連載小説
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憤慨する宇宙恐竜 猛悪七戮将
 ――ダークネスフィア――

『う…』

 無様に地面へ突っ伏し、彼らしからぬ呻き声を出す皇帝。
 身動きを封じられた状態で爆発の威力は凄まじく、エンペラ一世もついに立ち上がれぬほどの大ダメージを受けたようだった。

「グルル……」

 だがそれと引き換えに彼を掌ごと叩きつけたバーバラのダメージも大きい。右手の指は全てあらぬ方向に折れ曲がるどころか辛うじて掌に繋がっている有様で、爪も全て千切れ飛んでいる。
 さすがの巨竜もこれは痛いようで、歯を食いしばり、息を荒くしていた。

「待ってて。今治すから」

 その惨状にはさすがのデルエラも責任を感じており、血の滴る右手に回復の魔力を注ぎ、徐々に傷を癒していく。

「………………」

 倒れ伏すエンペラ一世を、デルエラは巨竜の傷を癒しながら遠目で見つめる。

(本当に…倒せたの…?)

 皇帝は倒れたまま動かない。しかし、デルエラは疑っていた。
 「本当にあの一撃で救世主を倒せたのか?」――母を上回るかもしれぬ父と互角以上に戦い、ついには極短いとはいえ死に追いやったあの男を、我々は本当に倒したのか?

(本当に…)

 敵は倒れ、動かない。しかし勝利に酔いしれるどころか、リリムには疑念しか湧かなかった。

(これで幕引きなの?)
「……」
「キャッ!」

 治癒魔法を掛けてくれているものの、リリムの関心は倒れている皇帝にある。それを感じ取ったバーバラはデルエラを強引に振り払う。

「何を!?」

 竜王はデルエラの問いかけを意に介さない。魔王の四女の懸念にして、一族の仇。
 今、それを討ち取ろうと、バーバラは左手を掲げる。

「!! やめなさい!」

 先ほどは殺し合っていたはずだが、皮肉な事に今は殺させまいと、デルエラはバーバラの前に立ち塞がる。

「確かにこの男は軍勢を率いて各地の魔界を襲撃し、数え切れないほどの魔物娘を殺させた! そして、数百年前には貴方の一族を滅ぼした!
 けれど、それでも殺してはダメなのよ! 人間を愛する私達がその人間を殺しては、結局彼等や教団の言う『魔物は人間を殺す』という偽りを自ら真実へと変える事になってしまうわ!」
「………………」

 デルエラは必死で説得するも、バーバラは冷ややかな視線を向ける。それが“偽善”だと言わんばかりに。
 しかし、竜王の冷たく威圧的な眼差しに魔王の四女は怯まなかった。

「それに今この男を殺せば、全世界に散らばるエンペラ帝国軍はますます怒り狂うでしょう。
 そうなればどうなると思う? 彼等は絶大な忠誠を誓った皇帝の仇を取るため、魔物娘をさらに残虐な手段を用いて殺しにかかるはずよ」

 今主君であるこの男を殺せば、もうエンペラ帝国軍に後は無くなる。最早主も亡く、帝国の復活という夢も破れた彼等に残るのは極限の怒りと絶望、そして現在以上の復讐心であろう。
 そんな彼等を律するものはもう何もない。夢や希望、さらには守るべき矜持さえ失った彼等が一体どれほど危険な存在と化すのかは説明の必要も無いだろう。

「ここは彼を捕らえ、王魔界に連れて行くべきよ」

 デルエラとしては、その後の処遇は両親に任せるつもりであった。恐らく悪いようにはしないはずだ。

「………………」
「時間は無いわ。いくら私達でも、怒り狂ったエンペラ帝国軍全部を相手するのは骨が折れる」

 争い合っている時間はあまり無い。先ほど一旦退却した帝国軍が皇帝の敗北を察知して現れるかもしれない。
 デルエラとバーバラだけでなく、フリドニア攻略軍も皆消耗している中、先ほど以上の軍勢にやって来られた場合はまずい。
 エンペラ一世は倒した以上、ここはさっさと退くべきである。

『ぬぅ……』
「「!!!!」」

 だがデルエラの焦りも虚しく、ここでエンペラは目を覚まし、起き上がった。

『あれは峰打ちのつもりか? 危うく死ぬところだったぞ…』

 しかし、こう抗議する通り、連戦の上であれだけの破壊力のある攻撃を喰らったため、鎧は無傷であろうとも中身はそう無事ではないらしい。
 さすがに声にも姿にも最初ほどの元気はなく、時折ふらつきそうになるのを抑えているという印象であった。

「……」

 そんな皇帝をじっと見つめるデルエラ。こちらも弱ってはいるが、それでも状況は五分五分という感じには見えてきた。

(まだ戦闘不能にはならないか)

 この男の打たれ強さには驚嘆する。だがそれでも、ようやく勝利への道は見えてきた。

『悔しいが、どうやら本気にならねばならぬようだ。
 あの男相手ならともかく、たかが淫魔と竜相手にまでこの姿を披露するのは業腹だが……大望を果たすまでは余も死にたくないのでな!』
「来るわよ!」

 立ち上がった皇帝の顔を再びタールのような黒い粘液が覆い尽くし、兜を形作る。
 同時に、戦いの結果消耗した魔力を補填し、また全身の回復力を最大とすべく、“アーマードダークネス”は溜め込んでいた魔力を主へと流し込む。

「…!」
「何よこれ…!」

 両人が驚くのも無理はない。暗黒の鎧から流れ、溢れ出す魔力の量は人間という種族が扱える限界を遥かに超えたものだった。
 にもかかわらず、それらをエンペラ一世は余さず吸収、己の物とする。

「どうしてこれほどの魔力がその鎧に!?」
『その理由を貴様に説明する必要があるのか?』

 消耗と負傷による余裕の無さによるものか不明だが、デルエラの問いにエンペラは答えなかった。

『ただ一つ言えるのは、貴様等を滅ぼすのに十分過ぎる量があるということだ』
「無理ね」
『!』

 周到な準備を数百年かけて行なっていたエンペラ帝国。だが、それでも彼等の目的が叶わないとデルエラは無情にも断言する。

「貴方で既に“九人目”。今まで救世主達は魔と神に抗ってきたけれど、それでも滅ぼすには至らなかった。
 残念だけれどね皇帝、貴方でも変えられない。人と魔物の“因縁”は終わらないの」
『…未来永劫、貴様等は人を脅かし続けると申すか?』

 その悲願が叶わぬばかりか、これからも魔は人を脅かし続ける――とエンペラはリリムの発言を解釈した。だが当然、彼女の言葉の真意は違う。

「いいえ、もう魔物が人を脅かす事は無い。何度も言うけれど、魔物は変わったの。
 憎しみと悪意が愛に変わって既に四百年余り。私達魔物と人間は手を取り合って生きてきて久しい。
 そして、それはこれからもそう。私達は一つとなり、憎しみも殺し合いも無い、愛と幸福に満ちた世界を創る」

 デルエラは人類に対し敵意も悪意も無い。確かに魔物は人間を遥かに上回る圧倒的な力を持つが、人類への迫害も、破壊も、殺戮も望んではいない。
 むしろ共存共栄、お互い愛し合う事を望んでいる。愛と肉欲にまみれた幸福なる日々、永劫に続けたいのはそれらだ。

『………………』

 そんな事は不可能だ。皇帝の態度からはそんな思いが見て取れた。
 彼からしてみればデルエラの語る言葉は偽善、絵空事の理想だった。その甘い言葉で人々を騙し続け、自らに都合の良い世界を創り上げようとしているのだろう。
 そんなペテン師は己がこの手で抹殺し、人々を偽りから解放せねばなるまい。デルエラの言葉は皮肉にも、皇帝のそんな考えを強くしただけだった。

「まぁ、口でいくら申し上げたところで貴方には信じてもらえないでしょう。
 そうね…やはり一回貴方好みの魔物娘を抱いてもらえれば理解していただけると思うけれど…」

 そんな皇帝の頑なな思いを理解して尚デルエラは説得するも――

『余は人間。畜生など嫁に出来るか!!!!』

 やはり撥ねつけられる。

「偏見は良くないわ。きっと貴方も気に入ってくれるはず………いえ、これ以上はやめておきましょう」

 尚説得を続けようとするも、彼が魔物娘を娶る以前に、そもそも後添えを必要としていない事をデルエラは思い出し、そこで打ち切った。
 エンペラと亡き妻は生涯仲睦まじい夫婦として知られていた。魔物娘の良さ、彼女等の理想を理解してもらえぬのは至極残念であるが、彼の苛烈な生涯における唯一の穏やかな思い出を汚すのも無粋であると考えたのだ。

『丁重にお断りする。器量も、慈悲深さも、気立ての良さも、“抱き心地”も、魔物風情があやつに勝るものなどない』
「!」

 魔物娘だけあり、デルエラは最後の言葉に特に反応した。
 世界の七割を一代で支配した男が生涯側室を娶らずとも満足させたほどの肉体と手練手管に、リリムは大きな興味関心を抱いたのである。

「実に興味深い発言だわ。貴方を倒した後、じっくりその内容を聞かせていただくとしましょうか」

 そのような所を気にするのはサキュバスらしい。だが、そのおかげでまた一つこの男に勝たねばならぬ理由が出来たのも事実である。

『………』

 しかし意地の悪いにやついた笑みを浮かべるリリムとは対照的に、皇帝の方は実にバツが悪そうな顔をする。魔物娘への敵愾心、さらには亡き妻を想う余り、つい彼らしからぬ余計な事を口走ってしまったのである。

『締まらんな…』
「あら、そう見える? “締めつけ”には自信があるのだけれどね」
『………………』

 デルエラの飛ばしたジョークによって、殺意がますます盛り下がるエンペラ。彼にしては珍しい失言とそれに続く下ネタによって、戦場の殺気は一気に弛緩してしまったのだった。










 ――レスカティエ――

 猛毒が回って弱った魔王の夫を始末するには最高の好機。それを逃さぬべく、七戮将達の無慈悲なる攻撃がエドワードに襲いかかる。

『ギシシシシシシィ!!!!』

 暗黒魔界の澱む大気に、アークボガールの甲高い哄笑が響き渡る。しかし、高重力の影響で這いつくばる勇者にそんな事を気にする余裕など微塵もない。

『満身創痍の中よく頑張るもんだ!! 褒めてやるよ!』
「ま、まだまだこれからだ…!」

 通常の100倍を超える高重力の中、筋肉と内臓と骨を軋ませながらも、エドワードは立ち上がり戦おうとするも――

『グオオ!! 火山拳【大・爆・掌】!!』

 まともに身動きの取れぬ彼目掛け、デスレムの右掌底が命中。さらに爆発が発生し、まともに喰らってしまう。

「く…!」
『暑そうだな。冷やしてやろうか?』
「!」
『遠慮するな!』

 密着状態で爆破され、よろめく勇者の背後に立ったグローザムは、大きく開いた兜の口から鋭く尖った氷柱を連射する。

「ぐああああ!!」

 気丈な彼らしからぬ苦悶の悲鳴を上げるエドワード。エンペラとの戦闘によって限界を迎えていた鎧が鋭い氷柱によってついに損壊し、そのまま背中へと突き刺さったからである。
 勇者は背中から血を派手に噴き出し、辛うじて起き上がらせた体を再び蹲らせてしまった。

「エ、エドワード様ー!」
『人を気遣うとは余裕ですね?』
「くっ!? うあああああああああああ!!!!」

 倒れるウィルマリナは勇者の名を呼ぶも、すぐさまメフィラスに大出力の電撃を浴びせられて全身に激痛が走り、意識が飛びそうになる。

『あまり時間がかかっても面倒なので、早く堕ちて下さいね』
「ああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!」

 無慈悲に呟くメフィラスはサキュバスに電撃を浴びせて拷問すると共に、嬲り殺しにされつつある魔王の夫を満足気に眺める。

『しかし、よく耐えなさる。さすがは腐りきっても元最強の勇者といったところでしょうか。
 もっとも、そのおかげで私達の手間は数倍どころではありませんがね』
「……!」

 常人なら一瞬で潰れ死ぬ高重力の中、よく頑張って耐えるもの。だが、それも最早時間の問題だ。
 エンペラ一世に打ち込まれた毒は、魔力の循環が起きれば起きるほどよく回る。エドワードがいくら耐えたところで、所詮はその死が僅かに伸びるだけにすぎない。

『とはいえ、それも最早時間の問題でしょう。私達の攻撃に耐えたところで、毒が全身に回れば死に至る』
『即ち、最も厄介な二人の内の片割れが死ぬというわけだ!』

 グローザムが勝ち誇って語る通り、魔王夫婦はエンペラ帝国にとって最大の強敵である。

『グオオ……まず殺すのは貴様からだ!』

 今代の魔王の厄介な所は、『夫と交われば交わるほど強くなっていく』という点である。そして、その際限無く強くなっていく魔王を支える存在こそ、このエドワードであった。精を与える彼がいなくなれば、魔王がこれ以上強くなる事はひとまず無くなるのだ。
 そして帝国軍は新しく出現した魔物娘を研究するにあたって、淫魔である魔王の力が彼女等の存在を生み出した事を知った。したがって、魔王を真っ先に始末した場合、魔物はかつての姿に戻ってしまい、それはそれで面倒な事になる事もまた承知していたのだった。そのため、殺しの優先順位は魔王よりもエドワード及びリリム達が先である。

『では勇者殿、そろそろ幕引きと参りましょうか。最後に言い残しておく事はありませんか?』
「…勝利して王魔界に凱旋するんだ。そんなものがあるはずもないだろう」
『もうちょっと気の利いた答えを期待しておりましたが、残念です。
 こんなつまらない遺言では、今後帝国内で発刊予定の歴史書に載せられたものではありませんよ』

 申し出につまらない返答をした魔王の夫にメフィラスは呆れ、そして鼻で笑う。

『まぁ、それでもきっちりとどめだけは刺しますけどねぇ!』
「……出来るものならやってみろ!」

 高重力の中、無理矢理立ち上がったエドワード。

『ほぉ、やるじゃねぇか。だがな、動かなきゃそのまま楽に殺してやったのによぉ!』

 己の高重力の中で立ち上がったエドワードにアークボガールは素直に感心するが、情けをかける気はない。
 それを示すかのように、高重力を纏った強力な右拳を素早くエドワードに叩きつける。

「ぐぁ!」
『ギシシシシ!! ほれ、言わんこっちゃねぇ!』

 立つ事は出来ても満身創痍のエドワードは避ける事も出来ず、そのまままともに喰らって吹っ飛ぶ。

『どうした、抵抗してみろ!』

 続いてデスレムが勇者の周囲の時空を歪ませ、燃え盛る無数の火球を召喚。倒れるエドワードへと降り注がせる。

「………〜〜っ!!!!」
「エ、エドワード様〜〜!!!!」
『やかましい!!』
「ぐぅっ!」

 嬲られるエドワードの姿に耐えかね絶叫するウィルマリナ。しかし、それを鬱陶しく思ったグローザムが彼女の横顔を踏みつけて黙らせる。

『メフィラス、こいつで遊ぶのは後にしろ! 喚くばかりで不愉快だからな!』

 メフィラスと違い、グローザムは今この女を相手に遊ぶ気は無かった。
 見下ろすグローザムの胸部装甲中央に生える大棘が中心線で二つに割れると共に、胸郭に内蔵された超小型のレーザー照射装置が姿を現す。

「うあ…っ!」

 すぐさまそこより照射された超低温レーザーを、ウィルマリナは為す術なく浴びてしまう。そしてそれを後悔する時間さえ無いほど、彼女は迅速に凍りついたのだった。

『あぁ〜残念! お楽しみは“解凍”までお預けとは!』

 嘆くメフィラス。出来るなら彼女を洗脳してエドワードへの攻撃に使用したかったのだが、手こずっていたのは事実。
 同僚への文句は言えず、物言わぬ氷像と化したウィルマリナをただ見つめたのだった。

「くっ!」

 這いつくばるエドワードが、無念そうに呻く。目の前の魔物娘一人助ける事さえ出来ず、それで何が魔王の夫だという自責の念が彼を内側からも苛む。

『グオオオオ…別に抵抗してかまわぬ』
『この女の命がどうでもいいならな!』

 懸命に抵抗していたウィルマリナだが、こうなっては最早何も出来ぬ無力な存在。それを理解するグローザムはウィルマリナをまた踏みつけ、力を加える。

『…!』

 途端、ウィルマリナの凍った上半身にヒビが入る。いくら元最強の勇者といえど、こうなっては脆いものなのだ。

『ギシシシシシシ! さぁ、どうする!? 助けられるかはテメェ次第だ!』
「ぐぁあ!!」

 ただでさえ巨体と怪力を誇るアークボガール。その右足に高重力が加わり、無抵抗のエドワードを蹴り飛ばす。

(く、くそ……!)

 蹴り転がされるエドワードは内心毒づくが、毒が回りつつあった現在では意識が朦朧とし始めており、今全力を出せば後何分かで死んでしまうだろう。

『これぐらいの事で無力化出来るとは思わなかったぜ。たかだか魔物(カス)一匹、見殺しにすりゃあいいものを』
『グオオオオ……哀れな事だ。魔物に同族意識でも感じているのか?』
『それとも正義感か!? だが、あまりにくだらなすぎる!!
 人間に向ければいいものを、よりにもよって魔物に向けるとは!』
『魔物の生命を重んじるなど、我々には理解不能です。人間としての矜持を完全に捨て切っておりますねぇ』
「……!」

 魔物一匹を庇うという理解不能な行動を取るエドワードを痛罵する七戮将。

『フン。ズイブン可愛がられているじゃないか……えぇ?』

 さらに調子に乗ったグローザムはウィルマリナの氷像を蹴り飛ばす。壊さない程度の力加減とはいえ、サキュバスは5m以上も吹っ飛んだ。

『魔物(カス)の分際でなぁ!!』
『ギシシシシシシ!!』
『グハハハハ…!!』
『フフフフフフ!!』

 石畳に転がるサキュバス。その光景を見て、他の三人も笑い出す。

「……もういい。分かった」

 エドワードの頭の中で、この時何かが切れた気がした。
 更生の余地も無い。彼等の精神は人間の負の側面を凝縮したかのように残忍冷酷極まる。
 確かに肉体は毒に犯されていた。だがそれ以上に、そんな彼等相手でさえ勇者は無意識に慮り、“本気”ではなかった。

『あぁ?』

 もう死んでもかまわない。だが、その前にウィルマリナ、そしてレスカティエの民を救う。
 それだけを決意したエドワードは己の死もかまわず、全力を解き放った。

『――!?』
『ッッ!!!!』
『!? が…ッ!!??』

 高重力の中でさえ、その動きは鈍らなかった。ただ横一閃、水平に薙ぎ払われた魔力の斬撃。
 それらはグローザム、デスレム、アークボガールの肉体でなく魔力を傷つけ、一撃で昏倒させたのである。

『なっ、何だと!? この三人がこうもあっさりと!!!!』

 無様に倒れる三人。機械の体も、頑強な鎧も、常識外れの巨体も、魔王の夫の全力の前には無力だった。それを見て取り、先ほどの冷笑的な態度から一転、あからさまに驚愕、狼狽するメフィラス。
 如何に魔王の夫といえど、どんな解毒も効かず瀕死であった勇者にまだそんな力があったとは思わなかったのだ。

「……ハー……ハー………………!!」

 凄まじい実力を改めて示したエドワード。だが普段はそれで済むが、今回は大きな代償を払っていた。
 顔色は蒼白となり、別にアンデッドの婿でもないにもかかわらず死人同然の見た目となりつつあった。口端からは血を流し、普段見せる回復力は何の役にも立たず、彼の寿命は刻一刻と近づいていた。

『…! その様子、どうやら今のが残った力を振り絞った最後の一撃というところですかね』

 メフィラスも勇者の最期が近づいたのを感じ取り、再び余裕を取り戻す。

『我々をここまで追い込んだ事は誉めて差し上げますよ!』

 しかし、腐っても元最強の勇者にして魔王の夫であるエドワード。余命が後数分程度だとしても、まだ何か反撃の手段は残しているかもしれないし、ここは敵地である以上はまた横槍が入って逃げられるかもしれない。

『ですが、ここまでです!』

 それを防ぐべく、メフィラスはあえてとどめを刺す事にする。

「そうかな」
『何を――うぐぅ!!??』

 しかし、エドワードが生意気にも笑みを浮かべたのを疑問に思った瞬間、メフィラスは神剣の鋒から放たれた強烈な衝撃によって大きくぶっ飛び、転がる。

『くっ、おのれ小癪なぁぁぁぁ!!』

 起き上がり、さらには激昂した魔術師はこれ以上の反撃を防ぐべく、温存していたウィルマリナの氷像を破壊しようとする。

『何!?』

 だが、転がっていたサキュバスの氷像は無く、それどころかエドワードの左肩に既に担ぎ上げられていた。

『もう今は高重力も無い。0.05秒ほどあれば、君の監視をくぐり抜けて奪い返せるんだよ』

 今までの意趣返しとばかりに、口から少なくない血を流しながらも、エドワードは凄絶な笑みを浮かべて説明する。

『ならば、この腐った国ごと!! まとめてこの世から消し去って差しあげますよ!!!!』

 暗夜をさらに曇らせる雷雲がメフィラスの怒りに呼応する。

『【デイズ・オブ・サンダー】!!!!』

 かつてゼットン青年を戦わせた際、街一つを簡単に消滅させた雷撃の雨。それのさらに十倍以上の電力が勇者目掛けて襲い来る。

「…吸え、パランジャ」

 だが、魔術師怒りの必殺技も全て徒労に終わった。水平に構えた神剣の刃は雷撃を全て吸い寄せると、そのまま吸収してしまったのである。

『!? 都市一つ容易く滅ぼせる稲妻の連撃を!!!!』
「このパランジャは元は雷神インドラから賜った“雷剣”だ。炎や氷や高重力と違って、雷ならばこれ一本あれば事足りる!」
『……!!!!』

 己の失態に狼狽するも、メフィラスは“魔術師元帥(グランドマスター)”。別に雷魔術しか得手が無いわけではなく、凡そあらゆる魔術を修めている。

『ぬぁ!!!!』

 しかし、使う隙をエドワードが与えるはずもない。気づいた時には不可視の【多重層バリア】は刃に纏った破壊魔術と併せた袈裟斬りによって五層が消滅。続く神速の斬撃の嵐によって一枚一枚丁寧に破壊されてしまう。

『ぶっ…!?』

 そして身一つとなったメフィラスの顔面には怒りの【アトミックパンチ】が叩き込まれ、この邪悪な魔術師もついに倒れたのだった。

「……ここまでか。最強の勇者と呼ばれたのも…最早遠い昔の話だな……」

 だが、ここでエドワードもまたついに限界が来た。皇帝に打ち込まれた毒によって勇者の肉体はついに生を終え、この日二度目の死を賜った体は地面に斃れて動かなくなったのである。





「いたわ! あそこよ!」
「エ、エドワード様の息が無い!」
「ウィルマリナ様も凍りついている!」
「いや、これは仮死状態だ! 融かせば息を吹き返すはず!」
「すぐ王魔界に運ぶんだ! 魔王様ならきっとエドワード様を助けられる!」





『ん?』
「この気配は…!」

 弛緩していたとはいえ、両者の間に敵意が存在するのは変わりない。戦いは避けられぬが、そこにさらなる闖入者が現れる。

「お母様!」

 曇天より降り注ぐ妖しい光。皇帝と同じく闇を支配し、さらには全ての魔物娘達を治める今代の闇の王が、冷風吹き荒ぶ荒野へと降り立つ。

「お初に。皇帝陛下」

 妖しくもこの世のものではないほどに美しい媚笑を浮かべ、現れた女。夫がレスカティエへと向かうのと同時に、遅ればせながら娘の危機を救うべく、さらにはエンペラ帝国との因縁にケリをつけるべく、この血塗られた戦場へと参じたのである。
18/01/01 16:42更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:神剣パランジャ

 かつて雷神インドラが教団に下賜したという神剣の一振り。それをさらに当時最強の勇者であったエドワード・ニューヘイヴンが受け取り、魔王軍に寝返った際、退職金代わりにそのまま持ち逃げしたものである。
 言い伝えによると、工匠神トヴァシュトリがインドラの要請を受けて鍛えたもので、魔族に脅かされる人々の求めに応じて与えたのだという。しかし真相は、ただ単に当時の神界では地上に神器を下賜する事が流行っており、インドラもまたその流行に遅れまいと乗っかっただけの事らしい。
 実際、トヴァシュトリはパランジャと呼ばれる剣を少なくとも数本打っており、エドワードに下賜されたのは失ってもそこまで惜しくない影打の方だという。ちなみに真打はインドラが所持しているようだ。
 とはいえ、それでも神剣として名乗るに恥じぬ切れ味と強度、さらには様々な不可思議な力を持つ。地上には様々な聖剣や妖刀が存在するが、影打とはいえ、エドワードのパランジャはその中でも最高ランクを誇る逸品である。
 実際、同じく最高ランクの武器である皇帝の双刃槍と鍔迫り合い、終いには一度へし折った。また、メフィラスの放った凄まじい雷撃を残らず吸収するなど、雷神の剣だけあって雷を操る能力を持っている。その他、離れていてもエドワードの呼びかけに応え、瞬時に現れる能力もあるが、その繋がりの深さに魔王は嫉妬していたりする。

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