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第四章 番いの儀:魔界バー「月明かり」@
―4―

 竜の寝床横丁と呼ばれる場所がある。呈の両親を見つけ、デオノーラさまに呈と観光する切欠を作ってもらったところだ。
 寝床と呼ばれているがここでは誰もが眠らない。暗黒魔界のように桃色の闇に包まれたここは、宵にこそもっとも嬌声が響き渡る。
 だけど、そんな場所も唯一眠ったように静かになるときがある。それが番いの儀終了直後だった。
「この前来たときよりもしんとしてるね」
 おれたちは静かな竜の寝床横丁を並んで歩いている。もう手を繋ぐのは当然、となっていて、さらに呈の尾先が繋いでないおれの腕に絡んでいた。器用なことするなぁ。
「基本皆王城前に出払ってるからなー。完全に人っ子一人いないわけじゃないけど」
 仮に誰もいなくても泥棒の心配はないだろう。この街でお宝を狙っても、自分がお宝にされるだけだ。
 番いの儀の日は国民の休日ともされる日なので基本的に休業する店が多い。特に魔物夫妻が営む店などは特にその傾向にある。番いの儀のラストキスで昂ぶり、そのまま一日中寝室や王城前で交わるからだ。いまもぶっ続けで乱交騒ぎになっているだろう。
 この竜の寝床横丁でなくてもそうなので、どこも静かなもの。なのでおれたちは適当に街をぶらぶらすることにしたのだ。街を散策し終えたら大瀑布に行こうか。結構歩いたし、このまま竜泉郷に行くのもありかもしれない。前はあの竜壺湯しか入らなかったし。
「そーいや、まだご飯食べてなかったな」
「そうだね。番いの儀も長かったし、お昼過ぎちゃってたや」
「『ドランドン』行くか『火竜』に行くか」
 竜丼専門店のドランドンと大衆食堂の火竜。この二つはもうそろそろ開いててもいいはず。結婚してそのまま辞める人も多い分、従業員も多く雇っているからだ。だから、休日とは言ってもなんだかんだ開くのである。
 あー、でも屋台も出てるから、それをつまみながらぶらぶら、ってのもありか。
「大衆食堂で色々食べるか、丼物でがっつり行くかどっちがいい? 屋台とかもあるけど」
「うーん」
 考え込むように呈が下唇に人差し指を添えている。あの唇と、さっきおれのが触れたのか。見たら思い出してしまうな。恥ずかしい。
「お食事処でお悩みならどうかしら。私たちとご一緒しない?」
 後ろから声をかけてきたのは魔物娘と長身の男性だった。
 魔物娘の方は、ヤギ角ヤギ脚が特徴のワインルージュの毛並みをした獣人女性。ベルトポシェットに幾つかの小瓶とハートの意匠が多く施された笛を吊るしている。確か種族はサテュロス。お酒に関わる種族だったはず。その隣にいる青年は新緑のローブを纏い、鍔の広い三角帽を被っている。背にギターのような楽器を背負っていた。
「すぐそこにおすすめの場所があるの。私たちも向かうところだから」
 多分、夫婦なんだろう。男性と魔物娘の距離はとても近く仲良さげだった。
「どうする?」
「ぼくは構わないよ」
「じゃあ、折角なんで」
 おれらは二人に着いていくことにした。
 着くまでに軽く自己紹介。サテュロスさんの名前はエリュー。吟遊詩人さんの方はヴェルメリオ。二人は予想通り夫婦で、若そうな見た目に反し、このドラゴニアは長いらしい。特にエリューさんの方は現ドラゴニア皇国建国以前からいるそうだ。一言も喋らず無口であるらしい温厚そうなヴェルメリオさんの方は吟遊詩人で、お酒の席で意気投合しそのまま夫婦となったらしい。吟遊詩人ギルドもあるこのドラゴニアではメジャーな職業の一つだ。仕事をするときは達者に喋るのだろうか。
「さぁ着いたわ。ここよ」
「ここは」
「えっと居酒屋……?」
「ジパングではそう呼称するみたいね。ここは友達&お得意様のワームが営んでるバーなの」
 掲げられた看板には魔界バー「月明かり」とある。でも、魔宝石で描かれたその文字は光を灯していなかった。
「開いてなくない……?」
「大丈夫」
 二人は気にせず扉を押し開いて中に入っていった。開いてはいるらしい。というかバーで食事できるのか? お酒呑むだけってイメージしかないんだけど。
 エリューさんたちに続いておっかなびっくりおれたちはバーに入る。店内は月明かりのような淡い白光の魔宝石に照らされていた。
 席はテーブル席が幾つかとバーカウンターの席。それと店の奥には小さな舞台のような場所があった。バーカウンターや店の壁には様々な種類の酒瓶がかけられており、中には竜の形を模した酒瓶もある。薄い闇色の壁紙で、夜空に浮かんでいるかのような落ち着いた雰囲気を醸していた。
「あら、可愛いお客さんね、ルーナ」
「そうね、サーナ。でもどうしましょう。まだ散らかっているわ」
 カウンターの奥に二人の人影があった。
 陽光と月光。その二つを象った色を放つ対の竜。金色と銀色、それぞれの鱗を持つワームがそこにいた。双子なのか二人の容姿はとても似通っている。だけど、サーナと呼ばれた金色のワームは強そうな笑みを、ルーナと呼ばれた銀色のワームは優しい笑みを浮かべていた。サーナさんは金髪の前髪で右目が、ルーナさんは銀髪の前髪で左目が隠れている。
「ごめんなさい、サーナ、ルーナ。ご飯を食べられるところを探していたみたいだから、折角だし案内したの」
「構わないわ。でも準備はまだ終わってないのよね」
「仕込みはもう終わりかけだから最後は私がしますね、サーナ。小さなお客さんはお願い」
「えっと、迷惑かかるならやめとくけど」
 なんだかすごい忙しそうだし。
「あらあら、ダメよ出て行っちゃ。折角の可愛いお客さんだもの。ねぇ、ルーナ」
 金鱗の尾先を誘うようにうねらせるサーナさん。
「ええ、サーナ。こんなにも可愛いらしいカップルを追い返しちゃ、『月明かり』の名が泣きます」
 銀鱗の尾先をくるくると回すルーナさん。
「二人ならきっとそう言ってくれると思ってた。ルーナ、私も準備を手伝うわよ。時間までは暇だもの」
 そう言ってエリューさんと彼女の夫も慣れたようにカウンター内へと入っていく。この店の関係者だったのか。
「こちらへどうぞ」
 サーナさんに促され、彼女の前のカウンター席におれと呈は並んで座る。
「私の名前はサーナ。あっちは妹のルーナ。よろしくね」
 何か作業をしながら、ルーナさんが手を振っていた。
「スワローって言います」
「呈です」
「ふふ、そんなにかしこまらないで。気軽に、ね?」
 にこやかに笑うサーナさんが呈の耳元に何言か囁いていた。本当に小さな声で聞き取れなかったけど、呈を照れさせる何かを言ったのは間違いない。ただ、その言葉のあと呈の表情がどこか軟化したように思えた。
「スワローくんはドラゴニアはそこそこ。呈ちゃんは昨日今日が初めてかしら?」
 おお、当たり。なんでわかったんだ?
「あなたたちについている色々な魔力の色でわかるわ。長い人ほどドラゴニアの竜の魔力がついているから」
「サーナさんはすごく長いですよね? あの人よりも」
 エリューさんを一瞥してから言った呈の質問に、一瞬驚いたような表情を見せながらもサーナさんは意味深な笑みを浮かべた。
「あなたたちの馴れ初めを聞いてもいいかしら?」
 サーナさんが手前のテーブルに幾つもの瓶や全体が銀でできた水筒のようなもの、魔界葡萄やドラベリーといった果実を置いていっている。
 それらの下処理というのだろうか。サーナさんが包丁で何かをしている間、おれは何度目かの呈との出会いを簡単に説明した。恥ずかしくはあるけど、何度説明しても特に苦にはならない。
「ふふ、二人ともとても若いのに、濃密な恋をしているのね。いえ、歳は関係ないかしら。あなたたち二人とも、立派な雄と雌だもの」
「身体は子供だけど」
「ぼくも……」
「お互いを想い合えているということよ。初々しさの中に、一時のものでない確かな強さが見えるわ」
 さっきの水筒のような銀カップ。よく見ると竜のロゴマークが彫り込まれていた。それを二つ。それぞれに別の液体や氷、色鮮やかな果実を入れたかと思うと蓋をして、一つは両手でもう一つは尻尾に巻いて持ち、カシャカシャとシェイクし始めた。
 小気味良い音が店内に響く。今日パレードで聞いたどの音とも違う不思議な音に、思わず嘆息した。軽快な音。見て飽きない緩急織り交ぜたシェイク。見入ってしまう。
「わぁ……それ、なんなんですか?」
「魔界銀で作られた特製シェイカーよ。混ざりにくいものや、お酒の角を取るために使うものなの」
 そういえば仄かにアルコールの匂いがする。
「おれたち子供なんだけど」
 お酒は二十歳から……ってあれ、ドラゴニアではどうだったっけ。
「あら? 以前は反魔物領に住んでいたの? でも大丈夫よ、私の魔界カクテルは無害だし、悪酔いもしないわ。エッチな気分になるものはあるけどね」
 サーナさんはシェイカーを振り終え、おれたちの手前にそれぞれグラスを置く。どちらも緑を黄と赤のグラデーションがかかった色をしており、竜が腕をグラスに回している。グラスの底がハート型になっていて、まるで竜がハートを抱いているようだった。そこへサーナさんはシェイカーの中身をとくとくと注いでいく。
「あれ、色違うね」
「私のは赤い色。綺麗……」
 おれのは半透明の綺麗な青色。ハート型になった青いカクテルが竜に抱かれている。
「素直で無垢なあなたたちに。魔界カクテル『ドラゴ・ラブバード』。さぁ、ご賞味あれ」
 おれは呈と顔を見合わせる。生まれて初めてのお酒だ。
 途切れ途切れの記憶の中に酒を呑む姿はあったけど、それがどんな味だったかまではわかっていない。
 グラスを手にとって、まずは匂い。我ながら警戒心が強い。別に毒なんて入ってないだろうけどさ。
 スッとする清涼感が鼻を突き抜けるような香りだった。ゆっくりとまずは一口、口に含む。口内を魔界ハーブのような爽やかな味が弾ける。直後ツンと来るようなアルコールの香りが鼻を抜け、最後にきつめの酸味が舌を刺激していく。
 これが大人の味? だとするとお酒というのはなかなかヘビーな飲み物みたいだ。
「……ぷはぁっ」
 半分涙目になりながら、カクテルを喉に通す。酸味かアルコールかが喉を焦がしたような感覚を覚えた。
「なかなか、魔界ハーブ……いや多分スケイルフラワーの爽やかさと言いようのないツンさと酸味が口の中で踊りくねって、言葉にできない」
 一言で言うとあんまり美味しくない。お酒呑むくらいならジュースの方が美味しい。
 ちなみにスケイルフラワーとは竜の鱗のような花弁のことで、中央にドラベリーの果実を実らせる。グミのような触感でそこそこ美味しい。
「ぼくのは甘ったるいような、甘酸っぱいような……でも、ツーンと鼻に何か来て、うーん」
 味は違うみたいだけど、呈も涙目になっていた。
 酒と言えば鬼か蟒蛇(うわばみ)だと思っていたけど、さすがに子供には厳しいみたいだ。
 サーナさんを見るとにこにこと笑っていた。おれたちの反応を予想でもしていたのかというくらいに。からかわれたのか。身をもって、大人なお酒を味わわさせられたのか。
「……?」
 あれ? 妙に鼻につく香りがある。嫌な匂いじゃない。むしろ好きな匂い。ずっと嗅いでいたくらい。その匂いに溺れたいと一瞬思ってしまったくらいに良い匂い。
 匂いの場所を辿ると、そこは真隣にいる呈からだった。さらに言えば、呈の口から。
 呈の吐息をおれの鼻が敏感に察知して、もっと嗅いでいたいとおれの頭に訴えかけていた。
 それだけじゃない。呈と、唇を重ね合わせたいとさえ思ってしまう。サーナさんがいるのに。じっとおれたちの様子を熱い視線で見つめてきているのに、この気持ちがどんどん昂ぶって抗えなくなりつつある。
「隠し味は、それぞれドラベリーとスケイルフラワー。元は一つの果実と花弁」
 サーナさんがおれたちが飲んだカクテルについて、ぽつりと呟く。
 ドラベリー。確か、ドラベリーには吐息を魅了のブレスに変える効果があったような。呈に惹かれていることを完全に意識したおれには効き目が抜群なのは間違いない。
 でも、どうしてここまで。唇を重ね、まるで一つになりたいとさえ思うこの気持ちはどこから?
「ではメインは? ドラゴ・ラブバード。とある竜鳥を模したカクテルの酒言葉は――」
 呈のとろんとした瞳と視線が交じり合う。サーナさんの声がやけに遠くに聞こえた。
「『貴方と一つに』」
 青と赤。酸味と甘み。異なる色。異なる味。意図して分けられた、不完全なもの。
 その意味は。
「さぁ、もう一度、口に含んで。もうどうするかわかるでしょう?」
 サーナさんに導かれるがまま、おれたちはドラゴ・ラブバードを口に含んだ。しかし呑み下さない。口内へと留める。
 そして、呈と向かい合い、両手指を五本とも絡め合った。呈の尻尾がおれの足元から腰までいつもより密着して絡み上がってくる。そうして身を寄せ、おれはカクテルを口に含んだまま、呈の唇に寄せた。呈も自ら望むように、差し出すように唇を預けてくる。
「たとえまだ交われなくても。あなたたちは一つになれるのよ」
 おれたちは唇を重ね、隙間もないほどに密着させ、互いの液体を流し込んだ。
「さぁ、夫婦の果実のように甘いひとときを」
 唾液混じりの夫婦の果実のカクテルが、おれたちの口の中を行き来する。
 グチュグチュと音を立てて、わずかに開いた唇の端から紫のカクテルを垂らしながら、呈の味で甘くなったカクテルを口と舌いっぱいに味わう。
 視界が蕩けてしまいそうなくらい甘く美味しい。さっきまでとまるで違う。それにこの甘さは呈だ。このカクテルには呈の味がする。まるで呈を味わっているかのような錯覚を覚えてしまう。
「んん、ちゅ」
 半分までカクテルが減ったとき、おれの口内を生暖かく柔らかい蛇のようなものが侵入した。唾液とドラゴ・ラブバードをたっぷりと抱えたそれはおれの舌に、粘膜に水音を立てながら擦りつけては絡めてくる。呈の舌は人間のそれよりも長く、喉奥まで届いたかと思うと、舌根から絡みつくようにおれの舌に巻き付いた。
もうおれと呈の口に境目はなく、唾液とお酒のカクテルが出来上がり、おれと呈の口で芳醇な甘さと酸味を深めていく。口だけじゃない。ぼんやりと靄がかかってきた思考は、本当に呈と全身が一つになってしまったんじゃないかと錯覚するほどだった。
 時間も場所も自分すら曖昧になって、呈のことしかおれは考えられなくなった。
 好きだ。呈。好きだ。大好きだ。
 呈の気持ちが伝わる。おれのことを好いてくれている呈の気持ちが。
 ――命すら捧げたいと思っている呈の気持ちが。
「ッ!」
 そこでおれは覚醒した。長い長いキス。覚醒はドラゴ・ラブバードを呑み終えたことで起こった。
「ぷはぁ……んん、ぁ……」
「…………」
 透明の細糸の橋がおれと呈の唇にかかる。粘つく唾液の糸は長く伸びて、ちぎれた。
 唾液とカクテルで濡れた呈の唇。淡い桃色の花弁を、おれはついばむように舐めて拭き取る。呈もそれに応えてくれて互いの濡れた部分を舐め合った。
 甘い味を舌で味わいながら、名残惜しくも唇と絡め合った指を離す。おれも呈も喘ぐように呼吸し、上気していた。キス、したんだよな。番いの儀のときにしたのと違う。舌を絡める大人のキス。
 やっばい、恥ずかしい。なまじ気持ちよかっただけに、忘我に浸ってしまっただけに。
「お疲れ様。一つになった感想は?」
「……っ」
「すごく、気持ちよかったです」
 サーナさんの問いにくすぐったそうに目を細めて呈が答える。おれは別に怒ってはいないのだけどサーナさんを睨みつけることしかできなかった。嵌められたようなものだからだ。がしかし、そこは大人の余裕というのか、優しい笑みで返されてしまう。くそう。
「ふふ、気に入ってもらえたみたいで何よりだわ。さぁ、あなたたちがキスしている間に準備ができたみたいね」
「おまたせしました。私お手製のドラゴニア料理ですよ」
 料理を載せたトレーを抱えたルーナさんとエリューさんが、サーナさんの隣までやってきた。
「おお」
「わぁ」
 料理は本当に色々ある。ドラゴニアでよく見かける山菜や野菜を酢漬けにしたもの。魔界蜥蜴のお肉を食べやすくスライスし、満開に咲くバラのように並べたお刺身。一口サイズにカットされたミニドランスパンやほくほくに蒸かしたまかいも、アスパラガスや人参、さらにサイコロカットした魔界蜥蜴のドラゴンステーキが所狭しと並べられ、脇に木串が添えられている。竜が口を大きく開いたような形状の鍋に入れられた、おそらくホルスタウロスミルクで作られた湯気を立てる熱々のチーズがある。パンやお肉、野菜などをフォンデュして食べるんだろう。他にも小鉢などに入れられた料理が色々ある。とにかく種類が豊富だった。
 普通なら子供二人で食べられる分量じゃない。おれは余裕だけど。
「おれたち、料理注文したっけ?」
「私の料理は基本的に酒のつまみになるようなものばかりですから。その中でもお腹いっぱいになれるようなものを選びました。ダメ、でしたか?」
 トレーで口元を隠すルーナさん。サーナさんと違って、謙虚っぽい。サーナさんは押しが強そう。ドラゴ・ラブバードだって不意打ちだったし。
「いやグッジョブですよ」
 おれは親指を立てて答えた。
 むしろおれの心を読んだんじゃないかってくらい好みの料理ばかり。基本嫌いな食べ物はないけど。
「でもお金は? これ幾らするの?」
 ドラゴニアの料理は量の割に安いことが多いけど、あまりにも種類が多いし一つあたりの値段もわからないからちょっと心配だった。
「ふふ、お安くしておくわ。二人のキスもいただいたしね。眼福だったわぁ」
「私もこっそり見ていましたが……つい疼いてしまいました。サーナ、明日は激しく行きましょう」
「そうね、彼には丸一日付き合ってもらわないとね」
 サーナさんとルーナさんが企みを抱いた笑みを浮かべる。意中の男性がいるらしい。
 今日のことは酒の肴にされそうだ。お昼代が浮くのは助かるけども。
「わぁ……」
 ふと横を見ると、呈が串をもってチーズの入ったお椀に刺し込んで持ち上げていた。
 細い串にも絡まって伸びるチーズに、呈が驚きの声をあげて嬉し楽しそうに頬を緩ませていた。
 うん、微笑ましい。
 おれ以外のサーナさんたちも同じ気持ちだったらしい。にこにこにまにましている。
 おれたちの視線に気づいたらしく、呈はおれたちとチーズに刺した串を何度も見比べてから、竜灯花のように顔を赤くして俯いてしまった。ヤマトナデシコ。
「じゃあ、いただきます」
「い、いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
 おれたちは両手を合わせて、料理に手を伸ばす。昼を過ぎて久しい。お腹はぺこぺこだった。
17/02/27 17:51更新 / ヤンデレラ
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