連載小説
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4 調査
スクルはしばらく考えていたが、今読んだ日記について私たちに質問してきた。
「この日記はだれのものなんだ?」
「バシリューという作家よ、聞いたことない?」
「知ってるよ、バシリューの小説なら読んだこともある。おもに歴史小説を書いた人で、レスカティエ出身、50年くらい前に亡くなったけど、亡くなったのもレスカティエのはず」
「え、ほんと?読んだことあるの?よかった」
私は嬉しさのあまりつい大きな声を出してしまった。
大きな声に驚いたスクルは警戒するような表情になった。
「あ、ごめん、自分以外でバシリューの読者だって人に初めて会ったものでうれしくて」
「・・・魔物は性的描写の多い作品を好むって聞いたんだけど、この人の小説にはそういう描写はまずないよ。文章も世界観も重厚長大な作風だし。ついでに言えばこちらでも主な読者は中高年の男性がほとんどだ」
「だから今まで同じ趣味の人に会ったことがなかったの、魔物の友人知人に勧めてみたんだけど『好みに合わない』『エッチじゃないので面白くない』ってだれも読んでくれなかったのよ」
自分の趣味をだれも理解してくれないというのは結構つらかった、お母様にまで『育て方を間違えたかしら』なんて言われたんだから。
「儂もエルに勧められて読んだのじゃが、確かに作者の歴史への知識はよくわかるが、間違っても魔物受けはしない作風じゃったのう。にしてもスクル、おぬし魔物の文化的な好みについても随分詳しいようじゃが、ここの大学はそういうことまで教わるのか?」
「文学の歴史についての講義を受けたときに文学部の講師が言ってたんだ。その講師は小説家でもあるんだけど、昔売れない小説家だったときに生活費のために別ペンネームで官能小説を書いたらそれが大当たり、教団からにらまれるくらいだったそうだけど、親魔物国家や魔界からも大量の注文が来て、続編の依頼まであったって、続編を書いたかどうかは言わなかったな。聞かれても官能小説の題名や別ペンネームも教えてくれなかったなあ」
「その講師殿にはぜひ新作を書いてもらいたいの、折角来たのだから儂自ら依頼していこうか」
話がずれてきたので戻そうと思ったらスクルがまた質問してきた。
「魔物受けしない作風の小説なんていったい魔界のどこで読んだんだよ」
「魔王城の図書室」
「そんなところにあるのか?」
「あそこはだれがいつ持ち込んだのか分からない本がたくさんあるのよ、以前教団で発行した主神の箴言集を見たことがあるわ。図書室は『魔王城の混沌の中心地』とも呼ばれているの」
「そこまで言われるとぜひ行ってみたいような・・・、怖いから行かないけど」
「スクルはどこで読んだの」
「実家、僕が生まれたころにお祖父ちゃんが古本屋でバシリュー全集を買ってきたそうで、物心ついた時にはすでにあった。10歳のころには読み始めていた。」
「全集!?いいなあ、図書室では結局5〜6冊くらいしか見つからなかったの」
全集を譲ってもらえないか交渉しようと本気で考えた。
「スクル、おぬしが歴史研究の道に進んだのはひょっとしてバシリューの影響か?」
「そうだよ、ただし先輩方には小説内の間違っているところや、小説内の実話でないオリジナルエピソードを全部指摘できなければ卒業できないと脅かされたけど」
「小説はあくまで作り事じゃからのう」
私自身も含めてまた話がずれてきたので、いい加減本筋に戻そうとした。
「バシリューについてはぜひ語り明かしたいのだけど、質問はまだあるの?」
「バシリューについての質問はこれで最後にする。この日記の原本はレスカティエにあったのか?」
「そうよ、生前住んでいたレスカティエなら他の本が手に入ると思って行ってみたのだけど、そこで本人の日記を見つけたの。嬉しくてそれを読んでいたらそのページを見つけたの、他のページにはここまで大げさな表現はなかったから違和感を覚えたのよ」
「ラービスト大司教についてはそれ以前から知っていたのか?」
「フィムからこの人はお父様が教団にいたころの知り合いだったというのは聞いていたの、だからこの日記についてフィムに相談したのよ」
スクルは次にフィムに尋ねた。
「魔界でもラービスト大司教は知られているのか?こちらでは歴史に詳しい人なら知っていて当然だが、一般にはそれほど知られている人ではないぞ」
「たまたま儂が知っていたというだけじゃ、魔界では歴史に興味を持つものはあまりおらんな。魔王様の夫様の旧友で、当時の教団幹部ということくらいしか儂は知らん」
「それで二人で相談してラービスト大司教の日記を調べてみることにしたのよ、お母様が怒り狂ってすべての人間を焼きつくすなんてありえない話だけど万が一ということもあるから」
これで私たちがここに来た理由はすべて話した、スクルは明らかに調べものの内容に興味を示していた。

気が付いたら12時になっていた。
「おなかがすいたのう、調べ物は午後から始めるとしてお昼ごはんにせんか?」
フィムの提案に私もスクルも反対しなかった。
「それでは今日も『てっぱん亭』にいくとするかの」
「フィム、あまり人前に出たくはないのだけれど」
昨日店の前であれだけ騒いで、私たちの正体がばれなかったのは奇跡に近い。
「しかしおぬしもあの店をずいぶんと気に入っていたのではないか」
それは事実だし、また食べに行きたくもあるが・・・。
「スクル、あの店は持ち帰りもできるからあなたが買ってきて」
スクルは複雑な表情で私たちを見たが了解してくれた。
「代金は?」
「さっき渡したお金の中に含まれているわ」
「リリムって魔界の王女だろ、王女の割には妙にせこいな」
正直言ってさっき渡したのは多すぎたかなと後悔していた、どうしようかと考えていたらフィムが助け船を出してくれた。
「全部で金貨一枚にもならないじゃろ、男なら細かいこと言わない」
しぶしぶスクルは出て行った。

「やれやれ、エルの魅了が失敗したときはこりゃだめだと思ったが、スクルも協力してくれるし何とかなりそうじゃの」
前者は認めたくなかったが、私もそう思っていたので何も言わなかった。
「それにしてもエル、お主今日はずいぶんと地が出ておるの」
にやにやしながらフィムが言った。
私はリリムであるので当然魅了を得意とし、強大な魔力を持ち、この美貌があるのだが、もうひとつの標準装備とも言われる「リリムの謎めいた微笑」というのを苦手としていた。
ある姉は『失敗をごまかすときや、気まずい雰囲気をなんとかするときに便利なので、ぜひマスターする必要がある』と言っていた。
別にできないわけではないのだが、意識してやらないと使えず、精神的に疲れてしまうので長時間使えない、という体たらくである。
初対面の相手に対して優位に立つときにも使えるので、昨日スクルに会った時は意識して笑みを浮かべていたのだが、魅了の失敗でだいなしになった。
今日はまず魅了の必要はないとフィムに言われていたので、無駄な努力はしないことにした。
「地が出ているということは別に悪いことではないぞ、今日のお主はずいぶん嬉しそうじゃからの」
長年探し続けてきた同じ趣味の持ち主にやっと会えたからだ、といっても魔物受けしない小説家のファンなのだから自業自得ではある。
反魔物国なら探せばかなりいるだろうから、世の中というのはつくづくままならない。
考えてみれば、反魔物国で私が魔物だということを知っている人間と普通に話し合うというのは初めてだった。
時間があればスクルとは作品についてとことん語りあいたいのだが、調べもののほうが優先だ。

しばらくしてスクルが戻ってきた。
「お好み焼きは一人一枚、大判焼きは全種類一個ずつ買ってきたよ」
「しまった、枚数や種類を注文するのを忘れとったわい。ん?お好み焼きは3枚あるな」
「並んでいたら僕も食べたくなったんで買ってきた」
「そこにあるパンはどうするの」
「夕ごはんに食べる」
「このお好み焼き昨日のとちょっと違うような気がするのだけど」
「特別に頼んで青ノリを多めにかけてもらった、好きなんだろ?」
「そんなこと言った覚えないわよっ!」
大判焼きの分配をめぐり少々もめたけど、昼ごはんは終わった。

「日記を調べる前にちょっといい?」
「え、なに?」
昼ごはんの後片付けも終わり、いよいよ調べものを始めようとしたときにスクルが話し始めた。
「ラービスト大司教の日記というのは、歴史資料としては一級品の価値があるものだ、今まで様々な研究者が目を通してきたものなんだ」
「重要な人物の日記じゃからな」
「だとするとバシリューの日記にはおかしなところがある、彼はとんでもないものを見つけてしまったとあるけど、一目見てわかるものなら他の研究者が見つけなかったはずがないんだ」
「単純に見落としたとかはないの?」
「目を通した研究者の数は何百人もいるんだ、あんまり多いんで本が傷まないように複製魔法を使って複製本を作ったくらいなんだ。だから考えられるのはバシリューにしか分からなかったと、いうことだと思う」
「それってどういうことなの?」
「バシリューの経歴なんだけど、小説家になる前は教団兵で主に偵察をしていたそうなんだ」
「教団兵で偵察をしていたというと、まさか親魔物国家に潜入していたの?」
「どうもそうらしいんだ、ということは彼の魔物や魔界に関する知識はかなりのものということになる」
「お主が言いたいのは、魔物や魔界にくわしくないとラービスト大司教の日記の『とんでもないこと』は見つけられないということじゃな」
「そういうこと、僕も含めて教団や反魔物国家の研究者はそんなに詳しいわけではないし、ラービスト大司教は一生のほとんどを魔物との戦いにささげた人だからそれが一番あり得ると思う」
「スクルじゃなくて私やフィムが日記を読むのが良いってわけね、ところで日記って何冊あるの?」
「ここで保管されているのは30冊ほどだね」
「・・・全部読まなきゃならないの?」
「今の魔王様に代替わりした頃か、魔王様と夫様が出会った頃に絞ってよいと思うぞ」

こうして日記を読む作業がやっと始まった、だがその作業は時間がかかって全然進まなかった。
まず日記は手書きで書かれている、ラービスト大司教という人は悪筆でなかったので読めなくはないが、活字に比べると読みにくい。
人名地名組織名といった固有名詞がいきなり出てきても、当然書いた本人は知っているので説明などはないが、私は知らないのでいちいちフィムやスクルに聞くことになる。
日記は一日単位で書かれているが、小説と違って前後のつながりというものがなく、この件については明日やろう、と書いてあっても翌日そのことは全然書かれておらず気になってしょうがない。
フィムは私に比べたらずいぶん進んでいた、彼女は私の元教師で歴史についても詳しいので来てもらって本当によかった。
ただしフィムは歴史に詳しいということをあまり言いたがらない、なぜかと聞いたらバフォメットで歴史に詳しいと実際より年齢を高く見積もられるからだと言っていた。
あっというまに閉館時間になったので3人とも帰ることになった。
この分だと見つかるのはいつになるやら。


「こちら追跡班201、目標101は夕食にベンチでパンを食べて学生寮の自室に戻ったのを確認しました」
「こちら監視班301、目標101は自室に戻ってすぐ就寝しました」
「こちら監視班302、今晩のうちに休憩室への監視ポイントを設置します」

13/09/04 19:12更新 / キープ
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■作者メッセージ
今回はエルゼルの一人称にしました。
それだけでずいぶん変わるものです。

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