第二章:教団の奴隷(下)
気が付くと、いつもの納屋の中の乾草の上だった。何だか全身がだるくて、鼻が詰まっていて息苦しかった。
僕はぼんやりと納屋の中を見回して、寝起きにしては明るすぎる光景にはっと息を飲む。
……寝坊した。
焦って身を起こそうとした途端に全身に痛みが走り、喉の奥から勝手にくぐもった声が漏れた。
しかしおかげで、意識と記憶がはっきりと蘇ってきた。
そうだった。眠っていたんじゃない。水瓶を壊したのだと言いがかりをつけられて、蹴り付けられ、踏み付けられて、それでいつの間にか意識を失っていたんだ。
どうやら今は昼のようだが、あれからどれくらい気を失っていたのだろうか。わずかな時間か、それとも丸一日という可能性もある。
とにかく、起きて確認しなければならない。仕事をしなければ周りにも迷惑が掛かってしまうのだから。
ゆっくり体を起こすと全身がぎしぎしと悲鳴を上げた。
体中痛まない所が無いくらいの惨状だった。だが、幸いどこの骨も筋も壊れてはいないようだった。
踏みつけられていた右手には感覚は無かったが、骨が折れたりしているわけでは無さそうだった。時間は掛かるかもしれないが、そのうち良くなってくれるだろう。
僕は鼻を擦って、乾いた血の塊を振り払う。
夢を見た気がする。女奴隷のザフラさんに謝られながら介抱される夢だ。
……違う。夢じゃない。意識が朦朧としてはいたが、あれは現実だ。
主人が去って行ったあと、ザフラさんが僕を背負ってここまで運び入れてくれたんだった。
それからザフラさんは、泣きながら本当は主人の子どもが遊んでいるうちに水瓶を痛めてしまったんだと話してくれたんだ。意識を失いかけてろくに返事も出来ない僕に、何度も何度も頭を下げて謝ってくれて。
歯噛みすると、顎さえも傷んだ。何が悲しいか悔しいか分からないが、涙が出てきた。
……違う。何かがでは無く、もう全てが嫌なのだ。
あの子ども達はきっと何不自由なく暮らして子どもも作っていくんだろう。
それなのに自分は、自分が悪いわけでも無いのに男としての機能さえ奪われてしまうんだ。
「アズハル」
ずっとケプリ達の事を考えて遠慮してきた。でも本当は、一度でいいからちゃんと抱きしめたかった。男女の関係として、もっと親密になりたかった。夫婦として、ずっと一緒に……。
でも明日が来てしまったらそんなささやかな夢すら見られなくなってしまう。
もう男としてアズハルを抱く事は叶わなくなる。それどころか去勢術に失敗して命を失えば、アズハルと言葉を交わしたり、顔を見る事さえも出来なくなってしまう。
いやだ……。いやだよそんなの……。
「……さん。アミルさん」
小さな声が聞こえた。ちゃんと僕の名前を呼ぶ声だった。見回してみると、納屋の扉からザフラさんがこちらを覗いていた。
足を引きずるように近づいていくと、彼女は周囲を伺ってから納屋に入って僕に耳打ちしてきた。
「ご主人たちはお昼ご飯を食べてらっしゃいます。今なら気付かれずにここを抜け出せます」
「でも、そんな事を、したら」
痛みで舌が回らなかったが、それでも彼女は僕の意を汲んでくれる。
「ご主人には、あなたが高熱を出して二三日動けないだろうと伝えておきました。近づいたら病気が移るかもしれないとも。
……それでも明日には去勢するための施設に連れていくと仰られていましたが、少なくとも明日の昼まではここには誰も入って来ないでしょう」
「あの、言ってる、意味が」
「……こんな事で償いになるとは思いませんが、あなたの分の仕事は私が代わっておきます。想い人に会って来て下さい」
僕は思わず、まじまじと彼女の顔を見つめてしまった。
彼女は気まずそうに目を伏せたが、唇を引き結んで顔を上げ、僕の腫れ上がった頬に触れてきた。
顔全体に鈍い痛みが走るようだったが、彼女の手は人間らしく柔らかく温かかった。
「逃げなさい。と言いたいところだけれど、明日の昼にあなたが居なかったら、ご主人が何をするかは分かりません」
「分かって、居ます。この街には、父も、母も、妹も、居ますから」
ファラオを信仰しているという理由でこの街が教団に攻め落とされた時、元からここに住んでいた僕達は邪悪な異教徒として奴隷に身を落とされ、家族はバラバラにされた。
理由は結束を避けるためと、こうして一人で逃げ出す者を出さないためだ。誰か一人でも逃げ出せば、その家族が責めら、罰せられる。それが分かっていて逃げ出せる者などそうは居ないのだ。
ザフラさんにだって想い人や、もしかしたら幼い子どもだって居るかもしれない。
僕がぎこちなく笑うと、彼女はとうとう涙を零して僕の胸に顔を埋めてきた。
「ごめん。ごめんなさい。私が、私がちゃんとあの子達に注意を払ってさえいれば……」
「いいん、ですよ。こんな事、きっと、この街じゃ、よくあるんです。ご主人も、気難しい人、ですから」
それに彼女が僕の立場になるよりはずっといいだろう。この街は砂漠の魔界との戦いの最前線ともされていて、軍隊という名のならず者達も大量に流れ込んでくるのだ。
年頃の女の奴隷が罰せられて身を落とす先となれば、想像するのは難しく無い。そして、その先どういう扱われ方をされるのかも。
僕は彼女の肩を叩く。可能な限り明るい口調で告げたつもりだったが、逆に痛々しくなってしまったかもしれない。
「ザフラさん。ありがとう、ございます。お言葉に、甘えて、会って来ますね」
歩き出そうとする僕に、彼女は肩を貸してくれた。
そして彼女に見送られ、僕は裏口から家を後にした。
一歩踏み出すだけでも全身に鈍い痛みが走った。
それでも一歩進めばそれだけアズハルに近づけると思えば、そんな痛みは何でも無かった。
早くアズハルに会いたかった。彼女の身体の、お日様のような匂いに包まれたかった。
……だけど、アズハルに会ってどうするんだろう。
笑顔を見て、抱きしめて、それで、それで……。肌を重ねて交わりたい。でも、明日には男ではなくなってしまうのに、本当にそんな事が許されるのだろうか。
オアシスの泉はもうすぐそこだ。
アズハルは影も形も見当たらない。
残念だが、それも当然かもしれない。僕が泉に来るのはいつだって太陽が顔を出す頃か、太陽が空の頂点に来る少し前くらいだったのだ。その時間以外にアズハルと会えなくても何らおかしい事は無い。
最後に振り絞っていた力までもが抜けていき、僕は泉の淵の一本木の近くに、倒れる様に座り込む。
「アズハル」
誰も居ないオアシスに一陣の風が吹く。砂を運び、水面を揺らし、木の葉をざわざわと揺らして通り過ぎていく。
砂が目に入って目を閉じた。
急に体が冷えた気がした。
いや、こんなに太陽に照りつけられていて身体が冷えているわけが無い。恐らく身体が熱を帯び過ぎていて、感覚がおかしくなっているんだ。
身体を冷やさないと……。でも、身体が動かない。
「アミル? っ! アミル!」
人間のものとは違う独特の足音が転がるように近づいてくる。悲鳴のような声に胸がざわついたけど、やっぱりアズハルの声を聴くと気持ちが落ち着いた。
目を開けると、アズハルの泣きそうな顔が目の前にあった。
「やぁ」
「やぁじゃないよ。ひどい傷。体中痣だらけじゃない」
「へへ。どじっちゃってさ」
上手く笑えなかった。
「それに、すごく熱い。待ってて、すぐに冷やしてあげるから」
アズハルは泉に駆けてゆくと、すぐに戻ってきて僕の顔に濡らした布を押し当ててくれる。
身体にも同じように布を押し当ててくれて、布がぬるくなるたびに何度も泉を往復して、僕の身体を拭いてくれた。
気持ちが良かった。日に焼かれた熱、傷の熱、痛み自体も和らいでいくようだった。
「どう? 少しは楽になった?」
覗き込んでくるアズハルの顔は、未だに心配そうに強張ったままだった。
僕はそれが歯がゆくてたまらない。アズハルには笑っていてほしいのに、それなのに僕自身が彼女の顔を曇らせてしまっているのだから。
「凄く、楽になったよ、もう、大丈夫」
「でもまだ全然身体の傷が……どうしよう。私、どうしたら」
胸の上に滴がぽたぽたと垂れ落ちてくる。アズハルの涙だった。彼女は僕の表情が変わった事でようやく自分が泣いている事に気が付いて、慌てて目元を拭う。
「ごめんね。痛いのはアミルの方なのに」
「アズハル……。お願いがあるんだ」
「何? 私に出来る事なら何でもする。だから、だから……」
アズハルは僕の肩を優しく抱いてくる。焦ったところで僕の傷がすぐに良くなる事など無いと分かっていても、それでも何かせずにはいられないのだ。
そんな彼女の気持ちに甘えようというつもりでは無かった。でも、明日の事を考えると僕はどうしてもその事を口にせずにはいられなかった。
「……僕と、僕とセックスしてくれないか」
彼女は目を真ん丸にして、僕の顔を見つめてくる。
「もう、今日しか出来ないから。明日から先は君を抱き締める事も出来なくなってしまうかもしれないから。……だから今この場で、君としたいんだ。
明日から先の責任なんて取れない。君を傷物にしてしまうだけだって分かっている。でもそれでも、僕はずっと、一度でいいから君をちゃんと抱きしめたかった。……好きだったんだ。ずっと前から」
自分でも滅茶苦茶な事を言っている事は分かっていた。言葉だって、もっと選びようもあった。それでも感情が先走ってどうしようもなかった。
視界が歪んで頬に涙が流れてしまう。情けないと思っても止められなかった。
「嫌ならそれでいいんだ。無理矢理する気もないし、それだけの体力も無い。……こんな言い方、ずるいって分かってるけど、でも、でも僕は……」
僕は襤褸の下の自分のまたぐらを見下ろす。明日には切り落とされてしまう身体。まだ一度も誰かを愛した事も、愛された事も無い、僕の一部。
どんなに見苦しくてもいいから気持ちを伝えたかった。穢れきった欲望でしか無かったけれど、それでも失ってしまったら欲する事すら出来なくなるから。
「私なんかで、いいの?」
「アズハルがいいんだ」
「今、ここで、したいの?」
「嫌なら、いいんだ。アズハルの嫌がる事は、したくない」
「嫌なわけ無いよ。だってそれって、私の事今すぐ欲しいって事でしょ」
顔中が柔らかくて温かい感触に包まれる。アズハルの匂いがして、自分が抱きしめられているんだって事が分かった。
「嬉しい。すっごく嬉しい!
私だってアミルの事ずっと大好きだったんだよ。私だってずっと、その、アミルとえっちな事したいって、思ってた」
「……本当に、僕なんかで、いいの?」
答える代わりにアズハルは身を離して、僕に顔を近づけてくる。
深い紅色の瞳には、痣だらけの僕の顔が映っていて。そのみすぼらしさと言ったら、王を選定し、王に仕える彼女ケプリには全然釣り合っていなくて。
それでも幼さの残るその顔は本当に可愛らしくて、欲しくて堪らなくて。
僕は、自ら首を伸ばして彼女の唇に自分のそれを重ねてしまう。
信じられないくらいに柔らかく、少し湿った感触が唇に押し付けられる。さざ波のような感覚が唇から全身に広がって、鳥肌が立つような心地よさが背筋を走り抜ける。
唇を離すと、アズハルはこつんと額をぶつけてきた。
「本当はね、お姉ちゃんから自分から外に出ちゃ駄目だって言われてたの。私達ケプリは遺跡の中で王様が来るのを待ってなきゃ駄目なんだって」
唇が触れ合うくらいの距離で、アズハルは囁く。
「でも私は待ってるだけなんて耐えられなかった。だから遺跡の外に出て、旦那様になってくれる人を探そうと思ったの。
……みんなから王様だって認められなくたって良かった。そうしたら私一人でも、その人とずっと添い遂げるつもりだった」
もう一度口づけ。息継ぎして、今度は唇を開けて、舌を絡ませて深い口づけ。
小さくて熱いアズハルの舌がねっとりと僕の舌に絡み付いてきて、欲しがるように僕の舌の上を這い回る。
僕も欲しくなって舌を伸ばしかけると、彼女は身を引いてしまう。
二つの唇の間に引かれた糸を舐めとり、アズハルは片手を背中に回した。
「でも実際外に出たら知らないものばかりで、旦那様の事なんて忘れてはしゃいじゃって、挙句に泉で溺れちゃって。
本当に死んじゃうかと思った。約束を守った罰だって。
……アミルが助けてくれた時、運命の人だって思った。お姉ちゃん達は感謝と好意が混ざってるだけだって言ったけど、私は信じてた。だって、そのあと顔を合わせるたびにずっとずっとアミルの事を好きになっていったから」
短い衣擦れの音と共に、アズハルの胸当てがはらりと落ちる。
「アミルにだったら身を捧げていいと思った。私の全てを捧げたいと思った。アミルが私を欲しいって言ってくれて本当に、心の底から嬉しかった。
だからね、アミルは何の遠慮もしなくていいんだよ。私だってずっとこうしたかったんだから」
もう一度、深い口づけ。さっきよりもさらに深く絡み付いてくるアズハルの舌は濡れそぼっていて、舌を伝わせて僕の喉へと唾液を流し込んでくる。
わずかに喉に流れ落ちてきた水分は、僕に強い渇きを自覚させる。
もっとアズハルの水が欲しくなる。欲しくて欲しくて、たまらなくなる。
衝動に任せて舌を絡ませ、擦り付ける。背筋がぞくぞくと震え出しても、僕は舌を突き出して掻き回す事を止められなかった。
くちゅくちゅと音を立てて絡み合う僕とアズハルの舌。
僕は夢中でアズハルの舌から唾液を絡み取っては、乾いた喉へと飲み下していく。
アズハルの手が僕の胸元をまさぐり、それが腰元まで降りてくるが、それすらも気にならないくらいに舌同士の絡み合いにのめり込んでしまう。
「んちゅっ。アミル、激しすぎるよぉ」
唇が離れていくのが物悲しい。でも、手を動かそうにも痛みと疲れで持ち上げる事すら出来なかった。
表情を蕩けきらせたアズハルは口元をだらしなく歪めて笑う。
「大丈夫。動けなくっても私が全部してあげるから」
見下ろせば、僕はもうほとんど裸に剥かれていた。襤褸の胸元はいつの間にか結び目を解かれて肌蹴させられていて、ズボンの結び目も解けて、あとは下ろすだけの状態だ。
アズハルの腰巻もいつの間にか無くなっていて、美しい褐色の肌を隠す物は何一つなくなっていた。
大きくは無いが、決して小さくも無い、真ん丸の形のいい乳房。そのふくらみの頂上にある、熟しかけの小さな果実。綺麗なくびれの向こうの、きゅっと締まったお尻。
ふわりと香る、アズハルの匂い。いつもよりさらに甘酸っぱくて、僕は生唾を飲みこむ。
「じゃあ、おちんちん出しちゃうね」
舌なめずりをしながら、アズハルは僕のズボンに手を掛ける。
ゆっくりと下ろされていく僕の襤褸のズボン。しかしその下から顔を出したのは、予想外の姿をした僕自身だった。
その姿を間近にとらえ、アズハルの手が止まる。
「あ」
どちらの口からともなく、吐息のような声が漏れる。あれだけ口づけしたというのに、僕のあそこはまだ力を持たずにふにゃりと下を向いたままだった。
「……キス、凄い気持ち良かったんだ。なのに」
身体が痛めつけられ過ぎたせいなのか、それとも熱に当たり過ぎたのか。いつもだったらアズハルの事を考えただけで反応しかかってしまうそこが、全く反応してくれない。
せっかくアズハルが僕を受け入れてくれたのに。今日しかもうチャンスが無いのに。
乾ききっているはずの身体なのに、なぜか涙だけはとめどなく流れ落ちてくる。
「アズハル……僕は……」
アズハルの手が優しく僕の涙を拭い、そしてまた柔らかく唇を重ねてくる。
「大丈夫だよ。私に任せて」
アズハルは僕に笑いかけると、僕の首元に顔を埋めて舌を這わせ始める。
「う、あ、あ」
たっぷりと唾液を湛えた舌は、そのまま僕の耳の裏に回り、唾液を塗り付けながら肩の方へと下り始める。
温かく柔らかくぬめった感触が鎖骨の上を通り過ぎ、胸の上を動き回る。
舌が動き回るたびに傷の不快な痛みと熱が消えて、アズハルのぬくもりと匂いが広がっていく。
汚い肌を舐めさせるのは心苦しかったが、心地よさも否めなかった。乳首を吸われてしまうと、情けない声が出てしまった。
「とりあえず、このくらいでいいかなぁ。あとは、こうすれば」
自らの胸の前で両手を広げるアズハル。その手の平の上から墨のように真っ黒い何かが溢れ出し、重力を無視して宙に浮き上がり始める。
空中に逆さに垂れ落ちる黒々とした雫は寄り集まって球の形を形成してゆき、やがて彼女の両手の上に瓜程の大きさの漆黒の球体が出来上がる。
見ているだけで下腹部の底が熱くなり、背筋がぞくぞくとしてきてしまう、淫靡な雰囲気を帯びた黒々とした球体。
アズハルはにやりと笑い、その球体を僕の胸に押し付けてくる。
水の塊をぶつけられたような感触が広がる。しかし真っ黒い水球は流れ落ちることなく、僕の胸の中に吸い込まれるようにして消えて行く。
その瞬間、僕の胸の中に何かが流れ込んでくる。それは身体を内側から焼き尽くすような熱と渇きと焦燥感を伴って全身を駆け巡り、僕の頭の中に鮮烈な幻影と声と言葉を刻み込んできた。
暗がりの中で僕を呼びながら自分を慰めるアズハルが見えた。アズハルの上で激しく腰を振る自分の姿が見えた。無理矢理ペニスをしゃぶらされて喜ぶアズハルが、後ろから犯されてよがり狂うアズハルが、アズハルが、アズハルが。
「何か見えた?」
頭の中にアズハルの声が響き渡る。
"好き、好き、アミルの事が大好き。アミルに抱かれたい。アミルの好きなように犯されたい。アミルを好きなように犯したい。どっちでもいいから、アミルと気が狂うまでしたい、したいしたい"
「アズハル。一体、何を」
頭の中がアズハルの肢体で、声で、笑顔や泣き顔や蕩けた顔でいっぱいになる。アズハルの事以外考えられなくなってしまう。
燻っていた火種に欲情という燃料が注がれる。もう自分の性欲なのかアズハルの欲望なのかの判断も付かない。でもそんな事はどうでもいいからとにかくアズハルが欲しい!
「私の魔力をアミルの身体に流し込んだの。アミルが元気になるようにって念じた魔力だから、きっと傷も早く治るだろうし、アミルの男の子の部分も、ほら」
下腹部に違和感を感じて見下ろしてみると、さっきまで全く力の入っていなかった僕のあそこが、痛々しいくらいに膨れ上がって天に向かって反り返っていた。
血管を浮き立たせ、赤黒くそそり立つそれ。自分自身のモノであるにも関わらず、直視するのを躊躇ってしまう。
「……これが、僕の?」
アズハルにじっくりと観賞され、僕は思わず腰をびくりと跳ねさせてしまう。そうすると、今度は生唾を飲み込むような音が聞こえてきた。
アズハルは金色の指で器用に僕の肉棒を掴むと、緩やかに上下に擦り始める。
昆虫の指は見た目程には硬くは無く、むしろ一物を包み込むそのプニプニの弾力は癖になってしまいそうな程だった。
僕の意思に関わらず僕自身が跳ね始め、透明な汁を垂れ流し始める。
汁が擦られ、乾くうちに雄の匂いが辺りに漂い始める。
アズハルの瞳が曇っていく。それまで小さな体に抑えられていた何かが解放されるのが、目に見えた気がした。
「アミル。入れて、いい?」
昏い瞳を潤ませて、アズハルは僕に懇願してくる。
本来僕が聞かなければならないはずの事なのに、アズハルを欲しいと言い出したのは僕なのに、僕は彼女との全てを委ねざるを得なかった。
「あぁ、お願いだ。僕もアズハルと一つになりたい」
アズハルは唇を小さく歪ませると、僕の根元を押さえて支えながら、ゆっくりと腰を沈めはじめる。
僕の先っちょが彼女の濡れた割れ目と口づけを交わし、少しずつ彼女の中へと飲み込まれていく。
途中で引っかかるものを感じたものの、アズハルは恍惚感に浸っているらしく気が付いている様子も無い。
「あぁ、熱くて、硬いよぉ」
僕の肩を強く掴みながら、アズハルは呼吸を荒くしていく。
こぼれたアズハルの涙が、僕の胸を濡らした。
ぬちゃり。と音を立てて僕のあそこがぐちゅぐちゅに濡れた柔らかい肉に包まれていく。
アズハルは単純に腰を沈めるだけではなく、角度を変えるために時折腰を振ってきた。愛しい人のあまりの扇情的な姿に、僕は眩暈がするようだった。
たっぷりと蜜を帯びた柔肉が僕の硬くなったあそこを包み込み、締め付ける。
「これで、まだ全部入ってないんだもんね。凄い」
悩ましげに眉を寄せながらも、アズハルはだらしなく口元を緩めて笑う。心の底から嬉しそうに、愉しそうに。
まだ飲み込まれているのは半分ほどだというのに、僕の一物と足の付け根はもうびしょびしょに濡れてしまっていた。アズハルの肉壺に収まり切らない愛液が、一物を伝って僕の腰まで濡らしているのだ。
「きつかったら、ここまででも」
「ううん。ぜんぶほしい」
アズハルはそう言いながら腰を前後に振り、左右にひねりを加えてくる。その度にアズハルの中は複雑に蠕動し、激しく僕の一物を締め上げてくる。
ぐちゅぐちゅと柔肉がよじれ愛液が弾ける音が、肉壺の外まで聞こえてきそうな程だった。
「アズ、ハル。僕もう……」
「はぁっ、はぁっ。もうちょっとで、一番奥だから、もうちょっと、だけ、ね?」
アズハルは僕にしなだれかかりながら、ついに一気に胎内の奥まで僕を咥え込む。
彼女の遥か深い場所まで知る事が出来た喜びに、胸の底が震える。
だが、彼女の気持ちは僕以上に燃え上っていた。
「まだ、余ってるね。だいじょぶ、こうす、ればっ」
既に先端が彼女の最奥に触れてはいたが、それでもなお僕を全部飲み込もうとアズハルは両腕両足を力ませて腰を押し付けてくる。
「あっ、奥が、擦れ、あ、あ、あぁ」
下腹同士が触れ合う程にまで肌が密着する。僕の一物が限界以上に彼女の最奥、子宮口を押し上げ、そして。
「あ、あああああぁんっ」
悲鳴のような大きな声を上げて、アズハルがさらに強くしがみついてきた。
柔らかな乳房が僕の胸の上で潰れ、ぷにぷにの手足が背中に腰に吸い付いてきて、そして彼女の膣肉が奥へ奥へと強く絞り上げるように一気に収縮する。
「アズハル、出るっ」
もう限界だった。抱きついてきたアズハルの首元に顔を埋めながら、彼女の匂いと身体に包まれながら、彼女の一番奥の奥を突き破らんばかりの勢いで射精した。
きつきつの膣に絞り上げられて、尿道を精液の塊が駆け抜けていく。
何度も、何度も。
脈動するたび身体の奥底が喜びに震えて、そこにアズハルの匂いがある事がさらに幸福感を膨らませた。
幸せだった。
こんな幸せ、生まれて初めてだった。
アズハルの乱れた息遣いが耳をくすぐる。
長かった射精がようやく終わりを告げても、僕のあそこはまだ硬さも、熱い疼きも失っていなかった。
そしてそれを包み込むアズハルの柔らかな肉体もまた、変わらず僕の身体に覆い被さっていた。
僕は必死の思いで腕を上げて、彼女の身体を強く強く抱き締めた。
しっとりと汗ばんだ肌がびくんと震えたが、僕が背中をかき抱くなり、すぐに彼女は力を抜いて身体を預けて来てくれた。
「わ、わた、わたしこんなの、はじめて」
触れ合ったままの頬に熱い水滴が流れ落ちる。
「ちょっと、感動しちゃった。ありがとね、アミル」
胸が締め付けられるようだった。急に切なくなってきて、彼女を抱く腕に力が入ってしまった。
「感謝しなくちゃいけないのは僕の方だよ。何から何までアズハルにやってもらっちゃって、何だか申し訳ないよ」
「アミルは、良く無かったの?」
「……凄く気持ち良かった。こんなに幸せなの、生まれて初めてだ」
アズハルは言葉で返事をする代わりに、僕の背中に回した腕に力を込めてくる。
それだけでなく彼女の胎内、膣もまた僕をいたわるかのように細やかに蠕動してくれた。
「じゃあ、もっと幸せになろう? まだ硬いもん。もっと出来るよね。
日が暮れるまで、ううん、朝になるまで、二人で繋がってよう? 明日も、明後日も、ずっとずっとその先も、たくさんたくさんえっちしよう?」
明日も。明後日も。
その先が無い事を思い出して、僕の胸は急に温度を失っていく。そしてそのしぼみゆく感情と共に、またぐらからも力が次第に失われていってしまう。
代わりに膨らんでいくのは、どす黒く粘ついた絶望感だった。
明日には切り落とされてしまう。もうアズハルをこうして抱く事も出来なくなる。
「どうしたのアミル……」
顔を見ようと身を離したアズハルから、僕は慌てて顔を逸らしてしまう。しかしこの至近距離で自分の表情だけを隠しきる事など出来るわけが無かった。
「そんな顔しないで。アミルにそんな顔されたら、私まで悲しくなってくるよ。
何か、あったんだよね。えっちする前にも変な事言っていたし、辛い事があるなら私に話してよ。……それとも、私なんかには話せない?」
話してもいいものか、僕は一瞬逡巡してしまう。
アズハルは僕とのまぐわいに喜びを感じてくれて、またしたいとさえ言ってくれているのだ。それなのにこれから僕が不能になってしまうなんて……。
でも、僕のわがままに答えてくれたアズハルに何も言わない事程酷い事も無い。やる事だけやって事情を何も話さないなんてあってはならない。
だから僕は辛い事実でも伝えることにした。
「僕が奴隷だっていう事は、アズハルも知っているよね」
「何となく、察してはいたよ。でもそんなの関係無いよ。人間同士の格付けなんて関係ないの。私はアミルの事が大好き。私の旦那様はあなた以外に居ないんだから」
「ありがとう。でも……」
胸の奥底が怖くて冷え切ってしまって、声が震えてしまう。涙さえこぼれてしまうけれど、どうしようもなかった。だってこんなに想ってもらえているのに、僕はそれに応えられなくなってしまうんだから。悲しくならない方がどうかしているんだ。
「アミル?」
「僕は、去勢される事になっちゃったんだ」
「……去勢って」
「男性器を切り取られてしまう。そうしたらもうアズハルを抱く事も……。ごめん。分かっていたのに、こんな事を頼んでしまって」
アズハルの顔を見る事が出来なかった。自分がずるい事をしたのだとは分かっていた。王の為の存在であるケプリを汚すという、取り返しのつかない事をしてしまった事も理解はしていた。それでも胸の中からは想いと言葉が溢れ出てきて止まらなかった。
「僕も、出会った頃からアズハルに惹かれてたんだ。魔物娘である事なんて関係無かった。
毎日辛い事ばっかりだったけど、アズハルの顔を見られるだけでそんな事は全部忘れられた。アズハルに会えるかもって思っただけで、明日を楽しみに思えるようになった。でも、どんなに好きになっても怖くて手は出せなかった。だって君は神話にも伝えられるケプリだったんだから。
僕だってここで、ファラオや砂漠の神を信仰するこの街で生まれた人間だ。ケプリがどんな魔物なのかだって知ってる。でも、王を選ぶ存在であるケプリに対して、僕はどこにでもいるただの人間で、おまけに今は奴隷だ。釣り合うわけが無いと思った。
今だってその気持ちは変わっていない。でも、君が好きで好きでしょうがなかった。男として死んでしまう前に、せめて大好きな君を一度でもいいから抱きしめたかった。
だから……。ごめん、僕は君を」
「どうして謝るのよ」
金色の腕が僕の胸を叩く。その拍子に飛び散った雫は、アズハルの涙だった。
「どうして自分の事、そんなに悪く言うの? 私はアミルの事大好きなんだよ。私の命を助けてくれたのは、他の誰でも無いアミルなんだよ? 私の王様はもうアミルしか居ないんだよ? アミルがアミルであるって言うだけで、私にとってはそれだけでアミルが王様になる十分な理由なんだよ?
仮に最初っから去勢されるって分かっていたって、大好きな人と愛し合うのを嫌がる理由になんてならないよ」
大粒の涙が溢れては、僕の胸の上にこぼれていく。考えが足りていなかったのは、僕の方だったのかもしれない。それでも、僕はやっぱり謝る事しか出来なかった。
「ごめん」
「去勢なんて野蛮な事、絶対に許さない。私の王様をぼこぼこにした奴も、絶対に許さないんだから」
気持ちは嬉しかった。とてもとても、嬉しかった。自分の為に怒ってくれる人なんて今の僕の周りにはもうほとんど誰も居なかったから。
でも、だからこそアズハルには危険な目には遭って欲しくない。
「駄目だよ。教団に攻め落とされて、今の街は主神の教徒でいっぱいなんだ。いくら君が強かったとしても、一人じゃ敵いっこない。
それに逃げたとしても、その時は僕の代わりに僕の父親が去勢されてしまうかもしれないし、母親や妹が軍隊の寄宿舎で慰み者にされてしまうかもしれない。もしかしたら僕を逃がしてくれた人も。
……それに僕が逃げてしまったら、もしかしたら全ての奴隷に去勢処分が施されてしまうかもしれないんだ」
アズハルはびくりと身体を震わせる。その表情は凍り付き、涙も止まっていた。
「全部の、奴隷って。前に街に住んでいた男の人全員って事?」
「そう言う、事になる。だから僕は大人しく」
「……教団の人達はそんなに恐ろしい事考えてたの? 駄目だよ。そんなの絶対駄目。魔物娘として、そんな野蛮な事見過ごせるはず無い」
僕の身体を掴む手に力を込めながら、アズハルは決意を込めた目で見上げてきた。
「アミル一人だったらアミルとその家族だけでも連れて逃げるつもりだったけど、これはもうそれどころの話じゃない」
その真剣なまなざしに僕は思わず息を飲む。
「アミル。アミルはやっぱり私達の王様にならなきゃ駄目。王様になって、街で苦しめられている人たちを救い出すの。……それは、私達ケプリ全員の長きにわたる願いでもある」
突然の大きな申し出に、僕はとっさに何も言えなかった。
ただ、何か大きなものに怯えて震える細い肩を放っておくことは出来ず、僕は何も言わずにアズハルの小さな身体を抱き締めた。
僕はぼんやりと納屋の中を見回して、寝起きにしては明るすぎる光景にはっと息を飲む。
……寝坊した。
焦って身を起こそうとした途端に全身に痛みが走り、喉の奥から勝手にくぐもった声が漏れた。
しかしおかげで、意識と記憶がはっきりと蘇ってきた。
そうだった。眠っていたんじゃない。水瓶を壊したのだと言いがかりをつけられて、蹴り付けられ、踏み付けられて、それでいつの間にか意識を失っていたんだ。
どうやら今は昼のようだが、あれからどれくらい気を失っていたのだろうか。わずかな時間か、それとも丸一日という可能性もある。
とにかく、起きて確認しなければならない。仕事をしなければ周りにも迷惑が掛かってしまうのだから。
ゆっくり体を起こすと全身がぎしぎしと悲鳴を上げた。
体中痛まない所が無いくらいの惨状だった。だが、幸いどこの骨も筋も壊れてはいないようだった。
踏みつけられていた右手には感覚は無かったが、骨が折れたりしているわけでは無さそうだった。時間は掛かるかもしれないが、そのうち良くなってくれるだろう。
僕は鼻を擦って、乾いた血の塊を振り払う。
夢を見た気がする。女奴隷のザフラさんに謝られながら介抱される夢だ。
……違う。夢じゃない。意識が朦朧としてはいたが、あれは現実だ。
主人が去って行ったあと、ザフラさんが僕を背負ってここまで運び入れてくれたんだった。
それからザフラさんは、泣きながら本当は主人の子どもが遊んでいるうちに水瓶を痛めてしまったんだと話してくれたんだ。意識を失いかけてろくに返事も出来ない僕に、何度も何度も頭を下げて謝ってくれて。
歯噛みすると、顎さえも傷んだ。何が悲しいか悔しいか分からないが、涙が出てきた。
……違う。何かがでは無く、もう全てが嫌なのだ。
あの子ども達はきっと何不自由なく暮らして子どもも作っていくんだろう。
それなのに自分は、自分が悪いわけでも無いのに男としての機能さえ奪われてしまうんだ。
「アズハル」
ずっとケプリ達の事を考えて遠慮してきた。でも本当は、一度でいいからちゃんと抱きしめたかった。男女の関係として、もっと親密になりたかった。夫婦として、ずっと一緒に……。
でも明日が来てしまったらそんなささやかな夢すら見られなくなってしまう。
もう男としてアズハルを抱く事は叶わなくなる。それどころか去勢術に失敗して命を失えば、アズハルと言葉を交わしたり、顔を見る事さえも出来なくなってしまう。
いやだ……。いやだよそんなの……。
「……さん。アミルさん」
小さな声が聞こえた。ちゃんと僕の名前を呼ぶ声だった。見回してみると、納屋の扉からザフラさんがこちらを覗いていた。
足を引きずるように近づいていくと、彼女は周囲を伺ってから納屋に入って僕に耳打ちしてきた。
「ご主人たちはお昼ご飯を食べてらっしゃいます。今なら気付かれずにここを抜け出せます」
「でも、そんな事を、したら」
痛みで舌が回らなかったが、それでも彼女は僕の意を汲んでくれる。
「ご主人には、あなたが高熱を出して二三日動けないだろうと伝えておきました。近づいたら病気が移るかもしれないとも。
……それでも明日には去勢するための施設に連れていくと仰られていましたが、少なくとも明日の昼まではここには誰も入って来ないでしょう」
「あの、言ってる、意味が」
「……こんな事で償いになるとは思いませんが、あなたの分の仕事は私が代わっておきます。想い人に会って来て下さい」
僕は思わず、まじまじと彼女の顔を見つめてしまった。
彼女は気まずそうに目を伏せたが、唇を引き結んで顔を上げ、僕の腫れ上がった頬に触れてきた。
顔全体に鈍い痛みが走るようだったが、彼女の手は人間らしく柔らかく温かかった。
「逃げなさい。と言いたいところだけれど、明日の昼にあなたが居なかったら、ご主人が何をするかは分かりません」
「分かって、居ます。この街には、父も、母も、妹も、居ますから」
ファラオを信仰しているという理由でこの街が教団に攻め落とされた時、元からここに住んでいた僕達は邪悪な異教徒として奴隷に身を落とされ、家族はバラバラにされた。
理由は結束を避けるためと、こうして一人で逃げ出す者を出さないためだ。誰か一人でも逃げ出せば、その家族が責めら、罰せられる。それが分かっていて逃げ出せる者などそうは居ないのだ。
ザフラさんにだって想い人や、もしかしたら幼い子どもだって居るかもしれない。
僕がぎこちなく笑うと、彼女はとうとう涙を零して僕の胸に顔を埋めてきた。
「ごめん。ごめんなさい。私が、私がちゃんとあの子達に注意を払ってさえいれば……」
「いいん、ですよ。こんな事、きっと、この街じゃ、よくあるんです。ご主人も、気難しい人、ですから」
それに彼女が僕の立場になるよりはずっといいだろう。この街は砂漠の魔界との戦いの最前線ともされていて、軍隊という名のならず者達も大量に流れ込んでくるのだ。
年頃の女の奴隷が罰せられて身を落とす先となれば、想像するのは難しく無い。そして、その先どういう扱われ方をされるのかも。
僕は彼女の肩を叩く。可能な限り明るい口調で告げたつもりだったが、逆に痛々しくなってしまったかもしれない。
「ザフラさん。ありがとう、ございます。お言葉に、甘えて、会って来ますね」
歩き出そうとする僕に、彼女は肩を貸してくれた。
そして彼女に見送られ、僕は裏口から家を後にした。
一歩踏み出すだけでも全身に鈍い痛みが走った。
それでも一歩進めばそれだけアズハルに近づけると思えば、そんな痛みは何でも無かった。
早くアズハルに会いたかった。彼女の身体の、お日様のような匂いに包まれたかった。
……だけど、アズハルに会ってどうするんだろう。
笑顔を見て、抱きしめて、それで、それで……。肌を重ねて交わりたい。でも、明日には男ではなくなってしまうのに、本当にそんな事が許されるのだろうか。
オアシスの泉はもうすぐそこだ。
アズハルは影も形も見当たらない。
残念だが、それも当然かもしれない。僕が泉に来るのはいつだって太陽が顔を出す頃か、太陽が空の頂点に来る少し前くらいだったのだ。その時間以外にアズハルと会えなくても何らおかしい事は無い。
最後に振り絞っていた力までもが抜けていき、僕は泉の淵の一本木の近くに、倒れる様に座り込む。
「アズハル」
誰も居ないオアシスに一陣の風が吹く。砂を運び、水面を揺らし、木の葉をざわざわと揺らして通り過ぎていく。
砂が目に入って目を閉じた。
急に体が冷えた気がした。
いや、こんなに太陽に照りつけられていて身体が冷えているわけが無い。恐らく身体が熱を帯び過ぎていて、感覚がおかしくなっているんだ。
身体を冷やさないと……。でも、身体が動かない。
「アミル? っ! アミル!」
人間のものとは違う独特の足音が転がるように近づいてくる。悲鳴のような声に胸がざわついたけど、やっぱりアズハルの声を聴くと気持ちが落ち着いた。
目を開けると、アズハルの泣きそうな顔が目の前にあった。
「やぁ」
「やぁじゃないよ。ひどい傷。体中痣だらけじゃない」
「へへ。どじっちゃってさ」
上手く笑えなかった。
「それに、すごく熱い。待ってて、すぐに冷やしてあげるから」
アズハルは泉に駆けてゆくと、すぐに戻ってきて僕の顔に濡らした布を押し当ててくれる。
身体にも同じように布を押し当ててくれて、布がぬるくなるたびに何度も泉を往復して、僕の身体を拭いてくれた。
気持ちが良かった。日に焼かれた熱、傷の熱、痛み自体も和らいでいくようだった。
「どう? 少しは楽になった?」
覗き込んでくるアズハルの顔は、未だに心配そうに強張ったままだった。
僕はそれが歯がゆくてたまらない。アズハルには笑っていてほしいのに、それなのに僕自身が彼女の顔を曇らせてしまっているのだから。
「凄く、楽になったよ、もう、大丈夫」
「でもまだ全然身体の傷が……どうしよう。私、どうしたら」
胸の上に滴がぽたぽたと垂れ落ちてくる。アズハルの涙だった。彼女は僕の表情が変わった事でようやく自分が泣いている事に気が付いて、慌てて目元を拭う。
「ごめんね。痛いのはアミルの方なのに」
「アズハル……。お願いがあるんだ」
「何? 私に出来る事なら何でもする。だから、だから……」
アズハルは僕の肩を優しく抱いてくる。焦ったところで僕の傷がすぐに良くなる事など無いと分かっていても、それでも何かせずにはいられないのだ。
そんな彼女の気持ちに甘えようというつもりでは無かった。でも、明日の事を考えると僕はどうしてもその事を口にせずにはいられなかった。
「……僕と、僕とセックスしてくれないか」
彼女は目を真ん丸にして、僕の顔を見つめてくる。
「もう、今日しか出来ないから。明日から先は君を抱き締める事も出来なくなってしまうかもしれないから。……だから今この場で、君としたいんだ。
明日から先の責任なんて取れない。君を傷物にしてしまうだけだって分かっている。でもそれでも、僕はずっと、一度でいいから君をちゃんと抱きしめたかった。……好きだったんだ。ずっと前から」
自分でも滅茶苦茶な事を言っている事は分かっていた。言葉だって、もっと選びようもあった。それでも感情が先走ってどうしようもなかった。
視界が歪んで頬に涙が流れてしまう。情けないと思っても止められなかった。
「嫌ならそれでいいんだ。無理矢理する気もないし、それだけの体力も無い。……こんな言い方、ずるいって分かってるけど、でも、でも僕は……」
僕は襤褸の下の自分のまたぐらを見下ろす。明日には切り落とされてしまう身体。まだ一度も誰かを愛した事も、愛された事も無い、僕の一部。
どんなに見苦しくてもいいから気持ちを伝えたかった。穢れきった欲望でしか無かったけれど、それでも失ってしまったら欲する事すら出来なくなるから。
「私なんかで、いいの?」
「アズハルがいいんだ」
「今、ここで、したいの?」
「嫌なら、いいんだ。アズハルの嫌がる事は、したくない」
「嫌なわけ無いよ。だってそれって、私の事今すぐ欲しいって事でしょ」
顔中が柔らかくて温かい感触に包まれる。アズハルの匂いがして、自分が抱きしめられているんだって事が分かった。
「嬉しい。すっごく嬉しい!
私だってアミルの事ずっと大好きだったんだよ。私だってずっと、その、アミルとえっちな事したいって、思ってた」
「……本当に、僕なんかで、いいの?」
答える代わりにアズハルは身を離して、僕に顔を近づけてくる。
深い紅色の瞳には、痣だらけの僕の顔が映っていて。そのみすぼらしさと言ったら、王を選定し、王に仕える彼女ケプリには全然釣り合っていなくて。
それでも幼さの残るその顔は本当に可愛らしくて、欲しくて堪らなくて。
僕は、自ら首を伸ばして彼女の唇に自分のそれを重ねてしまう。
信じられないくらいに柔らかく、少し湿った感触が唇に押し付けられる。さざ波のような感覚が唇から全身に広がって、鳥肌が立つような心地よさが背筋を走り抜ける。
唇を離すと、アズハルはこつんと額をぶつけてきた。
「本当はね、お姉ちゃんから自分から外に出ちゃ駄目だって言われてたの。私達ケプリは遺跡の中で王様が来るのを待ってなきゃ駄目なんだって」
唇が触れ合うくらいの距離で、アズハルは囁く。
「でも私は待ってるだけなんて耐えられなかった。だから遺跡の外に出て、旦那様になってくれる人を探そうと思ったの。
……みんなから王様だって認められなくたって良かった。そうしたら私一人でも、その人とずっと添い遂げるつもりだった」
もう一度口づけ。息継ぎして、今度は唇を開けて、舌を絡ませて深い口づけ。
小さくて熱いアズハルの舌がねっとりと僕の舌に絡み付いてきて、欲しがるように僕の舌の上を這い回る。
僕も欲しくなって舌を伸ばしかけると、彼女は身を引いてしまう。
二つの唇の間に引かれた糸を舐めとり、アズハルは片手を背中に回した。
「でも実際外に出たら知らないものばかりで、旦那様の事なんて忘れてはしゃいじゃって、挙句に泉で溺れちゃって。
本当に死んじゃうかと思った。約束を守った罰だって。
……アミルが助けてくれた時、運命の人だって思った。お姉ちゃん達は感謝と好意が混ざってるだけだって言ったけど、私は信じてた。だって、そのあと顔を合わせるたびにずっとずっとアミルの事を好きになっていったから」
短い衣擦れの音と共に、アズハルの胸当てがはらりと落ちる。
「アミルにだったら身を捧げていいと思った。私の全てを捧げたいと思った。アミルが私を欲しいって言ってくれて本当に、心の底から嬉しかった。
だからね、アミルは何の遠慮もしなくていいんだよ。私だってずっとこうしたかったんだから」
もう一度、深い口づけ。さっきよりもさらに深く絡み付いてくるアズハルの舌は濡れそぼっていて、舌を伝わせて僕の喉へと唾液を流し込んでくる。
わずかに喉に流れ落ちてきた水分は、僕に強い渇きを自覚させる。
もっとアズハルの水が欲しくなる。欲しくて欲しくて、たまらなくなる。
衝動に任せて舌を絡ませ、擦り付ける。背筋がぞくぞくと震え出しても、僕は舌を突き出して掻き回す事を止められなかった。
くちゅくちゅと音を立てて絡み合う僕とアズハルの舌。
僕は夢中でアズハルの舌から唾液を絡み取っては、乾いた喉へと飲み下していく。
アズハルの手が僕の胸元をまさぐり、それが腰元まで降りてくるが、それすらも気にならないくらいに舌同士の絡み合いにのめり込んでしまう。
「んちゅっ。アミル、激しすぎるよぉ」
唇が離れていくのが物悲しい。でも、手を動かそうにも痛みと疲れで持ち上げる事すら出来なかった。
表情を蕩けきらせたアズハルは口元をだらしなく歪めて笑う。
「大丈夫。動けなくっても私が全部してあげるから」
見下ろせば、僕はもうほとんど裸に剥かれていた。襤褸の胸元はいつの間にか結び目を解かれて肌蹴させられていて、ズボンの結び目も解けて、あとは下ろすだけの状態だ。
アズハルの腰巻もいつの間にか無くなっていて、美しい褐色の肌を隠す物は何一つなくなっていた。
大きくは無いが、決して小さくも無い、真ん丸の形のいい乳房。そのふくらみの頂上にある、熟しかけの小さな果実。綺麗なくびれの向こうの、きゅっと締まったお尻。
ふわりと香る、アズハルの匂い。いつもよりさらに甘酸っぱくて、僕は生唾を飲みこむ。
「じゃあ、おちんちん出しちゃうね」
舌なめずりをしながら、アズハルは僕のズボンに手を掛ける。
ゆっくりと下ろされていく僕の襤褸のズボン。しかしその下から顔を出したのは、予想外の姿をした僕自身だった。
その姿を間近にとらえ、アズハルの手が止まる。
「あ」
どちらの口からともなく、吐息のような声が漏れる。あれだけ口づけしたというのに、僕のあそこはまだ力を持たずにふにゃりと下を向いたままだった。
「……キス、凄い気持ち良かったんだ。なのに」
身体が痛めつけられ過ぎたせいなのか、それとも熱に当たり過ぎたのか。いつもだったらアズハルの事を考えただけで反応しかかってしまうそこが、全く反応してくれない。
せっかくアズハルが僕を受け入れてくれたのに。今日しかもうチャンスが無いのに。
乾ききっているはずの身体なのに、なぜか涙だけはとめどなく流れ落ちてくる。
「アズハル……僕は……」
アズハルの手が優しく僕の涙を拭い、そしてまた柔らかく唇を重ねてくる。
「大丈夫だよ。私に任せて」
アズハルは僕に笑いかけると、僕の首元に顔を埋めて舌を這わせ始める。
「う、あ、あ」
たっぷりと唾液を湛えた舌は、そのまま僕の耳の裏に回り、唾液を塗り付けながら肩の方へと下り始める。
温かく柔らかくぬめった感触が鎖骨の上を通り過ぎ、胸の上を動き回る。
舌が動き回るたびに傷の不快な痛みと熱が消えて、アズハルのぬくもりと匂いが広がっていく。
汚い肌を舐めさせるのは心苦しかったが、心地よさも否めなかった。乳首を吸われてしまうと、情けない声が出てしまった。
「とりあえず、このくらいでいいかなぁ。あとは、こうすれば」
自らの胸の前で両手を広げるアズハル。その手の平の上から墨のように真っ黒い何かが溢れ出し、重力を無視して宙に浮き上がり始める。
空中に逆さに垂れ落ちる黒々とした雫は寄り集まって球の形を形成してゆき、やがて彼女の両手の上に瓜程の大きさの漆黒の球体が出来上がる。
見ているだけで下腹部の底が熱くなり、背筋がぞくぞくとしてきてしまう、淫靡な雰囲気を帯びた黒々とした球体。
アズハルはにやりと笑い、その球体を僕の胸に押し付けてくる。
水の塊をぶつけられたような感触が広がる。しかし真っ黒い水球は流れ落ちることなく、僕の胸の中に吸い込まれるようにして消えて行く。
その瞬間、僕の胸の中に何かが流れ込んでくる。それは身体を内側から焼き尽くすような熱と渇きと焦燥感を伴って全身を駆け巡り、僕の頭の中に鮮烈な幻影と声と言葉を刻み込んできた。
暗がりの中で僕を呼びながら自分を慰めるアズハルが見えた。アズハルの上で激しく腰を振る自分の姿が見えた。無理矢理ペニスをしゃぶらされて喜ぶアズハルが、後ろから犯されてよがり狂うアズハルが、アズハルが、アズハルが。
「何か見えた?」
頭の中にアズハルの声が響き渡る。
"好き、好き、アミルの事が大好き。アミルに抱かれたい。アミルの好きなように犯されたい。アミルを好きなように犯したい。どっちでもいいから、アミルと気が狂うまでしたい、したいしたい"
「アズハル。一体、何を」
頭の中がアズハルの肢体で、声で、笑顔や泣き顔や蕩けた顔でいっぱいになる。アズハルの事以外考えられなくなってしまう。
燻っていた火種に欲情という燃料が注がれる。もう自分の性欲なのかアズハルの欲望なのかの判断も付かない。でもそんな事はどうでもいいからとにかくアズハルが欲しい!
「私の魔力をアミルの身体に流し込んだの。アミルが元気になるようにって念じた魔力だから、きっと傷も早く治るだろうし、アミルの男の子の部分も、ほら」
下腹部に違和感を感じて見下ろしてみると、さっきまで全く力の入っていなかった僕のあそこが、痛々しいくらいに膨れ上がって天に向かって反り返っていた。
血管を浮き立たせ、赤黒くそそり立つそれ。自分自身のモノであるにも関わらず、直視するのを躊躇ってしまう。
「……これが、僕の?」
アズハルにじっくりと観賞され、僕は思わず腰をびくりと跳ねさせてしまう。そうすると、今度は生唾を飲み込むような音が聞こえてきた。
アズハルは金色の指で器用に僕の肉棒を掴むと、緩やかに上下に擦り始める。
昆虫の指は見た目程には硬くは無く、むしろ一物を包み込むそのプニプニの弾力は癖になってしまいそうな程だった。
僕の意思に関わらず僕自身が跳ね始め、透明な汁を垂れ流し始める。
汁が擦られ、乾くうちに雄の匂いが辺りに漂い始める。
アズハルの瞳が曇っていく。それまで小さな体に抑えられていた何かが解放されるのが、目に見えた気がした。
「アミル。入れて、いい?」
昏い瞳を潤ませて、アズハルは僕に懇願してくる。
本来僕が聞かなければならないはずの事なのに、アズハルを欲しいと言い出したのは僕なのに、僕は彼女との全てを委ねざるを得なかった。
「あぁ、お願いだ。僕もアズハルと一つになりたい」
アズハルは唇を小さく歪ませると、僕の根元を押さえて支えながら、ゆっくりと腰を沈めはじめる。
僕の先っちょが彼女の濡れた割れ目と口づけを交わし、少しずつ彼女の中へと飲み込まれていく。
途中で引っかかるものを感じたものの、アズハルは恍惚感に浸っているらしく気が付いている様子も無い。
「あぁ、熱くて、硬いよぉ」
僕の肩を強く掴みながら、アズハルは呼吸を荒くしていく。
こぼれたアズハルの涙が、僕の胸を濡らした。
ぬちゃり。と音を立てて僕のあそこがぐちゅぐちゅに濡れた柔らかい肉に包まれていく。
アズハルは単純に腰を沈めるだけではなく、角度を変えるために時折腰を振ってきた。愛しい人のあまりの扇情的な姿に、僕は眩暈がするようだった。
たっぷりと蜜を帯びた柔肉が僕の硬くなったあそこを包み込み、締め付ける。
「これで、まだ全部入ってないんだもんね。凄い」
悩ましげに眉を寄せながらも、アズハルはだらしなく口元を緩めて笑う。心の底から嬉しそうに、愉しそうに。
まだ飲み込まれているのは半分ほどだというのに、僕の一物と足の付け根はもうびしょびしょに濡れてしまっていた。アズハルの肉壺に収まり切らない愛液が、一物を伝って僕の腰まで濡らしているのだ。
「きつかったら、ここまででも」
「ううん。ぜんぶほしい」
アズハルはそう言いながら腰を前後に振り、左右にひねりを加えてくる。その度にアズハルの中は複雑に蠕動し、激しく僕の一物を締め上げてくる。
ぐちゅぐちゅと柔肉がよじれ愛液が弾ける音が、肉壺の外まで聞こえてきそうな程だった。
「アズ、ハル。僕もう……」
「はぁっ、はぁっ。もうちょっとで、一番奥だから、もうちょっと、だけ、ね?」
アズハルは僕にしなだれかかりながら、ついに一気に胎内の奥まで僕を咥え込む。
彼女の遥か深い場所まで知る事が出来た喜びに、胸の底が震える。
だが、彼女の気持ちは僕以上に燃え上っていた。
「まだ、余ってるね。だいじょぶ、こうす、ればっ」
既に先端が彼女の最奥に触れてはいたが、それでもなお僕を全部飲み込もうとアズハルは両腕両足を力ませて腰を押し付けてくる。
「あっ、奥が、擦れ、あ、あ、あぁ」
下腹同士が触れ合う程にまで肌が密着する。僕の一物が限界以上に彼女の最奥、子宮口を押し上げ、そして。
「あ、あああああぁんっ」
悲鳴のような大きな声を上げて、アズハルがさらに強くしがみついてきた。
柔らかな乳房が僕の胸の上で潰れ、ぷにぷにの手足が背中に腰に吸い付いてきて、そして彼女の膣肉が奥へ奥へと強く絞り上げるように一気に収縮する。
「アズハル、出るっ」
もう限界だった。抱きついてきたアズハルの首元に顔を埋めながら、彼女の匂いと身体に包まれながら、彼女の一番奥の奥を突き破らんばかりの勢いで射精した。
きつきつの膣に絞り上げられて、尿道を精液の塊が駆け抜けていく。
何度も、何度も。
脈動するたび身体の奥底が喜びに震えて、そこにアズハルの匂いがある事がさらに幸福感を膨らませた。
幸せだった。
こんな幸せ、生まれて初めてだった。
アズハルの乱れた息遣いが耳をくすぐる。
長かった射精がようやく終わりを告げても、僕のあそこはまだ硬さも、熱い疼きも失っていなかった。
そしてそれを包み込むアズハルの柔らかな肉体もまた、変わらず僕の身体に覆い被さっていた。
僕は必死の思いで腕を上げて、彼女の身体を強く強く抱き締めた。
しっとりと汗ばんだ肌がびくんと震えたが、僕が背中をかき抱くなり、すぐに彼女は力を抜いて身体を預けて来てくれた。
「わ、わた、わたしこんなの、はじめて」
触れ合ったままの頬に熱い水滴が流れ落ちる。
「ちょっと、感動しちゃった。ありがとね、アミル」
胸が締め付けられるようだった。急に切なくなってきて、彼女を抱く腕に力が入ってしまった。
「感謝しなくちゃいけないのは僕の方だよ。何から何までアズハルにやってもらっちゃって、何だか申し訳ないよ」
「アミルは、良く無かったの?」
「……凄く気持ち良かった。こんなに幸せなの、生まれて初めてだ」
アズハルは言葉で返事をする代わりに、僕の背中に回した腕に力を込めてくる。
それだけでなく彼女の胎内、膣もまた僕をいたわるかのように細やかに蠕動してくれた。
「じゃあ、もっと幸せになろう? まだ硬いもん。もっと出来るよね。
日が暮れるまで、ううん、朝になるまで、二人で繋がってよう? 明日も、明後日も、ずっとずっとその先も、たくさんたくさんえっちしよう?」
明日も。明後日も。
その先が無い事を思い出して、僕の胸は急に温度を失っていく。そしてそのしぼみゆく感情と共に、またぐらからも力が次第に失われていってしまう。
代わりに膨らんでいくのは、どす黒く粘ついた絶望感だった。
明日には切り落とされてしまう。もうアズハルをこうして抱く事も出来なくなる。
「どうしたのアミル……」
顔を見ようと身を離したアズハルから、僕は慌てて顔を逸らしてしまう。しかしこの至近距離で自分の表情だけを隠しきる事など出来るわけが無かった。
「そんな顔しないで。アミルにそんな顔されたら、私まで悲しくなってくるよ。
何か、あったんだよね。えっちする前にも変な事言っていたし、辛い事があるなら私に話してよ。……それとも、私なんかには話せない?」
話してもいいものか、僕は一瞬逡巡してしまう。
アズハルは僕とのまぐわいに喜びを感じてくれて、またしたいとさえ言ってくれているのだ。それなのにこれから僕が不能になってしまうなんて……。
でも、僕のわがままに答えてくれたアズハルに何も言わない事程酷い事も無い。やる事だけやって事情を何も話さないなんてあってはならない。
だから僕は辛い事実でも伝えることにした。
「僕が奴隷だっていう事は、アズハルも知っているよね」
「何となく、察してはいたよ。でもそんなの関係無いよ。人間同士の格付けなんて関係ないの。私はアミルの事が大好き。私の旦那様はあなた以外に居ないんだから」
「ありがとう。でも……」
胸の奥底が怖くて冷え切ってしまって、声が震えてしまう。涙さえこぼれてしまうけれど、どうしようもなかった。だってこんなに想ってもらえているのに、僕はそれに応えられなくなってしまうんだから。悲しくならない方がどうかしているんだ。
「アミル?」
「僕は、去勢される事になっちゃったんだ」
「……去勢って」
「男性器を切り取られてしまう。そうしたらもうアズハルを抱く事も……。ごめん。分かっていたのに、こんな事を頼んでしまって」
アズハルの顔を見る事が出来なかった。自分がずるい事をしたのだとは分かっていた。王の為の存在であるケプリを汚すという、取り返しのつかない事をしてしまった事も理解はしていた。それでも胸の中からは想いと言葉が溢れ出てきて止まらなかった。
「僕も、出会った頃からアズハルに惹かれてたんだ。魔物娘である事なんて関係無かった。
毎日辛い事ばっかりだったけど、アズハルの顔を見られるだけでそんな事は全部忘れられた。アズハルに会えるかもって思っただけで、明日を楽しみに思えるようになった。でも、どんなに好きになっても怖くて手は出せなかった。だって君は神話にも伝えられるケプリだったんだから。
僕だってここで、ファラオや砂漠の神を信仰するこの街で生まれた人間だ。ケプリがどんな魔物なのかだって知ってる。でも、王を選ぶ存在であるケプリに対して、僕はどこにでもいるただの人間で、おまけに今は奴隷だ。釣り合うわけが無いと思った。
今だってその気持ちは変わっていない。でも、君が好きで好きでしょうがなかった。男として死んでしまう前に、せめて大好きな君を一度でもいいから抱きしめたかった。
だから……。ごめん、僕は君を」
「どうして謝るのよ」
金色の腕が僕の胸を叩く。その拍子に飛び散った雫は、アズハルの涙だった。
「どうして自分の事、そんなに悪く言うの? 私はアミルの事大好きなんだよ。私の命を助けてくれたのは、他の誰でも無いアミルなんだよ? 私の王様はもうアミルしか居ないんだよ? アミルがアミルであるって言うだけで、私にとってはそれだけでアミルが王様になる十分な理由なんだよ?
仮に最初っから去勢されるって分かっていたって、大好きな人と愛し合うのを嫌がる理由になんてならないよ」
大粒の涙が溢れては、僕の胸の上にこぼれていく。考えが足りていなかったのは、僕の方だったのかもしれない。それでも、僕はやっぱり謝る事しか出来なかった。
「ごめん」
「去勢なんて野蛮な事、絶対に許さない。私の王様をぼこぼこにした奴も、絶対に許さないんだから」
気持ちは嬉しかった。とてもとても、嬉しかった。自分の為に怒ってくれる人なんて今の僕の周りにはもうほとんど誰も居なかったから。
でも、だからこそアズハルには危険な目には遭って欲しくない。
「駄目だよ。教団に攻め落とされて、今の街は主神の教徒でいっぱいなんだ。いくら君が強かったとしても、一人じゃ敵いっこない。
それに逃げたとしても、その時は僕の代わりに僕の父親が去勢されてしまうかもしれないし、母親や妹が軍隊の寄宿舎で慰み者にされてしまうかもしれない。もしかしたら僕を逃がしてくれた人も。
……それに僕が逃げてしまったら、もしかしたら全ての奴隷に去勢処分が施されてしまうかもしれないんだ」
アズハルはびくりと身体を震わせる。その表情は凍り付き、涙も止まっていた。
「全部の、奴隷って。前に街に住んでいた男の人全員って事?」
「そう言う、事になる。だから僕は大人しく」
「……教団の人達はそんなに恐ろしい事考えてたの? 駄目だよ。そんなの絶対駄目。魔物娘として、そんな野蛮な事見過ごせるはず無い」
僕の身体を掴む手に力を込めながら、アズハルは決意を込めた目で見上げてきた。
「アミル一人だったらアミルとその家族だけでも連れて逃げるつもりだったけど、これはもうそれどころの話じゃない」
その真剣なまなざしに僕は思わず息を飲む。
「アミル。アミルはやっぱり私達の王様にならなきゃ駄目。王様になって、街で苦しめられている人たちを救い出すの。……それは、私達ケプリ全員の長きにわたる願いでもある」
突然の大きな申し出に、僕はとっさに何も言えなかった。
ただ、何か大きなものに怯えて震える細い肩を放っておくことは出来ず、僕は何も言わずにアズハルの小さな身体を抱き締めた。
13/06/24 22:45更新 / 玉虫色
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