
「ああ、そのようだな…」

 地下五階に急行したエドワードとミラであったが、既に牢獄は破られた後だった。エンペラ一世だけでなく、七戮将の五人にまで逃げられてしまったのだ。
 しかも階段から移動すれば待ち伏せされると思ったのか、天井に穴をぶち開けてある。どうやらそこを通って上階へと移動しているらしい。

「そして、行き先は最上階か」

 部下達の身柄を救出した以上、皇帝の心残りは暗黒の鎧だけだろう。しかし、暗黒の鎧は皇帝との接触を防ぐため、本人同様十二層の結界を設け、魔王城の“最上階”へと封印を施している途中だった。

「…お父様、何か妙な気配を感じない?」
「ああ、それは途中から僕も感じていた」

 皇帝以外に妙な気配というか“波動”をもう一つ感じ、訝しむ二人。そしてさらに奇妙なのは、それがあくまで“一つしか”ないことだ。

「七戮将かしら?」
「いや、相対した経験があるから断言出来るが、彼等のものとは違う。それにこの気配は一つしかない。
 それと妙な話だが……この気配はどことなくエンペラのものに似ている」

 もしこれが七戮将に由来するものであるのなら、全部で五つあるはずだ。にもかかわらず、皇帝の他には一つしか感じられない。そして、その気配はどちらかと言えばエンペラにも似ているものだった。

「でも、これは生物の気配ではないわよ?」
「そうだね。エンペラ本人というよりは、どちらかと言えば暗黒の鎧のような魔導具のものだろう」
「……アーマードダークネスは今最上階にあるはず。皇帝もそれを取りに向かっているのではなくて?」
「そのはずだ。だからこそ妙なんだ」

 魔王城にある魔導具を奪ったにしても、それらは大なり小なりどんなものでも夫と魔物娘の交わりを助け、その快楽を増長するだけの物だけだ。断じて魔物娘を傷つけ殺したり、エンペラの脱出を助けるのに役立つ物など無い。

「嫌な予感がする」
「…私もよ」

 エドワードとしては、強力な魔導具の無い丸腰ならば、己と娘の二人がかりで捕らえられると考えていた。しかし、その前提も儚く崩れるかもしれないという予感を二人は感じたのだった。





『さすがにどの階も素通りというわけにはいかぬか』
「ウフフフフ……見ぃつけた♥」
「私たちと遊びましょ♥」

 エンペラ一世が出会ったのは奇妙な二人組であった。
 前で立ちはだかった女のは黒いドレスのような露出度の高い服、青い肌に腰まである長い白髪を生やしている。しかし何より奇異なのは両足の先には燃え盛る青い炎と、それを覆うように生える逆さ向きの傘にも似た檻である。
 後ろを塞いだ女は銀髪に黒いアイマスク、ターコイズブルーとやや明るめの黒で染められた衣装を纏っているが、前の女同様足が無い。下半身は文字通りの『人魂』である。

『邪魔だ。どけ』

 しかし、皇帝はそんな彼女等のおどろおどろしさにも全く怯まず、平然と歩を進めた。

「良いわねぇ、私たちの姿にも全く怯まないなんて♥」
「そんな豪胆さに嫉妬しちゃうわぁ♥」

 幽霊女どももエンペラの思惑など露知らず勝手に喜んでいる。だが時間が無い中、こんな無礼者どもと遊ぶ気は皇帝には無い。

「! おぉっと!」

 不愉快に思った皇帝だが、行動は女どもの方が早かった。後ろの女が機先を制し、持っていた杖を掲げる。

「ダメよぉ〜、アブナイことしちゃ♥ おとなしく私たちと一緒にキモチヨクなりましょ♥」

 すると周囲の空気に彼女の妄想が投影され、そのまま騒がしくも淫らな“戯曲”が始まるーー

『………』

 ーーかと思われた。

「え?」
「!」

 皇帝が持っていた鉄棍の先端を床に叩きつけた。ただそれだけだ。
 にもかかわらず、甲高い音と共に女の体から溢れ出た妄想は全て消え去り、空間も元に戻ってしまった。

「………」

 何か嫌なものを感じ取ったのか後ろの女は怯み、後ずさった。しかし前の女は逆に薄ら笑いを浮かべ、その足の炎をますます燃え上がらせる。

「逃がさない…!」

 好戦的な種族ではないが、それでも強い牡だと感じ取り、己の牝としての本能が騒いだのか。女はこの男を自分の夫にしようと改めて決意し、ギラついた目で男を見やる。

「っ!?」
「がっ!」

 けれども、何を覚悟しようがこの男の前には無意味であった。
 皇帝が左手で何かを掴むような動きをした途端、二人は壁に叩きつけられ、そのまま苦しそうに首を押さえた。

「な…んで…!」
「くっ…くるしい…!」
『ほう、悪霊も苦痛は感じるのか』

 二人とも実体を持たないゴースト属の魔物娘であるが、何故かその首は締め上げられて窒息した。二人は苦痛で淫らな思考の一切が遮られ、ただこの苦しみから逃れたいと切実に願ったのである。

『ならば永久に苦しむがいい。もう男を犯す事など考えられぬようにな』

 今この二人を消滅させるのは手間だと考えたのか、皇帝はそれ以上何をするでもなく立ち去った。しかし、二人は相変わらず締め上げられ続け、いつまでも終わらぬ拷問に苦しみ続けたのだった。





『!!』

 最上階を目指し、天井を破壊しながら順調に進むエンペラ。けれども、その進撃を食い止めるべく、最強の番人達が立ちはだかる。

『また会うとはな』
「だが、その再会を喜ぶ暇も無さそうだ」

 捕虜の脱走、そして暗黒の鎧の奪還を防ぐべく現れたのは魔王の夫エドワード・ニューヘイブンとその娘であるミラ。下着一丁と鉄棍のみの皇帝に対し、こちらは以前同様に鎧兜と神剣で完全武装している。

『貴様は一度屠ったはずなのだがな』
「貴方もこちら側にくればいい。死のうが何度も生き返れる」
『フッ…』

 便利だとは思うが、羨ましいとは思わなかった。そう何度も生き返れるなら、生の実感も喜びも薄れよう。

『人を裏切るだけでなく、人そのものも捨てたか』
「耳が痛いよ」

 軽口を叩き合う二人だが、両者ともに人類最高峰の武術の達人だけあって、お互い隙は全く無い。だが、仕掛ける一瞬の機会を探るエドワードに対し、皇帝は一向に仕掛けようとしていないのが対照的であった。

「お父様、ここは私が」

 しかし、一度戦い、手の内を明かしている父が相手では不利と見たのか、ここでミラが水を差した。

『デルエラ……ではないな』

 容姿は非常によく似ているが、デルエラと違ってこのリリムは普通の眼球である。また長い髪をそのまま下ろしているデルエラと違い、後ろで三つ編みにしているのが異なる。
 だが一番の違いは“実力”だ。デルエラは平常時からエンペラでも無視出来ぬ凄まじい力を放っていたが、このリリムはあの女ほどの力は感じない。

「魔王の第四十七子、ミラと申します。どうぞお見知りおきを、皇帝陛下」

 一触即発の事態の中でも動じず、恭しく挨拶をするミラ。

『ずいぶんお盛んな事だ』

 娘の自己紹介を受け、心底呆れた顔でエドワードに告げるエンペラ。リリムが何人いるかは知らぬが、仮にこの女が末の娘だとしても最低四十七人いる計算となる。つまり、それだけ魔王とおぞましい交わりを繰り返したわけだ。

「なぁに、これでも子供の数は少ない方だと思うよ。“回数”的にはね」
『………………』

 今は緊急事態のために動き回っているが、普段は妻と常に交わっていると言っても過言ではないエドワード。もう何度絶頂したか数えるのさえ億劫だが、毎日性交に励んで四百年以上経っている。その事実からすれば、もっと娘が多くいても不思議ではない。

『此奴等がいくらいるのかは知らぬが、余の手間を増やしてもらっては困る』
「大した自信だな。さすがはエンペラ帝国皇帝、虜囚の身となっても気位の高さが違う」

 虜囚の身となって尚リリムを殺すと断言する皇帝の過信をエドワードは皮肉った。

『何れにせよ皆殺しにせねばならぬ。誰も近づかぬ山奥のスライムであろうと、魔王の娘であろうと全てな!』
「あら、本当にいいの? そんな事をして」

 皇帝の魔物娘絶滅宣言を聞いたミラだが、蠱惑的な笑みを浮かべて前に進み出る。

「私なら貴方の子供を産めるのに」
「………」

 魔物娘である以上仕方ない事だが、それでもそう目の前で言われるのは父親としては複雑である。

『丁重にお断りしよう。畜生を嫁にする趣味は無いのでな』
「失礼な御方ね。身体の仕組みは人間とほとんど変わらなくてよ」

 不満に思ったミラは自らの肢体を見せつけるかのように、左足を軸にクルリと一回転する。すると彼女の興奮を反映したのか、甘い匂いの魔力が周囲に拡散する。

『……!』

 それを吸ってしまった皇帝は、不愉快そうに顔をしかめる。もっとも、そんな反応だけで済むのがこの男の異常性を物語っている。
 普通の人間なら、リリムを目にした時点で目が離せず、魔力まで撒かれれば即座に襲いかかり犯している。王魔界、魔王城のど真ん中で理性を保っている時点でもおかしいのだが、そんな真似をされて尚、理性を失わないことに内心エドワードは驚いていた。

「…♥」

 しかし、ミラにはそれが逆に好ましく映ったらしい。手強い獲物だと見た彼女は舌なめずりし、熱の籠った視線でエンペラを見つめるが、彼の方も魔物娘の扱いは慣れつつあったのか軽く受け流した。

「実は貴方の身体を調べた時からそうなの。その身体に触れてから子宮が疼いて止まらないのよ♥
 ねぇ皇帝陛下、私の滾りを鎮めるには貴方を犯すしかなさそうなの♥」
『そうか』

 気の無い返事を聞く限り、皇帝にその気はなさそうだ。

「死ねばその火照った身体も冷えよう。そちらのやり方なら叶えてやれるが?」
「んもぅ、私は貴方が欲しいのに。焦らすなんて悪い人ね♥
 まぁ、いいわ。私の魅力、たっぷり教えてあげる♥」

 先ほどのやり取りから分かる通り、【ギガバトルナイザー】という名を知らずとも、相応の力を秘めた極めて強力な魔導具を手にしているという事実をミラもエドワードも認識している。にもかかわらず、ミラは己の牝としての本性を曝け出す事に躊躇しなかった。
 男受けしそうな媚びた笑みを浮かべたまま、その全身から桃色の淫気を放出し、彼を魅了しようとする。

(………………)

 そんなやり取りを、臆病な“影”はエンペラの真下から見つめていた。しかし、皇帝には悲しそうな視線を向ける一方で、そんな彼に発情し浅ましい姿を見せつけるリリムには逆に怒りの籠った目で見ていたのだった。
18/06/11 00:39更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:ギガバトルナイザー

 別名はレイブラッドの杖。かつて救世主レイブラッド・マイラクリオンが愛用したという武器であり、アーマードダークネスと同じく“救世主の遺産(セイヴァーズ・レガシー)”の一つにして、その最古のもの。レイブラッドの子孫に代々受け継がれたという至高の魔導具である。
 見た目は星型の断面をした柄頭を両端に持つ鉄棍。アーマードダークネスと同じく凄まじい硬度と強度を持ち、どんな攻撃でも受け止め弾き返す攻防一体の武器である。また柄頭の先端からは電撃や光弾を発する事も出来る。
 無尽蔵の魔力を秘めており、力ある魔術の使い手であれば己の魔力の肩代わりをさせる事も可能である。ただし、全力を引き出せるのはあくまで救世主のみで、それ以外の者ではせいぜい六割が良いところであろう。
 尚、レイブラッドの後裔を名乗るメフィラスであるが、彼の家系には伝わっていたものでなく、帝国崩壊後の雌伏の時期に偶然発見したものである。この発見をもって帝国残党は地上に散らばる“救世主の遺産”の実在を確信、その捜索・獲得に乗り出した。

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