連載小説
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5 襲撃
「こちら鑑識班、昨晩の調査で休憩室にて発見した毛髪のなかに魔物の可能性が高いものがありました。しかも残留魔力の種類や量からみて2種類の種族がいたと考えられますが、種族の特定はできませんでした。あと同時に発見された緑色の極小の物体は食用の青ノリでした。」

昨夜は自室に戻ったらすぐ寝てしまった、やはりおとといの徹夜は思ったより身にこたえたらしい。
しかし昨日はリリムとバフォメット相手にずいぶん言いたいことが言えた、これも徹夜のせいでハイになっていたためだと思う。
あと例の青ノリのおかげで、魔物も間抜けぶりでは人間と大して変わらないということもよくわかった。
目が覚めて部屋を見回したが昨日の朝と異なるところは見当たらず、誰からも声を掛けられていないので、まだ誰も魔物が大学に侵入しているということに気づいていないらしい。
またなにか考えなければならないかもしれない。
となると今日も日記を読む作業ということになる。
いつもどおり食堂で朝食を取った後、出かける準備を始めたが、今日は何を持っていくかで考え込んだ。
エルゼルは魔界の王女なのだからか、基本的な教養は身につけているようだが歴史の専門知識となるとほとんど素人だった。
昨日は歴史学科の学生からみれば初歩的な質問ばかりで少々閉口したが、学生とはいえ一応は専門家なのだから質問にはちゃんと答えねばならない。
フィームズは歴史全般についてそれなりの知識があるようで初歩的な質問を連発するということはなかったが、高度な質問をしてくることはあったのですぐに答えられないことが何度かあった。
いろいろ考えて初歩的な質問に対応するために『歴史用語辞典』を持っていくことにして、高度な質問については答えられないときは、図書館の本館で調べることにする。
昨日受け取った金貨は部屋に置いておくと安心できないので、いつも使っているカバンに入れて持っていくことにした。
学生寮を出た後、いつもだったら昼ご飯用にパンあたりを買っていくのだが、あの二人が3日続けて『てっぱん亭』のお好み焼きと大判焼きと食べるかもしれないし、『てっぱん亭』でなくても持ち帰りのできる店は他にもあるのでまっすぐ図書館に向かった。
いつもの説明を受けて別館に入り、休憩室に到着したが、昨日と同じく二人はまだ来ていなかった。

「こちら追跡班201、目標101は一人で別館に入館しました、この後は予定通り別館の入り口を監視します」
「こちら監視班302、目標101は休憩室に入りました、一人です、他に同行者はいません、引き続き監視を行います」

「フィム、朝よ」
「むにゃむにゃ・・・借りた金が返せないようでは体で払ってもらおうか・・・、儂のお兄ちゃんになってもらうぞ・・・、これで儂にもやっと・・・」
「起きなさいよ」
私とフィムは大学のすぐそばにある宿に泊まっていた、この宿は部屋まで食事を持ってきてくれるのであまり他の人と顔を合わせずに済む。
部屋まで食事を持ってくる従業員に対しては、フィムが認識能力を阻害する呪いをかけているので魔物だとばれる心配はない。
この呪いは一月もすれば自然に解けて後遺症も残らないとのこと。
学生でこの宿を利用している人もいるので制服でいても目立たない。
その気になれば魔王城から大学まで転移魔法で行き来することもできるのだが、さすがにそれでは魔力の消耗が激しいので宿に泊まることにした。
「フィム、いい加減起きなさいってば」
フィムは朝の寝起きが悪くなかなか起きない、昨日はベッドから転げ落としてやっと起こしたがさんざん文句を言われたので、今朝は別の手段で起こすことにした。
最初は直接水をかけようと考えたのだが、ベッドのシーツが濡れてしまうので、タオルを水でぬらしてフィムの顔を覆うように被せた。
「・・・?ゴフッ!ゲホッ!・・・窒息させる気か!」
やっと起きたがまた文句を言われた、これがだめなら明日は顔に枕を押し付けようかしら。
二人とも起きたのでまず顔を洗って大学の制服に着替えた。
この大学の制服は魔物の特徴を隠しやすいのだが、それでもリリムの特徴である銀髪や赤い目は隠しにくい、不安に思ってフィムに以前聞いた時は『この大学には大陸各地から学生、教師、研究者が集まるので髪、肌、目の色は様々じゃから気にしなくともよい』と言われた。
大学内を歩いてみたら確かに様々な外見の人たちがいるので、私は目立つことを気にしなくてよいということが分かった。
宿の従業員が朝食を持ってきたので二人で食べて、出かける準備ができたので出発することにした。
部屋から直接転移魔法で図書館へ行ってもよかったのだが、それだと宿屋に怪しまれるので、一度玄関から出てから人気のないところで転移魔法を使った。

「こちら監視班302、休憩室に魔物が二体現れました!転移魔法のようです!二体とも大学の制服を着ています、一体は特徴が二本の角、銀髪、赤い目・・・リリムです!もう一体は特徴が後ろに曲った二本の角、低身長、手足が毛でおおわれている・・・バフォメットです!目標101が魔物に気付きました・・・、普通に会話をしています、(仲よさそうだな、おい)引き続き監視を行います」

「おはようスクル、今朝の気分はどうじゃ?」資料を読みふけっていたらいきなり肩をたたかれた。
なにやらデジャブを感じたが、振り返るとフィームズとエルゼルがすぐそばに立っていた。
「今日は昨日の続きだな」
「前置き抜きにいきなりじゃな、お、日記はちゃんと用意しとったか、感心感心」
「ありがとう、スクル」
「ところでなスクル、今日はエルの分の日記はお主に読んでもらいたいのじゃ」
「え?」
「フィム、どういうこと?」
「お主も気づいていたじゃろうが、昨日エルは日記を読むのにかなり時間をかけていた、他人の手書き文字を読むというのは慣れないと難しいからの」
「僕もそうだったからな」
「じゃからお主がエルの隣に座って日記を音読して、エルも一緒に音読して、内容に分からないところがあるなら、日記一日分ごとにスクルへ質問するようにすれば少しは速くなるし、エル自身の勉強にもなるわい」
一緒に音読するというという方法は読みづらい文章を読む練習になるのと大学でも教わったが、まるで子供みたいなやり方なので実際にやる人を見たことがなかった。
「分かったわ、それでは始めましょ」
僕が何も言わないうちにエルゼルは日記を持って僕の隣に座った。
女性が隣に座って一緒に同じ本を読むなんて、10歳にもならないときに学校で教科書を忘れてきた女の子と一緒に読んで以来だった。
エルゼルとは会ってから三日目だが、これほど物理的に接近したのは初めてだった。
おとといのソースのにおいと別の意味でいいにおいがした、リリムは何もしなくてもそこにいるだけで男を魅了できるということをどこかで聞いたが間違いないようだ。
可能な限り日記を音読することに集中し、余計なことを考えないようにした。

「こちら監視班302、目標101とリリムが隣同士で座って同じ本を読んでいます(う、うらやましくなんかないぞ)引き続き監視を行います」
「こちら突入班401及び402、装備の直前点検が終了しました、異常はありません、これより裏口から別館に侵入します」

文字が読めないわけではないのでスクルに合わせて音読するとすらすら読めた、やはり苦手なことができるようになるというのは単純にうれしい。
分からないことはスクルに質問すると分厚い『歴史用語辞典』を渡されて、これを引くようにといわれたが、それでもわからないことは丁寧に説明してくれた。
しかし音読は長時間続けると疲れるので、日記内で一週間進んだところで双方暗黙の了解で休憩時間に入った。
昨日読んだところも含めていまのところ日記に気になる記載は見つからない、いつまでたっても見つからなかったらどうしようかと不安が頭をもたげてきた。
不安を振り払うために別のことを考えようとしたら、バシリューの小説のことが頭に浮かんだ。
「ねえスクル」
「ん、何だ?」
「今回のことが終わったら二人でバシリューの小説について一晩じっくり語り合わない?」
私としては単なる気分転換のための軽口のつもりだった。
「いや、ちょっとさ、人をからかうのはやめてほしいのだけど」
「え?」
「リリムにそういうこと言われるとさ、その、なんだ」
「あ・・・」
スクルの口調には警戒心が含まれていた、スクルが反魔物側の人間であるということをすっかり忘れていた。

「こちら突入班401、所定の位置に到着しました、いつでもいけます」
「こちら突入班402、こちらも同様です」

エルゼルにいきなり誘惑ともとれるようなことを言われてびっくりした、やはりリリムなのか、あるいは思っていた事を読まれたのか。
びっくりした時に椅子の位置がずれたので、直そうと思いテーブルに手をかけて力をかけたら・・・テーブルが倒れた。
「おわっ」
「きゃっ」
部屋のテーブルの中に足がガタついているのがあるというのをすっかり忘れていた、しかもそのテーブルで二人で本を読んでいた。
「スクル、大丈夫」
「ああ、なんとか」
僕はすんでのところで倒れずに済んだ、テーブルの上に載っていたものを確認したところ、日記はテーブルのすぐそばに落ちていた。
あわてて拾って確認したが特に傷はついていなかった、安心したがもう一冊の『歴史用語辞典』が見当たらなかった。
「お主ら何をやっておるのじゃ、辞典なら部屋の隅まで飛んでいったぞ」
あきれた顔のフィームズが指差したほうを見るとたしかに辞典が部屋の隅に落ちていた、よくもまああんな重いものがあそこまで飛んでいったものだ。
僕は辞典を拾おうと部屋の隅に向かった。

「こちら監視班302、目標101がリリムとバフォメットから離れて部屋の隅まで移動しました!」
「よし、突入班401及び402は突入しろ!」
「「了解!」」

この辞典も結構高かったんだよなあと呟きながら僕は辞典を拾ったら、その瞬間大きな爆発音がしたと思ったら目の前が煙で何も見えなくなった。
「えっ、なんだ、なにが起きたんだ?」
何が起きたか分からず混乱していたら、いきなり後ろから両脇を持ち上げられそのまま後ろに引っ張られた。
「え?何?」
抵抗もできずそのまま後ろに引っ張っていかれたら大きな声が聞こえた。
「目標101、確保しました!」

「エル!今すぐペンダントを開けるのじゃ!早く!」
煙だらけで何も見えず混乱していた私にフィムの切羽詰まった声が聞こえた、あわてて胸元からペンダントを取り出し金属製のカプセルを開けた。
次の瞬間転移魔法が発動した。

気が付いたら私は山の中にいた、少々めまいがした。
ペンダントの中にはいざというときの緊急避難用として、フィムがあらかじめ転移魔法を封じ込めてあった。
ただしこれは事前に指定した場所にしか転移できず、それほど長い距離は飛べないし、転移魔法酔いを起こしてしまうのでまさに緊急避難用である。
これをもらった時はまさか使うことになるとは思わなかった。
「フィム?」
周りを見回したがフィムは見当たらなかった。
「まさか逃げられなかった!?」
「エルー、ここじゃー、助けてくれー」
上から声がしたので見上げたら高い木の枝にフィムが引っ掛かっていた。
なんとかフィムを下したがなぜか全身網のようなものでおおわれていた。
「儂の分だけ転移先座標の設定をちょっと間違えてしもうたわい、おえっ、気持ち悪い」
「フィム、ここは?」
「あの大学から1時間ほど歩いたところにある山の中じゃ、近い割に人の目がないところだからここに転移先を設定したのじゃ、うぷっ」
「一体何があったのかしら」
「教団の連中にほぼ完璧な奇襲を決められたわい、これ以上調べものの続行は不可能じゃ、帰るぞエル」
「え?」
13/09/08 21:35更新 / キープ
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■作者メッセージ
今回はストーリー全体の折り返し地点になります。

ですが後半が何章になるかは未定です。

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