連載小説
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粉砕する宇宙恐竜 ベルゼブブ激闘録
 ――ダークネスフィア――

 エンペラ一世の呼び寄せた流星群の直撃により焦熱地獄と化した荒野。それにより発生した凄まじい高熱と爆風は辺り一面の大地を無差別に溶融させ、煮え滾る熱泥流へと変えた。

「おぉおおおおおお!!!!」
『ぬぅああああ!!!!』

 けれども、それがこの二人の戦いを止める理由にはならなかった。エンペラとエドワードはそれらを全く意に介さず、猛烈な蒸気と高熱の立ち籠める中で尚も斬り合い、熱泥に構う事無く足を突っ込み戦い続けた。

『ぬぐぅあぁ!!』

 二人が意に介さずとも周囲の環境が激変した事により、戦いはますます熾烈となる。
 時に顎先をおもいきり蹴り上げられて熱泥の中に引っくり返り、

「があぁ!!」

 あるいは熱泥に前のめりに叩きつけられ、重度の火傷を負う。だが、お互い魔術なり何なりを駆使してすぐに完治全快し、すぐさま繰り出される次の攻撃を凌ぎ反撃する。
 そんなやり取りが見飽きるほどに続けられ、戦いはまた膠着状態。一向に決着のつかぬ泥仕合の様相を呈しつつあった。

『どうりゃあ!!』
「ぜやぁぁ!!」

 だが、そう思われた矢先。今また神剣と妖槍がぶつかり合ったところで――

『――ぬっ!?』

 度重なる酷使により、ついに限界が訪れたのか。振り下ろされた神剣を受け止めた双刃槍の柄がそこで真っ二つにへし折れてしまう。

「らぁっ!!」

 全く隙の無かったはずのエンペラに生まれた刹那の動揺、一瞬の硬直。エドワードはそれを逃す事無く、柄を断ち割った勢いのまま刃を押し進め、皇帝の兜にめり込ませる。

『がっ……!』

 さすがのエンペラ一世も兜越しとはいえ、エドワードの剣を頭部にまともに叩きつけられた事で意識が飛びかけ、ふらつく。

「【ナイトブレイブブレイク】!!!!」

 この好機を逃す手は無いとばかりに畳み掛けるエドワード。めり込んだ刃よりそのまま皇帝の頭部に最大出力の聖属性の魔力を流し込む。

『!!……ぐッ……はっ……………………』

 勇者渾身の一撃を受け、皇帝はついに熱泥の中にうつ伏せで倒れる。

「はー……はー……!!」

 肩で息をしながら、倒れる皇帝を見下ろすエドワード。だが、彼はこれで決着がついたと思ってはいなかった。










 ――親魔物領のとある街――

 夫&仲間達と帝国軍、さらには皇帝と勇者が死闘を繰り広げていた頃。クレアもまた魔王軍の一隊を率い、その地へと侵攻してきたエンペラ帝国軍と戦っていた。

「あぁ、もう! 何も見えない!」

 降り立った街路でクレアが苛立つ通り、辺り一面真っ白な濃霧に包まれ、一寸先さえまともに見えぬ有様だった。
 しかし、この地域は本来霧など発生する気候ではない。今回このような濃霧が発生したのは明らかに人為的な要因であった。

「うわっ!」

 慌てて跳び上がるクレア。その真下を太い鞭のようにも見える二本の物体が通り過ぎる。

「ヒキョーな手を使いやがってぇぇ……」

 怒りのあまり、可愛い顔が歪むぐらいに歯軋りするクレア。
 不思議な事に、男なら持っているはずの精の匂いもこの霧で全て遮られてしまい、敵の位置を特定する事が未だ出来ていなかった。

「あわっ!?」

 だが、そんな事情はお構いなしに敵の攻撃の“手”は続く。人間の腕ほどもある野太い鞭状の物体が一本あるいは二本、次々とクレアの所へ振り回され躱されては、霧の中へと消えていく。

(これじゃ攻撃が出来ない…)

 閉所に滞留しているならばクレアの飛行の勢いによって吹き飛ばせるが、これほど広範囲に広まっているならば手の打ちようが無い。それに、そもそも攻撃の来る箇所は毎回違うため、闇雲に飛び回っても敵に巡り合う確率はかなり低かった。

「ぎゃあ!」
「!」

 僅かに聞こえた、肉に刃が突き立てられる音と共に、霧の中へ響いた悲鳴はクレア率いる部隊の者の声だった。

「……っ!」

 罠の可能性を十分考慮しながらも、クレアは現場へと疾走する。





「うぅ…た、隊長……」

 駆けつけた場所に倒れていたのは、腹部に大穴が開いたブラックハーピーだった。負傷箇所からの流血が激しく、いくら人間より遥かに生命力の強い魔物娘とはいえ、このままでは三十分もしない内に死んでしまうだろう。

「喋んないで」

 大きく、さらには鋭利な物体に貫かれたらしく、下腹部に開いた穴。そこの痛みに苦しむ彼女をクレアは優しく抱き上げ、ふわりと飛び上がる。

「!」

 だが、そんな二人を嘲笑うかの如く、それは再び襲い来る。クレアは鍛え上げた身のこなしと勘によってそれを直前で察知し、ギリギリのところで躱す。

「隊長、気をつけて下さい……! あれはどこからでもとんできます!」
「解ってる」

 重傷にもかかわらず必死で警告するブラックハーピーの言葉を胸に、ベルゼブブは鋭い目つきで冷静に周囲の様子を探る。

「……」

 非常に長く、また高速であるが、クレアは攻撃の正体を既に把握しつつあった。

「隊長!」

 そして再び、二本の鞭が迫り来る。右方は頭上より、左方は足元を払うかの如く繰り出されてきた。

「――てやぁっっ!!」

 だが、クレアはついにそのタイミングを見切った。高度10の右手の爪を右方の鞭の先端に突き刺して止め、左足の踵で踏みつけ左方の鞭を石畳に叩きつけたのだ。

「! これは……人の腕か!」

 そうして静止し、露わになる正体にブラックハーピーは驚きの声をあげる。
 極めて長く伸長し、また蛇腹状の構造に加え先端は鋏状の武器となってはいるが、それは確かに“人間の腕”だった。

「もうちょっと耐えて」
「はい!」

 クレアが敵の両腕を掴んだ事で、ブラックハーピーは隊長が何をしようとしているのか察し、これ以上の激痛に耐える覚悟をする。

「行くよ!」

 腕を無尽蔵に伸ばせる能力ではない。ゴムと同じで、ある程度まで伸びれば元の長さまで勢い良く縮む。
 そして今まさにそれが起きようとしている。即ち、敵の元に行くのなら、戻る腕に掴まれば後は勝手に案内してくれる。
 そうして、二人はエスカレーターとなった敵の両腕に捕まり、飛んでいく。

『! な……』
「うりゃぁああ〜〜〜〜!」

 何十mも伸びた腕が勢い良く縮み、クレア達もそれに引っ張られてきた事に敵は驚きの表情を浮かべる。
 彼の能力は敵の間合いの外から一方的に攻撃を加える事が出来るという長所と――

『――ぐぉぶっっ!!』

 ――その一方で腕が伸びきったところで懐に入られると、全く無防備になるという弱点があった。

『ギャァ!!!!』

 腕が縮む勢いをまんまと利用され、ブラックハーピーを持ち上げたまま放たれた飛び蹴りをモロに顔面に受け、今まで隠れていた卑劣者はぶっ飛んだ。

『や……野郎ぉぉ!! 許さねぇ!! ずたずたに切り刻んでやる!!』

 エンペラ帝国軍貪婪軍団・サドラ隊隊長
 “幻霧竜”サドラ・ベロウズリム

「ほいっ!」
『!?――ギャガァ!!』

 起き上がったサドラは前歯を折られた事に気づいて激昂するも、その時既にクレアは彼の頭上を飛んでいた。そして、そのまま強烈過ぎる右踵落としを頭頂部に叩き込み、昏倒させたのだった。

「おっ! 霧が晴れる!」

 “幻霧竜”の異名通り、サドラは伸びる腕だけでなく、全身から広範囲に霧を発生させる異能を有していた。だが、彼が気絶した事でその霧は一気に晴れてしまい、同時に隠れていた敵部隊の姿も露わになる。

『た、隊長がやられてるぞ!』
『う、嘘だろ!? 相手はたかがベルゼブブだぞ!!』

 突如霧が晴れると共に、隊長が倒れ伏しているのを見て驚く敵兵達。エンペラ帝国軍が誇る隊長の一人たるサドラがたかがベルゼブブ一匹にやられた事が、彼等にとっては心底理解し難い光景だったのだ。

「けー、バカにしくさってさぁ。そんじょそこらのベルゼブブと違って、私は“ディーヴァ”だもーん。こんな卑怯者一人に手こずるかっての」

 そんな驚く敵兵どもへ、この結果をさも当然と言わんばかりに嘯くクレア。
 魔界の武闘大会のチャンピオン、ディーヴァ。ベルゼブブは魔物娘全体で見れば平均的な強さの種族であるが、クレアは違う。
 一般的なベルゼブブを遥かに超える“音速”以上の飛行速度を誇り、その爪はダイヤモンド並の硬度10。その上鎧を含めれば重量1tを超えたデスレムを高度数千mまで運ぶほどのパワーなど、その少女と見紛う小柄な肉体からは到底ありえない能力を持っている。

『隊長を敵に渡すな!!』

 しかし、帝国軍の兵士達はそんな彼女相手にも全く怯む気配は無い。それはクレアを見た目で侮っているのではなく、彼等が旧魔王時代の魔物相手に幾度も死闘を繰り広げてきた歴戦の勇士だからである。

「この男と違って、勇敢なのは褒めてあげる」

 霧の中から一方的に攻撃してきた卑怯な隊長と違い、ディーヴァたるクレア相手に果敢にも正面から挑もうとする兵士達。その勇敢さをクレアはやや乾いた笑みを浮かべながら素直に賞賛する。

「ご褒美に、魔物娘と共に暮らす幸せな人生をあげるよ」

 抱き上げていたブラックハーピーをそっと地面に置き、クレアは姿を消した。

『消え――』

 それを認識した瞬間が、彼等がこの戦いで見た最後の光景である。次の瞬間には手刀や蹴りを首や頭に叩き込まれ、彼等は次々に意識を失っていった。
 さらには、濃霧が消えた事によりクレアの部下達がここで合流してきた。おかげで、あのブラックハーピーも治療を受ける事が出来たのである。

「うひょー、大漁ですね隊長!」
「まあね。でも、連中はまだ滅茶苦茶残ってるから」

 嬉しそうに叫ぶ部下のワーウルフ。彼等は未婚の部下達への性の宴へと饗される事になるだろう。
 だが、それは双方にとって、とても幸せな事なのだ。

『いたぞ! 全員殺せ!』
「あ〜あ、さっさと帰ってゼットンとエッチしたいなぁ」

 サドラ隊の兵数は三千余り、クレアが倒した分はその百分の一にも及ばない。それを自覚しつつ、魔物娘達より遅れて集まってきたサドラ隊の残党をクレアは面倒臭そうに眺めると共に、夫との性交に思いを馳せたのであった。










「………………」

 倒れ伏す皇帝を見下ろすエドワード。傍から見れば勝敗が決したかに見えるが、彼は剣を握る手を緩めなかった。

「――はぁっ!!」

 とどめ、ではない。稀代の英雄であれ悪人であれ、殺す事は彼とその妻の信念に反するからだ。
 振り下ろされた刃は軽くも無く、また命を奪うほど鋭くも重くもない。それはそれは絶妙な塩梅の峰打ちだった。

「……!」

 ――そして、だからこそエンペラはそれを掴んで止める事が出来た。

(こんなに早く目覚めたのか!?)

『腕一本……動けば…』
「!」

 皇帝の言葉から、何か仕掛けるつもりだと看破したエドワード。だが幸い、皇帝は左手で剣を握ったまま。

『十分だッ!!』

 ここにもう一度魔力を伝導すれば、今度こそ完全に倒れるだろう。

「おおおお!!」

 再び大出力で魔力を流し込むエドワード。先ほどと違い、まだ意識の混濁が残る不安定な状態の今では、エンペラは魔力を用いて相殺など出来ないはずだ。

「……!」

 目論見通り、エンペラの体に直接魔力が伝達し、彼を苛む。だがそれでも、エンペラは掴んだ左手を放そうとしない。
 いや、それどころか手に籠められる力はますます強まっていく。

『……ひどい味だな。淫魔に魅入られた者の魔力は、こうなってしまうものなのか…!』
「!?」

 そう吐き捨てたエンペラの手が一瞬白く輝いたかと思うと、

『さぁ、唸れ! 【エンペラインパクト・ソードブレイカー】!!』

 大出力の衝撃波を剣の刃に伝達、逆にエドワードへと衝撃を叩き込む。

「ぐぁああああああ!!!!」

 思わぬ反撃を受け、悲鳴を上げてよろける勇者。その好機を皇帝は見逃さなかった。

『さらばだ、堕ちた英雄よ!!』

 皇帝の左掌に再び魔力が奔り、限界まで圧縮される。だが、その量は先ほどの比ではなく、いや今までで最大の物だった。
 このように、魔王の夫の最期を飾るに相応しき技として選んだのは、究極の右腕【アルティメット・レゾリューム】と双璧を成す彼の奥義。

『この世の全てを打ち砕け――【ファイナルエンペラインパクト】!!!!』

 かつて前魔王と死闘の際、荒ぶる魔の王に重傷を負わせた“終焉の左腕”――最大出力の衝撃波【ファイナルエンペラインパクト】。
  
「かっ…!!!!」

 さらにはそれを結界などで防げぬよう、エドワードの胸に左掌底を叩き込んで密着、そのまま放出する。
 超至近距離で放たれたそれは勇者の体を突き抜け、異界全体の大気を、荒野を猛烈に震わせた。

「はっ……!」

 内臓の各所が破裂、出血。

「……」

 体の各所の骨及び脊椎が粉砕。

「――――」

 眼窩、耳穴、口、鼻孔、肛門、尿道からの大量出血。

「―――」

 頭蓋骨の複数箇所の骨折及び脳内出血。

「――」

 心肺停止。

「―」

 そうして、勇者は己から噴き出した血溜まりの中に倒れ伏し、動かなくなった。

『……恐ろしい奴よ。あれを喰らって尚、原形を保てるとは』

 役目を終えた兜が砕け散り、皇帝の素顔が露わになる。だが、彼は苦悶の表情を浮かべ、左腕を押さえる。

『おかげで左腕はしばらくは使い物にならぬ』

 しかし、それもすぐにやめると、エンペラは血溜まりの中で倒れるエドワードを仰向けにひっくり返す。
 そして彼なりの弔いの証なのか、倒れる男の顔に付いた血を拭い取り、両手を胸の前で組ませて寝かせたのである。

『……何故、魔などに与した。魔王の創る世が、本当に人々に幸福をもたらすと考えたというのか』

 しゃがみこんだまま、最後に勇者に問いかける皇帝。けれども、勇者は答えなかった。

『………………』

 問答にならなかったが、それも仕方なき事。墓標代わりに神剣をエドワードの頭の前に突き刺すと、皇帝は立ち上がって空を見上げる。
 エドワードが斃れてよりすぐ、近づく者の存在をエンペラは察知していたのだ。

『悪いが、貴様の娘もすぐに始末せねばならぬ。
 魔なる者相手で、何より人の世のためとはいえ、さすがの余も気の引けるところはあるがな』

 曇天を引き裂き高速でこちらに向かうはエドワードと魔王の娘、デルエラ。父と皇帝の死闘の間に既に回復していたが、二人の間に結ばれた約定のため、手が出せずにいたのだったが、最早そんな事はどうでもいい事だ。
 父の仇となったエンペラ一世を、デルエラは美貌が損なわれるほどの憤怒の表情を浮かべ、上空から睨みつけている。

「よくも……」
『………』
「よくもお父様をぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 沸き上がる感情のままに絶叫するデルエラ。妖艶で好色、それでいて怜悧なリリムである彼女だが、この時ばかりは冷静さを失い、憎しみに支配されつつあった。

『案ずる事は無い。貴様もすぐに父の元へ送ってやる。
 余が創る、神も魔も亡き新たなる世界、新たなる人の世。その隆盛を父娘仲良くあの世で見届けるがいい』

 だが逆に、魔王の夫との戦いを経て、デルエラとは逆にエンペラの頭はさらに冷えていた。

『!』

 しかし、敵はデルエラだけではない。エンペラの背後より大きく離れた場所に、その山脈の如き巨体が舞い降りた。

「そう言えばいたな、無様を晒したオオトカゲが。奴への手向けだ、貴様も余が手ずから殺してやる」

 背後に現れしは竜王バーバラ。彼女もまた最高潮の憎悪を溢れさせ、皇帝を視線だけで射殺さんばかりに睨んでいる。
 そこへさらにレスカティエより来た精鋭軍までポータルを通って現れ、エンペラを取り囲む。彼女等もまた殺気立っており、それだけエドワードの人徳が見て取れた。

『成程、此奴らのこの殺気。奴は愛されていたのだな。
 されど、惜しむらくは好意を向けてくるのが人でなく魔であるということか』

 ひしめく魔物どもを見て嘆息する皇帝。改めてあの男の人徳が覗われるというものだが、残念ながら慕ってきている連中は全て魔物。誉めようにもその事実が引っかかってしまう。

『そんなに奴が死んで悔しいか。んん?』
「「「「「「「「……!」」」」」」」」
『そう怒らずとも、貴様等もすぐに奴のいる場所に送ってやる。あの世でもその忠臣ぶりを示すがいい』

 折れて真っ二つになった双刃槍を左右の手に持った皇帝は、周りを見渡し挑発する。

『ん!?』
「えっ!?」

 だが、両者の緊張が最高潮に達したその時、エンペラも魔物娘達も共に気づく。
 残っているのは血溜まりだけ。寝かされていたエドワードの体がその場から忽然と消えていた事に。

『チッ、王魔界からわざわざ夫の戦いを見守っていたというわけか。
 それも余が気づかぬほど隠密に、それでいて夫が敗れればいつでも介入出来るようにと……!』
「お母様……!」

 その覚えのある魔力の残滓に驚きつつも、安堵するデルエラ。憎しみに支配されていたリリムだったが、今ここで再び希望を見出し、再びいつもの笑みを浮かべたのだ。
 エドワードの妻にデルエラの母である魔王ならば、彼を見事に蘇生する事が出来るだろう。母はどんな手を使ってでも、愛する夫を救おうとするはずだ。





 ――魔王城・玉座の間――

 死体となっていたエドワードだったが、この場で妻によって大量の魔力を即座に注ぎ込まれ、引き裂かれ砕かれた肉体が再生、元通りとなった。
 それから程なくして、勇者の意識は現世へと引き戻された。

「う…」

 エドワードが目を開けた時、入ってきた景色は寒風の吹き荒ぶ暗闇の荒野でなく、懐かしい天井と、涙を浮かべて喜ぶ妻の顔だった。

「おかえりなさい、あなた」
「ただいま」

 喜びの余り、妻は夫に抱きつき、夫もまたそれを受け入れた。

「良かった……本当に良かった……!」

 見るも無残な姿となった夫が元に戻り、その喜びもひとしおである。だが、状況を思い出した夫の顔はすぐに険しくなる。

「僕はまた行かねばならない。あのダークネスフィアに」
「なら、今度は私も行くわ」

 本来、魔王である彼女が軽率に動くべきではないのだろう。だがそれでも、妻は戦場への同行を望んだ。

「……ああ。情けない話だが、それでも頼む。君の力を貸してほしい」
「喜んで」

 夫の頼みを快く聞き入れる魔王。皇帝本人が動いている以上、魔物の領袖たる彼女もまた腰を上げたところで、誰にも文句を言わせるつもりはなかった。










『逃げられたか』

 しかし、皇帝は全く慌ててはいなかった。

『だが、どうせまた死にに来るだろう。恐らくは、今度は妻も連れてな』

 どうせまた戻ってくる。正直妻の方は今の世の成り立ちもあり、始末するのは後回しにしたいのだが、襲ってきた場合は致し方ないだろう。

『とはいえ問題は無い。こちらの手の内は見せたが、全てではないし――何より切り札はまだ取ってある』

 エンペラ一世の誇る双腕を始め、奥義のいくつかは既に晒された。だがそれでも、皇帝は自らの勝利を信じて疑わない。

『もっとも、己の実力でなく“道具頼み”になってしまうのは…ちと皇帝としての沽券に関わるがな』

 とはいえ、その手はあまり褒められたものではないので、正直使いたくはないのであるが。

『だがそれでも……再び魔王と戦えるのか。あの化け物でなくその後任の女なのは残念だが、この際贅沢は言うまい。
 殺してからその首を刎ね、全世界の魔物どもに見せつけてやろう!!』

 それを使ってでも、魔王と神々を滅ぼしてやりたいという耐え難い欲求が、彼の中でふつふつと煮え滾っていたのだった。
17/07/31 02:14更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:ソフィア・ヤルダバオート そのA

 エンペラ一世がようやく皇帝を名乗れるほどの領土を切り取った後でソフィアと再会し、すぐに結婚を申込んだ事は彼等を知る者からは祝福された。けれども、知らぬ者達からすれば大いに驚くべき事であった。
 元は農民とはいえ、今は皇帝を名乗れるほどの領土を持った君主である彼が、大した力も無い小領主の娘を何故正妻に選んだのか。事情を知らぬ人間からは全く意図が分からぬ事だったのだ。とはいえ、そんな者達も彼女の姿を一目見て、納得したそうではあるが。
 こうして、小領主の令嬢から皇帝の妻、皇后と途轍もない出世を果たした彼女であるが、幸いな事に彼女は美しいのと同じぐらい賢く、それでいて穏やかな人であった。初めこそどう振る舞って良いのか分からなかったが、やがて夫を支える稀代の賢夫人へと成長していった。
 その慈悲深く慎ましい人柄は家臣達にも慕われ、獰猛なグローザムやデスレムでさえ頭が上がらず、狡猾で残忍なメフィラスですら皇后の人柄には敬意を払っていたという。
 ただし、メフィラスは皇后に前述のように敬意はあったが、皇后の容姿が何十年経っても若いまま全く変化しない事については不審に思っていた。しかし、これは家臣達にとって触れてはならぬ話題であり、夫である皇帝もその事は気にはなってはいたが追及はしなかった。
 しかしある時、魔が差したメフィラスはその理由を調べようとした。皇后の髪の毛を初め、生体組織の一部を誰にもばれないよう採取し、さらには科学技術部の長官を兼任するヤプールにも調査を手伝わせたのである。そうして魔術的手法と科学技術を併用した研究調査を続ける事一ヶ月余り、そこで驚愕の真実が判明する。
 別に若返りの魔術の心得も無い皇后の容姿が何故変化せぬのか。それは単純、彼女の人間としての血に“異種族”の血統が混じっていたからであった。
 彼女の血の九割は人間であるが、残りの一割は神族由来のものであった。しかし彼女の両親は人間であり、またその血の割合は混血にしてはかなり少ない。
 恐らくは彼女の先祖が神と交わるも、代を重ねてその血が薄まってきたのだが、彼女は突然変異を起こして先祖返りを起こし、多少の神の能力を持った個体なのだろう――という結論に二人は達した。
 しかし、この事実は絶対に公表出来なかった。皇帝にも無断で調べたのはもちろん、その頃既にエンペラ帝国は領内各地で主神教を弾圧、教団とは敵対関係にあったからだ。神を否定し、その誅滅を掲げる皇帝エンペラ一世の妻が、よりにもよってその神の系譜を継ぐものであってはならぬのだ。
 結局、本人さえ知らぬこの事実は、メフィラスとヤプールの胸の内に仕舞われる事となった。

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