連載小説
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第四章 番いの儀:天の柱A〜竜翼通りA〜ドラゴニア城@

―2―

 さて今日はどこへ案内しようか。
 なんて。行く場所は決まっている。今日は国民の休日だからな。
 四人全員で母さんの準備した朝食を食べたあと、すぐに父さんと母さんはドラゴニア竜騎士団本部へと出勤した。国民の休日ではあるけれど、母さんたち竜騎士団には何にも代え難い仕事があるからだ。
「今晩は女竜会あるから、お鍋の中のシチュー食べてね。お外で食べるならそれでもいいわよ。ごめんね、ウェント、終わったあとちょっとしかエッチできそうにないわ」
「僕は大丈夫だよ。その分、終わったあとに向けて溜めておくから。デオノーラさまを慰めてきてあげて」
「まぁ、そのあたりはアリィに任せるわ。いい加減、腰を据えて相手探せばいいのにね。そうすれば『番いの儀』の度に女竜会開かなくて済むのに」
「デオノーラさまは公務で忙しいから」
 なんて母さんと父さんのやり取りがあったのは朝食中のことだった。
 番いの儀での竜騎士団の仕事のあとは父さんだけは早めに家に帰ってくる。毎度のことだった。
「番いの儀?」
 当然、ドラゴニアに来たばかりの呈は知らないだろう。なんにしても呈は運がいい。狙わない限り観光中に見られることは滅多にないから。
 おれたちは早めに出て行った母さんたちに代わって朝食の後片付けと衣類等の洗濯をしている。観光客である呈には申し訳ないけど、どこか嬉々として手伝いを買って出てくれた。母さんはどこかこうなることを予期していたような気さえする。なんでだ。
 魔宝石を幾つか組み合わせ、石鹸水に水流を起こし、まとめて衣類を洗っていく。終わったら干し作業だ。ドラゴニアは強い風がよく吹くから乾くのは早い。急な雨には注意しないといけないけど。
「まぁ簡単に言うと結婚式だよ」
 籠いっぱいの洗濯物を外に運び出して、専用のスペースにある傾斜を利用したロープに吊るして干していく。空は快晴。風は冷たいけど心地いい。結婚式にはばっちりな天気だ。
 番いの儀。インキュバスとなり、ドラゴニアにおいて正式に雄竜と認められたものとその妻である雌竜が行う結婚式のこと。
「番いの儀が予定されてる日は国民の休日になって、基本的に皆休んで、天の柱に集うんだ」
「天の柱に?」
「うん。天の柱の頂上、番い鐘がある場所で式を行うから。母さんと父さんたち竜騎士団はその新婚夫婦を先導する役目を担ってる」
「その人たちは自分で登ったりしないの?」
「しないしない。天の柱に登る必要があるのは、竜騎士団の隊長になる竜騎士と騎竜だけだから。普通の結婚する人たちは、自分たちだけで登ったりしないよ。まぁ妻がワイバーンだったりドラゴンだったりしたら変わるかもしれないけど。基本、竜騎士が先導する」
 例えば空を飛べないワームとかリザードマンとか。竜騎士の騎竜が引く専用の竜車で運ばれている。落っこちないのは多分、魔宝石とか魔法でなんとかしているからだと思う。
「まぁ聞くよりは見る方が早いしもったいないから。このあと一緒に見に行こう。式自体は昼頃からだしな。楽しみにしとけよ〜、凱旋パレードは見ものだからな」
「スワローはこれまで期待を裏切ったことないもんね。すっごい期待させてもらうよ〜」
 ハードルを上げるのも慣れたものだ。実際すごいから何の心配もない。
 洗濯物など一通りの家事を終えたあと、おれは財布やリュックなどを持って呈と一緒に家を出る。目的地は天の柱……の手前の緩やかな傾斜の草原。少し先に天の柱がそびえ立っているのが見える。
 残念ながら天の柱までは行けなかった。人が多いから天の柱には当然入れないし、おれ個人でもそういう形で中に入りたくはない、というのもあった。
 天の柱の足元まで行けなかったのはだいたい家事をしていたせいだけど。
 ドラゴニアの人々や観光に訪れた人たちは草原に敷物を広げたり、そのまま地べたに座ったり、例えば相方の膝上に跨ったりして座っている。おれはリュックに入れておいた敷物を敷いて、呈と一緒にそこに座った。
 サバトドラゴニア支部の魔女っ子たちが巨大な水球を各所に浮かび上がらせていた。なんでも別の場所の映像をそこに映し出すという魔法らしい。これで天の柱に行かずとも番いの儀を見ることができるというわけだ。
「まぁ場所はアレだけど、ここの方が後々いいから」
「ぼくはスワローと一緒ならどこでも大丈夫!」
 ありがたいお言葉。
 時間的にはもう少し猶予があるか。何か適当につまめるものを買ってこれば良かったな。
「スワロー、お前も来てたか」
「こんにちは〜」
「セルヴィス。ラミィさんも。こんにちは」
 おれに後ろから声をかけて来たのは二人の男女。男は焰そのものである赤竜の外套を身に纏った魔界銀の鎧を着ており、自身の身長よりも長い黒柄の槍を背負っている。アッシュブロンドの長髪の彼の名前はセルヴィス。彼の隣にいるのが蒼い鱗の生えた蛇の下半身を持つ竜、ワームのラミィさん。胸元とお腹の露出が多い竜鱗を縫い合わせた鎧を着ている彼女は、長い蒼の髪を吹き降りる風にたなびかせており、おっとりとした雰囲気を醸している。
「やるな?」
「やるよ」
 おれは呈が二人に気づいたタイミングで立ち上がり、セルヴィスと向かい合った。
「え?」
 困惑する呈の目の前で。
 同時におれたちは腕を動かす。
 右手ハイタッチの乾いた甲高い音からそれは始まった。
掌を下に向けてロータッチ。握り拳で腕交差。続けて右脚左脚をガッガッとぶつけて、左手右手ハイタッチからの左手右手グータッチ。
「ほっほっほ」
そのままグーを互いのグーに振り下ろして叩き合い三連続。左手ハイタッチからの掌合わせて上昇、右手をその下でロータッチ&グータッチから握手。合わせたままの左手を握手に移行。
「へいへいへいへい」
そのまま両手の指を、親指人差し指中指薬指小指を秒もなく組ませて絡ませては外していく。離れた両手で互いの肘をタッチ。ラストに両手ハイタッチで一歩退いて、
「「バーンッ」」
互いに指差しエンド。
 終わった直後の無音。風だけがおれたちの耳元に囁いていた。
 呈からは生暖かい目。ラミィさんからは微笑ましいものを見る目を頂いた。
「腕は鈍ってないようだな」
「そっちこそ」
 おれたちは笑い合う。セルヴィスとの毎度の挨拶だった。
「で、そっちがお前の彼女さんか。こんにちは、こいつの兄貴分兼数少ない友人のセルヴィスだ」
「悪友とも言う。大瀑布に連れて行かれたときは死ぬかと思ったぞ」
「はっはっは」
 くすんだ金髪を揺らしながら豪快に笑っているが本当に洒落になっていない。呈の目がこの人だったのか、と訝しむものに変わっていた。
「そいで、こいつが俺のマイスイート・ザ・嫁のラミィ」
「こんにちは〜。尻尾長くてお揃いだね〜」
「こ、こんにちは、呈です。ジパングから来ました」
 呈は唖然となりながらも、かろうじてという感じで挨拶を返す。
「なんで呈のこと知ってるの?」
「今朝、リムさんたちに会ったからだよ〜」
 ゆっくりとした口調でラミィさんが説明してくれた。なるほど、早速言いふらしているのか。
「いやー、ろくに友達すら作ろうとしなかったお前がついに恋人かぁ。人は変わるもんだな。それともあれか、白蛇ちゃんの猛烈アタックに押し切られたか?」
「茶化すなよ」
「茶化してないさ。祝福してるんだよ」
 嘘だな。鼻が笑っている。
「で、どっちから?」
 し、しつこい。にやけ面がすごくムカつく。
「い、一応い、言ったのはおれから、だけど」
「あ〜。呈ちゃんに誘惑されてころりといっちゃったんだね〜」
 ラミィさんまで。
「そ、その! お二人も竜騎士団なんですか?」
 話題の転換を狙ってくれたのか呈が二人に質問してくれた。本当に助かる。のろけ話を聞かされるのは慣れたものだけど、その逆をするのはおれにはきつい。
「そだよ〜。私たちはええっと、第五陸上部隊……なんだったっけ?」
「第五陸上部隊第六分隊な。おバカアピールしなくていいから」
 してないよ〜、とセルヴィスの肩をぽかぽか叩くラミィさん。やや天然の気があるのだ。
「第五? えっと、リムさんたちは第一でしたよね?」
「うん。竜騎士団にはね、いろんな部隊があるんだよ〜。リムさんたちの部隊は第一空挺部隊。お空を飛び回ってドラゴニアの安全を守る部隊なの。他にも第零特殊部隊とか音楽隊とか色々あるんだけどねぇ」
 手を広げて翼を模してみたり、楽器を吹くような手振りをしてラミィさんが教えてくれる。
「よく言えたなー。じゃあ、俺たちの部隊がどんなのか言えるか?」
「言えるもん。私たちの部隊が第五陸上部隊。別名……ええっと、ジンジャー隊って言うんだよ〜」
 おれとセルヴィスは同時に吹いた。「あれ?」と小首を傾げるラミィさん。何がおかしかったのか気づいていないらしい呈。
 しかし生姜隊って何する隊だろう。ジンジャーエールを配って回る隊だろうか。
「さすがラミィ。期待を裏切らないから好きだわ。訂正しとくとレンジャー隊な」
 第五陸上部隊。別名レンジャー隊。この部隊は主にワームと竜騎士で構成されている。
「あぁ〜それそれ〜。天候の急変で災害を引き起こしやすいドラゴニアでね、遭難者の捜索や救助をするのが私たちのお仕事なの〜」
「崖崩れとかは日常茶飯事だからなー。あまり人通り少ないところは行くなよ。危ないからな」
「私って鈍臭いから〜、崖崩れに巻き込まれちゃったのね〜。でも〜、生き埋めになった私を助けてくれたのがセルなのよ〜。必死にねぇ、土と岩を掘り起こして私を見つけてくれたの〜」
 当時のことを思い出してか、うっとりとするラミィさん。
「生き埋めになった癖に無傷で済んでんだよなぁ。俺は爪剥がれるくらい怪我したのに」
 複雑そうに顔をしかめるセルヴィス。魔物娘は基本的に頑丈である。ドラゴン属のワームともなればなおさら。
「ぼ、ぼくもスワローに助けてもらったんです。天の柱で落ちかけたときに」
「私と一緒だねぇ〜。怪我しなかったとしても、私たちのために必死になって助けてもらえると嬉しいよねぇ、ふふふ〜」
「ぼ、ぼくは落ちたら危なかったよ? スワロー」
 わかってる。わかってるから、そんな申し訳なさそうな顔で見なくていいから。
「それで、二人が竜騎士団の正装をしてるってことはやっぱり仕事?」
 二人とも竜騎士団陸上部隊の正装の鎧を身に纏っている。鬱蒼とした森の中でも四肢の可動域が阻まれない動きやすい鎧だ。
 セルヴィスが着ている赤い外套は、この国の女王デオノーラさまから賜ったもので赤竜の外套と呼ばれている。正式に竜騎士となったものに贈られるもので、デオノーラさまが吐いた焰で作られているらしい。女王が作り出したものに相応しく、相当な魔力が含まれているそうで、燃え盛る家の中に入っても問題ないほどの耐火耐熱性能を誇るとのこと。他にもレンジャー隊にとって必須らしい用途があるらしい。詳しくは知らないけど。
「おう、仕事だ。空と花嫁花婿の送迎は飛竜隊がするからな。俺たちは見物人たちが危ない場所行ったり、混乱したりしないよう誘導する係だな」
 飛竜隊とは第一空挺部隊の別名。どう呼ぶかはその人次第だ。
 なるほどね……って、ここで悠々と話してたらまずいだろ。
「大丈夫〜。部隊の皆も揃ってきたし、人の入りも落ち着いてきたから〜」
 揃ってきた、ね。相変わらず竜騎士団は緩々らしい。竜騎士団はパートナーとの交流を第一とするらしくあまり規則が厳格ではない。点呼は三日に一度顔出すだけでいいとか。
「ふっふふ〜。私たちがイチャイチャするのも竜騎士団の大事な仕事なのよ〜」
 ラミィさんが尾をセルヴィスの足から腰にかけて絡みつき、背中から彼を抱きしめる。セルヴィスは慣れたように巻き付かれながら、肩から顔を出したラミィの頬に口づけをした。
「それに大事な弟分に恋人ができたんだ。見に行かないわけがない」
 絶対それが最大かつ唯一の目的だろ。
 おれが睨みつけてもセルヴィスはからかうような笑みを深めるばかりだった。
「そういや呈ちゃん。番いの儀と天の柱のことは聞いたか?」
「えっと、少しだけ。結婚式なんですよね?」
「おう。ちゃんと説明してたんだな、関心関心」
 ぼふぼふと頭を叩かれた。足を蹴ろうとしたら間違えてラミィさんの尾に当たってしまった、申し訳ない。謝ったら気づいてなかったみたいで、にこにこしていたけど。
「そういえば、天の柱の頂上に番い鐘っていうのがあるんですよね?」
「説明してないの?」
「忘れてた」
「関心できねぇなぁ」
 仕方ねぇなぁと言いたげにセルヴィスは鼻をこする。説明したかったのか。
「番い鐘ってのは――」
 と意気揚々とセルヴィスが説明しようとしたときだ。
「セル」
 いつもと違う声音のラミィさんがセルヴィスの愛称を短く呼んだ。その声はおっとりとしたものではない。歴戦の狩人が発するような、緊張が走る声だ。
 瞬間、セルヴィスの表情も、にやけた顔から神妙な面持ちに変じた。おれと呈は二人して、突然のセルヴィスたちの変化に戸惑う。
「どこだ」
「東の森。一人でいるから多分そう。子供の感じがする」
「よし、行くぞ」
「うん」
 彼に巻きつけていた尾を解きラミィさんがセルヴィスをその背に乗せる。大の大人一人を抱えているとは思えない態勢だ。
 そして、尾がとぐろを巻くようにギュッとしまったかと思うと、一気にバネのごとく弾けた。
 ぶわっと風が、二人の跳躍に合わせおれたちへと吹き荒ぶ。
風に視界を一瞬遮られ、目を開いたときには彼らは東に広がる森林の方へと向かっていた。跳躍かと思われた二人の移動は、大地とほぼ平行に行っていたのだ。
 周囲のイチャイチャしていた人たちも何事かと見るが、すでにセルヴィスたちの姿が消えてしまったためその原因に気づかず、自分たちの世界に戻っていく。だけどその中で、たった一組。イチャイチャするのでなく、周囲を動き回っている人影があった。サキュバスの夫婦だ。何かを探すように視線を彷徨わせていた。表情まではうかがえないけれど、かなり慌てているように見える。
「ねぇ、スワローもしかして」
 呈も気づいたらしい。
 そして答え合わせをする前に、セルヴィスとラミィさんの姿が森の奥から見えた。二人並んでゆっくりと歩いている。ラミィさんの腕の中には、何かを包むように丸められた赤竜の外套があった。
 そっと歩くラミィさんたちは何かを探しているサキュバス夫婦に近づき、その外套の中身を見せている。驚くように仰け反る二人をラミィさんが制止して、そっと外套をサキュバスに預けた。大事そうにサキュバスとその夫は外套を抱いている。とても喜んでいるように見えた。
 頭を何度も下げてくるサキュバス夫婦をあとにして、セルヴィスとラミィさんがおれたちのところに帰ってくる。何があった、と聞くまでもない。
「ふぁあ、あのサキュちゃん可愛かったぁ〜。ちんまくて〜、ほっぺふにゅふにゅしてて〜」
 表情をだらしなく弛緩させながら、恍惚としているラミィさん。さっきまでの真剣な表情が嘘のようだ。
「子供の迷子、だったんですか?」
 呈の疑問に、セルヴィスが頷く。
「あっちの陽で温まった岩の上で眠ってたよ。呈ちゃんよりも四、五歳くらい下のサキュバスっ子」
「あの外套はいいんですか? 預けたままですけど」
「竜騎士団に届けてもらえるから大丈夫。起こすのも悪ぃしな」
 セルヴィスがにんまりと笑う。だけどおれをからかってくるときの彼の笑みとは違う、竜騎士としての、レンジャー隊としての顔つきだった。
「ラミィさん、どうしてわかったの?」
「ん〜。サキュバスさんの〜名前を呼ぶ声聞こえたから〜。ビビビモードになったのね〜。すると〜かわいいサキュちゃんの寝息が聞こえたの〜」
 えーっと、つまり、ラミィさんはさっきのサキュバスの慌てた声を拾い、すぐさま捜索のための感知能力を広げたということか。それで、サキュバスの子供の気配を感じ取り、すぐさまセルヴィスと一緒に回収しに行ったと。
と尋ねると「そうそれ〜」と言われた。合っていた。
レンジャー隊の要とも言えるのが地竜ことワーム。感知力に長けていて主に人間の匂いや音を察知することができるらしい。そしてその頑丈な身体を駆使し、彼女たちは救助対象の元へ岩も壁も山すらも穿ちながら一直線へと向かうことができるそうだ。
冒険者や観光客、地元の者ですらたまに遭難へと誘ってしまうこのドラゴニア領の厳しい環境変化において、それらを跳ね除け、救助することのできるワームの存在はドラゴニアになくてはならない存在……と確か父さんが言ってたな。
「あの一瞬でサキュバスさんたちが置かれている状況を把握したんですか?」
 呈が信じられなさそうにラミィさんに尋ねる。おれも同じ気持ちだった。緊張の走る声を発する直前までラミィさんの表情はおっとりとしたものだったと記憶している。少なくとも誤って蹴ってしまったときは。
 しかし、ラミィさんはなんてことはないという顔。というよりは、何を難しいことを言っているんだろうという表情をしていた。
「あー、ラミィは何も考えてないぞ、おバカだからな」
 セルヴィスがラミィさんの蒼い髪を撫でるように梳く。バカにするような言葉だけど、その端々には何か信頼のようなものがあるように思えた。
「んも〜、今日のセルは私をバカバカ言い過ぎ〜」
 だからかラミィさんの怒り方も、怒っているようで嬉しがっているように見える。
「木にぶつかっても、木を倒すまで気づかないくらいのおマヌケだ。だけど、本当に大事なものは絶対に見逃さねぇ。バカな分、本能が振り切れてるからな。こいつの直感は理性じゃ見抜けないものを必ず見抜いてくれる」
「わ〜褒められた〜。セル好き〜」
 褒められた……のか?
「すごいですねっ。ラミィさん。それにセルヴィスさんも」
「ん? 俺がか?」
 呈の言葉にセルヴィスが目を瞬かせる。
「はい! だって、ラミィさんのこと無条件に信頼してて、二人とも阿吽の呼吸じゃないですか。憧れちゃいます」
「アーウン? よくわからないが、まぁ俺とラミィは最高の夫婦だからな。これくらいは当然だ。それに他の竜騎士だってこれくらい普通だぜ。信頼関係を築かないとなれないからな。皆最高のカップルだ」
 呈の目がキラキラしている。うーん、なんだかもやもやするな。
「その、竜騎士団ってかっこいいですね」
「お。気になったか? 竜騎士団はいいぞー。万年人手不足だから入隊はいつでも大歓迎だ」
 爽やかな笑顔だったセルヴィスの表情が、にやにやにたにたと意地の悪いものへと変わる。嫌な予感はだいたいが当たるもので、その表情が俺へと向けられた。
「そこの嫉妬少年くんとならすぐ信頼関係築けて、竜騎士になれるぜー」
「え?」
 驚いておれを見る呈。別にそういうわけじゃないけれど、おれは目を合わせられなかった。合わせようとしなかったのに、呈がおれの顔をぐんぐんと覗き込んでくる。逃げる、追いかける、躱す、ぶつける。その繰り返しを幾度とやったあと、痺れを切らしたのか、呈がおれの下半身をその白蛇の尾でがっちりホールドした。
「スワロー」
 呼ばれて、半ば諦めたように、視線をゆっくりと向ける。呈の髪のように白く尖った耳を過ぎると、呈のおれの瞳を真っ直ぐ覗き込む赤い瞳があった。その表情はさっきまでのキラついていたものとは違う、神妙なもの。淡い紅色に濡れた唇が開く。
「ぼくはスワローのものだよ。スワロー以外の人には絶対に、何があっても、この身が裂けようとも傾かない」
 ――ぼくが身を預け傾けるのはスワローだけだ。
 そう面と向かってはっきりと言われた。恥ずかしげもなく、セルヴィスたちの目の前で。
「だ、そうだ。呈ちゃんの方が一歩上だな。いっちょまえに嫉妬しやがってよー、成長したじゃねーか」
「意味わからん」
 睨みつける。多分、まともに怖い顔を作れてないだろうけど。顔が熱いし。
「嫉妬できるってのは呈ちゃんのことを好きってことだろ。お前が誰かに、特別な好意を向けられるようになったんだ。それを成長と呼ばずしてなんと呼ぶ」
「言わんとしたいことはわかったけど、お前に言われるのはムカつく」
「わはは、なら俺みたいに好きなやつとイチャイチャできるようになるんだなー。そしたらムカつくなくなるぜー」
 セルヴィスはラミィさんの腰に手を回しておっぱいを揉んだり、お尻を撫で回していた。ドラゴニアではよくある光景。だけど、おれがそれを実践できるかと言えば。
「……」
「ス、スワロー。無理しなくていいよ、ぼくも、その……まだ恥ずかしいし」
 呈の優しさが身に沁みる。せめて、と思い腰に手を回して蛇の尾だけでなく呈の身体とも密着できるよう抱き寄せた。呈の顔は赤いけれど、嬉しそう。その表情を見ると、不思議と胸の内が温かくなる。この際、セルヴィスのにやにやは無視だ無視。
 呈と一緒に敷物へと腰掛ける。頬が呈の頬に触れた。くすぐったそうに呈が目を細める。だけど離れない。おれも離さないために頬を擦り合わせる。
「お、ようやく、始まるな。俺たちは巡回に戻るとするか、ラミィ」
「だね〜。もうお邪魔虫みたいだし〜」
「じゃあ良い一日を二人とも。番い鐘のことはまぁ、スワローに聞いてくれ」
 そんな言葉はおれたちの耳には届いてなくて。
 いままさに始まろうとしている式の光景を映し出した水球を、おれたちは頬を合わせて見上げていた。
 澄み渡った空に、祝福を告げる竜の咆哮が轟いた。

―3―

 水球に映し出されたのは竜の姿を模した馬車のようなもの。通称「竜車」。前面は勇猛な竜の上半身が取り付けられ、上部には大きな竜翼が風を切っている。それらは、複数のワイバーンやドラゴンら竜騎士の乗る騎竜に引かれ、青い空を駆け上っていた。その中にはおれの母さんと父さんもいた。
 水球を見ずとも、目を凝らせば、天の柱中腹に小さな点のようなものが幾つも見える。しかし、その姿も天の柱が纏う雲に突っ込み見えなくなった。
 竜車は天の柱の雷鳴轟く雲の中を突き進んでいく。人生においての困難を象徴すると言われているこの雲海。暴風が吹き荒れ一抹の不安が過るも、しかし騎竜たちは夫とともにそれを乗り越えていく。この先へと後ろにいる夫婦を連れて行くために。
そして雲海を越えた瞬間、竜車が見たのはどこまでも広がる青き空。地平線のその先まで続く雄大なドラゴニアの山々だった。渦巻く困難を超えたとき、おれたちの周りの人たちは弾けたように拍手喝采を贈る。呈も安堵したように、自分のことのように喜んで拍手をしていた。
 そして竜車がゆっくりと天の柱の頂上へと辿り着く。青天井の太陽光が降り注ぐこの場所では、真紅に輝く竜灯花が一面に咲き誇り、竜車から中心と続くヴァージンロードを作り出していた。
 馬車から二匹の雄竜と雌竜が降りる。
雄竜である男性は純白のタキシードを着てびしっと背を伸ばしており、雌竜であるリザードマンは豪華絢爛な紅緋のウェディングドレスに身を包み、そっと雄竜の腕に自身の腕を絡めて隣に立っていた。
 どこか緊張した面持ちで、しかし幸せそうに顔を赤らめさせている二人が、竜灯花に縁どられたヴァージンロードを歩き出す。
 ゆっくりと、その歩を噛み締めるように。
 こっそりと呈の顔をうかがうと、呈はうっとりと目を細めてその光景を見上げていた。悪い意味ではない羨望の眼差し彼らへ送っているような気がする。
 そして二人が塔の中央へと辿り着く。彼らの眼前には、巨大な鐘がまるで夫婦のように寄り添って吊り下げられていた。番い鐘。二つで一つの鐘だ。
 番い鐘の前で二人は向かい合う。彼らの首には、妻となるリザードマンの爪から作られたハートの意匠が施された首飾りがかけられていた。
 呈が「あれはなに?」という問いに答える。番いの首飾り。インキュバスとなり正式な雄竜として認められた男性が首にかける、首飾りとして加工された雌竜の爪であることを。さらに妻も自身の爪を首飾りとして自ら首にかける。そうして、お互いに自分の魔力と精を爪に込めるのだ。
 それをどうするかは、この先を見ればわかる。
 水球に映し出された二人の新郎新婦はゆっくりと近づく。そして唇が揺れ動く。互いにこれまでの出会いと愛しい日々を思い出すように語り合った。言葉が紡がれる。愛の囁きを届け合う。
 そして、ゆっくりと二人は自分の後頭部に手をやった。パチッと、首飾りの留め具を外す。己の魔力と精が込められた、彼らだけの唯一無二の首飾り。二人は視線を絡め合い、もう言葉はなく、頷き合った。
 そして、同時に互いの首に手を回し合う。
 パチッと音がした瞬間、首飾りは二人の胸に収まった。
 番いの首飾りの交換が、ここに完了した。

 そして、弾けた。

 響く音楽の快音。轟く竜の咆哮。彩る魔力の粒子。
 番いの儀を交わした二人を祝福する音楽が始まった。
 ドラゲイ帝国時代で唯一残る文化。「竜騎士団の凱旋パレード」開始である。

 華やかさと煌びやかさが具現された光景。それが竜騎士団の凱旋パレードだった。
 騎竜たちのブレスが、天の柱頂上から竜翼通りまでの道を描く。突風吹き荒れようとも消えない、無数の色鮮やかな炎が、天の柱から竜車に乗って降りてくる新たな竜夫婦の空の道を作り出している。
 式を見ていた人たちが皆立ち上がる。天の柱からも魔物娘たちがぞろぞろと出てきていた。パレードを追いかけるためだ。
 天の柱にかかる雲海から出てきた竜車が、炎の道を駆け下りてくる。行きよりさらにゆっくりと降ってきた竜車の屋根が変形し翼と一体となったかと思うと、屋根のないオープンな竜車へとなった。あの機構はサバトの趣味らしい。あのまま人型に変形しないだろうかと思いもしたけど気の迷いだ。
オープンとなった竜車でリザードマン夫婦が天の柱へと集ってくれたものたちに手を振っている。遠くて顔はまだ見えないけれど、きっと幸せいっぱいの表情をしていることだろう。
 彼らと並走して炎の道に並ぶように飛ぶのは騎竜と竜騎士たち。彼女らの手には皆種々の楽器を持っていた。金管木管打楽器弦楽器。騎竜たちは世界中の様々な種類の楽器を持っていたが、竜騎士たちが持つ楽器は皆一様に何かの骨で作られた楽器だった。
「スワローあれは?」
「竜魔笛。竜の骨で作られた楽器だよ。ドラゴニア音楽隊の中心楽器」
 周囲は開けた場所。山は遠く、天上は大空が広がっていて響くものなどない。しかし、ドラゴニア音楽隊楽団長であるドラゴンの騎竜とその背に乗る竜騎士の指揮者二人が、炎の道中央の竜車前で寸分の狂いもなく同時に指揮棒を振るうのに伴い、大空そのものを震わす音が一切の音ズレなく調和して届く。
「綺麗な音。耳に聞こえているだけなのに、音色が本当の色になって見えるみたい」
「だな……よし、竜翼通りに行こう。すぐこっちまで来る。建物のあるところまで行って近くで聞くと本当にすごいからな」
「うん」
 荷物を纏めて、呈の手を取り竜翼通りへと向けて歩き出す。
 周囲の人間も皆こちらへと向かってくる音楽を楽しんでいる。中には空高く飛びあがり、竜車と音楽隊に並走して楽しむ竜とその背に乗る男もいた。
 すれ違う冒険者らしき男が「くそぅ、折角来たってのに、全然近くで見れやしねぇ」とぼやいていたが、すぐさま気の強そうなワイバーンに「なら私の背に乗ればいい。連れて行ってやろう。こ、これは別に、やましい理由とかあいつらが羨ましくなったからとかじゃないんだからな!」と言われて連れ去られていた。
 おれと呈は新たなカップルの誕生に合掌していた。番いの儀すごい。
 竜翼通り。旧時代の姿をした竜も通ることが可能なほどの広幅のメインストリート。両端はドラゴニア国民と観光客を含めた人々でごった返していて、竜車に乗る新たな夫婦とともに歩いていた。おれたちもその中にいる。
 竜車はもう地に車輪を下ろし、ゆっくりと竜翼通りの坂を登る。凱旋。最愛の竜を手に入れたという勝利の凱旋を行う二匹の竜を、先程まで以上の熱で皆が称え諸手をあげて歓迎していた。
 彼らを導くのは第一空挺部隊を含めた全ての竜騎士団。雄々しくも華やかに竜翼通りを行進し、竜車に乗る夫婦を新たな門出へと導いている。
 そんな彼らの上空を飛ぶ音楽隊が発する音色は、天の柱手前で聴いていたものとは一線を画していた。百に及ぶ数の音楽隊員らの演奏。それは一つの音楽として混じり合い、建物に反響し、それすらも新たな音として取り込んでいる。そして行進する竜騎士団の軍靴の響きと竜翼のはためきをも味方につけ、聴く者たちの耳だけでなく全身へと届けていた。一歩一歩、リザードマン夫婦がドラゴニア城へと歩むたびに音は高揚していく。夫婦とともに皆クライマックスへと向けて登り始めていた。
 空には竜たちがブレスした炎や、サバトの魔女たちが放った魔法の光粒子が様々文字や絵を描きだしている。華やかに燃えては消えたり、そのまま留まったり、音だけでなく光炎でも街を彩っていた。
「すごいっ! すごいねっ! スワロー!」
 呈もはしゃぐように音を全身で浴びていた。白い耳がピクッピクピクッと動いて可愛らしい。キラキラとした瞳は夫婦となったリザードマンと雄竜を映し出している。おれの手を握っている呈の掌に熱と力がこもっていくのを感じた。
 通りは完全にお祭り騒ぎだ。素直にパレードを楽しむものもいれば、酒を煽っているオーガとその男たちも、建物の屋根の上で男に跨っている竜もいる。しかしそれがパレードの邪魔をしているかと言えばそうではなく、その嬌声や嬉々とした声々すらも取り込んでパレードを華やかに艶美なものへと昇華させている。
 きっと魔物娘のいない国ではありえない、ある意味、良い意味でぶっとんだパレードだった。
「綺麗だなぁ、あの雌竜(ひと)」
 周囲に手を振りながらも、その瞳に本当に映っているのは隣の雄竜だけ、そう思えた。手はずっと繋がっていて、片時も外れていない。
 坂を登っていく。天の柱までの登りはこれまでの人生の困難を象徴していた。しかし、この凱旋パレードは違う。
 来る幸福な未来を象徴するものだ。
「よくぞ来た」
 外からは奈落に等しい暗夜に沈んでいるドラゴニア城。しかし、暗黒魔界に入った彼の王城は、煌びやかな光粒子に彩られた闇に悠然とそびえ立っていた。
 負の感情など微塵も感じさせない優しい闇色に浮かぶ城。その玉座、謁見の間にてドラゴニアの女王デオノーラさまは夫婦を迎え入れた。その姿はいつもの鮮烈な赤のドレスではなく落ち着いた色調の赤いドレスだった。向かい合って立つ、ワイバーン夫婦の紅白のドレスを一層引き立てさせている。
 おれたちは、城外の中庭にて水球でその光景を見守る。彼らを先導した竜騎士団らは列をなして脇に控え、音楽隊も演奏をとめている。
「艱難辛苦。お前たちはそれを乗り越え、歩み、そして出会った」
 デオノーラさまが結ばれた二人に言葉を次々と贈る。夫婦ともに、そしておれたちドラゴニアの民も観光客も彼女の言葉に聞き入っていた。
 二人のこれまでを労っていく女王の言葉が、これからのものへと変わる。
「ここより続く道に刻まれるのは二人分の足跡だ。あらゆる苦楽もお前たち二人で分かち合うこととなる。ともにつまづき、ともに歩き、ともに泣き、ともに笑う。二人でここより先の未来を作り出す」
 ――その覚悟はあるか?
 胸元の番いの首飾りを二人は握り締め、女王の言葉に力強く頷く。
「ならば、永久(とこしえ)に燃え続ける絆を――永遠の愛を誓う口づけを」
 全ての時が止まる。息することもやめた時の中で唯一動くのが、彼らリザードマン夫婦だった。
 お互いの瞳に自身の瞳を見合う二人。そしてゆっくりと二人の姿は近づき、重なり、唇がそっと触れ合った。
 長い時が過ぎた。皆の興奮が最高潮へと登り詰めていく。水球に映る唇を重ね合う二人の姿に高揚を覚えていく。肺の中の空気が全て失ってしまうのではと思えるほどの時が過ぎた頃、あっけなく、しかし名残惜しむようにそっと二人の唇は離れた。
 その瞬間、堰を切ったような歓声と万雷の拍手が謁見の間に、王城中庭に、ドラゴニア全土に鳴り響いた。音楽隊の竜魔笛メインのファンファーレが水球を通し、全土に轟き、クライマックスを迎えたパレードをさらに盛り上げる。暗黒魔界の空は喜びを表現する竜たちのブレスやサバトの魔女たちの魔法で七色に彩られ、今ここに新たに二人で歩み始めたリザードマン夫婦を祝福していた。
 そんな中でも呈の視線はずっと水球に映るリザードマン夫妻に向かっていた。友人たちに囲まれて、やいのやいのしている彼ら。とても幸せそうに笑う二人を見つめていた。
「ねえ、スワロー。竜じゃなくても、この番いの儀ってできるのかな……?」
「うーん、多分だけどドラゴニアの国民になればできると思うよ。ドラゴニアの民は皆竜みたいなものだし」
 魔物娘とその男は竜という認識だ。
「ぼく、この儀でスワローと結ばれたいな」
 握るだけだった手が、するりと離れたかと思うと呈は腕を絡ませてぴったりと密着してきた。呈の熱が腕から全身へと水が染み渡るように感じられる。
「そうか……なら、おれと同じだな」
「……! うんっ! えへへ」
 喜びいっぱいの笑顔になる呈。ようやくリザードマン夫婦以外の状況に気づいたのか、空を見上げては竜のブレスやサバトの魔法に驚いたりする。
「まぁ、番いの儀もパレードもこれで一応はお開き。ここにいる皆はまだまだ終わりそうにないけど」
 そして敢えて触れていなかった事実。おれたちの周囲の魔物娘たちは番いの男と皆一様にまぐわっていた。リザードマン夫婦のキスにあてられたんだろう。特に唇を重ね合いながら、激しく交わっている。中には独り身らしき男たちが興奮したドラゴンらに襲われていた。
番いの儀終了後のよくある光景だ。暗黒魔界らしい嬌声と狂気と喜悦にまどろむ王城と変貌したのである。いままでは王城中庭まで来たことなかったから、ここまでの爆心地にいたことはなかったけれども、いざこの状況に追いやられたとなるとなかなかキツイ。
 正直、目のやり場に困るんだよね。
 呈も気づいたらしく、唇をわなわなさせて顔を真っ赤にさせている。どこを見ても、雄竜が雌竜に挿れているところかキスシーンしかないから困り果てていた。
「か、帰るか……」
「う、うん。だ、ね。うん、帰ろう、スワロー」
 互いの顔を見合って。他はなるべく見ないようにしておれたちは歩き出す。しかし、そんな歩き方でまともに進めるはずもなく、おれたちはまぐわう人たちぶつかりそうになったりした。
 こうなってはいつまで経っても出られない。呈も魔物娘にしてはとても珍しくシャイなので、このままではオーバーヒートしてしまいそうだ。
 男見せろ、おれ。
「よい、っしょ」
「わ、わわっ、スワロー?」
「捕まって、おれの顔だけ見てろ。いいな?」
 横向きに呈の身体を抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこ。長すぎる蛇の下半身はおれの胴体へと絡めるよう促した。
「あぅ、ぁぅ、ぅぅ……」
 何故かさっきよりも顔を真っ赤にして、呈は声が小さくなる。その表情がたまらなく可愛い。
 とか思ってたら。
「ん……」
「ん!?」
 突然の出来事だった。本当に不意打ち。全く予期していない完全な隙有り。
 おれの視界が呈の顔で埋まった。白い肌を羞恥に染めた呈に塗りつぶされた。
 そして、唇につっと柔らかいものが触れた。それが呈の唇だと気づいたのはほんの一瞬。だけどそのあとは万秒に等しいほどの時が流れた気がした。
 本当にただ触れ合うだけのキス。生々しさの欠片もない、周囲でこんなキスをしているのは誰ひとりとしていないであろうキス。それでも。そうだとしても、きっとここで一番気持ちのいいキスをしているのは誰かと言われれば、おれ以外にありえないと思えた。
 胸の内がピンク色の柔らかな幸せで染め上げられていく。脳裏に呈のことしか浮かばなくなってしまうほどの甘い痺れが起きていた。
「ん、ぁ……」
 唇がそっと離れる。呈の濡れそぼった淡い桃色の唇。それが小さな笑みを零している。
「おれ、初めてなんだ」
 気恥かしさが最高潮に達しているおれが紡げた言葉はそれだけ。呈は眩しげに目を細めた。
「ぼくの初めてをスワローに捧げられて、よかった……いつか、あのお城でもしようね」
 そんな言葉を紡がれて、おれの胸が熱くならないわけがなく。おれは呈のぎゅっと抱き寄せながら、ドラゴニア城を駆けた。脇目もふらず、ただ駆けた。呈を抱いて。

17/02/18 21:31更新 / ヤンデレラ
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■作者メッセージ
番いの儀終了。だけどもまだ第四章続きます。

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