連載小説
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32.逆転の幕開け
持ち帰った情報を元に、これから予想される展開を脳内で組み立て、
凄まじい勢いでペンを走らす。
次々と、紙面は黒く染まっていった。

「この分なら奇襲はない。あったとして分散してるからまず負けない。
 ・・・よし。あとは・・・エトナさん」
「いよいよか」

結果として最後の切り札となった、エトナ。
戦闘に移る準備は、既にできている。

「前線に出て、皆さんの援護を。まずは、こちらの人的損害を抑えること。
 その問題が無さそうなら、敵の数を可能な限り減らしてください。
 そして、最優先事項ですが・・・絶対に、死なないで下さい」
「任せとけ。この戦いの意味は理解してる。
 この街だけじゃねぇ。アタシの為、そしてシロの為にも、絶対に生きて帰ってくる」

キラリと、白い歯が光る。
この顔を見せる時のエトナは、自信に満ち溢れており、普段の数倍の力を発揮できることを、
シロは知っている。

「・・・ズルいですよ」
「そうだな。教団の野郎共、来るとは思ってたけど、まさか日付変わんねぇ内に・・・」
「そうじゃなくて。エトナさんです」
「へ?」
「本当は、不安なんですよ。エトナさんが強いことは知ってますけど、今回は規模が規模ですから。
 ・・・なのに」

握り締めていたペンを置き、こそりと呟くようにして。



「そんな素敵な顔されると、間違いなく元気に戻ってきそうで。
 止める理由、無くなっちゃうんですよ」



とだけ言うと、目を細め、苦笑した。

シロが自分に期待してくれている。
その期待は裏切られないと確信している。
なら、それに応えるのが自分の役目だ。

「・・・とうっ!」
「ふにっ!?」
「わしわしー」
「え、エトナさん・・・?」

頭ぽんぽん、くしゃくしゃ。
一頻り、シロの髪型を乱して。

「安心しろ。その予想は大当たりだ」

もう一度、歯を見せた。

こうなれば、結果を出すのみ。
支給されていた、小型の通信機を耳につけ。

「行ってくる」

指令室を後にした。



外へと向かいながら、エトナはシロの言葉を反芻していた。

『そんな素敵な顔されると、間違いなく元気に戻ってきそうで。
 止める理由、無くなっちゃうんですよ』

根拠なんて、どこにもない。それは二人とも知っている。
だが、そんなものは必要ない。

(・・・ズルいのはお前の方だろ。
 お前がいるだけで、負ける気なんて一切なくなっちまうんだから)

ふつふつと、気持ちが燃え上がってきた。
この戦いにおいて、自分はかつてない力を発揮できる。

「うぉし!」

頬をビシッと叩き、気合を入れて、城門へと歩みを進めた。



「うらぁっ! どりゃあ! せいやぁぁああっ!」

来る敵来る敵を殴り飛ばすデューク。
彼の身体には未だ傷一つないが、溢れ出る汗が疲労を示している。

とにかく、数が多すぎる。
軍隊並みの能力を持っていたとしても、一人は一人。限度はある。

「ハァ・・・ハァ・・・クソッ、腕がイカれちまってる・・・」

鎧を素手で殴り、馬を転ばせ、連打を叩き込む。
そんなことを長時間やっていれば、当然の帰結であった。

「しぶとい野郎め・・・だが、これで終わりだ!」
「クソ・・・うらぁぁぁぁぁぁっ!」

だが、彼はこの街の長であり、疑いの余地なく善人。
そういった人間が苦しむ時、救いの手は必ずやってくる。

「しまっ・・・」
「貰ったァ! 討ち取っ・・・う゛ぇっ!?」

デュークの正拳突きをかわし、首をはねようとした兵士。
しかし、それよりも早く後頭部に強い衝撃を受け、昏倒した。

「・・・ふぅ。何とか間に合ったか」
「エトナ! ・・・悪い、助けられた!」
「とりあえず、一旦離脱しとけ。疲れとかとんでもないことになってるだろ。
 再戦はしばらく後。つーか、このまま戦われても邪魔なだけだ」
「なっ・・・うー、悔しいが正論だ。この辺は一旦任せる。
 俺が睨んだ限り、敵は歩兵と騎兵だけだ。普通に戦えば勝てる!」
「分かった。それじゃ・・・一暴れしますか!!!」
「頼んだ・・・ぜっ!!!」

互いの右手の平を打ち、バトンタッチ。
史上最強の町長から、格闘戦のスペシャリストへ。
戦力としては申し分ない。

「覚悟しろお前ら! ここから先は一人も通さねぇ!」

今まで戦っていた相手が、体力を全回復させたようなもの。
臆した兵はその場から逃げ、錯乱した兵は無謀な突撃をし、沈められていった。



時間が経つにつれて、じりじりと教団は追い詰められていく。
もう暫くすれば、住民を逃がしている後衛舞台が、闘技場の猛者を連れて戻ってくる。
そうなれば、後は単純作業だ。この戦争は、すぐにケリがつく。

(・・・おかしい)

どう転んでも、負けようのない戦い。
だが、だからこそ彼は、敏感に感じ取っていた。

(全てが、上手く行き過ぎている。
 教団も馬鹿じゃないんだ。何の策もなしに仕掛け、いたずらに戦力を消耗する訳がない)

今現在のところ、これといって連絡することはない。
なので、相手の策を予想することにした。

(戦の基本は、相手の虚を突くこと。僕の考えの外側にあることをする、ということ。
 伏兵は・・・無いな。あったとしても普通に勝てる。なら切り札を隠しているのか?
 いや、イリスさんからそんな情報は入ってない。イリスさんも知らない可能性はあるけど。
 それじゃあ一体・・・?)

見当もつかないが、この不安感は放置できるものではない。
色々と、考えを巡らせた。

シロは未だ気付いていない。
その思考は、あることを前提に考えていることであると。



「・・・おい、これ始まってどんだけ経った」
「はっ。およそ、2時間弱かと」

一度本隊に戻り、身体を休めていたデューク。
彼は中々に脳筋ではあるが、軍事都市の長を任されているだけのことはある。
今までの経験から、この戦いに違和感を感じていた。

「後衛部隊どうした。もう戻ってきていい頃だろ」
「そうですね。連絡はしているのですが、まだ住民を逃がしている最中だとか」
「連絡機貸せ。ちょっと喝入れるわ」

差し出された連絡機を、奪い取るようにして引っ掴み、ボタンを押す。
通信先は、後衛部隊。

「おいコラお前ら! いつまでチンタラやってんだ! さっさと戻ってこい!」
『すみません! 隊列を整えるのに時間が!』
「何年兵隊長やってんだお前! んな素人みてぇなこと言ってんじゃ・・・ん?」

突如、今まで感じていた違和感が鮮明になる。
そして、ある考えがよぎった。

『どうされました?』
「・・・問題。俺の大好物は何だ?」
『えっ? いきなり仰られましても・・・』
「分かった。切る」

連絡機を返すと、デュークは頭を抱えた。

「・・・やられた」
「・・・?」
「この連絡機、結構ちゃんと声通せるヤツだけど、音、いつもより濁ってたろ?」
「え? そうでしたかね。自分は今まで通り」
「まぁ違い分かるの俺くらいだろうけど。けど、それだけじゃねぇ。
 一応確認しとくけど、後衛でこの連絡機持ってるヤツ、変えてねぇよな?」
「はい。オルクス師団長のままですが」
「あいつは俺に敬語なんて使わねぇ。そして戦闘中だろうが冗談かませる野郎だ。
 ・・・通信不調と、通信相手の違い。これ掛け合わせると、何が予想できる?」
「・・・まさか」



「電波、乗っ取られてる」



シロがそのことに気付いたのは、ほぼ同刻だった。

「通信遮断は確定。傍受、偽情報流しの線だって考えられる。
 とにかく、急いで復旧しなきゃ。まず護衛の方に・・・」

エトナの他、司令官となったシロを守るため、ここには守衛兵が数人いる。
・・・はずなのだが。

辺りに、人の気配がない。
それどころか、物音一つしない。

「あれ。どうしたんだ・・・ッ!」

思わず、声を上げそうになった。
しかし、それは強制的に止められた。

首の後ろに、素早く手刀を入れられて。

(何で・・・!?)

闇へと堕ちゆく中、シロが最後に見たのは。



「・・・おやすみ。破魔蜜くん」



ヴァンパイアの情報屋、イリスの赤い瞳だった。



(・・・妙だな)

エトナは、胸騒ぎを覚えていた。
いつもなら、そろそろシロの指示が飛ぶはず。しかし、一向にその気配が無い。
自分はまだ体力に余裕があるし、兵の数も順調に減らせている。
この状況だけ見れば、何の問題もない。

だが、エトナは知っている。
シロの性格上、作戦をさらに円滑にする為、もしくは、味方の被害を少なくする為に、
自分を前線戦闘要員『だけ』にするということは考えにくい。

『エトナさん』

そう思っていたところで、通信が入ってきた。

「おう、どうした?」
『一旦、軍の人達を連れて、こちらに戻ってもらえませんか?」
「分かった。・・・って、何でだ?」
『伏兵がいないって言いましたけど、どうも、いたみたいで。
 流石に誰もいない状態で来られると、ダメージは避けられません」
「そうか。ただ、そうなると前線がヤバいな」
『相手も疲弊してますから、どこかで息を入れます。
 兵を引き上げる瞬間が必ずありますから、その時に』
「了解。ちょっと待ってろよ」

通信を終え、エトナは再び戦闘に戻る。

(・・・っ!? 何だ、胸騒ぎが強く・・・!)

原因は、一切分からない。
ただ、底知れぬ違和感が、強烈にエトナを苛んだ。

そして、それは的中している。



『私よ』
「遅かったな。で、どうなっている?」
『兵数と練度的に奇襲は無いってことは読まれてたみたい。
 だけど、後衛部隊切り離せたから、隊の半分を街の後方へ。
 前衛の方も、陽動は済ませておいたから、手筈通りに。
 街を中心にして、挟撃する形に持ち込めば、簡単に決着よ。
 通信回線は全部手中だから、あとはこっちで適当に混乱させておくわ』
「任せたぞ。この私が魔物の為に、わざわざふざけた額の金を払ったんだからな」
『お金の分の仕事はするわ。それと、オマケにもう一つ。
 破魔蜜の子、見つけた。場所は・・・』
「ほう。適当に捕まえておけ。後で回収する」

通信機を懐にしまい、大将の男はほくそ笑んだ。
これで、状況は逆転する。連携のとれぬ軍は、崩壊する。

「例の女からだ。ドラス隊、ヴィッシュ隊、アロン隊は街後方へ行け。
 門に辿り着いたら、そのまま街に攻め込め」

あらかじめ、兵の一部は待機させていた。
全ては、この時の為。

「後はただ待つのみ・・・ゲヌアを制圧すれば、ここを拠点に教団領を広げられる。
 神はやはり、我々人間に味方してくれるようだ・・・当然だがな」

皮肉な笑みを浮かべ、勝利を確信。
相手の虚を突き、混乱しているうちに数を減らせば、なし崩しに全滅できる。

戦は、兵の戦闘力だけでは決まらない。
司令塔となったシロを失い、通信を乗っ取られたゲヌア軍。
攪乱も思いのままにできる、イリスが味方する教団軍。

どちらが有利かは、明白だった。
15/10/09 01:03更新 / 星空木陰
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■作者メッセージ
遅くなりました。第32話です。

ゲヌア編も佳境へ。イリスは一体、何を考えているのか。
教団軍の逆襲が始まる。

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