連載小説
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幕間 温泉街・暗殺者と祓師と武闘家と
はいはい、皆様!
我輩が語る、東方魔恋譚も三組の恋物語を語ってきたよ。
だ・か・ら、ここらでちょっと寄り道といこうじゃないか。

コレから語るは、後日談!
元・殺し屋のアルト君と、ぬれおなごの一媛ちゃん。
祓師の一堂君と、ウシオニの陸童丸ちゃんに大百足の百音ちゃん。
武闘家カラステングの黒鉄ちゃんと、弟子兼旦那の竜太郎君。
この三組を交えた後日談、所謂クロスオーバーってヤツさ!

この後日談の舞台はアルト君が一媛ちゃんの元に戻ってきてから一ヶ月後のヤマト。
すっかり冬一色に染まった温泉街で、どんな後日談が語られるのか!
それでは、後日談の開幕だぁぁぁぁぁぁぁっ!

―温泉街・暗殺者と祓師と武闘家と―

〜礼牙一族庇護下の街〜
「うぅ、寒い……すっかり、ジパングも冬になったなぁ」
俺……礼牙一堂は、すっかり冬一色になった街並みを見て、肩を震わせた。
ジパングでの初仕事を成功させた俺は大陸に戻らず、そのまま祖父ちゃん……礼牙一徹の屋敷に居候してた。

『お前は、礼牙一族の頭首となる男ぞ。その頭首が、先祖代々受け継いできたこの土地を、離れるつもりか?』

と、祖父ちゃんが言うもんだから、大陸に帰れなかったってのもあるが。
「そうか? オレサマは、そんなに寒くないぞ?」
「私も、陸童丸に、同意」
俺の言葉に首を傾げるのは、俺の最愛の奥さんである、ウシオニの陸童丸と大百足の百音。
そりゃ、お前等は年がら年中、ほぼ裸だから寒いのに慣れてるからだろ。
こちとら人間……あ、そう言えば俺、人間止めちまったんだった。
陸童丸と百音と毎晩濃密に交わってた所為か、タップリと魔力(と百音の毒)を浴びた俺は見事にインキュバス―精力絶倫、魔物の夫に相応しい半人半魔だ―化したんだよ。
まぁ、インキュバス化と言っても、大した問題はねぇけどさ……精々、毎晩愛する奥さん二人に、しこたま精液を搾り取られて寝不足頻発ぐらいだ。
余談だけどさ、俺のインキュバス化が発覚した時、思わず

『ジョジョォォォォォッ、俺は人間を止めたぞぉぉぉぉぉぉっ!』

と、叫んじまって、陸童丸と百音が生温かい目で俺を見てたなぁ。
因みに、ジョジョってのは俺が大陸にいた時の数少ない友人の一人だったジョルジュ・ジョッシュのあだ名、典型的な魔物嫌いの聖騎士で、アイツは今どうしてるかなぁ。

祖父ちゃんの手紙を受け取ったのが籠手月の真ん中辺り、陸童丸達と出会ったのが長槍月(八月)の始めで、今は大楯月(二月)だから……早いな、もう半年近くも経ったのかよ。
「腕は立つけど、妖怪二人を奥さんにした変わり者祓師」、ソレが周りからの俺の評価だ。
奥さんになる前の二人に強姦紛いの初体験して、ソレが原因で旦那認定され、一族公認の夫婦になって、インキュバス化して……たった半年で変わり過ぎだろ、俺。

「ちょいと、ちょいと、其処の兄ちゃん! コレ、やってきまへんか?」
「んぁ?」
ちょっぴり回想に耽っていた俺を現実へと呼び戻した声の主を探すと、俺の左斜め前方になにやら商売中の刑部狸。
「俺か?」
「せやせや、ウチが呼んだのはアンタやで。んで、コレ、やってみぃひん?」
そう言いながら刑部狸が指差したのは直径一尺半(四五センチ)程の大きさの丸い板、その板は何色かに色分けされている。
んん? 何だろ、俺はコレに似た何かを何処かで見た覚えが?
「コレ、大陸の『ダーツ』っちゅう遊びを取り入れた、新しい福引や。折角、ウチが考案したんに、誰もやってくれへんのや」
「『だあつ』? おい、一堂、『だあつ』って何だ?」
陸童丸の疑問で、俺は漸くコレが何に似ているのかを思い出した。
ダーツ、懐かしいなぁ……よく同僚達と賭けダーツ―主に酒場の支払いを賭けて―やって、よく俺が支払わされたっけ。
畜生、思い出したら腹が立ってきたぜ。
ダーツが何なのかを陸童丸と百音に説明してると、
「話は終わったんかいな? 折角やし、ウチの客引きも兼ねてやってみぃや。本当は代金払って貰うんやけど、今回はマケてやるさかい。モノは試しでやってみてな」
と、刑部狸がタダでやってけと言う。
よし、同僚達に代金を支払わされた恨みをコイツで晴らしてやるぜ!

「お、ヤル気出してくれて嬉しぃわ! んじゃ、やり方を説明すんで」
刑部狸曰く、刑部狸が板を回した後、砂時計の砂が落ちるまでに全部で三本の矢を投げ、全部外すか景品に当たったら終了、だそうだ。
因みに、全部外した際は、残念賞で携帯チリ紙だそうな。
「ほな、いくで〜」
そう言うが早いか、刑部狸は板を回すと同時に砂時計をひっくり返し、福引の始まりを告げるんだが……速過ぎだろ! 妖怪の腕力で全力で回すなよ!
然ぁし! 礼牙一族の次期頭首、かつインキュバス化した俺の動体視力を舐めるなよ!
「ふっ!」
俺はある一ヶ所に素早く狙いを定め、矢を投げる。
スコン、と気持ち良い音と共に矢が刺さり、矢が何処に刺さったのを確認する為、刑部狸が板を止めると、その顔が一瞬で引き攣った。
「嘘やろ? ホンマかいな?」
まぁ、刑部狸が顔を引き攣らせるのも分かるぜ……何故なら!
「と、とと、特等やぁっ! 大陸でも人気の温泉街ヤマトへの二泊三日無料宿泊券! いきなり、大当たりかいな!」
そう! 俺の動体視力は、特等を見事に引き当てたのだぁ!
「おおっ! 凄いぞ、一堂! 流石はオレサマの夫だ!」
「三人で、温泉! 凄く、楽しみ!」
特等を持ってかれてガックリ膝を付く刑部狸を尻目に、俺達三人は此処が道路のど真ん中というのを忘れて、めっちゃはしゃいでた。

「うぅ……まさか、最初のお客で特等持ってかれると思わへんかったわぁ。あの兄ちゃん、エラい強運の持ち主やなぁ」
目玉景品を当てた一堂達に宿泊券を渡した刑部狸は、落ち込んでいた。
特等は客寄せ用の景品で、そうそう当たらないようにしていたのだ。
特等の部分は一番広くても一寸(三センチ)程、高速回転する特等部分に当てられるのは余程の強運の持ち主か、弓に長けたエルフぐらいだ。
「あれぇ? 狸のお嬢ちゃん、あの人が誰なのか知らないのかえ?」
「んぁ? 婆ちゃん、あの兄ちゃんが誰なのか知っとるんかいな?」
はしゃいでいた一堂達を見て興味が湧いたらしい老婆が、落ち込む刑部狸に話しかける。
「知ってるよぉ、あの山に大きい御屋敷が見えるでしょ? あの御屋敷は、昔から此処を守ってくれてる礼牙一族の御屋敷でねぇ、今の人は其処の若頭首様だよ」
「礼牙? 礼牙って、あの礼牙かいな!? 拳一つで悪どい妖怪を薙ぎ倒す、あの礼牙!? ほな、あの噂はホンマやったんか!」
行商人である刑部狸も礼牙一族の噂は知っている……最近聞いた噂は、大陸から戻ってきた一族の若者が妖怪二人を妻として娶り、頭首になる為の修行をしている、と。
祓師である礼牙一族頭首が妖怪を妻にするという内容に、刑部狸は眉唾物のしょうもない噂と思っていたが、どうやら真実だったらしい。
「あぁ、その様子だと知らなかったみたいだねぇ……まぁ、運が悪かったねぇ」
「婆ちゃんの言う通りや、ホンマ……婆ちゃん、特等持ってかれてもうたけど、福引やってく?」
「えぇ、やらせてもらいますよ」
噂の人間に声を掛けてしまった不運に嘆きつつも、商魂逞しく刑部狸は福引を再開させた。

×××

〜一週間後・ヤマト〜
「おぉ、此処がヤマトか!」
「温泉、温泉♪」
陸童丸と百音がはしゃぐが、はしゃぐのも無理は無いか。
俺と出逢うまで二人はジパング喧嘩旅だったから、こうして観光地をゆっくり訪れる事は無かったろうし、勿論、俺は表に出さないが今回の旅行は凄く楽しみだ。
なにせ、二人を俺の奥さんにしてからは、頭首になる為の修行(と二人の魔導拳の稽古)と祓師稼業で時間が取れなかったからな。
漸く、祓師の仕事を忘れて新婚旅行という訳だ。
「おーい、一堂、早く来い! 置いてっちまうぞ!」
「早く、宿、決めて、街、回りましょう!」
子供のようにはしゃぐ陸童丸と百音に、俺は微笑みと苦笑の混じった珍妙でオモロイ顔をしながら、ヤマトの街門をくぐった。

「……時期外れだと思ってたけど、結構人がいるなぁ」
暦上では冬も終わりに近いんだが、まだまだ寒い。
寒いからこそ温泉に浸かって温まりたいのか、ヤマトの商店街は意外と賑わっていた。
冷やかし混じりで商店街をうろついていた俺達だが、俺の嗅覚が懐かしい匂いを感じ取る。
こ、この嗅ぎ慣れた懐かしい匂いは!
「お、おい! 一堂! 何処行くんだ!?」
陸童丸の声を無視して、俺はアルラウネの蜜に誘われたハニービーよろしく、嗅ぎ慣れた匂いのする方へと走り出した。

「をおぅ! こ、コレは!」
嗅ぎ慣れた匂いに誘われて辿り着いたのは、「蒼一」と達筆で書かれた看板を提げた一軒の土産物屋、その店に並んでいたのは
「ぱ、パンだとぉ!」
何と、庶民から領主、貴族といった上流階級まで、幅広く愛される大陸の主食・パン!
半年前まで大陸で過ごしていた俺にとって、この再会は衝撃的だ!
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
衝撃の再会を果たした俺は、大陸での生活を思い出しながら眺めていると、奥から店員と思われる人が……いや、違った、「ぬれおなご」と呼ばれる妖怪が俺の元に来た。
このぬれおなごの着ている服、激しく見覚えがあるんだが?
胸に十字架を提げた長外套、縞模様のベスト、大陸風のズボン、ビッチョリ濡れてる事を除けば、友人の一張羅に色までソックリだ。
「え、いや、まだなんすけど……ところで店員さん、その服は?」
店員の服に見覚えのある俺は、思い切って聞いてみる。
「え、この服ですか? この服は、私の旦那様が昔着ていた服を再現したモノなんです」
あ、さいで……然し、このぬれおなごの旦那さんが誰か、何となく予想がついたんだが、まさかアイツが妖怪の旦那になるとは思えねぇし。
「お! 漸く見つけたぞ、一堂!」
「一堂、妻を、置いていく、旦那は、いない」
俺がこのぬれおなごの旦那さんが誰なのかを考えていると、店の外から陸童丸と百音の声。
あ、しまった……パンの匂いに誘われて、置いていってたのを忘れてた。

置いていってしまった事を詫びつつ、俺は再び店に並ぶパンを眺め、生粋のジパング育ちである陸童丸と百音は興味津々といった感じでパンを眺めている。
幾つか買って歩き食いでもしようかなぁ、と考えてたら
「お待たせ、一媛さん! 追加のパンが焼けましたよ!」
「あ、アルトさん! ありがとうございます」
なぬ? アルト? いやいや、同名の別人かもしれんが、確かアイツはパン屋をやってたし……ま、さ、か!?
微妙に嫌な予感がした俺は、声がした店の奥に視線を移すと、其処には見覚えのある男が。
「あ、いらっしゃい! お客様、ご注文の、ほう、は……」
営業の笑顔で俺の方を向いた店主らしい男は、俺の姿を見て固まった。
「「………………………」」
俺と店主らしい男は、そのまま無言で数秒間お見合い。
「「あぁぁぁぁ―――――――――――――――っ!!」」
そして、陸童丸と百音、一媛と呼ばれてたぬれおなごが驚く程の大声を揃って上げちまう。
な、ななな、何でお前が此処に!?
「あ、ああ、アルト!?」
「い、一堂さん!?」

「何、何事なの!?」
パンとの再会以上の衝撃的再会に驚き、大声を上げちまった俺とアルト。
その大声に驚いたのか、店の外から割烹着の下は蓬色を基調にした修験服、という珍妙な組み合わせをしたカラステングが入ってくる。
翼からニョッキリ伸びた爪にはバスケット、どうやら買い物途中と見た。
「あ、黒鉄さん!」
「なぬ!? 知り合いなのか!?」
おいおい、アルト! お前、何時の間に妖怪と知り合いになってんだ!?

×××

「成程、ね……二人は大陸にいた時の友人だったの」
「あぁ、そうだ……全く、こんな所で再会するなんて思ってなかったぞ」
「ソレは、僕の台詞ですよ……一堂さんこそ、何時ジパングに来たんですか?」
ちょっとした狂乱に陥った僕達は一媛さんのお陰で漸く落ち着き、店内の一角に用意した喫茶店風の団欒席に座り、色々と話し合った。

この僕、アルト・カエルレウスと一堂さんの関係は親しい友人で、僕と一堂さんは大陸の旧プラニス領を守護していた教団に所属していた。
僕と一堂さんは教団内での境遇が似ていたから、僕達は直ぐに意気投合して交友を深めた。
僕は暗殺者という立場故、一堂さんは教団が敵視する魔物と友好的なジパング人である故。
僕達二人は所謂嫌われ者、僕は面倒かつ危険な仕事ばかり回され、一堂さんは報酬が他の傭兵と比較して極端に少なかったりと、何かと理不尽な扱いを受けていた。
嫌われ者だった僕達二人は直ぐに親友と呼び合える関係になったけど、僕の暗殺者としての最後の仕事を境に、一堂さんとは連絡が取れなくなった。
『俺がジパングに来たのとお前が大陸に戻ったのが、見事に擦れ違いだったもんなぁ』
僕が大陸へ戻る為に空を走ったのが籠手月の終わり頃、その時一堂さんはジパング行きの船の中。
一堂さんの言う通り、見事に擦れ違ったようだ。

今の僕達の状況をまとめると、僕は暗殺者から足を洗い、一媛さんと一緒に土産物屋。
一堂さんはお母さんの実家の跡を継ぎ、奥さんである陸童丸さんと百音さんと共に祓師。
一堂さん達がヤマトに来たのは、福引で此処にある宿に無料で二泊出来る宿泊券を当て、祓師の仕事が忙しくて出来なかった新婚旅行をする為だそうだ。

「それにしても……アルトさん、歩法や姿勢からして堅気に見えないと思っていたけど、まさか元暗殺者だったとはね」
僕の前歴を知ったカラステングの黒鉄さんは、当然と言うべきか、苦笑を浮かべている。
僕が黒鉄さんと知り合ったのは、僕が一媛さんの元に戻ってきた日の翌日。
半年も会えなかった時間を取り戻すかのように一媛さんと交わっていたら、当時の住処を訪れた黒鉄さんに交わりを目撃されたのが切欠だ。
一媛さんはヤマトの甘味所・大黒屋に、自身の一部であり食用品にもなるぬれおなご餅と消耗品の物々交換をしていて、黒鉄さんはその橋渡しをしていたそうだ。

現在、僕と一媛さんがヤマトで土産物屋を経営しているのも、黒鉄さんのお陰だ。
店として使う空き家の提供、パンの材料の手配と仕入れ、僕と一媛さんの土産物屋・蒼一の宣伝等、色々と面倒を見てもらった。
今は売上が少なく、ある事情があって金銭的余裕が無いけど、何時か土産物屋の経営が軌道に乗ったら恩返しをしたいと僕は思っている。

「一堂さん、でしたよね。泊まる宿は決まっているの?」
「ん? いや、決まってねぇけど」
決める前にパンの匂いに誘われてな、と苦笑する一堂さん。
相変わらず、食べ物に弱いのは変わってない……教団にいた時は報酬が極端に少なかった事もあって、よく食事の奢り話に食いついていたのだ。
「なら、私が宿を紹介してあげましょうか?」
「え? いいのか?」
「構わないわ。アルトさんの親友なら、私の友人ですし……それに、祓師なら、ジパングの彼方此方を巡っているのでしょう? 旅の話を聞いてみたいわ」
「あぁ……そういう事なら、厚意に甘えさせてもらうか」
旅の話をする事を条件に宿を紹介する黒鉄さん、一堂さんはその条件を飲み、ソレを最後に今日の語らいは此処で終了した。

「あ、そうだ、アルト!」
黒鉄さんに紹介された宿に向かおうとする一堂さんは、僕の方に振り返る。
何か、言い忘れた事でもあったのだろうか?
「折角の再会だ! 土産物屋の営業が終わったら、話でもしながら酒を飲もうぜ!」
「えぇ、いいですよ。なら、ツマミにパンを持ってきますよ」
「パンは止めれ。何で温泉に浸かりながら、パンを食わにゃならんのだ」
温泉に浸かりながらの飲み会ですか……

×××

「はぁ〜、良い湯だな、ハハハン♪ と」
「……親父臭い」
「あはは……」
その日の晩、俺はアルトと黒鉄の旦那である竜太郎と共に温泉に浸かっていた。
黒鉄の紹介してくれた宿の質は上々、従業員の接客態度は良い、風呂は露天風呂、何より飯が美味い、飯が美味い、飯が美味い! 此処、重要な。
陸童丸と百音の作る飯も愛情てんこ盛りで美味いが、野性味と量が溢れてるんだよ。
この間なんか、大型の魔界豚の内臓を取り除き、尻から杭をぶっ刺して焼いただけという、野性味溢れ過ぎな飯―因みに、俺1:陸童丸6:百音3の割合で食った―だったし。
因みに、女性陣は当然隣の女湯だ。
酒の入った徳利をお盆に乗せ、そのお盆を温泉に浮かべて浸かる温泉……うん、中々に風流じゃないか。

「……アルト、子供は?」
「あぁ、あの子達を寝かしてから来ましたから、大丈夫ですよ。それに朝までには帰ると、あの子達には言ってありますから」
「あの子達?」
アルトと竜太郎の会話の中にあった、「あの子達」に疑問を持った俺は、酒の入った御猪口片手に聞いてみる。
「一堂さんには、言ってませんでしたね……店の裏にある僕と一媛さんの家は、孤児院を兼ねているんです」
アルトの話を聞いた俺は、驚きを隠せなかった。

曰く、今まで暗殺者として命を奪ってきた自分が、安穏と幸せを噛み締めていいのかっていう疑問を抱えちまったアルト。
仕事の時は冷徹非情だが、根は真面目なコイツだから、当然と言えば当然の疑問だな。
んで、土産物屋の開店寸前まで悩みに悩んで、辿り着いた結論が孤児院。
黒鉄の妖怪同士の広い人脈―いや、妖怪脈か?―を使い、引き取り手のいない孤児の情報を集めて、集めた孤児達を自分達の家に招いたんだと。
つっても、まだ孤児院を始めてから一ヶ月ちょいだから、二、三人しかいないそうだが。
更に、アルトがプラニス制圧に協力してもらった親魔物派領・ラキールが運営する領営の孤児院に、暗殺者時代に稼いだ金の七割を匿名で寄付したそうだ。

「暗殺者として命を奪った僕が出来る贖罪……ソレは、奪ってきた命以上の命を育てる事だと、僕は思ったんです」
「……偽善、自己満足」
うおっ、竜太郎の奴、ハッキリ言いやがった!
出会ってから数時間程だが、この言葉で何となく竜太郎の性質は掴んだ。
コイツ、口数が少ない分、実に直球ど真ん中の歯に衣着せねぇ物言いをする奴か。
俺より付き合いが長い分だけ竜太郎の物言いに慣れてんのか、アルトは苦笑いしてた。
「竜太郎君の言う通り、孤児院は僕の自己満足……けど、僕が思いついたのはコレだけで、実行した以上は死ぬまで続けていきます」
アルトの目には梃子でも動かせそうにねぇ決意が秘められてて、その目を見た俺と竜太郎は何も言えなくなった。
「「「…………………」」」
沈黙が男湯を支配し、女湯の方から聞こえる声が何処か遠い。
何時の間にか雪が深々と降り、雪の所為で沈黙がより重たくなった。

「だぁぁぁぁっ! 湿っぽいのは苦手だ! 景気付けに、温泉の伝統と洒落込むぞ!」
どうにも湿っぽいのが苦手な俺はこの沈黙に耐え切れず、わざとらしい明るい声かつ隣に聞こえない程度の大きさで叫ぶ。
「……伝統?」
「何ですか、ソレ?」
突然の言葉に首を傾げるアルトと竜太郎に、俺はニヤリと笑う。
そう、温泉でやる伝統行為と言えば、ただ一つ!

(見つかったら、どうするつもりですか!)
(ふっ……真面目ぶってもしょうがねぇぞ、アルト。こうして行動している以上はなぁ!)
(……同意)
俺が提案した温泉伝統行為……ソレは、女湯の覗きだぁ!
どうして景気付けに覗きなんだ、っていう野暮は無しで。
俺達はアルトに『不可視(ノビジョン)』と『気配遮断(シャダウン)』の魔法を施してもらい、男湯と女湯を隔てる塀を攀じ登っていた。
然し、この塀……宿側の対策なのか、仕切りの塀にしては俺の二倍はありそうな高さだし、やたら滑るし、オマケに魔導拳 螺旋嘴(ラセンシ)でも削れねぇ程硬い。
あ、螺旋嘴ってのは、指に円錐状の魔力を纏わせ、その魔力を回転させて相手を突く技で、殺傷能力がやたら高いんで禁じ手、専ら侵入・脱出の為の穴掘り用の技だ。
因みに、全盛期の祖父ちゃんと母さんは指じゃなくて腕で螺旋嘴をやって、落盤事故での人命救助や鉱石採掘の手伝いをした事があるそうな。
だが、俺達の欲望は止まらない!
やたらと滑る塀に悪戦苦闘しながらも何とか登りきった俺達は、魔法的感覚の鋭い黒鉄に気付かれないようにソッと首を伸ばす。
さぁ、いざ覗かん、天国(デオスピティ)を!

×××

「はぁ……いいお湯ねぇ」
「そうですねぇ……」
私、黒鉄は旧知の友人である一媛さん、先程知り合った一堂さんの奥さんであるウシオニの陸童丸さん、大百足の百音さんの四人で温泉に浸かっている。
私と一媛さんは肩まで温泉に浸かってノンビリ寛ぎ、陸童丸さんと百音さんは子供みたいにはしゃいでいる。
因みに、何故私と一媛さんが一緒に温泉に浸かっているのか……ソレは、私が此処の宿の店主である稲荷と知り合いだからよ。
正確には、一〇年前に私と守護の任を交代したお母様の知り合いで、私が子供の時はよく此処の宿でお手伝いしてたわ。
だから、こうしてお客でもないのに、温泉に浸かってられるの。

「それにしても、はしゃぎ過ぎよね……温泉は、ゆっくり浸かるモノよ」
「そうですよねぇ……まぁ、陸童丸さんと百音さんがはしゃぐのも分かりますけど」
はしゃぐ陸童丸さんと百音さんに私は溜息を吐き、一媛さんは子供を見るような目で二人を眺めている。
肝心の二人だけど、
「ふははははっ! それそれっ!」
「負けない、から!」
二人は温泉を海水浴場と勘違いしているのか、お湯を互いにかけ合っているわ。
一堂さんに聞いた話だと、二人は一堂さんと出会うまでは犬猿の仲で、しょっちゅう喧嘩してたそうなの。
まぁ、「喧嘩する程、仲が良い」という言葉もあるし、二人は何だかんだで仲良しなのね。

((………………))
(をおぅ……陸童丸の乳が、動く度に乳がタユンタユンと……)

「それにしても……陸童丸さん、羨ましい体形ですよねぇ」
「え?」
「私も、陸童丸さんみたいな体形が良かったです……」
い、一媛さん? 貴方、他人の体形を羨ましがる前に、自分の体形を自覚した方がいいと思うのだけど……
確かに、陸童丸さんの体形は下半身は兎も角、メリハリのついた上半身は同じ妖怪として羨ましいけど、一媛さんも人間から見れば充分に魅力的だと思うの。
私と百音さんは、その……二人と比べると若干貧相ね、特に胸の辺りが。
「竜太郎も、やっぱり胸は大きい方がいいのかしら?」

(おい、竜太郎……お前はどうなんだ?)
(……自然のままに)
(一堂さんにも分かるように意訳すると、黒鉄さんの胸なら大きさは関係無いそうです)

「そ、そう言えば、一媛さんはアルトさんとのアレはどうなの?」
「え? 何がですか?」
「何がって……私達妖怪なら当然のアレ、よ」
体形の事で悩みそうになった私は、強引に夜の営みに話題を変える。
一媛さんは私が何を聞いたのか分かってなかったみたいだけど、数秒程の間を置いて私が何を聞きたいのかを理解したみたいで、一媛さんの顔が真っ赤に染まったの。
「え、えぇ!?」
「いいじゃない、此処には同類しかいないのよ。 それで? アルトさんとは、どうなの?」
翼の先端で一媛さんの脇をつつく私、何時の間にか陸童丸さんと百音さんも興味深そうに一媛さんが話すのを待っている。
三人の無言の圧力に負けた一媛さんは、ニヘッと幸せそうなだらしない顔になったの。
「アルトさんとのアレは順調でしてぇ、アルトさんは凄く激しいんですよ」
「激しい? 激しいの、アレが?」
「はい、それはもう……私のアソコが壊れちゃうんじゃないかってくらいに、アルトさんは激しいんです❤」
「お、おぉ……アルトの奴、童顔の癖にアレが激しいのか……」
「それに、家には引き取った子供達がいますから……最近は外で……」
キャッと真っ赤にした頬を両手で押さえる一媛さん……まさか、アルトさんにそんな趣味があったなんて、驚いたわ。

(ほーう、ほーう、ほーう? アルト、お前……意外と大胆だな)
(……変態)
(し、仕方ないじゃないですか! 家には引き取った子供達がいますし、あの子達に余計な性教育はしたくないんですよ!)

「意外ねぇ……それじゃぁ、陸童丸さんと百音さんはどうなの?」
「一堂とのアレか? ぐへへ、一堂も凄いんだぜ❤」
「一堂、私の、淫毒、中毒。交わりの時、何時も、摂取」
「え、えぇ!? 大百足の毒って、猛毒じゃないですか!」
一媛さんが驚くけど、無理もないわ……大百足の毒は噛まれた場所を中心に強烈な快感が襲う猛毒、幾等一堂さんでも毎晩は耐えられないと思うの。
「それが一堂の奴、癖になっちまったみたいでさぁ。オレサマ達と交わる時は、いっつも百音の毒を貰ってるんだ」
「お陰で、毎晩、ケダモノ。陸童丸も、責められっぱなし」
「にしし❤」
嗜虐的なウシオニを逆に責めるなんて、一堂さん、只者じゃないわね……

(……ド変態)
(ふ、ふーんだ! 俺は愛する奥さんのモノなら、猛毒だって受け取ってやらぁ!)
(ひ、開き直りましたね!)

「それじゃぁ、今度は黒鉄の番だな!」
「え、私?」
「そうですよね。私や陸童丸さん達を聞いたんですから、黒鉄さんも話してくださいね」
う……確かに、私だけ話さないというのは狡いわね。
「まぁ、竜太郎はアルトさんや一堂さん程、交わりは激しくはないわね。でも、義姉さんの入れ知恵で、その……」
「その? 何か、問題、でも?」
「え、えっと……お、お尻の方で交わった事が、何度か……」
「え、えぇ!? お、おおお、お尻ですか!?」
フレシア義姉さんの入れ知恵は、少し深刻ね……竜太郎ってば、妙な所で真面目だから、話を鵜呑みにしてしまうの。
だから、別の意味で私と竜太郎の将来が不安ね。

(おいおいおいっ! 竜太郎、人の事を変態だって言ってたくせに、自分が一番変態的な事してるじゃねぇか!)
(そうですよ! お、お尻で交わるなんて!)
(……反論不可)

「ふふっ」
「ん? どうした、黒鉄?」
「別に、何でもないわ……ただ、私達は幸せなんだなって、思っただけよ」
そう思うと、微笑みが止まらない。
アルトさんと一媛さん……一媛さんの一目惚れから始まって、半年という長いようで短い会えなくて寂しい時間を経て、二人は今、土産物屋と孤児院を両立している。
元暗殺者のアルトさんは、命を奪ったという大罪を奪ってきた以上の命を育てる事で償い、一媛さんはアルトさんの贖罪を妻として支えている。

一堂さんと陸童丸さんと百音さん……喧嘩をしていた陸童丸さんと百音さんを止める為に、一堂さんは二人と戦い、そして三人は夫婦になった。
祓師の一堂さんは、妻である陸童丸さんと百音さんと共にジパングを巡り、ジパングでも屈指の祓師として活躍している。

私と竜太郎……竜太郎が子供の時から私は彼を守り、自分の修行を兼ねて彼と幾度も試合を重ね、私達は夫婦になった。
私は共に武闘家を目指す竜太郎を師として、妻として支え、互いに更なる高みを目指して一緒に修行を積んでいる。

出会いも旅路も異なる私達だけど、一つだけ共通している事があるわ。
ソレは、愛する人と共に生きている事が凄く嬉しくて幸せな事。
妖怪は愛する人と共に生きる事に、例えようのない幸せを感じるの。
だから、私達は幸せなんだなって思ったのよ。

(お前等は、幸せか? 俺は、後が怖過ぎるくれぇに幸せだぜ)
(何を言ってるんですか、一堂さん? 当然、僕も幸せですよ)
(……同意、幸福)

「さて、と……貴方達、何時までコッチを覗いてるつもりなの? まだ覗くっていうなら、此処の女将さんに言いつけるわよ」
「「「っ!?」」」
私が塀の向こうで覗いている三人に声をかけると、直ぐに此方を覗く視線が消える。
不可視と気配遮断の妖術を施しても、仕切りの塀には触れた者に施さている妖術を無効化する接触式の解呪が施されているから、どんな妖術も意味を為さないわ。
まぁ、この解呪を知っているのは、この仕掛けを施した私と宿の従業員だけだもの。
知らずに覗きを敢行するのも、無理はないわ。

×××

〜三日後・ヤマト街門〜
「世話になったな、アルト」
「此方こそ、あの子達の遊び相手になってもらって助かりました」
三日ってのは、あっという間だ。
俺達は黒鉄が紹介してくれた宿を拠点に、アルトが引き取った孤児達と遊んだり、ヤマトの商店街を巡ったりしてた。
いやぁ、遊んでいる子供ってのは元気が無尽蔵だね、現役の祓師である俺があっという間にへばったからな……まぁ、せがまれて魔導拳の演武を見せたのもあるが。

「陸童丸さん、百音さん。機会があったら、また手合わせをお願いするわ」
「おぅ! 今度会った時はオレサマが勝つからな!」
「良い、手合わせ。私からも、お願い」
ヤマト滞在中、二人は九爪震天流とかいう武術を嗜む黒鉄と手合わせして、結果は惜敗。
十何年も研鑚を積んできた黒鉄に、俄か仕込みの魔導拳で勝つには荷が重かったみてぇだ。
拳と拳をぶつけ合って友情を育む……何だよ、この熱血王道展開。
ま、二人に良い好敵手兼友人が出来た事は、夫である俺も嬉しく思う。

「それと、約束は忘れないでくださいね」
「分かってる、ちゃんと約束は果たすぜ」
出発の前日、俺とアルトは「ある約束」を交わしたんだ。
ソレは、孤児を見つけたらアルトの店を紹介するって約束。
仕事の都合上、ジパングの各地を回る俺達は孤児と出会う事が多いし、今までは気まずさを感じながらも無視しててな。
ソレがアルトとの再会で解消出来た、これからは気まずさを感じなくて済むぜ。

見送りに来てくれたアルトと黒鉄に、俺は名残惜しさを感じながらも握手する。
一媛は店で留守番、竜太郎はアルトの代わりに店番中だ。
アルトが「二人が、『また会いましょう』と言ってましたよ」と言ってたし、店番中の二人も見送りに来たかったんだなって思う。

「じゃぁな、アルト、黒鉄! 機会があったら、また来るぜ!」
「また来る事があったら、店に寄ってください! あの子達も、歓迎しますよ!」
「それじゃぁ、また何時か会いましょう!」
その会話を最後に、俺達はヤマトを去る。
二泊三日の新婚旅行は、音信不通だった友人との再会、新しい友人との出会い、と中々に実りのある旅行だったな。
今度は、俺と二人に子供が出来た時にでも来るとすっか!

×××

さてさて、どうでしたかな? 今まで語ってきた、三組の織りなす後日談は?
その後の事をちょっとだけ、教えてあげようじゃないか。

アルト君と約束を交わした一堂君は、仕事の合間に孤児を見つけてはアルト君の店を律儀に紹介してんのさ。
お陰でアルト君の家は子沢山、一媛ちゃんとの間に出来た子供も混ざって超家族!
オマケに、引き取った孤児と一媛ちゃんとの子供が相思相愛な関係になったりしてねぇ、アルト君、親馬鹿で号泣したってさ!

黒鉄ちゃんと竜太郎君は相変わらず、ラブラブチュッチュな夫婦生活をエンジョイ!
この前、子供が出来るのも時間の問題だって言ったけど、マジで子供が出来ちゃった。
竜太郎君との子供にも武闘家としての修行をさせようかなって、黒鉄ちゃん言ってたぜ。

ま、本当にちょっとだけど、こんな所かな?
それじゃ、次のお話を用意しておくから、それまで諸君は楽しみにしてくれたまへ。
それでは、アディオス!
12/09/07 11:22更新 / 斬魔大聖
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■作者メッセージ
第壱章〜第参章の登場人物達の後日談をお送りしました。
第肆章はジョロウグモの予定ですので、よろしくお願いします。

お詫び
八月一〇日〜一二日に開催された夏コミで販売した書籍をSSの題材に使用してもネタバレは厳禁、という事に気付かず、ネタバレ的な内容(具体的には第参章のタケリダケ)を書いてしまい、申し訳ありませんでした。
これからの執筆では充分に注意しますので、今後もよろしくお願いします。

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