連載小説
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第四話:人間の妻(迷走編)
 ジャイアントアント達が現場で仕事をしている間に、シャルルと私でお昼ご飯の準備をした。料理の勉強をしたいという事でアンも一緒だった。
 手際よく調理をするシャルルの両脇で、私とアンが手伝いをする。
 アンは真剣な顔つきで包丁を使って魔界いもの皮むきに挑戦していた。
 シャルルにアドバイスをしてもらう度にはにかんだり、指示される度に戸惑いつつも一生懸命材料を取ったり道具を渡したり、なんだか新婚の幼な妻みたいだ。
 対する私はもうある程度慣れてしまっているので、シャルルにはろくに相手もしてもらえない。
 アンはこういう事にはまだ慣れてない。だからシャルルがつきっきりで面倒を見たり、世話を焼いてやるのも当たり前の事なのだけれど、どうしても私は寄り添いあうような二人の姿が気になって仕方なかった。
 二人がお似合いの夫婦に見えてきて、自分の発想に私はさらに追い詰められていく。
「メアリー、大丈夫?」
「え?」
 シャルルとアンが顔を曇らせてこっちを見ていた。私、何か失敗しちゃったのかな。考えながらも手はちゃんと動かしていたつもりなんだけど。
「ごめん、えっと、私何か忘れてたっけ?」
「料理の方は、あとは煮込むだけだから大丈夫。それより顔色悪いよ」
「そうかな。私は全然平気なんだけど」
「あとは私が見てるから、シャルルさんとメアリーちゃんは休んでて」
 シャルルは優しく私の手を取り、肩を抱く。特に体調が悪いつもりも無いのだけど、断るのも変だと思い私はシャルルに身を預けることにした。
 ベッドに隣に並びあって座ると、シャルルは私にしか聞こえないくらいの声で聴いてきた。
「どうかした?」
「何でもないの。本当に何でもないから。ほら、昨日いっぱいしたから元気いっぱいだよ」
 私は笑顔で答える。シャルルは今日の為に頑張って来たんだから、変な事を言って心配させたくない。
 でも、シャルルは何のために頑張って来たんだろう。ジャイアントアント達の仕事を手伝うため? シャルルのお嫁さんは私ただ一人のはずなのに。
 もしかしてシャルルはもう私に愛想を尽かしていて、ジャイアントアントの中から別の嫁を貰おうとしているんじゃ……。
 駄目だ。動いていないと余計な事ばかり考えちゃう。
「でも、いつもと違う。ねぇ、何かあるなら僕に」
「大丈夫だって、気にし過ぎだよ。あ、そうだ。巣から持ってきたパンを先に並べておこうか。みんな来てすぐ食べられるように」
 私は肩に掛けられていた彼の手をやんわりと押し戻して、立ち上がる。名残惜しい手のひらの暖かさ。本当は抱きしめてもらいたいはずなのに、私は何をしているんだろう。
 私はお人好しのジャイアントアントでは無く、仕事なんて大嫌いで、寝たい時に寝て、やりたくなったら男を襲ってでもやるアントアラクネだというのに、何でこんなところに居るんだろう。


 お昼。休憩室の中は黄色い声でいっぱいになっていた。
 シチューを口に運んでは、口々に料理を褒めるジャイアントアント達。既婚のジャイアントアントにとっては旦那の作ったお弁当が一番だろうけど、それでもシチューを食べた時には皆感心したように声を漏らしていた。
 鍋の前でシャルルが「おかわりもありますのでー」と大声で呼びかけると、ジャイアントアント達が即座に何人も席を立って鍋の前に並んだ。
 みんな美味しいものが食べられて嬉しそうな、幸せそうな笑顔を浮かべていて、シャルルもまんざらでも無さそうな顔をしていた。
 ……何よ、あんな子達にデレデレしちゃって。
 手持無沙汰の私はパンにシチューをつけて口いっぱいに頬張る。確かに美味しい。凄く美味しい。食べたら思わず笑顔になっちゃうって言うのも分かる。でも。
 見渡せばみんながシャルルの料理を食べている。
 なんだかシャルル自身を食べられているみたいで、胸の中に鉛でも詰め込まれたみたいな気分だった。
 料理を食べていてもインキュバスになったシャルルの匂いはすぐに分かる程強かった。少し離れた私にも分かるんだ。鍋の前に並んでいる皆が感じていないわけが無い。
 嫌だ。シャルルは私だけの雄なのに……。
「評判は上々のようだな」
 はっと我に返る。いつの間にか後ろに現場主任が立っていて、部屋の様子を見渡していた。
「準備の方はどうだった。無理は無かったか」
「はい。手が余ってしまうくらいでしたよ。アンも手伝ってくれましたし」
「わ、私はむしろ足を引っ張ってないか心配で」
 隣に座っていたアンが急に背筋を伸ばして頬を赤らめる。
「そうか。ならしばらく炊き出しを続けてもらう事にしよう。……どうしたメアリー」
 主任は不思議そうな顔でこちらを見下ろしていた。変な顔でもしていただろうか。考えている事が外に出ないように気を付けていたつもりだったのだけれど。
「まだ半分以上残っているじゃないか。早く食べないとアンに食べられてしまうぞ」
「ふぇっ? 私別にそんなに食いしん坊じゃないよぉ。でも、食べないなら勿体ないし」
 二人とも心配そうにこちらを覗き込んでくる。見ればアンのお皿は綺麗に空になっていたし、主任もその手にお皿を持っているという事はこれからおかわりに行くところなんだろう。
「食べる。食べるから。みんなの様子が気になってちょっと手が止まってただけで」
「そうだな、二人で開発した料理の評価だものな、確かに気になってあたりまえか。じゃあ私は残っているうちにおかわりしてくる」
「あ、じゃあ私もおかわりにいこっと」
 皿を手に連れ立って歩く二人を見送り、私は自分のシチューをもう一口食べる。
 美味しい。でも、何か物足りない。
 シャルル……。


 その後、特に何事も無く食事は済み、みんなは仕事に戻って行った。
 私達三人は食事の片づけをして、午後は雑用なんかを手伝ったりして、みんなと一緒に巣に帰った。
 帰りの隊列の中でも、シャルルの料理は褒めちぎられていた。おかげで午後も力いっぱい働くことが出来た、これからもずっとお昼ご飯を作ってほしい、いい旦那さんだよねぇ等々。
 私は聞き流しながら、黙って歩き続けた。
 考えないようにするので精一杯だった。


 部屋に着くなり、私は自分がものすごく疲れていたことを自覚する。肩が重い。頭も、痛くないまでもなんだか重たい感じがする。立っているのも少し辛い。
 そして疲労感以上に、お腹がきゅうきゅうと痛むほどに空腹だった。
「料理、評判良くてよかったね。メアリー」
 シャルルは荷物を下ろし、シャツのボタンを開けて首を回す。彼は彼で色々気を使って疲れていたんだ。でも……。
「ん。ねぇシャルル。私お腹空いた」
「お昼から何も食べて無いもんね。何か作るよ何がいい?」
「そんなのいい」
 彼の袖を掴んで、ぐっと顔を引き寄せる。
 唇を合わせて、舌でシャルルの唾液を掻き寄せ、飲み込む。こんなんじゃ足りない。空腹感が増すばかりだ。全然足りない。
「シャルルが食べたい。他には何もいらない」
 唇を離すと、彼は微笑んでいた。微笑んで私を抱き上げ、ベッドへ向かう。
「だめだよ。食べるのは僕なんだから」
 ベッドに押し倒されながら耳元で囁かれた。背筋がぞくぞくする。もっと忘れさせてほしい。シャルル以外の事なんて全部忘れさせて欲しい。
 彼の手を取って服の下のおっぱいにじかに触らせる。食い込む指先から広がる甘い感触。
「メアリーの肌、汗で吸い付いてくるみたいだよ」
「気になるならシャワー浴びる?」
 もちろん二人でだけど。
 シャルルは私の服をめくり上げながら、私の肌に顔を近づけて、鼻で音を立てながら息を吸った。
「いいよ。そんなの勿体ない」
「あっ、ふあぁ」
 シャルルの舌が私の腋の下を這い回る。目の前が桃色にちらつく。目元が潤んできた。あれ、私、こんなに感じやすかったっけ。でも、そんな事、もうどうでもいいか。
 群がるジャイアントアント達の事を忘れさせてほしい。誰かに取られるんじゃないかって言う恐怖を忘れさせてほしい。
 シャルルの手がまどろっこしそうに私のシャツを脱がせて、腰布も取り払ってしまう。
 乳房にむしゃぶりついてくるシャルル。乳首を舌先で転がして、軽く吸って、甘噛みしてくる。子どもみたいに夢中になっている姿を見て、感じる以上に安心している私が居た。
「刻み付けて。私が、あなたの物だって言う事を」
 シャルルの目が私の目を見上げ、そしてちょっと強めにおっぱいに噛み付いてきた。敏感な部分に鈍い痛みが走って声が出る。
 あはっ、歯型が付いた。シャルルの歯型。シャルルの愛の証。
「ねぇメアリー。そろそろ入れていい?」
 自らも洋服を脱ぎ捨てて裸になるシャルル。その股間のものは、既に青筋を浮かべながら硬く反り返り、涙を流すかのようにつゆを垂らしていた。
「うふふ、だめ。もっと私の身体に印をつけて? そしたら入れて、あンっ」
 シャルルが私の言葉を遮って、強引に私の中に指を入れて掻き回してくる。ぐちゅぐちゅと言ういやらしい水音がここまで聞こえてくる。強がりを言っても身体は正直だった。だって、昼間一日中我慢してたんだもの。二人っきりになったらもう抑えようがない。
 やだ、何か来ちゃう。指だけで、私。あっ。
「どうする? もうちょっとキスマークや歯型をつけた方がいい?」
 一番高いところに届きそうだったのに、指が出て行ってしまう。涙目になって歪む視界の向こうで、シャルルが意地悪に笑っていた。ずるい。シャルルはずるい。
「やだ。シャルル……。お願い、お願いだから」
「いいよメアリー。僕だってずっと我慢してたんだ。だから」
 彼のあそこの先端が私の入り口に掛かる。焦らすように割れ目に沿ってさきっちょを擦り付けている間に、甘い彼自身の涙が私の中に流れてきて、あそこが期待できゅんきゅんする。
 そして彼は、少しずつ腰を落としてきた。
「あ、あ、あ、あああああっ」
「今日はじっくりメアリーの身体を味わわせてもらうね」
 ゆったりとした動きながらも、彼の侵入は止まらない。彼が奥に進んでくる程、触れる範囲が広がる程、あそこがますますじんじんと熱くなる。子宮が震える。
 そして彼が私の一番奥を擦り上げた瞬間、私はただそれだけで一回いってしまった。
 それなのに彼は腰を振り始める。私がいったのに気付いてるくせに、何の遠慮も無しに性欲を私にぶつけ続ける。でも私は、その事がむしろ嬉しかった。
 身体が脊髄反射するみたいに勝手に動いて彼の身体にしがみつく。彼が腰を動かす度に、快楽に振り落とされてしまいそうだった。
「ねぇメアリー。メアリーも僕の身体に印をつけておいてよ」
 私は彼の肩口に噛み付いた。もう、思考もままならない。
「しゃ、シャルルもぉ、忘れず、わ、私の身体にぃ」
 シャルルの唇が首筋に落ちてくる。舌で唾液を塗り付けてから、わざと音を立てて吸い上げる。
 同時にシャルルの両腕が私の腰と虫のお腹のつなぎ目辺りをぎゅうっと締め付けるように抱き寄せて、さらに深く突き上げてくる。
「ひあ、ああっ」
 彼の手が虫のお腹の方へ移動する。下半身が信じられないくらい敏感になっていて、ただ触られているだけなのに痺れるような快楽が走り抜けて、どの足にも力が入らなくなる。
「ふか、深いよぉ」
 肩に甘く鈍い痛み。くちゅっという音と共にシャルルの唇が離れて、あとが残る。
 全身から次第に力が抜けていき、私はシャルルの与えてくれる快楽に身を任せるしかなくなっていく。
 もっと激しく。もっと愛して、私だけを愛して。魔物の私でも意識がトんじゃうくらい、それくらい愛して。じゃないと、私……。
 激しい水音が続いて、誰かの大きな声が遠くから聞こえてくる。誰の声だろう、下品なくらいに艶っぽくていやらしい声。
 身体の中に直接熱せられた蜜が流し込まれるような感覚の後に、急に声が止んで、耳元に荒っぽい息遣いが聞こえてくる。
 違う、さっきの声、私の声だったんだ。
 全身が甘い。砂糖菓子になっちゃったみたい。シャルルの手で私もお料理されちゃったね。
 シャルルは息を整えると、私の顔が見えるくらいまで身を離して微笑んだ。
「いっちゃったの? ふふ、まだまだ夜はこれからだよ、メアリー」
 私は顔を緩ませながら、彼に向かって手を伸ばした。


 ジャイアントアント達の声が聞こえる。
 何かを褒めているようだ。シャルルの事を言っている。多分彼の作った料理の事を褒めているんだろうなぁ。
 シャルルが褒められるのは、シャルルの事を思えば喜ぶべき事なんだけど、でもシャルルが私だけのものじゃなくなっていくようで、ちょっと嫌な気分になる。
「シャルルさんの……凄く美味しい」
「ねー、凄くいい匂いだよねー」
 ジャイアントアント達が何かに群がっている。でも、何だろう。料理の匂いはしていない。
 彼女達の肢の間から見えている肌色のものは何だろう。
「ふふ、私舐めちゃおっと」
「あー、ずるいよぉ。じゃあ僕も」
「えへへ、シャルルさんの精の味、おいしい」
 え……。
 だんだんとジャイアントアント達が何をしているのかがはっきり見えてくる。
 肢の間に見えていたのは、裸のシャルルだった。彼女達はシャルルに群がって、魔物の膂力で無理矢理彼の手足を押さえつけ、彼の肌に舌を這わせ、唇までも舐めしゃぶっていた。
 見覚えのある後姿が彼の股間のあたりで頭を上下させている。あれはまさか……嫌だ、見たく無い。
「ねぇシャルルさん、我慢できないから指でいかせて」
「私もー」
「あ、二人ともずるい。じゃあ私はこうしよっと」
 二匹のジャイアントアントが自分の性器にシャルルの指を導く。それにつられるかのように、何匹ものジャイアントアント達がシャルルの腕に、脚に、自分の性器を擦り付け始める。
 彼の指が彼女達の中に入っていく。そして、音を立てながら慰め始める。
 やめて! 私のシャルルに近寄らないで! フェロモンで惑わさないでよ、染み付けないでよ! シャルルもどうしてそんな事してるの!
 叫びたいのに声が出ない。どうして? 私一体どうなってるの?
「ぷはぁっ。美味しかったぁ。私シャルルのおちんちんの味大好きぃ。それにこうすればシャルルのも大きくなるし、一石二鳥だね」
 鼻にかかった、絡み付くような甘ったるい声。どこかで聞いたことがあるような声だった。
 股間で頭を動かしていた影が顔を上げる。……アンだった。
 よだれで汚れた口元が口淫の激しさを物語っていた。いつもの大人しい顔からは全く想像できない娼婦のような歪んだ笑顔で、アンが今一度彼のペニスに口づけする。
「あぁ、気持ち良かったよ、アン」
 急に体中に寒気がした。
 やめて、やめてよアン。
「じゃあ、そろそろ入れちゃうね」
「もう、次がつかえてるんだから早くしてよねアン」
「そうだよぉ、擦るだけじゃ我慢できないよ。私も早く中に欲しい」
「私は、もうちょっとこのまま指でもいいかなぁ」
「ずるい。今度は僕が指だからね」
 彼の硬くなったペニスが、アンの桃色の柔肉に突き刺さり、奥へ奥へと飲み込まれていく。こんなの見たく無いはずなのに、シャルルが根元までアンに飲み込まれてしまうまで目を逸らす事も、瞑る事も出来なかった。
 アンが唇を歪め、腰を振りはじめる。
 シャルルが息を弾ませはじめ、そこにアンの嬌声が混ざり始める。喘いでいるのはアンだけでは無かった。指でされている者、擦り付けている者、それぞれが熱っぽい視線でシャルルの顔を、アンとの接合部を見つめていた。
「アン、中に出していい?」
 シャルル、何言ってるの。
「もちろんだよ。いつもみたいに、いっぱいちょうだい」
 やめて。やめてやめてやめてよ。
 やめさせなきゃ。走っていって、アンを引きはがさないと。じゃないとシャルルがアンの膣内に射精してしまう。私のシャルルがアンに、ジャイアントアント達に取られてしまう。
 それなのに肢も腕も動かない。
 糸だ。糸が巻き付いている。私の腕や足に、なぜだか蜘蛛の糸が、私自身の糸が巻き付いていて身動きが取れなくなってしまっていた。
 口にも巻かれていて、声が出せないのもそのためだった。
「シャルルぅ、もういっちゃうよぉ」
「僕も、もうっ、いきそうだ」
 やめて。シャルルお願いだからやめてよぉ。
「アン。中で、出すよっ」
「い、いいよ、いっぱい出してっ」
 シャルルが大きく腰を突き上げ、アンが顔を蕩かせながら、その背を反らて痙攣する。


 嫌ぁああぁ!


 全身に脂汗をかいていた。
 目が覚めると、目の前に穏やかな表情で眠るシャルルの寝顔があった。ジャイアントアントの匂いはしない。するのは彼と私の混じり合った匂いだけだ。
 心臓が激しく鼓動していた。
 夢の内容を思い出し、私は寒気を堪えながら彼の身体にしがみつく。
 いつの間に眠ってしまっていたんだろう。朝方まで交わり合っていた記憶はあるから、多分最後に油断して意識が飛んでしまったんだ。……仕事に行くまで眠らずに交わっているつもりだったのに。
「ん、ぅん」
 彼の腕が私の背を抱き寄せ、一瞬驚いたように固まったあと、優しく髪を撫でてくれる。
「ごめん。寝ちゃったみたいだ。僕もまだまだ鍛え足りないかな」
「起こしちゃってごめんね」
「……どうしたの?」
 彼が心配そうな顔で私を見下ろしている。額の目でそれを確かめながらも、私は目を合わせる事が出来なかった。
『アン、中に出していい?』
『アン。中で、出すよっ』
 夢の中の彼の声が頭の中で木霊する。彼の淫らな笑顔がまぶたの裏に蘇る。腰を突き上げた時の音。そんなわけはないはずなのに、射精したときの音まで聞こえてくるみたいだった。
 違う。あれは夢なんだ。シャルルが今抱きしめているのはこの私だけ、ジャイアントアント達じゃないんだから。
 そうだ。今ここで抱いてもらえばいいんだ。中にいっぱい出してもらう。夢の中のアンじゃなくて、現実の私の身体に。
 そうしよう。そうすれば私の匂いも強く残るし、一石二鳥だ。
「ねぇシャルル、あのね、時間は無いけど今から私に」
 その時だった。
 トン、トン、と私の邪魔をするようにノックの音が響いた。朝方になってから眠ってしまったから、時間帯を考えれば誰がノックしてきたのかは大体予想が付いたけれど。
「メアリーちゃん。シャルルさん。迎えに来たよぉ」
 アンの声だ。夢の中の声とは違う、明るく元気な可愛い声。
「あ、アンさんすみません準備しますのでもう少し待ってください!」
 シャルルは上ずった声を上げながら慌ててベッドから降りる。
 軽くタオルで体を拭いて、洋服に袖を通しながら調理用具の準備を始める。
 私も急いで彼の手伝いをしなくちゃ。
「あ、あれ?」
 動きたいのに、肢が動かない。身体や腕は動くのに、なぜか肢にだけ力が入らず、動かすことが出来ない。早く服を着て、道具の準備をしなきゃいけないのに、這ってでもベッドから出なきゃいけないのに、ベッドの淵が凄く遠い。
 ……歩けない。自分でも良く分からないけれど、身体が言う事を聞かない。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「シャルル。なんか肢が動かなくて」
 シャルルが準備の手を止めてベッドに駆けつけてきてくれる。道具が床に落ちて大きな音を立てたけど、それに気付いた風も無く、振り返りもせずまっすぐに。
「大変じゃないか! 痛いの? 痺れてるの?」
「ううん。痛くも痒くも何とも無いんだけど、なんか力が入らないの」
 彼が私の肢を取り、揉んだりさすったりし始める。感覚はちゃんとあるし、本当に痺れもしてないし痛みも何も無い。
「どうしたの? 何かあったの?」
 音や声が聞こえたんだろう、ドアの外からもアンの気遣わしげな声が聞こえてきた。
「メアリー、今日は休もう。僕が看病するから」
「それは、……駄目だよ。シャルルは仕事に行って、みんなにご飯を作ってあげないと」
「そんなのいいんだよ。僕はメアリーが」
「駄目だよ。炊き出しを軌道に乗せないと。だってシャルルはそのために頑張って来たんだから。そうでしょ?」
 戸惑うような表情を浮かべるシャルルに、私は笑顔を浮かべて言った。
「なんで、そんな。メアリー」
 私は首を伸ばして、シャルルに軽く口づけしてから、シャツから覗く首筋を強く吸ってキスマークをつける。おまじない。これできっとシャルルからジャイアントアント達を遠ざけられる……。
「行って。アンが待ってるよ」
 シャルルは困惑げな表情を浮かべたままだったが、私が何度も仕事に行くように言ううちに渋々ながら道具を持って部屋を出て行った。
 私は彼を安心させるため、笑顔を作り続けた。


 何で私は彼を行かせてしまったんだろう。
 自分でも自分が良く分からなかった。でも、昼ご飯の炊き出しはシャルルが目指していた事だし、アンも料理を勉強したいと言っていたし、こうした事は別に間違いじゃ無いはずだ。
 シャルルが喜んでくれて、アンの為にもなる。間違いじゃないはずなんだ……でも、そうならなんでこんなに不安になるの?
 アンがシャルルに手を出すはずが無い。アンは私の友達なんだから、友達の旦那に手を出すような事、するはずが無い。
 でも、シャルルと一緒の時のアンはいつも楽しそうだった。食事会の時もシャルルの事を良く褒めていたし、思い返してみれば何度も視線を向けていた気もする。
 昨日も料理を手伝っていた時に事あるごとに身を寄せようとしていたように見えたし、肌が触れ合った時も真っ赤になっていた。
 フェロモンの匂いだって、発情した雌の……。
 何考えてるんだ私。独り身だったら大体みんなフェロモンはあんな感じじゃないか。
 アンがシャルルに手を出したりするなんてこと、あるわけが……。でも、あの子は可愛いし、肌だって健康でぴっちぴちだし、胸もおっきくて柔らかい。
 私だって身体で負けているつもりは無い。無いけど、だけど。
 アンは真面目で勤勉で、でもちょっと抜けてる幼さもあって。そういう、私とはまた違った魅力がある。それに、ジャイアントアントの強力なフェロモン。
 仮にアンに迫られたら、シャルルは耐えられるだろうか。
 私には、アントアラクネにはフェロモンを作る力は無い。私の身体からフェロモンが出ているとしたら、それはジャイアントアントのフェロモンが染み付いていただけに過ぎない。そして一番私のそばに居たのは、他ならぬアンだった。
 シャルルが好きになったのは私、だよね。例えアンのフェロモンが私に染みついていたとしても、アンより先に私が迫ったから選んでくれたんじゃなくて、ちゃんと私を好きになってくれたんだよね? じゃ無かったら今日まで一緒になんて……。
 でも、前に私とアンが似てるって言ってたっけ。
 身体が震えてくる。
 ううん。危険なのはアンだけじゃない。独り身のジャイアントアント達に集団で襲われたとしたら? 人間の力じゃ魔物に敵いっこなんかない。無理矢理夢の中のように犯されてしまったら……。
 魔物の身体は人間と比較にならないくらい具合が良いって事は、シャルルは身を持って知っている。そんな身体を持つ、素直でいい匂いのするジャイアントアント達に迫られたら……。
 だめだ。信じろ。シャルルを信じろ。メアリー、私はシャルルのただ一人のお嫁さんなんだぞ。
 匂いだってしばらく離れていたから、私自身の匂いのはずだ。あれだけ染み付けたじゃない。キスマークだっていっぱいつけたし。
 どんなに思い込もうとしても身体の震えが止まらない。
 仕事場で、夢の中みたいな事になっていたらどうしよう。やっぱり付いていけば良かった。でも、昨日のお昼みたいな光景をずっと見ているのも辛い。
 シャルルの料理が私以外の魔物の娘に食べられていく。何度もお代わりされて、その度シャルルは快く応えていて、にこにこ笑って喜んでいて。
 シャルルが喜んでいるなら私も喜ぶべきなのに、それなのに私は全然喜べなくて胸が冷たくなっていくばかりで。あの場に居るくらいなら部屋の中でじっとしていた方がいい。
 でも、アン達に本当に襲われていたらどうしよう。
 主任や、それ以外にもちゃんと相手のいるジャイアントアントも居るんだからそんな事あり得るはず無いのは分かっているのに。それでも怖くて仕方ない。
 シャルル。シャルル早く帰ってきて。
 私を一人にしないで。私には、アントアラクネの私にはあなたしかいないんだから。だから、早く帰ってきて抱きしめてよぉ。
 あなたに捨てられたら、私、また一人ぼっちになっちゃう。一人は嫌だ。寂しい。寒い。怖いよぉ。
 シャルル。

「メアリー! 大丈夫だった?」

 ドアが乱暴に開けられてシャルルが飛び込んできた。
「真っ暗じゃないか。……メアリー!」
 荷物を下ろす音に続いて、部屋に明かりが灯った。そうだった、魔石灯の魔力供給、忘れてた。
 部屋の中が照らされるなり、青い顔をしたシャルルが私に駆け寄って来て、強く抱き締めてくれた。声が聞けただけで、私はちょっと安心していた。
「朝の格好のまんまじゃないか、まさかずっと裸で居たの? 風邪ひいちゃうよ」
 着替え。そうか、しなきゃいけなかったな。でも、怖くてそれどころじゃ無かった。ずっと怖くて寂しくて何もする気が起きなかった。
 シャルルがジャイアントアント達に取られるんじゃないかって、そればかり考えていた。あっという間にも思えたけど、長いことずっと悩み続けてたようにも思えた。
「お風呂に入って温まろう。ね?」
「いい。それより、抱いて」
 彼の胸に顔を埋める。良かった。他の女の匂いはしない。確かにジャイアントアントのフェロモンの匂いは付いてるけど、誰かに触れられた感じは無い。
 良かった。本当に良かった。でも、この匂いも私の匂いで消さなきゃ。一晩かけて、私の汗を染み付かせて、誰にも変な気を起こさせないようにしなきゃ。
「でもこんなに冷たくなって」
「シャルルの肌で温めて」
 私は彼のシャツのボタンを外し、胸をはだけさせる。顔を押し付けていっぱいに息を吸えば、シャルルの匂いが胸いっぱいに広がった。
 ささやかな幸せ。ようやく今日が始まった気がする。
「分かった。すぐに温めるから」
 シャルルはいそいそと服を脱ぎ捨て、裸になって私を抱きしめてくれた。それから顔をさすって、背中をさすって、お腹をさすってくれた。おっぱいをさする前にちょっと躊躇ったのが相変わらずシャルルらしくて可愛かった。普段は触る以上に揉んだり吸ったりしてるくせに、こういう時は恥ずかしがるんだから。
 シャルルの手、あったかい。胸の底から暖かくなってくるみたい。シャルルに全身を触られて、あそこも感じてじんわりしてきた。
 あぁ、でも駄目だ。他の女の匂いがどうしても気になっちゃう。
 私は彼の胸に舌を這わせる。唾液をつけながら、胸を、腕を舐めていく。全身を舐めなきゃ。全身を舐めて、私の匂いをつけなくちゃ。
 シャルルの身体を舐めていいのは私だけ。ジャイアントアント達には渡さない。
 あそこもうずうずしてきたので、ついでにこすり付けてしまう。気持ち良くなってくるけど、大丈夫。これだけじゃいかない。
「ひあっ。あの、ちょっとメアリー?」
 動かれると舐め辛いので、シャルルの身体をベッドに糸で繋ぎ止める。
 腋の下、首筋、耳の裏、耳の穴。舌を這わせ、匂いを染み込ませていく。
「あっ、そんなところまで?」
「嫌?」
 シャルルが頬を赤くしながら私の方を見上げる。何だか初めての時を思い出した。
「今日はシャルルと離れていたから、シャルルの匂いも味も、いつもより強く感じたいの。全身を舌で感じたい。そうすれば、私の匂いも感じてもらえるし。でも、シャルルが嫌なら……」
「嫌じゃないけど、その、早く入れたいなぁって」
 彼の下半身に目をやれば、寂しそうに涙を流す男根が目に入った。時折ぴくっと跳ねて、おねだりしているみたいだった。
「ちょっとおあずけ。まだ足が残ってるから、全身舐め終わったら入れてあげる」
 ほっぺたを舐めて、私は続ける。
「今日は最後まで油断しないで、朝まで繋がってようね」


 シャルルの全部を舐め終えてお腹の上に跨る。深く息を吸うと、シャルルの全身からほのかに私の唾液の匂いが漂ってくる。
 シャルルは顔を真っ赤にして私を見上げていた。嫌がっては無いまでも、やっぱり戸惑いの色は隠せていない。
 流石にやり過ぎたかな。でも、今朝の夢を現実にさせないためにはこうするしかない。シャルルを私のものだと分からせるためには、全身に唾液と愛液を塗り付けて匂いを染み付けるしかない。
 今朝の夢。嫌だ、少し考えただけで内容が蘇ってきた。
 シャルルに群がり嘗め回し自慰をするジャイアントアント達。シャルルと繋がったアン。喜んで中出しするシャルル。
 違う。シャルルは私だけのものなんだから!
 私しかシャルルを勃起させられないんだから。私が一番シャルルを気持ち良くさせてあげられるんだから。幸せな気持ちにさせられるんだから!
 腰を上げると、準備万端になっていた私のあそこから糸が引いた。
 限界まで我慢してパンパンになった彼自身の上に狙いを定め、私は一気に腰を沈める。シャルルのが私の肉を裂いて中心まで一気に突き刺さってくる。
「あああああああっ!」
 いい。いいよシャルル。壊れるくらい私を突き上げて。どんな倒錯した愛でも受け入れるよ。乱暴にしてくれても、変態じみた行為でも、何でも受け入れるから。私はシャルルの全てを受け入れてあげるから。だから他の子なんて見ないで、私だけを愛して?
「メアリーっ。いきなり、大丈夫?」
「昼間出来ない分まで、中にいっぱい出して。身体の中から、全身の細胞に染み込むくらい」
 糸を解く。彼の手がいたわるように私の背を撫でる。
「ネバリタケ食べてみようか。メアリーの胎内で精液がいつまでもねばねば残れば」
「……今日は、そう言うのに頼りたくない。何の道具も使わずに、シャルルの愛だけで明日の昼間も持つくらいにしてほしい。そのためなら、身体が壊れるくらい激しくされたっていい」
「メアリー、僕は」
「駄目?」
 シャルルはふっと表情を和らげ、何も言わず私に口づけしてくれた。
 彼の手が私の髪と背中から滑るように虫の下半身のお腹へ向かう。そして虫のお腹が動かないように強めに握りしめると、一気に腰を突き上げてきた。
「あっ。くぁあぁん」
 目の前がピンク色にちかちかする。
 これまで一度も入られた事が無いくらい、私自身も知らなかった奥の奥まで知られてしまう。
 どこまで入ったんだろう。子宮の入り口くらいまでは余裕で擦られちゃったのかも。
「あ、あ、やだ、抜け、抜けちゃうよぉ」
 かりが私の中を擦っていく。擦って掻き出していく。愛液と膣内のお肉と一緒に、頭の中も乱暴な快楽でぐちゃぐちゃに掻き回される。
 シャルルのちょっと苦しそうな瞳に、虚ろな瞳で笑いながら涎を垂らす私の顔が見える。
 発情した雌の顔だ。夢の中のアンよりもっと淫らで獣じみた顔。シャルルはこんな顔の私をどう思っているだろう。
 それも少し不安に思う。しかしそれも一気にシャルルが忘れさせてくれた。
 また、一気に奥まで突き抜けていく。そして今度は一度じゃ無かった。何度も突き入れられては抜けそうなところまで引かれ、それから一気に中まで挿入される。
 途中で射精しながらも、シャルルは歯を食いしばりながら腰を振り続ける。私もそれに合わせて腰を上下させる。
「まず、は、一回、だね」
「もっとぉ、もっとぉ」
「今日、はぁ、僕も、寂しっ、かったから、ねっ。その、分、寝かせ、ないっ」
 感覚が全部甘くなって遠ざかっていく。それが嫌で、私は必死で彼の身体にしがみついた。
 意識を飛ばしたくない。ずっとずっと彼の身体を感じ続けていたい。彼がしてくれることをひとつ残らず覚えていたい。
 獣のように私達は求め合う。ずっと続けばいいといくら願っても、しかし夜は更け、着実に朝は迫ってくる。


 次の日の朝も、その次の日の朝も私はベッドの上から動けなかった。
 朝になる度シャルルは青い顔で休んで看病すると言ってくれるが、私は毎回受け入れずに彼を仕事場に送り出した。そして彼の居ない不安と彼が取られるかもしれない恐怖に胸を潰しながら夜を待った。
 彼を待つ昼間の時間は地獄のようだった。それを忘れるために、埋めるために、私は日に日に激しくシャルルを求めるようになっていった。
 仕事のある日も休日も関係無かった。シャルルと一緒に居られる時間は、ただひたすら彼を犯し、彼に犯され続けた。
 気が狂わんばかりに腰を振り、所構わず口づけし、舐め、しゃぶり、啜りあげた。
 でも、どれだけ激しく交わっても、大量に精を浴びても、朝は上手く体が動かなかった。
 最初は不思議だったのだが、数日目で私はようやくある事に気が付いた。
 確かに朝は肢が動かないけど、夜にはちゃんと動いている……。
 じゃあ朝じゃなくて昼間は? そう思い、試しに歩いてみようと試みたところ、肢はあっけない程簡単に動いた。
 ようやく動かなくなっていた理由が分かり、そしてその残酷な理解が私の目の前を暗くした。
 私は怖くて肢が竦んでいただけだったのだ。仕事場でジャイアントアント達に群がられているシャルルを見たく無くて、それが夢とダブって見えてしまうのが怖くて動けなくなっているだけなんだ。
 動きたくない。ジャイアントアントに群がられるシャルルを見るくらいなら動けなくなればいいと思っているうちに、本当に動かなくなっていたんだ。
 病気なんかであるわけが無い。仕事場に行きたく無かっただけなんだ。ただ私が臆病だっただけ。
 それから先は簡単に肢を動かす事が出来るようになった。分かってしまえばあとは簡単な事だった。
 いつものように服を着て巣の中も歩き回れるようにはなった。でも私は不安で怖くて、朝になるとやっぱり動けないふりを続けてしまうのだった。
 理解できたからと言ってシャルルが誰かに奪われる可能性は消えたわけでは無かった。自分でも不毛だと分かっていても、どこに居てもその事ばかり考えてしまっていた。
12/12/06 00:59更新 / 玉虫色
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■作者メッセージ
あとがき
今回もあとがきまで読んでいただき、ありがとうございます。
あまりこの投稿所では見ないような展開だと思うのですが
夫の事を思うあまり、堕ちていく魔物、というのも書いてみたかったもので……。
苦手な人は苦手だと思います。そう言った方には、すみませんでした。
彼らがどうなっていくのか、見守っていただければ幸いです。

サブタイについて
サブタイは人間(シャルル)の妻(メアリー)という事で、メアリーの事をさします。
前回までの魔物の夫は同様に魔物(メアリー)の夫(シャルル)という事です。

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