連載小説
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第四章 番いの義:竜口山

―1―

 ぼくは眠りに落ちる前にあった温もりが消えていることに気づいて目を覚ました。
 尻尾がぼくに巻きつくようにとぐろを巻いているけど、その中にはもう一人分のスペースがある。スワローが寝ていたはずなのに。
「んっ、ふぁ……スワロー?」
 眠たい目を擦りながら、ぼくは昨日結ばれた愛しの彼の名前を呼ぶ。返事はない。枕元の天吊りカンテラを揺らす。淡いオレンジ色の魔宝石の明かりが灯った。傍の置時計は、朝の五時を指していた。身体を起こして部屋を見渡したけど誰もいないみたい。
岩に囲まれた部屋。スワローの部屋だ。ぼくが寝ているベッドと傍にタンスに机、それから大きな金属ラックには変な装置のようなもの(確か天の柱で紐がそこから伸びていた気がする)やリュックなどが置かれている。壁にはリアル調な窓越しの風景画が幾つかあった。スワローが言うには岩に囲まれていると息苦しいから、それを紛らわすために置いたんだって。
 ベッドから下りる。いまのぼくはスワローのお母さん、リムさんから借りた白の浴衣を着ている。緑のワイバーンの絵柄が可愛い。胸元だけ大きく口開いてて愛らしい赤いブレスを吐いている。山の外は寒いらしいから、ハンガーラックにかけていた紫陽花羽織にも腕を通して、スワローの部屋から出る。居間に面しているそこはもう明るい。ふわりといい香りがした。シチュー?
「呈ちゃーんッ!」
「わぁ!?」
 両の竜翼をいっぱいに広げたリムさんが突然ぼくに突撃してきた。捕まっちゃって、ぎゅぅっっとされる。お、おっぱい。ぼくの何倍もあるおっぱい。羨ましい。
「う〜ん……娘成分摂取〜。娘がいるってこんな感じなのね〜」
「リ、リムさん……や、やめてくださ」
「お義母さんって呼んでくれたらやめる〜」
 ええ!? うう、た、確かにスワローとはそういう仲になったけど……まだ正式に結婚したわけじゃないし。恥ずかしい。
「……」
 う、待ってる。本当に言わないと話してくれなさそう。
「お、お、お義母さん」
「ぶふぅー!」
 リムさんがぼくを開放してその翼をめいいっぱい広げて飛び上がった。飛び上がって、あ、頭ぶつけた。
「うふふ、リムちゃん最高」
 床に倒れ伏したけど、リムさんすごい笑顔。ちょ、ちょっと怖いかな。
 しかしすぐに回復したのか、すっと起き上がって翼爪でぼくの短い髪を軽く梳いてくれる。猛々しい爪だけどすごく繊細。梳いてもらうのが気持ちいい。
「ん。はい」
「あ、ありがとうございます……そのスワローがいなくて」
「ああ、寂しくなって目が覚めちゃったのね」
 言い当てられてぼくは俯く。恥ずかしい。リムさんはなんでもわかるのかな。
「そうね、まだ帰ってくるのに時間がかかるけど……時間的に、うん。外行ったところにいるから呼んできてもらってもいいかな?」
「? はい。あの、朝早いですけど何かあるんですか?」
 まだ朝の五時過ぎ。魔物娘は基本的に夜型だから朝は遅いし、時間感覚もルーズな方。ジパングの魔物娘も朝は遅いところが多い。お母さんはお父さんとのエッチのあと朝になったらそのまま朝食作りに行って早かったりするけど。
「私はあるけど、スワローの方は日課ね。まぁ行ったらわかるよ。それと、呈ちゃん」
「はい?」
「そのブレスレット似合ってるね」
 ぼくが手首に巻いているドラゴンオーブのブレスレットを指して、リムさんはそう言ってくれた。スワローにもらったプレゼント。スワローも褒めてくれたブレスレット。自然と口元が緩んじゃうよ。
「え、ホントに? それスワローにもらったの?」
「は、はい……」
 ぼくの表情から察したらしいリムさんが驚いた表情を見せる。
「そんな気が利く性格のはず……いや、キサラギちゃんね。絶対そうだわ」
 うーん、スワローって信用されてないのかな……?
 でもスワローは、ぼくがこれを気に入ってたことに気づいてくれていたみたいだから。それにスワローからのプレゼントってだけで、これはスワローの次くらいに大事なぼくの宝物。
「ま、事を起こせただけでも大進歩か。というか彼女連れてきただけでももうドラゴニアからレスカティエ行くくらいの進歩ね。なんにせよ喜ばしいことだわ。呈ちゃん、スワローのことよろしくね」
「はいっ!」
 リムさんに後押しされて、ぼくは洞窟の回廊を通って、龍口山の斜面に出る。外気の寒い空気がぼくを出迎えてくれる。それでもドラゴンオーブのブレスレットに指で触れていると、不思議と胸の奥がジンと温まっている気がした。
 まだ陽は登ってなくて辺りは魔宝石の街灯の明かりのみで薄暗い。龍口山洞窟居住区の入口前は、斜面を切り取られた小さな広場になっている。竜灯花で囲まれた竜の発着場もあった。
吐く息が白い。冬のジパングみたいだ。
「……ふふ」
 昨日のことを思い出してつい笑ってしまった。虜の果実クリームの入った龍泉饅頭を食べ歩きながら、家に帰って、少し遅い夜ご飯。リムさんの作る料理はどれも美味しかった。ドランスパンなんて、外はサクサク、中はもちもちで。さらに縦に切ったドランスパンに、ビーフシチューをかけたドラゴンステーキを挟んでかぶりつく食べ方なんて、ぼくは全然思いつきもしなかったや。はしたない気もするけど、郷に入っては郷に従えっていうし、多分大丈夫だよね? そのアイデアの元になった料理、パムムっていうのも今度食べてみたいな。
 リムさんもウェントさんもすごく良い人。ぼくのお母さんとお父さんみたいに仲が良くて、温かい。
 スワローも。すごく温かい。好きな人と一緒に、尾を巻きつけて寝るのがこんなにも暖かくて安心できるものだなんて初めて知った。お母さんの気持ちがよくわかったよ。
「はぁ……」
 寒さに吐く息は真っ白。かじかむ手を温めようとブレスレットに何度も指で触れる。でもやっぱり寒いものは寒い。
 だから、早くスワローと会いたい。この尾を巻きつけたい。隙間もないくらいに抱きしめたい。スワロー。どこ?
 リムさんはすぐ近くにいるって言ってたけど。広場にはいないみたい。
「あれ、呈?」
 そんなときだった。声がした。スワローの声。でもその声がしたのはぼくの頭上。
 上を見る。洞窟居住区入口の上は急な斜面の岩肌が露出した絶壁だ。そんなところに人がいるはず――。
「おはよう、呈」
 ――いた。シャツ一枚に七分丈のダボダボなズボン。見るからに寒そうな格好のスワローがいた。こちらに身体を向けてぼくを見下ろし、崖の岩の切れ目にたった一本の人差し指をかけて、身体を支えていた。
「な、何やってるの?」
「何って。日課」
「壁登りの日課ってなんなの!? 危ないよ!」
「別に大したことじゃないよ。上まで行くわけじゃないし」
 切れ目にかけていた指が離れる。「あ」とぼくが漏らした瞬間、スワローは落ちた。でも落下途中に、その下の岩の縁にまた人差し指をかけ、重力に引っ張られた身体を支え直す。何度もそれを繰り返しながら降りてきて、スワローはぼくの前に着地した。
「もしかして日課って、身体を鍛えるための?」
 だとすると壁にぶら下がっていたのも、わざと指を離して、落下途中に引っ掛けて身体を支え直したのも、訓練の一貫?
 ぼくの考えは正しかったみたいで、スワローは頷いた。うわ、すごい熱気。よく見たら全身から湯気が立ってる。それに。
「天の柱はここよりも指かけるところとかないからな。指の力だけで登ってるわけじゃないけど、これくらいはないと話にならないんだよ。もっと自分を追い込まないと」
 すごい、匂い。スワローの身体。きっと汗の匂いが、それに混じった精の匂いが鼻の奥を通ってぼくの頭をクラクラさせてくる。もっと近くで嗅ぎたくなるくらい。
「もうちょいかかるから呈は戻っていてくれていいぞ。寒いでしょ……呈?」
「え!? あ、う、うん……ううん! 大丈夫、ぼくは平気だよ!」
 ついぼーっとしちゃった。あ、う。ダメだよ、スワロー、そんなに近寄られちゃ、ぼく変な気持ちになっちゃうから。
「いや、お前、寒いの苦手じゃないか。大人しく戻っといた方がいいって」
「スワローを見てたらポカポカだよ!」
「いや意味わからんって。んー、どうすっかな……あ、じゃあ、折角だし手伝ってくれるか?」
「え?」
 そう言ってスワローはぼくに背を向ける。これはもしかして、おんぶされろってこと?
 汗まみれのスワローに!?
「ん。ああ、悪い、汗かいてるしダメだな」
 とスワローが自分の身体に気づいておんぶ体勢をやめようとした。
 だけど、ぼくは背中にしがみついておぶさって、それを阻止する。断固阻止する。こんなの、スワローの汗まみれの背中にしがみつけるなんて、するに決まってるじゃないか!
 うふふ、スワローの匂い。汗と精のいい匂い……。
「うふふ……」
「て、呈?」
 はっ!? しまった。ついついうっとりしちゃった。はしたない。
「まぁ嫌じゃないならいいけど。じゃあ、しっかりしがみついて付き合ってくれよな」
 と、スワローはぼくの重さを全く苦にせずに入口脇の壁に両手の人差し指と中指で身体をぐんぐん持ち上げていく。
「わ、わ、わわ」
「怖かったら言えよー」
「お、重くないの?」
「重いよ」
 重いの!?
「でもいま装備ない状態だし、装備よりも重いけどいける範囲かな」
 お、重いんだ。ちょっとショック。
「やっぱラミア種って蛇の尾が長い分、重いんだなー」
「お、重い重いって連呼しないでよっ」
「重いのはダメなのか? 重い方がちゃんと食べてるってことだし、持ってるときはっきり感じられるし、持ってるのかわかんない軽いのより好きだけどな」
「……」
 そんなこと言われたら反論できないじゃないか。
「そこまで言うなら、今後ぼくを抱いたときに文句言わせないからね」
 全身でのしかかって、ぼくの重さ全部を感じさせても。絶対に逃がさないから。
「鍛えてるからな。余裕余裕」
「……あれ、でも天の柱でぼくを支え損ねてたような」
「……」
 なんで無言になるの?
「まだ発展途上だから。あれは不意打ちだったから」
 すごく言い訳じみたスワローの弁だった。
 ふふ、でも嬉しいな。スワローがぼくの全身を持ち上げてくれてる。それどころかこの状態で絶壁を登ってる。もうぼくの尻尾を垂らしても地面にはつかない。この高さはちょっと怖いけど、でもスワローの背中は安心できる。ぼくと同じくらいの低い背丈なのに。とっても広い。温かくて、逞しくて、ぼくの全部を預けたくなる。
 ううん、預けている。いまのぼくの全部はスワローに。スワローの背にあるんだ。
 スワローが指の本数を増減させたり、指を変えたりして、壁を昇り降りしていく。上下だけじゃない。斜めや横にも、ブーツをうまいこと引っ掛けて壁を移動していた。
 本当に危なげなくて、スワローも自信満々でぼくは全然不安を感じなかった。それでも全身の筋肉を惜しみなく使っているからか、発汗して熱気がぐんぐん立ち昇っている。体力を消耗しているのは確か。スワローが自分を追い詰める訓練をできているのは確かだった。
「スワローは、どうして天の柱を登るの?」
 ずっと気にはなっていたこと。それをスワローに聞いてみた。いままで言い出せなかったのはきっと、スワローにとってあそこが特別な場所のように思えたから。そこに踏み入っていいかどうかわからなかった。
 少しだけ間が空く。肉体を追い詰める動きは止まらない。でも、スワローが返事を考えているのは背中越しでもわかった。
「結論から言うと、おれがあそこを登るのはおれ自身のためだな。けじめをつけるために登ってる」
「けじめ?」
「うん。おれが初めてこの地に降り立った場所。というか見つけてもらえた場所が天の柱の天辺でさ」
 うん……うん?
「それまでの記憶があんまりないうぐっ」
 ついスワローの肩にかけた腕が首を締めてしまった。慌てて力を抜く。でもぼくが首を締めても全然ぐらつかなった。すごいや。
「き、記憶がないって。見つけてもらったって。スワロー、リムさんの息子でしょ?」
「いや違うけど」
 即答された! 肩越しに見るスワローの横顔が困惑気味だ。あれれ、ぼくがおかしいの?
「もしかして呈。おれと母さんたちが実の親子だと思ってたの?」
「ち、違うの?」
「いや。違うでしょ。おれ人間。母さんワイバーン。父さんと出会った時点で魔物娘なんだから、人間のおれが生まれてくるわけない」
「あ」
 あ。ああ〜。なんでぼく、そんなことに気づかなかったんだ。昨日の時点で気づいていなきゃおかしいじゃないか。
「スワローとリムさんたちの仲があまりにも自然だから、そういうものなんだって思ってたよ。雰囲気とかも二人に似てたし」
「……そっか」
 横顔のスワローの口元がうっすら笑ってるような気がした。嬉しいのかな?
「で、でも、見つけてもらえたってどういうことなの?」
「おれの身体を調べた魔物娘の話だからどこまで事実か知らんけど、白黒サキュバスとサバトのお偉いさん曰く、おれは別世界からやってきた人間らしい」
「……」
 もしかしてぼくはいま、スワローに思い切り騙されているんじゃないだろうか。ドッキリというやつだ。あとではい嘘でしたーって笑われるんじゃないだろうか。
 返事に窮しているぼくのことは気にもとめず、スワローは指を二本から一本に変え、身体を支えるのを維持する。ぼくを背負っていても危なげがなくて、バランス力が素晴らしい。
「まぁ信じるか信じないかは任せるけどさ」
「し、シンジテルヨ」
 ぼくがスワローのことを疑うわけないじゃないか。
「まぁでも、おれがいたと思われる世界に魔物娘を送る試みは結構進んでるらしいよ。実際、すごい魔力持ってるらしい白黒サキュバスは何度も行き来しているらしいし」
「へぇ。ぼくの住んでるところはジパングでも田舎だから、そんな話聞いたことなかったなぁ」
 正直、いくらスワローの言うことでも信じられないくらい突拍子もない。けれど、魔王軍や魔王の娘はリリムとか言ったかな? 彼女たちはすごい力を持ってるらしいから、別の世界に行くなんて容易いのかもしれない。
 それに突拍子もなさすぎて、嘘にしては騙す気がなさすぎて逆に信じられる。
「でもなんでスワローがその世界の人だってわかるの?」
「確定とは限らんけどね。でもその世界の人たちって、呈たち魔物娘が持ってる魔力だっけ? それの抵抗力がないらしい」
「さっきの身体を調べたってそういうこと?」
「そそ。魔物娘とそういう行為ができる身体でもないのに、大気の魔力や食べ物だけですぐに半インキュバスになったらしいよ。おかしく思った母さんたちが調べるよう頼んでくれたんだ。すると、そういう事実がわかった」
「でもインキュバスにはなってないんだね?」
「一応インキュバスではあるらしい。ただ、性機能がまだ成熟してないから半インキュバス扱い。まぁその。あれだ。呈とデキるようになったら、インキュバスってことらしい」
 スワローの耳、ぼくの耳と真反対の真っ赤な色。スワローの言った言葉の意味がわかって、ぼくはつい顔を隠すようにスワローの背に顔を埋めてしまう。
 ぼくも魔物娘としては遅い方で性機能が発達していないけど、はやくスワローとお母さんたちがやっているようなことをしたいな。スワローを気持ちよくさせてあげたい。
「でもって、おれには記憶がないわけだけども、うっすらと変な光景だけは頭に浮かぶんだ」
「変な光景?」
「曖昧なものだよ。場所もバラバラ。変な鉄の塊の塔を見上げてたり、のどかな田園を歩いてたり。よくよく思い出したら、目線の高さもバラバラなんだ。低かったり高かったり。手を繋いだ顔の見えない誰かを見上げていたりもする。十じゃきかないくらい、いろんな光景が頭を駆け巡ってる」
 スワローの右手の五指が身体を支え、左手は離れる。身体を向かい合う壁から反対の、他の山嶺風景へとやった。まだ遠く青黒い夜空の下の山々の様子はほとんど伺えず、ぽつりぽつりと魔宝石の街灯と竜の発着場の赤い竜灯花の光が見える。
 スワローは何を見ているんだろう。何も見えない風景の先に、何を見ているんだろう。
 ふと、ぼくは置いていかれるような気がして。その風景の先にスワローが行ってしまうような気がして、スワローの肩に回す腕を強めた。スワローを強く抱きしめた。
「おっと、悪い。怖がらせたな」
 違う意味で取られたみたいで、スワローが再び崖へと向かい合う。
「どうしておれにその光景が見えるのかわからない。記憶なのかもしれないし、おれが記憶を失う前に何かの映像を見ただけなのかもしれない。天の柱にいた理由も、こっちの世界に来た理由もさっぱりだ」
 だけど、とスワローは言う。
「これがおれのことを結構形成してる。なんというか、色々経験している気になるんだよな。ぶつ切り映像なのに」
「……」
 なんとなく得心がいった。スワローがどことなく大人っぽく見えた理由。キサラギさんや他の店での慣れた振る舞い。この国に住んで長いからという理由だけに思えなかったのはこれだったんだ。
「でも曖昧だ。気になるんだ。これがなんなのか。それを知りたいと思った。それを知れるのが、おれが見つかった場所だと思った」
天の柱。ぼくがスワローの姿を見つけた場所。あのとき、スワローが天の柱を登っていたのはそのため?
「おれが母さんたちに拾ってもらって気がついてちょっとして、天の柱の近くに行くことがあったんだ。すると、これまでになかった光景が頭に過ぎった。近づくほど、天の柱の天辺に行くほど多く過ぎったんだ。それが理由だよ。おれが天の柱に登るのは、おれを形成しているこの光景の理由を知るためだ」
「知ることができたら、どうするの?」
 本当は知りたくない。でも確かめずにはいられなかった。
「さぁ。そのときはそのときに決めるよ。でも、目下目標は天の柱の天辺に登ること。そのために三年近く身体鍛えたんだ。ドラゴニアの料理は精と力をつけるのにいいらしいから、それに半インキュバス化のおかげで身体は小さいけどもう挑戦できるくらいになったし。向こうの世界の人だと普通無理みたいだよ、こんな風に登るの」
 スワローの声はハツラツとしていた。嬉しそうというか、楽しそう。やりたいことをやっている。目的のために行動できているのが嬉しくてたまらないという感じ。
 もしも知ることができたなら、スワローはどうするのだろう。もしも帰るって言ったらぼくはどうしたらいいの。リリムさまたちが本当に向こうの世界に行けるというのなら、スワローを連れて行くこともできるのかもしれない。そうなったらぼくはどうなってしまうの。
「……」
 嫌な想像が頭を過ぎった。これ以上はダメ。考えたくない。
「でも、スワロー。スワローをリムさんたちが天の柱で見つけたってことは、リムさんたちも行けるってことだよね。空も飛べるし。それならリムさんに連れて行ってもらえばいいんじゃないの?」
 最悪の結末から逃避するために反射的に言葉にしたのはそれ。しまったと思うけど遅い。これじゃあ、スワローに積極的に自身のことを知るよう手伝っているみたいだ。ぼくはスワローにここにいてほしいのに。
「いや、それ母さんたちにも言われたけど、そんなことはしないよ」
「どうして?」
「つまらないから」
 即答だった。本当につまらなさそうにスワローは言ってのける。楽したいと思わないのかな。
「誰かの記憶みたいな光景で色々おれは形成されているけど、いまのおれ自身が成したことって、ひとつもないんだよね」
 スワローが天を仰ぐ。竜の口が開かれたかのような形状の竜口山。そのもっと先の空は白んできていて、太陽の目覚めを予兆していた。
「だからおれはおれ自身の力で成したい。天の柱を踏破して、頂上までたどり着く」
 眩しいな。スワローが眩しい。キラキラしてる。ぼくの不安なんて全て照らして焼き尽くしてしまいそうなくらい。まるで太陽みたいだ。
「まぁ、人間一人で踏破したなんて話は聞いたことないけど」
「じゃあ、スワローがその一人目になるの?」
「そうそう。一番になってやる。半分インキュバスだけど」
 冗談っぽく聞こえるけど、スワローのことだから本気なんだろうなぁ。でも本当にやってしまいそうに思えるから不思議。あれかな。惚れた弱みなのかな。好きな人ならなんでもできるように思えちゃう。
 そのあともスワローの、登ったり降りたり全身の筋力とバネを鍛える訓練に付き添った。いつもの日課では使わない身体の力を使えたとのことで、ぼくを背負っての訓練は良かったらしい。スワローの力になれたならぼくとしても嬉しい。
 そして、月と太陽の勢力図が、太陽優勢に変わった頃だった。
「お、呈、おまえ運いいな」
 スワローが空を見上げて言った。釣られてぼくも空を見上げると、竜口山の両端の頂上の間。いわゆる竜の口の中にちょうど薄い雲がかかっていた。
「あとちょっと。よし、呈、おれにちゃんとしがみついてろよ」
「え?」
 スワローがぐっと腕と脚を曲げて、壁にしがみつく。まるで跳躍寸前のミューカストードみたいに。
 ぼくはまさかと思いつつも反射的にスワローに強くしがみついていた。
 直後。スワローは跳んだ。壁を蹴って、それと反対方向に。
「わわ、わああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!」
本当に跳んだ! 嘘でしょ!? 落ちる! 落ちるよ!?
 ぼくの悲鳴が山嶺に木霊する。そして浮遊感が落下に転じようとしたそのときだった。
「風魔石」
 スワローの言葉とともに、浮遊感がそのままぼくたちに定着する。ぼくたちの身体はゆっくりと下降に転じていた。
「ははは、わああぁぁだって。びっくりした?」
 ぼくの悲鳴を全く似てない形で真似された。
「うう、ひどい、ひどいよ、スワロー!」
 ぼくはいままでぶら下げていた尻尾でスワローの全身を巻き取る。ぎゅっと少し強めに締めてあげた。
「うぐっ、ご、ごめん。そ、それより、上。上見ろよ、呈」
 またぼくをからかうつもりかい? そんな手には乗らない、か、ら……。
「ぁ……」
「面白いだろ。この時間に雲が山にかかってないと見られないんだ」
 言葉にならなかった。
 竜口山。その竜の口。先程までは口にかかるだけだった雲が、太陽の熱に浮かされたのか、うねりを上げて天高く上昇していた。
 その雲が空を焦がす太陽に照らされる。渦巻く雲は、赫灼と燃え盛っていた。
 まるで竜が極大の息吹を放つかのように。山が形を成した目の前のドラゴンは、何者よりも激しく猛々しい炎のブレスを天へ向け、解き放っていた。
 それはドラゴニアに朝の到来を告げる光炎。世界を目覚めさせる輝き。
 ぼくたちは寄り添い、ゆっくり地上へと下降する。
「……」
「……」
 言葉はいらなかった。
ただぼくは、最高のパートナーと一緒に、最高の特等席で、その炎を見上げ続けた。
17/02/11 11:56更新 / ヤンデレラ
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■作者メッセージ
更新遅くなり申し訳ありません。
当初決めたプロット通りに行くか悩んだり、某VR対応ホラーゲームしてたら一ヶ月経ってしまいました……。
割と節目なこの章ですが今後もドラゴニア観光的な展開をさせつつ、スワローと呈の物語を最後まで描いていけるよう頑張ります。
この作品を通して一人でも多くドラゴニアや図鑑世界に来ていただければ幸いです。

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