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第三章:ケプリの王(来訪編)
 ケプリ達の王様になって欲しいという申し出に、僕はすぐに答えを返す事は出来なかった。ケプリ達の王などと言われても、雲の上のような、それこそ伝説の存在にしか思えず、想像する事さえ難しかったのだ。
 王の姿を想像する事も出来ないのに、自分が王になるなんて考える事も出来なかった。
 それに王家の血を継ぐわけでも無く、はたまた貴族でも無い平民の生まれの僕では……。今や人間扱いさえされずに家畜同然に暮らしているような僕では、仮に名前だけだとしても王と呼ばれるに相応しい人間だとも思えなかった。
 しかし、だからと言って狭くて汚い納屋に帰って大人しくペニスを切り落とされるのを待っていられるのかと言えば、そういうわけでも無かった。
 ただ一度でいいから全てを失う前に想いを遂げたいと思って納屋を出てきた。生まれてきたのだから、一度くらい愛というものを知りたかった。
 でも実際に愛を交わしてしまったら……、手に入れたものがどれだけ貴重なのか、奪われようとしているものがどれだけ取り返しのつかない物なのか、身を持って実感してしまったら、もう大人しくそれを差し出すなんて出来なかった。
 アズハルを失いたくない。アズハルとの交わりをこれで終わらせたくない。もっともっと一緒に居て、何度も喜びを分かち合いたい。
 そのためには黙って去勢されるわけにはいかないのだ。
 僕は少し考えた結果、アズハルと共に彼女達が住むという遺跡に向かうことにした。王になる話はともかく、王を選定し仕える存在であるケプリ達ならばこの状況を打破する知恵を授けてくれるかもしれないと思ったのだ。
 淡い期待に過ぎない。ケプリ達だってこの状況をどうにかできるかは分からない。でも、何もしなければペニスが切り落とされるだけだ。駄目でもともと、それ以上の結果が得られるなら何だって儲けものだ。
 ……それに去勢を受けて死んでしまう最悪の可能性を考えると、一秒でも長くアズハルと一緒に居たかった。
 僕が街を抜け出している事については、恐らく明日の昼前まではばれないだろうと見当をつけた。
 ザフラさんの話では明日の昼までは主人は納屋には来ないだろうという話だった。仮に主人が納屋に向かおうとしたとしても、恐らくその時間帯辺りまでであれば何とか誤魔化してくれるはずだ。
 それに仮に僕が居ない事がばれたとしても去勢の時間帯が早まる事は無いはずだ。去勢術をするにも、それ相応の施術者が必要なはずなのだから。
 僕の考えを伝えると、アズハルは複雑そうな面持ちになりながらも頷いてくれた。
「私はアミルが王様になってくれるの、諦めないからね。みんなもきっと認めてくれると思うし……。でも、ともかくアフマルお姉ちゃんに話を聞いてもらわないとね」
「アフマル、お姉ちゃん?」
「うん。私達ケプリ姉妹は、一番上のアフマルお姉ちゃんが長姉としてみんなを取りまとめてるの。二番目のアズラクお姉ちゃんと一緒に王の間を守っているから、まずはそこに行こう。
 そうと決まったらいつまでもこうしては居られないね」
 アズハルは言い終えると、少し照れたように顔を伏せた。その視線の先にあったのはまだ交合の余韻を残したままの接合部だ。僕は力を失いかけてはいたものの、未練がましくまだアズハルの中に身を埋めたままだった。
「……抜くよ。ぅ、ぁ、あっ」
 温かな体温が離れていく物寂しさが胸の中を引っ掻く。でも今はそんな切なささえ愛しかった。
 無くしてしまったら、もうこの切なささえ味わえないのだから。
 身を離したアズハルは僕を見下ろして一瞬物欲しそうな顔をしたものの、すぐに表情を切り替えて手早く衣服を身に付ける。
 僕の襤褸はもう着るという程でも無いような物なのだが、とにかく僕も前を合わせてひもで縛った。
 腕も足もまだ重たかったものの、不思議と交わる前より身体の調子がいいような気がした。しかしまさかそんなはずは……。
 僕は頭を振って立ち上がるべく膝をつく。
「立てる?」
「あ、ありがとう」
 とその手を取りかけ、僕は彼女の足が震えているのに気が付いた。
 視線で問うと、アズハルは頬を染めて目を伏せる。そんなアズハルの太ももの内側を、つぅっと粘ついた液体が垂れ落ちていった。
 アズハルは慌ててそれを拭い取りながら、さらに顔を真っ赤にする。
 その拭われた物が何なのか分からない僕では無い。当然僕の顔も熱くなってきてしまう。
「あ、あのね。……さっきのが凄くて、腰も膝もまだがくがくしてるの。でも、支えられない程じゃないから」
「だ、大丈夫。何とか歩けそうだから」
 僕は膝と腰に力を込め直して立ち上がり、そして少し迷った末にアズハルの手を握った。
 昆虫の形をしているアズハルの手は、しかし彼女の気持ちが滲み出ているかのように温かく、僕の手にちょうど良く収まった。
「行こう」
 アズハルは目をしばたたかせて繋いだ手と手を見つめた後、僕を見上げて大きく頷いた。
「こっちだよ」
 アズハルは僕の手を引き、泉をぐるりと回り込む様に歩き始める。
 ケプリの住処というものは主人の居なくなった遺跡の跡地だと聞いたことがある。つまりこれから向かう先は、以前ファラオの聖地とされていた場所でもあるわけだ。そう考えると、長年ファラオを信じていた自分としては緊張だけでなく少し期待もしてしまう。
 僕達砂漠の民は大昔からファラオを信仰してきたが、聖地を見たことがある人間は誰も居なかった。ファラオの眠る場所は秘中の秘として隠され続け、今ではその手がかりも失われてしまっていたからだ。
 隠され続けてきた聖地に、今まさに踏み入ろうというのだ。何も思わないわけが無い。
 アズハルはそんな僕を時折不思議そうに見上げながらも、迷いなく歩を進めていく。
 そして泉を挟んで街とは反対側の岸にたどり着くと、急に歩みを止めた。
 小石の転がる泉の岸の周りには乾いた地面が広がり、その向こうには波打つ砂の海が目に入るばかりだった。だがアズハルはそんな何も無いような地面に膝をつくと、注意深く周りを見渡し始める。
「誰も、居ないよね」
 アズハルは小さく頷き、何やら小さく呪文のようなものを唱え始める。
 朗々としたアズハルの詠唱は、不思議と砂原を駆ける風の音にも負けずに深く響き渡っていく。
「ミサ・セ・ンプーオ」
 きぃん。と甲高い音が響き、何も無かったはずの地面に縦に大きく亀裂が入る。石と石が擦れ合うギリギリという音を低く響かせながら、亀裂を中心に黄色い地面が左右にずれていく。
 そして音が止む頃には、見事な地下への階段が口を開けていた。
「こんなところがあったなんて」
「ここが遺跡の地下入口」
「地下って事は、地上もあったって事?」
「うん。張りぼてだったらしいけどね。でも時間が経つうちに崩れて、街の一部に資材として使われて、今ではもう忘れられちゃったみたいだけどね」
 ご先祖様たちがこの地を離れられなかったわけが分かった気がした。
 地下にこんな場所があるなら、どんな辛いことがあったって逃げる事なんて出来ないだろう。
「ここの遺跡の中枢と大部分は地下にあったの。街の地下はほとんど遺跡になってるから、結構権力のあるファラオの遺跡だったんだろうね。
 当時のファラオはそれでアポピスの目を誤魔化そうとしたみたいだったんだけど、残念なことに失敗してやられちゃったみたいで。それで誰も居なくなっていたそこに私達が住みついたの。
 結構広いから結構掃除するのとかも大変なんだよ。まぁ部屋は多いから好きな場所を使えるって言う利点はあるんだけど」
 感傷的になりかけていた僕ははっと我に返る。
 アズハルの口ぶりからは、もはやファラオは過去の存在なのだという事が伺えた。そう、ここはもうファラオの聖地では無く、アズハル達ケプリの住処なのだ。
 それにもう僕だって感傷的になってはいられない。信じていたものの聖地で無くても、ここは愛する恋人の家なのだから。
「地上に人間達の街もあったし、きっとそのうち誰か来てくれるって思ってたんだけど、千年以上も誰も見つけてくれなくて。だから、この遺跡に人間が来るのは本当に久しぶりなんだよ。
 ふふ、私達の王宮へようこそ。姉妹一同、あなたがいらっしゃるのをずぅっと待ち望んでいたんですよ? ご主人様?」
 悪戯っぽく笑うアズハルに、僕は何と答えたらいいのか分からなかった。
 自分の顔が苦く渋いものになるのを自覚しながらも、それでも彼女の手はしっかり握っておいた。


 砂と土に埋もれた地下にあるだけあって、遺跡の中は真っ暗だった。アズハルの髪飾りについていた宝石が光を発して周りを照らしてくれていたが、その明かりがあっても二三歩先には何も見えない。
「……アズハル」
 そして時折、闇の中から自分とアズハル以外の足音や息遣いが聞こえてくる。
「大丈夫。私の姉妹達だから、取って食われたりはしないよ。……性的な意味でなら別だけど」
「だよねぇ」
「今のアミル、凄くいい匂いがしてるしね。汗の匂い、精液の匂い、さっきの私との……。私だって我慢するのが大変なんだから」
 アズハルが僕とつないだ手を、指を絡めるような形に変えてくる。水汲みや洗濯で顔を合わせていた時にはそれほど魔物娘らしい性欲の強さを感じなかったものの、やはりアズハルも魔物娘だったらしい。
 嫌悪感は全く無かった。むしろこんなに好きになってもらえたと思うと嬉しくて、もし本当に去勢される事になってしまったらと考えるとたまらなくなった。
 去勢されたく無いと改めて思う。誰かの犠牲を避けたいとは言っても、愛しい人と繋がるための男性器は失いたく無い。
「着いたよ。ここが王の間」
 考え事をしているうちに目的地に着いてしまったらしく、アズハルが足を止めていた。
 目の前に立ちはだかる大きな扉。明らかに他とは作りも材質も違っていた。じっくりと見ているうちにその材質の正体が分かり、僕は驚いて後ずさってしまう。
「ここをアフマルお姉ちゃんとアズラクお姉ちゃんが……って、どうしたの」
 暗闇の中でもそれと分かる太陽のような温かな煌めき。それがこんな大きな扉や、壁にまで。まさか、この周辺全てがこれで出来ているというのか。
「これって、金。だよね」
「うん」
 扉には複雑な美しい幾何学模様がいくつも刻まれていて、壁にも神を称えるらしい絵画がいくつも描かれていた。
 黄金を贅沢に使うだけでなく、これだけの金細工や芸術品まで作らせてしまう程の王。どれだけの存在だったのだろう。
「こんな量の金、見たことないよ」
 黄金の王の間に圧倒されかかっていた僕を、つないだアズハルの手が現実に引き戻す。
「でも、どんなに豪華な部屋や食事や財宝があっても、主が居ないんじゃ意味が無いよ。空っぽの部屋は寂しくて寒いだけ」
 アズハルは僕の手を強く握って寂しげに笑った。無理して笑顔を作っているのはすぐに分かった。
 僕達が何代も掛けてファラオの復活を待ち望んでいた間、アズハル達もずっと誰かが自分達を見つけてくれるのを待っていたのだ。こんなに暗く、静かな場所で。
 僕は手を握り返して顔を上げる。
「入ろう。お姉さん達に話を聞いてもらおう」
 僕はアズハルと頷き合い、一歩踏み出した。扉に手を掛けようとすると、驚いたことに扉の方が音も立てずに自然に開いていった。
 扉の向こうから金色の光が溢れ出し、暗闇を追い払ってゆく。
 闇に慣れた目には、その光はあまりにも眩すぎた。目を開けていられず、とっさに顔の前に手をかざしてしまう程の明るさだった。
 段々と目が慣れてゆき、ゆっくり目を開けてゆくと。
 壁も天井も床も太陽の色で出来た部屋が、僕達に向かって口を開けて待っていた。
 僕は生唾を飲み込み、空いた拳を握りしめて唇を引き結ぶ。
 自分は王には分不相応な男だと思う。でも、せめてアズハルが気に入ってくれた男として恥ずかしく無い振る舞いをしたい。
 部屋に入ると、どこを見ても黄金と財宝の山で目が眩むようだった。それ一つで街を買えてしまいそうな程の財宝の数々が、雑貨屋の倉庫の中のようにごちゃごちゃに積み上げられていた。
 唯一ぽっかりと空いた部屋の中央には、両脇に黄金の女神像を従えて、主の居ない大きな王座が鎮座していた。黄金と様々な宝石で編み上げられたそれは、まるで煌めく七色の宝石を実らせる金で出来た果樹のようだった。
「ようこそおいで下さいました、我らが主様」
「永きにわたり、私どもケプリ一同あなたのような方が来るのをお待ちしておりました」
 落ち着いた女性の声と共に、玉座の傍らに佇んでいた黄金の女神像がうやうやしく腰を折って頭を下げる。
 黄金の照り返しのせいで気が付かなかったが、二人は像などでは無かった。見間違えようの無い昆虫の四肢から察するに、彼女達二人もアズハルと同じケプリに違いない。体型はやや大きく、顔つきも少し違う物の、どことなくアズハルと似たような面影と雰囲気があるように感じられた。
 きっと彼女達がアズハルの姉であるアフマルとアズラクなのだろう。
「さぁ、どうぞ玉座に」
 先に動いたのは玉座の左手に佇んでいたケプリだった。
 抱き心地の良さそうな、女性らしい肉付きの良い体つきをした彼女は、垂れ目がちのおっとりした顔に微笑みを浮かべて身をかがめて玉座を指し示す。
 ふんわりとウェーブのかかった長い髪が肩から流れ落ち、アズハルの物よりも大きく実った乳房が悩ましげに揺れる。
 目を奪われなかったと言えば嘘になってしまうが、今はそんな場合では無い。
 僕は大きく深呼吸し、気を取り直してから首を振った。
「いいえ。僕は貴方達の王ではありません。僕は、その」
 僕は何だ。彼女達ケプリ達にとって、アズハルにとって、何なのだろうか。
 心細げにアズハルが僕を見上げた気がして、僕は内心で首を振って、決意を固める。
「僕は、貴方達の姉妹であるアズハルの恋人です」
「ケプリの恋人がその姉妹達からどういう扱いを受けるのか、この土地で生まれたあなたなら知らないわけでは無いと思いますが」
 すらりと長い手足を持った均整のとれた美しい肢体のもう片方のケプリが、釣り目がちな目を細めて品の良い笑みを浮かべる。
 軽く首を傾げた拍子に、絹のように美しい真っ直ぐの長髪が流れた。
「不思議ですか? うふふ。匂いです、貴方からはかつてからこの地に住んでいる、ファラオの血を継ぐ民の懐かしい匂いがするんですよ」
 なぜ土着民だと分かったのか問う前に答えられてしまった。それだけ僕の顔が分かりやすかったのか、彼女の頭の回転が速かったのか。
 しかしどちらにしろ、僕の返答は決まっている。
「でも僕は、貴方達ケプリの王になるには相応しくありません。僕はただの平民……いや、今は人間ですら無い奴隷の」
「あぁ、もう。面倒臭いなぁ」
 釣り目のケプリは僕の言葉を遮って、大きく息を吐いて肩を竦める。ちょっと面食らってしまったが、顎を上げてにやりと勝気そうに笑ったその表情は取り繕ったような上品な顔よりよほど魅力的で、彼女に良く似合っているように思えた。
 いや、こっちの方が彼女の本来の顔なのかもしれない。
 彼女は大股で僕に近づいてくる。そしてアズハルと言葉を交わす暇も与えずに僕の顎に指を添えると、くいっと自分の方を向かせて唇の端を吊り上げる。
「いいから黙って今すぐあたし達の王様になってよ。アズハルからちゃぁんとあんたの話は聞いているんだ。アミル。あんたが何て言おうと、あんた以上の王様は居ないよ」
 あたしの身体に賭けて、絶対後悔なんてさせないから。そんな風に彼女は耳元に口を寄せて囁いてまでしてくる。
 アズハルと出会っていない僕だったら、あるいは昨日までの僕だったらこれでコロリといっていたかもしれない。
 しかし正直驚きだった。こんな風に手放しに歓迎されるとは思っていなかった。アズハルはずっと姉達が外に出るのを良く思っていないと言っていたし、てっきり追い返されるか、無下にされても仕方ないと思っていたのだが。
「でも、お姉さんたちは外から人間を連れてくるのは反対だったんじゃ……」
「名目上はね。でも、長年気持ちを共にしてきた可愛い妹が心の底から惚れ込んで、自分達の王様にしようと連れ込んできた男だ。認めないわけが無いだろう? それに、連れてこられたとしても遺跡を訪れたことには変わり無いんだから。
 あたし達はあんたの事を嬉しそうに話すアズハルの姿を見てきた。姉妹がそこまで恋した相手だ、姉妹揃って王の物になるあたし達ケプリが気にならないはずが無いだろう? 今更あんたの事を王様として意識してないケプリなんて、この遺跡には居ないよ。
 ……王様になればあたし達みんながあんたの物になるんだよ? 自分で言うのも何だけど、みんな結構美人で気立てが良くて、床上手だ。王様にならない手は無いだろう?」
 強気な瞳が僕を覗き込んでくる。その瞳には自信が満ち溢れていて、僕は頷きそうになるのを堪えるのが大変だった。
「我慢強いんだね。いいさ、躊躇っているなら今すぐ身体に教えてあげるだけだ。あたし達の身体がどれだけいいものか……」
 彼女の良い唇が近づいてくる。僕は勢いに飲まれていて、綺麗な唇だなと思いながら見守る事しか出来なかった。
 そんな僕の隣からはっと息を飲むような音が聞こえてきて。
「ちょっと待ってよアフマルお姉ちゃん。そんな話私聞いてないよ。じゃなくて、先に私達の話を」
 それまで呆然と事態を見送っていたアズハルが、僕とアフマルというらしい姉との間に入ってきた。
 そこにさらにもう一人のケプリまでもが入り込んでくる。
「うふふぅ。そうよぉアフマル姉さま。そんなに焦ったら、ご主人様がびっくりするじゃない」
 僕は目を白黒させる事しか出来なかった。話が何だか良く分からない方向に転がり始めている気がするが、制御のしようも無かった。
 彼女は肩をいからせるアズハルをなだめ、僕の顎に伸ばされたアフマルの腕をやんわりと下げさせる。
「アズラクお姉ちゃん」
 そしてアズラクと呼ばれたケプリは僕の正面に回ると、しっとりした両手で僕の頬を包み込んでにっこりと笑った。
「初めまして。私はケプリ姉妹の次女のアズラクと申します。こちらが長姉のアフマルです。少し不躾な言い方をしてしまいましたが、アフマルはアフマルで姉妹全体の事を考えておりますもので、お許しいただけますでしょうか」
「それは、も、もちろん」
「さぁアミル様。これからゆっくり、じっくり、ねっとり、私達の主になる良さを教えて差し上げますわ。
 空の上の雲みたいに柔らかいベッドの上で、好きなだけ時間をかけて好みの娘達を抱いて下さいまし。お腹が空いたら、私達が美味しいお料理を用意いたします。
 今は乗り気でないような事をおっしゃられていますが、一度体験されたらきっと満足されると思いますわ。ね、アフマル姉さま」
 まるで肉食獣のようだったアフマルは少し興が削がれたようだったが、それでも僕を王に立てる事を諦めたわけでは無いようだった。
「あ、あぁ。あたし達は身体も心も王のものだ。あたし達の全ては王を満足させるためにある。
 ……あんたは自信が無いみたいな事言ってるが、アズハルが選んでここに連れて来たってだけで、それだけで本当に王になる理由としては十分なんだ。それに実際に直接会ってみた第一印象でも、優しくて気遣いが出来そうで、あたし達の王には相応しいと思えたよ」
 アフマルもアズラクも満足そうに頷いてしまう。まるで話はこれで決まりだとでも言いたげだった。
 内心僕は焦ってしまう。予想外の形で妙なところで話が落ち着いてしまいかけているが、しかし僕らが来たのはこの話をするためではないのだ。
「駄目なの」
 声を上げたのはアズハルだった。
 震える声で、表情を無くしながら彼女は涙目になって続けた。
「のんびりしてたらアミルが去勢されちゃうの。ううん、それどころか、上の街に昔から住んでいた人達みんなが教団の人達に去勢されちゃうかもしれないの」
 声だけでなく体まで震わせ始めてしまったアズハルの手を、僕は硬く握りしめる。
 話を聞くなり、アフマルとアズラクは顔を見合わせ、即座に表情を引き締めた。話ぶりと、そして話の内容からただ事では無いと察してくれたのだ。
「どうやらあたし達が知らない間にとんでもない事になってるみたいだね」
「アミル様、アズハル。大丈夫だから、私達にもそのお話をちゃんと聞かせて」
 片や捕食者のように情熱的に男を求め、片や全てを包み込むような包容力を持って男を籠絡しようとするその手腕も惚れ惚れしてしまいそうだったが、それで終わらないからこそ彼女達はケプリ達を纏める役を務められているのだろう。
 僕はアズハルと顔を見合わせると、どちらからともなく頷いて話を始めた。


 数年前、この街に突如として教団が攻め込んできた。
 昔から戦争などしてこなかった僕らはあっけなく教団に敗れ、ファラオを信仰していた異教徒として人間以下の扱いをされる事となった。
 魔物を信仰する者は、同様に魔物であるという考えの元に。
 奴隷としての酷い仕打ちに耐えながらも、それでも僕らはいつか救いがあると信じて諦めずに生き延びてきた。しかし、待遇は時間が経つごとにますます悪くなるばかりだった。
 理由の無い奴隷への暴力も増え、不当な罪に対する厳罰処分でさえ日常的に行われるようになった。今では奴隷の罪状に関してはろくに調査を行う事さえされていなかった。
 証拠の無い罪状に対して致死性の高い去勢処分を施すという僕の直面しているような例も、最近では珍しい事でも無くなってきていた。
 このままいけばいずれは全ての男の奴隷に対する去勢処分が街議会に提案される。そして、今のままの情勢で行けばその案は可決されてしまうだろう。
 僕は言葉を選びながら、アフマルとアズラクに話をした。アズハルと握った手のひらがずっと震えていたが、アズハルと自分のどちらが震えているのか、話の最後まで分からなかった。
 もしかしたら二人とも震えていたのかもしれない。だからこそ、二人ともお互いの手を離せなかったのかもしれなかった。
 アフマルとアズラクの二人は終始深刻そうな顔で僕の話を黙って聞いていた。
 話が終わるとしばらく誰も声を上げられず、煌びやかな黄金に取り囲まれた王の間に重く鈍い沈黙が降りた。
 それも当然だと思えた。話している僕でさえ言葉が震えそうだったのだ。自分達の関わりの無かった場所の話とはいえ、目の前の男が去勢を控えていると聞かされたら、すぐに言葉など出てこないだろう。
 ふぅ、というアフマルの大きな嘆息が重い沈黙を揺らした。ずっと腕を組んで話を聞いていた彼女は、苦い顔をして俯きながらも自ら沈黙を破った。
「街に教団がやって来ていたことは知っていたけど、まさかそこまでの事態になっているとは。どうりであんたの身体も傷だらけなわけだ……。
 あたしはずっと、あたし達ケプリはじっと遺跡の中で王様を待ち続けなきゃいけないって思ってた。そうして運命に導かれてやってきた王様に尽くすのがあたし達なんだって信じてた。でも、こだわり過ぎだったのかな、あたしは」
 アフマルは震える声で言い、片手で顔を覆ってしまう。
 両手で覆わなかったのはもう片方の手で震える体を抑えていたからか、それとも顔を隠す気が無かったからなのか。
 それでも、指の間からは泣きそうな程に歪められた顔が覗いていた。
「もしあたし達が外に出て、新しい王様をもっと早く見つけられていたら、こうはならなかったのかも。あたしがちゃんとみんなの気持ちを汲んでさえ居れば」
「アフマル姉さまだけが悪いんじゃないわ。私だって、外に出るのは反対だったもの」
 今にも泣きそうな表情のアズラクはどうしても声が硬くなってしまうようだった。話が進むごとに垂れ目がちな目尻を更に悲しげに下げていったアズラクの目からは、いつ涙が零れ落ちてもおかしくなかった。
「お姉ちゃん……」
 アズハルは顔を曇らせ俯いてしまう。
 アフマルは表情からふっと力を抜くと、そんなアズハルの身体を優しく抱き締めた。
「アズハル。やっぱりあんたが正しかったんだね。あんたが外に出たいって言った時にキツイ事を言いはしたけど、内心ちょっとほっとしてたんだ。アミルを連れてきてくれた事も本当に感謝してる。王様が来てくれて心の底から嬉しいのも、本当だ。こんな気持ちになれるならもっと早く探すべきだったって、そういう意味だよ」
 アズラクも二人により添い、言葉を重ねる。
「ただ、私達はちょっと怖かったのよ。自分達の力で、本当に運命の相手を選べるのかって」
 二人の姉達はアズハルの頭を撫で、気遣うように背中を撫でてやっていた。
 ふと自分の妹の事を思い出してしまい、胸がちくりと痛んだ。あいつは無事にやっているだろうか。元気で居てくれることを切に願うばかりだ。
 荒くれ者の兵隊や傭兵共はともかく教団の信者達は異教徒には手を出さないだろうが、それでも妹がうら若き乙女である事を考えると心配せずにはいられない。
「妹に良くしてもらった事もあるし。何があってもあんただけは救ってやりたいところだけど」
 三匹のケプリ達が揃って僕の方を見ていた。
 僕は咳払いして気持ちを切り替える。
「そうすると街のどこかで働かされている僕の父親が去勢されるでしょう。あるいは、母親や妹にも危害が及ぶかもしれません。もしかしたら奴隷全体に対する去勢が早まる可能性もあります」
 アフマルは思案気に顎をなぞった後、表情同様に硬い声で告げた。
「本来あたし達は戦闘向きじゃない。戦うとしても防衛の方が専門なんだ……。でも、駄目元であたし達みんなで教団に戦いを挑んでみよう。いくらなんでも、大勢の人間が去勢されていくのをただ見ているだけなんて、魔物娘の端くれとしても他の魔物娘達に示しがつかないよ。
 人間達が助かるなら、あたし達はどうなっても」
「駄目ですよ! 捨て身になるくらいなら、戦っちゃ駄目だ!」
 アフマルは険のある視線を向けてくるが、僕は引かなかった。
「これは僕等人間の問題なんです。無関係の貴方達が戦いで傷つくなんてあってはならない事だ」
「だったら、あんたは自分の親族や昔馴染みたちがあそこを切り取られても平気だって言うのかい」
「っ、……そんなわけ無いじゃないですか」
 僕は声を抑えてそう言った。抑えなければ悲鳴のような声が出てしまいそうだった。
 大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。やっぱり、取れる方法はこれしかない。
「僕が、大人しく出頭します。きっと奴隷全体への処分の決定までにはまだ時間がかかるはずですから、貴方達はその間に新しい王を見つけるなり、仲間の魔物に連絡を付けるなり」
「ダメ! そんなの絶対許さないから!」
 アズハルに手を引かれ、力づくで抱きすくめられる。
 甘い匂いのする柔らかい肌に包まれているとどうしても未練を引かれて覚悟が揺らいでしまう。ずっとこうしていたいと願ってしまう。でもずっとこうしていたら、たくさんの大切な人が傷つけられて死んでしまうかもしれないのだ。
 アズハルは僕にとって世界で一番大切な人だ。でも、だからと言って家族や昔から世話になってきた街の顔馴染たちを見捨てることも出来ない。
 すべすべしたアズハルのほっぺたが濡れている。僕は胸が締め付けられて、彼女の背中に腕を回した。
 しゃっくり上げる彼女の背中を撫でていると、大きな吐息が二つ続けて聞こえてきた。
「いくらアミル様のお言葉でも、はいそうですかと引き下がるわけにはまいりませんわ。アミル様は私達の未来の王。家来として、王の男性器が切り落とされるのを黙って見過ごす事など出来ません」
「あんたは本当に優しいんだな。あぁもう、腹の底から仕えたくって仕方が無くなっちゃうじゃないか。
 ……アミル様。方法なら一つだけあるんだ。あんたの身体も失わずに済み、あんたの大事な人達もあたし達も傷つかずに幸せになれる方法が」
 みんなが幸せになれる? そんな都合のいい魔法のようなものが本当にあり得るのだろうか。にわかには信じられなかったが、しかし僕はそれにすがらずにはいられなかった。
 顔を上げると、アフマルはなぜか頬を染めて顔を逸らした。
「でも、上手くいくかどうかは分からない。アミル様にも覚悟してもらわなければいけないし、あ、あたし達との相性にもよるし」
「やるよ。やります。僕に出来る事なら何だってします」
 アフマルが目くばせすると、アズラクとアズハルは彼女のしようとしている事に気が付いたらしい。二人は少し気まずそうに、少し照れたように僕を見つめてくる。
「アミル様もこの地で育った男だったら知っているだろう。滅ぼされた国を復活させるべく、神の力を得るために眠りに着いたファラオの話を。
 かのものが目覚めた時、滅び去った王国は蘇る。眠りから覚めた王はその身に宿る神のごとき力を持って王国を脅かす全ての者達から民を守り、永久の繁栄を約束する」
「知っていますけど、でもそれはファラオの話でしょう? この遺跡のファラオは大昔に死んでしまった。だから貴方達ケプリが住みついているんだ。ファラオが蘇るなんてことはありえない」
「確かにここのファラオは大昔にアポピスにやられて滅んでしまった。でもね、あたし達ケプリを従える王も、それに匹敵する力を得られるんだよ」
 まさか彼女の案というのは、僕が覚悟しなければならない事というのは……。
「そのために、僕は何をすればいいんですか」
 アフマルは目を見開いて僕を見た後、ふっと顔から緊張を抜いて先ほどのような勝気そうな笑顔を浮かべる。
「アミル様がしなければいけない事は二つある。
 一つは、あたし達の新しい王になるという覚悟を決める事。
 もう一つは、明日の朝までにあたし達の王になるという事。
 どちらも並大抵の事では無いとは思う。でもね、あたしはアミル様は王に相応しい人間だと思っているし、あたし個人としても王になって欲しいと思ってる。姉妹達もきっと気に入るはずだ。人間の姉妹なんかよりずぅっと長い間一緒に暮らしてきているから、あたしの見立ては信用してもらっていいと思う」
「……でも、本当に僕なんかが王でいいんでしょうか」
「一目見た瞬間、私はこの方に身も心も捧げるのだって感じましたわ。胸が熱く燃え上って、おなかの底がぐらぐら煮え滾るみたいでした。他の姉妹達だって、きっとそう」
 そう言って屈んで視線を合わせてきたアズラクの表情は、勇気を出して旅立とうとする子どもを見守る母親のようだった。
 それでも僕は目を伏せてしまった。身体が急に冷たく感じて、震え出してしまいそうだった。
「……アズハルの気持ちは、自信にはならないかい? アズハルはね、誰でもいいからって外に出たわけじゃ無い。運命に選ばれて遺跡を訪れる王に負けない相手を選ぶために、長姉であるあたしでも止められない決死の覚悟で外の世界に飛び出したんだ。そんなアズハルがアミル様を選んだんだ。他の誰でも無い、あなたを選んだんだよ」
 アフマルの言葉に、僕は頭を殴られたような気がした。
 僕はアズハルの気持ちをちゃんと考えていただろうか。遺跡で王を待つはずのケプリがどんな気持ちで外に出てきたのか、僕と愛し合った後で去勢されてしまうと聞いて魔物娘の彼女がどれだけ不安に思ったのか、そして知らない大勢の為に想い人が身を捧げると聞いて、今どんな気持ちでいるのだろうか。
 僕が去勢されてしまっても、一生セックス出来なかったとしても彼女は側に居てくれるかもしれない。男でなくなってもそばに居てくれたら嬉しい。でも、それ以上にきっと僕も彼女も苦しいだろう。
 生き残れればまだいい方だ。死んでしまったら、彼女は僕に傷物にされたまま、新しい王にも相手にされなくなってしまうかもしれない。
 だからと言って一緒に逃げても、僕は一生仲間を見捨てたことを後悔するだろうし、アズハルもそれを気に病み続けてしまう。
 僕は、死んだように生きていた僕に命を実感させてくれたアズハルにそんな辛い目に遭って欲しく無い。愛するアズハルにはずっと幸せでいて欲しい。ずっと僕の隣で微笑んでいてほしい。
 胸の中からアズハルが身じろぎして、僕を見上げる。真っ直ぐな純真さできらきらと輝く、赤い宝石のような二つの瞳。この瞳を悲しみで曇らせたくは無い。
 王になる事で誰も傷つかず、アズハルが笑ってくれると言うなら。
「アミル……」
 もう一度、ぎゅっとその温もりを抱き締める。
 そうだ。この温もりを守るためなら。アズハルの為なら、迷う事なんて無かったんだ。
「僕が王になります。王にならせてください」
 アズハルの両腕が背中に痛いくらいに食い込んでくる。でもそれは全く苦しく無く、むしろ胸の奥から心地よい温かさが溢れて来るようだった。
 アフマルはふっと安堵の吐息を吐くと、にやりと笑って僕の肩に手を置いた。
「良かったよ。王になるのを迷って時間を掛けられたら、間に合わなくなるところだった」
「間に合わなく?」
「あぁ、アミル様にはこれから王になるためにやってもらう事があるんだよ。そのためには時間は長いに越したことはないからね」
 最初から何となく分かっていた事だが、王になるためには何らかの儀式か、試練のようなものが必要なのだろう。流石にケプリ達に認められれば王になれるという程甘いものでは無いらしい。
 ケプリの王になるための試練。果たして僕に出来る事なのだろうか……。いや、弱気になっていては駄目だ。今アズハルの為に頑張ると決めたばかりじゃないか。
「何でもやります。必ず王になって見せます」
 意気込んで顔を上げると、アフマルは顔を真っ赤にして僕から顔を逸らしてしまう。アズラクに目で問うても、彼女も頬を染めて顔に手を当てるだけで何も答えてくれない。
 胸の中のアズハルまでも恥ずかしそうに目を伏せてしまう。
「あの。それで何を頑張れば?」
 結局僕は長姉であるアフマルに目を戻す。
 アフマルは気を取り直すかのように咳払いをしたものの、その顔は相変わらず真っ赤なままだった。
「あ、アミル様にはこれから朝まであたし達ケプリ全員を相手に夜伽を行ってもらう。本来は数匹ずつで、時間を掛けて王の身体に近づけていくものだが、今回は時間が無い事もあるから、全員一緒に相手をしてもらう、事に、する。
 あたし達とアミル様の身体の相性が良ければ、きっと日が昇るころにはアミル様は立派な王になられているはずだ」
 彼女達と僕の体の相性が良ければ? 本来はケプリ数匹ずつのところを、全員を相手に? 日が昇るまで夜伽を行う?
「……あの、それってつまり」
「こ、これ以上あたしに説明させないでくれ。あたしも羞恥心ってものくらい、あるんだ」
「うふふ。簡単に言えば、アミル様がアズハルとしたのと同じことを私達姉妹全員ともしてもらうというだけのことです。もちろん一度や二度ではすみませんわ。何度も、何度も、アミル様と私達姉妹が満足するまでずぅっと続けるんですの。
 安心してください。私達の身体と技法と魔力で、涸れ果ても飽きさせもさせませんわ」
 そわそわとし始めているアフマルと対照的に、アズラクは落ち着いていて、それどころか心底楽しそうだった。
「でも、それと王になる事にどういう繋がりが?」
 あまりに予想外の突拍子も無い話に、正直僕は困惑していた。多人数とまぐわう事への恥じらいや男としての嬉しさ以前に、話について行けなかった。
「アミル様が名目だけでなく、王国を蘇らせられる程の王の力を得るために必要な事なんだ。
 アミル様が王の力を手に入れるためにはあたし達の魔力を取り込む必要がある。あたし達が王に捧げるために長年かけて溜め込み続けた魔力をね。
 まぐわいをするのは、その形が一番魔力を注ぎ込みやすいからだ。……申し訳ないなんて思わないでくれよ。アミル様は何も気にしなくていい。私達ケプリは、王だと認められる者以外に身体は許さないように出来てるんだ。
 ……ま、まぁ力を得る事以外にも。肌を重ねればあたし達の身も心も知ってもらえると思うし、あたし達の王を慕う気持ちも一層強まる。それに、身も心も王と繋がるという事は、あたし達にとってこれ以上ない喜びでもあるんだ。だから、その」
 尻すぼみに言葉を濁すと、アフマルは不機嫌そうな顔で僕から目を逸らした。強気そうな態度と裏腹に、この態度と言葉に滲む初々しさこそが彼女の本質なのかもしれなかった。
 僕は素直に可愛いと思ってしまう。アズハルの姉妹だから、というわけでも無いのだろうが、彼女達は皆それぞれ個性的で魅力的だった。
 僕には勿体ない。とも思わないでもなかったが、今の僕の気持ちはそこで止まらなかった。
 せっかく気に入ってくれたのなら、僕を求めてくれたのなら、求められたものを返そう。僕は彼女達の王様になるのだから、尽くしてもらう分、彼女達の気持ちにも応えなければならない。
「あぁ、分かった。頑張らせてもらうよ」
 自分でも思っていた以上に優しい声が出た。
 アフマルは見ているこっちが可笑しくなってしまう程分かりやすく目を泳がせてから、腕を組んで胸を張った。
 それから誰も居ない部屋の入口の方に目を向けて声を張り上げる。
「そ、そう言うわけだ。時間が無い。準備を始めるぞ! おい、アスワド、アスファル、聞いてるのは分かってるんだ。出て来なさい!」
 開きっぱなしだった扉の向こうで何かの動く気配がした。どうやら彼女達の姉妹がひそかに話を聞いていたらしい。
 アフマルに言われて顔を出したのは、目が隠れるくらいに前髪を伸ばした大人しそうなケプリと、僕の妹よりも年下にしか見えない幼児体型のケプリの二人組だった。
「立ち聞きするくらいなら堂々と入って来い。全く、末のアスファルはともかくアスワドまで」
「……ごめんなさい。気になったけど、恥ずかしくて……。アスファルは私が言ったから一緒に居てくれたの。だから」
「ううん、私も聞きたかっただけだよ。それにアスワド姉が居なかったら我慢できずにお兄ちゃんに襲い掛かっちゃいそうだったし。えへへへへ」
 どうやら前髪の長い子がアスワドで、小さな娘の方がアスファルというらしい。
 片や見た目通りの大人しく優しげな雰囲気を持ち、片や小さな体に収まらない程の活発さを持っていたが、どちらとも悪い子では無さそうだった。
 アフマルが背筋を伸ばすと、その意を汲んだ二人は表情を引き締めて姿勢を正す。
「これからこの遺跡の全員で王の歓迎の儀を行います。アスワドとアスファルは全ての姉妹に貯蔵した魔力の全てを持って大広間に集まる様にと伝えなさい。集合の時刻は今から半刻後よ、いいわね?」
「分かりました。お姉さま」
「じゃあみんなに伝えて来るねー」
 アスワドは丁寧に頭を下げ、アスファルは元気に返事をして、連れ立って部屋を出て行った。
 集合は半刻後。あと少ししたら、僕はケプリ姉妹達と……。
 その前にどうしても確認しておかなければならないことがあった。僕はぼんやりと妹達を見送っていたアズハルに声をかけ、気になっていた事を聞いてみる。
「ところで姉妹って全部で何人いるの? 少なくとも五人は居るみたいだけど」
 アズハルははっと僕を見上げると、記憶を手繰るかのように視線を巡らせる。
 しばらく考えた後にようやく彼女が発した言葉は僕が恐れおののくのに十分なものだった。
「えっとね。二十四、いや、五匹だったかなぁ」
 アフマルが大広間を指定したときに察するべきだったのかもしれない。しかし一人で二十五匹の相手をするなんて、色んな意味で死んでしまいそうだ。
「まぁ三十匹までは居なかったはずだ。期待してるよ、主様」
「ふふ、ゆっくりねっとり楽しませて差し上げますわ。ご主人様」
「わ、私だってお姉ちゃん達には負けないから。一緒に気持ち良くなろうね、アミル」
 微笑むケプリ達に、僕は形だけの笑顔を返すので精一杯だった。
13/06/28 23:46更新 / 玉虫色
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■作者メッセージ
言い訳的あとがき。
ケプリ達というと図鑑の説明文的には遺跡に来た男に集団で襲い掛かって、その男を王にする、というイメージだと思うのですが。
この物語では、王様を迎える存在、という感じで考えています。イメージ的にちょっと違うかもしれませんが……。これはこれで、という感じで楽しんで頂けたら幸いでございます。

個体差も様々ですが、みんな王様を求めていて王様を愛していて王様に尽くす存在という点は共通しています。

(あと名前も分かりずらいですよね。一応、意図があって付けたのですが……。
後で簡単なキャラ紹介も付けたいと思っています)

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