連載小説
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31.最初で最後の最終決戦
完全勝利のゲヌア砲を破壊してから、僅か半日。
教団は、再度ゲヌアを訪れた。
しかし、たった一点において、昼間とは大きく異なる。

背後に存在する、教団兵の数々。
その数、少なく見積もっても七千。人数のみで言うなら、ゲヌアを超える。

「・・・何の用だ」
「昼に申し上げた通り、これが最後です。この調書にサインを」

出された調書の上部に記載されているのは「教団による人類保護法」。
しかし、その中身は魔物娘の弾圧、街の権限の教団への譲渡等、
親魔物派であるゲヌアにとって、何一つとして利が無いものばかり。

「一応聞くが、嫌だと言ったら?」
「ここまで譲歩して差し上げて、拒む者など、人間では考えられません。
 いるとするのなら、愚かな魔物共で間違いないでしょう」
「ほう。どうやら俺は魔物だったらしいな。驚いたわ。
 ま、それより驚いたのは、この世にゃ十字架持った、しゃべるゴミがいたことだが」

辺りを静寂が包む。
一触即発、いつ戦いの火蓋が切り落とされてもおかしくない。



(・・・猶予は、無いな)

情報が足りなさ過ぎる。
時間を稼げるだけ稼いでほしいという、シロの頼みを承諾したデューク。
しかし、元よりそれほどの期待が出来ない上、本人の喧嘩っ早さもあり、やはりこうなる。

「教団どころか、ゲヌアの兵力もまだ分かってないのに・・・」
「どうする? アタシは単騎でも行けるけど」
「一応、もう少し粘りましょう。先手は取りたいですが、展開が読めません。
 事によっては・・・というか、実を言うと、エトナさんに離れられると不安で・・・」

考えてみれば、タリアナでの活躍の時はエトナと一緒に行動していた。
ノノンのベング商会襲撃は、衛兵の一斉捜査に乗じて、という形であり、
シロとエトナの思惑は絡んでいない。
加えて、何だかんだ言ってもシロはまだ幼い少年。恐怖を感じるのは当然のこと。

「それもそうだな。悪い、つまんねぇこと言っちまって」
「いえ。これは僕の我儘です。
 始まればほぼ確実に、エトナさんにも出てもらうことになります。
 ・・・それにしても、まさか指揮系統まで任されるなんて」

シロとエトナの名は、デューク経由でゲヌアの軍にも知られている。
その為、どう見てもただの幼い少年にしか見えないシロが、臨時司令官となることに
反対する者はいなかった。

「なんとか街周辺の全体図はつかめたので、基本的な連絡は済ませておきますか。
 ・・・あー、全部隊の皆さんへ。
 戦闘が始まった後は、基本的に教会軍を北へ押し込むようにして、
 街への被害を出さないようにお願いします、どうぞ」
『了解!』
「っと。後はどこで来るか、なんだけど・・・」

軍事施設の並ぶエリアの、中央部。
指令室に通された、シロとエトナ。
二人の視線の先には、緊迫した空気が立ち込める、城門前広場があった。



「・・・このままでは、埒があきませんね」

先に沈黙を破ったのは、教団だった。

「我々としても、同族である人間の血が流れるのはあまり見たくないのです。
 大人しく降伏された方が、身の為ですよ」
「部分的には同感だな。俺は人間の血も魔物の血も見たかねぇ。
 ただ、人間を同族だと言い張るゴミは掃除が必要だが」
「・・・条約に調印を」
「ゴミのくせにしゃべれることは評価してやったが、話聞くってことは出来ないんだな」
「・・・やはり、魔物に与する、愚かな軍事都市の長。無礼で野蛮なお方だ。
 しかし、なら私どももその流儀に従うまで」

デュークの前にいた、教団の神父が旗を掲げる。
白い翼と十字架が組み合わされたロゴの、四角い旗。それが意味するものは。

「全軍突撃! 哀しき同胞に救いの手を!」

教団軍とゲヌアの、全面戦争の始まりであった。



「前線部隊の皆さんは、とにかく教団軍の侵入を防いでください!
 本格的な戦いは街北方の平原で、数的利を持った状態で!
 練度は皆さんの方が上ですから、一人一人確実に潰せば勝てます!」
『了解! 他には?』
「騎馬隊から何人か、伝令役を! なるべく早馬を使って下さい!
 僕の指示だけでは限界がありますから、各部隊の連携をお願いします!」
『了解!』

「後衛部隊の方々は、街の皆さんの避難と、闘技場から傭兵を請け負ってくれる人を!
 僕の調べだと、ゴールドクラス以上の方々なら十分戦力になります!
 報奨金は言い値で構わないので、とにかく引き連れて下さい!」
『避難経路は?』
「通常通りで構いません! 教団軍の目的と兵数、この辺りの地形からして、
 まず間違いなく入口からの総突撃ですから、待ち伏せはありえません!」
『了解!』
「これでまず一通り。・・・さて、エトナさん」

開戦後、当座の指示を飛ばし、エトナへと向き直るシロ。
戦闘能力で言えばNo.1、この戦争における切り札。

「僕らでも出来る事をやりましょう」
「おう。前線で暴れまくる準備はできてるぜ?」
「それは後程。お願いしたいのは・・・」

シロは、考えていた。
エトナは確かに強い。しかし、数の暴力に勝てるかどうかとなると、不安が残る。
同様の事は、デュークにも言える。両者、とてつもなく強いが、数は少ない。

もう一つ、強力なカードが欲しい。
そう考えた時、この条件下、絶対的な強さを持つ者が、一人浮かんだ。



「・・・それで、私の所に?」
「無茶言ってるのは分かります。・・・どうか!」

廃墟の地下、情報屋の部屋。
ヴァンパイアのイリス。彼女が加勢してくれるとなれば、場は大きく変わる。
日光の出ていない今なら、問題は無いと踏んだが・・・

「クラックも連れてこないで何の用かと思ったら、そんなこと?
 嫌よ。私はあくまで情報屋であって、傭兵じゃないわ」

一番の問題は、釣り合わない仕事はしない主義の彼女を御すこと。
魔物娘の敵である教団が相手だという程度で、そう易々と動く相手では無い。

「アタシがこの場所を晒すって言ったら?」
「やってみなさい。刺し違えることができたら、あの世で褒めてあげるわ」
「エトナさん、来る途中に言いましたけど、脅しは無意味です。
 虫のいい話を持ちかけたこちらの方が、立場的には下ですし」

ダメもとだったので、シロに落胆の色はあまりない。
落ち込むより早く、彼は次善の策・・・実質的な本線の策をとった。

「ならせめて、教団に関する情報を。お代は用意しました」

金貨の詰まった革袋をテーブルに出し、情報を要求する。
今回の報酬の前払いとして町長から貰っており、結構な枚数がある。

「これで足りないなら、僕の血でも何でも差し上げます」
「情報屋だっつーんなら、こっちは引き受けるよな?」
「・・・ふーん、熱心ね。分かった。教えられることは教えてあげる。
 ただ、・・・君の血を吸ってからだけど、ね」
「・・・分かりました。どうぞ」

情報が得られるのであれば、血液でもなんでもくれてやる。
その覚悟が出来ていたシロは、腕をまくったが・・・

「何をしてるの? こっちに来なさいな」
「え? いや、血液を吸いやすいようにと・・・」
「注射するんじゃないんだから。吸うのは・・・あむっ」
「ひゃっ!?」

一瞬でシロとの間合いを詰めたと思ったら、気付いた時には首筋を咬まれていた。
鋭く尖った牙は、彼の名前の由来となった白い肌に、いとも容易く食い込む。

しかし、痛みは全く感じない。それは、彼女がヴァンパイアである為。
代わりに、シロが感じるのは。

「あぁぁぁ・・・あひぃぃぃ・・・♥」

脳髄を犯す、悦楽。
だらしなく舌を出し、視線は虚空を彷徨う。

「・・・ふぅ。ご馳走様。これが破魔蜜の血液か。
 本当に蜜みたいな味ね。クセになりそう」

頬を紅潮させ、艶美さを更に増した。
吸血によって官能を昂らせるのは、彼女もまた一緒である。

ふらふらとしたシロと、満足げなイリス。
となると、面白くないのは当然。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

この光景をただ見るだけのエトナ。
シロがいいようにやられているのを見せつけられて、いい気分はしない。

「・・・シロ」
「ふぁい・・・?」

未だ夢現のシロに近づき。

「・・・んぐっ!」
「ぎゃああああああっ!!!!!?????」

その首筋を、思いっきり噛んだ。



「痛い・・・痛いよう・・・」
「・・・ごめん」

エトナの種族は、オーガ。
咬みついたところで、シロに与えられたのは、激痛と歯型だけである。
非常に短時間で、咬み方も適当だった為、犬歯が刺さらず、流血に到らなかったのが幸いか。

「全く、これだから脳筋は嫌なのよね」
「ンだと!?」
「エトナさん」
「・・・ごめんなさい」

嫉妬から来たものとはいえ、流石にこれはエトナが悪い。
本人もそれは分かっている以上、認めるしかない。

「ま、お代は貰ったから、教団軍について分かってることを教えるわね。
 まず、全体の規模と構成要員だけど・・・」

色々と余計な痛みなどを経ることとなったが、目的である情報は手に入れることが出来た。
後は、これを元に戦略をまとめ、各隊に連絡するのみである。



その頃、地上は大乱戦となっていた。
数で勝る教団軍と、練度と経験で勝るゲヌア軍の勢力は拮抗している。
互いに相手に致命傷を与えることは出来ず、長期戦の様相を呈してきた。

「いくらでもかかってきやがれ! この俺が相手だ!」

「何かあったら士気に関わるので、あまり戦闘には加わらないで下さい」と、
シロに言われていたが、それで引き下がるデュークではない。
(シロも予想していたが)彼は釘を刺されたにも関わらず、堂々前線で戦っていた。
それも、剣や槍を持った相手に、徒手空拳で立ち向かっている。

「怯むな! 相手は丸腰だ、ならばこちらが・・・」
「うるあっ!」
「ぐはっ!」

だが、『一人軍隊』の二つ名は伊達ではなかった。
相手の攻撃を避けたり受け止めたりしながら、間合いを詰めて鎧ごと殴る。
その動きはどう考えても、五十を過ぎた男のそれではない。

(シロ、エトナ、兵団の皆。お前らがいるなら、俺は戦える!
 たとえこの身と引き換えになったとしても、俺はこの街を守ってみせる!)

前線のデュークの活躍で、教団軍は街に攻め込めない。
シロの指示通り、ただの一兵たりとも、街を荒らす者はいなかった。



「これはこれは・・・少々、相手を見くびっていたようですね」

条約を持ちかけた、教団軍総大将の男。
彼は軍隊の最後方で、この戦いの様子をじっくりと観察している。
・・・と言えば聞こえはいいが、とどのつまり、安全地帯に居座っているだけである。

「住民を逃がしている後衛が戻ってくれば、この戦に勝ち目は無い。
 だが、それは正々堂々と戦った場合だ」

口の端を引きつらせ、皮肉な笑みを浮かべつつ、服の内ポケットに手を入れる。
取り出したのは、電話機。

「私だ。やはり面倒なことになった。攪乱を頼む」

相手が軍事都市であるなら、それなりに骨が折れることになる。
兵力が拮抗しているのなら、明暗を分けるのは、それ以外の要素。

「司祭殿、連絡は?」
「あぁ、今済ませたところだ。この戦、もうじきケリがつく」



「ヴァンパイアのスパイが、暗躍してくれるからな」
15/08/27 14:37更新 / 星空木陰
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■作者メッセージ
―――ゲヌア郊外、廃屋地下

こうなるとは思っていたわ。少し早いけど。
利害は一致してるし、私は仕事をこなすだけ。

それじゃ、始めますか。

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