連載小説
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後編:魔物娘の覚醒
 全てが終わった後、アポピスのインヘルは王の間の隣の部屋でとぐろを巻いて呆けていた。
 ファラオの配下達とインヘルの戦いは残酷な結末を迎えたのだった。……インヘルにとっては、だったが。
 薄い石壁越しに、王の間で繰り広げられているであろう乱痴気騒ぎの嬌声が聞こえてくる。戦いからずいぶんと時間が経った今も、壁越しの喘ぎ声が止まる気配は無かった。インヘルは結局誰も殺せなかった。殺せたのは彼等の理性だけだったのだ。
 自慢の爪で切り裂けば皆身をよじらせ嬌声を上げた。洋服や甲冑は紙のように切れるのに、肌には傷一つ付けられなかった。
 ならばと男どもに牙を突き立て、女を剣で突けと命じたが、その結果彼等が女共に突き刺したのは己の股間の肉剣だった。
 面倒になって全てを吹き飛ばしてやろうと炎の魔法も使ったが、燃え上ったのは彼等の洋服と性欲だけだった。
 とどめは酸の魔法だった。そのころにはもう溶けるのは衣服と装備だけだという事はインヘルにも大体予想は付いていたが、しかし意固地になっていた彼女は止まれなかったのだ。
 魔法が発動した瞬間、彼女の手から津波のように噴き出したのは、装備だけを溶かす性質を持った媚薬交じりのローションだった。
 もはやインヘルに立ちふさがる者は誰も居なかった。戦士達は魔物も人間も皆全裸になり、ローションまみれで誰かしらと身体を絡めて床に横になっていたからだ。
 インヘルは勝った。しかしそれはかつてない程に虚しい勝利でもあった。そして、頂点に立つものがいつも孤独なように、彼女もまた孤独だった。
 インヘルの胸の中を埋めていたもの。それは寂寥感と、そして人目も憚らず肌を重ねる戦士達に対する強烈な羨ましさだった。
 彼女はそんな自分に戸惑い、そして男が欲しくてどうしようも無くなってしまいそうな自分自身を恐れて、彼等から逃げるように隣の部屋に移動したのだった。


 壁越しに絶えず聞こえてくる絶頂を迎える声に、インヘルは独りでため息を吐いた。
 数千年の間に何が起こったのか。一通り暴れて落ち着いた今、彼女はもう全て理解していた。
 部屋を移った彼女は何よりもまず先に世界の調査を行った。自分を襲ってきた魔物と人間の混成軍、そしてこの自分は、かつて自分が知っていたものとは明らかに違うものだった。一体世界に何が起きているのか、その疑問を晴らしたかった。
 本来ならば目覚めてすぐするべきだったのだが、目覚めるなり襲撃を受けたのでそんな暇も無かった。
 もともとインヘルは力の強い魔物だった。少し集中して世界に意識を広げれば、世界で何が起こっているかくらいはすぐに読み取れた。
 そうして彼女が知ったのは、魔王がサキュバスに変わったという驚くべき事実だった。しかも現代の魔王はかなりの力をつけていて、魔物はおろか力の弱い神にすらその影響力を及ぼしていた。
 サキュバスの魔力の影響を受けた者達は皆美しい女性に姿を変えていた。かつてのように醜悪で恐ろしげな姿をした魔物や、雄の魔物は存在していなかった。つまり魔物は全て女の子に、魔物娘に変わったのだ。
 魔王がただサキュバスに変わっただけならここまでの変化は無かったのだろう。なぜ全ての魔物が女性の姿を取り、魔王がここまで力を付けたのか。それは魔王が人間を愛してしまったからだ。
 魔王は全ての魔物に人間と愛し合う素晴らしさを知って欲しくて女性の姿を取らせているのだろう。そして人間と愛し合う魔物が増えれば、その愛の力は魔物と繋がっている魔王の元へとたどり着く。
 魔王はさらに力をつけ、魔物を魅力的に変化させ、そして人間と愛し合う魔物が増え、あとはそれの繰り返しだ。
 そしてインヘルも魔物である以上は、魔王の影響下にある。だから彼女は誰も殺せず、殺すような命令を下してしまった時にも気分が悪くなったのだった。
 攻撃も魔法も淫らな物に変化してしまっていたのも、身体の中を流れている魔力の大半がサキュバスの魔力へと変化してしまったからだったのだ。
 だが、今ではインヘルもそれも悪くないと思っていた。
 かつての自分はただ本能のままに一人砂漠を這い回っているだけだった。やる事と言えば人間達との命の取り合いくらいで、楽しい事や嬉しい事、生きている喜びとは全くの無縁だった。ましてや誰かと愛し合うなど、考えたことも無かった。
 そんなかつての自分に比べて、無邪気に尻尾を振って交わる駄犬や兄に巻き付き締め上げる下僕の蛇は羨ましくなるくらいに幸せそうだった。そう考えれば、今の魔物娘というのも悪くない気がしたのだ。男とつがいになって愛し合うのもきっと気分がいいものなのだろう。
 驚いたのはファラオまでもが魔物娘になってしまっている事だ。あのいけ好かないかつての小僧が、今では美少女と言ってもいい姿に変わっていたのには、インヘルも怒りを一瞬忘れてしまった。
 しかし彼、いや彼女に借りがあるのは変わらない。
 今度会ったら元は男の子だったことを散々からかってやる。いや、それじゃ足りない。噛み付いて情夫の前で泣くまで自慰させ続けてやる。いやいや、やっぱり泣いたって許してやるものか。そうだ、さかりの付いた犬のように夫におねだりさせて、王としてのプライドをずたずたにしてやろう。
 インヘルはその時の情景を思い浮かべて一人ほくそ笑んでいたが、しかしお腹が鳴って孤独な現実に引き戻された。
「はぁ……お腹空いたなぁ」
「あ、良かったらこれ食べますか。美味しいですよ」
「あらあなた気が利くわね。ありがとう。なんか変わった形の木の実ね」
「虜の果実という魔界原産の果物ですよ。昔は水以上に稀少でしたが……あぁこの砂漠では黄金並みに水が稀少なのですが、それ以上に珍しいものだったんですけどね、ファラオが目覚めて明緑魔界が出来て以来は普通の果物程度には流通するようになった代物です」
 インヘルはハート形の果物を受け取りながら、ようやく隣に見知らぬ若い男が座っている事に気が付いた。
 ぎょっとするインヘルに、彼はあくまでもにこやかに笑った。


「あんた、何?」
「そうか。初めましてになるんですね、僕はセティ。この遺跡の守護者をしていました。さっきの国王軍の中にも居たんですけど、気付きませんでした?」
 国王軍。あの戦士達の事だろう。彼等は全員この手で淫獄に突き落としてやったはずなのだが、しかしセティと名乗ったこの若い男は洋服も甲冑も身に付けたままで、発情している様子も無かった。
「あんた、どうやってあの中を……。まさか本気の私の爪と牙から逃れたとでも」
「いやぁなかなか早かったです。自分の身を守るので精一杯でしたよ」
 セティはお恥ずかしいと言った顔で笑った。
 しかし、インヘルには信じられなかった。自分の動きは人間どころか、そんじょそこらの魔物よりもはるかに速いはずだ。それを人間ごときが「なかなか早かった」で片づけてしまうなど。
 かっとなったインヘルは、言葉よりも先に尻尾が出ていた。しかし。
「まぁ魔法はどうしようもないので部屋の外に退避を、……っと、危ない危ない」
 インヘルは驚愕に目を丸くする。顔面を狙った全速力の尻尾の薙ぎ払いを、しかも視界外からの不意打ちを、男は苦も無く避けてしまったのだ。
「嘘でしょ」
「待ってください。僕は別に戦いに来たんじゃないんですから」
「あんた何者なのよ?」
「ですからこの遺跡の守護者ですって。ファラオを倒せる程の魔物が封じられた遺跡の守護者ですよ? それなりの力は持っています」
 呆然とするインヘルに向けて、セティは胸を張った。
「遺跡の、守護者?」
「そうです。封印を解こうとしに来る魔物から棺を守り、また万一封印が解けた時にあなたを足止めするのが僕達一族の役目でした。まぁ、魔王が代替わりしてからは形骸化してましたけどね。
 で、それ食べないんですか」
 インヘルは果物を握りしめてしまっている事を思い出し、セティと果物を何度か見比べてから、一口で果物を飲み込もうとして。
「うぶっ」
 むせた。
「ちょ、そんなに焦らないでくださいよ。それにまだ果物はいっぱいありますから」
「う、うるさいわね。昔はこれくらい一飲みに出来たのよ」
 背中を撫でようとして来るセティの手を、インヘルは涙目になりながら払いのける。
「す、すみません」
「何赤くなってるの?」
「いえ、いきなり肌に触ろうとしてしまったので」
 セティは頬を染めて俯いてしまう。下を向きながらも差し出された二つ目の果実を、インヘルは首を傾げながらも受け取った。
「で、その遺跡の守護者さんはあたしに何か用なのかしら?」
 今度こそ果物に噛り付きながらインヘルは何気なくセティに尋ねる。
 しかしセティの態度はなかなかとはっきりしなかった。インヘルの方を見ては恥ずかしそうに目を逸らし、俯き、かと思えば拳を握りしめて顔を上げ、インヘルがじっと見続けている事に気が付いて再び情けない表情でうな垂れる。
「何なのよ」
「そ、その、少しお話をしてみたくて」
「あんたたちの主人の天敵に?」
 セティは主人という言葉に首を傾げながらも口を開いた。しかし、そこからが長かった。
「僕としては、あまり主人って言う感じもしないんです。元を辿ればはうちの一族のご先祖もファラオの血族だったらしいんですが、ファラオを守る盾の役割を担わされて、それで遺跡の守護者に。それだけなら主人って気もしますが、実際は権力闘争に負けて渋々この遺跡の守りにつかされたそうなんですよ。だから血を争った敵同士でもある。
 でも何千年も経った今じゃ当然血も薄れてますし、そう考えるともう他人も同然なんですよね。それにうちの一族は何代もかけて犠牲を払って来たのに、ファラオは寝ていただけで、会って僕の顔を見ても誰だか分かっていなかったようでしたし。
 それに、僕ら一族が守って来たのはファラオじゃなくてこの遺跡と、その、あ、あ、あなたですから。
 えっと、まぁ、それはともかく、この仕事も昔は名誉職って言われてたらしいんですけどね。でもちやほやされた事なんて一度も無いんですよ、きっとみんな忘れてしまったんでしょう。ここは都からも遠いし、旅人も滅多に通らないから人と会う事もあまり無いですから。
 剣の腕が上がるのも当然ですよね、だってほら、こんな場所じゃそれくらいしか楽しみって無いですし。
 たまに魔物娘も襲って来るんですが、なんか条件反射で追い払ってしまって。でも別に嫌いってわけじゃないんですよ。祖父も父も魔物娘に襲われる旅人が羨ましいって言っては母にぶん殴られてたりもしてて。はは、笑えますよね」
「そこまで聞いてないわよ。てかあんた話し長いわねぇ」
 にこにこと話していたセティははっと息を飲んで俯いた。
「すみません。誰かと話せるのが嬉しくて、つい」
「別に嫌だとは言ってないわ」
 顔を上げ、目を輝かせるセティ。そんな彼に、インヘルはついにっこりと笑ってしまった。
「なんかあなた、可愛くっていいわね」
 セティは顔を真っ赤にしながら慌てたように荷物袋をまさぐって残りの果物を全部取り出した。
「た、食べてください。これ全部、あげます」
 両手いっぱいの虜の果実を目の前にして、インヘルは一瞬あっけに取られたものの、すぐにその中のひとつを手に取った。
「ありがとう。いただくわ」


「ねぇセティ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何ですか? 何でも答えますよ」
 目をキラキラさせて見上げてくるセティに、インヘルは尻尾を振る子犬に懐かれているような気分になる。
 アヌビスは小生意気なワンコだったけど、この子はとってもかわいい。思わず顔が綻んでしまいそうだ。
「そう言えばあんた達って、何て言われてここに来たの。あたしを殺して来いとでも言われた?」
 果物をぱくつきながらの世間話をするかのようなインヘルの問いかけに対し、セティは目を丸くしながら声を荒げた。
「そんなわけあるはず無いじゃないですか。あなたを殺そうとする奴がいたら、僕がどこまでも追いつめてぶっ飛ばします」
 言葉の真意までは分からなかったものの、インヘルはセティのその言葉が不思議と嬉しかった。
 呪いの言葉を吐かれたことはあっても、気遣いの言葉を掛けられた事など無かったのだ。人間からも、そして同族であるはずの魔物からも。
 胸の中が温かくなった気がした。締め付けられるような気もしたが、不快では無かった。
「ありがと。あんたの気持ちは分かったから、国王軍とやらがここに来た理由を教えてくれない?」
 インヘルが指に着いた果汁を舐めながら流し目を送ると、セティは分かりやすく照れながら目を逸らした。
「え、えと。ファラオはあなたに目覚められると復讐されて国を乗っ取られると考えたため、その前に棺ごと別の場所に移動しようとしたんです。それで棺の移送の為に国王軍を派兵したというわけです。……僕としては、ずっとここに、いえなんでもありません!」
 インヘルは思わずくすくすと笑ってしまった。このセティと言う若い男は、本当にしゃべる事になれていないらしい。
「移動ねぇ。どんな僻地に送るつもりだったのやら」
「何でも教団支配区域に送るつもりだったとか。あ」
「なるほどね。昔っからこの辺の人間達は教団の奴らと上手くいってなかったし、大方敵同士をぶつけようって考えだったんでしょ。あのクソガキの考えそうな事だわ」
 セティは目を伏せ、頷いた。
「ファラオの狙いはそれでした。教団の支配地域であなたを目覚めさせ、あなたの強力な力で強制的に魔物と人間の共生を推進しようとした。
 彼女は今や人間だけの王というわけではありません。人間と魔物娘、その両方の民を統べる王なんです。あの人はきっと魔物娘と人間が手を取り合って平和に暮らせる世界を広げたかったんでしょう。
 ……でも、だからと言ってそれがあなたを敵地に放逐する理由にはなりません。僕は最後まであなたを守るために、無理を言ってこの作戦に加えてもらったんです」
 インヘルは次の果実を見繕いながら、さらに問いかける。
「それは守護者の一族だったという意地かしら? 放っておけば良かったじゃない。あたしが居なくなれば遺跡を守る必要だって無くなるでしょう? あなたの一族もようやく自由になれたんじゃない」
 セティは首を振り、果実にむしゃぶりつくインヘルをじっと見上げてくる。形を変える唇にどぎまぎしているようだったが、もうセティは逃げようとはしなかった。
「正直に言うと、あなたを取られるのが嫌だったんです。僕達一族はずっとあなたを守り続けていました。王が眠っている間もずっと。魔物娘達が仲間と談笑しながら、男を追いかけている間もずっとです。それなのに、いきなり横から出てきて奪われたんじゃ……たまったもんじゃないですよ」
「棺の中に入っていた化け物を、まるで愛しい恋人みたいに言うのね」
「僕にとっては愛しい恋人でしたよ。動くことも言葉を発する事も無くても、あなたは僕の女神だった。美しいあなたの側に居られる事が僕の生きる支えだったんです」
 インヘルは戸惑い始める。何気なく聞いたファラオの話がおかしなことになって来てしまった。嫌な気分では無いが、何だか気持ちが落ち着かない。
 しかしそんなインヘルをよそに、セティははにかみながらも言葉を重ねる。
「眠っていたあなたは気が付いていなかったでしょうけど、僕はあなたの姿を見るのはさっきが初めてでは無いんです。
 僕達は守護者になるときにある儀式を行います。一人で遺跡の王の間まで赴き、棺の中のあなたの姿を目に焼き付ける。恐ろしい魔物の姿を目の当たりにすることで、己の役割を自覚させるというのが目的の儀式なんです。
 まぁ、魔王が変わってからはもうあまり意味も薄く形骸化していましたけれども。でも、僕にとっては運命を変える出来事でした。初めて見たあなたの姿はとても美しくて、僕は一瞬で虜になってしまいました」
 胸が跳ねる。インヘルはそんな自分を誤魔化すように、とっさに疑問を投げかける。
「え、でもそんな事したら封印が解けるんじゃ」
「開けると言っても長時間開け続けるわけじゃありませんし、それだけで魔力を失っていたあなたが目覚めるというわけでは無かったので、少し覗き見るくらいは大丈夫だったんです。それに蓋が閉じればまた封印は発動されますし」
 インヘルはついて行けなくなっていた。寝ている自分を覗き見ていた? それで一目見て一瞬で虜になってしまった? 愛しい恋人のように思っていた? この自分を?
 不快だとは思わなかった。突然の事に戸惑いはしたが、インヘルは男の気持ちが嬉しかった。正直言って気に入り始めていた。
 しかしだからと言ってすぐに信じられるわけでは無かった。魔物娘に変わったと言っても、自分の姿はあまりにも人間離れし過ぎている。肌の色も違うし、この黒い目も恐ろし気だ。こんな自分を、本当に好いてくれているのだろうか。
 また、罠なのではないだろうか。気を良くした隙に封印されてしまうのではないか。でも、彼の言っている事が心からの物だったら……。
 そんなインヘルの葛藤をよそに、セティの告白は続く。
「本当は、あなたの姿を見ていいのは一生のうちでそのときくらいなんです。それ以外に棺を開けることは、本来は許されていません。それで封印が解けるという事はありませんが、何が起こるか分かりませんから。
 でも僕は我慢できずに、その、何度かこっそり棺を開けてあなたを見ていたんです」
「眠っている私を見て満足していたって事?」
 セティははっと息を飲んで慌てたように両手を振った。
「ちちち違うんです。ただその、あなたがあまりに美しくて、芸術品を見るような気持ちで、だからその、やましい気持ちは別に……」
 インヘルが試しに自分の乳房を持ち上げて揉んで見せると、セティは分かりやすく赤面して唸った。
「……やましい気持ちもありましたけど」
「ふぅん」
 セティは嘘を吐くようなタイプには見えない。吐いたとしてもすぐ顔に出るだろう。だからきっと、彼の気持ちは本当に自分に向いているのだ。けれどインヘルはもう一つ確信できる何かが欲しかった。
 どうすればいいだろうかとセティの染まった顔を見て考えるうちに、インヘルの脳裏に一つの考えが閃いた。少しストレートすぎる気もしたが、もう他の事を考えるのも面倒だ。
 インヘルは目を細めて、唇を薄く歪ませる。そして真っ赤になっているセティの背後に回り込み、後ろから抱きすくめてしまった。
 背中に柔らかな乳房を押し当てられ、そして振り向けばすぐそばにインヘルの顔があるという事もあって、セティの顔はますます赤くなる。
「な、何をいきなり」
「流石に今のは避けられなかったでしょ。魔法でさらに加速したからね。
 でも、そうか。これがあたしたちの新しい『武器』ってわけね。流石はサキュバスの魔王ってところかしら。
 ねぇセティ。私の名前はインヘルって言うのよ。知っていた?」
「インヘルさん。ですか、アポピスという事は知っていましたが、名前までは」
「さん付けはやめて。名前で呼んでちょうだい」
 インヘルはセティの顎を撫で、首元でそう囁く。
「イン、ヘル」
「ねぇセティ。あたしが欲しくない?」
 指先に感じるセティの生唾を飲み込む感触。
 セティは躊躇うように視線を彷徨わせていたが、しかしそれも長くは続かなかった。セティは覚悟を決めた目でインヘルを見上げ、彼女の手を掴む。
「……欲しい、です。今だって最後のチャンスだと思ってあなたに話し掛けたんです。恐れ多い事ではありますが、でもそれでも、目覚めたあなたの男になる事は、僕の子どもの頃からの夢でした」
「あたしの事、好き?」
「好きです」
 胸の底にぞくぞくとした喜びを感じながらも、しかしインヘルはまだ満足出来なかった。
「ありがとう。すごく嬉しいわ。
 でも、あたしって疑り深い性格なの。どうやらあなたは私の事を好いてくれているみたいだけど、でもまだ信じられないのよ。隣の部屋の奴らも含めて全部演技で、今度もまた封印されるかもしれないって考えてしまう。ファラオの罠にかかって数千年も眠らされたし、もう騙されるのはこりごり。
 だからあたしが欲しいなら、あなたの気持ちが本物だってあたしに証明して? 信じさせて?」
 インヘルの思いつき。それは自分の事が本当に好きなら取りに来いとけしかけるという、ど直球の駆け引きだった。
 しかし恋愛ごとに慣れていないセティにはこの分かりやすさが逆に良かったらしい。彼は真っ赤になりながらも表情を引き締め、インヘルの手に自分の手を重ねた。
「あなたはとても綺麗です。ファラオよりも、綺麗だと思います。
 この黒くつややかな鱗が綺麗です。傷や染み一つない紫色の皮膚も艶めかしくて素敵です。零れ落ちそうなおっぱいもたまらないです、顔を埋めてみたいってずっと考えてました。
 ふっくらした唇も触ってみたくて。黒々とした大きな目は黒曜石みたいで、それだけでも綺麗ですけど、金色の瞳も見ていると時間を忘れてしまいます。……あなたの姿に、何度任務を忘れそうになったか。
 顔つきもちょっとあどけなくて、初めて笑顔を見られた時なんて興奮して鼻血がでそうでした」
 声を押さえたインヘルの笑いがセティの耳をくすぐる。
「そんなによく見てたの?」
「見てました。アヌビスに命じたあとで実は戸惑っていたことも分かりました。リダさんをけしかけてから少し後悔していたのも知っています。変化に戸惑うあなたの姿は、こう言ったら怒られるかもしれませんが、とっても可愛くて。……いは、いはいへふほぉ」
「私は本気だったのよ。それを可愛いだなんて、言ってくれるわねぇ」
 インヘルはふざけてセティの頬をつねる。そんな彼女の胸中に経験した事の無い感情が生まれ始めていた。胸が熱くなり、昂りを覚えていた。獲物に牙を立てる前の感覚にも似ていたが、それと全く異なり柔らかく温かい感じも共にある。
 だがもう困惑はしなかった。恐らくこれが、魔王がその力を使って世界中の魔物達に伝えたい感情なのだろう。インヘルには何となく、それが分かった。
「でも、言葉だったらいくらでも言えるもの。態度でも示してもらわなくちゃ」
「た、態度って、いや、それは」
 急に取り乱し始めるセティに、インヘルはわざと傷ついた表情を見せる。目じりを落とし、唇を引き結び、今にも泣き出しそうな顔になってセティの身体を離した。
「……そっか。あたしの心を弄んだのね」
「違います。今のは全部本心ですよ」
「ほら、やっぱり言葉だけ。本当に思っているなら有無を言わさず口づけくらい出来るはずよ。
 ……本当はあたしの身体が気持ち悪いって思っているのね。やっぱりあなたもファラオに心酔しているんだわ。いいわよもう。隣の部屋へ行って、適当な男に抱いてむぐっ」
 それ以上インヘルは言葉を紡げなかった。セティの唇に口を塞がれてしまったからだ。
 唇を重ねたセティ自身も驚いたような表情をしていた。これ以上インヘルの言葉を聞きいていたく無くて、思わずしてしまったといった感じだ。
 ただあまりにも必死だったからだろう、唇だけでなく歯もぶつかってしまっていた。
 二人は驚き顔を見合わせて、それから少し笑った。


「くくっ、へったくそねぇ」
「しょうがないでしょう。初めてなんですから」
 不貞腐れるセティがたまらなくて、今度はインヘルの方から半ば強引に唇を奪う。
 柔らかな唇の感触が重なり合う。そのとろける様な感触に、二人はどちらからともなく相手の背中に腕を回して抱き締めあった。
 インヘルの中で何かが目覚め始めていた。腰元から衝動が突き上げる。まだ成長途上と言った感じの若い男の唇を貪り、舌を入れて掻き回す。男の唾液は、脳がとろけてしまう程に美味だった。
 インヘルはその一瞬で自分がどのような存在に変化したのかと、そしてするべきことを真に理解した。
 そして先ほど立ち向かってきた魔物達と男達を殺さなかった事に心の底から安堵し、理性をかなぐり捨てて交わり始めたことに喜びを感じた。
 少し苛立たしかった壁越しの嬌声が、今ではこれ以上ない讃美歌のように聞こえて来る。
 インヘルは己の長い舌を生かし、セティの口内を荒々しく愛撫する。歯の付け根を、舌の裏側を、頬の内側の柔らかい部分を擦り上げ、喉仏までも細い舌先でちろちろと舐める。
 唇の内側の柔らかい肉を唇ではみ、うっとりと目を細めた。
「ぱはぁ。どうセティ。気持ちいい?」
 セティは顔を真っ赤に上気させ、その目からももう理性が飛びかかっていた。
「気持ちいいです。もっと、もっとインヘルを」
「あたしを?」
「インヘルを感じたいです。大好きな人を肌で感じたいです」
 インヘルの胸がきゅんとなる。
「で、でも背信行為になるんじゃないの? あんたの国のファラオが怒って兵隊を出してくるかも……」
「構いません。僕が全部蹴散らします。ファラオなんかより、あなたの方がずっと好きです」
 子宮が震えた。
 インヘルはその感覚のままに恥じらう男をその胸元に抱きしめて、自分の身体ごと蛇の身体でぐるぐる巻きにしてしまう。
 鱗越しに感じる男の体温は、世界中の何よりも温かく、優しくインヘルの肌に染み込んだ。
「分かった。あなたの気持ちを信じるわ。
 でもいいの? 魔物に気に入られたらどうなるか、知らないわけじゃ無いんでしょ? それに私は蛇の魔物、一度気に入った相手は誰とも共有する気は無いし、絶対離さないわよ?」
 インヘルの胸の中でセティが笑った。
「何を今更。この身も心も、幼い時にもうあなたに捧げています。
 僕が生きている間は目を覚まさないかと覚悟もしていたんですから、こうしていられるだけで僕には至上の喜びですよ」
 セティはインヘルの胸の中から再び顔を上げ、唇を押し付けてきた。
 それがきっかけだった。インヘルはもう、自分の本能にすべてをゆだねることにした。


 セティの甲冑を引き千切るように剥ぎ取り、その衣服もそのまま脱がせてしまう。ボタンがいくつか飛んだ気がしたがどうでも良かった。
「インヘル?」
「セティ。しよ?」
 口をぱくつかせるセティを無視し、ズボンを強引に引き下ろす。すると顔に似合わぬ立派なセティの男性が跳ねあがり、ぺちんとインヘルの頬を叩いた。
「ごごごめん」
「きゃっ。うふふ、なにこれ。何もしてないのに、もうこんなに大きい」
「何もって、キスしたじゃないか」
 セティは顔を逸らして股間を隠そうとするが、インヘルはそれを許さなかった。隠そうとした両腕を掴み取り、天井を向いた男根に視線を絡み付かせて舌なめずりをする。
「あの、インヘル?」
「セティ、私ね、とってもお腹が空いてるの。だって何千年も眠っていたんですもの、いくら果物をたくさん食べたって、おなか一杯になるわけ無い。そうでしょう?」
「でもまだ果物は残って、あ」
 セティが用意してきた荷袋は既に平らになっていた。
「全部食べちゃった。ごめんね。だってあなたの話、長いんだもの」
「すみません」
「でもまだおなかが空いてるの。あなたがとっても美味しそうに見えてしょうがないの」
 インヘルはその長い舌先で、セティの先端をぺろりと舐める。我慢汁が舌の上に広がり、その甘美な感覚にインヘルは期待に身を震わせた。
 わずかな接触に感じ入ったのはインヘルだけでは無かった。舌先が少し触れただけにも関わらず、セティの膝はがくがくと震えはじめていた。
「食べて、いい?」
 上目遣いのインヘルに、セティは生唾を飲みながら頷いた。
「僕なんかで良ければ、好きなだけ食べてください。あなたにだったら死ぬまで搾られたって構わない」
 インヘルは目だけで笑い、その長い舌をセティ自身に絡み付かせ始める。
「あぅ、あああ」
 亀頭から根元に向かって、インヘルの舌がぐるぐると巻きつきながら擦り上げていく。舌は男根を覆い尽くしてゆく間も、常にかりや裏筋を擦り続けた。セティの声にならない吐息をもっと聞きたくて、インヘルは自然と舌の速度を緩めてしまう。
 しかしいくら甘美な時間でもいつかは終わってしまうように、ついに男根は舌で覆いつくされてしまった。セティはと言えばもう何も言えず、歯を食いしばりながら荒い呼吸を繰り返す事しか出来ないようだ。
 涙目になりながらも興奮を抑えられないと言った顔の彼にインヘルは満足げに目を細める。
 そして唾液で濡れそぼった長い舌が、男の精を搾り取るべくぐちゅぐちゅと音を立てて肉棒を締め上げ始める。
「あ、あああ。駄目です、僕もうっ」
 そのあまりの快楽に、セティが堪らず腰を震わせる。女性経験など全く無いのだろう、その表情は快楽でとろけながらも少しの戸惑いと恥じらいを帯びていた。
 セティの男根が大きく跳ね、射精が始まる。
 勢いよく放射された白濁を、インヘルは口で受け止め、舌で舐め取った。
 ずっと我慢していたのだろう。セティの脈動は十を超えても続き、男根に絡み付いた舌が精液まみれになる程の大量の精を放ち続けた。
 射精を終え、膝から崩れ落ちそうになるセティの身体を、インヘルは自らの尻尾で優しく抱きとめる。
 インヘルは白濁まみれの己の舌を、うっとりと眺めながらも口の中に収めていく。彼の体液は喉に絡み付いて離れない程濃く、精の味もまた格別だった。
 喉を落ちていった精はインヘルの全身に染み渡り、彼女の身体をさらに熱くさせる。
「おいしぃ」
 セティは憔悴しながらも頬を緩ませる。その表情は、本当に幸せそうだった。
「でも、強い割にはだらしないわねぇ。一回出しただけでそんなにふらふらになっちゃって。……私をオカズにして慰めるくらいは、してたんでしょ」
 セティは言葉も無かった。顔を真っ赤にして俯いて、それが答えのような物だった。
「す、少しくらいは……。でも、そんなの比べ物にならないくらい気持ち良くて」
「何言ってるのよ、気持ちいいのはこれからよ?」
 インヘルはセティをとぐろを巻いた自分の尻尾の上に押し倒す。鱗の下の肉も柔らかいから、きっとセティには格別なベッドになっているはずだった。
 インヘルはセティの上で身を起こし、身体を震わせる。豊かな乳房がそれに合わせて震えて跳ね、体中の銀細工が擦れてきゃらきゃらと音を立てた。
 胸の頂上を隠していた銀細工を取り払えば、色素の薄い乳房の頂点が顔を覗かせ、男の視線が釘付けになる。
「綺麗だ……あ」
「ふふ。ありがと」
 思わず漏れてしまったという感じの言葉には、流石のインヘルも顔を赤らめてしまった。
「まだ行けるでしょ? 顔を埋めたいって言ってたここで、元気にしてあげる」
 インヘルは男の腰元に身を沈ませる。
 硬さを失いかけていた彼自身をその柔らかな二つの乳房の谷間に誘い、挟み込んで隠してしまう。
「インヘルのおっぱい。大きくて、温かくて、柔らかくて」
 インヘルは長い舌から唾液を垂れ落とし、胸の谷間に潤滑油のように塗り広げていく。
 乳房の両側から胸を押さえてセティが零れ落ちないようにしっかりと抱きしめ、そして揉み上げるように不規則にこねくり始める。
「どう、かしら? 私の、おっぱい」
「す、すご、すごいです」
 インヘルの胸の中で次第にセティが熱を帯び始め、硬さを取り戻し始める。
 それを見計らい、インヘルは胸の動きを上下の搾り取るような動きに変える。かり首にまで乳房が柔らかく形を変えて吸い付いているのが、他ならぬインヘル自身にも分かった。
 このまま搾り取りたい。そんな衝動に任せ、舌まで使い始めたインヘルだったが、男が腰を突き上げ始めたことではっと我に返る。
 駄目だ。どうせなら、身体の中に欲しい……。
「インヘル。どうしたの?」
「あの、中に欲しくて……駄目?」
 何も言わない男の手を取り、自分の乳房を握らせた。その下では心臓がばくばくと踊っている。
 手のひらを少しずつ下ろして肌を撫でさせる。柔らかな腹を下り、臍のピアスを撫で下ろさせ、ついには鱗の隙間に位置する彼女の中心へ。
 そこまでたどり着くと、男の方から指を動かした。
 一番敏感な核に触れられ、インヘルの眉が切なげに寄る。
 戸惑いながらも指は少しずつ彼女の中に沈み込んでゆく。誰も受け入れた事の無い肉が押し広げられる感覚に、彼女はたまらず小さく声を上げた。
 目の前がちかちかとし、背筋がぞくぞくした。指でこれだけならば、あれを入れられたらどうなってしまうのだろうか。
 インヘルの柔らかい肉を味わうように、セティはゆっくりと指を出し入れしてゆく。その焦らすような動きにインヘルはたまらず背を反らし、彼の背中に爪を立てた。彼の背中は逞しく鍛え上げられていて、その堅い触り心地もまたインヘルにたまらぬ喜びを与える。
「せ、てぃ。あたしも、もう、限界」
 インヘルは彼の身体を這い上がっていく。視線を合わせて絡み合わせ、吐息を混じり合わせ、額を重ねる。
「いいでしょ。いいよね? ねぇ、お願い」
 懇願するインヘルに、セティはようやくこれが現実であると思い出したかのように息を飲み、小さく頷いた。
 インヘルは心の底から安心したと言ったように表情を綻ばせて、彼自身に手を伸ばす。
 血管の浮き出た、ともすればグロテスクにも見える程のそれを愛しげに撫でながら、自分の中心へと導いていく。
 セティもまたインヘルの手に手を重ねる。重ねられた二人の手によって、セティの先端がインヘルの花びらを撫で上げる。
 だがそこでセティの手が止まった。
「どうしたの?」
「あの、僕、初めてで」
「見てれば分かるわ。でも安心して。あたしだって初めてなのは同じよ。だってずっと眠っていたから。あなたに守られながら、ね」
 インヘルは黒い目を細め、にっこりとセティに笑いかける。その屈託のない笑顔は、蕩けていた少年の気持ちを沸騰させるには十分すぎた。
「守り続けます。これから一生、僕がインヘルを守り続けます」
「違うわ。これからは支え合うのよ? だって私達は、一つになるんですもの。ね?」
 インヘルの指がセティの指の隙間に潜り、セティもそれに応えるように指を絡める。
 二人は見つめ合ったまま、重ねたままの手でゆっくりと一つになってゆく。
 誰も受け入れた事の無かったインヘルの柔肉がセティの剛直によって無理矢理押し広げられていく。敏感な肉が擦れる僅かな痛みと、それをはるかに超える快楽がインヘルの背筋を這い上がり、電流のように全身を駆け巡る。
 奥から溢れる甘い蜜がさらに男との密着を強め、滑りを良くしてゆく。
 インヘルは喘ぐように息をしながらも、根元まで一気に男を飲み込んでしまう。その瞬間、インヘルの目の前で光が弾けた。男の先端がインヘルの中心、子宮口を突き上げていた。
「ぃっ。ぁ、あたし」
 じんわりとした熱が子宮から突き上げて脳を蕩けさせる。初めての感覚に、インヘルはただ身体を震わせて身を任せる事しか出来なかった。
 完全に覚醒した魔物娘は、子宮の命じるままその膣を強く絞り上げて蠕動させる。
 だが、未知の快楽に身を浸らせていたのはインヘルだけでは無かった。
「あ、あ、あ、インヘル。僕もう」
 本気になった魔物娘の搾精に、女性経験の無いセティがそう長く耐えられるはずが無い。挿入しただけで、もうセティは限界を迎えていた。
「せ、てぃ。……え?」
 インヘルが我を取り戻した時には、もうセティの物が大きく脈動し始めていた。そして一度始まってしまった物はもう本人の意思でも止められない。
 セティは涙目でインヘルにしがみつくが、二人のつなぎ目からは容赦なく白濁液が垂れ落ち始めていた。
「あ、セティ」
「違うんです。僕、こんなはずじゃ」
 セティはインヘルの肩に顔を埋めて、肩を震わせ始める。
 インヘルの位置からは俯いたセティの顔はよく見えなかった。ただ自らの肩口が熱い雫で濡れ始めている事は分かった。
 インヘルは小さく笑い、暴発に打ちひしがれているセティの頭を胸元に抱き寄せ、その背をさすった。
「あんたって、やっぱりすごいわ。入れただけでこのあたしを逝かせちゃうんだもん。ファラオ以上にすごい奴よ。
 ねぇ、ちゃんと聞いてる? 休んでる暇なんてあげないわよ。あたしは数千年も寝ていたせいでお腹がペコペコなの。そんな空きっ腹にいきなりこんなごちそうを食べさせられたら、どうなるか分かる?」
 胸元でもぞもぞと動くセティの髪を撫でながら、インヘルは笑った。
「もう食べるの我慢できなくなっちゃうじゃない。こんなちょっとじゃ済まさないわよ? ゆっくりねっとり時間をかけて、あなたが空っぽになるまで搾ってあげるから、覚悟なさい?」
「インヘル」
 顔を上げたセティの顔は涙でぐしゃぐしゃで、インヘルはたまらずその長い舌で目じりの涙を舐め取っていた。
 それは少ししょっぱくて、そしてとても甘かった。


「でも、あんたって可愛い顔して意外と大胆なのね」
「そ、そう、です、かね」
「というより、素直すぎるのかしらね。考えてることもすぐにわかっちゃったし」
「く、ぅああ」
 インヘルの胸の中で、セティは何度目かの精を放つ。
 今や二人の身体は蛇の尾できつく巻かれ、締め上げられている。しかし巻き上げながらもセティの手と顔だけは動けるようにしているのは、インヘルの自分を彼に触って欲しいという気持ちの表れでもあった。
 既に隣の部屋からの嬌声も途絶え、穏やかな寝息が聞こえ始めている。最初の交わりからずいぶんと時間が経っていたが、二人の下半身はいまだ繋がったままだった。今まさに放たれた精液の量も最初の物と比べても遜色なく、濃度も濃いままだ。
 鱗に覆われた尻を掴んでいたセティの手から、力が抜ける。
「やっぱり柔らかいお尻の方がいい?」
「何言ってるんですか。インヘルのお尻は最高ですよ。この鱗がいいんです」
 人間であるならばお尻から太ももに相当する部分を撫でられ、インヘルは思わず笑ってしまう。
「ほら、尻尾ばっかりじゃなくて、こっちも舐めて」
 インヘルに無理矢理乳首を咥えさせられ、セティはたどたどしい舌使いで愛撫を始める。
 舌にはちょっと力が欲しく、噛んでくる力は少し強すぎるくらいだったが、しかしその初々しさがインヘルを言い様も無く心地よい気分にさせた。
 セティはとにかくインヘルに一生懸命なのだ。愛撫も、言葉も、剣を磨き続けた生き様も。
 そんなセティがたまらなく愛しくて、インヘルは強く強く彼を抱き締める。
「あたしのおっぱいに顔を埋めた気分はどう?」
 セティは乳首から口を離し、虚ろな瞳でにっこりと笑った。乳房もその口元もよだれでべとべとだった。
「幸せです」
「あたしもよ。セティの好きにしていいわ。舐めても、吸っても、痕が付くくらい噛んだっていい。……だから、もっとちょうだい?」
 セティはしかし、うな垂れてしまう。腹筋にも力を入れているようなのだが、度重なる射精もあって彼自身から次第に硬さが抜け始めていた。
「すみません。僕ももっと、したいのに。インヘルに搾り取って欲しいのに」
「そんなにしたい?」
 頷くセティを見下ろすインヘルの目は、あくまでも穏やかだった。
「人間じゃ無くなっても?」
 質問の意味を理解したセティは、顔を上げて真っ直ぐにインヘルを見上げる。その瞳には迷いは無かった。
「あなたをもっと満足させられるなら、死ぬまで添い遂げられるなら、僕はどんな姿になったって構いません」
 微笑むインヘルの唇がセティのそれへと重ねられる。
 舌先同士がくちゅりと交差した後、インヘルの鋭い牙がセティの唇へと突き立てられる。
 インヘルは彼が逃れられないように両腕を彼の頭へと回し、セティも彼女を一身に感じようとその背を強く抱き締める。
 セティの唇から侵入したインヘルの魔力が、微細な血管から流れ込み、細胞を震わせながら彼の身体を書き換えてゆく。魔力は血液の流れに乗って心臓までたどり着き、鼓動と共に全身へと広がり、変化をさらに加速させてゆく。
 セティの瞳が見開かれる。その瞳はインヘルと同じ金色だった。
「これでもう、あなたはあたしとおんなじ」
 ニコリと笑って唇を離すインヘルに、セティは戸惑いの視線を向ける。
「でも、あれ? どこも変わってない?」
「外見は、ね。でも中は大分変ってるわ。あなたはもう私無しでは生きられない。底なしの性欲がそれを許してくれないわ。
 ふふ。それに勃起も射精も思いのままになっているはずよ。どう?」
 セティが少し腹筋に力を入れた途端、インヘルの中の彼が鉄より硬くなって彼女の中心を打ち付けた。
「やん。もう急にしたらびっくりするじゃない」
「ご、ごめんなさい。なんかまだ上手く制御できなくて」
 インヘルは彼の首に腕を回して、首筋に流れる汗を舐めて穏やかに笑った。
「じゃあ、練習しましょう。あたしの身体を使って、どうすればお互い一番気持ち良くなれるか」
「インヘル。何だか一気に魔物娘らしくなったね」
 インヘルは楽しそうに笑った。
「なんか今となっては元からこんなんだったんじゃないかって思うから、不思議ね。でもすごく楽しい。ファラオと戦ってた頃より、あったかくて、面白くて、なんか満たされて、幸せ」
 自分の言葉に感じ入ったかのように、インヘルは彼の身体を抱き締める。身体の内側でも外側でもより強く彼を感じたいと、ぎゅぅっときつく締め上げる。
「ねぇセティ。ずっとそばに居てくれる? 死ぬまで一緒に居てくれる?」
「うっ、くぅ。『離れろ』って、命令されたって、意地でも離しません、よっ」
 再び彼の体液が放出されるのを感じながら、インヘルは満足げに微笑んだ。


 砂丘の向こうに揺らぐ緑が、かのファラオの王国なのだという。
 天上には忌々しい太陽が覗いている。このままでは焼けてしまうなぁと、インヘルは無意識に紫色の腕を撫でる。
「どうしたい? ファラオの王国を乗っ取りたいとインヘルが望むなら、僕は喜んで手を貸すけど」
 隣に佇む若い男が、インヘルとつないだ手に力を込めてくる。
「まぁ正面からぶつかればあたし一人でもファラオなんて敵じゃないんだけどね。この上一騎当千の、しかも私の魔力を浴びてインキュバスになったあんたが手を貸したらどうなるのか、試してみたくはあるけど。
 ……でもそんな暇があるならあたしは」
 インヘルもまた男とつないだ手に力を籠める。そして、蛇の尻尾を使って男を自分に引き寄せた。
「セティ」
「インヘル」
 少年、セティの瞳を覗き込み、その唇を奪うべく顔を寄せていくのだが。
「それでいかがしますか」
 それを遮るように、後方から声をかけられた。
 二人の後ろに控えているのは魔物の群れだった。犬耳娘のアヌビス、猫耳娘のスフィンクス、蛇の半身を持つラミア。そして彼女達の連れ合いの、インキュバスに成り果てたかつての兵隊達。
 全員アポピスであるインヘルの魔力に影響されていて、魔物達の目は皆インヘル同様に黒く、瞳は爛々と輝いている。
 王の間での乱痴気騒ぎに加えて、隣で繰り返されていたインヘル達の濃厚なまぐわいに当てられたらしいのだ。
「ちょっとワンちゃん邪魔しないでよ」
「えぇー。邪魔ってそんな。あとワンちゃんは勘弁してくださいよぉ」
「つーか別に付いて来なくていいから。あんた達自分の国に帰りなさいよ」
 インヘルはうんざりした顔で手を振るが、しかし魔物達は顔を見合わせるばかりで一向に帰ろうとしない。
「何なのよ。帰らないの?」
「いやぁ、なんかアポピスの魔力を浴びてると素直に彼を求められるので、出来ればお傍にお仕えたいなぁ、なんて」
「はぁ?」
「私達兄妹を結び付けてくれた御恩は一生忘れません。私達、ご主人様の下僕としてずっとお仕えします」
「……そう言えば、そんな事もしたわね」
「一生付いていきますニャ。姉御」
「ネコちゃんまで何言ってんのよ」
 インヘルは呆れたように肩を竦めるが、彼女を見つめる視線は皆本気だった。良く分からないが、ここまで本気の奴らを追い返すのはそれはそれで疲れそうだ。
「分かったわ。じゃあ適当に教団の街を落として魔界にしちゃいましょう」
「さっすが姉御ニャ。私達に出来ない事を平然と言ってのけるニャ」
「別に痺れもあこがれもしてくれなくてもいいけどね」
「でもいいんですか? あんなに憎んでいたファラオの国が目と鼻の先にあるのに」
 アヌビスの言葉に、インヘルは苦い顔で頭をかいた。
「あんたね、一応自分の本来の上司でしょうが。それはとにかく、止めとくわ。なんか復活して襲うとこまで計算してそうだし。あいつ、どうせ仕事が忙しくて彼とイチャイチャ出来ないから誰か代わりに治めてくれないかなぁとか思ってそうだし」
「嫌なんですか?」
「嫌よ。面倒だし。仮に攻め落としたとしても、政治とか面倒事は全部ワンちゃんにお願いするから。私はセティといられればそれでいいし、人間達を堕落させるのもそのついででいいかなぁって」
 新たな主人の言葉にアヌビスは顔を真っ青にして自分の連れ合いに抱きついた。
 それをしり目に、インヘルもまたセティに抱きついて頬ずりする。
 セティは周囲の視線に困ったように笑いながらも、その肩にしっかりと腕を回して抱き寄せた。
「さ、行きましょうかセティ。どこに行きたい? あなたの好きなところでいいわよ?」
「インヘルと居られたらどこでもいいけど、そうだなぁ。にぎやかなところに行こうか。……インヘルも、砂漠だけじゃなく色んな世界を見てみたいだろ?」
 インヘルはセティの言葉の真意に気が付き、満面の笑みを浮かべながら大きく頷いた。


 こうしてインヘルとセティ、そして彼らを取り巻く愉快な仲間たちの旅路が始まった。
 数日後、彼女等はようやく街を発見した。そこは奇しくも教団領であったが、長旅で疲れていた彼女等に街の住人を気遣う余裕は無かった。
 アポピスと愉快な仲間達は顔をしかめる住人達に構わず半ば強引に宿を取った。
 その結果、敬虔な信者が集っていたはずの教団領はわずか半日もかけずに魔界へと堕ちてしまったのだった。
 別段アポピス達が住人達を襲ったというわけでは無い。ただいつも通りに恋人とまぐわっているうちに、太陽の方が恥ずかしがって隠れてしまったのだ。
 貴重な領土を失った教団側だったが、しかし彼等の悲劇はこれで終わらなかった。
 数千年の眠りから覚めたインヘルは一カ所にとどまるのを嫌がり、変化を遂げた世界を見て回りたいと言い始めたのだ。
 彼女のパートナーであるセティは二つ返事でこれを了解し、二人はこっそりと旅に出た。しかしそれはすぐにばれて、結局後から愉快な仲間達と合流する事になったのだが。
 かくして彼女達の魔物の群れは世界を旅して回る事になった。あるいは彼女等にとっては新婚旅行か何かのつもりだったのかもしれない。
 しかしそこは神の力を持つファラオでさえ圧倒する魔力を持つアポピス。彼女らの道程の後には、常に魔界が生まれていったのだというが、……それはまた別の話。
13/03/23 15:10更新 / 玉虫色
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■作者メッセージ
前半を投稿した時点で後半も一応書き上げてはいたんですが、途中で展開が気に入らなくて直しているうちに予想以上に時間がかかってしまいました。
あと書き方がいつもと違うので、ちょっと変だったかもしれません。

ちなみにファラオが男の子だったという設定はクロス様のツイッターを勝手に拝見させて頂いたところから持ってきてたりしています。

あと、アポピス主役って事でちょっとファラオやアヌビスなんかを悪役っぽく書いてしまいましたが、別に嫌いじゃないんですよ。いずれ(いつになるか分からないけど)彼女らが主役の話も書いてみたいですねぇ。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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